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第十八話 分相応な初等生


偽硬貨と思われたセリオ硬貨が周期的に明滅し始めた。


さっきまでの露天商はどこへやら、元の接客に戻っていた。


誰も気づいてない…?

あんなにも大胆な動きに誰一人として見向きもしていなかった。


男性には見覚えがあった。


懐から出てきた本…路地裏で取引きしていた本と同じ禍々しいオーラを纏っていた。


それにあの詠唱…


聞こえる限り、従来の魔法の詠唱とは違って精霊らしさが薄かった。


魔法特有の、精霊が魔術師に応える感じとは違う強い“従属感” “強制感”

そういったものを感じた。


あんな魔法、今まで見たことも聞いたこともない。


今の魔法体系では基本属性は火・水・氷・風・雷・土の六つだけのはず。


たが、あの魔法はこの六つのいずれにも該当しない異質さがあった。

いや、そもそも“魔法じゃない”のか?


「…どうした?大丈夫か?」

考え込む僕を心配してリオン君が声をかけてくれた。


「…うん、大丈夫。気のせいだから」

本心とは違う返答に良心の崩れゆく音が聞こえた。


「そう?なら早く並ぼうぜ!

受け取り番号があるって言っても、そのときにカウンター付近にいなかったら順番飛ばされちゃうかも知れないだろ?」


リオン君が僕の手を引っ張りながら列に向かって走り出した。彼の手は思ったよりゴツゴツしていて、普段からの努力が伺えた。鍛えてるのかな?


「ほら、セリアさんも早く〜!順番抜かされちゃうでしょ〜」


彼の間延びした声に応えるようにスカートが風に靡いた。


「ごめん、ごめん。ちょっとぼ〜っとしちゃって」


彼女の視線は例の男性がいた場所へと向いていた。まるで“何が起きたか知っている”かのように――


カウンターの列には人が大勢で、学生や老夫婦、目の前には初等部ぐらいの生意気そうな餓鬼集団まで様々だった。

制服を凝視した。

この制服…うちの学校じゃん。


セレスティア中央魔術学院は小、中、高、大の十六年制の学校で、初等生から入学してくる生徒(小学受験組)はごく僅かだ。

それこそ凄腕魔術師家系や貴族家系の子供くらいしか入れない。


例えば、『超越者』以上の魔術師の子供や公爵家の子供などだ。

目の前の初等生集団もきっと著名な家系なのだろう。羨ましいものだ。


A組は登校初日には既に仲良しグループらしきものが出来てたし、初等生・中等生時代からの付き合いの長い友人が多かったのだろう。

担任から何も説明されてないのが癪に触るが、何らかの意図があるのかも知れない。


推察だが、僕たち高校受験組が『クラス内で小学受験組・中学受験組が大半を占めてる』と知ると、萎縮してクラスに打ち解けづらくなるのでは?と考えたのかも知れない。


A組にはどれくらいの高校受験組がいるかな?アサーシは恐らく僕と同じだが、リゼリアさんはどうだろう?

クラス内で結構発言権ありそうな雰囲気醸し出してたし、下手すれば小学受験組かもしれない。


僕の初等部時代を思い返してみる。


笑顔の似合う青髪の少女――

魔法を教えてくれる母――

才に溢れるクラスメイト――


…ここまで生意気そうな餓鬼はあんま見なかったな。

列を抜け出して走り回ってるし、列に横入りしそうになっている。見ていて危なっかしい。

親御さんは不在か?こんなに人が密集している都市部に子供だけで行かせているとしたら、親としての自覚を疑ってしまうが…


列の中には高貴な服装に身を包んだ方々も並んでいる。

身分で言うと貴族に当たる方だろうか?


