第十一話 秘密の共有
「そもそもリオンは私の連絡先知らないでしょ?」
「あ…」
「いや、あ…じゃないでしょ」
本当に考えてなかったんだな、こいつ。
「はぁ…、まぁいいや。ほら、スマホ貸して。交換してあげるから」
「ほんとに!?やったぁぁぁ!」
うるせぇ。
私たちは連絡先を交換し、グループチャットを作成した。
グループ名が「三角関係」なのは解せないが。
「ねぇ、セリアさん」
ゼイルに話しかけられる。
「どうしたの?」
「明日は学校お休みだけど、普段は休日に何してるの?」
休日か〜家でごろごろしてるな。
することも特にないし。
あ、でも魔術の練習は少ししてるな。
「ちょっとだけ魔術の練習してるよ」
人差し指と親指で空気を掴むような仕草でジェスチャーする。
「へぇ~すごい。真面目だね」
心底感心したような反応をされる。
「そんなことないよ〜」
私は謙遜する。実際私より頑張っている人は大勢いるので、口が裂けても「頑張ってる」…なんて言えないのだ。
「ねぇ、セリアさん。暇ならどっか遊びに行かない?三人でさ」
リオンが言う。
「遊びにか〜」
普段はずっと家にいるし、たまには悪くないかもな〜
「私は行きたいかも。ゼイルは?行きたい?」
「(記憶の中でのセリアさんと言ったあの場所はどこだったんだろう…行ってみたら何か手掛かりが掴めるかも)」
ゼイルが小さく呟く。何か思い詰めてる様子だ。
「ゼイル?聞いてる?」
「え?あ、うん。そうだな…僕も行きたいかも」
彼は慌てて答えた。
「どうしたの?さっきから変だよ?」
「…大丈夫。心配しないで」
ほんとに大丈夫だろうか?
心配だ。
「じゃあな、ゼイル。また休日に」
「うん。リオン君も、セリアさんも、また休日に」
「うん、またね」
私たちはゼイルと別れた。
――やっぱり変だ。
僕はずっと考え込んでいた。
あのことがあってから、セリアさんと会う度に思い出してしまう。
「(僕とセリアさんが恋人だった…)」
照れ臭さと安心を覚えるこの関係に、僕は違和感を感じていた。
「(夢じゃないのか?あれは過去に本当にあったこと…なのか?)」
にわかには信じられないが、妙に鮮明に脳裏に焼きつく。今まで、こんな感情を覚えたことはない。
初めての感覚…
「いつか分かるときは来るのかな?」
「何が分かるときが来るんですか?」
「え?」
アサーシが急に話しかけてくる。
「えっと、これは…言えないかな」
アサーシの目つきが鋭くなる。僕を試すように。僕から何か引き出すように。
「…そうですか。人の土足に踏み入りすぎるのも良くないので、これ以上は聞きません。」
ほっ…
アサーシは後ろの席に向かって歩き出す。
「ただし、」
アサーシの声のトーンが上がる。
「いつか聞かせてください。あなたが私を許せるようになったら」
彼は振り返りながら告げた。
どういう意味だ…?
