第六話 滲み出る思惑
“あっち”では元気にやってるかな…
そんなことを考えながら、朝の身支度を始める。
ミハイル侯爵家に来てからというもの、以前の僕からは考えられないほど、高貴で格式高い暮らしになっている。
まだ来たばかりということもあって、どこか落ち着かない。
「アサーシ坊ちゃま、お目覚めになりましたか。朝食の準備ができております。
ご支度ができ次第、食膳の間までお越しくださいませ」
丁寧な足取りを響かせ、扉が開かれる。
「はい。ありがとうございます」
昨日とは少し違い、僕にも愛想を振り撒くということを覚えた。
そんな気配を悟ったのか、目の前の女性はニコリと微笑みを返してくれる。
この人はメイドのリーゼロッテさん。
立場としては侍女に近いらしい。
僕がこの屋敷に来てから、ここの主であるミハイル侯爵と合わせて、何かとお節介を焼いてくれている。
僕としては手伝いなんてなくても大丈夫だったのだが、リーゼさんがどうしても…というので、お願いすることにした。
きっと世話好きなのだろう。
「アサーシ坊っちゃま、ネクタイが解けていますよ。私が直して差し上げますね」
リーゼさんはそう言って、ネクタイを結び直してくれる。
…屋敷に来たばっかりなのに、リーゼさんは何故か『坊っちゃま』って呼ぶんだよな。
なんとも、むず痒い呼ばれ方だ。
立場的に、そう呼ぶしかないんだろうけど。
それに――近い…
普段の手入れが伺える程のテュルテュルな亜麻色髪が、目と鼻の先にある。
大人の女性特有の妖艶な香りに、思わずドキッ――としてしまった。
リーゼさんは何かと距離感が近い傾向にある。年頃の男子にはなかなかきつい所業だ。
「よし、できた。まだ学校が始まって日も浅いですから、身だしなみには気をつけないと。ね?」
リーゼさんの優しい声色に胸を締めつけられる。
いずれ僕は、この人も巻き込んで戦火に――
「浮かない顔ですね?
昨日はご夕飯も召し上がってなかったような…何かありましたか?」
心配そうに顔を覗かれた。
そうだった…昨日ご飯食べてなかったじゃん。道理で、お腹空いてるなぁ…と思った。
「いえ、気にしないでください。これは…私自身の問題ですので」
「そうですか…では、私は失礼いたしますね」
シャンデリアの飛沫を纏った亜麻色の髪が淡くなびく。彼女の可憐さに思わず目を奪われる。
「――これと、あとこれか」
護身のためにも相棒をしまう。
――それから…うん。ちゃんとこれもあるね。
マットな質感の、澄んだ白色。厚みの薄い長方形型のそれは、大きめのタブレットのような大きさだ。
――支度が済んだので、食膳の間に行くことにした。
食膳の間は一階にある。屋敷を俯瞰するなら、吹き抜けホールから見て左奥に位置している。
中央の階段を降りて右に曲がり、突き当たりまで進むと…あった。
扉をノックして入る。
「おはようございます、ミハイル侯爵陛下」
「おはよう」
淡白とした返事だ。
先日のヒーローのような格好良さは何処へ――少し気が立っている様子。
突然増えた住居者の負担に、気が滅入っているのかもしれない。なにせ、ミハイル侯爵は北部領の領主実務を担当されているとのこと。
人からのしかかる重圧と責任感は、言うまでもないだろう。
「ささ、さっそく座ってください」
リーゼさんが僕の席を促してくれる。
主の威厳を誇示するような、背もたれが天高く伸びたビロード張りの高背椅子。
革の表面には細かなひび割れが走り、かえって一朝一夕には出せない風格を漂わせている。
「本日の朝食は――
白パン、パテ・ド・ジビエ、ソーセージ、ベーコン、目玉焼き、お紅茶でございます」
いかにも朝食らしい匂いと、見覚えのなさ過ぎる高貴な香りに、怖気付いてしまった。
豪勢な食事だ。
“あっちの世界”ではあまり見かけなかった食材に、柄にもなく圧倒されてしまう。
ところで、
パテ・ド・ジビエ…と言ったか?
