第四話 暗礁に乗り上げられし劣等生
アルディウスは何事もなかったかのように話し出した。
「俺の名はアルディウス=ヴァルクレイ。東部領を統べる者だ。
俺の掲げる理念は一つ――
【力はためらわず振るえ】
何もせず力尽きる者はただの愚者だ。
迷うな。
迷いは決断を、判断を鈍らせる。
そうなれば、後は死ぬだけだ。
俺からは以上だ」
ゼルフィアとアルディウスの視線が交錯した。
この男からは底知れぬ圧を感じた。
…これは遺伝だな。
「アルディウス=ヴァルクレイ公爵閣下、どうもありがとう。
続いては西部領を統べるレオニール=アルシェイド公爵閣下、壇上へ」
艷やかな黒髪が空間を横切る。
隙のない佇まい。
この人…見たことがある。
「紹介にもあった通り、
私の名はレオニール=アルシェイド。
私の理念は【崩れぬ均衡こそ勝利】
西部領の民には“ 攻め ”ではなく、“守り”を――
と、説いています。
皆さんも意識するといいかと思います。
私からは以上です。聞いてくれて、どうもありがとう」
彼女は一瞬俺と目が合い、僅かに笑みが綻びる。
その後、すぐにもとの振る舞いに戻った。
「レオニール=アルシェイド公爵閣下、どうもありがとう。
次いで南部領を統べるエリュシア=リュミエル公爵閣下、壇上へ」
魔力が立ち昇る。
その容姿はどことなくエルフ味を感じる。
どこか精霊っぽいというか…
「私の名前はエリュシア=リュミエル…
南部領を治めています。
【祝福は選ばれし血に宿る】――
皆さんはこの場にいる時点でその資格があります。
これからも精進を続けることで自ずと道は開かれるでしょう。それでは、
神のご加護があらんことを――」
信仰者なのか…?所謂、啓示を信じるタイプってやつか?
「エリュシア=リュミエル公爵閣下、どうもありがとう。では最後に、北部領を統べる
ゼルフィア=ノア=ヴァルディス公爵閣下、壇上へ」
ヴァルディス…その名に心が淀む。
僕の中の魔物が呼び覚まされるかのようだ…
「え〜ゼルフィア=ノア=ヴァルディスだ。紹介にもあった通り、
俺は教師という立場でありながら
北部領の領主を担っている。
理念は【感情は誤差】
常に冷静であることが最適解…というのが俺の考えだ。
公爵…なんて大層な名がついているが、
ぶっちゃけそんなのはまやかしだ。
ここにいる以上、俺はこの学校の端くれ、単なる教師の一人に過ぎない。
だから、みんなには立場なんて気にせず俺を扱ってほしい。俺からは以上だ」
まさか担任が公爵だったとは…
「ゼルフィア=ノア=ヴァルディス公爵閣下、どうもありがとう。
最後に、北部領実務統括、ミハイル=エーレンシュタイン侯爵閣下、壇上へ」
こうしゃく?
公爵とは別か?
