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第六話 滲み出る思惑


“あっち”では元気にやってるかな…


そんなことを考えながら朝の身支度を始める。

ミハイル侯爵家に来てからというもの、以前の僕からは考えられないほど

高貴で格式高い暮らしになっている。

まだ来たばかりということもあって、どこか落ち着かない。


「アサーシ坊ちゃま、お目覚めになりましたか。朝食の準備ができております。

ご支度ができ次第、食膳の間までお越しくださいませ」


丁寧な足取りを響かせ、扉が開かれる。


「はい。ありがとうございます」


この人はメイドのリーゼロッテさん。

立場としては侍女に近いらしい。

僕がこの屋敷に来てから主であるミハイル侯爵と合わせて、何かとお節介を焼いてくれている。


僕としては手伝いなんてなくても大丈夫だったのだが、リーゼさんがどうしてもというのでお願いすることにした。

きっと世話好きなのだろう。


「アサーシ坊ちゃま、ネクタイが解けていますよ。私が直して差し上げますね」


リーゼさんはそう言って、ネクタイを結び直してくれる。


近い…


リーゼさんは何かと距離感が近い傾向にある。年頃の男子にはなかなかきつい所業だ。


「よし、できた。まだ学校が始まって日も浅いですから、身だしなみには気をつけないと。ね?」


リーゼさんの優しい声色に胸を締めつけられる。


いずれ僕はこの人も巻き込んで戦火に――


「浮かない顔ですね?

昨日はご夕飯も召し上がってなかったような…何かありましたか?」


心配そうに顔を覗かれた。


「いえ、気にしないでください。

これは…私自身の問題ですので」


「そうですか…

では、私は失礼いたしますね」


シャンデリアの飛沫を纏った亜麻色の髪が淡くなびく。彼女の可憐さに思わず目を奪われる。


「…これと、あとこれか」

護身のためにも相棒をしまう。


支度が済んだので食膳の間に行くことにした。

食膳の間は一階にある。中央の階段を降りて右に曲がり、突き当たりまで進むと…あった。


扉をノックして入る。

「おはようございます、ミハイル侯爵」


「おはよう」


淡白とした返事だ。


「ささ、さっそく座ってください」

リーゼさんが僕の席を促してくれる。


「本日の朝食は

白パン、パテ・ド・ジビエ、ソーセージ、ベーコン、目玉焼き、お紅茶でございます」


豪勢な食事だ。

“あっち”の世界ではあまり見かけなかった食材に圧倒されてしまう。


ところで、

パテ・ド・ジビエ…と言ったか?聞いたこともないパテだな。どんな味なんだ?


