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第四の魔術師 〜魔術を拒む異端者〜  作者: 第四
第一章:第一節 『平穏な――学院?』
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第五話 観測者たち


「いや、でもさっき明らかに変――」


「不具合だと言っただろ。これ以上言わせるな」


担任は冷たくあしらう。

その態度に、みんな押し黙ってしまった。


「魔力測定も終わったことだし、そろそろ帰ろう」


装置は、元あった教卓の下に収納される。

僕たちは、誰も目を合わせなかった。


あれは何だったんだ…


「起立、礼――」


「さようなら」


きっと、これから奇異の目に晒されることだろう。

はぁ…憂鬱だ。


薄闇が広がり始める空の下を、緩やかに歩き出した。



「……ゼイル君」



一人の少女は電話をかけた。



「…なんだ?」



相変わらずの怒気をはらんだかのような声に、少女は張りつめる。畏怖の念から声が上ずりそうになるのをグッとこらえ、あくまで『冷静ですよ』という体を全面に押し出した。



「あ、お父様?お久しぶりです。…いえ、ご忠告を授かるようなことは何も。今回は報告です。私のクラスメート――ゼイル=レグナードについて。

魔力測定機での判定…放っておくと、何かが起こる気がします」


「そうか。なら、頭の念頭に置いておくとする。話は終わりか?」



語尾には少しだけ優しさが感じられた。この父親も、完全な畜生ではないらしい。

ほんと、見かけによらないよな。



「はい、お父様」



電話を切ろうとするその手は、僅かに震える。

その目に映るのは畏怖か、渇望か――

彼女の胸中には、父に認められたいという欲が、奥底で響いているようだった。




――今日も今日とて、僕は西に向かって歩き出す。


ここには、僕の心を和らげる何かがある。

それはきっと、この領土に結界魔法が施されているから――だけではない。


「レオニール=アルシェイド…」


彼女は僕を見て、“あの頃の母”と同じ笑みを浮かべていた。

それは懐かしさを思わせる顔だった。


僕に何か感じ取ったか?

…いや、そもそも“僕”を見ていたのか?


彼女にはどんな力があるのだろうか?

公爵というからには、他の追随を許さない圧倒的な力を有していることは、想像に難くない。


彼女だけではない。他の公爵だってそうだ。

あれだけの魔力…

きっと世界を揺るがす力だ。


いつか、交えることはあるのだろうか…


ん?


