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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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45/72

第44話 誰が何を決めるのか


一人の役人が、三つの命令を受け取った。


どれも、正しかった。


そして、三つとも、違うことを命じていた。



    ◆



建安(けんあん)二十年の冬。


曹操(そうそう)が、漢中(かんちゅう)を取った。


張魯(ちょうろ)が降った。


——益州(えきしゅう)の、真上である。


成都から、漢中(かんちゅう)までは、山を越えて数百里。


遠い。


だが、繋がっている。


そして、この時代、山を越えて軍が来るというのは、想像より現実的だった。



    ◆



俺は、八つになっていた。


言葉が、まともに話せるようになった。


長い文が、崩れずに出る。


——七歳までは、三語で息が切れた。


八つになった月から、急に、一息で十語が言えるようになった。


身体というのは、そういうものらしい。


——そして、そのぶん、言い訳が減った。


「四つだから」「七つだから」で許されていたものが、通用しなくなり始めた。



    ◆



成都は、動揺した。


——本当に、動揺した。


一日に、何度も警報が出る。


「曹操軍が葭萌関(かぼうかん)に迫った」


「いや、陽平関(ようへいかん)に留まっている」


「いや、既に南下を始めた」


——全部、噂である。


商人が、荷を畳んで逃げ出した。


農民が、家財を埋め始めた。


先月まで市が立っていた通りが、半分、閉まった。


俺は、視界を確認した。


```

【益州 民心】


不安 88

逃散兆候 中

市場活動 71% → 44%

```


——四十四。


去年の秋、七十一まで戻したものが、ひと月で半分になった。


曹操は、まだ一人も兵を出していない。


——名前だけで、これである。



    ◆



評定が、開かれた。


——そして、五人が、五つのことを言った。



    ◆



諸葛亮(しょかつりょう)


「動いてはなりませぬ」


「なぜだ」


劉備(りゅうび)が問う。


「民が既に揺れております。ここで兵を動かせば、戦が近いと確信いたします」


「うむ」


「まず、糧を各郡へ配し、市を開かせ、曹操は来ぬと示すことでございます」


——正しい。


民心の安定が第一。


軍事行動は、それ自体が信号になる。



    ◆



龐統(ほうとう)


「直ちに、北へ兵を出すべきです」


「孔明と正反対だな」


「はい」


龐統は、地図を叩いた。


「曹操は、漢中に長くは留まりませぬ。(きょ)が遠すぎる」


「うむ」


「去る前に、こちらが山の入口を押さえておかねば、次に来たとき、押さえる場所がございませぬ」


「民は」


「揺れましょう」


「では」


「揺れても、土地は残ります」


——これも、正しい。


地形の要衝は、平時にしか取れない。



    ◆



法正(ほうせい)


「両方、違います」


「ほう」


「曹操は、漢中を取りましたが、留まりませぬ。士元どのの見立ては正しい」


「うむ」


「ですが、今出しても、間に合いませぬ」


「では、どうする」


法正は、笑った。


あの、危険な笑い方だった。


「待ちます。曹操が去り、守将だけが残ったところを、取ります」


「いつだ」


「一年か、二年」


——


これも、正しい。


そして、これが史実である。


二年後、この人の献策で、漢中戦が始まる。



    ◆



劉巴(りゅうは)


「銭が、ございませぬ」


——一言だった。


「三つのうち、どれをなさっても構いませぬ。ただ、府庫が持ちませぬ」


「直百銭は」


「鋳っております。ですが、三年で戻す約束でございます」


劉巴は、俺のほうを一瞬だけ見た。


——去年、俺が期限を読んだ、あの約束である。


「期限を延ばせば、値が崩れます」


——これも、正しい。



    ◆



そして、彭羕(ほうよう)


