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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第六部 皇帝劉禅、諸葛亮から仕事を取り上げる

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第94話 皇帝を叱る人を、侍中にしました


【建興元年 七月|成都】


董允(とういん)は、俺を三度、止めた。


そして、四度目に、俺は辞令を出した。


    ◆


建興(けんこう)元年、七月。即位から、二月である。俺は、十六歳になっていた。


そして、毎日、人が来る。


最初の一月で、気付いたことがある。誰も、反対しない。


異議制度は、ある。二年前に作った。そして、初回運用で、十一人が署名した。


そして、あれは、父への異議だった。


俺は、蔣琬(しょうえん)に数えさせた。


「公琰どの」


「陛下」


「即位から、異議は何件ですか」


蔣琬は、答えた。


「三件でございます」


「誰からですか」


「丞相が、一件」


「はい」


龐統(ほうとう)どのが、一件」


「はい」


「そして、董允どのが、一件」


俺は、そこで、手が止まった。


董允である。三十三。黄門侍郎。そして、俺付きの官である。


「どの件ですか」


蔣琬は、竹簡を出した。そして、こう読み上げた。


「《陛下、朝議の途中で退席さる》」


「《三度に及ぶ》」


俺は、そこで、黙った。


覚えている。三度とも、俺は退席した。そして、三度とも、理由があった。


一度目。南中からの急報が来た。二度目。関羽(かんう)の体調が悪いと聞いた。


三度目。法正(ほうせい)が、倒れた。


俺は、董允を呼んだ。


「董允どの」


「陛下」


「異議を、出されましたね」


「はっ」


俺は、聞いた。


「理由を、伺えますか」


董允は、頭を下げた。そして、こう言った。


「三度とも、理由がおありでございました」


「はい」


「そして、三度とも、朝議は続いておりました」


俺は、そこで、顔を上げた。


「……続いていましたか」


「はい」


「陛下がおられぬまま、三十人が座っておりました」


俺は、そこで、動けなくなった。


三十人である。そして、俺は、それを一度も想像しなかった。


「董允どの」


「はっ」


「私は、急いでいました」


「存じております」


「そして、それは、正しかったと思います」


董允は、答えた。


「はい」


「そして、三十人は、待っておりました」


俺は、そこで、自分がやったことを、二年前の名前で呼んだ。


独り言が、命令になる。そして、退席は、命令ですらない。


皇帝が、いなくなる。そして、誰も、それを止められない。


「董允どの」


「はっ」


「他に、ありますか」


董允は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……ございます」


「言ってください」


「よろしいのでございますか」


「はい」


董允は、竹簡を出した。別のものである。そして、そこには、十七件書いてあった。


俺は、それを読んだ。


《陛下、食事を抜かれること 六度》


《陛下、夜半に文書庫へ入られること 十一度》


《陛下、侍女の名を全員覚えておられること》


俺は、そこで、手が止まった。


「董允どの」


「はっ」


「三つ目は、なぜ書いてありますか」


董允は、答えた。


「侍女が、怖がっております」


俺は、そこで、息を呑んだ。


「……怖がる」


「はい」


「陛下は、名を呼ばれます」


「はい」


「そして、全員の名を、ご存じでございます」


「それが、怖いですか」


董允は、答えた。


「はい」


「見られていると、思うからでございます」


俺は、そこで、木簡(もくかん)のことを考えた。


十六年、俺は名前を書いてきた。九十二人分である。そして、書かれた人は、それを知らない。


知らないまま、名を呼ばれる。


「董允どの」


「はっ」


「どうすればよいですか」


董允は、答えた。


「……分かりませぬ」


「はい」


「そして、私は、それを申し上げるのが役目でございます」


    ◆


俺は、そこで、この人を見た。


【董允 字・休昭】


年齢 三十三


政務 93

記録 88


諫言 97

迎合 6

自己保身 11


固有特性


【申し上げる者】

 地位や機嫌にかかわらず、必要なことを述べる。


【解決策を持たない】

 問題を指摘するが、代案を持たないことがある。


備考

 この人物は、答えを持っていません。

 そして、それでも申し上げます。


答えを持っていない。そして、それでも言う。


十六年、俺はそういう人を、三人知っている。費詩(ひし)陳紀(ちんき)。そして、この人。


俺は、その日、辞令を出した。


