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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第五部 父と子——復讐という名の事業

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第91話 白帝城で、父は最後の週報を書く


【章武三年 三月|白帝城】


父は、週報を書いていた。


十五年、一度も書いたことがない人である。


そして、最後の四十日だけ、書いた。


    ◆


東方大演習の結果は、こうである。


参加兵力、約七万。戦死・行方不明、約一万三千。重傷、約九千。兵器・食料・船の損失、甚大。


史実で起きるはずだった壊滅より、はるかに少ない。撤退制度は働いた。趙雲が、張飛が、龐統(ほうとう)が、黄権(こうけん)が、多数の兵を連れて帰った。


それでも、一万三千は、一人ずつの死である。


家族。名前。故郷。得意だった仕事。最後に見た者。それらを記録する作業が、成都で始まっていた。


そして、父は、白帝城から動けなくなった。


    ◆


章武(しょうぶ)三年の三月。白帝城(はくていじょう)である。


俺は、成都から呼ばれた。二十五日かかった。早馬である。趙雲(ちょううん)が、同行した。


三峡(さんきょう)を上るとき、この人は一度だけ川を見て、こう言った。


「殿下。この道は、二度目でございます」


「はい」


「そして、二度とも、誰かを迎えに参りました」


俺は、そこで、聞かなかった。


一度目は、麦城(ばくじょう)関羽(かんう)を、受け取りに行った。


そして、二度目である。


部屋へ入ると、父は起きていた。寝台の上に、座っている。そして、竹簡を持っていた。


痩せていた。手首が、細い。そして、目だけが、去年と同じだった。


「阿斗」


「陛下」


「早かったな」


「二十五日です」


「うむ」


「——」


「私は、四十一日かかった」


俺は、そこで、言葉が出なかった。


去年の夏である。そして、この人は、それを覚えている。たぶん、毎日、数えていた。


俺が成都で数えていた日数と、同じものを。


俺は、視界を確認した。


【劉備 字・玄徳】


生命危険度 97%


回復可能性 低下中


死亡予測 西暦二二三年


未来情報信頼度 低下しているにもかかわらず、予測維持


余命 推定 十日以内


俺は、歴史を変えた。


関羽は、生きている。張飛も。龐統も。法正(ほうせい)も。


そして、この欄だけは、動かなかった。


夷陵で壊滅したわけではない。だが、怒り。皇帝としての重圧。四十一日目の失敗。撤退の疲労。病。


道は変わった。そして、着く場所が、変わらなかった。


余命という欄は、いままで一度もなかった。そして、出たときには、もう手がない。


    ◆


「阿斗」


「はい」


父は、竹簡を差し出した。


「読め」


俺は、それを受け取った。そして、開いた。週報である。


《第一週》


《食事 三度》


《眠り 二刻》


《歩いた 二十歩》


《話した者 医師三名、馬良、趙雲》


《異常 あり》


俺は、そこで、手が止まった。


書式である。十五年前、俺が関羽に書かせた書式だ。項目を並べる。数で書く。そして、最後に「異常」の欄がある。


そして、この人は、それを真似ている。


「陛下」


「うむ」


「これは」


父は、答えた。


「雲長の書式だ」


「はい」


「——」


「二年前から、読んでおった」


二年前である。関羽が、名簿を書き始めた年だ。


そして、この人は、それを読んでいた。読んでいることを、俺は知らなかった。


俺は、次の週を読んだ。


《第二週》


《食事 二度》


《眠り 三刻》


《歩いた なし》


《異常 あり》


《備考 歩けなくなった》


俺は、そこで、竹簡を握りしめた。


備考欄である。十五年前、俺は関羽に「異常なしと書くな」と言った。そして、備考欄を作った。数字で書けないことを、そこへ書かせるためである。


そして、この人は、そこに自分の身体を書いている。


第三週。第四週。第五週。そして、第六週で、字が乱れていた。


《第六週》


《食事 一度》


《眠り 分からぬ》


《歩いた なし》


《異常 あり》


《備考 数えられなくなった》


俺は、そこで、目を閉じた。


数えられなくなった。そして、それを、書いている。


数えられなくなったことを書くには、数えようとしなければならない。


「阿斗」


「はい」


父は、こう言った。


「書くのは、面倒だな」


俺は、そこで、少し笑ってしまった。


「はい」


「雲長は、二十年、これを嫌がっておった」


「はい」


「私も、嫌だった」


「では、なぜ書かれましたか」


父は、答えた。


「お前が、読むからだ」


俺は、そこで、何も言えなくなった。


十五年である。俺は、この国に報告を書かせてきた。そして、いつも、こう言われた。


「信用しておらぬのか」


関羽に言われた。糜芳(びほう)に言われた。張飛(ちょうひ)に言われた。


