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第二十五話 ふざけてんのか?


「あれって…」


口をあんぐりとしたまま呆けてしまう。

目が拾った情報を、脳が瞬時に理解する。覚えのある視覚伝達だ。


ここに来て、最初に意識が持っていかれたもの――それは、『アストラ街の空気』


匂いから人並みまで僕の住む街とまるで違っていた。

そして、その次に目が移ろったものこそ――“あの屋敷”だ。


アルディウス公爵があそこに指を指したと言うことは、それなりの思惑があることだろう。


例えば、彼の知り合いの家だと言う可能性。

今からそこに僕たちが連れて行かれるのは、少々わけが分からない。が、信頼できる者の家に僕らを案内したい…そう言う心持ちがあるのだとしたら、まだ納得はできる。

その場合、そこで従者についての話をしてくれることだろう。


もう一つは――


アルディウス公爵の声に反応し、進行方向を反転させた初等生集団を見下げた。


「今から屋敷に行くの?」


「ああ。これが最善だと思ってな」


踵を返したことで、先頭から一躍最後尾を任された赤髪少年の、間の抜けた声を拾い上げた。


――あれは、ヴァルクレイ家の屋敷である可能性。


はっきり言って、これが一番あり得る。

敷居を跨がせ、自身の領分で僕らを迎える。そうすることで彼なりの誠意を見せる。そういった意図を感じる。それに、これなら「ここでは話せない」という言葉を使った背景も見えてくる。自分のテリトリーなら、他人に聞かれる恐れも薄い。


ヴァルドの声色からも、僕の仮説を裏付ける匂いがしてきた。


「あの屋敷って有名何ですか?」


黒髪の少女が人差し指を下唇に当て、目線を上に泳がせながら尋ねた。今の彼女頭には、とびきり『?』が似合いそうだ。


「あれ?セリアさん知らないんだ。じゃあ俺が教えてしんぜよう!」


右手を胸に当て、左手を腰に回す。伏し目がちで背中に角度を付け、口を閉じながらも僅かに口角が浮いている。その姿に、思わず頭の中にある執事の姿を想像した。一瞬だったが、彼が白い手袋を身に着けているように見えた。


…似合うなぁ。

彼が執事をやったことがあるのかは不明だが、少なくとも僕の目には彼が経験者だと映った。


屋敷のバイトでもやってるのかな?

それとも、リオン君の容姿が整ってるから自然とそう見えるだけか。…実際に働いている現場を見ないと分からないか。


てか、リオン君ってあの屋敷のこと知ってるんだ。


ここに至るまでの彼との会話を思い出した。


彼の首にぶら下がる装飾品が、キラリと太陽に照らされた。


勝手な予想だが、ここにしょっちゅう来ることで彼はアストラ街について詳しいのだと思う。そうしていくうちに、屋敷のことも知るようになったと。そう言うことだろう。


東部領グラディア…と言うより、四領土が四つの地域に分かれてるのは知ってるよね?」


「うん。知ってるよ」


セリアさんが腕を組み、体を彼に向けた。彼女の傾聴体勢が、印象的に焼き付いた。


「東部・西部・南部・北部の四つでしたわよね?」


セレニアの、さも当たり前かのような声質が皆の耳に届いた。


会ったばかりで判断させてもらうが、セレニアは大体こんな声調だ。自分が知っていることはみんなも知っていて当然だろう…という心の声が見え透いている。


「そうそう、そうなんだ。それぞれに特徴があって、個性も考え方も地域差はあれど、異なってくるんだ」


人差し指で空を指し、目を閉じながら思い出し作業をしている。

その指の方向を追い、顔を上げた。

今日はとびきりの晴天だ。こういう日は気分が上がる。


「勿論みんな知っての通り、このアストラ街は東部領グラディアの西部。四つの中で一番活気があって、一番栄えていると言ってもいい」


彼の目が開放された。僕らの瞳に一人ひとり目を合わせながら、丁寧に説明してくれている。

けど――


「それで、その話があの屋敷とどう繋がるの?」


痺れを切らした僕が、会話を遮った。


――とは言え、なかなか話が見えてこない。早く説明を求む。


「よくぞ聞いてくれた!」


今日一日でトップクラスの張り上げ声が、街中に響いた。


「あの屋敷の名前は――『焔獣館ヴァルクレイア』」


えんじゅうかん…?漢字が想像できない…どんな風に書くんだ?


