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第十四話 向き合う決意


あれは…誰だ?


家に着く間際で一つの人影に目が行く。


見覚えのある笑みを浮かべていた。

あの黒髪、どこかで…


「あの〜」


その人はまさか声をかけるとは思っていなかったのか、一目散に夕日に消えていく。斜陽が彼女の髪に纏わりつき、煌めきを放つ。


速っ!


その人は瞬きの間に忽然と姿を消す。

…何だったんだ?


その場には常人にはあり得ない魔力の残穢が残っていた。


「ただいま〜」

久しぶりに我が家に帰って来た。

いや、厳密には半日も経っていないか。


靴を脱ごうとした。

玄関の四角いタイルが僕を安心させる。


「おかえり、ゼイル。今日は遅かったわね」

母の声が僕を出迎えてくれる。

その声は穏やかで、直接この場に居なくとも愛情の深さが感じられた。


「…まぁ、ちょっとね。怪我しちゃって」

鞄を置き、座って靴を脱ぐことにした。

ここから母の顔は見えないが、恐らく心配していることだろう。


そのとき、僕を出迎える一つの空気が漂ってきた。

今日のご飯は…お、肉じゃがっぽい。食欲を唆る匂いに唾を飲み込む。

今日も美味しそうだ。


「お母さん、今日肉じゃが?」

さも当然という声で聞きだす。


「そうよ。よく分かったわね」

母の声色には感銘が滲んでいる。

まさか当てられるとは思ってなかったようだ。


「ふふん、まぁね」

僕は得意げに鼻の下を人差し指で撫でる。


靴を脱ぎ終わるとローファーをきちんと整列させ、家を上がる。

変なところで神経質なんだよなぁ…僕。


居間に上がる前に部屋に鞄を置くことにした。

段差を一歩、一歩と上がっていく。

踏む度に軋む音が心の靄を助長するようで不安が募る。

階段の隣にある手すりでなんとか持ち堪え、邪念を振り払う。再び雑念を牢獄に閉じ込めた。

しっかりと鍵を閉めて…よし。これで一旦は出てこないだろう。


扉を開く。油が切れたような蝶番の音が響いていた。


「はぁ〜疲れた」

乱雑に鞄を放り投げる。保健室のものより色味のあるベッド。

いつも寝ている寝床に安心感を覚えつつ、母がご飯を作って待っているので、さっさと行くとする。


と、その前に…

「来週の授業は…」

学校で配られた授業日程表を見る。


「…領土地理学に魔法理論に、スキル演習ときたか」

ほとんど座学だ。

まぁ魔術はそこまで得意というわけでもないし、ありがたいっちゃありがたい。


…が、僕がやってない分をみんなは自主的にやってるかもしれないんだよな。

そう考えると、今後自主練習も考えておいた方がいいかも知れない。


『落ちこぼれ』

突然そんな言葉が胸を刺した。

…そうだ。これはかつて言われた言葉。いくら努力しても結果が伴わず、みんなに置いていかれる日々。才能の差を嫌でも実感させられた。

そんな日々に嫌気が差した僕は、努力を怠った。そんなことをすれば差は広がっていく一方だった。


…分かっていた。そんなことぐらい。

けど、身体が言うことを聞かなかった。

一度逃げてしまった癖というのはなかなか抜けなかった。

悪癖は洗ってもなかなか落ちない黒ずみのようにへばりつき、身体を鉛のように鈍臭くさせた。


その結果、『怠惰の劣等生』のレッテルを貼られた。

弱いくせに努力もしない怠け者だ…って。


当時はそれでも仕方ないって思った。実際そのとおりだったし、言い訳もできない。

…だからこそ、悔しかったんだ。惨めな自分が嫌だった。逃げ続ける度に自分が嫌いになっていく…そんな感覚だった。

そう思っても努力をしようとしなかったのは、心の奥底で『才能がない』と線を引いてしまっていたからだと思う。ここが限界なんだ。やってもどうせ変わらない…って。


正直、今でもその思いは変わらない。今の実力は素人に毛が生えた程度だろう。


それでも、以前と今では決定的に違う点がある。“成功体験”だ。

