第十一話 秘密の共有
「そもそもリオンは私の連絡先知らないでしょ?」
「あ…」
肝心なところを見落とした今世紀最大の馬鹿は、私がここぞとばかりに待ち侘びた絶望顔を見せてくれた。
「いや、あ…じゃないでしょ」
いつもリオンに投げかける声調とは違って、子守りをするように母性が滲む私の声。
――本当に考えてなかったんだな、こいつ。
「はぁ…、まぁいいや。ほら、スマホ貸して。交換してあげるから」
「ほんとに!?やったぁぁぁ!」
鼓膜にじんじんと痛みが走る。
うるせぇ。
私たちは連絡先を交換し、グループチャットを作成した。
グループ名が「三角関係」なのは解せないが。
「ねぇ、セリアさん」
ゼイルに話しかけられる。今の彼には、ただ純粋に『私を知りたい』という興味が表面化していた。そんな様子に、私は友人として接してくれてる気がして、心が温まる。
「どうしたの?」
「明日は学校お休みだけど、普段は休日に何してるの?」
家での過ごし方を思い出す――
ヴェルガとセラフェと共に暮らし、一緒に住むもふもふちゃんと戯れ、盛大な自堕落生活をする。時たま、牧場バイトなんかして、牛さんとも触れ合う。年中、自然に囲まれた生活習慣である。
――休日か〜家でごろごろしてるな。
することも特にないし。
あ、でも魔術の練習は少ししてるな。
「ちょっとだけ魔術の練習してるよ」
人差し指と親指で空気を掴むような仕草で、微小の程度を表す。
「へぇ~すごい。真面目だね」
心底感心したような反応をされる。
…ゼイルの方が真面目な気がするんだけど。私だけかな?
「そんなことないよ〜」
私は謙遜する。実際私より頑張っている人は大勢いるので、口が裂けても「頑張ってる」…なんて言えないのだ。
「ねぇ、セリアさん。暇ならどっか遊びに行かない?三人でさ」
リオンが割り込んで言う。ゼイルとの握手の際、邪魔してきやがったことに腹を立てたが、今は不思議と怒りはない。
もしかしたら、この馬鹿に免疫がついてきたのかも。
「遊びにか〜」
休日はバイトと魔術練習以外の用では、全く外に出ない私。
普段はずっと家にいるし、たまには悪くないかもな〜
「私は行きたいかも。ゼイルは?行きたい?」
「(記憶の中でのセリアさんと行ったあの場所はどこだったんだろう…行ってみたら、何か手掛かりが掴めるかも)」
ゼイルが小さく呟く。何か思い詰めてる様子だ。
「ゼイル?聞いてる?」
「え?あ、うん。そうだね…僕も行きたいかも」
彼は慌てて答えた。
「どうしたの?さっきから変だよ?」
「…大丈夫。心配しないで」
私を見て、余計に深く、神妙な面持ちで考え込んでしまったゼイル。その目には、確かに潤いが多かった。
――魔術実習の時から、ゼイルの私を見る目はずっとこんな感じだ。
ほんとに大丈夫だろうか?
心配だ。
「じゃあな、ゼイル。また休日に」
「うん。リオン君も、セリアさんも、また休日に」
「うん、またね」
私たちはゼイルと別れた。
――やっぱり変だ。
僕はずっと考え込んでいた。
あのことがあってから、セリアさんと会う度に思い出してしまう。
「(僕とセリアさんが恋人だった…)」
照れ臭さと安心を覚えるこの関係に、僕は違和感を感じていた。
「(夢じゃないのか?あれは過去に本当にあったこと…なのか?)」
にわかには信じられないが、妙に鮮明に脳裏に焼きつく。今まで、こんな感情を覚えたことはない。
初めての感覚…
「いつか分かるときは来るのかな?」
「何が分かるときが来るんですか?」
「え?」
アサーシが急に話しかけてくる。
どうやら、気付かぬうちに教室まで足を運んでいたようだ。
…流石に集中し過ぎたな。
「えっと、これは…言えないかな」
アサーシの目つきが鋭くなる。僕を試すように。僕から何か引き出すように。
「…そうですか。人の土足に踏み入りすぎるのも良くないので、これ以上は聞きません」
ほっ…
アサーシは後ろの席に向かって歩き出す。その後ろ姿は、年甲斐もなく数多の経験を重ねてきた、老人のような風格があった。
「ただし」
アサーシの声のトーンが上がる。
な、なんだ?…詮索はしないんじゃ?