「うわぁ…名前からして建築家の渋みと威厳が溢れてるね」


蒼穹図書館ぶりの玄人感想を、彼女は漏らした。


僕的にも、名前から受ける印象は“禍々しい”…これ一択だ。


「でしょ?俺も最初聞いた時はそう思ったもん」


うんうん…と大きく頷きながら、嬉しそうに歯茎を見せた。

リオン君も同じだったか。


「じゃあ、その屋敷がアストラ街のどの辺りに位置するのか話そうか」


話の展開の移り変わりを強調するように、彼の声が上ずった。


「はいはいー!」


赤髪少年の、回答欲丸出しの活発さが光った。


「お!君は確か、ヴァルド君…だったかな?」


カフェや屋台でのやり取りを思い返す彼。

初等生集団の会話を脳裏に巡らせているようだ。


「はい、そうです!俺の記憶が正しければ、あの屋敷はアストラ街の最東部…と言うより、四地域のど真ん中にあります」


さっきまでの溌剌さは薄まり、自信なさげな少年はほそぼそとした声で回答を提出した。


「その通り!良く知ってるね」


ほんと!?という顔をしたヴァルドは、パッと顔が明るくなった。


「えへへ。褒められちゃった」


少年の手が後ろ髪を上下に撫でた。


赤髪の男の視線の行方を追った。

彼は父親として、息子の言動を微笑ましく見守っていた。


「てか…」


顔を見上げた少年が、手を後頭部に貼り付けたまま疑問をぶつけた。


「俺の名前知ってるんですね?教えたことないと思うんですけど…」


表情に水滴が滴る情景が浮かんだ。晴れているはずなのに、彼の顔には曇り空がダイブしていた。


「あぁ…それね。実はさっき、メロンパン屋台で君たちが話してるところを盗み聞きしちゃってさ。それに、覚えやすい響きだったから覚えちゃって」


会話の記憶旅を終えた彼は、バツの悪そうに言葉を吐いた。


「そうなんですね。周りの会話を気にかける…俺、やったことないかもです。今度やってみます!」


「えぇーっと、その発言には…何というか、コメントしずらいな。ゼイルはどう思う?」


未処理の鶏肉がほおり投げられた。カンピロバクターだらけのそれは、僕の技量では対処困難だった。


「僕?」


思考という名の包丁を手に取った。

さぁ、どう処理してやろうか…

てか、まな板無しで切ることなんざ可能なのか?