「…っと口が滑りました。忘れてください」
アサーシは初めて年相応の笑みと悲しみを孕んだ顔を見せる。その目は僅かに滲んでいる。
そこには一人の青年には抱えきれない責任と業を背負わされているように感じた。
「アサーシ、何があったの?」
「いえ、別に」
答えてくれるような口調ではなかった。
引き戸が開いた。
「お前ら〜席につけよ。今から昨日の対抗戦の結果を発表する。…って言っても大体分かってると思うがな」
担任が少し自慢げな表情で入ってくる。
「まず結果から。勝者は…A組だ」
「よっしゃぁぁぁ!」
「勝てたね〜!」
「私たち、良くやった方じゃない?」
クラスメートが叫び出す。
隣のクラスから雄叫びが聞こえてこなかったので、なんとなくそうじゃないかと思ってはいた。
…けど、実際に聞くと嬉しいものだな。
「やったね!ゼイル君!アサーシ君!」
リゼリアさんが喜びを共有してくる。
いつもなら少し胃もたれするぐらいの活発さだが、
…今は素直に嬉しい。
「うん、やったね。リゼリアさんも頑張ってたよね?」
リゼリアさんは少し驚いた顔を見せた後、叫ぶ。
「今笑った?笑ったよね!ゼイル君の笑顔初めて見た!なんか私も嬉しくなってきちゃう!」
僕、笑ってたのか…自分でも驚きである。
「アサーシ君はど…う?」
リゼリアさんはアサーシに聞こうとして言葉に詰まる。
「(素直に喜びたいのに…みんなと喜びを分かち合いたいのに…なんで僕がこんな目に…僕が何かしたかよ…クソッ)」
アサーシは心底悔しそうにぼやいていた。
「アサーシ君、大丈夫?」
リゼリアさんが気にかける。
「…私は大丈夫です。気にしないで、皆さんで盛り上がってください」
彼は悔しそうに唇を噛み締め、拳を握りしめていた。
「でも、アサーシ君を置いて喜ぶことなんか…」
「ほっといてくださいよ!!」
アサーシの声が静まり返った教室に響き渡る。
「あっ…(また、やってしまった。こんなことばっかり…)
…すみません。私、トイレ行ってきます」
「お、おう。気をつけてな」
担任は鳩が豆鉄砲を食らったが如く目を丸くして言う。
…クラスメートもそうか。
「アサーシ君…」
一人の少女は悲しげに言う。
「アサーシ君大丈夫かな…?」
「何かあったのかな…?」
「あんなアサーシ君、見たことない…」
窓から吹く風が、クラスメートたちのヒソヒソ声を乗せて耳に届く。
「…!私、ちょっと行ってくる!」
「あ、リゼリア!授業中だぞ!」
担任の声は届かず、少女は駆け出す。
――あのままじゃ駄目だ。あのまま一人で抱え込んでたら、いつか爆発する。
…そうなればもう戻れない。
もとの自分には二度と。
…手遅れになる前に、早く!
私はアサーシ君を追って、彼の奥底を聞き出そうと思い、走り出した。
無駄かも知れない。余計に彼の神経を逆撫でするだけかも知れない。
それでもいい。
やる後悔より、やらない後悔の方が――私は嫌だから。
C組の引き戸が開く。
「こら〜授業中でしょ?それに廊下走ったら駄目でしょ?」
担任の先生だろうか?
…何か邪悪なオーラを纏ってる。
「すみません、今急いでて!後で、お叱りは受けますので!」
「あ、ちょっと!」
私は先生の声を振り切り、一目散にトイレへ駆け出した。
確かここの角を曲がって、さらに曲がったところに…
「ここの問題分かる人〜」
「は〜い!」
体を捻る道中で初等生たちの元気な声が木霊した。
私にもあの時期があったな…
角を曲がり切った。
あった!
男子トイレに入るのは気が進まないけど、仕方ない。
「アサーシ君〜?いる〜?」
私の声は残酷にも、虚無へと消えてしまう。
「アサーシ君、どこにいるの…」
トイレから出てすぐ、廊下にある窓に目が行く。
「そう言えば、この窓から私の家見えるんだっけ?」
私は家を探すために東部領の中心を見てみる。
「あそこが私の家…ここから見ると案外大きいんだな。さて、アサーシ君は…」
私は目線を下にやる――
――いた。白髪の青年が。
「あれは…ベンチに座ってるのか。行ってみよう」
木々に隠れているため探すのに戸惑ってしまった。
私は階段を下り、東門へと走る。
「アサーシく〜ん!やっと見つけた…」
私は息を切らしながら言う。
「リゼリアさん…なんで…」
私が来るとは露にも思ってなかった様子だ。
「敢えて言うなら、アサーシ君を迎えに来た…かな?」
「え?…ブッ、ハハハハハハ!」
アサーシ君は一瞬驚いた後、吹き出していた。
そんなに面白かったかな?
「迎えに来たって…なにそれ?笑」
「馬鹿にしないでよ!心配して来たんだから!」
私は腕を組み、頬を膨らませながら言う。せっかく心配して来たというのに…カンカンである。
「ごめん、ごめん。面白くてつい。…で?そんな僕をリゼリアさんは連れ戻したいの?」
今“僕”って…普段は“私”なのに…
「なんで“僕”を使ったの?もしかして、本当はそっち使ってるの?」
「え?…ハッ!」
アサーシ君は目を背ける。
耳を赤く染めている。
「…忘れて」
「え〜どうしよっかな〜笑」
私は意地悪な言い方で言う。
「じゃあ、私を“リゼリア”って呼び捨てしてくれたら忘れてあげる。」
私は期待を込めた視線で訴える。
「…それでいいの?」
彼はこちらに振り返る。
彼の瞳が見開かれる。
「それがいいの!
