第40話 益州人を敗者にするな
府庫が、空だった。
金も、銀も、銭も、錦も、一つ残らず。
——そして、この国には、それを直せる男が、一人だけいた。
その男は、父を三度も避けて逃げた人だった。
◆
翌朝、緊急の評定が開かれた。
俺も、隅に座らせてもらった。
七歳である。
普通なら、追い出される。
だが諸葛亮が「若君も」と言った。
```
【主人公依存度】
31% → 33%
```
——また、上がった。
◆
糜竺が、竹簡を読み上げた。
声が、震えていた。
「府庫、残高なし」
「……」
「兵への恩賞、金五百斤、銀千斤、銭五千万、錦千匹。これを、関羽どの、張飛どの、諸葛亮どの、法正どのへ」
「うむ」
劉備が、頷いた。
——この人は、まだ問題を理解していない。
「加えて、将兵への分配。府庫の物資を、自由に取らせました」
「褒美だ。当然であろう」
「……当然でございます」
糜竺は、そこで言葉を切った。
そして、絞り出すように言った。
「それで、来月の官の俸が、払えませぬ」
——広間が、静かになった。
◆
俺は、視界を確認した。
```
【益州政権 財政】
歳入見込み(今期) 徴税前
歳出見込み(今期) 官俸/軍糧/修繕
現金残高 0
不足額 推定 銭 一億二千万
支払遅延見込み
官吏俸給 来月より
兵糧購入 三か月後より
工人賃金 既に遅延中
備考
占領直後の政権が支払を止めた場合、
旧官吏の離反確率が急上昇します。
```
——
旧官吏の離反確率。
——父は、略奪を許さなかった。
そのおかげで、市が立った。
そして、その父が、府庫を空にした。
——民は守った。
そして、官の給料を止めた。
旧劉璋配下の官吏は、数千人いる。
その全員が、来月から無給になる。
——三か月で、この国は崩れる。
◆
俺は、思わず立ち上がった。
七歳の脚では、机の上に顔が出ない。
趙雲が、抱え上げてくれた。
——この動作が、完全に定着している。
「ちちうえ」
「なんだ、阿斗」
「きゅうりょう」
「は?」
「やくにんの、きゅうりょう」
劉備が、糜竺を見た。
「払えぬのか」
「……払えませぬ」
「借りればよい」
「どこから、でございましょう」
——
劉備が、黙った。
この人は、金の話になると、驚くほど弱い。
魅力百。人材登用百。財務管理三十一。
——七年前に見た数字が、正確すぎる。
◆
龐統が、口を開いた。
「豪族から、借り上げれば」
「返せませぬ」
糜竺が即答した。
「返せぬ借金は、恨みになります」
法正が言った。
「では、豪族から取り上げましょう」
「孝直どの」
「冗談でございます」
——目が、冗談ではなかった。
```
【法正】私怨 88
```
——この人は、益州の豪族を十五年恨んでいる。
放っておくと、財政危機を口実に報復を始める。
◆
「主公」
諸葛亮が、羽扇を止めた。
「一人、おります」
「誰だ」
「劉巴。字を子初と申します」
——広間の空気が、微妙に変わった。
張飛が、顔をしかめた。
「あの男か」
「はい」
「兄者を三度も避けて逃げた男であろう」
——
三度?