分からん。分からんが、片手で掴んで持ち上げながら刃を入れれば…


「ま、まぁ…必要に応じて盗み聞くことも処世術の一つだと思うよ」


苦し紛れの処理を施した。ヴァルドにいい影響をもたらすことを願うばかりだ。


「しょせいじゅつ…?って何ですか?」


僕のもとに新たなカオスが混入した。

おっと、そこからだったか。


「処世術ってのは、簡単に言えば、世の中で上手くやっていく為に必要なスキルみたいなものだよ」


淡い金髪の少女が、少年に教えを説いた。


「おぉ…スキル!分かりやすい!」


野生動物が欲望のまま餌に飛びつくように、エルフィナの言葉にがっついた。


「あ、勘違いしてるようだから言っておきますけれど、ここで言うスキルってのは魔術におけるスキルとは別物でしてよ」


黒青髪の少女の揺るぎない補足が、ヴァルドの少年心に傷を入れた。


「えぇー!しょせいじゅつってかっこいいスキルだと思ってたのに、違うの〜?」


残念そうに肩を落とした彼は、ワームでそのまま持ち上げられそうな程、無防備に指先を地面に落としている。


「あのねぇ…第一、エルフィナが突拍子もなく“スキル”だなんて口にするわけないでしょう?」


彼女は両手を腰に当て、目を瞑りながら呆れ果てたため息を吐いた。


「そんなのヴァルドみたいな思春期真っ只中な男子初等生か、」


軽蔑の眼差しが、少年心を粉砕した。


「厨二病拗らせた痛い奴くらいなのよ」


淡い金の瞳が僕を捉えた。


会話だけでそこまで探られたのか。それとも、お得意の人観察で悟られたのか…


「まぁまぁ、そんな誰かを敵に回すようなことは余り言わずに。ね?」


リオン君が両手を小刻みに二回振り、ヴァルドたちを治めようとした。


「そう言うあなただって、見ていて恥ずかしいことには変わりないかしら」


少年だけに向けられていたはずの刃が、対象を青年にまで広げた。

…喧嘩の予感。

二人の空気は火薬庫同然だった。


「…どういうこと?」


ピクピクと動く眉を抑え込みながら、冷静に対応するリオン君。

…大人だ。僕だったら、ここ辺りで表情や言動に感情が表面化しているところだろう。


「どうやら気づいていないご様子で…いや、あるいは気づきたくないだけか」


人差し指を曲げ、唇にキスをする彼女。

探偵のように心理を探る姿には、感服と狂気を感じる。


「隣の方と話していて思わないのですか?『叶わぬ恋』だって。いくら自分の良さを誇示したところで、想い人への気持ちは変わらないと」


「…そんなの分かってるさ。でも、諦め切れないんだ。自分の気持ちに嘘は付けないからさ」


リオン君…

彼の瞳の奥には、黒髪の靡きしか映っていなかった。一途なその想いには、尊敬の念を捧げたくなる。


「…そうですの。なら、私はここいらで御暇いたしましょう。口出しして、申し訳ない――」


「ちょっと言い過ぎじゃないか?」


アルディウス公爵が、喧嘩の空気に一石を投じた。


「と、申しますと?」


予想外の横槍に、いつもの調子を崩す彼女。セレニアといえど、公爵相手は分が悪いようだ。


「わざわざ口に出して言うことじゃない。この青年だって理解していた。それでも折れなかった。立派なことじゃないか。それを君はなんだ?自分の思いに身を任せて、彼をはけ口にしていただけじゃないのか?」


「それは、この方を思ってのことで――」


「君の善意が、この三人の関係にヒビを入れていては世話ならんだろう。君だって、少し考えれば理解出来るはずだ」


公爵の、第三者視点からのお灸が据えられた。


アルディウス公爵の言う通り、口に出すべきじゃない。リオン君に対して、心の内でどう思おうが勝手だが、言葉にすると言うことは責任が生じる。

言葉という名のナイフの扱い方は、話者に委ねられる。使い方を誤れば、文字通り死に追い込むことも可能だ。


「上流階級の一翼を担う者として、先程の行動は恥ずべき行為だ」


黒青髪の少女は、その顔を前髪の影に落としている。


「人の恋路に水を差す――君の言動こそ、“滑稽”だとは思わんかね?」


僕はコクリコクリと頷いた。

さっきのセレニアの行動は…まさしく、見ていられない代物だった。人によっては、子供の戯言と言う一言で片付けられる問題ではないだろう。


「…確かに、配慮に欠けていたやも知れませんわ」


公爵に向けられていた足先が、45度時計回りに回転した。そのつま先は青年に挨拶をした。


「リオンさん…でしたわよね?お名前は会話から盗み聞きさせていただきましたわ。

アルディウス公爵陛下のお言葉を賜り、その…勝手ながら目が冷めたようでして。何とお詫び申し上げたら良いか…」


「フフッ盗み聞き…ね。…同犯だね」


「え?」


拳で丸みを作り、口元には当てる彼。上品な女性のようなその姿には、艶やかさが垣間見えた。

なんか…不思議な感覚。


「俺もそれやってたからさ、なんか親近感湧いて」


「今思えば…君の言葉も、子供の戯言みたいなもんだったかもね」


彼は少女の言葉から、フォローの返答をあの手この手で編み出した。

…凄いな。僕だったら、棘を向けられた相手に慰めの言葉を投げかけようとは思えない。


「リオンさんは良くても、私が――」


「良いんだ、良いんだ。セレニアちゃんのお陰で、俺が無謀な恋に足を突っ込んでるんだって気づけたよ。ありがとね」


邪念が取り払われた彼には、“怖いものなし”とばかりの精悍さがあった。

…一途って、かっこいいな。


「いえいえ、そんな…て言うか“セレニアちゃん”って…」


恥ずかしそうにモジモジする少女。あだ名呼びには慣れていないようだ。

今後、彼女との仲を深めたい時期が来るかも知れない。その時には、是非ともリオン君のやり方を参考にさせて頂こう。


「嫌だった?もしそうなら変えるけど」


「いえ!そ、その…むしろ――」


ごにょごにょと言葉を濁す彼女からは、軽蔑心はもう感じられなかった。


「そう?だったら今のままでも呼ぶね」


「はい…」


方や、無自覚に少女の懐に潜り込む青年。方や、心の敷居の跨ぎを許容してしまった少女。二人の間には、別ベクトルの空気が激突していた。


「セレニア嬢」


チャコールローブから敬意の呼び名が漏れた。


「はい。何用でしょうか、アルディウス公爵陛下」


「…貴族の名に恥じない振る舞いを頼むよ」


「…!承りましたわ」


姿勢を整えたセレニア。彼女はスカートの裾を両手で掴み、左足を前、右足を半歩後ろに後退させた。その姿勢のまま頭を下げ、イメージにある『お嬢様の礼儀』がここに再現された。


