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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第五部 父と子——復讐という名の事業

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第84話 英雄を全員連れていくな


【章武二年 春|成都】


出征の名簿が、三度、書き直された。


一度目は、法正(ほうせい)が書いた。二度目は、父が書き足した。


三度目は、俺が削った。


    ◆


章武(しょうぶ)二年の二月。出発の、一月前である。


俺は、名簿を見ていた。そして、数えた。


【東征 従軍名簿(第二稿)】


総督 法正

前軍 張飛

北方警戒 黄権

中軍 馮習

先鋒 呉班

水軍 陳式

参謀 馬良

糧  傅肜


そして、父が書き足した三行があった。


《関羽》


《趙雲》


《龐統》


俺は、その三行を、長いこと見ていた。


父の字である。そして、たぶん、夜に書いた。


十四年、俺はこの人の字を見てきた。昼の字は、大きい。筆を強く押しつける。書き終わりが跳ねる。夜の字は、細い。そして、下へ流れる。


この三行は、下へ流れていた。


俺は、父のところへ行った。


「陛下」


「阿斗」


「三人、書き足されましたね」


父は、頷いた。


「うむ」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「強いからだ」


正しい。


関羽(かんう)。武力百。趙雲(ちょううん)。危機管理百。龐統(ほうとう)。知略百。


三人とも、この国で最も強い。そして、三人とも、いま成都にいる。


関羽は名簿を書いている。趙雲は俺の警護をしている。龐統は丞相の職掌を五つ抱えている。


三人とも、前線にいない。そして、それは、この十四年で初めてのことだった。


「陛下」


「うむ」


「三人とも行けば、成都に誰が残りますか」


父は、答えた。


「孔明がおる」


「一人ですか」


「……」


俺は、そこで、竹簡を出した。七年前のものである。職掌表(しょくしょうひょう)


