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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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44/77

第43話 彭羕は、抜擢されすぎた


龐統(ほうとう)の寝床に、知らない男が寝ていた。


昼間である。


そして、その男は、二年後に処刑される。



    ◆



建安(けんあん)十九年の冬。


事の起こりは、龐統の家だった。


あの男は、客が多い。


上司配慮四だが、なぜか人は集まる。


そして、その日も来客中だった。


そこへ、一人の男が訪ねてきた。



    ◆



龐統本人から、後で聞いた話である。


「若君。私は、あの男を知りませぬ」


「しらない?」


「はい。名も、顔も」


「なんできた」


「分かりませぬ」


——


「そして、私が客と話しておりましたら」


「うん」


「勝手に、私の寝床に寝ました」


「……」


「そして、こう申しました」


龐統は、真顔で言った。


「『客が帰ったら、話そう』」


——


俺は、口を開けたまま固まった。



    ◆



「かえした?」


「返しませぬ」


「なんで」


龐統は、酒を飲んだ。


そして、あっさり言った。


「面白いではありませぬか」


——


この男である。


上司配慮四で、退屈すると働かない男が、面白いという理由で、寝床を占領した男と話した。


「そして、半刻ほど話しました」


「どうだった」


龐統は、少し考えた。


そして、言った。


「驚きました」



    ◆



その男は、彭羕(ほうよう)といった。


字を永年(えいねん)という。


広漢(こうかん)の出。


身の丈、八尺。


——大きい。


関羽(かんう)に近い。


そして、顔立ちが目立つ。


声が、よく通る。


——広間に入ると、視線が集まる種類の人間だった。



    ◆



俺が初めて会ったのは、その翌月である。


法正(ほうせい)が連れてきた。


「若君。この者、彭羕(ほうよう)と申します」


「ほうよう」


「はい」


彭羕は、拝礼した。


——礼は、正しかった。


だが、頭を下げている時間が、明らかに短い。


俺は、その男を見つめた。


```

【彭羕 字・永年】


統率 51

武力 44

知略 92

政務 81

魅力 73


弁舌   96

発想   94

記憶   89

自己評価 99

謙抑   7

危機察知 22


固有特性


【埋もれていた才】

 長く低い地位に置かれ、能力を発揮する機会がなかった。


【徒隷の記憶】

 過去に刑を受け、身分を剥奪されている。

 その記憶が、現在の地位への執着を生んでいる。


【一足飛び】

 段階を経ずに昇進したため、

 自らの位置を正しく測れない。


【言えば、通る】

 発言が受け入れられ続けた結果、

 発言の重さを検討しなくなっている。


総合評価 A


重大危険

 自己過信/不適切な発言/失脚後の暴走

```


——自己評価、九十九。


謙抑、七。


危機察知、二十二。


——孟達(もうたつ)の危機察知は、九十一だった。


この人は、その四分の一である。



    ◆



そして、俺は、その経歴を聞いて、息を呑んだ。


「ほうようどの」


「はい」


「まえは、なにを?」


彭羕は、あっさり答えた。


書佐(しょさ)でございました」


——書佐。


州の、下級書記である。


文書を写す仕事だ。


「そして——」


彭羕は、そこで笑った。


皮肉な笑いではない。


なぜか、誇らしげだった。


髡鉗(こんけん)の刑を受け、徒隷(とれい)に落とされました」


——


髡鉗。


髪を剃り、首に(かせ)をはめる刑である。


そして徒隷は——


奴隷身分だ。



    ◆



俺は、法正を見た。


法正は、静かに言った。


「若君。永年(えいねん)は、劉璋どのの下で(ざん)されました」


「ざん」


「告げ口でございます」


——


俺は、そこで、法正の顔を見た。


この人も、同じ目に遭った。


「素行が悪い」と書かれて、十五年、軍議校尉だった。


——だから、この人を推した。


同じ目に遭った人間を、見つけたからだ。



    ◆



そして、劉備(りゅうび)は、彭羕を抜擢した。


治中従事(ちちゅうじゅうじ)