「いつか聞かせてください。あなたが、私を許せるようになったら」
彼は振り返りながら告げた。
その表情には、『いつかその日が来てしまう』ことを確信しているような、優しくも――切なげな想いが、のしかかっているように見える。
どういう意味だ…?
「…っと口が滑りました。忘れてください」
アサーシは、初めて年相応の笑みと悲しみを孕んだ顔を見せる。その目は、僅かに滲んでいる。
そこには、一人の青年には抱えきれない責任と、業を背負わされているように感じた。
「アサーシ、何があったの?」
「いえ、別に」
とても――答えてくれるような口調ではなかった。
引き戸が開いた。
「お前ら〜席につけよ。今から、昨日の対抗戦の結果を発表する。…って言っても、大体分かってると思うがな」
担任が少し、自慢げな表情で入ってくる。
「まず結果から。勝者は――A組だ」
「よっしゃぁぁぁ!」
「勝てたね〜!」
「私たち、良くやった方じゃない?」
クラスメートが叫び出す。
隣のクラスから雄叫びが聞こえてこなかったので、なんとなくそうじゃないかとは思っていた。
…けど、実際に聞くと嬉しいものだな。
「やったね!ゼイル君!アサーシ君!」
リゼリアさんが喜びを共有してくる。
いつもなら少し胃もたれするぐらいの活発さだが、
…今は素直に嬉しい。
「うん、やったね。リゼリアさんも頑張ってたよね?」
リゼリアさんは少し驚いた顔を見せた後、叫ぶ。
「今、笑った?笑ったよね!ゼイル君の笑顔初めて見た!なんか、私も嬉しくなってきちゃう!」
僕の顔を見て、彼女の背後の後光が割り増しで煌めきを強まった。
僕、笑ってたのか…自分でも驚きである。
「アサーシ君はど…う?」
リゼリアさんはアサーシに聞こうとして、言葉に詰まる。
「(素直に喜びたいのに。みんなと喜びを分かち合いたいのに。なんで僕がこんな目に…僕が何かしたかよ…クソッ)」
アサーシは心底悔しそうに、ぼやいていた。
「アサーシ君、大丈夫?」
リゼリアさんが彼の背中をさすり、気にかけた。
「…私は大丈夫です。気にしないで、皆さんで盛り上がって居てください」
彼は悔しそうに唇を噛み締め、拳を握りしめていた。
「でも、アサーシ君を置いて喜ぶことなんか――」
「ほっといてくださいよ!!」
アサーシの声が静まり返った教室に響き渡る。
「あっ…(また、やってしまった。こんなことばっかり…)…すみません。私、トイレ行ってきます」
「お、おう。気をつけてな」
担任は鳩が豆鉄砲を食らったが如く、目を丸くして言った。
――クラスメイトもそうか。
皆、今起きた現象に空いた口が塞がらない様子だ。
「アサーシ君…」
一人の少女は悲しげに言う。
「アサーシ君大丈夫かな…?」
「何かあったのかな…?」
「あんなアサーシ君、見たことない…」
窓から吹く風が、クラスメートたちのヒソヒソ声を乗せて耳に届く。
「…!私、ちょっと行ってくる!」
「あ、リゼリア!授業中だぞ!」
担任の声は届かず、少女は駆け出す。
――あのままじゃ駄目だ。あのまま一人で抱え込んでたら、いつか爆発する。
…そうなればもう戻れない。
もとの自分には二度と。
…手遅れになる前に、早く!
私はアサーシ君を追って、彼の奥底を聞き出そうと思い、走り出した。
無駄かも知れない。余計に彼の神経を逆撫でするだけかも知れない。
それでもいい。
やる後悔より、やらない後悔の方が――私は嫌だから。
C組の引き戸が開く。
「こら〜授業中でしょ?それに廊下走ったら駄目でしょ?」
担任の先生だろうか?
