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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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43/77

第42話 馬超は、誰も信じない


その人が広間に入ると、誰も喋らなくなった。


恐れているのではない。


——何を話せばいいか、分からないのである。



    ◆



建安(けんあん)十九年の冬。


成都の評定に、馬超(ばちょう)がいた。


字を孟起(もうき)という。


——この人が来たから、成都は開いた。


去年の暮れ、劉璋は籠城していた。城には、まだ三万の兵と、一年分の糧があった。


それが、この人が来たと聞いた十日後に、降った。


戦っていない。


——名前だけで、城が落ちた。



    ◆



俺は、その人を見た。


背が高い。


肩幅が広い。


顔立ちが整っている。


——関羽(かんう)とも張飛(ちょうひ)とも違う、涼州の骨格だった。


そして、若い。


まだ三十代の後半だろう。


それなのに——


この人には、老人のような静けさがあった。



    ◆



俺は、視界を開いた。


```

【馬超 字・孟起】


統率 94

武力 97

知略 68

政務 41

魅力 88


騎兵指揮 100

突破力  98

威名   100

西方人脈 96


自己弁明 4

他者信頼 9

帰属意識 6


固有特性


【錦馬超】

 その名を聞いただけで、敵軍の士気が低下する。


【一族を失った者】

 父を含む一族二百余人を、曹操に誅殺されている。


【疑われ続ける者】

 降伏した先で、常に監視される立場に置かれてきた。

 本人も、それを当然と考えている。


【正しく記された者】

 本人の行動と、記録の内容が、一致している。

 訂正の余地がない。


総合評価 S


重大危険

 孤立/過度の自己抑制/保身のための密告