——州の、実務の最高幹部である。


諸葛亮(しょかつりょう)法正(ほうせい)の、すぐ下だ。


——


俺は、その辞令を聞いて、背筋が冷たくなった。


書佐から、治中従事。


——いや。


徒隷から、治中従事である。


間の段階が、一つもない。


前世で言えば——


懲戒解雇された契約社員が、翌月から執行役員になったようなものだ。



    ◆



能力は、ある。


それは、間違いない。


彭羕は、着任して三日で、益州の文書体系を把握した。


十日で、旧劉璋派の官吏の得意分野を整理した。


一月で、諸葛亮(しょかつりょう)が半年かけていた文書処理の速度を、倍にした。


——本物である。


龐統(ほうとう)が「驚いた」と言ったのは、正しい。


そして。


——変わり始めた。



    ◆



最初に気付いたのは、歩き方だった。


着任した月、この人は速く歩いていた。


三月後、ゆっくり歩くようになった。


——人は、地位が上がると、歩く速度が落ちる。


急ぐ必要がなくなるからだ。


そして、周りが待つようになるからだ。


次に気付いたのは、返事だった。


着任した月、この人は「はい」と言っていた。


三月後、「うむ」と言うようになった。


そして——


評定で、諸葛亮(しょかつりょう)の案に、初めて反対した。


——反対すること自体は、いい。


むしろ、必要である。


問題は、言い方だった。


「軍師どのの案は、慎重に過ぎましょう」


——


広間の空気が、少し止まった。


諸葛亮は、羽扇を止めなかった。


「では、いかがいたしましょう」


「私なら、半分の時で終えます」


——


言っていることは、たぶん正しい。


この人なら、できるだろう。


——だが。


俺は、視界を見た。


```

【彭羕】

発言後の周囲の評価 —12

本人の認識 変化なし

```


——本人の認識、変化なし。


この人は、今、自分が何をしたか、分かっていない。



    ◆



その夜、諸葛亮(しょかつりょう)が父のところへ来た。


俺は、たまたま隣の間にいた。


——盗み聞きである。


七歳の特権だ。


「主公」


「なんだ、孔明」


彭羕(ほうよう)のことでございます」


「よく働いておるではないか」


「はい」


羽扇の音がした。


「働いております。ゆえに、申し上げます」


「……」


「彭羕は、心大にして志広し」


「うむ」


「保つべからず、と存じます」


——


俺は、そこで、息を止めた。



    ◆



「保てぬとは」


「あの者は、自らの位置を測れておりませぬ」


「若いゆえであろう」


「歳は、三十を過ぎております」


「……」


「主公。あの者は、徒隷から治中従事に、一足で参りました」


「うむ。私が抜擢した」


「その間の段が、ございませぬ」


——


諸葛亮は、続けた。


「人は、一段ずつ上がる間に、自分がどれほどの者かを知ります」


「……」


「県令を務め、失敗し、(しか)られ、また上がる」


「うむ」


「その繰り返しの中で、己の丈を測ります」


「……」


「彭羕には、それがございませぬ」



    ◆



父は、しばらく黙っていた。


そして、こう言った。


「……では、どうせよと」


「外へ出されるのが、よろしいかと」


「左遷か」


「いえ」


諸葛亮は、静かに言った。


「一段、下から積ませるのでございます」


「本人は、罰と受け取ろう」


「……受け取りましょう」


——


「それでも、今のうちでございます」



    ◆



俺は、隣の間で、動けなくなっていた。


——理由は、諸葛亮の話ではない。


自分のことだった。



    ◆



俺は、七歳である。


評定の隅に、座っている。


発言権はない。


——建前では。


実際には、諸葛亮(しょかつりょう)は俺に意見を求める。


龐統(ほうとう)は俺に書状を送る。


法正(ほうせい)は俺と取引した。


劉巴(りゅうは)は俺の質問に答えた。


馬超(ばちょう)は俺に頭を下げた。


——


```

【主人公依存度】

33%

```


——三十三パーセント。


七年前、十一だった。


危険水準は、六十である。


——


そして俺は、一段ずつ上がっていない。


県令をやったことがない。


失敗して叱られたことも、ない。


——


俺には、前世がある。


