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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第四部 関羽を死なせるな

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51/86

第50話 関羽からの抗議状


荊州(けいしゅう)から、書状が来た。


七日に一度の、定例の報告ではない。


——別便であった。



    ◆



建安(けんあん)二十三年。


俺は、十一になった。


漢中(かんちゅう)の戦は、二年目に入っていた。


陽平関(ようへいかん)で止まっている。


山道が細く、軍が動かない。


そして、糧だけが、消えていく。



    ◆



事の起こりは、陳紀(ちんき)だった。


——三年前、三つの命令に挟まれて震えていた男である。


今は、命令照合役をしている。


【誤記発見 九十一】


この国の記録は、この人が守っている。


その陳紀が、俺のところへ来た。


顔色が、悪い。


「若君」


陳紀(ちんき)どの」


「……お目通しいただきたいものが」


——


竹簡を、三本持っていた。



    ◆



「荊州からの、報告にございます」


「はい」


「七日ごとの、数でございます」


「はい」


陳紀は、竹簡を並べた。


「六月の分。七月の分。八月の分」


「はい」


「糧の残り日数が、書いてございます」


——


六月——八月分。


七月——七月分。


八月——七月分。


——


「……七月から、減っていません」


「はい」


「一月経って、減っていません」


「はい」


——


「食べていないのですか」


陳紀は、俯いた。


そして、言った。


「あるいは、(おぎな)ったか」



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【荊州 兵糧】


報告値 七月分(二月連続)


推定実値 五月分

乖離 二月分


考えられる要因

 ・計量誤差

 ・報告時点のずれ

 ・実地との不一致

```


——実地との、不一致。


……


——数字(すうじ)が、合っていない。



    ◆



俺は、諸葛亮(しょかつりょう)のところへ行った。


「先生」


「はい」


俺は、竹簡を置いた。


「荊州の糧が、二月、減っていません」


——


羽扇が、止まった。


諸葛亮は、竹簡を三本、順に読んだ。


そして、こう言った。


「……計り方が、変わったのかもしれませぬ」


「はい」


「あるいは、途中で買い足したか」


「はい」


「あるいは、報告の日付がずれたか」


——


全部、あり得る。


そして、全部、確かめていない。



    ◆



「先生」


「はい」


「人を、出したいです」


——


諸葛亮の手が、止まった。


「……人、でございますか」


「はい」


「荊州へ」


「はい」


「何をさせます」


俺は、答えた。


「倉を、見てきてもらいます」


——


長い、長い沈黙があった。



    ◆



やがて、諸葛亮は言った。


「なりませぬ」


——


即答だった。


この人が、俺に「なりませぬ」と言ったのは、初めてである。


「なぜですか」


雲長(うんちょう)どのを、疑うことになります」


「疑っていません」


「向こうは、そう受け取ります」


「……」


「若君」


諸葛亮は、羽扇を膝に置いた。


「今、あの方を怒らせてはなりませぬ」


「なぜですか」


「漢中でございます」


——


「主公は、定軍山(ていぐんざん)の前でございます」


「はい」


「この戦の間、荊州が動かぬことが、何より大事でございます」


「……」


「動かぬために、あの方の機嫌を損ねてはなりませぬ」


——


正しい。


——そして、俺は、この言い方を知っている。


前世で、何百回も聞いた。


「今は、彼の機嫌を損ねる時期ではない」


そして、その「今」は、永遠に終わらない。



    ◆



俺は、しばらく黙っていた。


そして、聞いた。


「先生」


「はい」


「いつなら、いいですか」


——


諸葛亮は、答えなかった。


「漢中が終われば、いいですか」


「……」


「来年ですか」


「……」


「再来年ですか」


——


羽扇が、動かなかった。


やがて、この人は言った。


「……分かりませぬ」



    ◆



俺は、その日、父に会いに行けなかった。


父は、漢中にいる。


だから、俺は自分で決めた。


——十一である。


発言権は、まだない。


そして、名目上、俺は劉備(りゅうび)の嫡子である。


——使えるものは、使う。



    ◆



俺は、二人の官吏を選んだ。


一人は、陳紀(ちんき)


——誤記発見九十一。


そして、改革意思十二。


この人は、余計なことを一切しない。


言われた数だけを、数える。


もう一人は、馬良(ばりょう)


——白眉。断る力十七。


そして、荊州の生まれである。


襄陽(じょうよう)宜城(ぎじょう)


——関羽(かんう)の下で、五年働いたこともある。


顔が、通る。



    ◆



季常(きじょう)


「はい、若君」


「荊州へ、行っていただけますか」


馬良は、少し驚いた顔をした。


「……何を、いたしますので」


「倉を、見てきてください」


「……」


「数えてください」


——


馬良は、しばらく黙っていた。


そして、白い眉を下げた。


「……若君」


「はい」


「それは、雲長(うんちょう)さまが」


「はい」


「お怒りに、なります」


「知っています」


——


「……」


「それでも、行っていただけますか」


——


馬良は、答えた。


——断る力、十七である。


「……承知いたしました」


——


俺は、その返事を聞いて、少し嫌な気持ちになった。


——この人は、断れない。


そして、俺は、それを知っていて、頼んだ。



    ◆



二人は、十月に発った。


そして、十二月に、書状が来た。


——馬良(ばりょう)からではない。


関羽(かんう)からである。



    ◆



俺は、それを一人で読んだ。


誰にも、見せなかった。


——竹簡は、一本だった。


短い。


そして、字が、いつもと違った。


——太い。


筆圧が、強い。



    ◆



> 劉禅(りゅうぜん)さまへ


——


若君、ではなかった。


諱で、書かれていた。


> 馬良と陳紀、参りました。

>

> 倉を開き、数えて帰りました。

>

> 私は、拒みませんでした。


——


> 一つ、申し上げます。

>

> 私は、建安(けんあん)の初めより、主公に仕えております。

>

> 二十余年でございます。

>

> その間、糧を(わたくし)したことは、一度もございませぬ。


——


> 数を数えられるのは、構いませぬ。

>

> 七日に一度、書いております。

>

> 数も、改めました。若君の仰せどおりに。

>

> ——ですが。


——


> 人を寄越(よこ)すのは、数えるためではございませぬ。

>

> 見に来たのでございましょう。

>

> 私が、嘘を書いていないかを。


——


> 劉禅(りゅうぜん)さま。

>

> 私は、あなたさまが(みっ)つの頃から、存じ上げております。

>

> 春秋(しゅんじゅう)を、お教えいたしました。

>

> 曹沫(そうかい)のことも、あなたさまに教わりました。


——


> あのとき、私は申しました。

>

> 「若君の申されることを、一つだけ、聞くことにする」

>

> ——

>

> これが、その一つでございますか。


——


俺は、そこで、竹簡を落とした。



    ◆



手が、震えていた。


——違う。


これは、そうではない。


あの「一つ」は、まだ使っていない。


——五年、取っておいた。


関羽の死を止めるために、取っておいた。


……


——だが、この人には、そう見えている。


そして、俺は、そう見えるように振る舞った。



    ◆



書状には、まだ続きがあった。


> 返答は、要りませぬ。

>

> 私は、荊州を守ります。

>

> 二十年、そうしてまいりました。


そして、最後の一行。


> 荊州(けいしゅう)、異常なし。


——


俺は、その四文字を、長いこと見ていた。



    ◆