この匂い――

今日は生姜焼きか。

なぜだろう…胸のざわめきが収まらない。

昨日の余韻がまだ…


母に今日のこと、どう話そうか…


オレンジに染まる空の下で、奇妙な現象を良いように説明する方法を模索した。

…なんだか言い訳している気分だ。



「――はい。

今回の“実験”では、恐らく彼が主な標的(ターゲット)となります。情報が集まり次第、随時報告いたします。失礼します」


プツッ――液晶画面に映る『赤丸』を押した。


定期連絡を終えた僕は、この世界ではまた暫く使わなくなるであろう“それ”を視界に入れつつ、鞄を閉める。


IV(フォース)…か」


教室での魔力測定を思い出す。

ただ一つ言えるのは――ゼイルさんには、明らかに“何か”がある。良い方向にしても、悪い方向にしても。


そう思わせられたのは――やはり、『IVフォース』が原因だろう。

昔見た資料に、そんなのがあった気がする。


確か…それに該当する者は世界を震撼させ、変革をもたらすのだとか。


馬鹿馬鹿しい。

そんなのあってたまるか。

あるわけがない。


…あったとして、もう遅すぎる。

だったら、なんで“あのとき”…


……

…クソッ。

なんで、僕だけ…


怒りを体で発散する。だが、力加減を誤ったか、あと僅か――爪が割れそうになる。


駄目だ、落ち着け。

ありもしないことを考えても仕方ない。


常に冷静にいないと、この仕事は務まらないんだから。


そうだ。

あの学校にいるのはただ、仕事のため。

私情を挟んでは――

その瞬間、会話の断片が脳裏を掠る。



「――徐々に慣れていけば良いんだから」


「…!そうだね。ありがとう」


「…って、――」



……クソッ。


「おかえりなさいませ、アサーシ坊っちゃま」


メイドさんが出迎えてくれる。


――ミハイル=エーレンシュタイン侯爵邸。

僕は今、ここに居候――というか、住まわせてもらっている。

随分と広々とした屋敷だ。


本来であれば“この世界”に落ちてきた時点で、ただでは済まされなかった。

リヒト先生とゼルフィア先生の説得、エーデル校長の恩情、そしてミハイル侯爵の提案がなければ、きっと今頃…


「本日はもうご夕飯の準備ができておりますので、早急のお手洗いをお願い致しますね」


「はい」


考え事をしながらの返事だったので、メイドさんには『無愛想な奴』に映ったかもしれない。


ミハイル侯爵は僕をどう思っているのか。

それを考えるようになったのは、確かあの日――




「―――ますかー!」


「……?」


誰かが身体を揺らしている。この声…


鼓膜に、かつて拾った音が侵入する予感がした。


「生きてましたか」


「何の話だ?」


「…名前を」


名前…みんなから呼ばれていたのは――


「――アサーシ」


「…それは」


「やはり」


僕の背中を労わってくれる男性が、憂いを帯びた眼差しを見せる。


この人は、僕のことを知っているのか――?


「ゼルフィア。君、本当は分かってたんじゃないですか?」


「...!」


「理論家の君が冷静さを欠く」


「…違う」


「…無意識に自分を否定して、そうじゃないと思い込みたかった」


「違う!」


急に大声を上げるゼルフィアという人に、なぜか違和感を感じてしまう。


あれ…こんな人だったっけな?

――待て。“こんな人だったけな”ってなんだ?

まるで、会った事があるみたいな感じだが…


「まぁまぁ落ち着いてくださいよ。焦ったってしょうがないでしょう」


「....あなた」


気づけば身体が動いていた。


「ん?どうしたの?」


もう一人の男性が声をかけてくる。


ゼルフィア…妙に聞き馴染みのある響きだ。

この人を知っている気がする。


「…似てる」


「何のことだ?」


「...分からない。けど、そう思った」


根拠の薄い予感――所謂、直感。

本能に突き動かされるがまま、『ゼルフィア』という記憶を埋めようとする感覚に襲われた。


――そう。はっきりとは分からないのだ。覚えていないのに、体は反応する。…奇妙だ。


「…とりあえず、エーデル校長に報告しないと――」


「待て!そうしたら、アサーシはどうなる?」


「でも、いつかはバレるんですよ?

隠してたって、問題を先送りにするだけです」


「だからって――」


二人の間に挟まれた僕は、邪魔をしないようひっそりと息を殺す他なかった。


…処遇について揉めているらしい。


「ごめん、アサーシ。俺たちじゃ力不足かもしれん」


話が結論に達しようとした頃合い、ゼルフィアさんから脳髄を震撼させる音が発せられた。


死ぬのか…?

まだ――まだ、僕は家族に会いたいのに。それなのに、ここで終わりだってのか――?


「けど、信じていてください!きっとうまくいきます」


ゼルフィアという人におんぶしてもらいながら、連れて行かれる。

ごつごつとした背中に、懐かしさを感じた。


どこに行くんだ?


「着いたな」


そこには、全体的に白色で統一された校舎が待ち構えていた。


この感覚…なんだ? 寒気がする。身震いが止まらない。かつて、ここに――


「じゃあ、校長室に行きましょうか」


一階――食堂。中央階段から二階に向かって行く。


一段一段、階段を登って行った。

まるで“あの世”へ迫り寄って行くように――


「…リヒト、どっちから行く?」


ゼルフィアさんが、進行方向で迷っているようだった。


一階から三階に続く階段を登り切った僕らには、『右』と『左』――二つの選択肢が用意されている。


「右で良いんじゃないですか?」


二人の迷いが長引きそうな気がした僕は、思い切って提案してみる。

今度も直感に頼ってみた。


「お、おう。そうだな。(なんでこっちなんだ…?確かに右からの方が近いが。もしや覚えてるんじゃ――)」


不気味に思ったのか、背中の震えを僕の胸に伝えるゼルフィアさん。


それでも「いやいや…」と吐き出しながら、膝下に回された彼の両手が、より強固に引き寄せる。



白石床に、靴越しに踵――つま先と、踏みしめる男達の重みが、空気を波打った。

『1ーC』・『1ーB』と書かれた学級表札を見つけた。


もし僕がここに通うなら、どのクラスにな――


瞬間――視界の隅で桜が舞う。

横を見ると、ガラスフィルム越しに花びらが重力の奴隷になっている最中だった。


すっげぇ…綺麗だ。


春の風物詩にうっとりとしていると、爆発音が聞こえた。丁度、『1ーA』の近くに来た頃だ。ここが突き当たりらしい。右手に、再び廊下が続いている。


なんだ…?実験でもしてるのか?


