第97話 二年、何もしないという作戦
【建興元年 十月|成都】
丞相は、二年、南へ行かなかった。
そして、それが作戦だった。
◆
建興元年、十月。三郡が、叛いた。そして、諸葛亮は、動かなかった。
評定である。張飛が、机を叩いた。五十七である。そして、四年前から、机を壊さなくなった。
「なぜ行かぬ!」
「翼徳どの」
「三郡だぞ!」
「太守が二人、殺された!」
諸葛亮は、羽扇を動かさなかった。そして、こう言った。
「行きませぬ」
「なぜだ」
「兵が、おりませぬ」
去年である。四千二百人が死んだ。三万が、消耗した。そして、白帝城で、皇帝が死んだ。
「先生」
俺は、聞いた。
「はい」
「二年ですか」
諸葛亮は、答えた。
「はい」
「そして、陛下は、なぜそう思われます」
俺は、そこで、答えた。
「建興三年の春だと、思っています」
羽扇が、止まった。
「……陛下」
「はい」
「私は、まだ誰にも申しておりませぬ」
「はい」
「そして、なぜ春でございましょう」
俺は、答えた。
「南は、夏に病が出ます」
「はい」
「秋は、収穫です」
「はい」
「冬は、道が凍ります」
「そして、春に出れば、秋までに戻れます」
諸葛亮は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「……正しゅうございます」
「そして、それだけではございませぬ」
「何ですか」
諸葛亮は、答えた。
「二年、待てば、向こうが割れます」
俺は、そこで、地図を見た。
三郡である。雍闓。高定。朱褒。
そして、三人は、同盟していない。同時に、叛いただけである。
「先生」
「はい」
「三人は、仲がよいですか」
諸葛亮は、答えた。
「悪うございます」
俺は、そこで、視界を確認した。
【南中三郡】
雍闓(益州郡) 呉に降伏/扇動の中心
高定(越巂) 現地首長/独立志向
朱褒(牂牁) 旧官吏/保身
相互関係
雍闓 → 高定 利用対象
高定 → 雍闓 不信
朱褒 → 両者 距離
同盟強度 弱
備考
放置した場合、内部対立が進行します。
放置した場合。そして、それが作戦である。
龐統が、口を開いた。
「陛下」
「士元どの」
「二年、何もしないというのは、いちばん難しい作戦でございます」
「はい」
「そして、いちばん批判されます」
俺は、そこで、答えた。
「知っています」
「そして、批判は、私が受けます」
十六歳である。そして、即位して、五月。そして、南が叛いて、動かない皇帝になる。
「陛下」
董允が言った。侍中である。
「はい」
「申し上げます」
「はい」
「二年、何もしないなら、何もしないと言ってください」
俺は、そこで、聞き返した。
「……どういう意味ですか」
董允は、答えた。
「今、朝廷は『まだ決まっていない』と思っております」
俺は、そこで、気付いた。
「動かない」と、「決めていない」は、外から見ると同じである。
そして、決めていないと思われれば、毎日聞かれる。聞かれるたびに、答えなければならない。
そして、答えるたびに、少しずつ、動く方へ寄る。
「董允どの」
「はっ」
「詔を出します」
「はっ」
俺は、言った。
「『二年、南へ兵を出さない』と書きます」
広間が、静かになった。そして、張飛が言った。
「阿斗」
「陛下でございます」
董允が、直した。張飛は、無視した。
「それを書けば、敵が読むぞ」
俺は、答えた。
「はい」
「そして、敵は、二年、安心します」
「それでよいのか」
俺は、答えた。
「安心した三人は、仲が悪くなります」
共通の敵がいるあいだは、まとまる。そして、敵が来ないと分かれば。
次は、互いの取り分の話になる。
詔を出した。
【詔】
南中三郡について。
建興三年の春まで、兵を出さない。
理由
一 昨年の戦で、兵と糧を失った
二 夏の南は、病が多い
三 国内の農を、先に戻す
備考
この詔は、南中にも届くようにする。
最後の一行が、本体である。
馬良が、聞いた。三十七である。
「陛下」
「はい」
「わざと、届けるのでございますか」
「はい」
「なぜでございましょう」
俺は、答えた。
「読めば、備えなくなります」
「はい」
「そして、備えない二年は、長いです」
二年、緊張し続けるのは、難しい。そして、緩んだ組織は、内側で割れる。
前世で、俺は何度も見た。危機が去った会社は、必ず、派閥争いを始める。
◆
二年、待った。そして、そのあいだに、四つやった。
一つ。王平に、十一字目を教えさせた。「犬」である。
そして、そこから、二十字になった。そして、五十字になった。
建興二年の終わりに、報告が来た。
《南中方面軍 識字者 三千二百》
そして、その下に、一行あった。
《王子均どの、五十字まで読めるようになられました》
俺は、その一行を、長いこと見ていた。
五年前、この人は十字も読めなかった。そして、教える係になって、自分が五十字読めるようになった。
教える人が、いちばん覚える。
前世で、俺はそれを知っていた。そして、この国で、それを制度にしたのは、初めてである。
二つ。馬謖に、南中の資料を集めさせた。三十四である。馬良の弟だ。そして、法正の後継者三人のうちの一人である。
【馬謖 字・幼常】
年齢 三十四
知略 91
弁舌 97
理論 95
実務経験 31
現場判断 28
固有特性
【論は立つ】
議論において、極めて説得力のある構成を作る。
【現場を知らぬ】
実際の運用と、理論の差を過小評価する。
備考
この人物は、正しいことを言います。
そして、正しさと、できることは、別です。
備考である。そして、五年後、この人は街亭で負ける。
「幼常どの」
「陛下」
「南中を、どう平らげますか」
馬謖は、即答した。
