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第四の魔術師 〜魔術を拒む異端者〜  作者: 第四
第一章:第一節 『平穏な――学院?』
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第二十六話 異なる価値観の衝突


視界に収まる黒装束の男は、僕に気づく様子もなく、あっけらかんとティータイムを謳歌していた。白パラソルの影に身を潜めた彼は、木製の温かみのある座席に、安寧の休息を求めているようだ。

その胸元には、例の本と同じ黒書が鎮座している。だが、さっきと違う点が一つ。…本から禍々しいオーラが消え去っている。


考え得る可能性は二つ。

一つは、彼が大衆の渦で使用した魔法?が強力で、本の威圧感を吸い取ってしまったパターン。


だが、魔法を使うことで本の気配が吸収されるなんて話は、一度も聞いたことがない。単なる知識不足も不定できないが、これは少々無理のある仮説だと思う。


もう一つは、本の周囲に結界を纏わせるパターン。これは僕でも知っている。なんなら、現に今も家でやっている。


幼き頃、母から貰った魔導書。僕はその本の『禍々しさ』がどうも気になり、家にいる時は魔術に全然集中出来なかった。


押し入れに収納する、ベッドの下に隠す、袋に包む…色々試した。魔導書はそのことごとくに対して、僕の浅はかな期待を損壊し、不貞寝を決め込んだ。対策は、全くの意味を成さなかった。


その内『もう、や〜めた!』と愚かな諦めを吐き出し、魔導書が漂わせる異質な空気と、時間を共にすることになった。


そんなある日である。

いつものように見るとはなしに、ページの端を撫でる手に従順な本の紙質を、ぼんやり眺めていた。その頃の僕には内容が難しく、とても真面目に読む気にはなれなかったのだ。


恐らく、その頃の僕が『才無き者』として自身の才能の無さに現実逃避し始めていたことも関係しているだろう。


次々と手を動かし、『魔法論』が後半に差し掛かろうとした頃、心を鷲掴みにするフレーズが脳天を直撃させた。


自己の外側・周囲の一切合切を遮断し、拒絶する魔法――結界魔法


今の僕にぴったりだと思った。この記述には、抽象性がある。それは、使用者の解釈が大きく反映されるということだ。

捉え方次第では、一見一通りの用途しか思い付かない魔法でも、あの手この手で、奇想天外な使い道があったりする。


例えば風魔法。初級魔法である微風(ウィンド)は、パッと見で、微妙な風を吹かせるだけの魔法だと考えられる。しかし、現在では髪を乾かす道具の一部として存在する。


では、僕はこの結界魔法をどのように解釈したのか。それは――『“自己”を“魔導書”に置き換える』


すなわち、魔導書に周囲を拒絶させれば、オーラの放出を軽減――あわよくば、無くすことが出来ると捉えた。

想像は十分。発想も及第点。問題は“技術”だった。

いくら頭の中でイメージできるからと言って、簡単には行かない。必ず壁がある。


逃げ癖が泥沼に浸かっていた当時の僕は、今回も逃避しようとした。


その時、自室の全身鏡に映る人生の冒涜者が佇んでいた。

この時の武器は、母から教わった初級の火焔魔法と風魔法だけ。独自の業も、特技も持ち合わせない、醜い没落者。それが僕だった。


…ダサいな。

己の心に刃先を突き立てた。


その頃からだっただろうか。少しは、魔術に対して前向きになれたのは。詠唱破棄も試すようになり、体内魔術操作も板に付き始めた。そして――日々の鍛錬の末、結界魔法を習得した。


僕の努力は、魔導書と自室の隔絶という形で実を結んだ。


軌道に乗った僕は、短期間で簡易的なバフ魔法と防御魔法も会得した。

その内勘づいた。『補助役』としての才があるかも知れないと。


当時、近所に住んでいた女の子にも自慢した。

「すごいでしょ!」「がんばったんだ〜!」

青髪の女の子の目をがっちり見つめながら、披露した。その子はとてもいい子で、沢山おだててくれた。調子に乗った僕は、彼女に「やってみなよ〜」と提案した――


…黒装束の男性と目が合ってしまった。

その目は、過去に何度も見た『眼差し』だった。


――現実は無情である。才能の差というのを、ここまで脳髄に叩き込まれるとは、夢にも思わなかった。


嫌悪が肌を蠢いた。

あろうことか、彼女は僕が手も足も出なかった拘束魔法さえも、簡単に習得してみせた。


この出来事がきっかけで、『怠惰の劣等生』の足音は、眼前にまでにじり寄った。魔術の拒絶は、ここから始まった。


そして――今に至る。あの頃と今で明確に違うのは、逃げ道を知った上で、向き合う覚悟を持ったこと。どうにもならない壁も、目の前を阻む『過去』も、全部受け入れて糧にする。そうやって生きていくと決めた。