「ご紹介に預かった、ミハイル=エーレンシュタインだ。
普段は教師と領主を兼任なさっている閣下に代わり、領主実務を担当している。
四大公爵と合わせて私の名も覚えて帰ってくれ」
なるほど。侯爵ってそういう…
っていうか、一気に情報が入ってきたな。
覚えられる自信がない…
「では、これにて閉式とする。
新入生、在校生、職員。
起立。礼――」
1、2、3――
懐かしいな。
「新入生退場。
新入生はそのまま教室に戻り、担任の指示を仰ぐように」
これで終わりか…
なんだか疲れてしまった。
アサーシがずっとこっちを凝視していたし…
席を立ち、在校生の拍手に見送られながら担任の後に続いた。
教室まで歩みを進める。
これからの学校生活を想像しながら――
「よ〜し、お前ら〜席につけ〜」
安堵の席に座る。
「さて、入学式も終わったことだ。
お互いの顔もまだ知らない頃だろう。
というわけで、自己紹介をしよう」
自己紹介…あまり好きではないな。
自分を相手に知ってもらうというのは結構だ。が、如何せん自慢できるような趣味も特技もない。
困ったな…
「それじゃあ三〜四人で一組になって、自己紹介をしてくれ」
僕は端の席で、このクラスは全員で20人だから…僕のところは三人組か。
隣の席のアサーシと、昨日話しかけてきた前の席の少女、そして僕。
「え〜っと、誰からはじめる?」
とりあえず仕切ってみた。
正直、かなり勇気が必要だった。
後は、なるようになることを願う…
「じゃあ私から行くね!」
目の前の少女が声を張り上げた。こういう積極的な人は嫌いじゃない。
昨日は僕が周りと違うからという理由で話しかけて来た彼女。
人に興味津々…というタイプだろうか?
僕は少し彼女に興味を抱いていた。
彼女の声に耳を澄ませた。
「私の名前はリゼリア。みんなと仲良くしたいと思ってるの。だから、みんなのことをもっと知りたい!」
The 陽キャだ。眩しすぎるな…
やっぱり、僕のような日陰者は彼女のような人とは関わることがないのだろうか。
「次はどうする?アサーシ君から行く?」
「ではそうします。えと、今朝も話した通り、私はアサーシ=ゼルマインといいます。
魔術は不得意ですが、運動能力には自信があります。皆さんと一緒に高め合えたらと思っています」
「お〜相変わらず真面目だね〜
じゃあ次は後ろの席の君!
確か…ゼイル君だっけ?」
いよいよ僕の番か。
僕は緊張を取り払うため息を整える。
鼓動が落ち着いた。
「…ゼイル=レグナードです。
魔術はそんな得意じゃないです。
もし交えることがあれば、お手柔らかに」
二人の顔色を伺いながら慎重に言葉を紡ぐ。
「あ〜そうだ、そうだ。ゼイル君の姓ってレグナードだったね。じゃあ隣人のよしみってことで、
よろしくね!二人とも!」
良かった。変には思われていないようだ。それだけでも今日は収穫があったと言える。
「うん」
「ええ」
周囲はまだ自己紹介を続けているようだ。
「そろそろいい頃合いだな。
ここいらでおわりにしよう〜
これだけ時間を取れば十分だろう」
みんな、担任に向き直った。
「自己紹介も終わったことだし、
そろそろ“あれ”いくか」
“あれ”?
「本来は朝からやるつもりだったんだが、入学式が今日に延期になったからな〜
今から行うことにする」
「先生〜何するんすか〜?」
「もしかして授業〜?」
クラスメートが次々に口ずさむ。
授業は嫌だな。
入学式の来賓紹介やら自己紹介やらで変に気を張り詰めていたからか、少し疲れてしまったのだ。
もう帰りたい…
「今から行うのは――実力判定試験だ」
え?
「入学したばかりのお前らが、
どれほどの力をもっているか担任として知っておく必要がある。
入学式の後で申し訳ないが、お前らにはやってもらう。
というわけで、グラウンドに集まってくれ」
「え〜!」
正直僕もみんなと同じ気持ちである。
てかグラウンドってどこだ?
赤レンガぐらいしか見当たらなかったけど…
みんなどれくらい強いのかな…
怪我だけはしないよう、入念にストレッチしておこう。
「ねぇゼイルさん。この試験、どんな意図があると思います?」
アサーシが突然そんなことを尋ねてくる。
「意図?ただ実力測るだけなんじゃ…」
それ以外あるだろうか?
「いえ。気にしなくて大丈夫です…じゃなかった。…だよ。
はぁ…やっぱり癖ってなかなか抜けないですね」
アサーシは何か言い淀んでいる様子だ。
いや、探ってる?
