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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第五部 父と子——復讐という名の事業

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第83話 限定東征という名の無制限事業


【章武二年 春|成都】


「限定」と付く事業計画を、俺は前世で三十件ほど見た。


残り二十八件が、なぜ限定でなくなったのか。俺は、それを何度も調べた。


答えは、意思の弱さではなかった。最初の大きさである。


限定のまま終わった二件は、どちらも、失っても一年で埋め戻せる額で始まっていた。だから、駄目だと分かった日に、やめられた。やめても、誰も破滅しない。


残り二十八件は、違った。始めた時点で、やめたら会社が傾く額が入っていた。そうなると、悪い報告が来るたびに、選択肢は二つしかなくなる。やめて確実に傾くか、続けてまだ望みを持つか。


人は、後者を選ぶ。全員が、毎回、選ぶ。


前世で、俺はそれを「実証」と呼んで、小さく始めさせるやり方を薦めていた。ただし、そのときは、こう説明していた。小さく始めれば、早く学べる、と。


違う。小さく始める本当の理由は、学びではない。


やめられる大きさで始める、ということである。


そして、限定のまま終わったのは、二件である。


    ◆


章武(しょうぶ)二年の春。交渉は、途中で止まった。二郡は戻った。江陵(こうりょう)は、戻らない。


そして、父は、東へ出ると言った。


評定である。十七人が、並んだ。


諸葛亮(しょかつりょう)龐統(ほうとう)法正(ほうせい)関羽(かんう)張飛(ちょうひ)趙雲(ちょううん)黄権(こうけん)劉巴(りゅうは)蔣琬(しょうえん)費禕(ひい)