貴族には数が限られていて、男爵家以上から貴族と呼ばれる。

貴族の服装には特徴があり、住んでいる領土の紋章が肩に刻まれている。

例えば今いる東部領(グラディア)の貴族であれば中心の火の鳥に二つの槍が交差する紋章が刻まれている。


さて貴族は…


「(微風(ウィンド))」


前方…いや“上空から斜め下の僕ら”に向かって風が吹き抜けた。

その風圧は上級魔法かと思う程に強く、踏みとどまる足がなければ後ろにぶっ飛ばされていた。

上を見上げると僅かに銀髪がはみ出し、グレーのコートが風に乗せられていた。


頭痛が走る。

あの服装…図書館で見た男性と同じだ。偶然か?それとも…


痛む頭を押さえながら前方に視線を戻した。


丁度、列に並ぶ男性が風で飛ばされたフードを再び被ろうとしていた。

見覚えのある赤髪が目を引いた。


灰を帯びた黒のローブは、どこにでもある粗布に見えた。

だが、不思議と視線を外せない。

群衆の中に溶け込んでいるはずなのに、

そこだけ空気の密度が違う。


“ただ者ではない”という確信だけが、妙に鮮明だった。

隠しきれてないかのような赤黒い魔力が滲んでいる。


あれって…


「ねぇ、あそこにいるのってアルディウス公爵じゃない?入学式で見た雰囲気とそっくりだよ」


赤髪を指しながら二人の意識を前方に向けた。二人の瞳が魔力を捉え瞳孔が大きく見開かれた。


「え!マジじゃん…待って、なんでここいるの?ここって公爵陛下もいらっしゃる程の人気店だったの?」


セリアさんが忙しなく足をばたばたさせながら慌てている。アルディウス公爵に怯えているのか、両腕を交差させ手で震える肩を掴んでいた。


「自分用に買いに来たのかな?それとも家族用?」


陽光に反射する銀が接近してきた。リオン君の耳が近くなる。

彼は僕の肩に手を回してメロンパン屋台に来たアルディウス公爵の目的を探っている。


確かに何の為にこの店に来たのだろう?

鋭い眼光と強面な顔付きからはこんな幼気(いたいけ)な雰囲気の店に来るとは到底想像出来ない。


案外甘党なのかな?


強面なヤンキーが子猫を拾っていたらギャップを感じるように、怖い見た目の人が甘いもの好きだったらギャップを感じる…みたいな?

そういうのを狙っているのかな?


ん〜しかしあの公爵が打算的な人物とも思えない。

…これだとアルディウス公爵が考えなしの能無しに聞こえてしまうな。失敬、失敬。


公爵程の方が考えなしにこんな場所に来るはずもないもんな。

もし頭の中や心を覗く魔法でもあったとしたら危うく不敬罪に当たっていたところだ。

ふぅ〜命拾いしたぜ。


それにしても目的はなんだろう?

リオン君の推理が当たってるとして、自分用は考えにくいよなぁ…


自分用ならここまで赴く必要がない。召使いにでも頼んで買ってきて貰えば済む話だ。

…甘党だとバレたくなければの別だが。


もう一つの線、家族用。

これはまだ納得できる。自ら買いに行くことでより家族に喜んでもらおうという目的が見える。

人から何か貰うとき、直々に買ってきてくれたり作ってくれたりすると余計嬉しいものだ。


ここまで踏まえると、やはり家族用にメロンパンを買いにこの屋台に来たと考えるのが妥当だろう。

顔に似つかず、家族思いな一面もあるのかな?


