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第十五話 取り憑かれし悲壮


「今何時だ…」

腕時計に目をやる。

長針が短針を追い越していた。


普段から外に行くときはいつも身につけている。

わざわざ確認しなくても勝手に張り付いている感じだ。

(こいつ意志あるんじゃ…)

と思ったこともあるくらい、肌見放さずくっついている。


おかげで大まかな方角が知れるので便利ではあるのだが…


こうして短針を太陽に向けて、その短針と12時の間を読むと…

南部領(ラフィリア)だ。


そうこうしている間に長針が勢いを増していった。


僕は坂道を躍進する。


ここらの地域は住宅街が多い。

辺りを見渡しても

家、家、家、公園、家…


と時々公園が顔を覗かえるぐらいに住まいが密集している。


とは言え、飲食店や雑貨屋が全くないため徐々に過疎化が進んでいる。


人口が減れば当然必要のない家が増えていくため、最近は取り壊し工事がなされることもある。

どんどんと自然が増え、最終的には緑に覆い尽くされたド田舎になるのでは…と言う陰謀論まで実しやかに囁かれている。


このままいけば、この地域の活力は次第に失われていくだろう。


そうなれば問題がある。

独自性が失われるのでは?という問題だ。


既にこの世界には南部領(ラフィリア)という自然豊かな土地がある。


そこに新たな自然エリアが増えれば、個性や魅力で南部領(ラフィリア)に負けてしまうのではないかと思うのだ。


あまつさえ「似たような領土なんだからを統一しないか?」とか言い出すかも知れない。


僕は西部領(エルナール)で育った。いくら自然が好きとは言え、生まれ故郷が他の領土に食われてしまうというのはなんとも悲しい。


だが、現実は非情でありその未来は刻一刻とにじり寄ってきている。必死に抵抗したとして、所詮延命治療にしかならないだろう。



「(他の都市部に比べて華がないから?

