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第三話 白髪の転入生


はぁ…


今日は本当に散々だった。

教室で浮くし。

突然何か降ってくるし。


楽しみの一つだったオリエンテーションも中止になるし。


いや、それより

学校…いや校舎から出て二人を見たとき直感した。


(ゼルフィア=ノア、リヒト=アーウェル…何かある。

何よりあの目だ。あれは教師の目ではない)


確証はないが、そう思った。


あの冷徹な感じといい、

本音を隠すかのようなひょうきんさといい…


どこか引っ掛かる。


あの感じ…どこかで――


その瞬間、

僕の後ろを付く影が一瞬西に揺れる。


まるで“意思”に背くかのように。

一体何だというんだ…


ん?

クンクン…


胃袋を刺激する、大好物の匂いがする。


まさか!


僕はドアまで走った。


「お母さん!」


勢い良くドアを開けた。


「わぁっ!びっくりしたぁ…

おかえり。どうしたの?」


母は肝を潰したかのような様子だ。


「今日のご飯なに?」


「あ〜今日はビーフシチューよ。

せっかくの“入学式”だからね」


「…ありがとう。お母さん」


僕はすぐに返答できるほど成熟していなかった。


「さ、手洗ってきなさい。早く食べよう」


「うん、洗ってくるよ」

なんだか、母に申し訳ないな…


僕は洗面台まで向かう。鏡に映る僕は、今から大好物にありつけるとは到底思えないほど暗かった。


「よし、食べようか」


居間に戻ると母が夕食の準備をしてくれていた。

僕たちはいつもテーブルを囲んで、向かい合って夕食を食べる。会話を楽しむのだ。

やはり食事は誰かと食べるに限る。

…いつもならそう思えてたけどな。


「いただきます」

「いただきます」


木製のスプーンを手に取った。

一口頬張る。

…美味い。

ホロホロと溶ける肉と、コクのある濃厚なソース、甘く煮詰まった人参、そしてこの絶妙なバランス…最高だ。


一口、また一口と次々に口に入れていく。


「ゼイル」

母が何かを聞き出そうと訊ねる。


「ん?」


「今日、学校どうだった?」

聞かれた瞬間、味覚がなくなったかのように舌が反応しなくなる。


「…聞いちゃまずかった?」


「別に…」


「そう…」


気まずい。

母もばつの悪そうな顔を覗かせている。


「あ、そうだ。ゼイルも昼間の音きいたでしょ?…どうだった?」


母は何かを試すかのようにこちらを見つめる。


「別に、どうもこうもしないよ」

不貞腐れたように言った。


「そう」


「(やっぱり覚えてないのね…)」

母がボソッと呟いたのを、僕は聞き取れなかった。


〜数分後〜


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


相変わらず母の料理は美味しい。だが、今日は途中から味がしなくなった。


食べ終わった食器を水に浸け、自室に続く階段を上がった。

胸中の靄が収まらなかった。


(重く受け止め過ぎなのかな…)


そんなことを考えながら今日も夢路を辿る。

…… 


「あなた!なんで…」


「仕…だ。こう…俺が…」


「あ、あぁ〜あぅ?」


ここはどこだ…

というより、“いつ”の記憶だ?


「お前らには悪いと思ってるよ。

だから…」


男は僕たちに目を向ける。

そして、“何か”を手にする。


鉄臭い温かさが頬を伝う。


「あなた!目を覚まして!」


「大丈夫。死にはしないさ」

男はまるで、この後何が起こるか知っているような口ぶりだった。


「……悪く思うな」


その瞬間――

足元が消えた。 重力が裏切った。


おい待て待て待て…


この高さ普通に死ぬだろ!?