「受付番号250番の方、次どうぞ〜」

喧騒とする街で針に糸を通すかのような露天商の声が微かに鼓膜に届いた。


カウンターに目をやった。

チャコールローブの男性が代金を支払っていた。露天商の手からは4ルクスが手渡されていた。

ここから察するに、メロンパンを三個買ったということだろう。

家族用の線が一層濃くなった。


男性はメロンパン屋台の隣にあるカフェへと足を運んだ。


これはアルディウス公爵(多分)から真意を聞きだす絶好の機会だ。

これを機に人柄が見えてくるかも知れない。

これを逃すわけにはいかないな。


「ねぇ二人とも。今、チャコール色のローブの人があそこのカフェに入っていくところ見えた?」


二人の肩をぽんと叩き、『カフェ・ネモフィラ』と書かれた看板を指差した。


「おう、バッチリ見えた。丁度お昼時だし、腹減って入ったのかもな」


リオン君がグゥゥゥ…と鳴らしながらお腹を擦っている。


「え、うそ?私見てなかった…」

未だ震えが治まらないのか、両手で肩を押さえていた。いや、さっきの風で体が冷えてしまった可能性もあるな。


「…あのカフェ入ってさ、アルディウス公爵から話聞かない?」


「え!?大丈夫、それ?」

顔がバッとこちらに向けられ、ネックレスが奥に揺れた。


「辞めとこうよ〜アルディウス公爵の気に障ったら危ないしさ…」


声を震わせながら首を横に振っている。


二人とも乗り気ではないようだ。


確かにリスクはある。素性が知れない今、迂闊に関わるべきではない。けど、このチャンスを逃すのもなぁ…


僕たちの受付番号は260番。さっき258番の老夫婦が呼ばれたから、このままのペースで行くと僕たちの番は次の次だ。

“このままのペースで行くと”だが…


視線を下げた。


「あ〜待て〜!」


「やなこった!あっかんべー!こっちまで来てみろ!」


足元でちょこまかと走り回っている。

鬼ごっこをしているようだ。


…駄目だ。冷静になれ。

高等生が初等生に手を出したとなれば、最悪校長呼び出し案件だ。


この場を治める最適解は暴力じゃない。

…言葉での制裁だ。

沸騰した頭ではまともな思考はできず、怒りに身を任せる暴君となってしまった。


「お〜い、ガキンチョども」

怒気を孕んだ声は重力により一層重みを増した。

膝を折って生意気な餓鬼どもに視線を合わせてやった。

全員で…三人か。

走り回る初等生は瞬く間に足の動きを止め、僕の顔を見て青ざめ始めた。

恐怖を緩和しようと身体を寄せ合って抱き合っている。


「ここ、どこか分かる?」

周りの迷惑にはならないよう、声を押さえながら目と表情で圧を加えた。


「えっと、その…アストラ街です」

集団の中心にいる餓鬼が答えた。その餓鬼の肩には東部領(グラディア)の紋様が刻まれていた。


「だよね?で、ここは公衆の面前。つまり、他の人もいるの。君たちだけじゃない。大人も子供もご年配の方も、色々な人がこの街に来てるの。良い休日にするためにね」


うん、うんと大きく頷きながら僕の話を涙目で聞いている。初めからこれくらい静かなら良いんだけどな。


「世界は君たち中心で回ってない。——でも、自分の行動で誰かの一日を壊すことはできる。

君たちの身勝手な行動で、他の人の貴重な休日が台無しになるかもしれない。ね?分かる?」


初等生の震える肩を掴みながら涙滴る瞳を真っ直ぐ見つめる。少しの間の後、彼らは首を縦に振った。


「(……妙ですわね。

この方、怒っているはずなのに——

それ以上に“優しさ”が混じってる)」


後方から微かな声が聞こえた。


「なら、これからどう行動を改めなきゃいけないか分かる?」


「…人の迷惑になることはしない。人がいっぱいいるところでは、もう鬼ごっこしません」


初等生らは互いに肩を組み、僕に向き直った。


「(せーの…)ごめんなさい…」


小さく声を掛け合って僕に頭を下げた。

やればできるじゃないか。


「よし、お説教は終わり!これからも人に迷惑はかけちゃいけないよ。ほら、順番来たからメロンパン買っておいで」


「うん。でも、まだ友達がトイレ行ってて…」


友達?この三人だけじゃなかったのか。


コツッ、コツッ、コツッ――

打算的とも取れる優雅な革靴の音が白レンガに響いた。


右手側から甘い香りが漂ってきた。


「あら――お取り込み中だったかしら?

遅れてしまったお詫びにマカロンを用意したのだけれど、不要だった?」


陽光で反射された青みが黒髪から滲んだ。完璧に手入れされた髪は煌めきを纏い、そこには性格が表れているように見えた。


視線が絡みついた。

淡い金色の瞳が僕の瞳孔を捉えた。

肩を見てみる。

…天秤の紋様が描かれていた。

これは西部領(エルナール)の紋様だ。


…警戒されてる?