「私なら、三つとも同時にできます」


——


広間が、微妙に静かになった。


「糧の配布、北への部隊派遣、そして一年後の準備。すべて並行して進められます」


「人が足りるか」


「足ります。段取りの問題でございます」


——


```

【彭羕】

自己評価 96 → 97

```


——上がった。


去年、俺が九下げた分が、じわじわ戻っている。



    ◆



劉備(りゅうび)は、腕を組んで聞いていた。


そして——やった。


「孔明の申すとおり、民が第一だ。そのとおりだ」


「はっ」


「士元の申すとおり、山の入口は要る。そのとおりだ」


「はっ」


「孝直の申すとおり、機を待つのも兵法だ。そのとおりだ」


「はっ」


「子初の申すとおり、銭は大事だ。そのとおりだ」


「……はっ」


「永年が三つできると申すなら、やってみよ。そのとおりだ」


——


俺は、頭を抱えた。


七年前、赤壁(せきへき)の戦記を作ったとき、馬良(ばりょう)の筆が止まった。


あのときと、同じである。


——いや。


あのときより、悪い。


あれは、記録の話だった。


今度は、命令である。



    ◆



——五日後。


現場で、それが起きた。



    ◆



俺は、その日、文書庫にいた。


八つになってから、俺は自分で竹簡を読めるようになった。


そして、読み始めると、止まらなくなった。


——前世の癖である。


現場の書類を全部読む。


そこにしか、本当のことは書いていない。


そして、俺は一本の竹簡を見つけた。


梓潼(しどう)郡からの、報告である。


そこには、こう書いてあった。


> 《本郡、兵の徴発、二度に及ぶ》


——


俺は、その一行で、手が止まった。



    ◆



——二度。


同じ郡から、兵を二回、集めている。


——一回目は、龐統(ほうとう)の命令だった。


「北の山道へ、五百」


——二回目は、彭羕(ほうよう)の命令である。


「北方警戒のため、五百」


——同じ目的だ。


そして、別々に出された。


梓潼郡は、千人を出した。


——その郡の、丁(成人男子)の三割である。


冬である。


麦の種まきが、終わっていない。



    ◆



俺は、次の竹簡を探した。


そして、見つけた。


> 《涪城(ふじょう)、糧、往復す》


——往復。


諸葛亮(しょかつりょう)の命令で、涪城から各郡へ糧を配った。


その三日後、龐統(ほうとう)の命令で、北へ送る糧を集めた。


——同じ糧である。


配った先から、また集めた。


運搬に、延べ二千人。


そして、往復のあいだに、


——雨が降った。



    ◆



```

【益州 物流】


穀物 輸送中損耗 推定 三千斛

運搬人足 延べ 二千百

再徴発による農作業遅延 梓潼郡ほか三郡


備考

 当該損失は、いずれの命令にも違反しておりません。

 すべての命令が、正しく実行されました。