そして、この人は、それを一度も言わなかった。十五年、一度もである。


    ◆


父は、木簡(もくかん)を、もう一つ出した。そして、こう言った。


「これは、週報ではない」


俺は、それを開いた。そして、そこには、こう書いてあった。


《四十年で、私が失った者》


俺は、そこで、顔を上げた。


「陛下」


「うむ」


「これは」


父は、答えた。


「雲長と翼徳が、送ってきた」


俺は、そこで、息を呑んだ。


二月前である。俺が、二人に頼んだ。そして、二人は、書いた。


そして、成都から、ここへ送っていた。俺を、通さずに。


「何人でしたか」


父は、答えた。


「三千八百四十二人だ」


俺は、その数字を、繰り返した。


三千八百四十二。四十年である。一年あたり、九十六人。


「阿斗」


「はい」


父は、こう言った。


「私は、全部読んだ」


「はい」


「——」


「そして、三百人ほど、覚えておった」


三百人。三千八百四十二人のうち、三百人である。一割にも、届かない。


「陛下」


「うむ」


俺は、そこで、聞くべきかどうか迷った。そして、聞いた。


「残りの人は」


父は、答えた。


「覚えておらぬ」


長い沈黙があった。そして、この人は、こう言った。


「そして、覚えておらぬ者の名が、書いてある」


「はい」


「——」


「四十年で、初めて読んだ」


俺は、そこで、初めて、この人が泣くのを見た。


十五年である。母が死んだ日も、この人は泣かなかった。関羽が帰ってきた日は、少し泣いた。


そして今日、名簿を持って、泣いている。


声を出さなかった。竹簡の上に、水が落ちた。字が滲んだ。そして、この人は、それを袖で拭こうとして、やめた。


「阿斗」


「はい」


父は、こう言った。


「お前が、正しい」


「——」


「四十年、私は名を書かなんだ」


「……」


「そして、書かねば、消える」


俺は、そこで、答えた。


「陛下」


「うむ」


「私は、母上の名を書きました」


父の手が、止まった。


「……甘の名を、か」


「はい」


「いつだ」


俺は、答えた。


「十四年前です」


二歳である。母が死んだ年だ。そして、諸葛亮(しょかつりょう)と二人で、書いた。歪んだ、一文字だった。


「見せてくれ」


俺は、木簡を出した。十四年、持ち歩いている。そして、端が擦り切れていた。


父は、それを見た。そして、長いこと、指でなぞった。そして、こう言った。


「……下手な字だ」


「二つでした」


俺は、答えた。


「うむ」


「——」


「そして、私は、六十三で書けなんだ」


俺は、筆を取った。そして、父の手に握らせた。そして、その上から、俺が持った。


十四年前、諸葛亮が、俺にそうした。二歳の手は、筆を持てなかった。だから、上から包んだ。


そして今、俺が包んでいる。


一文字、書いた。甘、である。そして、その隣に、もう一文字書いた。名である。


父は、その二文字を、長いこと見ていた。そして、こう言った。


「……二十年ぶりに、呼んだ」


俺は、そこで、聞かなかった。


本人の夫が、書いた。そして、その紙は、この国のどの簿にも綴じられていない。


    ◆


その夜、父は、諸葛亮を呼んだ。


一人で、である。


俺は、呼ばれなかった。馬良(ばりょう)だけが、記録のために入った。


俺は、廊下にいた。趙雲が、隣に立っていた。


扉の向こうの声は、聞こえなかった。灯りだけが、隙間から漏れていた。


半刻して、諸葛亮が出てきた。


顔が、白かった。そして、目が、赤かった。


「先生」


「殿下」


「陛下は、何を」


諸葛亮は、黙して何も語らなかった。


    ◆


翌朝、俺は馬良の記録を読んだ。


読める場所に、置いてあった。閲覧の許可も、付いていた。父の印である。


《章武三年三月、白帝城。陛下、丞相を召す》


《陛下曰く》


《君の才は、曹丕の十倍である》


《必ず国を安んじ、大事を成すであろう》


《もし嗣子が輔けるに足るならば、これを輔けよ》


《もし才なくば》


《君自らこれを取れ》


俺は、そこで、竹簡を持つ手を止めた。


その言葉を、知っている。正史に、載っている。


そして、いま俺は、それを紙で読んでいる。本人のいない部屋で、である。


《丞相、床に伏して曰く》


《臣、敢えて股肱の力を竭くし、忠貞の節を尽くし、これに継ぐに死を以てせん》


《陛下、しばらく答えず》


《陛下曰く》


《泣くな》


《丞相、答えず》


《陛下曰く》


《明日、皆を呼べ》


《以上》


俺は、記録を、二度読んだ。


一度目は、息子として読んだ。手が、震えた。


二度目は、俺の仕事として読んだ。そして、気づいた。


父は、馬良を入れた。


密談なら、二人でやればいい。この国で、記録に残る場で「取れ」と言えば、それは残る。そして、残った紙は、読まれる。


誰が読むか。


俺である。


「お前が、読むからだ」


昨日の言葉が、戻ってきた。週報だけの話では、なかったのだ。


    ◆


その日の昼、全員が呼ばれた。


諸葛亮。龐統。法正。関羽。張飛。趙雲。馬良。蔣琬(しょうえん)費禕(ひい)