MBAがある。


三十八年分の経験がある。


——だから、大丈夫だと思っていた。


……


——本当か。


前世の俺は、部門長までしかやっていない。


国家を、経営したことはない。


そして、この七年、俺は一度も、大きく失敗していない。


——いや。


失敗している。


張松(ちょうしょう)は死んだ。


孫夫人(そんふじん)は帰った。


楊阿七(よう・あしち)は死んだ。


——だが、誰も、俺を叱らなかった。


一度も、である。


「若君のせいではございません」と、全員が言った。


——


俺は、そこで、初めて怖くなった。


——彭羕(ほうよう)と、俺の違いは、何だ。


……


俺は、そこで、あることを試した。


——自分を、見た。


手を見た。


足を見た。


盥の水に、顔を映した。


……


何も、出なかった。


——八年、一度も出たことがない。


他人は、全部見える。


兵も、侍女も、老女も、敵兵も、粥を炊く婆さんも。


そして——自分だけ、出ない。


……


——たぶん、これは、そういう仕組みなのだろう。


人を測る者は、自分を測れない。


……


——だから、俺は簿を書いているのかもしれない。


自分が見えないから、外に書く。


書いたものだけが、俺の代わりに俺を測る。


……


そして、俺の簿には、俺のことが一行も書いていない。



    ◆



能力か。


……違う。


あの人にも、能力はある。


——違いは、時間だ。


あの人は、三十過ぎで一足飛びに上がった。


俺は、七歳から、少しずつ上がっている。


そして、俺には——


まだ、三十年ある。


……


——三十年、誰も叱らなかったら。


俺は、どうなる。



    ◆



翌朝、俺は彭羕(ほうよう)を探した。


文書庫にいた。


竹簡を、恐ろしい速さで処理していた。


「ほうようどの」


「おお、若君」


——「おお」である。


三月前は「これは若君、ご機嫌よろしゅう」だった。


「いそがしい?」


「忙しゅうございますな。私しかできぬ仕事が多い」


——


```

【彭羕】

「私しかできない」発言 月間 17回

```


——十七回。


前世で、俺はこの台詞を何百回も聞いた。


そして、その人たちの半分は、二年以内に潰れた。


残りの半分は、周りを潰した。



    ◆



「ほうようどの」


「はい」


俺は、聞いた。


「しっぱい、した?」


——彭羕の手が、止まった。


「は?」


「こっちにきてから、しっぱい、した?」


彭羕は、少し考えた。


そして、笑った。


「ございませぬな」


「うん」


「一つも、ございませぬ」


——


誇らしげだった。


そして、俺は、それが一番怖かった。



    ◆



「ほうようどの」


「はい」


「しかられた?」


「……は?」


「だれかに、しかられた?」


——彭羕の顔から、笑みが消えた。


「……主公は、私を認めてくださっております」


「うん」


「軍師どのも、私の速さを認めておられます」


「うん」


「誰も、叱りませぬ」


「……」


彭羕は、そこで、少しだけ声を落とした。


「若君。私は、劉璋どのの下で、十年、叱られ続けました」


「うん」


「そして、髪を剃られ、枷をはめられました」


「うん」


「あれが、叱るということでございましょう」


——


「今は、誰も叱りませぬ。ゆえに——私は、間違えておりませぬ」


——


俺は、そこで、この人の全部が見えた。



    ◆



——この人にとって、「叱られる」と「罰される」は、同じことなのだ。


十年、区別を教わらなかった。


間違いを指摘されることと、髪を剃られて奴隷にされることが、同じ引き出しに入っている。


だから——


誰も叱らない今を、「正しい」と読んでいる。


そして、周りは、叱らない。


理由は、二つある。


一つ。この人は、優秀だからだ。


二つ。——徒隷から上がってきた人を、叱りにくいからだ。


——法正(ほうせい)が推した。


龐統(ほうとう)が面白がった。


劉備(りゅうび)が抜擢した。


そして、誰も、後始末を考えていない。



    ◆



俺は、必死に考えた。


——何が、できる。


「叱る」ことか。


七歳が叱っても、意味がない。


——「段を作る」ことか。


それは、諸葛亮が既に提案している。