緑色のストローの中をへばり付いてよじ登る、成体後の煎り豆を観察した。


メロンパンの熱に焦がされたザラメは、口内液の火照りに甘く溶けている。


『偽硬貨事件』――僕が勝手に名付けた事件名だが、これ以上に分かりやすく表現できない。


あの男性は、メロンパンの代金支払いにおいて、偽物のセリオ硬貨を用い、大衆の目を眩ませた後に、逃走した人物だ。


彼の優雅なおやつ時間を見る限り、お金に余裕が無さそうには見えない。彼のシンプルながら悪目立ちしない服装からは、むしろ高貴さすら感じられる。


西部 アストラ街では、罪に問われることはない。とは言え、金銭に余裕のある男が、わざわざメロンパンごときに詐欺を働くとは考えずらい。

いい歳した大人が、何やってんだか…って話だし。


そうなると、有り得そうなのは――


「(いや〜俺が悪いとは言え、姉御の小遣い制限きちぃ〜な。…ま、この本献上すれば、少しは待遇良くなるでしょ)」


――あの時・あの場でしか果たせなかった目的があった…ということ。意味もなく、無粋な真似をするわけがないからな。


考察の矢が、霞的(かすみまと)正鵠(せいこく)を外した音がした。


男性の口の動きから読唇術を試みたが、どうも上手く行かない。

この距離だと、何言ってるのかさっぱり分からんし…


「(あの方…見た目より、脳無しかも知れませんわね)」


黒青髪の少女の呆れ囁き声が、男性目掛けて的を射た。


男性までの距離…僅か、三メートルの付近までやって来た。

僕以外のみんなは男性に目もくれず、これから行く予定の焔獣館ヴァルクレイアについて話が盛り上がっていた。


何故、偽硬貨を使ってまでメロンパンが欲しかったのか。その真意を探りたいところだったのだが…

どうやら、みんなの足を止められる雰囲気でもないらしい。


どうしようかな…


「…ん?」


右隣の公爵が、男性を見るなり顔を顰めた。

何か引っかかるところでもあったのだろうか。


赤髪公爵は、右手で剃り残した髭の跡を撫でながら、記憶を遡っている様子だ。


「あの服装…あの魔力…間違いない」


チャコールローブの影に落ちる目元が、キラリと眩しい彼の歯列を強調させる。甘味以来の喜色満面の顔付きは、久し振りに旧友と出会ったかのように高揚している。

左手で掴んでいる紙袋を、ルンルンに宙に振るわせながら、男性に急接近した。


「どうかしたの?」


「忘れ物か?」


急に足を止めた僕を不審に思った黒髪少女と金髪青年が、初等生集団には聞こえない程度の小さな声で、僕を気にかけてくれた。

彼らの配慮には、何度も助けられた気がする。


心の内で神を拝めるポーズのように祈りを捧げ、感謝の意を伝えた。


「心配してくれてありがとう。どうやら、アルディウス公爵が知り合いと面会したいみたいなんだ。

どれくらい時間が掛かるかは分からないけど、待ってあげて欲しい」


公爵の思惑を勝手に推測して申し訳ないが、二人の様子を見る感じ、見当違いと言うことも無さそうだ。これなら、セリアさんたちも納得してくれることだろう。


「そうか。なら、ちょっと盗み見させてもらおうぜ」


彼の端正な顔立ちは、悪巧みを孕んだ顔付きを、より確固たるものにした。

その姿は、正直悪役にしか見えなかった。


「フフッそうだね」


目を弓なりに閉じながら、拳を口元に当てている。

学校での彼らの会話と比べて、黒髪少女の棘が和らいでいるように感じた。


初めて二人の会話を見た時は、もっとセリアさんの毒舌がリオン君に直撃していたように思うが、今は少し落ち着いているように思う。彼女の中で、何か心境の変化でもあったのだろうか?