「てか、話が逸れちゃったね」


リオン君が右手でパーを作り、左手でグーを作った。そして、ポンッと音を立てて、話が仕切り直された。


「ほんとそうですね」


久方ぶりの茶髪の少年の声色を、脳が理解するのに戸惑った。


「あ、レイヴン。全然喋らないから化石にでもなったのかと思っていたところなのよ」


「…まだ毒残ってない?」


「そんなことはありませんわ。これも貴族としての務め。問題児を躾けるのは、私の流儀ですのよ」


レイヴンに手厳しい評価が下る。

…なんだか再来の予感がする。気のせいだと良いんだけど…


「確かに僕は無口な方だけど、今回はただ空気を読んで黙っていただけだよ」


「あら?そうでしたの。それは私の不手際でしたわ。では、ここで謝罪の意を体現させて頂こうかしら」


ふぅ〜と息を整えた彼女。

さて、どんな謝罪を――


顎が外そうになるくらい、今後の人生でこれ以上開くことはないだろう…と断言できるくらいに、下顎が限界まで地面に近づいた。


――その衝撃的な謝罪方法は僕の脳を震わせ、僕の彼女に対する反応を奪い取った。


「まじごっめ〜ん。許してご〜めぴ」


綺麗に両手を合わせ、舌をぺろりと覗かせながら、ウインクしている。彼女が閉じた片目からは、今にも星が舞出て来そうだった。


「は?」


こればっかりはレイヴンに同意である。ここまで予想外の謝罪は見たことがない。だってお嬢様だぞ?誰がセレニアが、ギャル口調でちょけ出すと想像できる?いや、無理だ。絶対に。断言できる。


