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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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41/72

第40話 益州人を敗者にするな


府庫(ふこ)が、空だった。


金も、銀も、銭も、錦も、一つ残らず。


——そして、この国には、それを直せる男が、一人だけいた。


その男は、父を三度も避けて逃げた人だった。



    ◆



翌朝、緊急の評定が開かれた。


俺も、隅に座らせてもらった。


七歳である。


普通なら、追い出される。


だが諸葛亮(しょかつりょう)が「若君も」と言った。


```

【主人公依存度】

31% → 33%

```


——また、上がった。



    ◆



糜竺(びじく)が、竹簡を読み上げた。


声が、震えていた。


「府庫、残高なし」


「……」


「兵への恩賞、金五百(きん)、銀千斤、銭五千万、錦千(ひき)。これを、関羽(かんう)どの、張飛(ちょうひ)どの、諸葛亮(しょかつりょう)どの、法正(ほうせい)どのへ」


「うむ」


劉備(りゅうび)が、頷いた。


——この人は、まだ問題を理解していない。


「加えて、将兵への分配。府庫の物資を、自由に取らせました」


「褒美だ。当然であろう」


「……当然でございます」


糜竺は、そこで言葉を切った。


そして、絞り出すように言った。


「それで、来月の官の(ほう)が、払えませぬ」


——広間が、静かになった。



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【益州政権 財政】


歳入見込み(今期) 徴税前

歳出見込み(今期) 官俸/軍糧/修繕

現金残高 0


不足額 推定 銭 一億二千万


支払遅延見込み

 官吏俸給 来月より

 兵糧購入 三か月後より

 工人賃金 既に遅延中


備考

 占領直後の政権が支払を止めた場合、

 旧官吏の離反確率が急上昇します。

```


——


旧官吏の離反確率。


——父は、略奪を許さなかった。


そのおかげで、市が立った。


そして、その父が、府庫を空にした。


——民は守った。


そして、官の給料を止めた。


旧劉璋配下の官吏は、数千人いる。


その全員が、来月から無給になる。


——三か月で、この国は崩れる。



    ◆



俺は、思わず立ち上がった。


七歳の脚では、机の上に顔が出ない。


趙雲(ちょううん)が、抱え上げてくれた。


——この動作が、完全に定着している。


「ちちうえ」


「なんだ、阿斗」


「きゅうりょう」


「は?」


「やくにんの、きゅうりょう」


劉備が、糜竺を見た。


「払えぬのか」


「……払えませぬ」


「借りればよい」


「どこから、でございましょう」


——


劉備が、黙った。


この人は、金の話になると、驚くほど弱い。


魅力百。人材登用百。財務管理三十一。


——七年前に見た数字が、正確すぎる。



    ◆



龐統(ほうとう)が、口を開いた。


「豪族から、借り上げれば」


「返せませぬ」


糜竺が即答した。


「返せぬ借金は、恨みになります」


法正(ほうせい)が言った。


「では、豪族から取り上げましょう」


「孝直どの」


「冗談でございます」


——目が、冗談ではなかった。


```

【法正】私怨 88

```


——この人は、益州の豪族を十五年恨んでいる。


放っておくと、財政危機を口実に報復を始める。



    ◆



「主公」


諸葛亮(しょかつりょう)が、羽扇を止めた。


「一人、おります」


「誰だ」


劉巴(りゅうは)。字を子初(ししょ)と申します」


——広間の空気が、微妙に変わった。


張飛(ちょうひ)が、顔をしかめた。


「あの男か」


「はい」


「兄者を三度も避けて逃げた男であろう」


——


三度?



    ◆



諸葛亮が、説明した。


「劉巴どのは、荊州(けいしゅう)零陵(れいりょう)の出。天下に名の知られた学者にございます」


「うん」


赤壁(せきへき)の後、曹操(そうそう)の命で荊南の招撫に参られました」


「うん」


「ところが、主公が先に荊南四郡をお取りになった」


「うん」


「劉巴どのは、主公に仕えることを嫌い、南へ逃げられました」


「どこまで」


交趾(こうし)まで」


——交趾。


現在で言えば、越南(ベトナム)の北部である。


——そこまで逃げたのか。


「そして、そこからさらに益州へ回り、劉璋どのに仕えられました」


「うん」


「主公の入蜀にも、最後まで反対しておられました」


——


つまり。


この男は、父から二度逃げ、父の入国に反対し、そして父に負けた。


——最悪の人材である。



    ◆



「呼べ」


劉備が言った。


——即答だった。


「主公?」


「呼べ」


「よろしいのですか」


「よい」


そして、この人は、こう付け足した。


「それと、触れを出せ」


「触れ、とは」


劉備は、静かに言った。


「劉巴を害する者があらば、その三族を誅す」


——広間が、静まり返った。


——


俺は、その言葉に、震えた。


この人は、まだ会ってもいない男を、全力で守ると宣言した。


二度逃げられて、政策に反対された相手を、である。