そして、俺である。


父は、寝台の上で、こう言った。


「最後の報告書を作りたい」


「最後ではありません」


「最後になるかもしれぬ」


「陛下」


「事実を書けと、お前が皆へ申してきた」


父の声は、弱かった。そして、はっきりしていた。


「私にも、書かせよ」


馬良が、筆を取った。父が、話す。


《東方大演習 最終報告》


《目的 東征能力の確認。撤退訓練。呉への圧力》


《結果 演習は実戦化。停止線を越え、前線砦を占領。四十日目に撤退命令を出さず、呉軍の火攻めを受けた》


「原因は」


馬良が、尋ねた。


父は、目を閉じた。そして、言った。


「私だ」


誰も、動かなかった。


「陸遜の策。若い将の功名心。国境での偶発的衝突。兵の怒り。原因は、複数ある」


父は、息を整えた。


「だが、最後に、進むと決めたのは私だ」


馬良が、書いた。


《最終責任者 劉備》


張飛が、顔を伏せた。


「兄者」


「消すな」


父が、言った。


「皇帝の失敗も、記録へ残せ」


関羽が、目を閉じた。この人も、荊州最終報告へ、自分の失敗を書いた人である。


兄弟二人が、それぞれ、敗北を国の資産へ変えようとしている。


「教訓は」


馬良が、尋ねた。父は、一つずつ話した。


《期限は、指揮官の感情で延長しない》


《演習と戦争の境界を、曖昧にしない》


《目的を追加する場合、元の目的を再承認する》


《撤退を命じる者と、進軍を望む者を、同一人物にしない》


《皇帝の面子を、国の目的にしない》


最後の一つで、父は少し笑った。


「阿斗」


「はい」


「私は、面子を気にしすぎた」


「はい」


「否定してくれぬのか」


「報告書ですから」


「厳しいな」


父は笑った。そして、咳き込んだ。関羽が、水を渡した。


父は、その手を、握った。


    ◆


「雲長」


「はい」


「生きて戻ってくれて、よかった」


「兄者も」


関羽の声が、震えた。


「成都へ、戻りましょう」


父は、答えなかった。答えないことが、答えだった。


次に、張飛である。


「翼徳」


「兄者」


「誰も殴っておらぬか」


「殴っておらぬ」


「怒鳴ったか」


張飛が、視線を逸らした。


「……少し」


「何回だ」


「数えておらぬ」


「阿斗へ、報告せよ」


張飛は、泣きながら笑った。


「分かった」


龐統。


「士元」


「はい」


「兜は」


「ここに」


龐統は、寝台の横へ、兜を置いた。落鳳坡で死ぬはずだった人の、命を拾った兜である。


父が、満足そうに頷いた。


法正。


「孝直」


「はい」


「許靖を殺しておらぬか」


「陛下がご存命のうちは」


「私が死んだ後もだ」


法正は、不満そうに黙った。


「返事を」


「……承知しました」


許靖(きょせい)にとって、この国で最大の保護命令が出た瞬間である。


趙雲。


「子龍」


「はい」


「また、救われた」


長坂坡。荊州。そして、夷陵の撤退。この人は、何度も、家族を連れて帰った。


「私は、役目を果たしただけです」


「お前は、いつもそう言う」


父は、趙雲を見た。


「自分の望みも、阿斗へ言え」


趙雲の目が、揺れた。自己主張の宿題を、父まで出した。


そして、諸葛亮である。


「孔明」


「陛下」


諸葛亮が、寝台の前へ膝をついた。父は、その手を取った。


昨夜、二人きりで言うべきことは、言ってある。だから、今日は、皆の前で言うことを言う。