```

【関羽 字・雲長】


劉禅への信頼 71 → 34

劉禅への態度 保護対象 → 保護対象(要警戒)


荊州孤立危険度 19% → 27%

```


——三十七、下がった。


そして、危険度が八、上がった。


……


——俺が、上げた。



    ◆



——そして、馬良(ばりょう)が帰ってきた。


年が明けて、二月である。



    ◆



「若君」


馬良は、痩せていた。


顔色も、悪い。


季常(きじょう)


「……ただ今、戻りました」


「倉は」


馬良は、竹簡を出した。


そして、言った。


「足りませぬ」


——


「どれくらい」


「二月分」


——


陳紀の見立てと、同じである。


誤記発見九十一。


この人は、竹簡を読んだだけで、当てていた。



    ◆



「なぜですか」


俺は、聞いた。


「盗まれましたか」


「……いいえ」


「腐りましたか」


「……いいえ」


——


馬良は、しばらく黙っていた。


そして、言った。


南郡(なんぐん)の倉でございます」


——南郡。


——江陵(こうりょう)である。


そして、南郡太守は——


糜芳(びほう)どのでございます」


——


俺は、その名を聞いて、動きを止めた。



    ◆



糜芳(びほう)


——糜竺(びじく)の、弟。


八年前、俺が名前を書いた人である。


《名のない者》の簿に。


あのとき、この人は言った。


> 「私は、雲長さまの下で、うまくやれておりません」

> 「申し上げると、兄に迷惑がかかります」


——