```


——他者信頼、九。


帰属意識、六。


孟達(もうたつ)の十四より、低い。


そして、最後の特性。


【正しく記された者】


——


俺は、その五文字を、二度読んだ。



    ◆



評定のあいだ、馬超はほとんど喋らなかった。


発言を求められれば、短く答える。


それ以外は、黙っている。


姿勢を崩さない。


——一度も、崩さない。


俺は、その様子を見ていて、思った。


——この人は、面接を受け続けている。


降伏してから、ずっと。


そして、たぶん、一生、終わらない。



    ◆



評定が終わったあと、張飛(ちょうひ)関羽(かんう)に話しかけていた。


声が、大きい。


この人は、内緒話ができない。


「雲長。あの男、兄者を何と呼んだ」


「聞いた」


玄徳(げんとく)、と呼んだぞ」


——


俺は、そこで動きを止めた。


——(あざな)で、呼んだ。


主君を、字で呼ぶ。


それは、対等の相手にすることである。


——涼州では、そうなのかもしれない。


あの土地では、劉備と馬騰は、同格の諸侯だった。


馬超にとって、劉備は「新しい上司」ではなく「昔からの同業者」だ。


——だが、蜀では違う。


「無礼であろう」


張飛が言った。


「次に呼んだら、俺が斬る」


関羽は、髭を撫でた。


そして、静かに言った。


「斬らずともよい」


「なぜだ」


「一度で、済む」


——


何が「一度で済む」のか。


俺は、翌日、それを見た。



    ◆



翌朝の評定。


劉備(りゅうび)が入ってきた。


そして——その両脇に、関羽と張飛が立っていた。


剣を、帯びている。


何も言わない。


ただ、立っている。


——馬超が、それを見た。


そして、深く拝礼した。


「主公」


——


それで、終わりだった。


誰も、何も言わなかった。


張飛は満足そうで、関羽は無表情で、劉備は少し困った顔をしていた。


——そして、馬超は、その日から二度と、父を字で呼ばなかった。


```

【馬超】

自己抑制 71 → 88

帰属意識 6 → 4

```


——


二、下がった。


誰も、殴っていない。


誰も、罰していない。


——立っていただけだ。



    ◆



俺は、その日、馬超を探した。


城の外れの、馬場にいた。


一人で、馬の脚を見ていた。


——将軍が、自分でやる作業ではない。


「もうきどの」


馬超が、振り返った。


そして、即座に片膝をついた。


——速い。


反射である。


「若君」


「たって、いい」


「いえ」


「たって」


馬超は、立たなかった。


——この人は、俺を主君の子として扱っている。


七歳に、である。



    ◆



「もうきどの」


「はい」


「うま、すき?」


馬超が、少し目を上げた。


「……好き、というより」


「うん」


「分かるのは、これだけでございます」


——


この人は、そう言った。


——分かるのは、これだけ。


騎兵指揮百。


政務四十一。


そして、この国には、騎兵がほとんどいない。


蜀は、山の国である。


平原を駆ける戦は、ほとんどない。


——この人の百は、この土地では使えない。



    ◆



俺は、馬の脚を見た。


七歳の背では、腹しか見えない。


「もうきどの」


「はい」


「これ、どう?」


「……脚に、熱がございます」


「わるい?」


「明日、休ませれば治ります」


「なんで、わかる」


馬超は、初めて——少しだけ、表情を緩めた。


「触れば、分かります」


「うん」


「若君も、触れてご覧なさい」


——


俺は、驚いた。


この人が、俺に何かを勧めたのは、初めてだった。



    ◆



俺は、馬の脚に触った。


——熱い。


もう片方より、確かに熱い。


「あつい」


「はい」


「わかった」


「……」


「さわると、わかる」


馬超は、しばらく黙っていた。


そして、言った。


「父も、そう教えました」


——


俺は、そこで、聞くべきかどうか迷った。


そして、聞いた。


七歳だからだ。


七歳には、聞ける。



    ◆



「もうきどの」


「はい」


「おとうさまは」


——馬超の手が、止まった。


長い沈黙があった。


馬が、尾を振った。


そして、この人は、あっさりと言った。


曹操(そうそう)に、殺されました」


「……」


「一族、二百余人でございます」


——二百。


俺は、その数字を聞いて、動けなくなった。



    ◆



「……なんで」


俺は、聞いた。


なぜ、そんなことになったのか。


それを聞いたつもりだった。


——だが、馬超は、別の答え方をした。


「私が、挙兵したからでございます」


——


俺は、顔を上げた。


「父は、(きょ)におりました」


「うん」


「朝廷に、召されておりました」


「うん」


「……人質でございます」


——


「そして、私は潼関(どうかん)で兵を挙げました」


「……」


「父が、あちらにいると知って、挙げました」


——


馬超は、続けた。


声が、まったく変わらない。


「負けました」


「……」


「そして、父と、弟たちが、殺されました」



    ◆



俺は、そこに立ったまま、動けなかった。


——記録に、どう書かれるか。


「馬超は、父を見捨てて挙兵した」


——そう、書かれる。


そして。


——それは、事実である。



    ◆



俺は、視界を見た。


```

固有特性【正しく記された者】


 本人の行動と、記録の内容が、一致している。

 訂正の余地がない。

```


——訂正の余地がない。


俺は、そこで、初めて理解した。


——法正(ほうせい)は、「誤って記された者」だった。


「素行が悪い」と書かれた。事実ではなかった。


だから俺は、木簡に書いた。


《行い、悪くない》


四つの字である。


そして、あの人は、庭の土の上に手をついた。


——だが、この人には、それができない。


書き直せる嘘が、ない。


書かれていることが、全部、本当だからだ。



    ◆



