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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第四部 関羽を死なせるな

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第64話 虎の娘は、国境条約ではありません


「叔父上」


俺は関羽の返書草案を持ち上げた。


「これは送れません」


「なぜだ」


「戦争が始まるからです」


「縁談を断っただけで戦う者があるか」


「断り方の問題です」


関羽は本気で分かっていない顔をした。


《虎の娘を、犬の子へ与えるものか》


自分を虎。


孫権を犬。


孫権の息子を犬の子。


縁談への返答として、最大級の侮辱である。


「事実だ」


「何がです」


「我が娘は、犬の家へ送るために育てたのではない」


「孫家を犬と呼ぶ必要がありますか」


「江東の鼠と呼ばなかっただけ、配慮している」


配慮の基準がおかしい。


馬良が既に修正版を作っていた。


《孫劉両家の関係を重んじるご提案に感謝する》


《しかし、現在は漢中・樊城の戦が続き、婚姻を急ぐ状況にない》


《両家の関係が安定した後、改めて協議したい》


完璧である。


断っている。


しかし、相手の面子は潰さない。


関羽は読んで顔をしかめた。


「何も言っておらぬのと同じだ」


「言っています」


「私が嫌だということが伝わらぬ」


「伝える必要がありますか」


「ある」


どうしても感情を添えたいらしい。


「そもそも」


俺は尋ねた。


「娘本人には聞きましたか」


関羽が止まった。


「何を」


「婚姻を望むかどうかです」


「父が決める」


この時代では、珍しい考えではない。


婚姻は家同士、国同士の関係を作る手段である。


本人の希望より、政治的価値が優先される。


それでも。


俺が作りたい国では、人を契約の品として扱いたくない。


「叔父上の娘は、人です」


「当然だ」


「では、聞いてください」


「娘が天下のことを判断できるか」


「自分の人生のことは、本人が一番関係しています」


関羽は不満そうだった。


それでも、娘を呼んだ。


関羽の娘は十六歳になっていた。


母親に似たのか、顔立ちは穏やかである。


しかし目は父親に似ていた。


強い。


関羽の前へ座っても、怯えない。


「父上」


「孫権より、縁談が来た」


「聞いております」


「断る」


「私に聞く必要はないのでは?」


鋭い。


関羽が俺を見た。


「殿下が、聞けと」


娘は俺へ視線を向けた。


「殿下は、私が江東へ嫁ぎたいかをお尋ねですか」


「はい」


「行きたくありません」


即答だった。


関羽の顔に、明確な満足が浮かぶ。


「聞いたであろう」


「理由を聞いてください」


関羽の満足が消える。


娘は言った。


「孫家が嫌いだからではありません」


「では」


「今の縁談では、私は人質です」


室内が静まった。


「蜀と呉が争えば、私は疑われる。蜀が勝てば孫家から憎まれ、呉が勝てば父上から裏切り者と思われるかもしれません」


十六歳の少女が、政治的な立場を正確に理解している。


「両国に信頼がないまま婚姻しても、私一人に関係を支えることはできません」


魯粛が死んだ。


国境制度は作った。


だが、呉と蜀は互いに相手を将来の敵と見ている。


その状態で一人の少女を嫁がせても、同盟の代わりにはならない。


「関係が安定した後なら?」


俺が尋ねる。


娘は少し考えた。


「相手の方と会い、話をしてから決めたいです」


関羽が驚く。


「会う?」


「一度も会わずに、一生を決めるのですか」


「婚姻とは、そのようなものだ」


「父上は、母上と会わずに決めたのですか」


関羽が黙った。


馬良が視線を逸らす。


俺は聞かなかったことにした。


娘は、父が書いた草案を見る。


《虎の娘を、犬の子へ与えるものか》


顔が赤くなる。


怒りである。


「父上」


「何だ」


「私は、虎の娘という名前ではありません」


「たとえだ」


「孫家の息子も、犬の子という名前ではありません」