```


——


すべての命令が、正しく実行された。


そして、三千斛が消えた。



    ◆



俺は、竹簡を持って走った。


八つの脚は、七つのときより速い。


それでも、二度転んだ。


——趙雲(ちょううん)が、いない。


この人は、北の警戒に出ている。


転んでも、誰も拾わなかった。


自分で、立った。



    ◆



文書庫の奥に、陳紀(ちんき)がいた。


第十九話で、龐統(ほうとう)を「風采も上がらぬ」と言った男である。


そして第二十話で、記録監査責任者になった。


【前例どおり】。改革意思十二。誤記発見九十一。


——この国の記録は、この人が守っている。


その陳紀が、床に座り込んでいた。


竹簡が、周りに散らばっている。


そして——


手が、震えていた。



    ◆



「ちんきどの」


陳紀が、顔を上げた。


目が、赤かった。


「……若君」


「どうしました」


「……」


「どうしました」


陳紀は、竹簡を指した。


そして、絞り出すように言った。


「私は、命令違反を犯しました」


——


「三つの命令が参りました」


「はい」


「どれにも、期限がございました」


「はい」


「そして、三つとも、同じ人足を要求しておりました」


——


「……私は、選びました」


「どれを」


「軍師将軍のを」


陳紀は、俯いた。


「理由は、いちばん先に届いたからでございます」


——


「そして、士元どののご命令が、遅れました」


「はい」


「三日、遅れました」


「はい」


「士元どのは、お怒りにございます」


——


「私は、処罰されます」



    ◆



俺は、その場に立ち尽くしていた。


——この人は、何も間違えていない。


三つの命令が来た。


全部やる人手が、ない。


——だから、選んだ。


先に来たものから。


それは、この人の【前例どおり】という性格が出した、最も無難な答えである。


そして、罰される。



    ◆



「ちんきどの」


「はい」


俺は、聞いた。


八つの口で、初めて、こういう長い文が言えた。


「三つの命令が来たとき、誰に聞けばよかったのですか」


——陳紀が、俺を見た。


そして、答えなかった。


「誰に聞けばよかったのですか」


「……」


「ちんきどの」


陳紀は、震える声で言った。


「分かりませぬ」


——


「軍師将軍と、軍師中郎将と、治中従事」


「はい」


「どなたが、上でございましょう」


——


俺は、そこで、答えられなかった。


——知らない。


俺も、知らない。


この国には、それが決まっていない。



    ◆



その日の夕方、俺は評定に乱入した。


八つである。


発言権は、まだない。


——構わなかった。


俺は、竹簡を三本、床に投げた。


音が、響いた。


「阿斗?」


劉備(りゅうび)が、驚いた顔をした。


俺は、言った。


「ちちうえ」


「なんだ」


「梓潼郡が、兵を千人出しました」


——広間が、静かになった。


「千?」


「五百ずつ、二度です」


「なぜ、二度も」


俺は、龐統(ほうとう)を見た。


そして、彭羕(ほうよう)を見た。


「お二人が、別々に命じられました」



    ◆



龐統が、眉を上げた。


「私は、五百と命じました」


「はい」


「二度、命じてはおりませぬ」


「はい」


彭羕も言った。


「私も、五百でございます」


「はい」


「重ねてはおりませぬ」


「はい」


——


「お二人とも、正しいです」


俺は、言った。


「そして、梓潼郡には、千人来ました」


——


広間が、しんとした。



    ◆



「涪城の糧も、往復しました」


俺は、続けた。


「軍師将軍が配らせ、三日後に、軍師中郎将が集めさせました」


諸葛亮(しょかつりょう)の羽扇が、止まった。


「……私は、各郡へ糧を配れと命じました」


「はい」


「それを集めよとは、命じておりませぬ」


「はい」


「孔明どのは、正しいです」


俺は、言った。


「そして、三千斛が、雨で腐りました」



    ◆



——沈黙が、長かった。


やがて、法正(ほうせい)が口を開いた。


「若君」


「はい」


「誰が悪いと、お考えです」


——


俺は、その質問を、待っていた。


俺は、答えた。


「だれも、わるくありません」


——


「全員、正しいことを命じました」


「……」


「そして、現場に、三つ来ました」


「……」


「現場は、一つしか、できません」



    ◆



俺は、三本目の竹簡を指した。


「これは、陳紀(ちんき)どのの記録です」


「陳紀?」


「記録監査の」


「うむ」


「三つの命令を受けて、一つを選びました」


「うむ」


「そして、処罰されようとしています」


——


「理由は、命令違反です」


——


「どれを選んでも、二つに違反します」



    ◆



龐統(ほうとう)が、酒杯を置いた。


この男が、評定で杯を置くのは、珍しい。


「……陳紀を、罰するなと?」


「はい」


「遅れたのは、事実です」


「はい」


「軍は、遅れれば死にます」


「はい」


俺は、言った。


「では、あの人は、どうすればよかったのですか」


——


龐統が、答えなかった。


俺は、続けた。


「三つ来たとき、誰に聞けばよいか、決まっていません」


「……」


「決まっていないのに、選ばせて、罰します」


「……」


「それは、あの人の責任ではありません」



    ◆



諸葛亮(しょかつりょう)が、静かに言った。


「……若君」


「はい」


「では、誰の責任でございましょう」


——


俺は、そこで、一度、息を吸った。


八つの肺で、大きく吸った。


そして、言った。


「きめなかった人の、責任です」


——


広間が、凍った。



    ◆



——言ってから、俺は自分の言葉に気付いた。


「決めなかった人」というのは、誰か。


諸葛亮(しょかつりょう)か。


龐統(ほうとう)か。


——違う。


職掌を定めるのは、主君の仕事である。


——父だ。


そして。


……


——四年前、俺は、それを見ていた。


建安(けんあん)十五年。


(りゅう)(ほう)が、矢の規格でぶつかった日。


あのとき、表示が出た。


```

職務重複率 71%

予測される問題

 権限争い/二重命令/部下の派閥化/責任所在の曖昧化

備考

 現時点では、両者の人格により表面化していません。

 人格に依存した状態は、制度とは呼びません。

```


——四年前である。


俺は、あのとき「わける」と言った。


諸葛亮(しょかつりょう)に「いま」を、龐統(ほうとう)に「つぎ」を渡した。


——それで、済んだ気になっていた。


そして、四年で、人が三人増えた。


法正(ほうせい)劉巴(りゅうは)彭羕(ほうよう)