```

【劉備】

人材登用 100

```


——数字は、正しい。



    ◆



劉巴(りゅうは)は、三日後に来た。


痩せた男だった。


四十前後だろうか。


姿勢が良い。手が、書を扱う者の手である。


そして——不機嫌だった。


隠していなかった。


俺は、その男を見つめた。


```

【劉巴 字・子初】


統率 31

武力 12

知略 93

政務 100

魅力 44


財政   100

制度設計 94

文書   97

計数   99

交渉   61

社交   8

柔軟性  17


固有特性


【天下の士は、天下の士と】

 自らが認めた者以外とは、口をきかない。


【計数の鬼】

 貨幣・物価・流通を、数として把握する。


【逃げ切れなかった者】

 二度、仕えたくない主君から逃げ、二度とも失敗した。

 現在の主君に対し、深い不本意を抱えている。


【仕事は、する】

 主君を嫌っていても、任された仕事の質は落とさない。


総合評価 A+


備考

 この人物は、あなた方を好いておりません。

 そして、それは業務に影響しません。

```


——政務、百。


財政、百。


社交、八。


——張飛(ちょうひ)の感情制御と、同じ数字である。



    ◆



劉巴は、劉備の前で、最低限の礼をした。


「劉巴にございます」


「よく来てくれた」


「……命じられましたので」


——広間が、凍った。


張飛(ちょうひ)が、腰を浮かせる。


趙雲が、静かに手で制した。


劉備は、笑った。


「そうか」


——この人は、怒らなかった。


「府庫が空だ」


「存じております」


「直せるか」


劉巴は、初めて劉備を見た。


そして、あっさり言った。


「直せます」



    ◆



「三月で、府庫を満たします」


——三か月。


「どうやって」


「三つでございます」


劉巴は、指を三本立てた。


——この動作をする人が、また増えた。


「一つ。直百銭(ちょくひゃくせん)を鋳ます」


「なんだ、それは」


「一枚で、五銖銭(ごしゅせん)百枚に相当する銭でございます」


「……」


「二つ。物価を平準にいたします」


「三つ。官市(かんし)を置きます」


「官市」


「官が、市を差配いたします」


——


俺は、その三つを聞いて、背筋が冷たくなった。



    ◆



——分かる。


分かってしまう。


前世で、俺はこれを何度も見た。


「直百銭」というのは、こういうことである。


銅を、百枚分は使わない。


せいぜい、三枚か四枚分の銅で作る。


そして「これは百枚の価値がある」と決める。


——差額は、国が取る。


これを、通貨発行益(シニョリッジ)という。


そして、その差額は、どこから来るか。


——今、五銖銭を持っている人間の懐からである。


手持ちの銭の価値が、下がるからだ。


——つまり。


これは、税である。


名前を変えただけの、税だ。


そして、誰も「税を上げた」とは言わない。



    ◆



俺は、口を開いた。


「しししょどの」


——言えなかった。


七歳の口では、「子初どの」が言いにくい。


三度目で、なんとか言えた。


「ししょどの」


劉巴が、俺を見た。


——初めて、俺を見た。


「……若君でございますか」


「うん」


「何か」


俺は、聞いた。


「ひゃくまい、ぶん、どう、つかう?」


——劉巴の動きが、止まった。



    ◆



長い沈黙があった。


広間の全員が、意味を分かっていない。


劉巴だけが、分かった。


「……もう一度、仰せいただけますか」