…何か邪悪なオーラを纏ってる。
「すみません、今急いでて!後で、お叱りは受けますので!」
「あ、ちょっと!」
私は先生の声を振り切り、一目散にトイレへ駆け出した。
中等生区域を通り過ぎた時だった。
確かここの角を曲がって、さらに曲がったところに――
「ここの問題分かる人〜」
「は〜い!」
体を捻る道中で、初等生たちの元気な声が木霊した。
私にもあの時期があったな…
角を曲がり切った。
あった!
男子トイレに入るのは気が進まないけど、仕方ない。
「アサーシ君〜?いる〜?」
私の声は残酷にも、虚無へと消えてしまう。
「アサーシ君、どこにいるの…」
トイレから出てすぐ、廊下にある窓に目が行く。
「そう言えば、この窓から私の家見えるんだっけ?」
私は家を探すために東部領の中心を見てみる。
「あそこが私の家…ここから見ると案外大きいんだな。さて、アサーシ君は…」
私は目線を下にやる――
――居た。白髪の青年が。
「あれは…ベンチに座ってるのか。行ってみよう」
木々に隠れているため探すのに戸惑ってしまった。
木樹の下にあるベンチに座っているようだ。
私は階段を下り、一階へと降り、東玄関口――からは行けないので、南玄関口から脱出する。
そのまま、迅速に東門方向へと走った。
「アサーシく〜ん!やっと見つけた…」
私は息を切らしながら言う。息を整えるため、両手を両膝の上に乗せ、全身で体を落ち着かせた。
「リゼリアさん…なんで…」
彼は猫が初めてメロンを食べたかのように、目を瞠目させた。
私が来るとは、露にも思ってなかった様子だ。
「敢えて言うなら、アサーシ君を迎えに来た…かな?」
「え?…ブッ、ハハハハハハ!」
アサーシ君は一瞬驚いた後、吹き出していた。
そんなに面白かったかな?
「迎えに来たって…なにそれ?笑」
「馬鹿にしないでよ!心配して来たんだから!」
私は腕を組み、頬を膨らませながら言う。せっかく心配して来たというのに…カンカンである。
「ごめん、ごめん。面白くてつい。…で?そんな僕を、リゼリアさんは連れ戻したいの?」
今“僕”って…普段は“私”なのに…
「なんで“僕”を使ったの?もしかして、本当はそっち使ってるの?」
「え?…ハッ!」
アサーシ君は目を背ける。
耳を赤く染めている。
「…忘れて」
「え〜どうしよっかな〜笑」
私は意地悪な言い方で言う。
しめしめ…これはチャンスですなぁ…
普段は落ち着いてるアサーシ君だけど、今だけは私の掌の上…!
ふむ…どう料理してやろうか。
「じゃあ、私を“リゼリア”って呼び捨てしてくれたら忘れてあげる。」
私は期待を込めた視線で訴える。
「…それでいいの?」
彼はこちらに振り返る。彼の瞳が見開かれる。
「それがいいの!
だってさ、この前 “もう少し親交が深まれば、あり得なくはないですけど…” って言ってくれてたじゃん?
呼び捨てってことはさ――私のこと、友達だと思ってくれてるってことでしょ?