「お〜い!ちょっと、こっち来てくれないか?」


金髪青年の、初等生集団を招集する手招きを察知した。陽光の光に照らされた彼の後ろ姿は、神々しさすら感じられた。


「何用かしら?」


「もしかしてお菓子!?」


集団の最後尾と先頭の少年少年たちが、テンション差を露骨に空気中に漂わせ、こちらにやって来た。冷静さと溌剌さの入り混じる酸素には、肺がびっくりしてしまう。


「そんなわけないでしょう」


セレニアの張り手が、ヴァルドの頬を容赦なく叩き上げた。力加減を見誤ったのか、少年のほっぺは紅潮さが浮き出る程に腫れ上がっていた。


「いったぁぁぁ!」


両手で左頬を押さえながら、地面にのたうち回る少年。彼は、僕から見ても分かるくらいに、大袈裟な反応を示していた。

…なんだこの茶番は。


「先生!今!セレニアに暴力を振るわれました!これって、暴行罪ですよね?!」


少年の瞳には、金髪青年が映っている。

暴行罪て…そんな言葉、よく知ってたな。


「何言ってるのかさっぱりかしら。第一、ここに先生はいらっしゃらないし、ここはアストラ街だから、罪には問われないのよ」


論理的に、暴行を正当化しようとする彼女。正論をぶつけられた彼は、どうにか突破口を見つけようと、思考を巡らせている。

…まぁ法律適用外とは言え、暴力は駄目だけどね。


「う〜わ出た、出た!そうやって、冗談にマジレス返しちゃう系女子!セレニアは、まさにそれだよ!」


なかなか糸口が見えてこない彼は、苦し紛れの言い訳をし始めた。

てか、冗談のつもりだったんだな。てっきり、本気で言ってるんじゃないかと思ってた。


「はぁ…いつまで子供気分でいるつもりですか。少しは慎みを覚えなさいな」


皮肉令嬢お馴染みのため息は、更に練度を増して吐き出された。その息は、ヴァルドの傷を抉るのには十分過ぎる火力だった。


「ヴォルドも、もうすぐ年齢二桁の仲間入りするのですから、大人の階段を一段上るのだという自覚が、少しは芽生えて貰わないと困るのよ」


「…セレニアだって、さっき、お嬢様らしからぬ失態、金髪兄ちゃんにしてたくせに…」


刺された傷の仕返しとばかりに、ナイフを投げ返した少年。彼の口先は、拗ねた子供らしく尖っている。


「…何か言いましたか?」


淡い金の瞳の煌めきを放ちながら、少年に対して、貴族として『私の方が上である』という圧を加えている。

…端から見たら、どっちも子供っぽいのは変わりないけどな。


「べっつに〜!何もないで〜す!」


下手くそな口笛を上の空で吹かせながら、その表情には慣れた嘲笑顔を浮かべていた。その顔は、僕に向けられていないと分かっている上で尚、苛立ちを加速させた。


…なんか、あの顔見てたら、めちゃくちゃ腹立ってきたな。


いつでも拳をお見舞いできるように肩慣らしをしてしまう程には、彼のおちょくり顔は達者だった。


「ちょっと、もうそこまでにしとこうよ!お兄ちゃんたち、困ってんじゃん!」


「ほんとね。いつまでやってんだよ…」


淡い金髪の少女と茶髪の少年の、困り果てた眼が僕たち三人の頬を緩ませた。


多分、いつもこんなやり取りしてるんだろうな…

何と言うか…全体として見ると、微笑ましく見えてくる。…一部だけ切り取ると、神経に障ることしか言ってないように思えるけど。


「はい、はい笑 静かにね。今からアルディウス公爵陛下と、お知り合いさん?の会合が始まるらしいんだ。だから、温かく見守ってあげよう」


初等生たち一人ひとりの頭を手で愛でながら、優しく声をかける彼。みんな、そんな彼に撫でられて、満更でもない顔を浮かべている。