父は、諸葛亮の周囲を見た。龐統。法正。蔣琬。費禕。馬良。関羽。張飛。趙雲。そして、俺。


「孔明一人へ」


父は、言った。


「全てを、背負わせるな」


諸葛亮の顔が、変わった。


「陛下」


「私は、雲長へ荊州を背負わせた。そして、自分は漢中へ行った」


「——」


「英雄なら、できると思った」


父は、苦しそうに息を吐いた。


「同じ過ちを、阿斗にさせるな」


「……承知しました」


諸葛亮の声が、震えた。


「孔明」


「はい」


「休め」


部屋にいた全員が、少しだけ驚いた。


父から諸葛亮へ、最後に出た命令が、休め、である。


「国は」


諸葛亮が、言いかけた。


「お前が一日休んで止まる国なら」


父は、答えた。


「私たちは、何も変えられなかったことになる」


諸葛亮は、深く頭を下げた。


「謹んで」


一度、言葉が詰まった。


「……お受け、いたします」


    ◆


最後に、父は俺を見た。


「阿斗」


「はい」


「こちらへ」


俺は、寝台の横へ座った。


父は、俺の身体を、抱き寄せた。


「阿斗」


「はい」


「お前は、孔明を父として仕えよ」


俺は、答えた。


「いいえ」


部屋が、静かになった。諸葛亮が、顔を上げた。


「陛下」


俺は、言った。


「先生は、先生です」


「——」


「十五年、そう呼んできました」


「……」


「そして、これからも、そう呼びます」


父は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……そうか」


「——」


「では、そうせよ」


俺は、そこで、一つだけ足した。


「陛下」


「うむ」


「父は、一人で足ります」


父の目が、少し動いた。そして、この人は、何も言わなかった。


代わりに、腕へ、少しだけ力を入れた。


    ◆


「長坂で」


父が、言った。


「私は、お前を投げた」


「——」


「はい」


「覚えておるか」


俺は、答えた。


「覚えています」


一歳である。普通なら、覚えていない。そして、俺は覚えている。


宙で、身体が勝手に泣いた。そして、趙雲が受け止めた。残存体力、七パーセントの人が、である。


「阿斗」


「はい」


「今度は」


父は、俺の背中へ回した腕に、残った力を全部入れた。


弱かった。それでも、離さなかった。


「落とさぬ」


「——」


「もう、離さぬぞ」


涙が、出た。


「国も」


父は、続けた。


「お前も」


「誰か一人へ、預けぬ」


「皆で持て」


「はい」


「皇帝になるなとは、言わぬ」


「はい」


「だが」


父の息が、浅くなった。


「皇帝だからといって」


「一人で、国を持つな」


「はい」


「約束できるか」


俺は、答えた。


「約束します」


視界に、表示が出た。


【重要な約束が成立しました】


劉禅


約束 国を一人で背負わない


本人の実行意思 100


父は、少し笑った。


「お前の約束管理は」


「父上より、高いです」


「そうか」


「はい」


「ならば、安心だ」


    ◆


父が死んだのは、四月である。章武三年、四月二十四日。六十三であった。


その夜、白帝城の雨は、静かに降っていた。


関羽が、右の手を握っていた。張飛が、左の手を握っていた。俺は、父の胸へ、手を置いていた。諸葛亮たちは、寝台の周りに座っていた。