それって、すっごく嬉しくない?」
胸の内の思いを素直に話した。
「友達――僕とリゼリアさんが…?」
彼の声が震えながら上ずった。
「だからさ――」
その瞬間、彼の涙腺が緩み、目から無力感が溢れ出しているように見えた。
「僕、昔から一人だったんです。
誰かとか関わっても“僕はいつかこの人を傷つけてしまう”っていう思いが込み上げて、辛くなるんです。
けど、立場上…こんなこと誰にも話せなくて。ずっと一人で抱え込んでて。もう…どうにかなっちゃいそうだったんです。気が狂いそうで…」
内に秘める思いを、噛みしめるように語ってくれる彼。その寂しそうな表情からは、私の中の正義感にも似た感情が動き出してくる。
「うん…」
「それで今日、ずっと押し留めていた感情が抑えきれなくて…みんなを傷つけてしまいました。もう、みんなと関わる資格はありません」
「そんなことは…」
「じゃあ、何ですか!」
アサーシ君は怒号をぶつける。
「どうすればいいんですか…
僕はこれからも、みんなを裏切りながら生きていけばいいんですか…?そんなのあんまりじゃないか…
僕はもう自分に嘘をつきたくない。
もう…限界なんだ。だから、僕のことは放っておいて――」
アサーシ君の拳が震えていた。食いしばる歯の音が、鼓膜の奥底まで聞こえてくる。
「馬鹿!」
「え…」
私は言葉を遮る。
「それは、本当にアサーシ君の望むことなの?それこそアサーシ君の言う“自分に嘘をつくこと”じゃないの?」
そうだ。嘘は、自分に対してもついていいものじゃない。私はそれを――身をもってひしひしと痛感させられてきた。
「それは…でも、みんなを傷つけたくないのも本当で…」
「なら、話せばいい」
「え?」
彼の目を真っ直ぐ見つめる。
「傷つけてしまうことが分かってるなら、話せばいい。話せば楽になることもある」
「でも、そんなことしたら…」
「人は傷つけられるって分かっていないから、より傷つくの。…私もそう。自分の気持ちを押し込めて、ずっと我慢してたことがある」
私は幼少期――父の声を脳裏に浮かべる。私も、いつかは腹を決めなきゃならない。
「けど、それは傷つけられる方にとっても、良くないことなの。だから、私は話すようになった」
きっと、お父さんも私と同じだ。
――いくら他人には出来ても、家族には簡単に打ち明けられない。
「だから、話して?どんなことでも、受け止めてあげるから」
「リゼリアさん…」
アサーシ君の目から、涙が溢れ出す。彼の声は揺らいでいた。
見ていられなくて、――私はそっと彼を抱きしめた。
腕の中で、彼の肩が小刻みに震えていた。
彼の細い肩、冷えた体温。痛々しい泣き声。
それでも、確かに温かかった――
「ずっと、辛かった。なんで僕ばっかりって、自分を押し殺してきた。でも、もう嫌なんだ」
彼は嗚咽混じりに泣きながら、一つひとつ言葉を紡いでいく。
「仕事だからって、政府の――
……いや、言えない」
アサーシ君は顔を伏せた。
「あの人の名前を口にしただけで、僕は消されるかもしれないから」
“あの人”…?
私は思わず聞き返しそうになる。
けれど、彼の震える声を見て、言葉を飲み込んだ。
「……あの人には逆らえない。“あの世界”の誰もが逆らえない。それだけ、あの人の確立した地位は、確固たるものだから。
逆らえば、家族がどうなるかすら分からない。
……それだけは、想像もしたくない。
みんなみたいに“当たり前”を味わうことすら叶わない。
誰かを傷つける度に、心がすり減っていく…そんな生活に嫌気が差した。
自殺を考えたこともあった。でも、僕に残された道なんて、一つしかなくて…」
「うん」
私は彼の声を静かに聞いていた。
「…誰かと関わるたびに思う」
彼は深く俯いた。
「…いつか、この人も傷つけるんだろうなって。…不幸にしてしまうんだろうなって」
彼は、改めて人との関わりを避ける理由を語ってくれた。
彼の声は誰かを傷つけてきたとは思えないほど痛々しく、優しかった。
「話してくれてありがとう。これから、ため込みすぎて辛くなったら、私に話してくれて良いから。
少しずつでも、みんなにも話せるようになったら良いから。…だからって、無理はしたら駄目だよ?」
「うん、ありがとう――リゼリア」
「…!」
私たちはこの日、友達となった。
共に秘密を共有する仲として――
――リゼリアさん、遅いな。
教室の空気は、さっきの出来事のまま止まっている。
誰も大きな声を出さない。
笑い声もない。
……あんなアサーシ、初めて見た。
僕は、机の上で拳を握った。
爪が食い込んで、少し痛い。
彼の辛さは僕には分からない。
けど、彼の苦しみを少しでも和らげてあげられれば、結果は違っていたかも知れない。
…それは存外、無理な話か。
僕らはまだ、出会って間もないのだから。
「と、とりあえず座ろうか」
担任が空気を切るように言った。
「…はい」
クラスメートたちも、さっきまでの活気はどこへ行ってしまったのか、気が沈んでいる様子だ。
「遅くなってしまい、すみません!」
リゼリアさんが勢いよく引き戸を引き、声を張り上げる。
「私の方こそ、すみません」
アサーシが深々と頭を下げながら、申し訳なさそうに言う。
「…言いたいことは山ほどあるが、まずは戻ってきてくれて良かった。リゼリア、ありがとう」
担任がリゼリアさんに伝える。
「いえいえ、私は大したことはしてません」
リゼリアさんが、言葉とは裏腹に誇らしげに胸を反らせている。彼女らしい仕草に、クラスの空気が少し晴れた。
「(後で、話せる限り話してもらえないか?今後も、こんなことがないとは限らないわけだし)」
担任が、リゼリアさんとアサーシに小声で話しかけた。
「(分かりました。けど、きっとアサーシ君はもう大丈夫です。私が付いてますから!)」
「(…!リゼリア…)」
リゼリアさんは誇らしげに話している。
アサーシは――なにやら嬉しそうだ。恥ずかしそうな、照れ臭そうな、そんな顔だ。
何があったんだ…?