「ちょくひゃくせん」


「はい」


「どうが、ひゃくまいぶん、はいってる?」


——


劉巴は、俺を見つめたまま、動かなかった。


そして、こう答えた。


「……入っておりませぬ」


「なんまい」


「……三枚から、四枚」


——広間が、ざわついた。


糜竺(びじく)が、青ざめた。


「それでは——偽の銭ではございませぬか」


「偽ではございません」


劉巴は、静かに言った。


「国が定めれば、それが値でございます」


「しかし」


「そして、その差は、国が取ります」


——


この男は、隠さなかった。


聞かれたら、正直に全部言った。



    ◆



「ししょどの」


俺は、続けた。


「それ、ぜいきん?」


——劉巴が、初めて表情を変えた。


驚いた顔だった。


「……若君」


「うん」


「どちらで、それを」


「わかる」


「……」


「みんなの、ぜにが、やすくなる」


「……はい」


「それは、とったのと、おなじ」


——


劉巴は、しばらく黙っていた。


そして、床に手をついた。


礼をした。


——さっき、劉備にした礼より、深かった。


「仰せのとおりでございます」


「うん」


「これは、税でございます」


「うん」


「そして、税と呼ばぬがゆえに、誰も反対いたしませぬ」



    ◆



劉備(りゅうび)が、口を挟んだ。


「待て。では、民が損をするのか」


「損をいたします」


「ならば、やらぬ」


——即答だった。


この人は、こういうところは、本当に速い。


劉巴は、劉備を見た。


そして、初めて——まともに、答えた。


「主公」


「うむ」


「やらねば、官吏の俸が止まります」


「……」


「俸が止まれば、官吏は民から取ります」


「……」


「そのほうが、民は損をいたします」


——


広間が、静かになった。


「銭の値を下げれば、民は等しく、少しずつ損をいたします」


「……」


「官吏が勝手に取り立てれば、取られた者だけが、大きく損をいたします」


劉巴は、続けた。


「どちらも、民は損をいたします」


「……」


「私は、薄く広いほうを選びます」



    ◆



俺は、その説明を聞いて、動けなかった。


——正しい。


そして、冷たい。


そして、この人は、それを冷たいと思っていない。


「どちらも損をする。ならば、被害が分散するほうを選ぶ」


——完全に、正しい。


前世で、俺も同じことを何十回も言った。


「全社一律五パーセント減給か、二割の人員削減か」


——そして、俺は前者を選び続けた。


それが、優しさだと思っていた。


……違う。


あれは、優しさではない。


——痛みを、見えなくしただけだ。



    ◆



俺は、劉巴に一つだけ聞いた。


「ししょどの」


「はい」


「いつまで」


「は?」


「ちょくひゃくせん、いつまで、つかう?」


——劉巴が、また止まった。


「……いつまで、と」


「うん」


「ずっと?」


俺は、必死に言葉を並べた。


「ずっとだと、こまる」


「……なぜ、そうお考えに」


俺は、答えた。


「みんな、なれる」


——


「そしたら、もっと、やる」


——


劉巴は、俺を凝視していた。


そして、深く、深く息を吐いた。


「……若君」


「うん」


「その通りでございます」


彼は、竹簡を出した。


「私は、この策に、期限を書いておりました」


「うん」


「三年でございます」


「……」


「三年で府庫が満ちれば、直百銭を減らし、五銖銭へ戻す」


——


「そして、その一文を、誰も読まぬだろうと思っておりました」