そして、俺。


「江陵を、取る」


父が言った。


「それだけだ」


そして、続けた。


「江陵を取れば、退く」


俺は、その言葉を、竹簡に書いた。そして、日付を入れた。


「陛下」


「うむ」


「今の言葉を、書きました」


父は、少し笑った。


「お前は、いつもそうだな」


「はい」


「そして、それでよい」


諸葛亮が、口を開いた。


「陛下」


「孔明」


「反対でございます」


「理由を」


この人は、五つ挙げた。羽扇を止めて、指を折るように数えた。


「一つ。呉は、既に二郡を返しております」


「うむ」


「二つ。江陵は、水軍の要でございます。陸軍では取れませぬ」


「うむ」


「三つ。()が、背後を突きます」


「うむ」


「四つ。糧が、二年分しかございませぬ」


「うむ」


「五つ」


諸葛亮は、そこで一度、俺を見た。


「陛下が、行かれることでございます」


広間が、静かになった。


「私が行くのが、なぜ悪い」


諸葛亮は、答えた。


「陛下が行かれれば、退けませぬ」


俺は、そこで、この人の五つ目に、心の中で署名した。


皇帝が出た戦は、負けられない。そして、負けられない戦は、退けない。


三年前、関羽は退いた。そして、あのとき、退くことを決めたのは、この人ではなく、条件だった。


十一項の撤退条件があり、兵糧二十二日があり、三名の報告があり、そして帰還命令があった。


皇帝には、条件が効かない。条件を書く相手が、条件を承認する人と同じだからである。


    ◆


法正が、口を開いた。四十六である。去年、休んだ。そして、まだ咳をしている。


「陛下」


「孝直」


「私は、賛成でございます」


広間が、少しざわついた。龐統が眉を上げ、黄権が顔を上げた。


「ただし、条件がございます」


「申せ」


法正は、答えた。


「私が、行きます」


「——」


「そして、陛下は、行かれませぬ」


俺は、そこで、この人を見た。


咳をしている。去年、生命危険度は七十六まで行った。そして、二十一まで下げた。強制休養を四十日。許靖を代理に立てると脅した。後継者を三人選ばせた。


そして、今、四十を超えている。出れば、また上がる。


「孝直どの」


俺は、言った。


「はい」


「お身体は」


法正は、少し笑った。


「殿下」


「はい」


「私は、四十六でございます」


「はい」


「そして、建安(けんあん)五年から、二十二年待ちました」


二十二年。


「素行が悪い」と書かれて、軍議校尉(ぐんぎこうい)のままだった十五年。そして、蜀に来てからの七年。


この人は、いま、初めて、軍を率いると言っている。


献策はした。作戦は立てた。定軍山も、この人の策である。そして、自分が率いたことは、一度もない。


俺は、それを止める言葉を持っていなかった。


十四年前、俺はこの人の簿に《行い、悪くない》と書いた。そして、その簿は、この人が働くための紙だった。


働くなとは、書けない。


龐統が、酒杯を置いた。五度目である。


「孝直どの」


「はい」


「勝てますか」


法正は、答えた。


「江陵は、取れませぬ」


広間が、静まり返った。


「では、なぜ行かれます」


法正は、答えた。


「取れぬことを、証明しに参ります」


俺は、そこで、この人の策を理解した。


負けに行くのではない。「取れない」ということを、皇帝以外の誰かが、現地で確認しに行く。そして、それを持って帰れば、父は納得する。


前世で、俺はこれを「実証」と呼んでいた。やってみなければ諦めない相手には、小さくやらせる。そして、小さいうちに終わらせる。


議論で説得できない人がいる。データを見せても動かない。そういう人には、自分で確かめてもらうしかない。


そして、確かめる費用を、誰が払うかという話になる。今回は、三万人が払う。


「兵は」


俺は聞いた。


「三万でございます」


「四万は」


「要りませぬ」


法正は、続けた。


「三万なら、退けます。五万は、退けませぬ」


俺は、そこで、木簡(もくかん)に書いた。


《退ける大きさで、始める》


十四年、俺は「終了条件」を作ってきた。そして、条件より先に効くのは、規模である。


大きく始めた事業は、条件があっても止まらない。人が多いほど、止めたときの損が見えるからだ。小さく始めれば、条件がなくても止まる。


三万と五万の差は、二万ではない。止まるか、止まらないかの差である。


    ◆


黄権が、口を開いた。外から見る人である。


「陛下」


「公衡」


「私が、北を見ます」


「北?」


「魏でございます」


黄権は、地図の上を指でなぞった。


「呉と戦えば、必ず動きます」


俺は、そこで、視界を確認した。


【黄権 字・公衡】


固有特性

 【退路を見る】

 【二度は降らぬ】


備考

 この人物を北へ置けば、退路が断たれた場合、帰れません。


俺は、その一行を、二度読んだ。


歴史では、この人は北にいた。そして、父が負けた後、退路を断たれ、魏へ降った。そして、父は罰しなかった。「私が黄権に背いたのだ」と言って。


分かっている。そして、この人以外に、北を見られる人がいない。


情勢判断九十三。地形把握九十五。撤退判断九十七。三つとも、この国で最高である。


「公衡どの」


「殿下」


「北へ行かれるなら、一つ、条件があります」


「なんなりと」


俺は、言った。


「帰り道を、二本作ってください」


黄権の動きが、止まった。そして、こう言った。


「……殿下」


「はい」


「私は、退路を見る者でございます」


「存じています」


「そして、二本作れと申されたのは、初めてでございます」


俺は、そこで、気付いた。


この人は、いつも退路を見ている。軍議で、必ず「戻る道は」と聞く。六年、そればかり言ってきた。


そして、誰も、この人自身の退路を見ていない。


十四年、俺は同じことを何度もやった。数える人の数を、数えていなかった。書く人の書いたものを、読んでいなかった。


そして今回は、退路を見る人の退路である。


見る役の人は、自分が見られていない。


    ◆


張飛が、前軍と決まった。そして、この人は、喜ばなかった。


「阿斗」


評定の後、廊下で呼び止められた。


「翼徳叔父上」


「三万か」


「はい」


「少ないな」


「はい」


「五万なら、江陵を落とせる」


俺は、答えた。


「五万なら、退けません」


張飛は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……十二日か」


「え」


「準備の日数だ」


俺は、そこで、気付いた。


去年、この人は「三日」と命じて、副官に「十二日」と言わせた。そして、その数字を、まだ覚えている。


「今度は、何日ですか」


張飛は、答えた。


「聞いてから決める」


十一年で、いちばん短い成長の証明だった。


    ◆


趙雲は、出征名簿になかった。そして、この人は、何も言わなかった。俺のほうから、聞いた。


「子龍」


「殿下」


「行きたいですか」


趙雲は、少し考えた。そして、こう答えた。


「行きたくは、ございませぬ」


「……」


「そして、行かねばならぬと存じます」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「退くときに、人が要りますゆえ」


俺は、そこで、江州(こうしゅう)の名を出した。前線ではない。成都と前線の、ちょうど間である。


「江州に、いてください」


「後詰でございますか」


「はい」


「戦いませぬな」


「はい」


趙雲は、頷いた。そして、一つだけ聞いた。


「殿下は、成都におられますか」


俺は、答えられなかった。


三年前、俺は公安(こうあん)へ行った。そして、あのときは、父が漢中にいた。今回は、父が成都にいる。


「……たぶん」


趙雲は、それ以上聞かなかった。


    ◆


最終的に、こう決まった。


【限定東征】


目的 江陵の奪回、または不可能の確認

兵力 三万

指揮 法正(総督)/張飛(前軍)/黄権(北方警戒)