聞いたこともないパテだな。どんな味なんだろ?
そんな僕の様子を悟ったリーゼさんが、配膳台から机上に料理を移す手を止め、説明してくれる。
「このパテは鹿・猪といった野生動物の肉――ジビエを用いて作られたものです。従来のパテよりも、肉本来の強い旨味と鉄分が味わえますよ」
聞いてるだけで涎が滴る話をしてくれるリーゼさん。今から食にありつく者に向ける言葉として、この上なく上等だった。
なるほど…
美味しそうだ。
「ありがとう、リーゼさん」
「…!いえ、このぐらい朝飯前です」
不慣れさが滲む反応を見せる。
その様子に、僕の中の悪戯心が芽生える――
「朝食だけに…?」
――思わず口に出してしまった。
「フフッそうですね」
リーゼさんの口元が綻びた。
大人の女性ということに加えて、屋敷のメイドということもあるのだろう。その笑い方には、上品さが抜きん出ていた。
「では、いただくとしよう」
手を合わせる。
と、いっても「いただきます」と言うわけではない。
どうやら、この屋敷――というよりこの地域では、食事の前に祈りを捧げるのだとか。
曰く、専ら『北部領』『東部領』がそうらしい。
“前の世界”ではそんなことはしていなかったので、驚きである。
「…いいですか?」
半目でチラッ――とミハイル侯爵の祈り姿を拝見する。
いつまで祈りを捧げて良いのか、未だ把握し切れていない。
静寂を断ち切るようにミハイル候爵に様子を伺ってみる。
「よかろう」
交互の両手の絡ませが終わり、彼は自慢の顎髭をさわさわと遊び出した。
食べてもいいらしい。
視線を落とし、食事に隣接するように置かれたナイフとフォークに目が行った。
テーブルに置かれたナイフとフォークを手に取――る前に、まずは、この得体の知れないパテを、パンにつけて食べることにしよう。
…先にミハイル侯爵の食べ方を見てみた方が良いか。
救世主の食事マナーを観察することにした。
彼は右手――ではなく、左手の三本の指でパンを掴んだ。その手の形は、さながら塩を一摘みするが如くである。
…なるほど。利き手ではない方の手で、パンをパテやソースに浸すのが貴族流なんだな。
――僕も食べてみよう。
ミハイル侯爵を真似して――僕も、左手の親指、人差し指、中指でパンを掴む。そして、フォークでパテを崩し、肉塊を小麦海に泳がせた。そのまま、口腔内に入場させると――
ん?…美味しい。
なんというか、ガツンと来る味ではないのだが、噛むほどに濃厚でコクが後味を引くというか…
「…美味いか?」
ミハイル侯爵が聞いてくる。
このパテには誇りを持っているのか、はたまた『俺はこんなパテを知っているんだ』と自慢したいだけなのか。いずれにしても、彼は子供っぽく表情を崩しながら僕に尋ねてくる。
「はい。濃厚で、臭みもなくて、とっても」
「それは良かった」
昨日の会議での、優しく精悍な顔つきと似た表情を浮かべる。
…ズルい。そんな顔をされては、信じてみたくなってしまう。
「それでは、食事を終えるとしよう」
食前と同様、ミハイル侯爵の気が済むまで僕は祈りを捧げた。
静寂の時が終わると、リーゼさんが配膳台を再びここに運んで来て、テキパキとした片付けが始まった。
朝ご飯…美味しかったな。今まで誰かと一緒に食卓を囲むことが全然なかったから、余計にそう感じる。
「はい。リーゼさん、とても美味しい朝食、ありがとうございます」
リーゼさんに向けて姿勢を整える。
「いえいえ、お気になさらず。明日からも食べられますから」
その顔には面映ゆさが混じる。
髪の隙間から見える耳には熱が浮かんでいた。
“明日からも”――か。…良いな。好きな言葉だ。
「それじゃあ、私はもう行きますね」
高貴な椅子から身を起こし、下品な音を立てないよう、そうっ…と椅子を定位置に戻しておいた。
確か…今日からは時間厳守だと、先生が言っていたな。生まれてこの方遅刻などしたことがないが、万が一ってことがある。
一応気をつけておこう。
「ああ」
「いってらっしゃいませ、アサーシ坊ちゃま」
リーゼさんの目には翡翠色が占める割合が減っているように感じられた。
彼女の目元が弓なりになっている。
…歓迎されているのかな。
なんとなくそう思えた気がして気持ちが軽くなる。
「行ってきます」
食膳の間――吹き抜けホール、そして、いよいよ玄関口まで来た。
扉を開ける。
さて、今日もするか――仕事を。
――今日はどんな一日になるかな…
母に送り出された身体を一歩、一歩と進める。
そういえば、昨日はここあたりでアサーシと会ったんだっけ。
でも、帰り道は違っていたよな…
確か北の方――つまり、北部領へ帰って行った気がする。
じゃあなんで昨日の朝、ここで会ったんだ?