```

【劉巴】


劉禅への評価 主君の子(無関心) → 話が通じる者

劉禅への態度 8 → 44

```


——三十六、上がった。


社交八の男が、である。



    ◆



——そして、その月、もう一つ起きた。



    ◆



父が、広都(こうと)を視察した。


そして、県令が酔って寝ていた。


父は、激怒した。


——劉備(りゅうび)が本気で怒るのを、俺は二度しか見ていない。


一度は、この月、劉巴(りゅうは)張飛(ちょうひ)を無視したとき。


そして、今日である。


「斬れ」


——即決だった。


この人が「斬れ」と言うのを、俺は初めて聞いた。


そこへ、諸葛亮(しょかつりょう)が入った。


「主公」


「止めるな」


蔣琬(しょうえん)は、社稷(しゃしょく)の器にございます」


——


「酔って寝ておったのだぞ」


「あの者は、百里(ひゃくり)の才ではございませぬ」


——


俺は、その言葉に、身体が止まった。


——四年前。


魯粛(ろしゅく)が、書状で同じことを書いてきた。


《龐士元は、百里の才に非ず》


《治中・別駕の任に処せしめば、始めて当にその驥足(きそく)を展ぶべきのみ》


——県一つを治めるような器ではない、という意味である。


そして、あのとき、俺は悔しかった。


敵国の重臣に、人事の誤りを指摘されたからだ。


……


——今度は、身内が言った。


四年で、この国は、そういう国になった。



    ◆



父は、結局、斬らなかった。


代わりに、免職にした。


俺は、その男を見に行った。


庭で、草を抜いていた。


——三十過ぎだろうか。


痩せている。


そして、動きが遅い。


蔣琬(しょうえん)どの」


「……若君でございますか」


「なぜ、酔っていたのですか」


——男は、答えなかった。


しばらくして、こう言った。


「……仕事が、ございませんでした」


——


「県令です」


「はい」


「仕事は、あります」


「ございます」


男は、草を抜きながら答えた。


「朝に十、片づきます」


「……」


「残る一日を、どういたしましょう」


——


俺は、そこで、龐統(ほうとう)を思い出した。


四年前、名簿の山に突っ伏して寝ていた男である。


```

【龐統】退屈度 100/仕事意欲 1

```


——同じである。


能力に対して、仕事が小さすぎる人間は、腐る。


そして、周りからは、怠け者に見える。


```

【蔣琬 字・公琰】


統率 61/武力 33/知略 88/政務 96/魅力 79


事務処理 97

全体把握 94

判断の安定 98

情動の起伏 11

自己主張  29

退屈耐性  8


固有特性


【社稷の器】

 国家規模の職務において、能力を発揮する。


【小さな器では腐る】

 職務の規模が能力を下回ると、著しく意欲が低下する。


【動じない】

 急報・叱責・危機において、脈拍が変化しない。


総合評価 A+


備考

 この人物は、あなたの後継者候補の一人です。

```


——後継者候補。


初めて見る表示だった。


そして、俺は八つである。


俺は、その一行を長いこと見ていた。


「しょうえんどの」


「はい」


「いつか、大きい仕事を、渡します」


蔣琬は、草を抜く手を止めた。


そして、初めて、俺を見た。


「……若君は、おいくつでございますか」


「やっつ」


「……」


「まってください」


——蔣琬は、答えなかった。


代わりに、また草を抜き始めた。


そして、しばらくして、こう言った。


「……草は、抜いておきます」


```

【蔣琬】

劉禅への評価 主君の子 → 記憶すべき人

```



    ◆



そして、もう一人。


その月、成都に、老人が一人いた。


許靖(きょせい)という。


——天下に名の知られた、人物評論家である。


若い頃、汝南(じょなん)で「月旦評(げったんひょう)」という人物評の会を開いていた。


そこで曹操(そうそう)を評したのが、この人の従兄である。


——つまり、この時代で最も「人を見る目がある」とされている一族の人だ。


そして、成都が落ちるとき、この人は城壁を乗り越えて逃げようとして、失敗した。


……


——劉備(りゅうび)は、この人を怒った。


「城を捨てて逃げようとした者を、なぜ用いる」


そこへ、法正(ほうせい)が言った。


「主公」


「なんだ」


「天下には、名だけの者がおります」


「うむ」


「許靖は、その筆頭でございます」


——


——法正の顔が、はっきりと歪んでいた。


俺は、その顔を初めて見た。


【法正】私怨 88


——この数字が、動いていた。


「ですが」


法正は、続けた。


歯を、食いしばっていた。


「名だけの者を用いねば、天下の名士が来ませぬ」


「……」


「用いてください」


——


俺は、そこで、この人の凄さを知った。


この男は、許靖を心底軽蔑している。


そして、国のために、推薦した。


——自制、三十四。


去年、二十一だった。


十三、上がった数字が、今日、初めて役に立った。



    ◆



そして、事件は、その夜に起きた。



    ◆



張飛(ちょうひ)が、劉巴の家に泊まった。


——本人なりの、歩み寄りである。


この人は、そういうところがある。


気に入らない相手ほど、酒を持って行く。


そして——


劉巴は、一言も口をきかなかった。


一晩中、である。


張飛が話しかけても、返事をしなかった。


——完全に、無視した。



    ◆



翌朝、張飛が評定に乗り込んできた。


机を、割った。


今月、二つ目である。


「あの男を斬る!」


「翼徳どの」


諸葛亮が止める。


「一晩だぞ! 一晩、俺は一言も返されなかった!」


——


俺は、劉巴に聞いた。


「ししょどの」


「はい」


「なんで、はなさなかった」


劉巴は、平然と答えた。


「大丈夫たる者は、天下の士と交わるものでございます」


「うん」


そして、こう言った。


兵子(へいし)と、何を語れと」


——


広間が、爆発した。



    ◆



兵子(へいし)


兵隊、という意味である。


——(かん)の将軍に対して、これ以上の侮辱はない。


張飛が、剣に手をかけた。


趙雲が、割って入った。


そして——劉備(りゅうび)が、初めて、怒った。


「子初」


「はい」


「翼徳は、私の弟だ」


「存じております」


「そして、この国の将軍だ」


「存じております」


「ならば、なぜ」


劉巴は、答えた。


「存じておりますが、私は交わりませぬ」


——