それとも人為的な意図が…?)」

原因を探ってみた。

遊歩道を走りながらあれこれと思案してみる。


道中に咲いている花々に少し心が和みつつ、校門まで一直線で駆け抜けた。


約束の時間まで…残り50分。


まずは校門前まで来れた。


門の前に立っている見張り(ガードマン)に学生証を見せる。

この学校の見張りというだけあって、実力は言うまでもない。

まだ子供である僕らなんて赤子を捻るようなものかも知れない。

「お願いします」


「…担任の名前は?」

男性が試してくる。

ここで返答を間違えると門を通してもらえないのだとか。

担任から聞いただけなので、真相は定かではない。


「…ゼルフィア=ノア=ヴァルディスです」

これで大丈夫なはずだが…


目の前の男性と目が合った。

その目は異物を排斥してきたことを物語っていた。

目が生きてない。殺気だけを孕んでいた。


僕は目を逸らさず、真っ直ぐ見つめた。


「…合格だ」

男性の目つきは少し柔らかくなり、人相は強面な人ぐらいにはなった。


ふぅ〜…なんとかなった。

肩の荷が下りる。

深く息をついた。緊張が吐き出されていくのを感じた。


平日の場合、この制服を着ているだけで門をくぐれる。


だが、休日の場合そうはいかない。

この学生証とセットでないといけないのだ。


と言っても別に学生証に拘る必要はなく、身分証明証の類であればなんでも良いんだとか。


僕の場合は一番手っ取り早いのがこの方法だったので、学生証を提示することにした。


「ありがとうございます」

お辞儀をしてから横を通った。


取り敢えず第一関門、門番はクリアだ。


校門を抜けると視界の中央に校舎が待ち構えていた。

二択を迫られた。

左から行くか、右から行くかだ。


校舎の中を突っ切ってそのまま東部領(グラディア)に行けるならそうしたいところだが、生憎と通るには手続きが必要らしい。


手続きしてる時間も惜しいので、迂回して行くことにする。


ここは直感で…

左から行くとしよう。


体を左に方向転換する。

赤レンガに靴をいい感じに引っ掛けながら一定の速度を保つ。鞄の中の空洞で財布やスマホが暴れている。


今日はローファーではなく運動靴っぽいやつにしたので、普段より動きやすい。


友達と遊びに行くのに運動靴はないだろ…と一瞬考えたが、お洒落よりも遅刻しないことに重きを置くべきだと判断した。

そう。仕方なかったのだ。


自分を正当化する理由を並べながら北門の近くまで来た。


見張りの後ろ姿を横目に二つ目の角を曲がろうとしたときだった。


陽光とは別の光が辺りを照らした。

彼女の黒紅の髪から赤みが反射してきた。


リゼリアさんだ。


「あ、ゼイル君じゃ〜ん!やっほ〜!」

彼女は活気溢れる声で挨拶してくれる。


「や、やっほ〜」

負けじと返してみる。


「ゼイル君も返してくれた〜!嬉しい!」

彼女は満点の笑顔を見せる。


その仕草に僕の心も温かくなった。


入学当初は“あの人たち”と同じだと思っていた。

どうせ彼女も変わらない。

心の奥底では見下してるんだ。

ああいう人とは一生交わることなんてない…そう思っていた。


曲がりなりにも関わって思う。


彼女は違う。

根底に芯があるのだ。


最初に彼女に話しかけられたのは空から何かが落下してきたときだった。

彼女は他と違う反応をしているという理由で僕に話しかけて来た。


そのときの彼女の目からは軽蔑や猜疑(さいぎ)といったものは感じられず、純粋な興味が映っているように見えた。


初めてだった。嬉しかった。

それと同時に、いい意味でこの人は

『自分の軸で生きている』と思った。周りに流されない、自分を持った人だと。


魔力測定のときもそうだ。動揺こそしていたが、僕を庇ってくれた。普通は咄嗟に行動なんてできない。

だが、彼女はそれをやってのけた。


関わって間もない彼女から伝わって来たこと…

表面上は明るく気丈に振る舞う彼女には芯の強さがあり、奥底には簡単に打ち明かせない暗がりがあるのだということ。


納得できた。


未来の記憶の中での彼女が、今の明るいイメージよりも大人に見えたのはきっとそれが彼女の素であるからだろう。


心の中で申し訳なさが溢れてくる。


この人は違う人種なんだ…と線を引いていたかつての自分に叱咤をせずには居られない。


レンガに視線を落とす。

胸中の赤が謝罪の色に染め変わっていた。


「大丈夫?」

リゼリアさんは僕の肩にぽんっと手を置き、様子を案じてくれる。


そんな姿に母の幻影を重ねてしまう。保健室の先生以来だ。


同級生に幻影を重ねるのは失礼かも知れない。けど、今の彼女を表す言葉がこれ以外に見つからない。


「…大丈夫。ありがとう」

零れそうになる涙をぐっと堪え、彼女に向き直る。


「…ふっふっ。どういたしまして」

その微笑み方はいつもより上品で、彼女の素にほんの少し近いように感じた。


その事実に嬉しくなり、僕も笑みが溢れてしまう。


「リゼリアさんはこれからどこ行くつもりなの?」

気になっていたことを聞いてみる。


「私はねぇ…」


彼女は顎に指を当て、考える素振りを見せた後、


「…やっぱり秘密!」

人差し指を唇に当てながら目が弓なりになっていた。


その女性らしい仕草に僅かに心臓の高鳴った。


「ゼイル君は?これからどこ行くの?」

彼女が聞き返してくる。


「僕は東部領(グラディア)のアストラ街ってところ。友達と遊ぶ約束してるんだ」


答えた途端、

「え!東部領(グラディア)行くの!?しかもアストラ街って…センスあるね!私も良く行くところ!いいな〜楽しそう!」


リゼリアさんが顔を近づけて饒舌に食いついてくる。


その姿に圧倒されながらも言葉を返していく。

「リゼリアさんも行くんだね。リゼリアさんと一緒ならどんな場所でも飽きずに楽しめそう…」

率直に思ったことを口にする。


「え〜なんか照れちゃうな〜」

彼女は鼻頭を赤く染めながら手で髪を撫でている。


「そんなに褒めてくれるなんて、ゼイル君は褒め上手だね。良かったら今度一緒に遊びに行かない?なんちゃって…」


「…まぁ時間があるときなら」

反射的に答えてしまう。


「ほんと!?やった〜!ねぇ、そのとき友達呼んでもいい?ゼイル君と仲良くなれそうな子、いっぱいいるの!」


リゼリアさんは僕の返答がそんなに嬉しかったのか、テンションMAXである。所謂、テンアゲってやつだろうか。


「おすすめの場所があってね!例えばこのハンバーガー屋さんとか、ここのカフェとか、後は…」


彼女はスマホを見せてきながらイチオシの飲食店を紹介してくれる。

さっき朝ご飯を食べたばかりなのにお腹が空いてきた。

美味そうだ…


「色んなところがあるね」


「でしょ〜?絶対楽しいと思うよ!ゼイル君が良いなら今度もっと色んなところ紹介してあげる!」

自信たっぷりに案内してくれると言ってくれた。


彼女といれば本当に楽しませてくれそうだ。


「ありがとう。今度気になったら聞いてみるね」


「うん!いつでも聞いて!