```

【糜芳】

内部不満 71

表明経路 なし

```


——八年前の数字である。



    ◆



季常(きじょう)


「はい」


「びほうどのは、何をしましたか」


馬良は、答えた。


「何も、しておりませぬ」


「……え」


「数えて、おられませぬ」


——


「倉の出し入れを、帳に付けておられませぬ」


「……」


「下の者に任せ、下の者は、前の月の数を写しておりました」


——


俺は、そこで、頭を抱えた。


——写した。


前の月の数字を、そのまま。


だから、二月、減らなかった。


……


——不正では、ない。


盗んでもいない。


——


ただ、数えていないだけである。



    ◆



季常(きじょう)


「はい」


「なぜ、数えないのですか」


——


馬良は、長いこと黙っていた。


そして、答えた。


「……若君」


「はい」


「南郡の倉は、糜芳(びほう)どのお一人で、四十を超えております」


「……」


「そして、書ける者が、三人しかおりませぬ」


——


「荊州の書記は、みな漢中(かんちゅう)へ回されました」


——


俺は、そこで、息が止まった。



    ◆



——漢中である。


去年、俺は数字を見た。


輸送人員、十万以上。


そして——


書ける人間も、そこへ行った。


……


——読み書きできる者、三十四名。


九年前、龐統(ほうとう)が兵籍を整理したときに見つけた数字である。


あのとき、俺は喜んだ。


「名前を書いたら、船大工が七人出てきた」と。


——そして、その人たちを、全部、漢中へ送った。



    ◆



「先生」


俺は、諸葛亮(しょかつりょう)のところへ走った。


「はい」


「荊州の書記は、何人ですか」


——


羽扇が、止まった。


そして、この人は答えた。


——即座に、である。


「十一名でございます」


「前は」


「四十七名」


——


三十六人、減っている。


「どこへ」


「漢中でございます」


——


「いつですか」


「一昨年の冬」


——


「誰が、決めましたか」


——


諸葛亮は、答えた。


「私でございます」



    ◆



——沈黙が、長かった。


やがて、この人は言った。


「若君」


「はい」


「荊州の糧が合わぬのは、私の責でございます」


「……」


「書ける者を、私が引き上げました」


「……」


「そして、それを雲長(うんちょう)どのへ伝えておりませぬ」


——


「伝えれば、拒まれると思いました」


——


俺は、そこで、この人の顔を見た。


——目の下の影が、去年より深い。


そして、この人は、逃げなかった。


自分の責だと、先に言った。



    ◆



「先生」


「はい」


「わたしも、間違えました」


「……」


「倉を数えれば、分かると思いました」


「はい」


「数えました」


「はい」


「そして、二月足りないと分かりました」


——


「でも、なぜ足りないかは、数えても分かりませんでした」


——


「書ける人が、いなかったからです」


——


「それは、成都の帳に、書いてあったはずです」


——


俺は、拳を握った。


「荊州へ行かなくても、分かりました」


——


「行かせたのは、わたしです」


——


「そして、うんちょうどのに、疑われました」



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


そして、一行書いた。


《内で分かることを、外へ聞きに行った》


——


そして、その下に。


《いちばん、やってはならぬことだった》


——


前世で、俺はこれを何度も見た。


——現場を疑う前に、本社の資料を全部読む。


それが、最初にやることだ。


「現場へ行って確かめよう」は、その後である。


……


そして、順番を間違えると、現場は二度と本当のことを言わなくなる。



    ◆



——そして、荊州で、もう一つのことが起きていた。


馬良(ばりょう)が、最後に、それを報告した。



    ◆



「若君」


「はい」


「もう一つ、ございます」


「なんですか」


馬良は、言いにくそうにした。


そして、言った。


雲長(うんちょう)さまが、糜芳(びほう)どのへ、仰せになりました」


「……何と」


——


馬良は、竹簡を見ずに、そのまま復唱した。


——たぶん、忘れられなかったのだろう。


(かえ)らば、(まさ)にこれを(おさ)めん」


——


戻ってきたら、処分する。


——


「いつ、仰せに」


「私どもが、倉を数え終えた日でございます」


——


「皆の前で、ですか」


「……はい」


——


「何人、聞きましたか」


馬良は、答えた。


「二十人ほど」



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【糜芳 字・子方】


内部不満 71 → 89

恐怖 34 → 71

表明経路 なし


離反危険度 11% → 34%

```


——三十四。


二十三、上がった。


……


——関羽(かんう)は、間違っていない。


帳を付けていない太守を、放置はできない。


そして、この人は「今すぐ斬る」とは言わなかった。


「戻ったら処分する」と言った。


——猶予を、与えている。


……


——だが。


二十人の前で言われた人間に、猶予は、猶予に見えない。


——判決の、予告に見える。



    ◆



俺は、木簡を出した。


《名のない者》


七十七人。


その中に、糜芳(びほう)の名がある。


八年前に、俺が書いた。


——あのとき、俺は言った。


> 「いって、いい」

> 「おれに、いって」


——


そして、八年、何も来なかった。


一度も、である。


……


——孟達(もうたつ)と、同じだ。


三年前、俺は同じことを言った。


「逃げる前に、言え」


そして、来ていない。


——


窓口を作った。


二人分、作った。


そして、二人とも、使っていない。



    ◆



最後に、俺は関羽(かんう)の書状を、もう一度読んだ。


そして、返事を書いた。


——三日、かかった。


十一の字で、何度も書き直した。


最終的に、四行になった。


> 《雲長どのへ》

>

> 《違います》

>

> 《あれは、一つでは、ありません》

>

> 《一つは、まだ、使っていません》


——


それだけである。


言い訳は、書かなかった。


「疑っていない」とも、書かなかった。


——書いても、意味がない。


この人は、事実しか読まない。



    ◆



返事は、来なかった。


代わりに、七日後、いつもの報告が届いた。


数字が、並んでいた。


魏軍の旗の数。呉の使者の往来。糧の日数。病者の数。修繕の箇所。


そして、六番目の欄。


《部下からの進言》


——


そこには、こう書いてあった。


——なし。


——


八年で、一度も。



次回 第51話「民はKPIではない」


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