第92話 阿斗、皇帝になる
【建興元年 五月|成都】
十六歳で、皇帝になった。
そして、即位の日に、俺は帳簿を開いた。
◆
章武三年の五月。成都である。
白帝城から、父の柩が戻ってきた。千七百里を、二十八日である。
そして、俺は即位した。建興元年。
儀式は、三日続いた。そして、四日目の朝、俺は執務室へ行った。
誰もいなかった。
俺は、そこで、一つ気付いた。
十六年、俺は誰かの部屋へ行っていた。諸葛亮の部屋。龐統の部屋。法正の部屋。劉巴の部屋。そして、父の部屋。
歩いて、待って、話を聞いた。
今日から、人が、ここへ来る。そして、来ない人の話は、聞けない。
最初に来たのは、董允だった。三十三である。太子舎人だった人だ。そして今日から、黄門侍郎になる。
「陛下」
俺は、そこで、返事が遅れた。
「陛下」である。十六年、俺はその言葉を、父に使ってきた。
「陛下」
董允が、もう一度言った。
「……はい」
「本日の議題でございます」
俺は、竹簡を受け取った。そして、開いた。
【建興元年 五月 議題】
一 先帝の諡号
二 改元
三 大赦
四 人事
五 呉との関係
六 南中の情勢
六つである。そして、俺は、四つ目で止まった。
「董允どの」
「はい」
「四つ目に、丞相のことが書いてありません」
董允は、答えた。
「丞相は、丞相でございます」
俺は、そこで、聞いた。
「変わりませんか」
「はい」
「なぜですか」
董允は、少し困った顔をした。そして、こう答えた。
「……変える理由が、ございませぬ」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
十七項である。七年前、十三項だった。そして、龐統が五つ持っていった。いま、十二項。そして、丞相になって、また増える。
「変える理由がない」というのは、いちばん増えやすい状態である。
◆
評定を開いた。十六年、俺は隅に座ってきた。そして今日、上座に座った。
俺は、そこで、一つ気付いた。全員の顔が、見える。
十六年、俺は背中しか見ていなかった。諸葛亮の背中。龐統の背中。法正の背中。
そして、上座からは、全員の顔が見える。
そして、全員が、俺の顔を見ている。三十人が、俺の顔色を見ている。
そして、俺の顔色が、今日から、この国の情報になる。
諸葛亮。四十三。龐統。四十四。関羽。六十四。張飛。五十七。趙雲。年齢不詳。たぶん、六十前後。
黄権。劉巴。蔣琬。費禕。董允。馬良。陳紀。
そして、法正。四十七である。咳をしている。そして、生きている。
去年、東征に出た。そして、帰ってきた。年表では、三年前に死んでいる人である。
「陛下」
諸葛亮が言った。
「はい」
「第一の議題でございます」
「はい」
「先帝の、諡号でございます」
俺は、そこで、聞いた。
「案は」
許靖が答えた。七十を超えている。そして、まだ生きている。
「昭烈、と存じます」
昭烈皇帝。正史と、同じである。
そして、俺は、そこで一つ聞いた。
「許靖どの」
「はっ」
「昭烈とは、どういう意味ですか」
許靖は、答えた。
「昭は、明らかにすること」
「はい」
「烈は、功でございます」
俺は、そこで、しばらく黙った。
明らかにする。功を。
そして、四十年、この人が明らかにしなかったものが、いま、三千八百四十二人分ある。
「他の案は、ありますか」
許靖は、少し驚いた顔をした。そして、こう答えた。
「……ございませぬ」
俺は、そこで、関羽を見た。
「叔父上」
「陛下」
「三千八百四十二人の名を、書かれましたね」
「はい」
「その簿の表題は、何でしたか」
関羽は、答えた。
「《四十年で、陛下が失った者》でございます」
俺は、そこで、言った。
「許靖どの」
「はっ」
「昭烈で、結構です」
「はっ」
「そして、一つ、加えてください」
「何を、でございましょう」
俺は、答えた。
「その簿を、諡議の記録に添えてください」
広間が、静かになった。
「陛下」
許靖が聞いた。
「はい」
「三千八百四十二人分でございます」
「はい」
「記録に、入りませぬ」
俺は、答えた。
「入れてください」
「——」
「そして、入らなければ、別の箱にしてください」
諡号は、一人分の記録である。昭烈。二文字。
そして、その一人が四十年で失った人の名が、三千八百四十二人分ある。
並べなければ、意味が分からない。
二文字だけを残せば、この人は「功を明らかにした人」になる。九本の竹簡を添えれば、「四十年で三千八百四十二人を失い、三百人しか覚えていなかった人」になる。
そして、後者のほうが、たぶん、正しい。
龐統が、口を開いた。
「陛下」
「士元どの」
「それは、後の世の史家が困りましょうな」
俺は、答えた。
「はい」
「——」
「そして、困った史家が、読みます」
龐統は、笑った。そして、酒杯を——持っていなかった。
評定である。そして、この人は、今日は飲んでいない。十七年で、初めてだった。
俺は、そこで、聞かなかった。たぶん、聞けば「退屈ではございませぬゆえ」と言う。
◆
議題は、進んだ。改元。建興。大赦。実施。
そして、五つ目である。
「呉との関係でございます」
馬良が言った。
「はい」
「孫権より、弔問の使者が参っております」
俺は、そこで、視界を確認した。
【呉】
現在の状態
魏との関係 悪化
蜀との関係 停戦中
孫権の意向 同盟の再構築
備考
先方から、動いています。
先方から。そして、それは、こちらが弱ったからである。