そんな僕の様子を悟ったリーゼさんが説明してくれる。


「このパテは鹿・猪といった野生動物の肉、ジビエを用いて作られたものです。従来のパテよりも、肉本来の強い旨味と鉄分が味わえますよ」


なるほど…

美味しそうだ。


「ありがとう、リーゼさん」


「…!いえ、このぐらい朝飯前です」

不慣れさが滲む反応を見せる


「朝食だけに…?」

思わず口に出してしまった。


「フフッそうですね」

リーゼさんの口元が綻びた。


「では、いただくとしよう」


手を合わせる。

と、いっても「いただきます」と言うわけではない。

どうやら、この屋敷…というよりこの地域では食事の前に祈りを捧げるのだとか。

“前の世界”ではそんなことはしていなかったので、驚きである。


「…いいですか?」

いつまで祈りを捧げて良いのか、未だ把握し切れていない。

静寂を断ち切るようにミハイル候爵に様子を伺ってみる。


「よかろう」


食べてもいいらしい。


まずはこの得体の知れないパテを、

パンにつけて食べることにしよう。


ん?…美味しい。

なんというか、ガツンと来る味ではないのだが、噛むほどに濃厚でコクが後味を引くというか…


「…美味いか?」

ミハイル侯爵が聞いてくる。


「はい。濃厚で臭みもなくて、とっても」


「それは良かった」


昨日の会議での、優しく精悍な顔つきと似た表情を浮かべる。

…ズルい。そんな顔をされては信じてみたくなってしまう。


「それでは、食事を終えるとしよう」


朝ご飯…美味しかったな。今まで誰かと一緒に食卓を囲むことが全然なかったから、余計にそう感じる。


「はい。リーゼさん、とても美味しい朝食ありがとうございます」

リーゼさんに向けて姿勢を整える。


「いえいえ、お気になさらず。

明日からも食べられますから」


その顔には面映ゆさが混じる。

髪の隙間から見える耳には熱が浮かんでいた。


「それじゃあ、僕はもう行きますね」

確か今日からは時間厳守だと先生が言っていた。

生まれてこの方遅刻などしたことがないが、万が一ってことがある。

一応気をつけておこう。


「ああ」


「いってらっしゃいませ、アサーシ坊ちゃま」


リーゼさんの目には翡翠色が占める割合が減っているように感じられた。

彼女の目元が弓なりになっている。

…歓迎されているのかな。

なんとなくそう思えた気がして気持ちが軽くなる。


「行ってきます。」


玄関扉を開けた。

さて、今日もするか…仕事を。



今日はどんな一日になるかな…

母に送り出された身体を一歩、一歩と進める。


そういえば、昨日はここあたりでアサーシと会ったんだっけ。

でも、帰り道は違っていたよな…

確か北の方へ帰っていた気がする。


じゃあなんで昨日の朝、ここで会ったんだ?


…わざわざこっちに来た?何のために?


北部領(ノースバァルト)から西部領(エルナール)まではそうとう離れている。ここにいたってことは何らかの“意図”があるのだ。


…あり得るのか?


あの好青年ぶりからして怪しさなんてないと思っていた。

けど、よく考えればおかしいのだ。


…誰かを狙ってる?

背筋が強張った。鳥肌が全身に波紋した。


アサーシに聞いてみようかな――

いや、待て。

仮にアサーシがクロだとして、今聞いたらどうなる?

下手したら僕が狙われる。


駄目だ。

確固たる証拠がない限り、リスクが高すぎる。


…着いてしまった。


とりあえず、今日は平静を装うとしよう。


席につく。

しばらくして、自然を眺めていると

白髪が引き戸の隙間から覗かせる。

僕は心地良い春風に身を預け、物思いにふけていた。


彼は隣の席に座った。


「ア、アサーシ…あのさ」


「…ゼイルさん」

具合でも悪いのか?


「気にすることはないと思いますよ」

え…もしかして見透かされたか?


「昨日のこと」


「あ、あれね」


心臓止まるかと思ったぁ…


脈動の動きが活発になる。

心臓が動いていると言う当たり前の事実を、改めて感じさせられる。


「今日は何があるんでしょうね」


アサーシは突然不穏なことを言い出しま。


「まぁ、無難に――」


「授業だと思うよ!」

少女が割り込む。


この溌剌(はつらつ)さは…


「リゼリアさん、おはようございます」


「もぉ〜相変わらず堅いな〜

私のことは呼び捨てしてくれていいのに。クラスメートでしょ?」


燦々とした陽光が教室中に散布する。


「正直僕も呼び捨ては…」

僕もアサーシに便乗した。


「えぇ!?ゼイル君も?」

こういう陽キャ少女とは昔から馬が合わなかったんだよな…


「ん〜分かった。今は甘んじて受け入れよう。けど、“今”だけね?

今後は呼び捨てして!お願い!

みんなと仲良くなりたいの」


そんな急がなくても…

時間はたっぷりあるだろうに。


「いきなりはちょっと…

まぁ、もう少し親交が深まればあり得なくはないですけど…」


アサーシは、リゼリアさんの押しに根負けしたように言葉を吐く。


「ほんとに!?絶対だよ!」

太陽みたいな人だな…

教室の温度が一段と上がった気がするし。


「はい」

アサーシは鬱陶しそうだが、同時に嬉しそうだった。


「ゼイル君もね!」


「僕?まぁ良いけど」


まぁ、クラスメートだしな。時間が経れば関わることも増えるだろう。そうなると自然と仲が深まる。そういうものだ。

…まぁ、僕には無縁だったけどね。


「ほんと?やったぁぁぁ!」


もう少し声量を抑えてくれると助かるんだけどな…


「お〜い。席につけよ。

今日からいよいよ授業が始める。しっかり取り組むように。

分かってると思うが、単位を落としたら留年もあり得るからな。そこら辺も頭入れとけよ〜」


留年か。母には迷惑かけたくないからな…

頑張ろ。


「一限目は…魔法史だな。魔法の起源なんかが学べる。耳の穴かっぽじってよく聞くように。それじゃあ放課後にな」


担任はそそくさと退出した。

それにしても魔法史か。

面白そうである。


というか、持ち物って本当に筆箱だけで良かったのか?