「はい、じゃあ二人とも席についてくれ。もう、休み時間も終わってしまっているからな。
授業は…魔法演習か。この授業は俺が担当する。今からグラウンドに行くから、廊下に並んでくれ」
「はい」
さて、廊下に出るか。
ん?アサーシとリゼリアさんが、何やら仲よさげに話している。
「リゼリア、さっきはありがとう」
「全然いいよ!気にしないで!」
…なんかアサーシ、リゼリアさん呼び捨てしてないか?今朝はまだ“さん”付けだったような…
不審に思いながら整列し、校舎外の赤レンガに向かった。
廊下の窓から見える空は、暗がりが顔を覗かせていた。
深茶色の窓の縁には、銀色の何かが見えた。
「さて、今から魔法演習を行う」
靴に砂埃が舞った。僕らを囲むようにして、結界が張り巡らされる。
冷や汗が額を伝った。
普段よりも、体内の魔力が濃くなった感覚に陥る。
担任の声が、どこか冷たかった。
いや、昨日までとは――まるで違う。
「この授業では、スキルの使用は無しだ。魔法だけを使ってもらう。まずは、各々の得意な属性の魔法を使ってみてくれ」
得意な属性…?
――違う。
僕の魔法は、そもそも属性なんてものじゃない。
「火槍!」
「水泡!」
「風切!」
「回復…」
みんな、既に各々の得意魔法を、詠唱破棄で行っていた。
レベル高ぇ…流石は《セレスティア中央魔術学院》。
僕は…どうしようかな?
「は〜い、一旦止めようか。全体的にいい感じだな。次は、俺がお手本を見せよう」
担任のお手本――。
…ゴクリ。
みんなの喉にも唾液が通る。
どんな魔法を…
「――よく見ておけ。これが氷属性の上級魔法だ」
担任はゆっくりと手を上げた。
――その瞬間、魔力の息吹が押し寄せる。
背筋が凍った。
春とは思えない冷気が、肌を刺す。
――魔力が、重すぎる。
――緊張が走る。
凍てつく肌の感触がこの担任の――いや、この公爵の力を物語っていた。
「氷の刃よ、凍てつく力を解き放て――」
…駄目だ。
あの魔力は、演習の威力じゃない。
直撃すれば死ぬ――
そう直感した僕は、反射的に展開していた。
「結界!」
叫んだ直後、氷の刃が解き放たれた。
「氷切息吹――」
その瞬間――
僕の結界が、一瞬で砕けた。その衝撃で、砂埃が舞う。
……え?
嘘だろ。
「ほう……」
公爵は静かに呟いた。
「何者だ?」
公爵の瞳が細くなる。彼の瞳には、もはや生徒など見えていないだろう。
――視界に映る砂が落ち着く。開けた世界を見て、普段の視界の良さを実感させられる。
「なるほど……」
公爵は手を顎に当てた。
「そうか――」
空高々と顔を上げ、ゆっくりと笑った。
「――異端者」