成功の記憶は人を成長させると聞く。モチベーションや自己肯定感が上がるとか。


今日、無詠唱を成功させた。だからと言ってみんなとの差が縮まるわけではない。一発でマナ切れ昏倒じゃ心もとない。まだまだ置いてけぼりだ。


だが、僕は未来の記憶の中で『過去』を乗り越えると宣言した。それも未来の仲間たちに。

だったらやることは一つだろう。

…研鑽を積む。


部屋の照明を見上げる。

僕の魔術師としての天井がどこまでか知らない。が、そんなことは後で考えれば良い…そう考えれば幾分か楽だ。

魔術を身体に染み込ませる。自分のものにするんだ。


体内の魔力の流れを汲み取る。その動きは拙いが、希望を感じさせた。


セリアさんも普段から休日は自主練習をしていると聞いた。

殊勝な心がけだ。

対抗戦で僕は彼女の足元にも及ばなかった。

彼女に追いつくためにも、やっておいた方がいいだろう。

そして、彼女と肩を並べたい。


今日から…変わるんだ。


照明の光を遮るように手をかざした。


拳を握る。

「いつかは天井を壊す…」

僕は部屋の中で決意を固めた。


「ゼイル〜早く降りてきて〜」

床から母の声が突き抜ける。

夕飯の準備ができたらしい。


「分かった〜今行く〜」

下に向かって言葉を返す。僕の声は重力に従順で、居間に突き抜けた。いや、普通に防音性低いだけか。


ドアノブに手をかける。

ここからの僕は一味違う――

そう思いながら扉を開く。

…我ながらちょっと痛かったか?厨二病はもう卒業したと思ってたんだが。


階段を降りながら帰ってから手を洗っていないことに気づき、洗面台に駆け寄る。


「僕としたことが…」

石鹸を手に取り入念に洗う。香ってくる匂いが穢れを浄化するような…そんな感じがした。なぜだろう…別に啓示とかには興味ないと思うんだが。


鏡に目をやる。三日前と比べて随分マシな顔つきになっている。


「よし…」

居間に向かう。

お腹をさすりながら胃袋の具合を探ってみる。…うん、上出来。晩餐を迎える準備はばっちりだ。


「それじゃあ食べようか」

母が先導し、席へと誘われる。


「分かった。…今日も美味しそうだね」

ほかほかの肉じゃがが湯気を立てて鎮座している。


席に座る。


手を合わせて、

「いただきます」


箸を取る。

いざ、実食と行こう。


まずはメインの肉じゃが…と言いたいが、

ここは人参から行こう。


パクッ。


「美味っ…」

つい声に出してしまう。


「ふふん、どうよ?美味しいでしょ?」

母が自慢げに指で鼻を撫でる。

その仕草に「親子だなぁ…」と思った。


続いて玉ねぎを食すとしよう。

口に運ぶ。

甘辛い汁が口の中で弾ける。

美味しい…


「今日はジャガイモに拘ったの。どこ産だったかしら?確か…」

母が言葉を紡ごうとして口籠る。


「どうしたの?」

普段あまり見てない姿だからか、気がかりになる。


「…何でもない。忘れて。きっと気のせいだと思うから」


「?」

僕はますます眉間に皺が寄る。


「さぁ、食べよ。早くしないと冷めちゃう」

母は都合が悪いとばかりに空気を切り替える。


いったい何だというんだ?


まぁいいか。続いては牛肉だ。甘辛く煮詰まった牛肉はさぞ美味しいのだろう。


舌で迎える。

…うんま


流石は母…といった感じの味だ。醤油の風味が絶妙である。


さて、メインデッシュと行こう。

ジャガイモ…ほかほかに温まっているのか、未だに湯気が立て込めている。


漂う空気を口で迎え撃つ。


「めっちゃ美味いやん」

いかん、いかん。方言が出てしまった。


僕は今まで標準語ボーイとして通してきた。こういう気の抜けたタイミングだとつい出てしまう。


地方民だと知られたら、あの学校で舐められるかも知れない。

家でできたからといって、学校でもできるとは限らない。普段から気を付けないと。


「あら、久しぶりに聞いた。…ゼイルの訛り」

母はニヤニヤとこちらを見ている。

馬鹿にされてる?