【詔】


董允を、侍中とする。


職掌


 一 皇帝の行動を記録する

 二 問題があれば、その場で述べる

 三 代案の有無を問わない


備考

 三が、本体です。


俺は、その三つ目を、二度書き直した。


一度目は、こう書いた。


《代案とともに述べること》


消した。そして、こう書いた。


《代案の有無を問わない》


十六年である。俺は、この国で「代案を出せ」と言われる場面を、何度も見た。そして、代案を求めると、指摘が消える。


気付いた人と、直せる人は、別人である。そして、気付いた人に直せと言うと、気付かなくなる。


前世で、俺は会議でこの一言を、何百回も使った。


代案は。


たいてい、それで終わった。言った側は黙る。黙れば、議題は通る。俺は、それを議事進行だと思っていた。


一度も、こう考えなかった。間違いを指摘するのに、正解は要らない。


物差しが狂っていることは、正しい寸法を知らなくても分かる。同じものを二度測って、違う数が出れば、それで足りる。壊れていると言うために、直し方を知っている必要はない。


前世で、俺はそれを別の場所では知っていた。仮説は、反証で潰れる。潰すために、代わりの仮説は要らない。


知っていて、会議では使わなかった。使えば、話が止まるからである。


止まるのは、一度だ。止めないと、毎日続く。十七年前、俺はそう言った。


そして、十七年、自分の会議には適用していなかった。


董允は、辞令を読んだ。そして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「三つ目は、私に甘うございます」


俺は、そこで、笑ってしまった。


「董允どの」


「はっ」


「いま、辞令に異議を出されましたね」


董允は、少し黙った。そして、こう答えた。


「……はい」


「では、機能しています」


俺は、答えた。


「そのまま、続けてください」


    ◆


そして、俺は一つ足した。


「董允どの」


「はっ」


「もう一つ、職掌を加えます」


「何でございましょう」


俺は、答えた。


「丞相の行動も、記録してください」


董允の動きが、止まった。


「……丞相を、でございますか」


「はい」


「私は、侍中でございます」


「はい」


「丞相は、私の上でございます」


俺は、答えた。


「知っています」


「そして、私は、丞相の上です」


「……」


「そして、私は、丞相を止められません」


長い沈黙があった。そして、董允は、こう聞いた。


「陛下」


「はい」


「何を、記録いたします」


俺は、答えた。


「眠った刻です」


「はい」


「食べた回数です」


「はい」


「そして、家へ帰った日です」


董允は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「それは、黄夫人(こうふじん)がなさっていると伺っております」


俺は、そこで、動きを止めた。


「……ご存じでしたか」


「はい」


「どこで」


董允は、答えた。


「畑で、伺いました」


俺は、そこで、聞いた。


「何と、仰いましたか」


董允は、答えた。


「『二十年、数えております』と」


「はい」


「そして、『そろそろ、代わってほしい』と」


俺は、そこで、目を閉じた。


二十年である。そして、この人は、三年前、俺にこう言った。


「私も、止められませぬ」


「二十年、止まりませんでした」


そして、数えていた。一人で、二十年。


「董允どの」


「はっ」


「代わってください」


「はっ」


「そして、二人で数えてください」


一人で数えると、その人が死ねば消える。


十六年、俺はそれを何度も見た。潘濬(はんしゅん)の記録。劉巴(りゅうは)の税表。陳紀の照合。そして、黄夫人の竹簡。


全部、一人だった。


俺は、その夜、木簡に書いた。


《数える人を、二人にする》


そして、その下に。


《一人だと、その人が死んだ日に、記録も死ぬ》


そして、最後に一行足した。


《これは、いちばん最初に気付くべきことだった》



〈あとがき〉


「三度とも、朝議は続いておりました。陛下がおられぬまま、三十人が座っておりました」——皇帝の退席は、命令ですらありません。


《陛下、侍女の名を全員覚えておられること》。十六年、名前を書き続けてきたことが、初めて「怖い」と指摘されました。


そして侍中の職掌三つ目、《代案の有無を問わない》。「気付いた人と、直せる人は、別人である。気付いた人に直せと言うと、気付かなくなる」。


黄夫人の「そろそろ、代わってほしい」。二十年、一人で数えていました。


《劉禅文庫 再読『クリティカル・シンキング』——間違いを指摘するのに、正解は要らない。仮説は反証で潰れる。潰すために、代わりの仮説は要らない》


次回、皇帝の休暇です。


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