そこには、こう書いてある。


《軍師将軍・諸葛亮 十三項》


そして、その下に、七年分の追記があった。紙の端に、細い字で足されている。誰が足したかは、書いていない。


「陛下」


「うむ」


「先生の職掌は、いま、いくつですか」


父は、答えられなかった。俺は、答えた。


「十七です」


「……」


「七年で、四つ増えました」


丞相になった。そして、増えた。減らすために作った表が、増える台帳になった。


十四年、俺が作った制度のなかで、いちばん失敗しているのは、たぶんこれである。


理由は、分かっている。


《この項目を、誰が持つか》は書いた。そして、《新しい項目が出たとき、誰が決めるか》を、書かなかった。


書いていない場所へは、いちばん断らない人のところへ流れる。


そして、この国でいちばん断らない人は、断る力が低いからではない。「問題ございません」と言えてしまうからである。


「そして」


俺は、続けた。


「三人が行けば、十七項を、先生が一人で見ます」


「……」


「そのあいだ、代理人はおりません」


父は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……三人とも、要るのだ」


「なぜですか」


父は、答えた。


「勝ちたいからだ」


俺は、そこで、聞いた。


「陛下」


「うむ」


「江陵を取ると、仰いました」


「うむ」


「取れぬと分かれば、退くとも」


「……うむ」


「では、なぜ、勝ちたいのですか」


父は、答えなかった。長い沈黙のあと、こう言った。


「……阿斗」


「はい」


「私は、四十年、負けてきた」


前世で、俺が入った再建の現場では、必ず同じ揉め方をした。


いちばん優秀な人間を、どこへ置くか、である。


経営陣は、全員、改革のほうへ出したがった。分かる。そちらが目立つし、そちらが速い。そして、日常の仕事は「誰でも回る」と思われている。


そして、優秀な人を全部改革へ出した会社は、半年で止まった。改革が失敗したからではない。改革が成功しているあいだに、日常のほうが壊れたからである。


売上を作る人が全員新規事業に行けば、既存の客が減る。減った分は、改革の成果からきれいに差し引かれる。差し引いたあとの数字は、たいてい、始める前より悪い。


だから、再建の名簿では、いちばん先に決めるのは前線ではない。


残す人である。


そして、残される側は、ほぼ必ず、外されたと感じる。俺は、その説明を、一度もうまくできなかった。


俺は、そこで、動けなくなった。


徐州で負けた。小沛で負けた。汝南で負けた。新野で負けた。長坂坡(ちょうはんは)で負けた。


そのたびに、この人は逃げた。そして、逃げるたびに、人が減った。減って、また集まった。


五十を過ぎて、益州を得た。漢中を得た。皇帝になった。


四十年である。


「そして」


父は、続けた。


「勝ったのは、この十年だけだ」


「はい」


「その十年で、荊州を失った」


「……」


父は、玉座の肘掛けを、指で二度叩いた。


「私は、また負ける側へ戻るのが、怖い」


俺は、そこで、この人の数字を、初めて正しく読んだ。


魅力百。そして、その下に、誰も測っていない欄がある。四十年分の敗北である。


そして、それは能力値には出ない。出るとすれば、たぶん、危険の欄にだけ出る。


「陛下」


「うむ」


「一つ、伺ってよろしいですか」


「申せ」


俺は、聞いた。


「四十年、負け続けて、なぜ人がついてきたのですか」


父は、俺を見た。そして、こう答えた。


「知らぬ」


「……」


「二十七年、考えて、分からなかった」


三年前と、同じ答えである。そして、あのとき、この人はこう言った。


「残る理由を、私は説明できぬ」


三年、この人は同じところで止まっている。そして、たぶん、四十年、止まっている。


    ◆


俺は、名簿を出した。そして、三行を削った。


《関羽》《趙雲》《龐統》


そして、代わりに一行だけ書いた。


《趙雲——江州(こうしゅう)に留め、後詰とする》


「一人だけか」


父が聞いた。


「はい」


「なぜ子龍だ」


俺は、答えた。


「退くときに、いちばん要る人です」


十四年、この人は退くときにしか出てこない。長坂坡。截江(せっこう)漢中(かんちゅう)。そして麦城(ばくじょう)