少女の目は僕をみた瞬間険しくなり、“誰こいつ?”と言わんばかりの仏頂面で睨みつけた。


「あなた、どちら様?」

友達に向けられた声色と違い、その声には嫌疑が孕んでいた。


「え〜っと、僕はゼイル=レグナードって言います。さっきまでこの子達の至らぬ点を叱っていたところです。あなたは?」


少女から放たれる圧に思わず年下相手に敬語を使ってしまった。いけない、いけない。年下に負けてなるものか。


「お説教を?…そうでしたか。(わたくし)はセレニアと申しますわ。この度は私の友人がご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます」


少女はマカロンの入った紙袋を両腕で抱えながら深々と頭を振った。


「…一応苗字(ラストネーム)を聞いてもいい?」


意図的に伏せた気がしたので尋ねてみた。


「守秘義務がありますの。見ず知らずの方に、軽々しく明かすものではありませんわ。それとも――名を聞き出す理由でもおありで?」


ゴミを見るかのような目を向けられた。


ショックだ…怪しい格好してるつもりなんてないのに…


この前髪が原因か?目にかかるぐらいの流さで、今どき珍しくもないと思うのだが…長すぎたか?


それか、子供には懐かれづらい体質なのかな?昔から子供は苦手なんだよな…

何考えてるか分からないし、急に変なことし出すし…

なんかこう、根本的に合わない気がする。理解し合えないというか…


「ま、まぁ元気出せって。ゼイル」


「そ、そうだよ。気にすることないって」


二人の手が僕の肩を掴んだ。

気を使って言葉をかけてくれたようだ。

その気遣いが余計に心に突き刺さる。

二人の中でも僕が子供に好かれづらいという評価があったのだろうか?

はぁ…落ち込む。

手のひらで額を抱える。


「みなさん、せっかくのマカロンが冷めてしまいますわ。ご一緒しましょう」


皮肉めいた声が鼓膜を刺した。


「では、ヴァルドはこちらを」


セレニアの呼び声に初等生集団は一斉に振り向いた。声色は僕に向けられたものとは段違いで、年頃の少女らしさが表れていた。


赤髪の少年にいちごのマカロンが渡された。説教のときに中心にいた子だ。

この髪、なんか見覚えあるんだよなぁ…


「エルフィナはこちらを」


淡い金髪の少女にキャラメルのマカロンが手渡された。ヴァルドというの少年の左隣にいた女の子だ。

その顔立ちはエルフっぽく、どこかの公爵を彷彿とさせた。


「レイヴンはこちらを」


茶髪の少年にショコラのマカロンが手渡された。ヴァルド少年の右隣で抱きついて僕をめちゃくちゃ怖がっていた子だ。

…ちょっと怖がらせすぎたかもな。


「私はバニラをいただくとしましょう」

四人の手が合わせられた。


「いただきます」

セレニアとエルフィナだけが食前の挨拶をした。


ヴァルドとレイヴンは手を合わせたまま祈りを捧げている。


領土で食事マナーも随分違うんだなぁ…

四人の様子を見ながら感心していた。


「あら、あなたもマカロンが恋しくって?それならそうと仰っしゃれば良いのに」


紙袋をごそごそしだした。


お?僕にもくれるのかな?さっきは冷たかったけど、優しいところもあるじゃないか。この短時間で少しは打ち解けたかな?


「あら?あなた分のマカロンが見当たりませんわね。どこかに落としてしまったかしら?