弱った相手とは、組みやすい。そして、組みやすい相手は、要求も少ない。
「馬良どの」
「はい」
「使者の名は」
馬良は、答えた。
「鄭泉と申します」
俺は、そこで、一つ決めた。
「会います」
董允が、止めた。
「陛下」
「はい」
「即位の直後でございます」
「はい」
「そして、先帝は、呉と戦われました」
俺は、答えた。
「知っています」
「——」
「そして、終了条件を、覚えています」
四つである。
一 湘水以西三郡の返還。——二郡、返った。
二 呉魏同盟の解消。——魏と、悪化している。
三 関羽の名の保全。——文書になっている。
四 陛下が、悔しくなくなること。
そして、四つ目を書いたのは、俺である。
《ただし、これは、戦では終わらない》
◆
俺は、そこで、木簡を出した。父が書いた、四行の竹簡である。そして、それを、評定の卓上に置いた。
「これは、先帝が書かれたものです」
全員が、見た。そして、張飛が、いちばん先に読んだ。
字が読めるようになったのは、五年前である。十字教練のときだ。そして、いまは、二百字ほど読める。
「阿斗」
「陛下、でございます」
董允が、直した。張飛は、無視した。
「阿斗」
「はい」
「四つ目は、誰が書いた」
俺は、答えた。
「私です」
張飛は、しばらくそれを見ていた。そして、こう言った。
「……兄者は、これを読んだか」
「はい」
「何と言った」
俺は、答えた。
「笑われました」
張飛は、頷いた。そして、こう言った。
「ならば、よい」
俺は、そこで、全員に聞いた。
「四つ目を、どうしますか」
長い沈黙があった。そして、関羽が言った。
「陛下」
「はい」
「兄者は、最後に泣かれました」
「はい」
「名簿を読んで、でございます」
「はい」
関羽は、続けた。
「あれは、悔しさとは違いましょう」
「……」
「あれは、終わりでございます」
俺は、そこで、筆を取った。そして、父の竹簡の四行目に、線を引いた。
消したのではない。線を引いて、その横に書いた。
《達成——章武三年、四月》
そして、その下に、一行足した。
《方法——名簿を、読んだ》
【終了条件】
一 部分達成
二 達成
三 達成
四 達成
東征 終了
呉討伐意思 ——(該当者、不在)
該当者、不在。
俺は、その表示を、長いこと見ていた。
十六年、俺はこの視界で、人が死ぬのを見てきた。そして、感情が消えるのを見たのは、初めてである。
七十二パーセントまで上がった数字が、ゼロになったのではない。その数字を持っていた人が、いなくなった。
◆
即位の日の夜、俺は木簡を全部出した。十六年分である。
《名のない者》——九十二人。
《殴られた者》——六十一人。
《数えられた者》——三千二百十一。
《正しく呼ばれていない者》——二人。
《救えなかった者》——四人。
《ふるい功》——一人。
《四方将軍に、入らなかった人》——一人。
《かぞえていた人》——一人。
《名があるのに、書かれなかった者》——一人。
《りゆうを、かかなかったこと》——一行。
《陛下が、白帝城におられる日》——二百八十四日で、止まっている。
そして、死亡年表。俺は、二二三の行を見た。
劉備。六十三。丸。
そして、削らなかった。削れない。そして、削る必要も、ない。
俺は、その丸の横に、一行書いた。
《最後の四十日、週報を書いた》
俺は、次の行を見た。
二二八——孟達。四角。
二二九。
二三四——諸葛亮。縦線。
そして、二二二の行は、空いていた。馬超である。去年、越えた。
去年の冬、この人は病んだ。そして、治った。馬岱が、後ろに立っていたからかどうかは、分からない。
そして、俺は、それを聞かないことにしている。聞けば、本人が意識する。そして、意識すれば、振り返る。
俺は、そこで、筆を取った。そして、新しい行を作った。二三四の、その下である。
《二六三》
四十年後である。そして、俺は、そこに何も書かなかった。
覚えている。この年に、蜀は滅ぶ。そして、俺は、降る。
十六年、俺はその年を、一度も書かなかった。書けば、決まってしまう気がした。
そして今日、行だけ作った。
俺は、その空白を、長いこと見ていた。そして、一行書いた。
《ここまで、四十年ある》
そして、その下に。
《先生には、十一年》
俺は、そこで、筆を置いた。
四十年と、十一年。そして、俺がやるべきことは、四十年のほうではない。
十一年のほうである。
〈あとがき〉
十六歳、即位。上座からは、全員の顔が見えます。十六年、背中しか見ていませんでした。そして、主人公の顔色が、今日からこの国の情報になります。
諡号「昭烈」に、三千八百四十二人分の名簿を添えさせます。二文字だけを残せば「功を明らかにした人」になり、九本の竹簡を添えれば「四十年で三千八百四十二人を失い、三百人しか覚えていなかった人」になります。
そして終了条件の四つ目——《陛下が、悔しくなくなること》。関羽が「あれは、終わりでございます」と言い、《達成》《方法——名簿を、読んだ》と書き込まれます。「呉討伐意思——(該当者、不在)」。数字がゼロになったのではなく、その数字を持っていた人がいなくなりました。
死亡年表に、新しい行が作られました。《二六三》。そして《ここまで、四十年ある》《先生には、十一年》。
《劉禅文庫 再読『ポジショニング戦略』——二文字は、相手の頭の中に置かれる。置かれたものは動かない。だから、後ろに九本添える》
次回、第93話「皇帝の第一号人事は、丞相の休暇でした」。