「相変わらずやってんなぁ…」


「ですね。きっと、『学徒』たちも頑張ってるんでしょう」


表札を探してみる。――お、あった。

そこには『訓練場』と書かれている。


学生同士が、魔術でやり合うのかな?


それに――リヒトさんが『学徒』と言っていた。


学徒…どういう人なんだろ?

確か、初等生とか中等生みたいな幼さはなかった記憶だが…


「イタタタタタ――」


人差し指を左手全体で包む男性が、訓練場の引き戸が開放されると同時に出現する。彼の制服の左胸ポケットには、特有の紋章が刺繍されていた。


「どうした?怪我か?」


「はい。お恥ずかしながら…」


「怪我くらい誰でもするだろ。さ、早く『治療室』か『保健室』行ってきな」


男性はペコリんちょ――と頭を下げ、駆け足で突き当たりまで走って行き、右に曲がった後に姿を消した。


彼が廊下を走る際、ボトッ、ボトッ――と痛々しい生汁が滴っていた。

…多分、手なんかでは抑えきれない程の出血なのだろう。


奥に続く順路には、道標とも言えそうな、斑点状の赤溜まりがポツポツと存在感を放っている。


「学徒も大変ですねぇ…」


「だな。研究でもしてるんだろう」


廊下が白いことが、一層異物感を漂わせる中、ここにおける学徒の多忙さと熱心な探究心に、熱を帯びさせられる。


あれが学徒なのか…

でも、納得がいった。僕の記憶では、学徒は大学生くらいの年齢感だから。


再び、僕を抱えながらのゼルフィア行進が始まった。


先程男性が居た突き当たりまで来てみると、あらびっくり。左手に、治療室なるものがあるではありませんか。


「ここのこと言ってたんですね…」


「ああ。因みに、保健室は校長室の隣にある。恐らく…あいつは今頃、保健室の先生に手当てして貰ってるとこだと思うぞ」


突き当たりを右に曲がる。

僕らの目指していた校長室が――視界の右側から、ひょこっと顔を出した。


ここかぁ…


ゼルフィアさんが片手で僕の両膝裏を支え、右手を折り曲げて器用にノックをした。


「失礼します」

「失礼します」


「ん? また君たちか。意外に戻るのが早いの〜」


その人は声色とは裏腹に、ドスの効いた目つきを睨ませる。

その気迫に、思わず尻もちをついてしまう。

いかにも校長室らしい赤絨毯の温かみを感じつつ、体が拒絶するように冷や汗が滲み出てきた。


「…気をつけてな。

それで? 話――というより、お願いがあるのじゃろう?」


素人目にも分かりやす過ぎる程、不自然に歯茎を見せてきた校長は、僕に目を外した途端、親切心が消え失せたかと思う程、淡白な目付きとなった。


「その通りです、エーデル校長」


膝を折り畳み、椅子に腰掛ける校長に目線を合わせたゼルフィアさん。

先ずは態度から誠意を見せよう――という作戦らしい。


「単刀直入に言います。

この子、アサーシって言うんです。処分は勘弁してもらえませんか?」


「私からも、お願い致します」


真っ直ぐ正面突破を決めようとする姿勢に感化されたリヒトさんは、ふくらはぎを絨毯に擦り付ける判断をした。


彼らの手が、ゴワゴワとした地に吸い寄せられる――

二人とも、僕のために深々と頭を下げてくれた。


「そう来たか。…まぁそうじゃろうな。

では、一旦四大公爵陛下に集まってもらおうか。

ミハイル侯爵陛下もな。その方が、後で揉めなくて済むじゃろう」


「分かりました。直ちに連絡して参ります」


場は張り詰めた空気になる。

四大公爵…物々しい響きだ。



南部領(ラフィリア)の奥に位置する古風な建造物を眺める。

…そろそろいい頃合いだ。エリュシアに“あれ”を教えるとしよう。

視界を旋回する。…相変わらず、ずる賢いな。



〜数分後〜


この場の空気は一層凍りついていた。

時間が経つ度に、寿命が削られていくような感覚だ。


「失礼します」


公爵が来たようだ。


…!?