そして、本人は罰と受け取る。


……


——違う。


この人に足りないのは、叱られることではない。


——


測るものだ。



    ◆



「ほうようどの」


「はい」


「ひとつ、おねがい」


「何なりと」


俺は、木簡を出した。


七歳の帯には、まだ挟まらない。


歩くたびに落ちる。


それでも、持ち歩いている。


「これ、かいて」


「何をでございます」


俺は、言った。


「きょう、やったこと」


「……は?」


「まいにち。やったこと、ぜんぶ」


彭羕は、怪訝な顔をした。


「若君。私は、日に百を超える文書を——」


「ぜんぶ」


「……時がかかります」


「それと」


俺は、続けた。


「できなかったこと、も」


——彭羕の動きが、止まった。



    ◆



「……できなかったこと」


「うん」


「私は、できぬ仕事を受けておりませぬ」


「うん」


「では、書くことがございませぬ」


俺は、言った。


「じゃあ、なにも、してない」


——


彭羕が、俺を見た。


「……は?」


「できることだけ、やってる」


「……」


「それは、あたらしいこと、してない」


——


広い文書庫が、静かになった。



    ◆



——言いたかったのは、こうだ。


「一つも失敗していない」というのは、優秀の証明ではない。


——挑戦していない証明である。


前世で、俺はこれを何度も言った。


部下の評価面談で。


「失敗ゼロの人は、二種類しかいない。何もしていない人か、失敗を隠している人だ」


——


この人は、たぶん、前者である。


そして、本人は、それに気付いていない。


——なぜなら、周りが「よくやっている」と言い続けるからだ。



    ◆



彭羕は、しばらく黙っていた。


そして、木簡を受け取った。


「……承知いたしました」


「うん」


「書きます」


そして、少し笑った。


「若君は、私を叱っておられるのですか」


俺は、答えた。


「しかってない」


「では」


「はかってる」


```

【彭羕 字・永年】


自己評価 99 → 96

危機察知 22 → 27

【一足飛び】効果に、わずかな変化


将来失脚危険度 88% → 79%

```


——七十九パーセント。


九、下がった。


そして、まだ八十近い。



    ◆



その夜、俺は死亡年表を開いた。


そして、二二〇の行を見た。


法正(ほうせい)。四十五。丸。


俺は、その下に、書き足した。


彭羕(ほうよう) 三十七


——


覚えていた。


この人は、六年後に処刑される。


理由は、馬超(ばちょう)に、言ってはならないことを言ったからだ。


——


俺は、そこで、手が止まった。


馬超(ばちょう)


——先月、俺が馬岱(ばたい)の名を書いた人である。


他者信頼、十二。


帰属意識、七。


壁を背にして座り、扉の位置を確認する人。


——そして、六年後。


この人が、彭羕の言葉を聞いて、密告する。


理由は、簡単だ。


——自分が疑われないためである。


疑われ続けた人間が、疑われないために、他人を売る。


——


俺は、その二つの名前を、並べて見た。


馬超(ばちょう)。他者信頼十二。


彭羕(ほうよう)。危機察知二十七。


——


信じない人と、警戒しない人。


この二人を、同じ部屋に入れてはいけない。


それだけで、二人とも死ぬ。



    ◆



俺は、木簡の余白に、一行書いた。


《孟起どのと、永年どのを、会わせない》


——劉巴(りゅうは)張飛(ちょうひ)のときと、同じ手である。


あのとき、俺は「なかよく、しなくていい」と言った。


今度は、違う。


——今度は、「近づけたら、死ぬ」である。


俺は、記号を描こうとした。


丸か。四角か。


そして——


四角を、描いた。


理由は、一つだけだ。


——今日、九下げた。


そして、「会わせない」という手が、まだ残っている。


六年ある。


六年で、七十九をゼロに近づける。


……


——できるだろうか。


この人の自己評価は、九十六である。


そして、まだ上がる。


上がるたびに、俺の手は減っていく。



次回 第44話「誰が何を決めるのか」


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