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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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48/72

第47話 天才を二人置く方法


六年、この二人は喧嘩をしてきた。


そして今日、初めて分かった。


——九割、同じことを考えていた。



    ◆



建安(けんあん)二十一年の秋。


議題は、漢中(かんちゅう)だった。


去年、曹操(そうそう)張魯(ちょうろ)を降し、漢中を取った。


そして——


そのまま、北へ帰った。


夏侯淵(かこうえん)張郃(ちょうこう)を残して、である。


「取るべきです」


法正(ほうせい)が言った。


——半年前に、俺が「難しい交渉」の職掌を渡した男である。


「取れば、益州の北が固まります。取らねば、いつでも山から降りてこられます」


「うむ」


劉備(りゅうび)が、腕を組んだ。


「孔明は」


諸葛亮(しょかつりょう)は、羽扇を止めた。


そして、言った。


「時期が、早うございます」


——


始まった。



    ◆



龐統(ほうとう)が、口を挟んだ。


「私は、孝直どのに同じます」


「ほう」


「遅れれば、夏侯淵(かこうえん)が守りを固めます」


「孔明は反対か」


「反対ではございませぬ」


諸葛亮は、静かに言った。


「時期の話をしております」


「では、いつだ」


「二年後」


「なぜ二年だ」


「民が、疲れております」


——


法正が、笑った。


あの、皮肉な笑い方である。


「軍師将軍は、いつも二年後と仰せになる」


——


空気が、悪くなった。



    ◆



俺は、その様子を見ていた。


——六年である。


建安(けんあん)十五年、矢の規格で衝突してから、六年。


あのときは、実験で決着した。


統一矢と従来の矢を、三十本ずつ作って、射比べた。


——数字が出た。


そして、二人とも、数字には従った。


——だが、今回は。


漢中は、一つしかない。


取るか、取らないか。


——試せない。


一度やったら、戻せない。


そして、失敗したら、国が傾く。



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【評定 状態】


諸葛亮 正当性確信 94

龐統  正当性確信 97

法正  正当性確信 99


相互理解 諸葛亮→龐統 81

     龐統→諸葛亮 84

     法正→諸葛亮 52


会議決裂危険度 橙

```


——法正の、諸葛亮への理解が、低い。


五十二。


この二人は、あまり話していない。



    ◆



俺は、机の上に這い上がった。


——九つになって、ようやく立ったまま机に手が届くようになった。


這い上がる必要が、なくなった。


……いや。


顔は、まだ出ない。


趙雲(ちょううん)が、抱え上げた。


この動作は、たぶん、あと三年は続く。



    ◆



「みなさん」


俺は、言った。


「一つ、お願いがあります」


三人が、俺を見た。


「なんでしょう、若君」


諸葛亮(しょかつりょう)が言う。


俺は、言った。


「結論を、言わないでください」


——


広間が、静かになった。



    ◆



「……結論を、でございますか」


「はい」


「では、何を申せば」


俺は、答えた。


「そう思う理由を、全部です」


「理由なら、既に申しております」


「ちがいます」


俺は、首を振った。


「理由ではなく、」


「はい」


「そう思うために、正しいと信じていることです」


——


龐統(ほうとう)の目が、細くなった。


「……前提(ぜんてい)、でございますか」


「はい」


「それを、書けと」


「はい」


「全部です」



    ◆



前世で、俺はこの手法を、何十回も使った。


——優秀な人間が二人、対立する。


どちらも、論理が正しい。


どちらも、経験がある。


——なぜ、結論が違うのか。


答えは、たいてい、一つである。


論理が違うのではない。


——


前提が、違う。


そして、本人たちは、そのことに気付いていない。


なぜなら、前提というのは、「言うまでもないこと」だからだ。


言うまでもないから、言わない。


言わないから、比べられない。


——そして、結論だけをぶつけ合って、三時間が過ぎる。



    ◆



作業は、三日かかった。


——長い。


法正は、二日目で明らかに苛立っていた。


この人は、速さの人である。


龐統(ほうとう)も、退屈しかけた。


——【退屈すると働かない】が、発動しかけた。


そこを、諸葛亮(しょかつりょう)が「あと少しです」と言って引き止めた。


——この人だけが、この作業を苦にしなかった。


理由は、簡単である。


この人は、いつもこれを、頭の中でやっているからだ。



    ◆



三日目の夕方、竹簡が並んだ。


——三十七の前提が、書き出された。


俺は、それを一つずつ読み上げた。


九つの声で、三十七回。


喉が、痛くなった。



    ◆



「一つ。曹操は、漢中に長く留まらない」


——三人とも、○。


「二つ。曹操は、(きょ)を離れられない」


——三人とも、○。


「三つ。夏侯淵は、勇猛である」


——三人とも、○。


「四つ。夏侯淵は、謀に長けていない」


「……」


諸葛亮(しょかつりょう)が、少し考えた。


「長けていない、とまでは申せませぬ」


法正(ほうせい)が、即座に言った。


「長けておりませぬ」


「根拠は」


「十年、見ております」


——


法正は、涼州(りょうしゅう)の情勢を、益州にいながら追っていた。


馬超(ばちょう)のことも、夏侯淵(かこうえん)のことも。


「……では、△といたしましょう」


——一つ目の、相違点である。



    ◆



「五つ。漢中を取れば、益州の北が固まる」


——三人とも、○。


「六つ。漢中を取らねば、いつでも攻め込まれる」


——三人とも、○。


「七つ。今、兵は足りている」


——三人とも、○。


「八つ。今、糧は足りている」


——


そこで、劉巴(りゅうは)が口を挟んだ。


この人は、議論には入っていない。


だが、数字の話になると、必ず出てくる。


「足りております」


「うむ」


「ただし、一年でございます」


——


「一年、戦えます。二年は、無理でございます」


——三人とも、その数字は認めた。



    ◆



——そして、二十三番目に来た。


「二十三。二年後、益州の民は、今より回復している」


——


そこで、初めて、三人が分かれた。


諸葛亮(しょかつりょう)——×。


龐統(ほうとう)——○。


法正(ほうせい)——○。


——


俺は、その三つの印を、長いこと見ていた。



    ◆



「せんせい」


「はい」


「なぜ、×ですか」


諸葛亮は、答えた。


「去年、市が半分閉じました」


「はい」


「曹操が漢中を取ったと聞いただけで、でございます」


「はい」


「あれから一年、戻っておりませぬ」


——


俺は、視界を確認した。