「大丈夫。お母さんがついてるから」

母はこんな時でも優しく言葉をかけてくれる。


「これで少しでも抵抗を…」


母の血流に緑の魔力の流れが見えた。…こんなの初めて見た。


風鎧(ウィンド・ベール)!」

その瞬間周囲に旋風が巻き付く。

その旋風は空気抵抗を促し…



――ゴォォォォォン



「衝撃波到達まで、三秒程度。

距離は……1.1km圏内。誤差±0.02。」


「またですか」


「ああ」


「…また二人で見に行きましょうか」



「いたたたたたた…

ゼイル、平気?」


「あ、あぃぃ!キャキャッ!」


「ふふ」

母の温かさは慈愛に満ちていた。



「―――ル…」

まさかお母さんが魔法を使えたとは…


「―――イル…」

そう言えば窓から誰かが見ていた気がする。

誰だったのだろうか…


「――――ゼイル!」


「うぉ!?びっくりしたぁ…もう朝か」


いつものように母と鳥のさえずりに起こされながら、布団を退かす。


「も〜今日もギリギリじゃない。早く朝ごはん食べて、行ってきなさい」


今日も美味しそうな匂いが部屋まで漂ってきている。


「ああ、分かったよ。お母さん」


それにしたって、いい夢ではなかった。

母の温かさは感じられたが、


鼻につく血の匂い、落ちる感覚…


…思い出したくない。

夢の内容をなるべく思い出さないように布団を片付け、居間まで向かう。


居間まで続く階段が、なぜだか『落下』を連想させた。夢の内容が掘り起こされる。僕は少し気分が悪くなる。鼓動が速くなっているのを感じた。


…とりあえず洗面台まで行くか。

気分転換に顔でも洗おうと流水を浴びに行く。

…冷たい。

頭を冷やすには十分な冷たさだった。

…少しは落ち着いたか。


鏡を見る。

紅蓮の瞳には青みが混じる。

歳不相応なやつれ顔に、自分でも笑ってしまう。


「…切り替えないと」


僕は両手で頬を叩き上げ、真っ赤に腫れ上がった顔で居間に向かう。


「もう準備できてるから、早く食べようか。冷めちゃったらいけないし」


母の催促に促されるがまま、椅子に腰掛ける。今日は…和食っぽい感じだ。

僕は箸を手に取った――


「ごちそうさまでした」


今日も美味しかったな。母の料理の美味さに舌鼓を打ちつつ、時間も迫っているので学校の準備を急いで済ませる。


「じゃあ、行ってきます」


靴をきちんと履き切れぬまま、僕は扉を勢いよく開け放つ。

いつもなら履き慣れたローファーを履くことなど造作もないが、時間のなさが僕の出来の悪さを助長している。


「いってらっしゃい。気をつけてね」

母の温かさは健在だ。

その事実にどこか胸が苦しくなる。


「…さてと。今日もギリギリだから、急がないと」


駆け足で向かおうとしたときだった。


白髪の青年に声を掛けられる。

顔立ちは…Theこの世界の住人って感じだ。


「あの〜すみません。

《セレスティア中央魔術学院》までの道って分かりますか?」


見たところ僕と同じ学校の制服のようだ。

僕はこの青年にどこか安堵とシンパシーを覚えた。間違いなく好青年だ。


「あ〜あの学校ですか。僕もそこに通ってるので、よかったら案内しますよ」


好意的に尋ねられたので、同じように好意的に返す。


「本当ですか!ありがとうございます!」


僕の見立てに狂いはないらしい。


「ところであなた、昨日学校来てましたか?あなたのような人は見かけていないと思うんですが…

あ、もしかして先輩でしたか?もしそうでしたらすみません」


万が一のことも考え、訊ねてみる。このような好青年は見かけていないはずだが、世の中に絶対はない。後で後悔しないための…いわば保険だ。


「いえいえ、顔を上げてください!