「(魔法史…これはこの世界の情報と直結するかも。あとは、この世界の価値観なんかも――)」


アサーシがブツブツと何か言っている。

何を言っているかは分からないが、楽しげである。



「みんな、おはようございます。

一限目はこの、リヒト=アーウェルが担当します。よろしくね!」


無理して声を張り上げている感じがする。

普段から大声を出すことがないのが見て取れる。


「自己紹介はこのくらいにして、さっそく魔法史について話しますね」


いよいよか。魔法史と聞くと大層な歴史を思わせるが、魔法はどんな記憶を紡いできたのだろうか。


「皆さんは今、魔法についてどんな印象を持っていますか?」


そうだな…便利だなぁ~とか?

ぱっと思いつくのはそれくらいだ。


「恐らく、大半は利便性や有用性、

あとはカッコいい〜なんかも思ったんじゃないですか?笑」


前の席の少女が少し震えた。想像(イメージ)通りの反応に、思わず吹き出しそうになるのを必死に我慢する。頬を膨らませてピクピクと震える…あの感じで。


「まぁ〜分からなくはないです。

誰しも一度は魔法に憧れるものです。それが今こうして扱えているわけですから、無理もありません」


そう言って先生は炎をあげて見せる。

炎の残滓が僅かに頬を掠める。


…確かにカッコいいかもしれない。


「お〜!」

クラスメートも同じことを思ったらしい。


「このように無詠唱というのは技名も叫ばずに使うわけだけど、これは私たち教師でも難しかったりする。

みんなの中だったら、“詠唱破棄”はできるって人いるんじゃないかな?」


そういや、昨日それができる人に魔法当てられたな。確か水魔法を使っていたと思う。名前はなんて言うんだろう…


「さて、次は魔法の起源について話そうか。ここでまた質問。みんなは魔法がどこで生まれたと思う?」


どこで…か。真剣に考えてみる。この世界には四つの領土がある。なら、答えは四択。


「分かんな〜い!」

「考えたこともないです。」

「先生の故郷とか?」


今まで考えたことなかったが、今なら分かるかも知れない。一番可能性が高いのは――


「お、鋭い!そう。正解は先生の故郷、

南部領(ラフィリア)なんだ。

昔、南部領(ラフィリア)の当時の領主が精霊王と契約したことが始まりなんだって。領主の顔立ちはエルフっぽいんだとか」


あの人の先祖か。まぁエルフに見た目が似てるだけとか、そういうオチだろう。

実際にエルフを見たことはない。

どうせ空想上の生き物だ。


「魔法の歴史は長いんだよ〜

面白いでしょ?笑」


不意に隣を見ると食い入るようにメモを取っていた。鉛がノートに擦り付く音が鼓膜に響く。


「よし、次は魔法がどのように発展していったか話そうか」


お、これは気になる。


「これはね、ほとんど北部領(ノースバァルト)のヴァルディス家によるものなんだ。

知っての通り、君たちの担任の先生もヴァルディス家の血さ」


ヴァルディス家…

その瞬間、謎の悔しさが込み上げてくる。誰かの感情が勝手に流れ込んでくる…そんな感じだ。

なんだ…これ?別に何も悔しくないのに――


「ヴァルディス家はすごくてね。

それまで神聖視されていた魔法を理論で体系的に解明していったんだ。

おかげで今日の私たちがマナさえあれば使えるようになったってわけ。


まあ、“マナさえ”とは言ったものの、実際は才能も絡んでくるから人によっては使えない魔法も出てくるんだけどね」


そうか…だから僕は攻撃系の魔法が全然なのか。初級魔法もおぼつかないしな。


「じゃあ、次は魔法の種類について――」


タイミング悪くチャイムが鳴った。もう少し話を聞いていたかった。


「あー!もう終わりじゃん!みんな、今日言ったこと忘れないようにね!それじゃ!」


リヒト先生はそそくさと教室から去っていく。

今日はいろんなことが学べたな。

魔法の起源なんかは特に興味深かった。


…そういやアサーシ、めっちゃメモしてたな。隣から絶え間なく音が聞こえてきてたし。

…気になる。

何書いてたか聞いてみよう。


「アサーシ。メモ取ってたみたいだけど、どんなこと書いて――」



――瞬間、ノートの端に僕の名前と担任の名前があるのが見える。


彼の手が忙しなくノートを閉じた。


「アサーシ、それって――」



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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