「もうきどの」


「はい」


俺は、必死に言葉を探した。


——何を言えばいい。


「仕方がなかった」と言うのか。


この人は、それを何十回も言われただろう。


「あなたは悪くない」と言うのか。


——この人は、それを信じない。


信じられるなら、他者信頼が九にはならない。


俺は、結局、こう聞いた。


「うしろに、いる?」


「は?」


「ずっと、うしろに、だれか、いる?」


——馬超の目が、大きくなった。



    ◆



長い沈黙があった。


そして、この人は言った。


「……なぜ、それを」


「すわりかたが、へん」


俺は、答えた。


「かべを、みてる」


——


この人は、どの部屋でも、必ず壁を背にして座る。


そして、扉の位置を確認する。


——七年間、俺は英雄を観察してきた。


そういう座り方をするのは、この人だけだった。



    ◆



馬超は、しばらく黙っていた。


そして、静かに答えた。


冀城(きじょう)で、裏切られました」


「うん」


「私が城を空けたとき、私が信じた者が、門を閉じました」


「うん」


「妻と、子が、城の中におりました」


——


「戻ったときには、おりませんでした」


——


「それから、後ろが気になります」


```

【馬超】

他者信頼 9

```


——九。


この数字は、この人が悪いのではない。


この人に起きたことの、記録である。



    ◆



俺は、そこで、自分の無力を知った。


——俺には、木簡がある。


《名のない者》に、七十三人の名前を書いてきた。


《正しく呼ばれていない者》に、孟達の名を書いた。


《法正、行い、悪くない》と書いた。


——この人に、何を書けばいい。


「馬超は、父を見捨てていない」——嘘である。


「馬超は、悪くない」——判定できない。


「馬超は、裏切られた」——それは、書いても意味がない。


——


俺の方法は、ここで、通用しない。



    ◆



俺は、しばらく黙っていた。


そして、聞いた。


「もうきどの」


「はい」


「ぜんぶ、しんだ?」


「は?」


「にひゃくにん」


「……」


「ぜんぶ?」


——馬超は、答えなかった。


そして、しばらくして、言った。


「……一人、おります」


——


俺は、顔を上げた。



    ◆



馬岱(ばたい)と申します」


「ばたい」


従弟(いとこ)でございます」


「うん」


「若うございます。私より、十ほど下」


「うん」


「あれだけが、残りました」


——


馬超の声が、そこで、初めて変わった。


——ほんの少しだけ、である。


気付かない人のほうが多いだろう。


だが、七年間、人を観察してきた俺には、分かった。


この人が、この世で唯一、感情を出せる名前だった。



    ◆



俺は、帯から木簡を抜いた。


七歳の帯には、まだ挟まらない。


歩くと落ちる。


それでも、毎日、持ち歩いている。


「もうきどの」


「はい」


「なまえ、かいていい?」


馬超が、俺を見た。


「……私の、でございますか」


「ばたいどのの」


——


馬超の動きが、止まった。


「……なぜ」


俺は、答えた。


「ひとりだから」


——


「ひとりだと、わすれられる」


——


馬超は、長いこと、俺を見ていた。


そして——


片膝をついたまま、頭を下げた。


深く、深く、下げた。


「……お願いいたします」



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


《名のない者》


阿仙(あせん)阿六(あろく)王阿三(おうあさん)楊阿七(よう・あしち)


——七十三人。


俺は、その下に書いた。


馬岱(ばたい)


そして、その横に、一行足した。


《一人だけ、残った》


```

【馬超 字・孟起】


劉禅への評価 主君の子 → ?

他者信頼 9 → 12

帰属意識 4 → 7

```


——三。


両方、三ずつ上がった。


そして、評価欄に、疑問符が出た。


——龐統(ほうとう)のときと、同じである。



    ◆



俺は、死亡年表を開いた。


二〇九。二一二。二一四。二一九。二二〇。二二一。二二三。二二八。二二九。二三四。


——馬超(ばちょう)の名は、ない。


書いていない。


——理由は、簡単である。


俺は、この人の没年を、覚えていなかった。


……いや。


違う。


——曖昧に、覚えている。


二二〇年代の、早い時期。


四十七で、病死。


戦場ではない。


暗殺でもない。


——ただ、病んで死ぬ。


法正(ほうせい)と、同じだ。


俺は、しばらく迷った。


そして、二二二の行を、新しく作った。


馬超(ばちょう) 四十七


——


記号を、描こうとした。


丸か。四角か。


——病である。


去年、俺は法正について同じことを考えた。


そして、丸を描いた。


「病は、どうやって変える」と思ったからだ。


——今日は。


俺は、筆を持ったまま、長いこと動かなかった。


そして。


——四角を、描いた。


理由は、一つだけである。


——この人は、まだ、四十を過ぎたばかりだ。


八年ある。


そして、この人が病むのは、傷のせいでも、疫のせいでもない。


たぶん——


壁を背にして座り続けたからだ。


扉の位置を、毎日確認し続けたからだ。


七年間、誰も後ろに立たせなかったからだ。


——それは、変えられるかもしれない。


制度では、無理だ。


だが、人は、置ける。



    ◆



俺は、木簡の余白に、一行書いた。


《孟起どのの、後ろに、立つ人を、探す》


——


そして、その下に。


《馬岱どのを、側に》


——八年ある。


この人の後ろに、誰かを一人、立たせる。


それだけで、四角が四角のまま終わるかもしれない。


——龐統(ほうとう)のときは、兜だった。


兜一つで、四十一パーセントが止まった。


今度は、人である。



次回 第43話「彭羕は、抜擢されすぎた」


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