```

【益州 市場活動】


昨年 44%

現在 61%

```


——六十一。


戻っている。


だが、二年前の七十一には、届いていない。



    ◆



「しげんどの」


「はい」


「なぜ、○ですか」


龐統(ほうとう)は、言った。


「戦をせぬからでございます」


「……」


「二年、戦をせねば、民は必ず回復いたします」


「では、その二年で戦をしなければ、ですね」


「はい」


「漢中を取るのは、戦です」


——


龐統が、止まった。


「……」


「しげんどの」


「……確かに」


——


この男は、間違いを認めるのが、この国で一番速い。



    ◆



俺は、続けた。


「では、こうなります」


俺は、竹簡に書いた。


《二年後に回復する。ただし、その二年、戦をしなければ》


《今、戦をすれば、回復しない》


《ゆえに——取るなら、回復を待たずに取ることになる》


——


三人が、その三行を見た。


そして、法正(ほうせい)が、初めて真顔になった。


「……若君」


「はい」


「それは、私が申していたことでございます」


「はい」


「そして、軍師将軍が申していたことでもございます」


「はい」


「同じことを、申しておりました」


——



    ◆



俺は、頷いた。


そして、竹簡を三十七枚、並べた。


「一致している前提が、三十四です」


——


「分かれているのが、三つです」


——


広間が、静かになった。



    ◆



「一つ目。夏侯淵が謀に長けているかどうか」


「二つ目。二年後の民の回復」


「三つ目。荊州から兵を割けるかどうか」


——


俺は、続けた。


「九割、同じでした」


——


諸葛亮(しょかつりょう)の羽扇が、止まった。


龐統(ほうとう)が、酒杯を置いた。


——この二人は、六年、喧嘩をしてきた。


矢の規格。名簿の書式。倉庫の指示。糧の運搬。


そして今日——


三十七のうち、三十四が同じだった。



    ◆



「……若君」


龐統(ほうとう)が言った。


「はい」


「六年でございます」


「はい」


「私は、この方と六年、言い争って参りました」


「はい」


龐統は、諸葛亮を見た。


そして、少し笑った。


「九割、同じでしたか」


諸葛亮(しょかつりょう)は、答えなかった。


代わりに、こう言った。


「士元どの」


「はい」


「私は、あなたが慎重さを軽んじておられると思っておりました」


「……」


「違いましたな」


——


「孔明どのは、私が民を軽んじていると思っておられましたか」


「……はい」


「違います」


「……存じております」


——


今、である。


六年目に、である。



    ◆



俺は、その様子を見て、思った。


——なぜ、六年もかかったのか。


答えは、簡単だ。


——結論しか、言わなかったからである。


「今すぐ取れ」


「二年後にせよ」


——この二つをぶつけると、相手が馬鹿に見える。


そして、九割の一致は、永遠に見えない。


前世で、俺は同じ光景を何百回も見た。


役員会で、二人の部長が三時間争う。


——そして、後で個別に話を聞くと、九割同じことを言っている。


残りの一割は、たいてい、


「相手が信用できるかどうか」だった。



    ◆



「では」


俺は、言った。


「三つを、どうするか決めます」


「はい」


「一つ目。夏侯淵」


俺は、法正を見た。


「測れますか」


法正は、少し考えた。


そして、言った。


「測れます」


「どうやって」


涼州(りょうしゅう)の者を、呼びます」


「……」


「あの男と戦ったことのある者を、五人ほど」


——


俺は、そこで馬超(ばちょう)のことを思い出した。


この国に一人、夏侯淵(かこうえん)と直接戦った男がいる。


そして、負けている。


——一族二百人を、失った戦である。



    ◆



「こうちょくどの」


「はい」


「孟起どのに、お聞きしますか」


法正の動きが、止まった。


そして、静かに言った。


「……お辛いでしょうな」


「はい」


「ですが、あの方以上に知る者は、おりませぬ」


「はい」


俺は、言った。


「では、わたしが聞きます」


——


法正が、俺を見た。


「……なぜ、若君が」


俺は、答えた。


「あの人は、後ろに人が立つのを嫌います」


「……」


「わたしは、小さいので、後ろに立っても、たぶん平気です」


——


法正は、しばらく黙っていた。


そして、言った。


「……若君は、恐ろしい方でございますな」


「よく言われます」



    ◆



「二つ目。民の回復」


俺は、劉巴(りゅうは)を見た。


「ししょどの」


「はい」


「測れますか」


劉巴は、即答した。


「測れます」


「どうやって」


「市の税でございます」


「……」


「月ごとに、市で取れる税を数えます。人が動けば、増えます」


——


俺は、そこで、思わず声を上げた。


「それ、去年から数えていますか」


「数えております」


「見せてください」


「どうぞ」


——


この人は、当たり前のように、竹簡を出した。


二年分の数字が、月ごとに並んでいた。


——誰も、見ていなかった。


この人は、二年間、誰にも見せずに数えていた。


理由を聞いたら、こう答えた。


「聞かれませなんだので」