ところでゼイル君、時間大丈夫なの?友達と約束なんでしょ?」


腕時計を見る。

…12:35。これマジでやばいやつだ。


「ごめん、リゼリアさん。もう行かなきゃ!じゃあ!」

この場から立ち去ろうとする。


「分かった。…あ、ちょっと待って!」

走行を阻害される。

慌てて急ブレーキを踏んだものだから、体が慣性に乗せられてなかなか止まらない。


「連絡先交換しない?今度遊びにいくとき必要だし!」

提案された僕は呆けた顔になってしまう。

陽キャ女子の連絡先…


恐る恐る自分のスマホを近づける。


「…よし、これで大丈夫かな。ありがとね、ゼイル君。これでいつでも遊びに誘えるよ〜

あ、ゼイル君からも誘ってくれて全然良いからね!」

彼女は当然のように言ってくれる。

彼女の言葉に自然と口角が引き上げられる。


「連絡先も交換したことだし…私たち、もう友達ってことで!それじゃ!」


彼女は手を振りながら北門をくぐり、北部領(ノースバァルト)に入っていく。


「友達…」

今まで縁のなかった人と…友達に。

得も言えぬ感情に苛まれる。


燦々と照りつける日差しに嬉々として拳を上げた。


「…ってこんなことしてる場合かよ!」

角を曲がり、流れるように東門の前まで来た。


どんな街かなぁ…

期待に胸を膨らませながら門をくぐる――


――広がる光景。

空気。

温度。

全てが目新たしく、新鮮だった。

中央に大通りがあり、その道が遠くの大きな城まで続いていた。

いや…屋敷か?形が紛らわしい。

火山のように赤々しいオーラを纏っている。


ここが――

「ついにアストラ街に来た…」


パンの焼ける匂い。

鉄板の上で肉汁が溢れ出す音。

高温の油で揚げられる唐揚げの香ばしい見た目――


漂ってくる空気から自分の住んでいる地域とはまるで違うのだと感じさせられる。


よだれが止まらない。

右手で垂れてしまった生唾を拭いつつ、集合場所まで向かうことにした。


建物に目が行く。


西部領(エルナール)のものとは違い、高貴そうな木材やレンガが使われている。


色味もバリエーション豊かで、暖色系から寒色系まで様々である。


「あ、窓も違う」

見てみると材質がかなり違っていた。


触ってみる。

「お〜!ざらざらしてる…」

家の木製の窓とは違って肌触りがまるで違う。


僕は家でよく、窓に頬を押し当てている。

ここでもやってみようかな…


数秒の躊躇(ためら)いの末に、

「お〜…全然違う…」

木製は安心感があるが、この窓は…なんというか、不思議な感覚だ。


手に刺さったら痛そうというか…


「何あれ笑」

「初めて来たのかな?」

「田舎くせ〜笑」


周囲の人々の好奇の目に晒されてしまった。確かに公の場ですることではなかったかも知れない。

僕は耳を真っ赤に染めながら、そそくさとこの場から立ち去った。


集合場所はここから暫く先に行ったところにある噴水公園。


デートスポットとしても有名で、休日はカップルでごった返しているらしい。

僕には縁のない話だ。カップルを見る度に羨ましく思ってしまう。幸せそうだからだ。そして密かに私怨と嫉妬の視線を送っている。気づかれてないといいな…


噴水から綺麗に噴き上がる水は平和を象徴している…とセリアさんに写真を送られながら説明された。

それはもう…熱弁された。本当のところは知らない。


集合時間まで残り20分。


「ほんとにぎりぎりだな…」

正直もう足が悲鳴を上げている。

が、これは僕の寝坊が招いた事態なので、叱咤激励しつつ走った。


小麦の風味が立ち込めて来た頃、突然視界の隅に冥暗が灯った。