「心を攻めるのが上、城を攻めるのが下でございます」
俺は、そこで、動きを止めた。
正史に、残っている言葉である。そして、この人は、正しい。
「幼常どの」
「はい」
「では、心を攻めるとは、具体的に何をしますか」
馬謖は、しばらく黙った。そして、こう答えた。
「……民を、害さぬことでございます」
「それだけですか」
「そして、首長を、殺さぬことでございます」
「はい」
「それから」
この人は、そこで、止まった。
俺は、そこで、こう聞いた。
「幼常どの」
「はい」
「南中へ、行かれたことはありますか」
馬謖は、答えた。
「……ございませぬ」
俺は、そこで、決めた。
「行ってください」
「……は」
「一年、行ってください」
「陛下」
「はい」
「叛いております」
「はい」
「私は、殺されます」
俺は、答えた。
「殺されない場所へ行ってください」
「越巂の外れです」
「……」
「そして、市を見てきてください」
市である。十六年、俺はそれを見てきた。劉巴の税表。犍為郡の戸数。そして、成都の市が、噂で半分になった年。
市は、正直である。そして、市を見れば、その土地の心が分かる。
馬謖は、行った。そして、一年後に戻ってきた。そして、痩せていた。
「陛下」
「幼常どの」
「戻りましてございます」
「はい」
俺は、聞いた。
「心を攻めるとは、何ですか」
馬謖は、しばらく黙っていた。そして、こう答えた。
「……分かりませぬ」
俺は、そこで、初めて、この人に頷いた。
「はい」
「そして、何が分かりましたか」
馬謖は、答えた。
「塩でございます」
「塩、ですか」
「はい」
「南は、塩が出ませぬ」
「はい」
「そして、塩は、蜀から来ます」
俺は、そこで、身を乗り出した。
「では、止めれば」
馬謖は、首を振った。
「止めてはなりませぬ」
「なぜですか」
馬謖は、答えた。
「止めれば、呉から買います」
「はい」
「そして、二度と戻りませぬ」
俺は、そこで、この人の一年を見た。
【現場を知らぬ】という特性がある。そして、一年、現場にいた。そして、答えは変わらなかった。
「心を攻める」である。そして、その中身が、変わった。
三つ。俺は、関羽に、南中の名簿を作らせた。六十五である。そして、目が悪くなっていた。
「叔父上」
「陛下」
「南の、首長の名を集めます」
「はい」
「そして、その下の、村の名も」
関羽は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。
「……何のためでございます」
俺は、答えた。
「呼ぶためです」
四つ。俺は、待った。
そして、二年目の秋に、報告が来た。
《高定と雍闓、争う》
《朱褒、動かず》
俺は、その三行を、諸葛亮に見せた。そして、この人は、こう言った。
「……予定通りでございます」
◆
俺は、そこで、聞いた。
「先生」
「はい」
「二年、何をしておられましたか」
諸葛亮は、答えた。
「働いておりました」
俺は、そこで、董允を見た。董允は、竹簡を出した。そして、こう読み上げた。
「《丞相》」
「《眠った刻 平均 一刻四十分》」
「《食事 一日 平均 一・三度》」
「《休んだ日 二日》」
二年で、二日である。そして、去年の十日を入れても、十二日。
「先生」
「はい」
「二年、待つ作戦でした」
「はい」
「そして、先生は、二年、待っていません」
諸葛亮は、羽扇を止めた。そして、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「……陛下」
「はい」
「待つというのは、休むことではございませぬ」
俺は、答えた。
「知っています」
「そして、南へ行けば、待てなくなります」
俺は、その夜、木簡を出した。
《丞相の、休んだ日》
十二日である。そして、その下に、一行足した。
《南へ行く前に、三十日》
俺は、そこで、筆を止めた。
三十日である。そして、たぶん、通らない。
それでも、書いた。
〈あとがき〉
「二年、何もしないというのは、いちばん難しい作戦でございます。そして、いちばん批判されます」。
前世で、俺は待てなかった。
赴任した案件で、最初の三月に必ず何かを動かした。工場を閉じる。人を入れ替える。値を上げる。理由は、いつも同じだった。動かないと、仕事をしていないように見えるからである。
そして、俺が入る前から続いていた改善が、途中で何本も止まった。止めたのは、俺だ。
あるとき、罰と褒美の話を読んだ。単純な仕事は、それで動く。少し考える仕事になると、効かなくなる。そして、いちばん効くのは、自分で決めていると本人が思えることだ、と書いてあった。
そのとき、俺は「部下の動かし方」として読んだ。
違った。あれは、待ち方の話でもある。
外から動かせば、その日は動く。動いた分だけ、内側で育っていたものが止まる。育ちきる前に刈れば、刈った量しか採れない。
二年待つというのは、何もしないことではない。外から動かさない、という作業である。
そして、それは、いちばん批判される。
「動かない」と「決めていない」は、外から見ると同じです。だから、詔で「二年、出さない」と書きます。敵にも届くように。
馬謖に一年、南中の市を見させました。答えは変わらず「心を攻める」。中身だけが変わりました。塩です。
そして王平。五年前に十字も読めなかった人が、教える係になって五十字読めるようになりました。教える人が、いちばん覚えます。
丞相の休んだ日、二年で二日。
《劉禅文庫 再読『Drive』——外から動かせば、その日は動く。動いた分だけ、内側で育っていたものが止まる。二年待つとは、外から動かさないという作業である》
次回、名を、つけます。