私は今年からあの学校に通うことになった一年生…つまり同級生ですから」


同い年なのか…

自分が情けなくなる。同い年にこんな立派な青年がいるなんて…


「じゃあタメ口でいい?」


この青年に興味を持った。できれば仲良くなりたいと思ったのだ。


「はい!もちろんです」


そこから彼がこの学校に来ることになった経緯を尋ねた。が、その度に彼はのらりくらりと避け続けた。


そんな会話をしていたら教室の前まで来てしまった。


「じゃあ、また会ったら何か話そう」


心にしこりを残したまま、彼と別れた。


「はい。またいつか…」


彼は職員室に用があるそうだ。


結局最後まで彼の敬語は抜けなかった。


どこか距離を感じるな…

もっと仲良くなりたかった。


教室に入る。

今日も窓際の席に座る。

自然が見えるこの席は、僕にとって至高の席である。


意図的に仕組まれたかのように空いている隣の席に目を向けながら、あの青年のことを思い出す。


また会えるかな…


そのとき、担任が引き戸を引いて教室に入って来た。


「よし。全員いるな。

わかっているだろうが、今日は入学式だ。新入生として恥のない行動を頼むぞ」


担任はいかにも教師らしいことを口にする。


「そしてもう一点。

今日は特別な連絡がある。

…転入生がこの教室にやってくる」


「え!」

「この時期に!?」

「どんな子だろう〜」

「女子来い、女子来い!」


クラスメートがザワザワと騒ぎ出す。

一人不純な奴がいたが。


「と、いうわけで入って来てくれ」


教室の引き戸に目を光らせる。


予感した。

来る…


そのとき引き戸の隙間から見覚えのある白髪が教室を覗かせる。

来たのだ。彼が。


彼は教壇に上がった。


「それじゃあ、自己紹介を頼む」


「アサーシ=ゼルマインです。

え〜っと…特に秀でてることはありませんが、仲良くしてもらえると嬉しいです」


「よろしく〜」

「真面目だね〜」

「分からないことがあったら、聞いていいからね」

「なんだ。女子じゃないのか…」


僕のクラスメートは優しいな。

相変わらず不純な奴が一人いるが。


「それじゃあ席に着こうか。

席は…お、丁度空いてるじゃないか。

じゃあ、アサーシの席はゼイルの隣で」


その瞬間、アサーシは僕を値踏みするかのように見る。

瞬間、すぐにもとの顔つきに戻る。

そして

一歩、また一歩と歩を進める。


配置を把握しているかのような、自然な足取り。


静かな音だ。

まるでその道に長けているかのように。

さも当然かのように――


「あの〜こんにちは。というか、さっきぶりですね。見知った人がいて、なんだか安心します笑」


彼のこんな砕けた笑顔は初めて見る。

さっきまで変にかしこまっていたし、

こっちの方が親しみやすい。


「全然知り合いが居なくて困っていたところだったから、僕も嬉しいよ」


警戒心が解けた獲物のような本音をぶつけてみた。


「というか、まだ敬語は外してくれないの?距離感を感じるというか…」


「あ、ほんとだ!全然気づかなかった…

じゃあなるべく意識しますね…じゃなかった。…するね」


「ありがとう」


タメ口というだけでまた随分と接しやすくなった。


「さて、アサーシも加わったことだ。

…と、そろそろ入学式が始まるな。

廊下に出席番号順に二列で並んでくれ〜」


アサーシの(ラストネーム)

ゼルマインだから、割と前の方か。


で、僕はレグナードだから…結構後ろの方だな。


もう少し彼と話していたかったが…


引き戸を引き、廊下に飛び出した。クラスメートたちの足踏みが廊下中に響き渡る。

そのとき、隣の教室からそのクラスの担任らしき人が出てくる。

昨日担任と仲良さげだった、怪しさ満点の教師だ。


「あ、ゼルフィア!

君も今から体育館に行く感じですか?」


「ああ。ほんと、昨日は大変だったよな」


二人は顔を寄せ合った。


「(アサーシの報告とか大変でしたよね…)」


「(ほんとそれ。校長が一旦様子見するとか言い出さなかったら―――)」


「(まあ、君なら人ひとりぐらい大丈夫そうですけどね。だって、ねぇ?笑)」


「(絶対馬鹿にしてるだろ)」


「(してませんよ〜)」


耳打ちで会話しているため、僕たちには全然聞こえない。昨日もそうだったが、何を話してるんだ?

