第79話 皇帝の命令へ、全員で反対した
【章武元年|成都】
劉備の命令書は、赤い封で届いた。
《范彊、張達の両名》
《主将殺害を企て、敵国逃亡を図った罪により、死刑》
簡潔だった。迷いがない。
父にとって、二人は弟を殺そうとした者である。そして、皇帝となった後、最初期の重大な刑罰命令だった。
◆
命令を受け取った閬中の官吏は、すぐに処刑準備を始めようとした。俺は止めた。
「異議を提出します」
官吏の顔色が変わる。四十がらみの、生真面目そうな男である。
「陛下の勅命でございます」
「だから異議制度があります」
皇帝の命令へ反対する。制度として定めた。先月である。
だが、実際に使うのは初めてだった。しかも対象は、皇帝の義弟を殺そうとした者。最も反対しにくい案件である。
制度は、いちばん使いにくい場面で試される。そして、そこで一度使われなければ、二度と使われない。
「殿下」
官吏が声を落とす。
「陛下がお怒りになれば」
「制度を使ったことだけで処罰しないと、父上が署名しました」
「しかし」
「その約束を守れるか、最初の試験です」
約束管理二十二。十四年、俺はこの数字を見てきた。
そして、この人は、書いた約束だけは守る。口約束は忘れる。人の顔を見て決める。恩賞は全部配ってしまう。そして、紙に書いて署名したものだけは、必ず守った。
十四年、それだけは変わらない。だから、俺は紙を増やしてきた。
◆
俺は異議書を書いた。
第一。二人は殺害を実行していない。
第二。自発的に相談所へ出頭した。
第三。計画を隠さず説明した。
第四。張飛の不可能な命令と、過去の暴力・威圧が原因の一部となった。
第五。自首者を処刑すれば、今後同様の者は自首しなくなる。
第六。死刑以外の重い刑罰により、再発防止と責任追及を両立できる。
署名。劉禅。
俺は、その名を書いてから、しばらく筆を置けなかった。
四年前、成都で、俺は執行評議の簿を数えた。五年分で、反対の記録が四十七件。そのうち、父への反対は三件。そして、三件とも諸葛亮だった。
俺は、諸葛亮に聞いた。
「なぜ、他の人は書かないのですか」
そして、この人は答えた。
「主公は、怒られませぬ。ゆえに、余計に書けませぬ」
怒らないから、書けない。
そのとき、俺は木簡にこう書いた。
《父上は、怒らない》
《だから、誰も、書かない》
今日、父は怒る。皇帝になって、初めて、本気で怒る。
そして、書ける。
次に関羽が筆を取った。
《異議に賛成》
《張飛の指揮にも原因あり》
関羽。
弟の指揮に原因があると、兄が書いた。そして、それを書けるのは、二年前、自分の指揮に原因があると書いた人だけである。
《補給責任者を恐怖で動かさない》
あの一行を書いていなければ、今日の二行は書けない。
張飛は書状を見た。
「俺も書くのか」
「当事者です」
俺が答える。
「俺を殺そうとした者だぞ」
「だからこそです」
張飛は長く迷った。筆を持ったまま、三度置いた。
「俺が許したと書けば、罪が軽くなるのか」
「叔父上が許しても、国への罪は残ります」
「ならば」
「処刑を望まないと書いてください」
張飛は筆を取った。字は大きく、荒い。
《両名の死刑を望まぬ》
一度止まり、さらに書く。
《俺にも責任がある》
張飛は、筆を置いた。
「これでよいか」
「はい」
字が、下手である。そして、この人が下手な字で書いた紙を、俺は二度、受け取っている。
一度目は、九年前。《殴った者》の名が六つ書いてあった。二度目が、今日である。
趙雲も署名。馬良も。閬中の副官たちも。
最後に、范彊と張達を受け付けた若い書記が署名した。楊戯。二十歳である。
《自首した者が処刑されれば、相談制度は機能しなくなる》
十一人である。
そして、いちばん下の署名が、いちばん正確だった。自分の職務が消えることを、この人だけが書いた。
◆