◆
諸葛亮が、説明した。
「劉巴どのは、荊州零陵の出。天下に名の知られた学者にございます」
「うん」
「赤壁の後、曹操の命で荊南の招撫に参られました」
「うん」
「ところが、主公が先に荊南四郡をお取りになった」
「うん」
「劉巴どのは、主公に仕えることを嫌い、南へ逃げられました」
「どこまで」
「交趾まで」
——交趾。
現在で言えば、越南の北部である。
——そこまで逃げたのか。
「そして、そこからさらに益州へ回り、劉璋どのに仕えられました」
「うん」
「主公の入蜀にも、最後まで反対しておられました」
——
つまり。
この男は、父から二度逃げ、父の入国に反対し、そして父に負けた。
——最悪の人材である。
◆
「呼べ」
劉備が言った。
——即答だった。
「主公?」
「呼べ」
「よろしいのですか」
「よい」
そして、この人は、こう付け足した。
「それと、触れを出せ」
「触れ、とは」
劉備は、静かに言った。
「劉巴を害する者があらば、その三族を誅す」
——広間が、静まり返った。
——
俺は、その言葉に、震えた。
この人は、まだ会ってもいない男を、全力で守ると宣言した。
二度逃げられて、政策に反対された相手を、である。
```
【劉備】
人材登用 100
```
——数字は、正しい。
◆
劉巴は、三日後に来た。
痩せた男だった。
四十前後だろうか。
姿勢が良い。手が、書を扱う者の手である。
そして——不機嫌だった。
隠していなかった。
俺は、その男を見つめた。
```
【劉巴 字・子初】
統率 31
武力 12
知略 93
政務 100
魅力 44
財政 100
制度設計 94
文書 97
計数 99
交渉 61
社交 8
柔軟性 17
固有特性
【天下の士は、天下の士と】
自らが認めた者以外とは、口をきかない。
【計数の鬼】
貨幣・物価・流通を、数として把握する。
【逃げ切れなかった者】
二度、仕えたくない主君から逃げ、二度とも失敗した。
現在の主君に対し、深い不本意を抱えている。
【仕事は、する】
主君を嫌っていても、任された仕事の質は落とさない。
総合評価 A+
備考
この人物は、あなた方を好いておりません。
そして、それは業務に影響しません。
```
——政務、百。
財政、百。
社交、八。
——張飛の感情制御と、同じ数字である。
◆
劉巴は、劉備の前で、最低限の礼をした。
「劉巴にございます」
「よく来てくれた」
「……命じられましたので」
——広間が、凍った。
張飛が、腰を浮かせる。
趙雲が、静かに手で制した。
劉備は、笑った。
「そうか」
——この人は、怒らなかった。
「府庫が空だ」
「存じております」
「直せるか」
劉巴は、初めて劉備を見た。
そして、あっさり言った。
「直せます」
◆
「三月で、府庫を満たします」
——三か月。
「どうやって」
「三つでございます」
劉巴は、指を三本立てた。
——この動作をする人が、また増えた。
「一つ。直百銭を鋳ます」
「なんだ、それは」
「一枚で、五銖銭百枚に相当する銭でございます」
「……」
「二つ。物価を平準にいたします」
「三つ。官市を置きます」
「官市」
「官が、市を差配いたします」
——
俺は、その三つを聞いて、背筋が冷たくなった。
◆
——分かる。
分かってしまう。
前世で、俺はこれを何度も見た。
「直百銭」というのは、こういうことである。
銅を、百枚分は使わない。
せいぜい、三枚か四枚分の銅で作る。
そして「これは百枚の価値がある」と決める。
——差額は、国が取る。
これを、通貨発行益という。
そして、その差額は、どこから来るか。
——今、五銖銭を持っている人間の懐からである。
手持ちの銭の価値が、下がるからだ。
——つまり。
これは、税である。
名前を変えただけの、税だ。
そして、誰も「税を上げた」とは言わない。
◆
俺は、口を開いた。
「しししょどの」
——言えなかった。
七歳の口では、「子初どの」が言いにくい。
三度目で、なんとか言えた。
「ししょどの」
劉巴が、俺を見た。
——初めて、俺を見た。
「……若君でございますか」
「うん」
「何か」
俺は、聞いた。
