第60話 白衣渡江を防ぐには、商人を疑うな
呂蒙は、礼儀正しい男だった。
軍人らしい体格。
落ち着いた声。
相手を威圧しない表情。
以前は武勇だけの将と見られていた。
だが孫権に学問を勧められ、書を読み、戦略を身に付けた。
努力によって自分を作り変えた人物である。
そのため、俺は呂蒙を嫌いになれなかった。
歴史上、関羽を死へ追い込む男であっても。
新しい国境会合。
魯粛の席には呂蒙が座った。
その横には、若い文官がいる。
年齢は二十代前半。
穏やかな顔。
控えめな姿勢。
呂蒙の記録係として参加したらしい。
関羽は若い男を一度見ただけで、興味を失った。
俺は違った。
呂蒙の能力画面を開く。
【呂蒙 字・子明】
統率 95
武力 87
知略 98
政務 83
魅力 89
水軍 100
学習能力 100
奇襲 100
偽装 99
兵士統制 96
外交忍耐 62
固有特性
【呉下の阿蒙にあらず】
経験と学習によって能力が大きく上昇する。
【白衣渡江】
非軍事的な外見と民間経路を利用し、防衛線を無力化する。
【機会を逃さない】
敵の主力不在や内部対立を発見した場合、即座に作戦化する。
【民心を先に取る】
占領地で略奪を禁じ、住民の協力を得る。
孫権への忠誠 100
関羽への評価 91
関羽への警戒 100
荊州攻略意思 68
高い。
関羽を倒したのは、卑怯なだけの将ではない。
学習し、兵を統制し、住民の心まで考える優秀な指揮官だ。
次に、若い文官。
【陸遜 字・伯言】
統率 88
武力 54
知略 99
政務 96
魅力 92
長期戦略 100
火計 100
忍耐 100
謙譲偽装 100
敵の自尊心利用 100
固有特性
【若者に見える】
相手から能力を過小評価される。
【へりくだって待つ】
敵が油断するまで、評価を低く保つ。
【夷陵の炎】
森林・風・補給線を利用した火攻めに極めて高い適性を持つ。
将来危険対象
劉備
視界が赤くなった。
夷陵。
関羽の仇討ちへ向かった父を、陸遜が火攻めで破る。
まだ関羽も生きている。
父も呉を攻めようとは考えていない。
だが、未来の危険が目の前に座っている。
関羽が若い陸遜へ言った。
「子明。記録係まで会談へ連れてきたのか」
陸遜は頭を下げる。
「若輩ゆえ、先達のお話から学ばせていただきます」
関羽の評価画面が動く。
関羽から陸遜への評価
若い文官
脅威度 2
二。
危険である。
「叔父上」
俺は小声で呼んだ。
「何だ」
「伯言殿は、優秀な方です」
陸遜の眉がわずかに動く。
呂蒙も俺を見る。
関羽は少し不思議そうだった。
「会ったばかりだろう」
「会ったばかりでも分かります」
「何ができる」
本人の前で能力を発表するわけにはいかない。
「待つことです」
俺は答えた。
陸遜の口元が、ほんの少し上がった。
「殿下に評価いただき、光栄です」
謙譲偽装百。
表情から本音は読めない。
会談が始まった。
呂蒙は魯粛の残した協定を守ると述べた。
「孫権様も、直ちに関係を変えるお考えはありません」
直ちに。
言葉が限定されている。
「我らも協定を守る」
関羽が答える。
「ただし、呉軍が境界を越えぬ限りだ」
「同様です」
両者の言葉は丁寧だ。
信頼は薄い。
俺は新しい国境管理案を出した。
商船の共同登録。
登録証は、呉と荊州の両方が確認できる印を付ける。
船員名簿。
積荷。
出発地。
到着予定日。
異常に船員が増えた場合は確認する。
烽火台は、毎日決まった時刻に信号を送る。
信号が止まった場合、近隣の別の烽火台が確認する。
一か所を奪われても、全体が沈黙しないようにする。
国境の守備兵は、商人を一律に敵視しない。
ただし、軍人と商人の身分を確認する。
呂蒙が俺を見る。
「殿下は、呉軍が商人へ化けるとお考えですか」
核心を突かれた。
「呉だけではありません」
俺は答える。
「魏軍も。盗賊も。密輸商人も」
「同盟国まで疑う制度ですな」
「同盟を守るための制度です」
「信用していないから、調べる」
「信用だけで国境を開く方が危険です」
俺は魯粛の言葉を使った。
「信じている者同士に、盟約は不要です」
呂蒙が一瞬、目を伏せた。
魯粛の言葉だと分かったのだろう。
「子敬殿から聞かれましたか」
「はい」
「ならば、私も反対しにくい」
少し笑う。
「ただし、商人へ過度な負担をかければ、交易が止まります」
正しい。
防衛を強くしすぎれば、経済が死ぬ。
登録料は低くする。
検査時間に上限を設ける。
不当に荷物を奪った兵士は処罰する。
疑わしい船も、理由を記録する。
国境兵の気分だけで止めない。
陸遜が初めて意見を述べた。
「双方の兵が、互いの登録所を定期的に見学するのはいかがでしょう」
共同監査。
相手の仕組みを見る。
不正があれば指摘する。
同時に、互いの防衛制度も見える。
危険はある。
「全てを見せる必要はない」
馬良が言った。
「商船登録に関する部分だけです」
呂蒙が頷く。
「よいでしょう」
関羽は不満そうだった。
「敵へ国境の仕組みを見せるのか」
「同盟国です」