——分けた線が、増えた人の下で、消えた。


……


——きめなかった人の責任、と俺は言った。


その中に、俺も入っている。



    ◆



俺は、頭を下げた。


八つである。


膝をつくのは、まだ様にならない。


それでも、ついた。


「ちちうえ」


「阿斗。何をしておる」


「わたしも、きめませんでした」


——


「四年前、荊州で、職掌を分けよと申しました」


「うむ」


「そのあと、人が増えました」


「うむ」


「わたしは、増えたことを、知っていました」


「……」


「そして、分け直しませんでした」


——


広間が、静かだった。


誰も、何も言わなかった。



    ◆



やがて、劉備(りゅうび)が言った。


「阿斗」


「はい」


「顔を上げよ」


俺は、顔を上げた。


父は、笑っていなかった。


——珍しい。


この人は、たいてい笑っている。


「お前は、八つだ」


「はい」


「職掌を定めるのは、私の役目だ」


「……」


「お前の責ではない」


——


「ですが」


「阿斗」


父の声が、少し強くなった。


「私は、決めるのが苦手だ」


——


「二十年、そうだった」


「……」


「誰かの顔を潰すのが、嫌なのだ」


——


この人は、初めて、それを言った。


「だから、全員に『そのとおりだ』と言う」


「……」


「そして、全員が、自分の案が通ったと思う」


「……」


「そして、こうなる」


劉備は、床の竹簡を見た。


三千斛と、千人と、一人の役人。



    ◆



「孔明」


「はっ」


「職掌を、定めよ」


「……はっ」


「士元も、孝直も、子初も、永年も、みな入れよ」


「はっ」


「そして、私にも、定めよ」


——


諸葛亮(しょかつりょう)の羽扇が、止まった。


「……主公に、でございますか」


「うむ」


劉備は、言った。


「私が何を決め、何を決めぬかを、紙に書け」


「……」


「書いたら、私は守る」


——


```

【劉備】

約束管理 22 → 24

```


——二、上がった。


七年で、二である。


——だが、上がった。



    ◆



そして、陳紀(ちんき)の処分は、取り消された。


代わりに、この人には新しい役目が与えられた。


——龐統(ほうとう)が、提案した。


「陳紀を、命令の照合役とせよ」


「照合?」


「出された命令を、すべて一箇所に集める。同じ人手、同じ糧、同じ船を求める命令が二つあれば、出す前に止める」


——


俺は、その提案に、驚いた。


——この男が、それを言うのか。


去年、俺が言った言葉を、この人は覚えていた。


> 「同じ帳が、二つの目的に使える。これを、良い制度と申します」


——今度は、逆である。


同じ人手に、二つの命令が来ることを、止める帳を作る。



    ◆



「士元どの」


諸葛亮(しょかつりょう)が言った。


「はい」


「それは、あなたのご命令も止まりますが」


龐統は、酒を飲んだ。


そして、あっさり言った。


「止めていただきましょう」


「……」


「私は、三千斛を腐らせました」


——


「若君が数えたので、分かりました」


——


この男は、そういう人である。


上司配慮四。組織適応十一。


そして——間違いを認めるのが、この国で一番速い。



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


そして、書いた。


《職掌を、決める》


《人が、増えたら、決め直す》


——二行目が、本体である。


分けるのは、一度ではない。


人が増えるたびに、分け直す。


——四年、それをしなかった。


そして、その下に、もう一行。


《陳紀どのは、悪くない》


——陳紀(ちんき)


改革意思十二。


この人は、新しいことを何一つしない。


そして、この人がいなければ、誰も三千斛が消えたことに気付かなかった。


——記録していたのは、この人だからだ。


俺は、《名のない者》の簿を開いた。


七十四人になっていた。


そして、その中に、陳紀の名はない。


——理由は、簡単だった。


この人は、名のある人だからだ。


記録監査責任者である。


……


——だが。


この人の名を、誰が呼ぶだろう。


この人が今日、床に座り込んで手を震わせていたことを、誰が知るだろう。


俺は、筆を取った。


そして、《名のない者》の七十五人目に、書いた。


陳紀(ちんき)


——そして、その横に。


《皆、名前は、知っている》



次回 第45話「諸葛亮をCOOに任命する」


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