異議書を成都へ送る。処刑は、皇帝の再判断まで停止。制度上は可能だった。
だが、父が命令停止を認める保証はない。
成都では、執行評議が開かれた。俺たちは閬中にいたため、議事内容は後に記録で読んだ。
父は異議書を机へ投げた。
「私の命令へ、これほど多くが反対するのか」
諸葛亮が頭を下げる。
「制度に従ったものです」
「制度を作ったのは私だ」
「はい」
「だが、弟を殺そうとした者まで守る制度ではない」
法正が口を開いた。四十五である。咳が残っている。
「陛下」
「孝直」
「両名を守るのでは、ありません」
「では何だ」
「次に陛下の弟を殺そうとする者が、自首する道を守ります」
父の顔が険しくなる。
「次もあると申すか」
「人がいる限り、不満も殺意もなくなりません」
法正は冷静だった。
「陛下が、殺意そのものを禁じても消えません」
「ならば、恐れさせる」
「恐れた者は、黙って実行します」
法正自身。恐怖では動かない。恨みを消さない。だからこそ、父の怒りを正面から受ける。
十四年前、俺はこの人の簿に《行い、悪くない》と書いた。そして、この人は「取引でございます」と言った。
今日、その取引が、いちばん高い場面で履行されている。
「二人を処刑すれば、軍律は守られる」
父が言う。
「同時に、自首制度が死にます」
蔣琬が答えた。
「何を優先する」
「両方を残す刑を考えるべきです」
諸葛亮が言う。
「死刑を免じることと、無罪は同じでは、ありません」
龐統は複数案を出した。
上策。死罪を免じ、終身の監視下で土木・兵站に従事。
中策。一定年数の強制労役後、身分を最低位から再審査。
下策。死刑。
父が尋ねる。
「なぜ死刑が下策だ」
「殺せば、それ以上働きません」
龐統は合理性だけで答えた。
「道路、堤防、倉庫。働かせる場所はいくらでもあります」
董和が眉を寄せる。
「人を費用だけで判断すべきでは、ありません」
「死刑よりは有用です」
この男は、十四年、この喋り方を変えていない。そして、十四年で三度、この喋り方が人を救った。
一度目は、劉巴の登用。二度目は、捕虜三万の処遇。そして今日である。
◆
法正が言った。
「陛下」
「何だ」
「私は復讐を好みます」
全員が知っている。
「許靖に対しては、今も不満がございます」
許靖が会議の端で目を閉じた。聞こえないふりをしている。
「しかし」
法正は続けた。
「復讐には、目的が必要です」
「目的?」
「両名を殺せば、陛下は何を得ます」
「正義だ」
「正義は、死体の数で測るのですか」
父の手が、机を叩いた。
「孝直!」
法正は頭を下げない。
「恐怖による服従なら得られます」
「それが軍律だ」
「いいえ」
法正は言った。
「恐怖による沈黙です」
父の顔が赤くなる。皇帝へ、臣下が、正面から否定する。
異議制度がなければ、法正でも危険だったかもしれない。そして、この人は制度の外でも同じことを言っただろう。
制度は、この人を守るためにあるのではない。この人しか言えないことを、他の人にも言えるようにするためにある。
「ならば、どう罰する」
父が問う。諸葛亮が案を読み上げた。
官位剥奪。武器所持禁止。八年間の監視付き労役。配置先は前線ではなく、道路と堤防の整備。
俸禄の一部を、張飛軍で暴力を受けた兵士の治療と家族支援へ充てる。
三年ごとに行状を審査。逃亡、再犯、虚偽があれば刑を加重。家族には連座させない。
三行目が、いちばん重い。
《張飛軍で暴力を受けた兵士の治療と家族支援》
六十一人である。
そして、この一行を書いたのは、諸葛亮だった。俺の簿を、読んだのだろう。
十一年、俺は誰にも見せていない。そして、この人は、俺が何を数えているかを知っている。
「軽い」
父は言った。
「八年です」
蔣琬が答える。
「生きて責任を負い続けます」
「翼徳は、何と言っている」
張飛の異議書が読み上げられる。
《両名の死刑を望まぬ》