「ひゃくまい、ぶん、どう、つかう?」
——劉巴の動きが、止まった。
◆
長い沈黙があった。
広間の全員が、意味を分かっていない。
劉巴だけが、分かった。
「……もう一度、仰せいただけますか」
「ちょくひゃくせん」
「はい」
「どうが、ひゃくまいぶん、はいってる?」
——
劉巴は、俺を見つめたまま、動かなかった。
そして、こう答えた。
「……入っておりませぬ」
「なんまい」
「……三枚から、四枚」
——広間が、ざわついた。
糜竺が、青ざめた。
「それでは——偽の銭ではございませぬか」
「偽ではございません」
劉巴は、静かに言った。
「国が定めれば、それが値でございます」
「しかし」
「そして、その差は、国が取ります」
——
この男は、隠さなかった。
聞かれたら、正直に全部言った。
◆
「ししょどの」
俺は、続けた。
「それ、ぜいきん?」
——劉巴が、初めて表情を変えた。
驚いた顔だった。
「……若君」
「うん」
「どちらで、それを」
「わかる」
「……」
「みんなの、ぜにが、やすくなる」
「……はい」
「それは、とったのと、おなじ」
——
劉巴は、しばらく黙っていた。
そして、床に手をついた。
礼をした。
——さっき、劉備にした礼より、深かった。
「仰せのとおりでございます」
「うん」
「これは、税でございます」
「うん」
「そして、税と呼ばぬがゆえに、誰も反対いたしませぬ」
◆
劉備が、口を挟んだ。
「待て。では、民が損をするのか」
「損をいたします」
「ならば、やらぬ」
——即答だった。
この人は、こういうところは、本当に速い。
劉巴は、劉備を見た。
そして、初めて——まともに、答えた。
「主公」
「うむ」
「やらねば、官吏の俸が止まります」
「……」
「俸が止まれば、官吏は民から取ります」
「……」
「そのほうが、民は損をいたします」
——
広間が、静かになった。
「銭の値を下げれば、民は等しく、少しずつ損をいたします」
「……」
「官吏が勝手に取り立てれば、取られた者だけが、大きく損をいたします」
劉巴は、続けた。
「どちらも、民は損をいたします」
「……」
「私は、薄く広いほうを選びます」
◆
俺は、その説明を聞いて、動けなかった。
——正しい。
そして、冷たい。
そして、この人は、それを冷たいと思っていない。
「どちらも損をする。ならば、被害が分散するほうを選ぶ」
——完全に、正しい。
前世で、俺も同じことを何十回も言った。
「全社一律五パーセント減給か、二割の人員削減か」
——そして、俺は前者を選び続けた。
それが、優しさだと思っていた。
……違う。
あれは、優しさではない。
——痛みを、見えなくしただけだ。
◆
俺は、劉巴に一つだけ聞いた。
「ししょどの」
「はい」
「いつまで」
「は?」
「ちょくひゃくせん、いつまで、つかう?」
——劉巴が、また止まった。
「……いつまで、と」
「うん」
「ずっと?」
俺は、必死に言葉を並べた。
「ずっとだと、こまる」
「……なぜ、そうお考えに」
俺は、答えた。
「みんな、なれる」
——
「そしたら、もっと、やる」
——
劉巴は、俺を凝視していた。
そして、深く、深く息を吐いた。
「……若君」
「うん」
「その通りでございます」
彼は、竹簡を出した。
「私は、この策に、期限を書いておりました」
「うん」
「三年でございます」
「……」
「三年で府庫が満ちれば、直百銭を減らし、五銖銭へ戻す」
——
「そして、その一文を、誰も読まぬだろうと思っておりました」
```
【劉巴】
劉禅への評価 主君の子(無関心) → 話が通じる者
劉禅への態度 8 → 44
```
——三十六、上がった。
社交八の男が、である。
◆
——そして、その月、もう一つ起きた。
◆
父が、広都を視察した。
そして、県令が酔って寝ていた。
父は、激怒した。
——劉備が本気で怒るのを、俺は二度しか見ていない。
一度は、この月、劉巴が張飛を無視したとき。
そして、今日である。
「斬れ」
——即決だった。
この人が「斬れ」と言うのを、俺は初めて聞いた。
そこへ、諸葛亮が入った。
「主公」
「止めるな」