これは…所謂、路地裏というやつだろうか。

華やかな街の雰囲気とは打って変わり、陽の目を浴びない日陰者の生息地といった感じだ。


排気口は薄汚れており野良猫が餌を奪い合っている。その道はごみがポイ捨てされているのか、小汚い通り道となっていた。


「…ん?」

得体の知れない匂いがする。嗅いだことがないものだ。

鼻につくわけではないが、いい匂いということもない。

禍々しい…とでも言うのだろうか。


そのとき、路地裏の奥から人影が現れた。

暗くてよく見えないが、あの雰囲気からして魔術師だろうか?にしては魔力がドス黒いが…


その人影は次第にこちらに近づいてくる。


僕は体を路地裏から避難させつつ、頭だけ残しておいた。


やがて朧げながら容姿を拝むことが出来た。


エナンのようなとんがり帽子を深々と被っており、老魔術師のようなローブを身に纏っている。

髪は肩まで伸びている。女性だろうか?

色は…茶色?

まあ、恐らく茶髪だろう。

女性だとしたらよくいるタイプの容姿だ。


ただまぁ、見た目だけでは完全に判断できないわけで…


実際に確かめてみるか?

でも見るからに怪しさ満点だもんなぁ…

探ったとして、遊びの前に怪我なんかしたら楽しめないし…


どうしたものか…と思考を巡らせていた。


その瞬間、新たな人影が現れた。今度は道の中腹辺りから横入りして来た。どうやらこの路地裏は一本道というわけではないらしい。


恐らく、いくつもの分岐があり選んだ道によってたどり着ける場所が異なっているのだろう。


目を凝らす。

今度は…髪は短めだ。

安易に男性とは断定できないが、一旦男性ということにしておこう。


女性と男性はコソコソと話し合っている。取引きとか作戦の話し合いとか、そんなところだろうか?


観察していると男性がお金を握り始めた。それを皮切りに、一層女性と男性は話し込み始めた。


影の明度がワントーン落ちた。


女性が懐から何かを取り出す。目を見張った。

それは本のような形をしているのだが、その本が放つオーラが尋常じゃなかった。

息が詰まる。冷や汗が止まらない。


本能で悟った。あれは人間が手にしていいものじゃない。少なくとも、僕があの本を手にした途端にそのオーラに飲み込まれて消えてしまう…そう思わせる邪悪さだった。


男性は本を受け取ると女性に耳打ちで何かを伝え、姿を消してしまった。


女性は用事を済ませたのか、後ろに振り返り帰ろうとする。


彼女は何の前触れもなく僕の方向に視線を移した。


気配を悟られたか?

心臓がはち切れんばかりに鼓動がうるさい。


女性は帽子の(つば)に手を当て、片目を覗かせる。突然力が抜けたように体が軽くなる。

路地裏に瞬刻の黄昏が下りる。

深緋色の目が一層赤みを増してこちらを覗いていた。


――静寂


人生でここまで十秒が長く感じたことはない。


女性は僕と視線を交わすやいなや、鍔を下ろし踵を返した。

そのまま路地裏から去ってしまう。


路地裏に残っていた野良猫が一斉に逃げ出した。

彼女が通った影がわずかに揺らいだ。


マジで終わったかとおもったぁ…


少しでも不審な行動を取っていればただじゃ済まなかっただろう。

首の皮一枚で繋がった。助かったぁ…


僕はなるべく路地裏に関わりたくないと思った。



俺がここで関係を持っていたらどうなってたかな…



もうすぐ長針が12時を指そうとしていた。

タイムリミットは…残り10分。


僕は遅刻覚悟で噴水公園まで走った。


道中には、アクセサリーショップや宝石屋が散見された。


リオン君はこういうところで装飾品を仕入れてるのかな?