《俺にも責任がある》
父の顔が変わった。怒り。驚き。悲しみ。
「翼徳が」
父は呟いた。
「そのようなことを」
関羽の異議も読む。
兄弟二人が、自分を守ろうとする父へ、処刑しないでほしいと求めている。
父が怒っていたのは、弟のためだった。そして、弟二人が、それを止めている。
この人の怒りは、いつも、行き先を持たない。そして、行き先を持たない怒りは、いちばん近いものを焼く。
◆
父は長い間、黙っていた。記録には「半刻」と書いてある。蔣琬は、こういうところを必ず書く。
最後に、命令書を取り戻した。赤い封を破る。
「死刑を取り消す」
全員が頭を下げた。
「ただし」
父の声は厳しい。
「これは許しではない」
「承知しております」
諸葛亮が答える。
「二人の罪を記録せよ」
「はい」
「翼徳の命令と指揮も、同じ記録へ残せ」
父は目を閉じた。
「二人だけを罪人にしてはならぬ」
四年前、俺は「だれも、わるくありません」と言った。三千斛が腐り、千人が二度徴発され、陳紀が処罰されかけた日である。
そして今日、父は「二人だけを罪人にするな」と言っている。
同じことである。そして、俺のときは八歳の理屈で、今日は皇帝の勅である。
【帝国異議制度・初回運用】
対象 范彊・張達死刑命令
原決定 死刑
異議提出 十一名
再決定 死刑撤回/八年間の監視付き労役
皇帝
異議制度遵守 成功
迎合抑制 上昇
劉備の不満 高
十一名である。俺は、その数字を、長いこと見ていた。
四年で、三件だった。そして今日、一日で、十一件。
俺は、諸葛亮の言葉を思い出した。
「主公は、怒られませぬ。ゆえに、余計に書けませぬ」
違った。怒るか、怒らないかでは、なかった。
書いた紙が、どこへ行くかである。
四年前、反対を書いても、それは簿に残るだけだった。読むのは、父一人。そして、父は怒らない。それだけである。
今日は、違う。十一人が、同じ紙へ署名した。そして、その紙が、成都で読み上げられた。
一人で書けば、意見である。十一人で書けば、制度になる。
二年前、関羽を助けたときも、十一人だった。偶然である。
そして、たぶん、偶然ではない。一つの丸を消すのに、この国では、十一人要る。
制度は機能した。父は、自分が作った制度に従った。
簡単では、なかった。不満も残った。それでも——皇帝の命令が、臣下の反対によって修正された。
◆
処刑の日。二人が死ぬはずだった日。
范彊と張達は、道路工事の現場へ送られた。出発前、張飛が二人の前へ立つ。
「八年だ」
「はい」
「逃げるな」
「はい」
「俺も」
張飛は少し言いにくそうに続ける。
「八年で変わる」
二人が顔を上げる。
「次に会った時」
張飛は言った。
「俺を殺したいか、もう一度聞く」
「叔父上」
「何だ」
「聞かない方がよいです」
張飛は不満そうだった。それでも、二人を殴らなかった。処刑もしなかった。
范彊と張達は生きた。張飛も生きた。
歴史では、三人とも破滅した関係が。完全ではないまま、別の道へ進み始めた。
八年後である。そして、そのときの俺は、まだ知らない。
八年後に、この三人が、どこにいるのかを。
〈あとがき〉
「一人で書けば、意見である。十一人で書けば、制度になる」——四年で三件だった反対が、一日で十一件になりました。怒るか怒らないかではなく、書いた紙がどこへ行くか、でした。
そして、関羽を救ったときも十一人でした。「一つの丸を消すのに、この国では、十一人要る」。
「二人だけを罪人にしてはならぬ」。四年前、八歳が「だれも、わるくありません」と言った理屈が、今日、皇帝の勅になっています。
《劉禅文庫 再読『American Icon』——最初の一人が拍手されると、翌週から赤が出る。一人目と二人目の間が、いちばん高い。越えたあとは、速い》
次回、皇太子の結婚が、人事案件として評定に出ます。当人が末席で聞いています。