…わざわざこっちに来た?何のために?
北部領から西部領まではそうとう離れている。ここに居たってことは、何らかの“意図”があるはずなのだ。
…あり得るのか?
あの好青年ぶりからして怪しさなんてないと思っていた。
けど、よく考えればおかしいのだ。
…誰かを狙ってる?
背筋が強張った。鳥肌が全身に波紋した。
アサーシに聞いてみようか――いや、待て。
仮にアサーシがクロだとして、今聞いたらどうなる?
下手したら僕が狙われる。
駄目だ。
確固たる証拠がない限り、リスクが高すぎる。
熟考の瞬きの中、本日三度目の対面となる楼閣に辿り着いた。
…いやまぁ西部領から別の領土に行く時に、必ずこの《セレスティア中央魔術学院》を経由しなくちゃならないから、校舎の前自体は何度も通ってるんだけど。
今日はギリギリではないためか、二人の見張りが立っていた。一方には『黒い布帯』が――もう一方には腰周りに剣が携えてあった。
「あ、どうも」
「…」
…ガン無視された。
えぇ…?折角勇気出したのに…
ここまでフルシカトさると、思わず病みそうになる。
「あのぉ…この門潜る時って、何かしなきゃですかね?」
「…“平日は”、その制服さえ着ていれば問題ない」
“平日は”…
『これ以上話しかけるな』とでも言いたげな面持ちで、深い軽蔑心を含んだ、文字通りの見下しをされた。
言い方的に、休日は何かしなくてはならないらしい。
何すれば良いんだろ?
――とりあえず、今日は平静を装うとしよう。
三階の白石床の温度に季節外れの冷たさを感じ、自教室まで来た。
席につく。
しばらくして、自然を眺めていると
白髪が引き戸の隙間から覗かせる。
僕は心地良い春風に身を預け、物思いにふけている最中だった。
彼は隣の席に座った。
「ア、アサーシ…あのさ」
「…ゼイルさん」
誰かに心を踏みにじられたような痛々しさを、顔に表面化させる彼。声色は、昨日よりも割増でテンションが下がっていることが伺えた。
具合でも悪いのか?
心配の念を胸中に埋め込む――
「気にすることはないと思いますよ」
――え…もしかして見透かされたか?
僕の声が彼の耳に届いたのかと思い、焦りが汗となって分泌される。
…でも、心の声を読む魔法もスキルもなかったは――
「昨日のこと」
「あ、あれね」
――なるほど。心臓止まるかと思ったぁ…
脈動の動きが活発になる。
心臓が動いていると言う当たり前の事実を、改めて感じさせられる。
「今日は何があるんでしょうね」
アサーシは突然、不穏なことを言い出した。
その表情には、『さっさと解放されたい』という、心底重々しい想いが浮き出ていた。
「まぁ、無難に――」
「授業だと思うよ!」
少女が割り込む。
この溌剌さは…
「リゼリアさん、おはようございます」
「もぉ〜相変わらず堅いな〜
私のことは呼び捨てしてくれていいのに。クラスメイトでしょ?」
燦々とした陽光が、教室中に散布する。
うぉ…!?暑苦し――
「正直、僕も呼び捨ては…」
僕もアサーシに便乗した。
まだ学校始まって三日目だしな…僕みたいなコミュ障には、ちぃとハードルが高過ぎる。
「えぇ!?ゼイル君も?」
両手で頭を抱え出し、『Oh no…』といった動作で精一杯感情を表現している。
こういう陽キャ少女とは昔から馬が合わなかったんだよな…
「ん〜分かった。今は甘んじて受け入れよう。けど、“今”だけね?