「これは、私の家系に代々に伝わる伝統的な謝り方。通称――ギャル流謝罪方法 《はいはい、さーせんしたぁ!》ですわ」


「謝る気ある?それとも芸を披露してるとか?」


いや、マジそれな。

セレニアの影響が侵攻してきたのか、若者言葉が僕にも浸透し始めた。


セレニアってこういうキャラも行けるのか…なんか、トゲトゲしい印象もちょっと和らいだかも。


「いえいえ全く、これっぽっちも馬鹿にしていないのよ。我が家では、これは精一杯の謝罪として知れ渡っておりますわ。何なら、土下座よりも上に位置していますのよ」


「…ますます腹立ってきた」


「あら?レイヴンってこの程度のじゃれあいも我慢ならなかったかしら?あらあら、それではまるで――」


セレニアが嫌な間の取り方を始まった。血の匂いが立ち込めそうな雰囲気を感じた。戦いの火蓋が今にも切られそうになっていた。

…またかよ。


「猛獣そのものではありませんか」


「顔?みぞおち?どれがお好みかな?好きな方を選ばせてあげるよ」


ぼきり、ぼきりと関節を鳴らしながら、少女との距離を詰めたレイヴン。

…終わった。


空を見上げた。この状況とは不釣り合い過ぎる空色に、見当違いな苛立ちをぶん投げた。

…晴天の空に怒りをぶつけたのは初めてだ。


「はいはい!普段からそんなプロレスしてるのか知らないけど、流石に止めされてもらうね!暴力沙汰は勘弁してくれ…」


既視感のある金髪の青年の宥めが、場を占めた。


「こんなの日常茶飯時ですわ。お気になさらず」


「そうですよ。今回はたまたま手が出そうになっただけで、いつもはもうちょっと穏やかですから」


「そう?ならいいけど…」


釈然としないリオン君の顔が、僕の同意を誘った。


日常的にそんなことしてるから、リオン君を傷つけることにも繋がったのでは?と言う言葉が喉頭を通りかけたが、何とか押し留まった。

…危ない、危ない。余計なことは、口に出さないことが賢明だ。


「てか、話逸れ過ぎだろ。そろそろ道を戻させて貰わないと」


「ほんとだよね。脱線しまくり笑」


リオン君とセリアさんの、安定感のある会話に平和を感じ取った。

…これだよ、これ。日常会話はこうでないと。


「では、本題に移ります」


青年が真剣な面持ちを浮かべた。いよいよ話の本筋に入るようだ。


「ヴァルド君の言ってくれた通り、焔獣館ヴァルクレイアは四地域の真ん中に位置する」


赤髪少年が、嬉しそうに笑みを浮かべながら頷いた。その姿は、子供っぽくて可愛らしい。


「西部のアストラ街は、その屋敷の入口があるところなんだ。すると必然、訪問者はアストラ街にアクセスしなくちゃならない」


東部領グラディアの地理を頭に想像した。

訪問者と言うと、大抵は東門から――つまり、東部領グラディア外部からの訪問が殆どだろうから、玄関の位置には納得である。


「なるほど…つまり私たちは、今から屋敷の玄関門を叩きに行くわけだね」


指を曲げ、空にノックをする彼女。


叩きにって…物騒な表現だな。


「そゆこと。ですよね、アルディウス公爵陛下?」


彼の視界の隅にあるチャコールローブが、反応を示した。


「ああ、全く持ってその通りだ。俺からの補足説明は不要のようだな」


「有難い御言葉、感謝致します」


彼は両手を両足側面に貼り付け、静かに感謝の儀礼を行った。1、2、3――と無意識に口ずさんでしまう程に、彼の動きは美しかった。


「さて、目的も明確に定まったことですし、そろそろ行きましょうか」


「だな」


一行の心に一つの目的地が灯った。目線の方向が、同緯度・経度を指した。


喫茶店から出てからの陣形のまま、僕らは同じ道を辿った。


二分経った頃だろう。視界の左側の情報に、胸が高鳴った。今回、アストラ街に来た当初の目的地の一つ――


「『ルミナクロス』…」


店の扉のドアノブには、紐に括り付けた看板が吊るされていた。それにはこう書かれている。

『開店時間:9:00〜16:00と19:00〜23:00』


歪な時間だな…


横を見ると、立て看板らしきものも目に止まった。

『個性豊かな店員が、あなたの服をコーディネート!服以外にも、多種多様な装飾品が品揃い!是非、お立ち寄り下さい!』


装飾品も扱ってるのか。

…オシャレなんてやったこともないが、アクセサリーとかに挑戦してみようかな。でも、僕みたいな日陰者が急にチャラチャラし出したら、冷ややかな目で見られるかも知れない。どうしようかな…


「ん?どうかしたか?」


アルディウス公爵の堅苦しい足取りが止まった。


「あ、ここ!私が行きたかったところ!」


意気揚々とした少女の陽気声が、服屋のガラスフィルムに反射した。


「おぉ!ついにセリアさんのファッションショーが――」


「馬鹿言わないの」


「イテッ」


少女のデコピンがリオン君に炸裂した。

そういや、グループチャットでこんなやり取りをしてた気がする。


「…先に用事を済ませるか?」


公爵からの提案に、僕らはコソコソ井戸端会議を決行した。


「(どうする?アルディウス公爵陛下は付き合ってくれるみたいだけど)」


このまま服屋さんに入ることに前向き気味な彼の声が、僕の考えをブレさせる。


「(正直僕は今、あの人からの話を先に聞きたい気持ちが先行してるんだよね。二人はどう?)」


視線を若干、黒髪少女寄りに傾けた。

リオン君よりも、セリアさんを揺さぶる方が有効打になると判断した。


「(夜もお店空いてるみたいだし、私的には今じゃなくても全然いいよ)」


セリアさんの言葉を受け、青年は暫しの迷いの末、

「(俺もいいぞ。セリアさんの判断が、俺の全てみたいなところあるし)」


手のひら返しとばかに話を合わせた彼。いやまぁ、絶対にそうとは限らないわけだが。勘違いの可能性も捨てきれないし。


「(よし、決まりだね)」


会議の終わりを告げた。十二時から始まった長針が、九時を指した。


「先に屋敷に向かいましょう」


「…そうか。分かった」


同意の音に優しく抱かれた。


僕たちは焔獣館ヴァルクレイアを目指すことにした。


意志が統一された僕らは、東方向一辺倒だ。


…てか、名前的にヴァルクレイア家の屋敷感あるな、これ。もうほぼ確でアルディウス公爵の屋敷じゃん。


僕の名推理(笑)を内なる自分に披露しながら、進行を促進させた。


「あの人…」


足が止まった。

目に映るは、テラス席に座る男性の姿。

飲食店の屋外の席に腰掛けているようだ。

彼のそばには、アイスコーヒーらしきものが置かれている。

テーブルには本。

片手には――


「――メロンパン」


『偽硬貨事件』の容疑者を目視した。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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