膝から崩れ落ちそうになる。

なんて魔力…


入った瞬間から、この場を制しているが如き重圧――いや、現に制していると言っても過言ではない。


「来たか。さっそく、席に座ってくれたまえ」


校長の催促に、公爵たちは従順な首振りを披露した。

ふかふかそうな椅子に座る公爵らを見ていると、今も尚お尻に走る痛みを緩和すべく、すぐにでも飛び込みたくなる。


あともう一人来るはずだが…


「リヒト=アーウェルからの連絡で既にご存知の通り、これより、謎の落下少年――アサーシの処遇を決する。…くれぐれも悔いのない選択を」


いよいよ、僕の生死が決まるのか…


視界の隅から緊迫が押し寄せる。

手の震えが止まらない。


「よろしいですか?」


黒髪の女性が迷いなく天に向けて手を挙げた。

ここに来る前から、予め考えはまとまっていたらしい。


「私は、生かしておいて良いかと思います。この子だって…私たちを襲撃しようと落ちてきたと、決まったわけではないですし」


その言葉に胸が痛む。


僕だって襲いたくて来たわけじゃない。

――人質さえなければ、話はもっと単純だったのに。


今更すぎる文句を垂れながら、残酷な現実を受け止めきれない青年からの、悲痛で――繊細で――決して耳に入ることはない嘆き。それは息苦しさを助長する程、首をどんどん締め付けてくる。


「まぁ確かにのぉ…他に意見はあるかね?」


「では、この私が」


次は、エルフに似た顔立ちの女性のようだ。

照明に照らされた白金髪の毛先が、神々しくまばゆく。幻想的で神秘的なこの光景には、女神を思わずにはいられない。


「私は、すぐにでも処罰すべきと考えます。

感じるのです。神はこの子を赦すべきではないと――」


瞼が下ろされ、白い睫毛が妖艶に魅せられる。


理ではなく、啓示を信じる類か。

だが――その公爵の僕を見る目が、どこか痛々しかった。…憐れんでいた。


「そうですか。では、アサーシを処刑すべきとのお考えですな。それではあとのお二人、何か意見はあるかね?」


「では俺が」


赤髪公爵が僕を舐めるように見定め、視線を僕の懐に据えた。

鋭い眼光だ。赤黒い魔力を放っている。


「処刑すべきだ。

こういう輩は大概、見逃すとろくなことがない。迷う理由がわからんな」


その公爵は一切の迷いもない声で、無情な現実を押し付けてくる。


そうかもしれないけど――流石に即断過ぎないか?

確かに、僕は危険分子なんだろうけどさ…


「うむ。もっともな意見だ。では、最後にゼルフィア。君はどう考える?」


校長に妙に絡み付く視線が、今度は――背中で『任せろ』と語る男に移ろった。


ゼルフィアさん…お願いします。

期待の念を眼に宿した。


「俺は…生かしておくべきだと考えます。襲撃者だと判断するにもまだ証拠が不十分すぎますし、何よりこいつはまだ15です。

その年の少年が単身で乗り込んでくるとも思えない。もし何かあれば、俺が責任を――」


「…なるほどのぉ〜

確かにそれも一理ある。

だが、なぜ15歳だと断定できた?

知っている口ぶりだったが」


校長の眉間が一層険しくなる。

室内に緊張が走る――と、同時に。罪悪感に苛まれる。…いつか本当のことを言わないと。


「そ、それは…その」


「ゼルフィア、まさか君――」


ゼルフィアさん!

思わず手が伸びそうになる。


――瞬間、突如として扉が開かれる。


「失礼します」


文字通り、息せき切ったようにぜぇぜぇと吐息を漏らす男性は、フゥ――と息を整えた後に入室して来た。


「遅れてしまい、申し訳ない。

ミハイル=エーレンシュタイン、ただいま参りました」


この人がミハイル侯爵…

助かった…のか?


絶望に苛まれる僕の袋小路の視界に、一筋の救世光が差し込む。

なんとも憎い登場だ。まるでヒーローじゃないか。


いつもの調子が、少しずつ回復してきた。

ふと冷静さを取り戻し、先程の校長による『ゼルフィア尋問』を思い出す。


――いや、待て。なんで今焦ってるんだ?