その様子は、クラスの女子たちを一瞬で虜にしてしまいそうな魅力が光っていた。


…こりゃモテるな。


はっきり言って、こういう接し方ばかりは、僕の領分とかけ離れ過ぎている。僕が会得しようとすれば、数年…いや、何十年と掛かってもおかしくはない。

人見知りには、ああいうメロいムーブは難し過ぎる。


「…ほんと、リオンって不思議だよね」


視界には、初等生と戯れる青年の様子を、温かく見守る少女が映っていた。


――丁度、僕もそれを感じていたところだ。しかし、人によって感じ方は様々である。故に、僕は彼女の発言の動機を探った。


「どこらへんがそう感じたの?」


僕も彼女と同じ気持ちである…という様子は隠しながら、平然と聞いた。

…僕のポーカーフェイスは当てにならないから、表情から機微を察せられてる気もするが。


「ほら、私たちって、どちらかと言えば日陰者でしょ?…って、自分で言うことじゃないか」


「そうだね」


間髪入れずに即答した。こればっかりは、自分に思い当たる節があり過ぎて、迷う余地無しだった。


セリアさんは…どうだろう。僕と話が合う時点で、陰を纏いし者 《こっち側》な気もするが、ギャル店員こと――ミレイさんとも親しげだったわけだし…

陽か陰かで言ったら、中間くらいな気がする。


「…って、同意するなやい!」


大きく振りかぶった彼女の手が、僕の背中を思いっ切りぶっ叩いた。


んな理不尽な。自分から言っておいて、それはないでしょ…


ほんの僅か、怒りを覚えた。


「…でさ、リオンは私たちとは正反対な人種――所謂、陽キャなわけですよ。…それなのに、等身大で対等に接してくれてるわけでさ」


階段に座り込んだ彼女が、両肘を直角に折れた脚の膝辺りに置き、まるで重役の会議のような雰囲気を醸し出した。彼女の視線は、金髪の彼一直線だった。


「最初は、私に纏わりつくお邪魔虫くらいに思ってたの。おかげで、同性の友達が作れないは…女子グループからハブられるは…散々だったわけ。でもね」


瞳孔が時計回りに動いた。茶色の瞳孔に、銀髪の青年――ゼイルが映った。青年の瞳には、紅蓮と青みが混じっている。


そう言えば――金髪の青年の瞳を凝視した。彼の目には特徴的な特性がある。彼は碧眼なのだ。だが、両目で明度が違う。右目はイメージ通りの青なのだが、左目はどちらかと言うと水色に近い。白の瞳と言っても良いだろう。


この世界において、赤目は何人か存在するが、碧眼は殆どいない。実際、リオン君以外で見たのは初めてだ。彼の家系は特別なのかな…


「リオンはただ、関わりたい人と接しようと、努力してるだけだったんだなって…今日になって、ようやく分かったの」


「…」


胸中に、彼との思い出を紡いだ。

そう…だな。出会った当初から、彼は真っ直ぐだった。裏表のない、純朴な青年だった。

こうして休日に彼と遊ぶと、より痛感する。

…良い奴だなって。


「思えば、登校初日からまだ三日?四日?しか経っていないわけ。…そりゃこんな短期間で、人相なんざ推し量れないよねって話でさ」


晴天に上目遣いをし、登校日数を指折り数える彼女。

登校初日をカウントしないのであれば…今日で、四日経つな。

火曜日から始まった学院生活を振り返った。


「その点、ゼイルは初めからリオンに対して好印象だったと思うんだけど、あの時、私がお花摘んでる間に劇的な会話でもあったの?」


塩抜きポテトの味を思い出そうと、食堂独特の匂いを、頭の押し入れから引っ張り出そうとした。


「いや、特に激烈な会話はなかったよ。ただ、いつの間にか懐に潜り込まれてた感じって言うのかな…無意識のうちに、僕の心の敷居で(くつろ)いでたんだよね、リオン君って」