```

【劉巴】社交 8

```


——


数字は、正しい。



    ◆



「三つ目」


俺は、言った。


「荊州から、兵を割けるかどうか」


——


三人が、顔を見合わせた。


そして、諸葛亮(しょかつりょう)が言った。


「これは、雲長(うんちょう)どのにお尋ねするしかございませぬ」


「はい」


「書状を出します」


「はい」


——


そして、この議題は、そこで終わった。


誰も、それ以上、何も言わなかった。



    ◆



評定が終わった。


三日かけて、結論は出なかった。


——だが、三つの相違点が、はっきりした。


そのうち二つは、測れる。


一つは、聞けば分かる。


——


```

【意思決定手法が確立しました】


前提比較法


 結論を述べる前に、前提を書き出す

 一致する前提を除去する

 相違点のみを検討対象とする

 測定可能なものは測定する


組織能力

 意思決定 C → B


【諸葛亮・龐統】

 共同作業受容度

  諸葛亮 47 → 71

  龐統  29 → 63

```


——六年かかって、ようやくここまで来た。



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


そして、書いた。


《結論を、比べるな》


《前提を、比べろ》


——


そして、その下に、もう一行。


《たいてい、九わりは、おなじ》


——


俺は、そこで筆を止めた。


……


——


待て。


九割は、同じだった。


三十七のうち、三十四。


——


その三十四は、誰が確かめた?



    ◆



俺は、竹簡を引き寄せた。


三十七の前提が、書いてある。


そして、三十四には、○が三つずつ並んでいる。


——一致している。


だから、検討しなかった。


——


俺は、その三十四を、一つずつ読み直した。


曹操は漢中に長く留まらない。——たぶん、正しい。


曹操は許を離れられない。——正しい。


兵は足りている。——数えた。


糧は一年分ある。——劉巴(りゅうは)が数えた。


……


そして、二十九番目に、こう書いてあった。


> 《荊州は、雲長(うんちょう)どのが守る》


——


○。


○。


○。


——三人とも、○である。


誰も、疑っていない。



    ◆



俺は、その一行を、長いこと見ていた。


——正しい。


関羽は、荊州を守れる。


統率九十七。武力九十八。威圧百。


兵の掌握、九十三。


——守れる。


……


——三年前、俺は評定でこう言った。


> 「まもれるから、ひとりに、なる」


——


あのとき、誰も、それを前提に書かなかった。


そして今日も、書かれなかった。


「荊州は、雲長どのが守る」


——それは、前提である。


そして、一致している前提は、検討されない。


……


——


俺は、その竹簡を、震える手で握った。


——前提比較法(ぜんていひかくほう)の、弱点である。


全員が一致している前提は、除去される。


そして、除去されたものは、二度と検討されない。


——


もし、全員が同じ間違いをしていたら。


その間違いは、永遠に見つからない。



    ◆



俺は、筆を取った。


そして、木簡に書き足した。


《一致している前提が、いちばん危ない》


——


そして、その下に。


《荊州は、雲長どのが守る》


——


俺は、その一行の横に、記号を描こうとして、手を止めた。


丸か。四角か。


……


——これは、人の死ではない。


前提である。


記号は、要らない。


——だが、俺は書いた。


丸でも、四角でもない。


——


疑問符(ぎもんふ)を、描いた。


——


そして、その日から、俺は毎月、一つずつ、


「全員が一致している前提」を、疑うことにした。


三十四ある。


月に一つで、三年かかる。


——


そして、関羽(かんう)が死ぬまで、


あと、三年である。



次回 第48話「湘水の盟——荊州を半分に切る」


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