「まぁ慣れないうちはしょうがないよ。徐々に慣れていけば良いんだから」
「…!そうだね。ありがとう」
「…って、もう着いたのか」
クラスメイトたちは校舎の外に出るなり、三々五々に散っていった。
担任が東門の前に立った。
「これはうちの学校専用の技術だ。くれぐれも他言しないように」
担任の脅しがさざ波のように広がった。
膝が震える。恐怖が刻み込まれた。
「星環展開――」
その瞬間、履き慣れたローファーに砂が侵入した。
接していた赤レンガが瞬く間に土埃を帯び始めた。
「これは…」
展開された魔法は担任を中心に同心円状に、まるでドミノ倒しのように波紋を呼んだ。
同時に、学院を包囲するような防護結界が張り巡らされた。
魔力が閉じ込められる感覚があった。
担任の足元から台が出現した。
彼は朝礼台の上に立った。
「お前ら、準備はできてるか?」
いやいや…出来てるわけないだろ。
こっちは今起きたことで手一杯だわ。
このときから破天荒だったよなぁ…
「全然ですよ〜」
「直前までウォーミングアップもできてないんですよ」
「はぁ〜早く帰りたい…」
みんなもそう思っていたか。
「まぁ、そんな辛気臭い顔をするな。
今日の大半はこれで終わりだ。
午後から身体は動かさないから、全力で臨んでくれよ〜」
お、それは大きい。どれくらい本気を出して良いか分かるだけでも、心持ちは随分変わってくる。
――担任が僕らを一瞥した。
僕たちは一斉に構え出す。
…ゴクリ。
生唾が喉を滑り落ちた。
「…第一回実力判定試験を開始する。よ〜い、―――ドンッ!」
魔術には2種類ある。
1つは魔法――
「炎の精霊よ、集い―――」
炎の塵が髪に移った。
…まずい。
「干渉!」
「あれ?いつもより遅い?」
あっぶねぇぇぇ…
あともう少し遅かったら丸焦げだったかも
――マナを消費して属性を付与した生成物を使い分ける。
熟練するほど生成にかかる時間は短い。
魔法を使うほどマナ総量は増える。
もう一つはスキル――
「(位相観測!)」
これで魔力の流れと予測を…
「水泡!」
やはりまだ甘いな。
「うぉ!?」
(くっそぉ…、当たっちまった)
足に気持ち悪さがまとわりついた。
僕以外にも詠唱破棄できる人いるのか。まぁ、ここ魔術教育の最高機関だしな…
――魔力を消費して各々の資質に合わせた異能が現れる。
スキルを使うほど魔力総量が増える。
このレベルになると詠唱破棄も珍しくない。ここからは乱戦が予想される。被弾のリスクも上がるだろう。
なら…
「重力拘束!」
辺り一帯の生徒に圧がかかる。
その重圧は魔術を使えなくなるほどで――
「なるほど。そういうのが得意なんですね」
さすが。相変わらずだ。
「…!?」
アサーシに背後を取られていた。
僕は首元にナイフを突きつけられる。
首元から僅かに流血する。
「…完敗だ」
速すぎた。目で追えないほどに…
魔術を使ってる感じもなかった。魔力の残滓さえも感じ取れなかった。
…圧倒的だ。
「終〜了。お前ら、よく頑張ったな」
終わった、のか…?
「今回の実力判定試験の総合1位は、
アサーシだ。おめでとう」
アサーシに拍手が送られる。
彼の動きは常人を逸脱していた。
それこそ魔術なんて必要ないほどに。彼がこの学校に通っている意味について考えてしまうほどに――
「すごいね〜」
「魔術使ってなくなかった?」
「なんでそんなに動けるの?」
正直僕も聞きたいことは山ほどある。
一体どうやって…
「はぁ〜い。じゃあ教室に戻ろう」
ぞろぞろと教室に戻っていく。
その大衆の流れに逆らい、
「ねぇ、アサーシ」
「え!?なっ何ですか?」
表を突かれたようだ。
普段から気を張っているわけじゃないのか。このメリハリこそが強さの秘訣なのか?