「…そうなんだ。もしかして今、私たちって凄い人と関わりを持ってるのかもね」


互いに顔を合わせて、歯を見せあった。性格のまるで違う三人だけど、不思議と相性は良い僕たち。

これからどんな困難があるかは知らないが、きっと、この三人なら大丈夫だ。


「そうだね」


「ん!?どこからか、俺を褒め称える声が聞こえる気がするぞ!どこだ、どこだ!」


身を潜め、僕らの会話に耳をそば立たせていた青年が、わざとらしく周りをキョロキョロし出した。…いや、絶対気づいてんじゃん。


「多分勘違いだから、それ。…冷気に焼かれて朽ちなさい」


天気とは不釣り合いな肌寒さが、喉を突き刺した。

氷の魔力が立ち昇った。大気中のマナが、彼女に吸い寄せられる。

少女の掌から、氷槍が形成された。


シュー…

生成物に、風が纏わりついた。時計回りに回転し始めた槍は、刻々と時間が経つにつれ、鋭利さを極めていった。


凍てついた空気が臨界点に達しようとした、その直後――


「照れ隠しが物騒過ぎない!?俺が死んじゃったら、誰がヴァルセレの小競り合いを止めるんだよ!」


槍の砕け散る音と共に、青年の声が場を治めた。


いや、そこかよ…っとツッコミそうになったが、確かにその通りなので、黙っておくことにする。


てか、ヴァルセレって、ヴォルドとセレニアのことだよな?そういう略し方もあるわけか…

確かに呼びやすい気がする。勉強になるな。


「ほらほら、静かにするかしら。もうすぐ、あの方たちが接触するみたいなのよ」


テラス席に続く階段を上がったアルディウス公爵は、ずっと、黒装束の男性の周りをうろちょろしていた。

第一声の声掛けをどうしようか…と、出し渋っている感じがする。


…てか、自分の周りをうろつく人が居たら、普通は気になっちゃうけどな。


男性は、ペラペラ――と、品定めするように、本の記述を睨んでいる。その眼差しは、幾つもの死線をくぐり抜けてきた、猛者そのものであった。


三十秒、この膠着は続いた。すると――


「こんなところで、何をしていらっしゃるのですか――」


予想外の公爵の低姿勢さに面食らいながらも、二人の会話に耳を傾けることにした。


男性の見た目からして若年層に見えたので、アルディウス公爵よりも歳上だという事実に、脳の理解が遅れた。


「――レクシオン殿」


容疑者の名前が判明した。脳のワークメモリの容量を確かめた。

レクシオン…か。どんな人物なのか、しっかり頭に叩き込んでおかないと。


「ん?あぁ…アルディウスか。いや、今はもうアルディウス公爵陛下――と、そう呼んだ方が聞こえがいいか?」


黒装束に落ちる視線は、空気感とは僅かにズレている。彼の言葉の選び方は、どこか違和感があった。


内容の前半と後半で、心境が渦巻いた。


敬称を省き、目の前でその名を呼ぶなんて…どんな恐れ知らずな愚者なのかと思った。が、どうやら本当に旧友だったらしい。

男性の言葉的に、アルディウス公爵が『公爵』になる前からの知り合いなのだろう。


「辞めてくださいよ…俺たちの仲なんですから」


八百屋のおばちゃんが『ねぇねぇ、聞いて頂戴な』と言うように、手を空に切り、気持ちを伝える公爵。


本当に仲よさげだな…


「そうか?なら、前みたいにアルディウスと呼ばせて貰うな」


彼の笑い方は、静かに怖かった。


警戒が解けたように、砕けた声色になった男性。本物のアルディウス公爵なのかを、見定めていたようだ。


「そういや、あれからゼルフィアとはどうなんだ?まだ、犬猿の仲って感じか?」


意想外の名前に、体が飛び跳ねた。


ゼルフィア――。恐らく、担任のことだろう。

担任とアルディウス公爵の繋がりは――現時点での知識から推測するに、『公爵』という部分しか無いと思う。


それに、入学式でもバチバチだった。きっと、過去に何かあったに違いない。


「…そうですね。あいつとは、一触即発の空気が、常に立ち込めています」


ローブから、赤黒い魔力が微量に漏れた。

相当思い出したくない過去なんだな。


「…でも、俺からは謝るつもりはありません。先に規則を破ったのは、あいつらですから」


意味を含ませた言い方をする公爵に、訝しみを抱く。


あいつら?“あいつ”じゃなくてか?

それはつまり――担任以外にも、憎しみを抱いている…ということか?


担任の仲間となり得る人物を、想像してみた。


「記録番号:A-01――学院側に黙って、あれの研究を秘密裏にしてた、あいつらが悪いんですから。俺は…規則違反の懲罰対象者を、報告しただけに過ぎません」


記録番号:A-01――『落下事案記録』の記載と一致する言葉に、外耳道を通して、蝸牛(かぎゅう)が震撼した。


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