…まぁ母が喜んでくれるならたまには見せてあげても良いかもな。

それが親孝行というのなら、喜んで引き受けよう。


すっかり忘れていた白米をかきこみつつ、肉じゃがを堪能した。


「ご馳走様でした」

ふぅ〜満足、満足。

今日も美味しかった。


お風呂でも入るか。


僕は浴室に向かおうとする。


「あ、お風呂沸いてるから入るなら早い方がいいわよ」

母は僕の行動を見透かしたように声をかけてくる。

エスパーかな?


「あ、ありがとう」

ビビって声が裏返ってしまった。

母が口角をピクつかせていた。


部屋まで着替えを取りに行き、浴室に着いた。


さて、入るか。

服を脱ぎ、浴室の折れ戸を開ける。


蛇口を捻る。


「冷たっ!」

毎度の如くやってしまう。何回やっても次入る頃には忘れてるんだよなぁ…


座った。

まずはくしで髪をとかす。

お湯に癒やされながら髪を洗った。

ここで埃や汚れを落とすのだ。


シャンプーを手に取った。

頭皮を優しく揉むように洗う。洗いすぎないのがポイントだ。


洗い流す。


続いてリンスだ。

手の間に馴染ませる。頃合いになったら毛先だけにリンスをつけていく。


終わったらくしで髪をオールバックにするような形で、全体的にリンスを馴染ませていく。


五分程待ってから流す。


最後に体を洗う。腕から始まって、首、脇下、お腹周り、脚…と上から順に洗っていく。

終わったらシャワーだ。


「湯船つかろ」

椅子から立ち、足先を湯船に近づけ温度を測る。

…よし、いい感じだ。

そぉっと膝を折り畳んでいく。


効っくぅぅ…

おっと、うっかりおっさんみたいな感想を漏らしてしまった。


「今日は色んなことあったなぁ…」

湯船に浸かりながら今日のことを思い出す。

・セリアさんとの仲直り

・アサーシ騒動(勝手に名付けた)

・魔法演習

・無詠唱成功→マナ切れ昏倒


色々あったなぁ…

おおよそ一日に詰め込んでいい量じゃないのは分かる。

まったく、先生たちは何考えてるんだ。


まぁ、来週はそんなに大変なことも起こらないだろ。

僕は完全に油断し切る。


あと十分ぐらい浸かったら出るか。


「1、2、3、――」

600になるまで数え続けた。


「上がろ」

体を洗い流してから折り戸を開き、脱衣所に出る。


「寒…」

これも毎度のことである。


空気が冷たい。

体の芯が一瞬ぎゅっと縮む。

これ、体に悪いんじゃないか…と思った。


服を着て、部屋まで上がる。

階段で足を滑らせないように、入念に水気を拭き取っておいた。

転ぶことはないはずだ。


転倒死を迎えず、危なげなく部屋に着いた。

出来るだけ拭き取っていたが、まだ髪は濡れたままだ。


こんなときこそ、便利な魔法。

魔法の組み合わせという奴だ。


「吹き抜ける風の精霊よ、(おろし)を巻きつけ、我が前に現れよ…微風(ウィンド)


髪を靡かせる程度の風が発生する。冷たい…このままだと風邪を引いてしまいそうだ。そこでこいつの出番だ。


「燃え盛る炎よ、我が魔力を宿し、辺りを照らさん…灯火(ライト)


冷たい風が、たちまち熱を帯び始める。


これで温風の完成だ。

幼少期に母から髪を乾かす方法は散々教えられた。どうやら、どの子供も通る道のようだった。


まぁそのおかげで、風属性と火属性の初級魔法を習得することが出来た。


当時は苦手な属性の魔法を教える母を鬼畜と思っていたが、今では感謝している。


「やっと髪乾かせる…」


魔法を使わなくても髪を乾かせないものか…と思う。


今はマナが回復してきてるからなんとかなっているが、マナ切れの状態じゃあ乾かせないもんなぁ…


みんなどうしてるんだろ?

そもそもマナ切れになることもないとか?

右手を顎当てながら、左手で温風を当て続ける。


お風呂とかお湯を作り出す技術はあるくせに、なぜだか政府はこういう所をケチるんだよなぁ…


スマホの着信が鳴る。

そういやこのスマホもだ。


通信技術はあるのに、髪を乾かす技術は僕たちに委ねられてるもんなぁ…


電気の節約とかか?でも政府がお金に困ってる感じはないんだよなぁ…


とりあえず着信内容を確認する。

三角関係(グループチャット)からだ。


この名前は見るたびに鼻で笑ってしまう。これを考えた奴は馬鹿でしかない。

おっと、別に彼のことではないぞ。…決して。他意はない。

口笛を吹きながら内容を確認した。

嘯く空気が口から吐き出されていた。



―――――――――――――――――――

〇明日どこ行く?