だってさ、この前 “もう少し親交が深まればあり得なくはないですけど…” って言ってくれてたじゃん?
呼び捨てってことはさ…
私のこと友達だと思ってくれてるってことでしょ?それって、すっごく嬉しくない?」
胸の内の思いを素直に話した。
「友達…僕とリゼリアさんが…?」
彼の声が震えながら上ずった。
「だからさ――」
その瞬間、彼の涙腺が緩み、目から無力感が溢れ出しているように見えた。
「僕、昔から一人だったんです。
誰かとか関わっても“僕はいつかこの人を傷つけてしまう”っていう思いが込み上げて、辛くなるんです。
けど、立場上こんなこと誰にも話せなくて。ずっと一人で抱え込んでて…もうどうにか成りそうだったんです。気が狂いそうで…」
内に秘める思いを噛みしめるように語ってくれる。
「うん…」
「それで今日、ずっと押し留めていた感情が抑えきれなくて…みんなを傷つけてしまいました。もう、みんなと関わる資格はありません」
「そんなことは…」
「じゃあ、何ですか!」
アサーシ君は怒号をぶつける。
「どうすればいいんですか…
僕はこれからも、みんなを裏切りながら生きていけばいいんですか…?そんなのあんまりじゃないか…
僕はもう自分に嘘をつきたくない。
もう…限界なんだ。だから、僕のことは放っておいて――」
アサーシ君の拳が震えていた。
歯を食いしばる音が聞こえる。
「馬鹿!」
「え…」
私は言葉を遮る。
「それは本当にアサーシ君の望むことなの?それこそアサーシ君の言う“自分に嘘をつくこと”じゃないの?」
そうだ。嘘は自分に対してもついていいものじゃない。
「それは…でも、みんなを傷つけたくないのも本当で…」
「なら、話せばいい」
「え?」
彼の目を真っ直ぐ見つめる。
「傷つけてしまうことが分かってるなら、話せばいい。話せば楽になることもある」
「でも、そんなことしたら…」
「人は傷つけられるって分かってないから、より傷つくの。
…私もそう。自分の気持ちを押し留めて、ずっと我慢していたことがある」
私は幼少期のこと、父の声を脳裏に浮かべる。私もいつかは腹を決めなきゃならない。
「けど、それは傷つけられる方にとっても良くないの。だから、私は話すようになった」
きっと、お父さんも私と同じだ。
…家族には簡単に打ち明けられない。
「だから、話して?どんなことでも、受け止めてあげるから」
「リゼリアさん…」
アサーシ君の目から、涙が溢れ出す。
彼の声は揺らいでいた。
見ていられなくて、
私はそっと抱きしめた。
腕の中で、彼の肩が小刻みに震えていた。
彼の細い肩、
冷えた体温。
痛々しい泣き声。
それでも、確かに温かかった――
「ずっと、辛かった。なんで僕ばっかりって、自分を押し殺してきて。でも、もう嫌なんだ」
彼は嗚咽混じりに泣きながら、一つひとつ言葉を紡いでいく。
「仕事だからって、政府の――
……いや、言えない」
アサーシは顔を伏せた。
「あの人の名前を口にしただけで、僕は消されるかもしれないから」
“あの人”…?