僕は眉間に皺を寄せた。ひどい顔になっていないといいが…


「よし。お前ら〜行くぞ〜」


僕らは歩みを進める。


体育館は二階にあるので、今いる三階からは階段を降りる必要がある。

クラスメートの足音が忙しなく聞こえてくる。喋り声も活発だ。


僕は耳を傾けてみた。みんな入学式の話ではなく、昨日の音の正体について気がかりのようだ。


担任が体育館扉の前に立った。


「今からこの中に入る。今朝にも言ったが、新入生として恥のない行動を取るように」


ついに入学式か。

いよいよこの学校での生活が始まるのだ。


担任が扉を開く。


――拍手喝采

恐らく先輩であろう在校生たちが僕らに拍手をくれる。


みんなに注目されているこの状況は、なんだか緊張してしまう。


チューリップのアーチで覆われた花道を通りながら、右手と右足が同時に出てしまった。

…恥ず。


「それでは、新入生は座ってくれ」


この入学式の司会役らしき人が言う。

教頭だろうか?


「ただいまより、

第二十回《セレスティア中央魔術学院》入学式を始める。

司会・進行はこのエドモンド=クラウゼンが務めさせていただく。

よろしく。礼――」


1、2、3――

身体に染み付いたリズムを心の中で唱えながら、頭を下げる。


「開式の言葉・式辞。エーデル校長、お願いします」


校長が壇上に上がる。


「桜が舞い、空が澄み渡る…このような日に入学式を行えたこと、感激である。

さて、新入生の諸君。

君たちはこの学校で何がしたいかね?

そして、何を知りたいかね?

その答えによっては、きっと魔術師としての格が決まってくるじゃろう。

じゃが、焦ることはない。

答えはこの学校で見つければよい。

わしからは以上とする。

ご清聴、どうもありがとう」


万雷の拍手が巻き起こる。

この校長は人が良さそうだ。

この学校で何がしたいか…か。


そう言えば何でこの学校にしたんだっけな?単純に魔術教育の質が高いからか?他にも理由があった気がするが…まぁ良いか。ゆっくり思い出せばいい。


「エーデル校長、格調高き式辞を賜り、誠にありがとうございました」


手に挟まれた奉書紙が、司会の目に次のページを示した。


「国歌斉唱。

新入生、在校生、職員、起立――


本来であれば国旗に向かって歌うのが一般的だが、わが校では紋章に向かって歌うことになっている。新入生は慣れていってくれ。

それでは、国歌斉唱」


国歌が流される。


国歌斉唱――

歌詞は覚えている。

だが、国旗や国歌に敬意を払わなくてはならないというのが、いまいち理解できない。何のために忠誠を誓わされているのか、僕には分からなかった。


早く終わらないかな…


「来賓・祝辞。

続いて、本日この学校に来ている、四大公爵陛下を紹介する」


公爵?


「公爵陛下は本校設立当初から多大な金銭支援をしてくれている者たちだ。

在校生はもう知っていると思うが、新入生はまだだろう。

この学校で過ごすにあたって密接に関わってくる。しっかりと覚えて帰れ」


まじか…名前覚えるの苦手なんだよな〜


「それでは、四大公爵陛下、壇上に――」


「よし、いくか」


体育館の空気が一変した。


――次の瞬間

天井に掲げられていた紋章旗が、音もなく、縦に裂けた。


赤黒い炎が、視界の端を掠める。

遅れて、圧が来た。


肺が潰れる。

膝が笑う。

呼吸がうまくできない。

辺り一帯に、強力な魔力がのしかかった。


椅子から落ちた新入生も少なくない。

僕も足を崩しそうになる。危うく出鼻挫かれるとこだった。…物理的に。


そんな中、

白髪の青年は顔色一つ変えず一望する。


その拍子に在校生に目が向く。

…頭を下げていた。

まるで恐怖に押し潰されるかのように。


瞬間、冷気がほとばしる――


音は消え、

のしかかる魔力の重圧も治まった――


「相変わらずだな、アルディウス」


ゼルフィアは視線すら向けなかった。


「まぁな」


アルディウスは僕ら…いや“俺ら”を一瞥する。



…僕?

アルディウス公爵の目が止まった。

彼の目つきは鋭かった。


アサーシはほんの僅かに目を細めた。



試験期間や受験期などで更新が難しくなる場合があります。

その際は後書きにてお知らせいたしますので、ご了承ください。

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