リオン君、お洒落なんだよなぁ…


食堂で彼と会ったときから思っていた。

確かにチャラくはあるのだが、服はトレンドを意識しつつ独自に着こなしてるし、髪型は彼に合ったものになっている。


あの髪型は…そうだ。思い出した。ハーフアップというやつだ。男子には珍しいらしいのだが、リオン君には抜群に似合っている。頭の形が綺麗なのだ。顔が整っているからかも知れないが。あるいはその両方か…


そうこうしている間に着いてしまった。


公園には木々が生い茂っている。

ここ場だけは僕の街(エルナール)と似ていた。

都市部の情報量に少し疲れていたので、こういうのがあると落ち着く。自然に囲まれた時にすることといえば…


「すぅぅぅぅはぁぁぁぁ…」

深呼吸だ。空気が澄んでいるとより気持ちがいい。


セリアさんたちは…


「あ!ゼイル来た〜」

こっちこっちと、ぴょんぴょん足を浮かせながら手招きしている。


公園の噴水広場まで駆け足で向かった。


「ごめん、めっちゃ待たせたよね?」


「全然大丈夫だよ〜時間ぴったりだし!」


「そうそう。むしろ十分前から居た俺たちが馬鹿まであるからな〜」


あ、その発言は…


「馬鹿って…どういうこと?誰が馬鹿だって?」

凍てついた空気が肌を刺した。

セリアさんが伴侶の顔で手に魔力を込めている。


「ご、ごめん、セリアさん。そんなつもりじゃなかったんだ!ゼイルを励ますつもりで…」


「ふぅ〜ん。で?誰が馬鹿だって?」

彼女の皺がどんどん寄っていく。

顔がリオン君にどんどん近づいていく。


「…俺です。すみませんでした」

リオン君が誠意を込めて頭を下げた。


「…分かったらいいよ。ごめんね、ゼイル。空気悪くしちゃって」


彼女は両手を膝に当て、髪を垂らした。


「全然いいよ。もとはと言えば、僕が来るのが遅かったことが原因…みたいなとこあるし」


もっと早く着くはずだったんだが、予想外のことが起きすぎた。


「ほら、ゼイルも良いって言ってくれてるしさ。機嫌直してよ、セリアさん」


リオン君がセリアさんをなだめる。


「リオンだけには言われたくない」


「またそんなこと言って〜――」


もはや様式美まであるな、これ。


「そろそろ行く?」

揉めている二人の意識を戻す。


「あ、ごめんゼイル。それじゃあ行こうか」


セリアさんがやっと冷静になってきた。

普段は落ち着いてる感じなのに、リオン君だけには当たり強いんだよなぁ…それだけ信頼関係が築けている証拠でもあるが。


「お〜!」

リオン君が意気揚々と太陽に拳を掲げる。


「お、お〜!」

僕も頑張って声を出す。小っ恥ずかしいが、案外楽しい。


僕たちはまず、蒼穹図書館に向かって歩みだした。

途中ベンチでいちゃついてやがるカップルが目に入った。

そういう時は、そいつら目掛けて怨念を込めてやる。


『爆発しろ〜このリア充どもめ!』

という、なんとも悲しい僻みである。


そう言えばこの世界には呪いの類はあるのだろうか?聞いたことはないが、魔法が発展してきている今なら技術的にあり得そうだ。


例えば呪いの詠唱文が記された『禁書』とか。…あるわけないか。


「それにしてもすごい人だかりだよね〜」

セリアさんが話の種を蒔いた。


「まぁ〜ここらへんは人口密度高いからね。物価は少し高いけど、その分商品の質は高いしお店の種類も数も多い。

うちの学校の学生寮もこの近くにあるから、学生もそこら中で見かけるよ。」


リオン君が話に花を咲かせてくれた。

いつもピアスとかネックレス付けてるし、ここらへんはよく来るんだろうなぁ…


「後は校門に近いってのがでかいな」

リオン君が花に水をやり始めた。