今後は呼び捨てにして!お願い!
みんなと仲良くなりたいの!」
目をギュッと瞑り、今から食事でもするのかと勘違いする程大きなクラッピング音を響かせ、手合わせの姿勢で懇願してきた彼女。
そんな急がなくても…時間はたっぷりあるだろうに。
「いきなりはちょっと。
…まぁ、もう少し親交が深まれば、あり得なくはないですけど…」
アサーシは、リゼリアさんの押しに根負けしたように言葉を吐く。
「ほんとに!?絶対だよ!」
少女の背後から差した後光のまばゆさが、この星の温暖化を促進させるようだった。
太陽みたいな人だな…
教室の温度が一段と上がった気がするし。
「はい」
アサーシは鬱陶しそうだが、同時に嬉しそうだった。
ウザ絡みと積極コミュニケーション――。一方間違えれば前者に傾きかねないが、リゼリアさんはそこんとこを上手くやっているのだろう。
実際、リゼリアさんの言葉の節々には、相手への『リスペクト』がある。ここが、前者と後者――二者択一を決める、決定的な標となっている。
「ゼイル君もね!」
「僕?まぁ良いけど」
白髪青年に向けられていたはずの『呼び捨て願望』が、今度は僕にも飛び火して来た。
まぁ、クラスメートだしな。時間が経れば関わることも増えるだろう。そうなると自然と仲が深まる。そういうものだ。
…まぁ、僕には無縁だったけどね。
「ほんと?やったぁぁぁ!」
『落下』を彷彿とさせる程の耳を劈く音が、鼓膜を破りそうになる。
もう少し声量を抑えてくれると助かるんだけどな…
――引き戸が開いた。
「お〜い。席につけよ。
今日からいよいよ授業が始める。しっかり取り組むように。
分かってると思うが、単位落としたら、“留年”もあり得るからな。その辺も、頭入れとけよ〜」
才無き者には耳の痛い話が、耳に舞い込む。
留年か。母には迷惑かけたくないからな…頑張ろ。
「一限目は…魔法史だな。魔法の起源なんかが学べる。耳の穴かっぽじって、よく聞くように。それじゃあ放課後にな」
担任はそそくさと退出した。
それにしても魔法史か。
面白そうである。
というか、持ち物って本当に筆箱だけで良かったのか?
「(魔法史…これは、この世界の情報と直結するかも。あとは、この世界の価値観なんかも――)」
アサーシがブツブツと何か言っている。
何を言っているかは分からないが、楽しげである。
瞬刻――引き戸が開放された。
教壇に一人の男性が現れる。
見たところ――The教師って感じの格好だ。
白シャツに、黒ズボン。
気温に合わせ体温調節出来るよう、長袖を捲し上げて、不完全な半袖を象っている――そんな服装。
そう、そう。これだよ。これこそが教師の服装なんだよ。
「みんな、おはようございます。
一限目はこの、リヒト=アーウェルが担当します。よろしくね!」
無理して声を張り上げている感じがする。
普段から、大声を出すことがないのが見て取れた。
「自己紹介はこのくらいにして、さっそく魔法史について話しますね」
早速チョークを手に取った彼は、無防備にも背中を見せ、黒板に文字を走らせ始めた。
いよいよか。魔法史と聞くと大層な歴史を思わせるが、魔法はどんな記憶を紡いできたのだろうか。
「皆さんは今、魔法についてどんな印象を持っていますか?」
緑板に『魔法の印象』という記述が施された。
その後、パンッ、パンッ――と粉を払う音が聞こえてきた。
そうだな…便利だなぁ~とか?