ゼルフィアさんが何かを抱えているのは、見て取れる。だが、その“何か”は分からないはず。


…さっきから感じる違和感。

どこか初めてじゃない感覚。

そして――この焦燥感。


点と点が繋がりそうな予感がする。


あと何か一つ、糸口さえあれば――


「お〜来なさったか。さぁ、座りたまえ」


ミハイル侯爵が腰掛ける。

校長は、少し苛立っている様子だ。


「それで、ミハイル侯爵陛下はどうお考えかね?

リヒト=アーウェルの連絡は見たじゃろう?」


校長は、ミハイル公爵に品定めの視線を送った。

もう少しで仕留める寸前だっただけに、取り逃したストレスも一塩だろう。実際、貧乏ゆすりという形で、体にも憤怒が流れ出ている。


「ええ。私は処刑すべきではないと考えます。理由は二点。


一点目は、今処刑するのは時期尚早であること。もう少し様子見してからでよろしいかと。


二点目は、アサーシをこちら側に引き入れられれば

“どこから落ちてきたのか”

“落ちる前に何をしていたのか”など、

有益な情報を得られる可能性があること。

これらの情報が得られれば、真相に一歩近づくことでしょう」


「…納得した。確かにその通りじゃのう。

では、アサーシの居住地について決めよう。わしとしては、このまま学院側で預けても構わないが」


――瞬間、身体が“過去”を思い出したかのように拒絶する。


――嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ!!

あそこだけは…“あれ”だけは絶対にごめんだ!!


体の芯に刻まれたトラウマが、まばらだった点と点が結ばれることで、線となって掘り起こされた。


「それでは少々窮屈でしょう。

このくらいの歳の子には、年相応の暮らしをして欲しい。だから、誰かの家に預けるのはどうですか?」


…誰かの家?

学校以外の単語を聞き、暫しの安堵に襲われる。

突如激しくなった動悸も、息の乱れが収まると、緩やかに散って行った。


「私の家で構いません」


ミハイル侯爵が先導する。


「処刑しない方針へ促したのは、私ですしね」


自身の言葉への責任を持とうと、この会議の落とし所をチラ見せした侯爵。


なんと思慮深い…

――信じても、いいのか?


「うむ。結論が出たな。

それでは、アサーシの処遇は――


・処罰は保留

・居住地はミハイル=エーレンシュタイン家


――構わんかね?」


賛成多数でこの会議は終結した。

正直、ミハイル侯爵の独壇場という感じだった。

遺恨の残る者もいるようだが…




――そうだ。

ミハイル侯爵が救ってくれたんだ。

行く当てのない僕を。


せめて、恩義を示さないとな。


僕はミハイル侯爵の部屋まで伺うことにした。

現在位置は二階左奥にある、僕のために用意された自室。


ここからミハイル侯爵の執務室までは、中央のかね折れ階段を経由して三階に行く必要がある。


…一先ず、自室の扉を開け放つことにした。


図書室を尻目に中央階段に向かい、濃木色の階段の渋みに胸を打たれる。蹴込みの有難みに感謝しつつも、陸上選手のように手を振り、勢い良く蹴上げ(いちだん)飛ばしを楽しむ。


――三階の執務室前まで来た時だった。

聞こえてくる。


「アサーシが駒として機能すれば、必ずや――」


……


僕は自室に戻り、床につく。

今日は悪夢でも見そうだ。


……

………



「被験体 セ――・――

識別番号  A――

これより、第一次…を開始する」


これは…


思わず吐き気を催す。

理性が押し勝ち、既のところで留まる。


また、僕は…


――瞬間、床が消える。


再び、あの地に――



「――キョ」


何か聞こえる…


「――ホケキョ」


聞いたことのある鳴き声だ。

“あの世界”で、何度も耳にした響き――


「――ホーホケキョ」


うぐいすのさえずりに身を委ね、上体を起こす。

窓からカーテン越しに日差しが差し込んだ。


「今日もまた――」




「ゼイル〜いってらっしゃい!」


母はいつも通りの優しい声色で見送ってくれる。



この頃には…



「うん」


これからの学校生活を想像する。


「今日もまた――」




「――あの学校に」

「――あの学校に」



「行ってきます」


朝陽に向かって歩き出す。

空に手をかざすと、木漏れ日のような陽光が心を見透かすように照らしていた。



――窓の外を眺める。

眩しさに目を細めた。

それが、本物の朝かどうかも分からぬまま。


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