「蔣琬は、社稷の器にございます」
——
「酔って寝ておったのだぞ」
「あの者は、百里の才ではございませぬ」
——
俺は、その言葉に、身体が止まった。
——四年前。
魯粛が、書状で同じことを書いてきた。
《龐士元は、百里の才に非ず》
《治中・別駕の任に処せしめば、始めて当にその驥足を展ぶべきのみ》
——県一つを治めるような器ではない、という意味である。
そして、あのとき、俺は悔しかった。
敵国の重臣に、人事の誤りを指摘されたからだ。
……
——今度は、身内が言った。
四年で、この国は、そういう国になった。
◆
父は、結局、斬らなかった。
代わりに、免職にした。
俺は、その男を見に行った。
庭で、草を抜いていた。
——三十過ぎだろうか。
痩せている。
そして、動きが遅い。
「蔣琬どの」
「……若君でございますか」
「なぜ、酔っていたのですか」
——男は、答えなかった。
しばらくして、こう言った。
「……仕事が、ございませんでした」
——
「県令です」
「はい」
「仕事は、あります」
「ございます」
男は、草を抜きながら答えた。
「朝に十、片づきます」
「……」
「残る一日を、どういたしましょう」
——
俺は、そこで、龐統を思い出した。
四年前、名簿の山に突っ伏して寝ていた男である。
```
【龐統】退屈度 100/仕事意欲 1
```
——同じである。
能力に対して、仕事が小さすぎる人間は、腐る。
そして、周りからは、怠け者に見える。
```
【蔣琬 字・公琰】
統率 61/武力 33/知略 88/政務 96/魅力 79
事務処理 97
全体把握 94
判断の安定 98
情動の起伏 11
自己主張 29
退屈耐性 8
固有特性
【社稷の器】
国家規模の職務において、能力を発揮する。
【小さな器では腐る】
職務の規模が能力を下回ると、著しく意欲が低下する。
【動じない】
急報・叱責・危機において、脈拍が変化しない。
総合評価 A+
備考
この人物は、あなたの後継者候補の一人です。
```
——後継者候補。
初めて見る表示だった。
そして、俺は八つである。
俺は、その一行を長いこと見ていた。
「しょうえんどの」
「はい」
「いつか、大きい仕事を、渡します」
蔣琬は、草を抜く手を止めた。
そして、初めて、俺を見た。
「……若君は、おいくつでございますか」
「やっつ」
「……」
「まってください」
——蔣琬は、答えなかった。
代わりに、また草を抜き始めた。
そして、しばらくして、こう言った。
「……草は、抜いておきます」
```
【蔣琬】
劉禅への評価 主君の子 → 記憶すべき人
```
◆
そして、もう一人。
その月、成都に、老人が一人いた。
許靖という。
——天下に名の知られた、人物評論家である。
若い頃、汝南で「月旦評」という人物評の会を開いていた。
そこで曹操を評したのが、この人の従兄である。
——つまり、この時代で最も「人を見る目がある」とされている一族の人だ。
そして、成都が落ちるとき、この人は城壁を乗り越えて逃げようとして、失敗した。
……
——劉備は、この人を怒った。
「城を捨てて逃げようとした者を、なぜ用いる」
そこへ、法正が言った。
「主公」
「なんだ」
「天下には、名だけの者がおります」
「うむ」
「許靖は、その筆頭でございます」
——
——法正の顔が、はっきりと歪んでいた。
俺は、その顔を初めて見た。
【法正】私怨 88
——この数字が、動いていた。
「ですが」
法正は、続けた。
歯を、食いしばっていた。
「名だけの者を用いねば、天下の名士が来ませぬ」
「……」
「用いてください」
——
俺は、そこで、この人の凄さを知った。
この男は、許靖を心底軽蔑している。
そして、国のために、推薦した。
——自制、三十四。
去年、二十一だった。
十三、上がった数字が、今日、初めて役に立った。
◆
そして、事件は、その夜に起きた。
◆
張飛が、劉巴の家に泊まった。
——本人なりの、歩み寄りである。
この人は、そういうところがある。
気に入らない相手ほど、酒を持って行く。
そして——
劉巴は、一言も口をきかなかった。
一晩中、である。