皇帝 出征せず


終了条件


 一 江陵を取る

 二 取れぬと判明する

 三 魏が動く

 四 糧が六十日を切る


いずれか一つで、撤退


備考

 皇帝が出征しない限り、この作戦は撤退可能です。


備考が、諸葛亮の五つ目と同じだった。システムと、この人が、同じ結論に着いている。


そして、システムのほうが一日遅い。


父は、署名した。そして、こう言った。


「阿斗」


「はい」


「私は、行かぬ」


「はい」


「そして、行きたい」


俺は、答えた。


「存じています」


「……」


「だから、書いていただきました」


父は、少し笑った。そして、こう聞いた。


「阿斗」


「はい」


「私が、途中で行くと言い出したら」


「はい」


「お前は、止められるか」


俺は、そこで、正直に答えた。


「止められません」


「……」


「ですが、書いたものを、読み上げます」


父は、頷いた。そして、こう言った。


「……それでよい」


「——」


「私は、書いたものには、弱い」


約束管理、二十二である。そして、この人は、自分の弱点を正確に知っている。


十四年、俺はこの数字を上げようとしてきた。そして、二十四までしか上がらなかった。


上げるのではなく、使う。それが、たぶん、正しい扱い方だった。


数字を上げる仕事と、数字を前提に設計する仕事は、別である。そして、後者のほうが、たいてい早く効く。


    ◆


出征は、三月と決まった。そして、その前に、法正が俺のところへ来た。


夜である。この人は、木簡を一枚、持っていた。


「殿下」


「孝直どの」


「これを、お預けいたします」


俺は、それを受け取った。そして、開いた。


名簿である。七人分の、名前が書いてあった。


俺は、その七つを見て、息を呑んだ。


建安二十一年である。七人を、殺した。そのうち三人は、理由が分からない。


そして、この木簡には、七人の名が全部、書いてあった。


「孝直どの」


「はい」


「これは」


法正は、答えた。


「思い出しました」


「——」


「三人の名も、でございます」


「……」


「五年、かかりました」


俺は、そこで、何も言えなくなった。


五年前、俺はこの人の簿に書いた。


《うち、三人は、りゆうがわからない》


九つの字である。まだ下手だった。


そして、この人は、名を覚えていなかった。顔だけ、覚えていた。


五年かけて、思い出した。どうやって思い出したのかは、聞かなかった。


たぶん、蜀郡の帳を繰った。あるいは、当時の州の役人を探した。そして、それは、この人が自分の罪を確定させる作業である。


「殿下」


「はい」


法正は、こう言った。


「《名のない者》に、加えていただけませぬか」


「——」


「あの者らには、名がございます」


「……」


「そして、誰も呼びませぬ」


俺は、その夜、木簡に七人を書いた。八十六人目から、九十二人目である。


そして、その横に、一行足した。


《孝直どのが、五年かけて、思い出した》


俺は、そこで、一つ聞いた。


「孝直どの」


「はい」


許靖(きょせい)どのに、お会いになりましたか」


法正の動きが、止まった。そして、こう答えた。


「……なぜ、それを」


「発つ前に、会う人がいると思いました」


法正は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「会いました」


「何を、話されましたか」


「何も」


「……」


「顔を見て、帰りました」


俺は、そこで、聞かなかった。


六年前、この人は歯を食いしばって、この老人を推した。


「名だけの者を用いねば、天下の名士が来ませぬ」


そして、六年、口をきいていない。


去年、俺はこの人を休ませるために、「許靖どのを代理にします」と脅した。そして、この人は九十一まで折れた。


嫌いなまま、六年、同じ広間にいた。そして、発つ前に、顔を見に行った。


それが、この人にできる、いちばん近い距離だったのだろう。


    ◆


法正は、翌朝、東へ発った。


俺は、この人の死亡年表を開いた。


二二〇。丸。そして、削ってある。去年、俺が削った。竹の表面が、白く毛羽立っている。


そこには、何も描いていない。丸でも、四角でも、縦線でもない。空白のままである。


俺は、筆を持った。そして、描かなかった。


十五年、俺はこの年表に記号を描いてきた。丸は、決まった死。四角は、まだ決まっていないもの。縦線は、まだ決めていないもの。疑問符は、全員が疑っていないもの。


そして今日、五つ目を覚えた。何も描かない、である。


まだ生きていて、そして、いつ死ぬか分からない人には、記号が要らない。



〈あとがき〉


「取れぬことを、証明しに参ります」——やってみなければ諦めない相手には、小さくやらせる。前世で「実証」と呼んでいた手法です。そして、確かめる費用を誰が払うか、という話になります。


「退ける大きさで、始める」。終了条件より先に効くのは、規模でした。三万と五万の差は、二万ではありません。止まるか、止まらないかの差です。


そして「二本作ってください」。退路を見る人の退路を、十四年間、誰も見ていませんでした。見る役の人は、自分が見られていません。


法正が七人の名を持ってきます。五年かかって、思い出しました。自分の罪を確定させる作業です。


《劉禅文庫 再読『リーンスタートアップ』——小さく始める本当の理由は、早く学べるからではない。やめられる大きさで始める、ということである》


次回、第84話「英雄を全員連れていくな」。


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― 新着の感想 ―
軍人からしてみれば演習という名目で軍を動かして奇襲するってのは常識ですからね。 演習っていえば都内を軍隊がうろついていても誰も不思議に思わないですから。 軍事は騙し合いなので騙された奴がアホなのだ
>永安から 名前が永安になるのは、劉備が負けて逃げ込んでからなので、この時期は白帝城では?
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