「校門?どんな関係があるの?」

セリアさんが興味を持ち始める。


「いやさ、東部領(グラディア)に来る大抵の人はアクセスするために校門をくぐらないといけないわけよ。公爵とか、候爵とか、政治的権力を持っている方を除いてね。

領土の境ってのは結構曖昧で、人によって意見が割れてるんだ。

『ここは東部領(グラディア)の領土だ!』

『いや、ここは北部領(ノースバァルト)の領土だ!』

って感じで。だから、明確な基準がないわけ。

そこで提案されたのがセレスティア中央魔術学院の校門を検問所にするということ…言わば関所ってわけだ。

お金は取らないけどね」


なるほど…そういう事情があってうちの学校を検問所に採用したのか。


ただ、領土の境が曖昧という話だが、はっきり定められないものか…と思ってしまう。


それぞれの事情があるにせよ、公爵同士で折り合いをつけて領土を均等に分けるだけで十分だと思う。


いや、その“均等”というのが難しいのか?


例えば、領土の境に貴重な書庫があったとしよう。そこには魔法の叡智が詰まった魔法の極致が示されている。恐らく隣接してる領土の公爵同士がお互いに狙うことだろう。

そうなれば書庫のある土地を巡って戦争の開始だ。


…なるほど。こう考えれば人によって意見が割れる理由も理解できる。

人は当然自分の住んでいる領土の公爵に肩を持つだろうから、人民同士での論争も絶えないだろう。


これは単なる意見の対立と言うには浅はかな気がしてならない。


言わば…『思想の対立』だ。


実際に僕がシミュレーションしたような歴史が過去にあったかも知れない。


無意識に腕時計で南を探った。

南の反対…北部領(ノースバァルト)を向いた。


そのとき、頭の中に幼き頃の記憶の断片が撃ち込まれる――


巨大な魔法陣。

枯渇していく魔力。

10km以上離れていても聞こえる轟音。

振り注ぐ魔力の息吹。

壊滅する都市。

そして――悲壮を纏う人影。


あの記憶…今まで忘れていた。忘れるはずのない強烈な印象を残された。ならどうして…?

もはや誰かの“意志”を感じずにはいられなかった。


「ねぇ、リオン君。領土の境が曖昧になる原因になったことって昔あったっけ?僕の勘では十年前ぐらいだと思うんだけど…」


確かめるように言う。


「そんなのあったかなぁ〜ん〜…ごめん、身に覚えがないや。力になれなくてごめんな」

リオン君が不甲斐なさそうに言う。


「そう…分かった」

放心状態だった。あんな強烈な出来事、本当にあったことなら誰もが忘れるはずがない。


記憶違いか…?

ついには自分自身を疑い出してしまう。


「お!着いたよ!ここが噂の蒼穹図書館か〜この歴史を感じる重厚感…っていうのかな?なんか、凄みを感じる…!」


セリアさんが玄人っぽい感想を漏らす。

楽しそうで何よりだ。


「よし、今日は普段読まないやつ読んでみよ!」


リオン君も張り切っているようだ。


「普段はどんなの読んでるの?」


「ん〜恋愛系ばっかりかな〜俺あんまり残酷なのが好きじゃなくてさ、平和なほのぼのしたやつが好きなんだよね。だから、恋愛系の中でも浮気、NTR系は苦手なんだよ〜」


平和志向らしい。


僕はファンタジー系が好きなので良く読んでいる。実生活と関係があるので、共感しやすいのだ。


ところでファンタジーってのはフィクションとされてるわけだけど、僕たちは魔法とかは使えるわけで…矛盾してね?って考えたことはある。


本で得た知識だが、魔法がなかった世界の近未来では通信技術を初めとして様々な技術がべらぼうに発展して、何やらロボット?AI?とか言うのが開発されて全てが自動化されるのだとか。