ぱっと思いつくのはそれくらいだ。
「恐らく、大半は利便性や有用性――あとは、『カッコいい〜』なんかも思ったんじゃないですか?笑」
前の席の少女が少し震えた。想像通りの反応に、思わず吹き出しそうになるのを必死に我慢する。
リスの如く頬を膨らませて、ピクピクと震える…あの感じで。
「まぁ〜分からなくはないです。
誰しも一度は魔法に憧れるものです。それが今、こうして扱えているわけですから。無理もありません」
そう言って先生は炎をあげて見せる。
炎の残滓が僅かに頬を掠める。
…確かにカッコいいかもしれない。
「お〜!」
みんなも同じことを思ったらしい。
「このように、無詠唱というのは技名も叫ばずに使うわけだけど、これは私たち教師でも難しかったりする。
みんなの中だったら、“詠唱破棄”はできるって人いるんじゃないかな?」
背後から足に水をぶっかけられた光景を思い出す。
そういや、昨日それができる人に魔法当てられたな。確か水魔法を使っていたと思う。名前はなんて言うんだろう…
「さて、次は魔法の起源について話そうか。ここでまた質問。みんなは、魔法がどこで生まれたと思う?」
教卓に付いていた両手の内、左手が宙に浮かされた。その人差し指は、僕らに疑問を投げかけている。
一方、彼は右手に大きな負荷がかかりながらも、教卓に貼り付けつつバランスを崩さぬように支えていた。
どこで…か。
真剣に考えてみる。この世界には四つの領土がある。なら、答えは四択。
「分かんな〜い!」
「考えたこともないです…」
「先生の故郷とか?」
今まで考えたことなかったが、今なら分かるかも知れない。一番可能性が高いのは――
「お、鋭い!そう。正解は先生の故郷、南部領なんだ。
昔、南部領の当時の領主が精霊王と契約したことが始まりなんだって。領主の顔立ちはエルフっぽいんだとか」
入学式での白金髪公爵の姿が、記憶の奥から走ってきた。
あの人の先祖か。
――でも、リヒト先生は明確に『エルフだ』とは断言していなかった。
…まぁエルフに見た目が似てるだけとか、そういうオチだろう。
――して、大前提。実際にエルフを見たことはない(多分)。
どうせ空想上の生き物だ。
小説のファンタジー作品でもよく居る種族だしな。
「魔法の歴史は長いんだよ〜面白いでしょ?笑」
不意に隣を見ると、青年が食い入るようにメモを取っていた。鉛がノートに擦り付く音が鼓膜に響く。
すげぇ…ノート持ってきてんのか。流石は優等生。試験で首席を取るだけはある。
「よし、次は魔法がどのように発展していったか話そうか」
掌皮膚越しに手骨が重なり、空気の転換点が教室中に渦巻いていく。
お、これは気になる。
「これはね、ほとんど北部領のヴァルディス家によるものなんだ。
知っての通り、君たちの担任の先生もヴァルディス家の血さ」
ヴァルディス家。
その瞬間、謎の悔しさが込み上げてくる。誰かの感情が勝手に流れ込んでくる――そんな感じだ。
なんだ…これ?別に何も悔しくないのに――
「ヴァルディス家はすごくてね。
それまで神聖視されていた魔法を、理論で体系的に解明していったんだ。
おかげで、今日の私たちがマナさえあれば使えるようになったってわけ。
まあ、“マナさえ”とは言ったものの、実際は才能も絡んでくるから、人によって使えない魔法も出てくるんだけどね」
“マナさえ”という言葉に気分が高揚したが、直後の先生の言辞に、通常時よりも確実に心が沈んだ気がした。
そうか…だから僕は攻撃系の魔法が全然なのか。初級魔法もおぼつかないしな。
「じゃあ、次は魔法の種類について――」
タイミング悪くチャイムが鳴った。もう少し話を聞いていたかった。
「あー!もう終わりじゃん!みんな、今日言ったこと忘れないようにね!それじゃ!」
リヒト先生はそそくさと教室から去っていく。
今日はいろんなことが学べたな。
魔法の起源なんかは、特に興味深かった。
――そういやアサーシ、めっちゃメモしてたな。隣から絶え間なく音が聞こえてきてたし。
…気になる。何書いてたか聞いてみよう。
「アサーシ。メモ取ってたみたいだけど、どんなこと書いて――」
――瞬間、ノートの端に、僕の名前と担任の名前があるのが見えた。
彼の手が忙しなく動き、彼の動作から生じた微風がノートを閉じるに至る。
「アサーシ、それって――」