馬良が訂正する。
「同盟国であっても、敵になる可能性はある」
関羽の方が率直である。
呂蒙は怒らなかった。
「雲長殿のお考えは、私も同じです」
二人が初めて完全に一致した。
互いに相手を将来の敵だと思っている。
「だからこそ」
俺は言った。
「戦わない方が得になるようにします」
交易量。
関税。
船着場の使用。
鉄や塩の交換。
双方が協定から得る利益を記録する。
戦争が始まれば失うものを、見えるようにする。
呂蒙は興味深そうに竹簡を見た。
「殿下は、友情より利益を信じられるのですか」
「友情も信じます」
俺は答えた。
「ですが、次の世代まで同じ友情は続きません」
魯粛は死んだ。
関羽も、いつかいなくなる。
俺も。
個人の友情だけでは国は残らない。
「利益は変わります」
陸遜が言う。
「呉が荊州を得た方が利益になる場合は?」
鋭い。
俺は陸遜を見た。
「荊州を取る費用が、得られる利益より大きくなるようにします」
防衛を強くする。
同盟を維持する。
民衆が呉軍へ協力する理由を減らす。
奇襲が成功しにくい仕組みを作る。
それでも攻めるなら、大きな損失を覚悟させる。
呂蒙の能力画面が変化した。
荊州攻略意思
68 → 59
低下要因
・奇襲成功率低下
・共同監査による準備露見危険
・交易利益増加予測
少し下がった。
ゼロにはならない。
呂蒙は呉の将である。
呉の利益のために荊州を取る可能性は残る。
「殿下」
呂蒙が言った。
「正直に申し上げます」
「はい」
「雲長殿が荊州の兵を率いて北へ進み、守りが薄くなれば」
関羽の目が細くなる。
「私は、荊州を取るべきだと孫権様へ進言するかもしれません」
会談の空気が凍った。
趙雲の手が、わずかに剣へ近づく。
「子明」
関羽の声が低い。
「今、私を脅したか」
「いいえ」
呂蒙は関羽の目を見返す。
「危険を事前に報告しました」
俺は息を吐いた。
関羽へ週報を書かせた結果。
敵まで危険を報告するようになった。
「ありがとうございます」
俺は言った。
関羽が俺を見る。
「礼を言うのか」
「黙って攻められるよりよいです」
呂蒙が動く条件が分かった。
関羽が北上する。
荊州の守備が薄くなる。
内部に不満がある。
商船や民間船を使える。
烽火台を無力化できる。
住民が呉軍を受け入れる。
条件を一つずつ消せばよい。
「叔父上」
俺は関羽を見る。
「北へ進む場合は、呂蒙殿が攻める前提で計画してください」
「攻めてくるなら、討つ」
「荊州に叔父上がいなければ、誰が討つのです」
関羽は答えなかった。
呂蒙も黙っている。
国境会合は、表面上は友好的に終わった。
共同商船登録。
烽火台の重複化。
国境連絡網。
交易利益の記録。
三か月ごとの会合。
制度は成立した。
【白衣渡江対策・第一段階】
商船偽装侵入成功率
73% → 28%
烽火台同時無力化成功率
61% → 24%
呉の奇襲意欲
低下
関羽孤立危険度
41% → 34%
会談の後。
陸遜が俺の前へ来た。
「殿下」
「何でしょう」
「なぜ私を、それほど警戒されるのです」
顔は穏やかだ。
本心は分からない。
「警戒されていると感じましたか」
「雲長殿へ、私が優秀だとお伝えになりました」
「事実です」
陸遜は少し笑った。
「私は、まだ何の功績もございません」
「功績が出てからでは遅いのです」
「私が、蜀へ害をなすと?」
将来。
父を夷陵で破る。
だが、まだ起きていない。
今の陸遜を、未来の罪で敵視してはならない。
「伯言殿は、呉のために働きます」
「はい」
「私は、蜀のために働きます」
「当然です」
「だから、互いに優秀な方がよい」
陸遜の目が、わずかに開く。
「無能な敵を望まれないのですか」
「無能な隣国は、予想できないことをします」
優秀なら、自国の損得を計算する。
戦争が不利なら避ける。
約束に利益があれば守る。
陸遜は深く頭を下げた。
「殿下のお言葉、覚えておきます」
陸遜から劉禅への評価
警戒すべき神童
↓
将来交渉可能な相手
友好度 9 → 23
味方にはできない。
だが、話せる相手にはできる。
魯粛が残した協力関係を、少しだけ次へつなげられた。
その夜。
魏軍の動きを知らせる早馬が来た。
曹仁が樊城の防備を強めている。
于禁の援軍も準備されている。
漢中では、父と法正が大規模な作戦を始めようとしている。
関羽は地図の前に立った。
目が輝いていた。
「今、樊城を圧迫すれば」
低い声。
「魏は漢中へ兵を集中できぬ」
戦略的には正しい。
そして歴史は、ここから関羽の絶頂へ向かう。
洪水。
于禁降伏。
龐徳斬首。
中華震動。
曹操が遷都を考えるほどの大勝利。
その成功が、関羽を最も危険な場所へ押し上げる。
俺の視界に警告が現れた。
【樊城作戦提案】
初期成功確率
81%
最終生還確率
39%
注意
失敗より、成功が危険です。
戦うなと言えばよいのか。
正しい機会を、未来の恐怖だけで捨てるのか。
関羽を救うとは、関羽から戦を取り上げることではない。
勝って、生きて帰る条件を作ることだった。