```

【劉備】

劉巴への感情 好意 → 不快

```


——初めて見る表示だった。


この人が、人を不快に思うのを、俺は初めて見た。



    ◆



評定が荒れた。


——そして俺は、必死に考えていた。


——この男は、必要である。


財政百。この国に、代わりがいない。


——だが、放置すれば、いつか斬られる。


そして、この男は、絶対に謝らない。


謝るくらいなら、また交趾まで逃げる人だ。


……


——謝らせるのは、無理だ。


なら、どうする。



    ◆



俺は、口を開いた。


「ちちうえ」


「なんだ」


「ししょどのは、あわなくていい」


「なに?」


「よくとくと、あわなくていい」


——広間が、静かになった。


「しごとを、わける」


俺は、続けた。


「ししょどのは、ぜにと、かみ」


「……」


「よくとくは、へいと、いくさ」


「……」


「あわない」


——


諸葛亮(しょかつりょう)が、羽扇を止めた。


「……若君は、両者の職掌を完全に分離せよと仰せです」


「うん」


「顔を合わせる機会を、制度として無くすと」


「うん」


「しかし、それでは、二人は生涯、和解いたしませぬ」


俺は、答えた。


「しなくていい」


——


広間の全員が、俺を見た。



    ◆



——言いたかったのは、こうだ。


前世で、俺は何十回も、社内の不仲を「解決」しようとした。


面談をした。飲みに行かせた。共同プロジェクトを組ませた。


——ほぼ全部、失敗した。


そして、ある日気付いた。


——仲良くさせる必要は、ない。


必要なのは、仲が悪くても仕事が回ることである。


組織とは、そのためにある。


気が合う人間だけで仕事をするなら、制度は要らない。



    ◆



龐統(ほうとう)が、笑い出した。


「若君は、和解を諦めろと仰せか」


「うん」


「早いですな」


「むだだから」


——龐統が、腹を抱えて笑った。


法正(ほうせい)も笑った。


劉巴(りゅうは)だけが、真顔で言った。


「……それが、最も合理的でございます」


そして、こう付け足した。


「私は、翼徳どのを嫌ってはおりませぬ」


「え」


「存じ上げぬだけでございます」


——


張飛が、机をもう一つ割った。


今月、三つ目である。



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


そして、書いた。


《仲よく、しなくていい》


《仕事が、回ればいい》


——七歳が書く言葉ではない。


だが、この国の三分の一は、これで回る。


そして、その下に、もう一行。


《ししょどの 三年で、五銖にもどす》


——期限を、書いておく。


この男は、期限を書いた。


そして、誰も読まないと思っていた。


——俺が、読んだ。


三年後、俺は十歳になっている。


そのとき、この一行を、誰かが覚えていなければならない。



    ◆



最後に、俺は《名のない者》の簿を開いた。


阿仙(あせん)阿六(あろく)楊阿七(よう・あしち)


——七十人を超えている。


俺は、そこへ書き足そうとして——やめた。


劉巴は、名のある人だ。


史書に載る。


代わりに、俺は別の木簡へ書いた。


《来ない人を、連れてくるのは、父上が上手い》


《来た人を、働かせるのは、俺がやる》


——役割分担である。


父は、人を連れてくる。


魅力百で、三度逃げた男を呼び戻す。


そして、その男が半月で衝突する。


——後片付けは、俺の仕事だ。



次回 第41話「名を変えられた男」


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