「いや〜びっくりしたよ。あんなに動けるんだな」
「…まぁ教わってたので」
アサーシは意味ありげに間を空けて話す。
「ふぅ〜ん。そうなんだ」
師匠でもいたのか?
僕たちは教室に入った。
「お疲れ様。
試験後に悪いんだが、お前らにまた一つやってもらうことがある」
なんだ?
「…魔力測定だ」
測定するのか。
まぁ僕はどうせ変わらんだろ。
「じゃあ出席番号順に行こうか」
みんな次々に並び出す。
「お、110だ!上がってる!」
「ん〜95かぁ〜微妙〜」
「…150?まじか」
「お〜!」
クラスメートが騒ぎ出す。
「150なんて見たことないよ!」
「小さい頃から魔術使ってたとか?」
「まぁ、そんな感じ」
見るからに魔力が凄そうな人にクラスメートが集まっている。
髪は…緑色だな。
四大公爵ほどではないが、
それでも四分の一くらいはありそうだ。
いや、まだ魔力を隠してるとかもあるか?本気を出したら教師に匹敵するとか…
「じゃあ、次はアサーシ」
教室が静まる。
みんな、彼に期待を寄せた。実力判定試験の首席…そんな彼の魔力値に、興味津々なのだ。
そんな中、彼の歩みは音を立てず響いている。彼の纏う独特の空気は、人とは違って無機質だ。
「お願いします」
…ゴクリ。
唾を飲み込んだ拍子に喉が上下する。
「結果は…56?」
え?
クラスメートもキョトンとしている。
「言ったじゃないですか。
私、別に何かに秀でてるわけじゃないって」
魔術に秀でてないって意味だったのか…
まぁアサーシ自身も魔術は不得意だって言ってたしな。
その後特に目立った数値は出ず、みんな平均ぐらいだった。
リゼリアさんはと言うと、平均値ド真ん中の数値でこのクラスの誰よりも喜んでいた。人生楽しそうだ。
そして、いよいよ僕の番。
「ゼイル、ここに手をかざすんだぞ」
「分かってますよ」
さて、どんな数値が…
斜に構えた態度で魔力測定機を睨ませた。
「…18?」
…やっぱり。
結果なんて分かりきっていた。僕には魔術の才なんてないから…
「嘘でしょ?」
「そんなことあるの?」
「アサーシ君より下…」
ザワザワと騒ぎ出す。
リゼリアは一瞬目の焦点が合わなくなった後、みんなに告げる。
…このときはまだか。
「みんな!18ってそんなに悪い数値?私はそうは思わないわ。だって、みんなだって一度はそんな時期があったはず。
ゼイル君だけが劣っているなんて、そんなことは決してない!ゼイル君に謝って!」
リゼリアさん…
「…悪かったよ」
「私たちもごめんね。あんな数値見たことなくて、動揺しちゃったの」
「数値なんて気にせずさ、仲良く行こうぜ。な?」
謝罪をされた。
もとはといえば、僕が不出来なことが原因なのに…
不意にアサーシに目が行く。
彼は憐れみを向けるでもなく、ただ静観していた。
「こちらこそごめん。みんなを驚かせちゃって」
己の不出来でみんなのペースを崩してしまったことを謝罪する。
その姿はさながら“昔の僕”そのもので、『過去』に取り憑かれた憐れな人間だった。
「そんなことは――」
瞬間、表示が乱れ魔力測定機にヒビが入った。
――静寂
数値がIVを示す。
それは、この学校で一度も記録されたことのない数値だった。
…もしかして。
ゼルフィアは目を細めた。
「…まさか」
次の瞬間、魔力測定機は沈黙した。
「……機器の不具合だ。再測定は不要。ゼイルの数値は18で記録する」