張飛が話しかけても、返事をしなかった。
——完全に、無視した。
◆
翌朝、張飛が評定に乗り込んできた。
机を、割った。
今月、二つ目である。
「あの男を斬る!」
「翼徳どの」
諸葛亮が止める。
「一晩だぞ! 一晩、俺は一言も返されなかった!」
——
俺は、劉巴に聞いた。
「ししょどの」
「はい」
「なんで、はなさなかった」
劉巴は、平然と答えた。
「大丈夫たる者は、天下の士と交わるものでございます」
「うん」
そして、こう言った。
「兵子と、何を語れと」
——
広間が、爆発した。
◆
兵子。
兵隊、という意味である。
——漢の将軍に対して、これ以上の侮辱はない。
張飛が、剣に手をかけた。
趙雲が、割って入った。
そして——劉備が、初めて、怒った。
「子初」
「はい」
「翼徳は、私の弟だ」
「存じております」
「そして、この国の将軍だ」
「存じております」
「ならば、なぜ」
劉巴は、答えた。
「存じておりますが、私は交わりませぬ」
——
```
【劉備】
劉巴への感情 好意 → 不快
```
——初めて見る表示だった。
この人が、人を不快に思うのを、俺は初めて見た。
◆
評定が荒れた。
——そして俺は、必死に考えていた。
——この男は、必要である。
財政百。この国に、代わりがいない。
——だが、放置すれば、いつか斬られる。
そして、この男は、絶対に謝らない。
謝るくらいなら、また交趾まで逃げる人だ。
……
——謝らせるのは、無理だ。
なら、どうする。
◆
俺は、口を開いた。
「ちちうえ」
「なんだ」
「ししょどのは、あわなくていい」
「なに?」
「よくとくと、あわなくていい」
——広間が、静かになった。
「しごとを、わける」
俺は、続けた。
「ししょどのは、ぜにと、かみ」
「……」
「よくとくは、へいと、いくさ」
「……」
「あわない」
——
諸葛亮が、羽扇を止めた。
「……若君は、両者の職掌を完全に分離せよと仰せです」
「うん」
「顔を合わせる機会を、制度として無くすと」
「うん」
「しかし、それでは、二人は生涯、和解いたしませぬ」
俺は、答えた。
「しなくていい」
——
広間の全員が、俺を見た。
◆
——言いたかったのは、こうだ。
前世で、俺は何十回も、社内の不仲を「解決」しようとした。
面談をした。飲みに行かせた。共同プロジェクトを組ませた。
——ほぼ全部、失敗した。
そして、ある日気付いた。
——仲良くさせる必要は、ない。
必要なのは、仲が悪くても仕事が回ることである。
組織とは、そのためにある。
気が合う人間だけで仕事をするなら、制度は要らない。
◆
龐統が、笑い出した。
「若君は、和解を諦めろと仰せか」
「うん」
「早いですな」
「むだだから」
——龐統が、腹を抱えて笑った。
法正も笑った。
劉巴だけが、真顔で言った。
「……それが、最も合理的でございます」
そして、こう付け足した。
「私は、翼徳どのを嫌ってはおりませぬ」
「え」
「存じ上げぬだけでございます」
——
張飛が、机をもう一つ割った。
今月、三つ目である。
◆
その夜、俺は木簡を出した。
そして、書いた。
《仲よく、しなくていい》
《仕事が、回ればいい》
——七歳が書く言葉ではない。
だが、この国の三分の一は、これで回る。
そして、その下に、もう一行。
《ししょどの 三年で、五銖にもどす》
——期限を、書いておく。
この男は、期限を書いた。
そして、誰も読まないと思っていた。
——俺が、読んだ。
三年後、俺は十歳になっている。
そのとき、この一行を、誰かが覚えていなければならない。
◆
最後に、俺は《名のない者》の簿を開いた。
阿仙。阿六。楊阿七。
——七十人を超えている。
俺は、そこへ書き足そうとして——やめた。
劉巴は、名のある人だ。
史書に載る。
代わりに、俺は別の木簡へ書いた。
《来ない人を、連れてくるのは、父上が上手い》
《来た人を、働かせるのは、俺がやる》
——役割分担である。
父は、人を連れてくる。
魅力百で、三度逃げた男を呼び戻す。
そして、その男が半月で衝突する。
——後片付けは、俺の仕事だ。
次回 第41話「名を変えられた男」