私は思わず聞き返しそうになる。
けれど、彼の震える声を見て、言葉を飲み込んだ。
「……あの人には逆らえない。
“あの世界”の誰もが逆らえない。
逆らえば、家族がどうなるか分からない。
……それだけは、想像したくもない。
みんなみたいに“当たり前”を味わうことすら叶わない。
誰かを傷つける度に心がすり減っていく…そんな生活に嫌気が差した。
自殺を考えたこともあった。でも、僕に残された道なんて一つしかなくて…」
「うん」
私は彼の声を静かに聞いていた。
「…誰かと関わるたびに思う」
彼は深く俯いた。
「…いつか、この人も傷つけるんだろうなって。…不幸にしてしまうんだろうなって」
彼の声は誰かを傷つけてきたとは思えないほど痛々しく、優しかった。
「話してくれてありがとう。これからため込みすぎて辛くなったら、私に話してくれていいから。
少しずつ、みんなにも話せるようになったら良いから。でも、無理はしたら駄目だよ?」
「うん、ありがとう…リゼリア」
「…!」
私たちはこの日、友達となった。
共に秘密を共有する仲として――
――リゼリアさん遅いな。
教室の空気は、さっきの出来事のまま止まっている。
誰も大きな声を出さない。
笑い声もない。
……あんなアサーシ、初めて見た。
僕は、机の上で拳を握った。
爪が食い込んで、少し痛い。
彼の辛さは僕には分からない。
けど、彼の苦しみを少しでも和らげてあげられれば、結果は違っていたかも知れない。
…それは存外、無理な話か。
僕らはまだ、出会って間もないのだから。
「と、とりあえず座ろうか」
担任が空気を切るように言った。
「…はい」
クラスメートたちもさっきまでの活気はどこへ行ってしまったのか、気が沈んでいる様子だ。
「遅くなってしまって、すみません!」
リゼリアさんが勢いよく引き戸を引き、声を張り上げる。
「私の方こそ、すみません」
アサーシが深々と頭を下げながら、申し訳なさそうに言う。
「…言いたいことは山ほどあるが、まずは戻ってきてくれて良かった。リゼリア、ありがとう」
担任がリゼリアさんに伝える。
「いえいえ、私は大したことはしてません」
リゼリアさんが言葉とは裏腹に、誇らしげに胸を反らせている。彼女らしい仕草に、クラスの空気が少し晴れた。
「(後で話せる限り話してもらえないか?今後もこんなことがないとは限らないわけだし)」
担任がリゼリアさんとアサーシに小声で話しかける。
「(分かりました。けど、きっとアサーシ君はもう大丈夫です。私が付いてますから!)」
「(…!リゼリア…)」
リゼリアさんは誇らしげに話している。
アサーシは…なにやら嬉しそうだ。恥ずかしそうな、照れ臭そうな、そんな顔だ。
何があったんだ…?
「はい、じゃあ二人とも席についてくれ。もう休み時間も終わってしまっているからな。
授業は…魔法演習か。この授業は俺が担当する。今からグラウンドに行くから、廊下に並んでくれ」
「はい」
さて、廊下に出るか。
ん?アサーシとリゼリアさんが仲よさげに話してる。
「リゼリア、さっきはありがとう」
「全然いいよ!気にしないで!」
…なんかアサーシ、リゼリアさん呼び捨てしてないか?今朝はまだ“さん”付けだったような…
不審に思いながら整列し、グラウンドに向かった。
廊下の窓から見える空は暗がりが顔を覗かせていた。
窓の縁には銀色の何かが見えた。
「さて、今から魔法演習を行う」
靴に砂埃が舞った。冷や汗が額を伝った。
普段よりも体内の魔力が濃くなった感覚に陥る。
担任の声が、
どこか冷たかった。
いや、昨日までと違う。
「この授業ではスキルの使用は無しだ。魔法だけを使ってもらう。まずは各々の得意な属性の魔法を使ってみてくれ」
得意な属性…?
違う。
僕の魔法は、
そもそも属性なんてものじゃない。
「火の槍!」
「水泡!」
「風切!」
「回復…」
みんなもう始めてるな。
僕は…どうしようかな?
「は〜い、一旦止めようか。全体的にいい感じだな。次は俺がお手本を見せよう」
担任のお手本…
…ゴクリ。
みんなの喉にも唾液が通る。
どんな魔法を…
「……よく見ておけ。これが氷属性の上級魔法だ」
担任はゆっくりと手を上げた。
――その瞬間、魔力の息吹が押し寄せる。
背筋が凍った。
春とは思えない冷気が、肌を刺す。
――魔力が、重すぎる。
――緊張が走る。
凍てつく肌の感触がこの担任の…いや、この公爵の力を物語っていた。
「…氷の刃よ、凍てつく力を解き放て――」
…駄目だ。
あの魔力は、演習の威力じゃない。
直撃すれば死ぬ――
そう直感した僕は反射的に展開していた。
「結界!」
叫んだ直後、
氷の刃が解き放たれた。
「氷切息吹――」
その瞬間――
僕の結界が、一瞬で砕けた。
その衝撃で砂埃が舞う。
……え?
嘘だろ。
「ほう……」
公爵は静かに呟いた。
「何者だ?」
公爵の瞳が細くなった。
視界に映る砂が落ち着く。開けた世界を見て、普段の視界の良さを実感させられる。
「なるほど……」
公爵は手を顎に当てた。
「そうか――」
空高々と顔を上げ、ゆっくりと笑った。
「異端者…」