誰も、英雄ではなかった。


ただ、大切な人が死ぬのを、止められない人間だった。


夜明け前、父は目を開けた。そして、俺を見た。


「阿斗」


「はい」


「生まれてきてくれて」


最初に会った日と、同じ言葉だった。


「ありがとう」


父の手から、力が抜けた。


【劉備 字・玄徳】


生命状態 死亡


身分 漢皇帝


最終関係 父


削除しますか


いいえ


選ぶまでも、なかった。


父の名は、消えなかった。


【劉備・遺志継承】


残されたもの


・流浪の民を捨てなかった仁


・身分を問わない人材登用


・何度敗れても立ち上がる力


・皇帝の失敗を記録した最後の週報


・国を一人へ背負わせないという遺命


失敗


・感情と国家目的の混同


・英雄への過剰依存


・撤退期限の延長


・面子を優先した意思決定


継承者 劉禅


俺は、父の胸へ、顔を伏せた。


歴史を、変えた。それでも、父を永遠に生かすことは、できなかった。


関羽も、張飛も、諸葛亮も、声を上げて泣いた。


    ◆


最後の週報は、途中で終わっている。


《第七週》


《食事 ——》


《眠り ——》


《歩いた ——》


そして、備考欄に、一行だけあった。


《異常 なし》


俺は、その四文字を、長いこと見ていた。


十五年、俺はこの四文字と戦ってきた。荊州(けいしゅう)から、四百六十八枚。全部、《異常なし》だった。


そして、最後の一枚に、この人はそれを書いた。


書けなくなったからではない。食事も眠りも歩数も、書けなかった。そして、備考欄だけ、書けた。


書ける状態で、そう書いた。


俺は、関羽に、その週報を見せた。そして、返事が来た。一行だった。


《殿下》


《あれは、報告ではございませぬ》


《返事でございます》


十五年前、俺は関羽に「異常なしと書くな」と言った。そして、この人は、二十年書いてきた四文字をやめた。


やめた人が、いま、その四文字を読んでいる。そして、報告ではないと言った。


同じ四文字が、書く人によって、まったく別のものになる。


十五年、俺はそれを制度で潰そうとしてきた。そして、最後の一枚だけは、潰さなくてよかった。


その夜、俺は木簡を一枚出した。


甘の名の、隣ではない。別の紙である。


一文字ずつ、書いた。劉、備、と。


三千八百四十二人の名簿には、載せない。あれは、この人が失った者の簿である。


これは、俺が失った者の、一人目だった。



〈あとがき〉


十五年、一度も書かなかった人が、最後の四十日だけ週報を書きました。「お前が、読むからだ」。


託孤は、三段に分けました。まず諸葛亮だけを呼んで「君自らこれを取れ」——息子は翌朝、馬良の記録でそれを読みます。次に全員を呼び、最終報告《最終責任者・劉備》と、一人ずつへの言葉。関羽に「生きて戻ってくれてよかった」、張飛に「阿斗へ報告せよ」、龐統に「兜は」、法正に「許靖を殺すな」、趙雲に「自分の望みも言え」、諸葛亮に「一人へ背負わせるな」、そして「休め」。


最後に、劉禅。長坂で投げた人が、「今度は、落とさぬ。もう、離さぬぞ」。そして「生まれてきてくれて、ありがとう」——最初に会った日と、同じ言葉でした。


最後の週報の備考欄は、《異常 なし》。関羽の返事——「あれは、報告ではございませぬ。返事でございます」。


次回、阿斗、皇帝になる。

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