四回とも、負けている場面である。そして、四回とも、人が生きて帰った。


この人は、勝った戦の記録に、ほとんど名前が残らない。そして、負けた戦の記録には、必ず残る。


四方将軍に入らなかった理由も、たぶん、そこにある。


「関羽と士元は」


俺は、答えた。


「成都に、残します」


「なぜだ」


「先生の、代理人にします」


父は、そこで、初めて怪訝な顔をした。


「雲長が、政務をやるのか」


「はい」


「士元が、丞相の代わりか」


「はい」


「あの二人は、書類が嫌いだぞ」


俺は、答えた。


「存じています」


そして、続けた。


「そして、二人とも、書類を作る側になったことがありません」


父は、少し黙った。


「……どういう意味だ」


「嫌いなのは、読まされる書類です」


「うむ」


「作る側になれば、たぶん、違います」


前世で、俺はそれを何度も見た。報告書を嫌う人ほど、自分が様式を作ると、細かくなる。


嫌いなのは、書類ではない。他人の決めた枠に、自分を入れる作業である。


    ◆


俺は、関羽のところへ行った。六十二である。


「叔父上」


「殿下」


「出征名簿から、外しました」


関羽は、少し黙った。そして、こう言った。


「……存じております」


「はい」


「陛下が、書き足されたことも」


「行きたいですか」


関羽は、答えた。


「行きたい」


「はい」


「そして、行かぬ方がよい」


「——」


「二年前、私は旗を降ろしました」


「はい」


「降ろした者が、次の戦の先頭に立てば」


この人は、そこで、筆を置いた。


「降ろしたことが、嘘になります」


俺は、そこで、この人が二年、何を考えていたかを知った。


旗を降ろすというのは、一日の行為ではない。降ろし続けなければ、降ろしたことにならない。


二年である。そして、この人は、二年間、それをやっていた。誰にも見せずに、である。


「叔父上」


「はい」


「代わりに、仕事があります」


「政務でございますか」


「はい」


関羽は、露骨に嫌な顔をした。六十二である。そして、こう聞いた。


「何を、いたします」


俺は、答えた。


「兵の名前を、書いてください」


関羽の動きが、止まった。


「……何と」


「東へ行く三万の、名簿です」


「はい」


「そして、帰ってきた者の名も、書いてください」


長い沈黙があった。そして、この人は、こう言った。


「……殿下」


「はい」


「それは、いちばん辛い仕事でございますな」


俺は、答えた。


「はい」


「——」


「そして、いちばん要る仕事です」


関羽は、受けた。そして、こう言った。


「一つ、条件がございます」


「なんでしょう」


「帰らなかった者の名も、書きます」


「はい」


「そして、それを、陛下に読ませてください」


俺は、そこで、この人が政務に何を持ち込むかを理解した。


三十年、この人は名前を知らずに戦ってきた。


「私は、自分が斬った者の名を、一人も知らぬ」


「二十年、知らぬ」


そう言ったのは、六年前、この人だった。


そして今、味方の名を、全部書くと言っている。


覚え直すのではない。これから覚える。そして、覚えたものを、兄に読ませると言っている。


    ◆


龐統のところへも行った。四十二である。酒を飲んでいた。昼である。


「士元どの」


「殿下」


「出征から、外しました」


「存じております」


「そして、丞相の代理をお願いします」


龐統は、酒杯を置いた。六度目である。


「……お断りいたします」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「退屈でございますゆえ」


【龐統】


固有特性

 【退屈すると働かない】


十七年、変わっていない。そして、俺はこの特性の扱い方だけは、覚えている。


十七年前、この人を耒陽の県令から引き上げたのは、退屈だったからだ。そして、そのあと、この人が働いた仕事は、全部、他人が投げ出した問題だった。


「士元どの」


「はい」


「一つ、面白い話があります」


龐統の目が、少しだけ動いた。


「……何でございましょう」


俺は、言った。


「先生の職掌が、十七あります」


「存じております」


「そして、七年で四つ増えました」


「……」


「どこで増えたか、分かりますか」


龐統は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……分かりませぬ」


「はい」


「私も、分かりません」


「……」


「そして、増えた四つを、誰も決めていません」


この人の目が、光った。


十七年で、何度か見た目である。矢の規格。名簿の書式。都江堰。捕虜三万の処遇。


そして、いま。


「殿下」


「はい」


「それは、面白うございますな」


俺は、そこで、内心で息を吐いた。


退屈すると働かない人には、退屈でない形にして渡す。


「丞相の代理を務めよ」では、動かない。「誰も決めていない四つを探せ」なら、動く。


そして、この人が「面白い」と言った仕事は、十七年、一度も失敗していない。


    ◆


俺は、最後に、諸葛亮(しょかつりょう)のところへ行った。四十二である。そして、この人には、まだ何も言っていなかった。


「先生」


「殿下」


「出征名簿を、決めました」


「拝見しております」


「……早いですね」


蔣琬(しょうえん)が、写しを持って参りました」


この人は、いつも、先に読んでいる。十五年、そうだった。


「先生」


「はい」


「三人、残しました」


「はい」


「そして、士元どのを、代理にします」


羽扇(うせん)が、止まった。そして、この人は、こう聞いた。


「……なぜ、私に先に仰らなかったのでございます」


俺は、そこで、正直に答えた。


「言えば、断られると思いました」


諸葛亮は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「断りませぬ」


「……」


「そして、断らぬのが、問題でございますな」


俺は、そこで、顔を上げた。


この人が、自分でそれを言ったのは、初めてである。


十五年、俺は「問題ございません」を聞いてきた。そして今日、「断らぬのが問題である」と、本人が言った。


「先生」


「はい」


「十七項のうち、士元どのが五つ持ちました」


「はい」


「残りは、十二です」


「はい」


「そして、そのうち、いくつが先生でなければできませんか」


諸葛亮は、羽扇を膝に置いた。そして、長いこと考えた。やがて、こう答えた。


「……四つでございましょう」


俺は、そこで、少し驚いた。


十二のうち、四つ。


七年前、この人は「移せませぬ」と言った。十三項、全部である。そして今日、四つと答えた。


「先生」


「はい」


「残る八つは」


「渡せます」


「……」


「そして、渡した者が誤ります」


「はい」


俺は、答えた。


「小さく、誤らせてください」


諸葛亮は、少し笑った。七年前、この人が俺に言った言葉である。


「……承知いたしました」


    ◆


【出征名簿 第三稿】


総督 法正

前軍 張飛

北方警戒 黄権

後詰 趙雲(江州)


成都残留


 丞相 諸葛亮

 丞相代理 龐統

 名簿記録 関羽

 財務 劉巴

 文書 蔣琬・費禕・董允


備考

 英雄が三名、成都に残ります。

 これは、この国で初めてのことです。


備考である。


十五年、この国は英雄を全部、前線へ送ってきた。赤壁も、益州も、漢中も、樊城も、そうだった。


そして、初めて、三人残した。


その夜、俺は木簡(もくかん)を出した。そして、書いた。


《全部連れていくと、帰る場所がなくなる》


そして、その下に。


《帰る場所は、人でできている》


俺は、そこで、筆を止めた。


十五年前、長坂坡である。俺は、母の腕の中にいた。そして、この国には、帰る場所がなかった。


城がなかったからではない。新野は焼けた。江陵は間に合わなかった。


そして、それより先に、残っている人がいなかった。全員が、走っていた。だから、追いつかれた者は、その場で終わりになった。


帰る場所とは、そこに誰かが残っていることである。


十五年かかって、俺はそれを名簿の形にした。



〈あとがき〉


「私は、四十年、負けてきた」——魅力100の下に、誰も測っていない欄がありました。四十年分の敗北です。


「降ろした者が、次の戦の先頭に立てば、降ろしたことが嘘になります」。旗を降ろすというのは、一日の行為ではありません。二年間、誰にも見せずに続けていました。


そして関羽の新しい仕事。「兵の名前を、書いてください」「帰らなかった者の名も、書きます。そして、それを、陛下に読ませてください」。


英雄が三名、成都に残ります。この国で初めてのことです。


《劉禅文庫 蔵書その四十七『V字回復の経営』——名簿で先に決めるのは、前線ではない。残す人である。そして、残された側は、ほぼ必ず、外されたと感じる》


次回、陸遜が退きます。勝つために。


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― 新着の感想 ―
知略八十四だって自分で言うかぁ 張飛は自分がゲームかなんかのキャラだと自認してるんですね 全員自分のステータス確認できるんすかね
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