〇俺はセリアさんが生きたいところ

ならどこでもお供します!


〇うわぁ…通報しとくわ


〇ひどっ!別に何もしないって!


〇嘘つけよ


〇ほんとだよ!



…何やら揉めているらしい。

僕は「二人らしいなぁ」と言いながら微笑ましく痴話喧嘩を見守る。

いや、まだ付き合ってもなかったか。

夫婦漫才のようなボケとツッコミだったので、勘違いしてしまった。



―――――――――――――――――――

        めっちゃ仲良いじゃん〇


〇良くねぇよ!


〇ほんと?ゼイルはそう思ってくれる?



リオン君の素直さに表情筋が活発になる。



―――――――――――――――――――

〇話逸れちゃった…で、明日どこ行く?


〇ん〜俺は本当にどこでも良いんだよな〜二人に任せるよ



そうだなぁ…



―――――――――――――――――――

   図書館…かも。本読むの好きでさ〇


〇そうなんだ。自然以外にも好きなもの

あったんだ…教えてくれれば良いのに


 いやぁ…まぁ、言うタイミングなくて〇


〇ふぅ〜ん


〇ゼイルは読書好き…っと。いいじゃん、図書館。二人となら楽しめそう!



リオン君は楽しげに乗ってくれる。遊びに行くとき、こういう人がいると場が明るくなるんだよな。


実を言うと、食堂で彼と会ったときにあまり嫌悪を抱かなかった。

陽キャ特有のノリはあるが、どんな人とも等身大で接してくれそうな懐の深さを感じたのだ。

なんというか、彼とは仲良くなれるかもって思ったというか…



―――――――――――――――――――

〇じゃあ図書館は決まりでいいかな?


      うん、二人が良いなら全然〇


〇異議なし!


〇後は…私、服買いたいんだよね。いいかな?


〇セリアさんのファッションショー…行くしかないでしょ


〇そうはいってねぇよ



また痴話喧嘩が勃発している。



―――――――――――――――――――

     僕はセリアさんに合わせるよ。

     僕の案も聞いてもらったし 〇


〇俺も全然OK!むしろ楽しみになってきたぁぁ!


〇そう?良かった。じゃあ決まりで。

明日は

・図書館

・服屋さん

これで行こう!


〇お〜!


             お、お〜!〇



慣れないながらも頑張ってやってみた。


明日が楽しみだ。


この後のチャットでは具体的な集合時間と集合場所が話し合われた。要約すると


集合時間 13:00


場所 東部領(グラディア)の西部、アストラ街


図書館 蒼穹(そうきゅう)図書館


服屋  ルミナクロス


こんな感じだ。


さぁ、明日に備えて早く寝よう…


「おやすみぃぃ…」

一人だけの空間でぽつりと呟く。


……

………


「ホー…ホケキョ」


もう朝か…


今の時刻は…11:30。


……ぎり間に合うか?


西部領(エルナール)から東部領(グラディア)までは10km程だ。

僕は学校に近いところに住んでいるので、それが9km程になる。


かなり際どいが、可能性は残っている。やる価値はあるだろう。


爆速モーニングの始まりだ。


まずは洗面台。


次に朝食。


お母さんがラップをして置いてくれている。ふわっと握られた三角の物体だ。

…優しいな。


母の温かさにしみじみしつつ、身支度を進めて行く。


服は…制服でいいか。この際仕方ない。

遅刻するのが一番まずい。

遅れない宣言をしてしまった手前、遅刻すれば保健室の先生に合わせる顔がない。


荷物の確認だ。

・鞄

・スマホ

・財布

・学生証


よし、全部大丈夫そうだな。


「行ってきま〜す!」

母は休日出勤しているため居ないが、一応やっておく。


東部領(グラディア)にアクセスするにはまず、セレスティア中央魔術学院の西門を通らなくてはならない。


とにかくダッシュだ!

南中時刻までには間に合うよう、全速力で走った。


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