申し訳ないけれど、私たちが目の前でマカロンをいただく姿を指を咥えて見ているといいのよ。少しはお腹に溜まりますわよ?」


…このクソガキ。少しは期待した僕が馬鹿だった。

どうやらセレニアは皮肉が達者なようだ。


これだから子供は苦手なんだ。


少女への怒りを治めるように拳を握り締めた。


リオン君が僕と同じ目線まで腰を下ろした。

「やめとけ。相手も子供だ。単なる子供の戯言(たわごと)だ。気にするだけ無駄だぞ」


僕の肩をぽんぽんと叩きながら怒りを鎮めようとする。

そうだ。相手は子供…本気にしちゃ駄目だ。


「受付番号259番の方、どうぞ〜」

空気を察したかのような露天商の声が響いた。


助かった。全く、この初等生集団といると怒りが溜まる一方だ。


特にセレニアという少女。一見まともそうに見えて、ある意味一番僕の神経を逆撫でして来た。


今度会うとき、どんな皮肉を言われるか分かったもんじゃない。覚悟しとかないと。

前もって心構えしとくだけでも大分違うからな。


初等生集団は各々2ルクスを支払い、メロンパンを受け取った。


「美味しそう〜!」

楽しそうな声が聞こえてきた。四人で楽しむ分には何の文句もない。

ただ、他人を巻き込まないで欲しいとは思う。

僕の説教があの子たちの心に響いてるといいな。


いよいよ僕たちの番がきた。


「一つ2ルクスになります」

三枚の受付番号札を渡した。

各々二つのルクス硬貨を手に取り、カルトンに入れた。


「はい…6ルクス丁度ですね。こちらメロンパンになります。大変お熱くなっておりますので、気をつけて召し上がってくださいね。」


僕たちの手にメロンパンが渡った。

砂糖がジュワリと溶け出し、湯気だった空気が鼻腔を包んだ。

これがメロンパン大賞で金賞を取ったという…ゴクリ。美味そう…


「受付番号261番の方、どうぞ〜」


後ろに並んでいるお客さんの番のようだ。邪魔にならないようにしないと。あの子たちに“人の迷惑にならないように”と叱ったばかりだから、ちゃんとやらないとな。

まずは僕が手本にならないと。



「…セレニア。俺、あの兄ちゃんのこと誤解してたかも。正直“怖い人だなぁ”ぐらいにしか思ってなかった。けど、人に言う前にちゃんと自分で意識出来てる」


カフェの入口付近で赤髪の少年が呟いた。


「…私も。最初は怖かったけど、今はちょっと優しそうに見える」


淡い金髪の少女が銀髪の青年を見つめながら口を開いた。


「きっと僕たちを思って叱ってくれたんだろうね」


茶髪の少年が肩の紋様を掴みながら青年の言葉を脳内で反芻した。


「…私、ああいう叱り方は嫌いではありませんのに」


黒青髪の少女が髪を指に巻き付けながら、その淡い金の瞳を暗く落とした。



「いや〜美味しかったねぇ〜!また来たいな〜」


セリアさんの満足げな声が聞こえて、僕も嬉しくなった。


「そうだね。また食べたい…」


マジでめちゃくちゃ美味しかった。間違いなく今まで食べてきたメロンパンのベストを更新した。


「絶対また来ような!」

口元にメロンパンに入っていた濃密なカスタードの跡をつけながら、提案された。


「ちょ…カスタードついてんじゃん。ウケるw」


セリアさんの小馬鹿にした声がリオン君を突き刺した。


「え!?マジで?…うっそ。ほんとだ」

肩をガックシと落としている。なんか可哀想に思えてきた。


「はい、どうぞ」


こんなこともあろうかと、予めティッシュを用意しておいた。

リオン君はティッシュを受け取るやいなや、慌てて口を拭いだ。


「ありがとう、ゼイル。おかげでこれ以上恥かかなくて済むよ」


安堵の表情でティッシュを返してくれた。役に立てたようで、何よりだ。


「じゃあ、そろそろあのカフェ入るか」


気を持ち直したリオン君が意気込んだ。


いよいよアルディウス公爵の真意を聞き出せるかも知れない。席運がなかった場合、今回はお見送りになってしまう。頼む…隣とまでは望まない。せめて会話が出来るくらいの距離を…


カフェの入口付近で淡い金髪が透明感を纏って靡いた。


…まさかな。


嫌な足音がカフェの屋内で響くのを、知らんぷりしながらドアノブを引いた。

耳障りのいい蝶番の軋む音が響いた。


カランコロン――

喫茶店特有の音に感動を覚えた。


その瞬間、店内の空気がわずかに歪んだ。

…やっぱり、ただのカフェじゃない。


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