正論である。


「この返事を送れば、私が孫家を侮辱したことになります」


「書いたのは私だ」


「私の縁談への返事です」


関羽は言葉に詰まった。


武力百。


忠義百。


娘との交渉能力は低い。


「季常」


関羽が馬良を呼ぶ。


「はい」


「修正版を」


馬良の文章を使うのかと思った。


関羽は続けた。


「娘本人の意思も加えよ」


娘が驚く。


「よろしいのですか」


「お前が、自分の言葉に責任を持つならな」


関羽の娘は筆を取った。


《ご提案に感謝いたします》


《しかし、現在の両国関係において婚姻すれば、私一人へ過大な役割を負わせることになります》


《婚姻によって同盟を作るのではなく、同盟が安定した後に婚姻を考えるべきだと思います》


《将来、正式な場でご子息とお会いし、互いの意思を確認する機会があれば、その際に改めて考えます》


強い文章だった。


断っている。


同時に、扉を完全には閉じていない。


孫家を侮辱してもいない。


関羽が読んだ。


「長い」


「父上の報告書よりは短いです」


娘の反撃。


俺は笑いを堪えられなかった。


馬良も口元を押さえている。


関羽は不満そうだったが、最終的に署名した。


返書は孫権へ送られた。


数週間後。


呉から返事が来た。


孫権本人ではなく、息子から関羽の娘へ宛てたものだった。


《率直なご返答に感謝する》


《私も、父たちの都合だけで婚姻を決めることを望まない》


《両国の関係が安定した際には、一人の人間としてお会いしたい》


関羽は何度も読み返した。


「犬の子にしては、まともな文章だ」


まだ犬の子と呼んでいる。


だが、本人へは送っていない。


大きな改善である。


視界に結果が表示された。


【孫権縁談対応】


歴史上の侮辱事象

回避


孫権の関羽への感情


侮辱 発生せず

警戒 高

不満 中


荊州攻略意思

54 → 47


関羽


家族への権限委譲

2 → 11


家族への権限委譲という項目まであるのか。


関羽の娘が退出した後。


関羽が俺へ小声で尋ねた。


「殿下」


「はい」


「私は、あの子へ嫌われているのか」


軍神が、本気で不安そうだった。


「大切に思われています」


「ならば、なぜあれほど強く言う」


「叔父上に似たのでは?」


関羽は黙った。


馬良が、珍しく声を出して笑った。


「季常」


「申し訳ありません」


「今の笑いも報告書へ書くのか」


「必要であれば」


少しだけ、室内が明るくなった。


しかし、孫権の婚姻提案を穏やかに断っただけで、戦略上の対立が消えたわけではない。


呂蒙の荊州攻略意思は、まだ四十七。


そして、その呂蒙が病に倒れたとの報告が入った。


「子明が?」


関羽は驚いた。


呉からの正式報告。


呂蒙は重病。


前線指揮を離れる。


後任として、若い陸遜が国境方面の責任者になる。


関羽の能力画面が動く。


関羽から呂蒙への警戒

100


関羽から陸遜への警戒

19


以前は二だった。


俺が警告し続けた結果、十九まで上がった。


それでも低い。


陸遜から、関羽へ丁寧な就任挨拶が届いた。


《雲長将軍の威名は天下を震わせ、私のような若輩が及ぶところではありません》


《国境の安定について、将軍のご指導を仰ぎたい》


《樊城での大勝を、心よりお祝い申し上げます》


褒めている。


へりくだっている。


完璧に。


俺の視界に赤い文字が浮かんだ。


【陸遜】


固有特性

【へりくだって待つ】発動


目的

関羽の警戒低下

荊州守備兵力の北上誘導


成功確率

現在62%


呂蒙の病は、本当なのか。


そして、陸遜の謙遜はどこまで本心なのか。


犬の子という侮辱は回避した。


次に来たのは、軍神の自尊心を褒める罠だった。


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― 新着の感想 ―
今度は褒め殺しですか。一難去ってまた一難、阿斗君がんばっ。それにしても、いつの時代も父は娘に弱いんですね。あの関羽将軍が!(笑)なんだか久々にほのぼのしました。
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