想像もつかない。


まぁ、その本は小説なので誰かの空想に過ぎないだろうけど。


僕の持論では、

魔法とか精霊とかそういうのが登場するのがノンフィクション。

ロボットやAIが登場するのがフィクション。としている。

多分間違っていないはずだ。


「へぇ〜恋愛系が好きなんだ。確かに好きそうな顔してるね笑」


皮肉混じりに言ってみる。


「…ほんといい性格してるよ、ゼイル」


褒められたのか?一応喜んでおこう。



…ここだな。



僕たちは図書館に入った。


中は想像以上に閑散としていた。


「(これ殆ど貸し切り状態じゃ…)」

見たところ人影は見当たらない。


まぁ、ある意味ラッキーか。これなら集中して読書に没頭できる。


「(私は新刊コーナー見てくるね)」


「(俺は…推理小説でも読んでみようかな)」


「(僕はファンタジーコーナーを見てみるよ)」


図書館なので声量を落としつつ、各々の読みたい本を探すこととなった。

やっぱり読書はこうでなくちゃ。人に配慮なんてしていたら全力で楽しめなくなるからな。…まあ、最低限のマナーは守ってほしいところだが。


僕は受付まで行く。


「すみません、ファンタジーコーナーってどこにありますか?」


「ファンタジーコーナーでしたら、二階の奥手側にありますよ。よろしければご案内いたしましょうか?」

親切な司書さんで助かった。


けど

「いえ、教えていただきありがとうございました。恐らく一人で行けます」


「左様でございますか…承知いたしました。読書、楽しんでくださいね」


丁寧な言葉遣いと所作で対応してくれた。…かなりいい司書さんだったな。


さて、早速ファンタジーの世界に没頭しよう!


足早に階段を駆け上がり、二階までたどり着いた。途中足を踏み外しそうになったが、手すりを持っていたのでなんとかなった。


お目当ての本は…ここか。僕は司書さんの言葉通り奥に行き、財宝を見つけた。

僕くらいになると好きな本のジャンルはお宝に見えてくるのだ。


「(さ〜て、読むぞ〜)」

人差し指を本に引っ掛けようとしたときだった。一つの本に目を引かれる。


「(偉人コーナー?)」

どうやらこのコーナーには過去の偉人にまつわる資料が集結しているらしい。


この中でも特に目を奪われた本は…


『天才魔術師 イリシア』


天才という響きがまずかっこいい。

…こんな感想が出てくる時点で厨二病は完治していないかも知れない。いや、一生このままかも。

どうやら僕にとって、厨二病は不治の病らしかった。


本を手に取りページをめくってみる。

本を読むときに感じる紙の匂いが読書をより捗らせる。

僕はこのページをめくる瞬間が好きだ。


―――――――――――――――――――


『天才魔術師 イリシア』


彼女の存在はこの世界に衝撃を与えた。

そんな彼女の見た目は老魔術師とはほど遠い、幼い子供のような顔である。

髪に軽いウェーブがかかっているのが特徴だ。


彼女は北部領ノースバァルトで生まれた女の子で、魔術の才がずば抜けていた。

彼女の才覚を見抜いた親はすぐに魔術研究の道を進めた。


彼女は得意な魔術ということもあり、次第に魔術が大好きになった。

すくすくと成長した彼女は毎日のように魔術の研究に没頭するようになる。


彼女が独自に開発した魔法はどれも一級品で、攻撃魔法に至っては最高威力で一つの都市を更地にしてしまう威力を誇った。


そんな彼女に転機が訪れた。


当時の北部領(ノースバァルト)の領主と東部領(グラディア)の領主との土地奪取争いである。


なんでも北部領と東部領の境にマナ鉱石と呼ばれる貴重な魔鉱石があったそうだ。その鉱石を狙って、公爵たちは戦いを始めたという。


その戦いには彼女が開発した魔法がふんだんに使われた。

死者の数は計り知れない。


そんな状況に嫌気が差し、彼女は魔術研究の道を降りた。

彼女は弟を初めとした北部領の人々にも虫唾が走り、家族との縁も切った。


現在の彼女の行方は誰も知らない。


ただ、これだけは言える。


―――――――――――――――――――


僕は文に釘付けになっていた。次々と明かされる事実に脳が追いついていない。

僕は次の文に込められた思いを考え、震えてしまう。


―――――――――――――――――――


あの()は誰より優しかった。



著者 エレミア=ヴァルディス


―――――――――――――――――――


言葉を失った。

ページをめくる手が留まることを知らなかった。


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