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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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40/72

第39話 成都買収後の百日計画


成都(せいと)に着いた日、俺は市場を見た。


店が、開いていた。


——落城から、二か月である。



    ◆



建安(けんあん)十九年の秋。


俺は、生まれて初めて、荊州を出た。


長江を、遡る。


三十日以上かかった。


三峡(さんきょう)を通ったとき、俺は船の縁から動けなかった。


両側が、壁だった。


空が、細い。


水音が、岩に跳ね返って、腹に響く。


——地図では、線が一本引いてあるだけだった。


実際は、こうだった。


この一本の線を通らなければ、荊州と益州は繋がらない。


そして、この線が塞がれたら——


二つの土地は、別の国になる。


俺は、そこで、初めて実感した。


——関羽(かんう)が守っているのは、領土ではない。


この線の、片方の端である。



    ◆



成都は、大きかった。


荊州の公安(こうあん)とは、比較にならない。


城壁が長い。街路が広い。人が多い。


そして——市が立っていた。


俺は、輿の上から、それを見ていた。


布を売る店。


塩を量る店。


魚を並べる店。


竹細工の店。


子供が走っている。


犬が寝ている。


婆さんが、店主と値段でもめている。


——落城から、二か月である。



    ◆



前世で、俺は買収直後の会社を、何十社も見た。


買収の翌週、社内は必ず死ぬ。


誰も喋らない。


廊下で目を合わせない。


辞める人間が出る。


そして三か月後、優秀な人から順にいなくなる。


——占領も、同じはずだった。


それが、二か月で市が立っている。



    ◆



「阿斗」


声がした。


——三年ぶりの、声だった。


俺は、振り返った。


劉備(りゅうび)が、立っていた。


——老けていた。


目の下の皺が、深い。


髪に、白いものが増えている。


そして、少し痩せていた。


「……ちちうえ」


「大きくなったな」


——それだけ言って、この人は俺を抱き上げた。


三年前より、腕の力が弱かった。


それでも、投げなかった。



    ◆



「阿斗」


「うん」


「父が、お前に見せたかったのは、これだ」


劉備は、市場を指した。


「みせ」


「うむ」


「うん」


「焼かなかった」


——


「兵に、略奪を許さなかった。一人も、だ」


「うん」


「不満は出た。一年半、雒城で戦った兵だ。褒美が欲しかろう」


「うん」


「それでも、許さなかった」


劉備は、市場を見ていた。


「三年前、お前が申したな」


「なに」


「『益州人を、敗者にするな』と」


——


俺は、そんなことを言った覚えがない。


……いや。


言ったかもしれない。


四つの頃だ。


覚えていないほど、たくさんのことを言った。


——だが、この人は、覚えていた。


そして、三年かけて、実行した。



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【益州の民】


劉備軍への評価 やや好意的 → 好意的

略奪被害 なし

市場活動 回復(落城前比 71%)


備考

 占領軍が略奪を行わなかった事例は、

 当該時代において極めて稀です。

```


——七十一パーセント。


二か月で、七割まで戻った。


前世の統合案件で、これができたら、俺は表彰されている。



    ◆



その夜、宴があった。


——三年ぶりに、全員が揃った。



    ◆



趙雲(ちょううん)


この人は、俺を見た瞬間、片膝をついた。


「若君」


「しりゅう」


「……ご無事で」


「うん」


俺は、そこで、言葉が出なくなった。


——一年である。


去年の冬に別れた。


七年間、毎日そばにいた人が、一年いなかった。


俺は、この人の袍を掴んだ。


七歳である。


もう、抱っこをせがむ歳ではない。


——それでも、掴んだ。


趙雲は、何も言わずに、抱き上げた。


そして、小さな声で言った。


「……重くなられました」


「うるさい」


——泣きそうだったので、そう言った。



    ◆



張飛(ちょうひ)


この人は、遠くから走ってきて、俺を高く持ち上げた。


「阿斗ォ!」


「たかい!」


「大きくなったな!」


「おろして!」


——変わっていない。


三年経っても、この人だけは、何も変わっていない。


だが、下ろされたあと、張飛は懐から何かを出した。


竹簡である。


汚い。


泥がついている。


「阿斗」


「なに」


「読め」


俺は、受け取って、開いた。


——字が、下手だった。


恐ろしく、下手だった。


そして、名前が書いてあった。


六つ。


「……これ」


「俺が、殴った者だ」


——


俺は、顔を上げた。


「一年で、六人だ」


張飛は、腕を組んだ。


「その前の年は、阿斗(あと)の簿では、何人だった」


「……にじゅうご」


「減ったな」


——


この人は、自分で数えていた。


一年間、自分で。


そして、名前を書いていた。


字が下手なので、書くのに時間がかかっただろう。


六人分、書いた。


```

【張飛】

暗殺危険度 7% → 6%

```


——一、下がった。


七年で、初めて下がった。


「よくとく」


「うむ」


「すごい」


「当然だ!」


張飛は、胸を張った。


そして、小さな声で付け足した。


「……七人目を殴りかけて、やめた」


「うん」


「あれが、一番、きつかった」



    ◆



諸葛亮(しょかつりょう)


この人は、変わっていた。


——痩せていた。


目の下に、影がある。


七年前、初めて会ったとき、この人には影がなかった。


「若君」


「せんせい」


「よくぞ、お越しに」


俺は、この人を見上げた。


そして、言った。


「ねてない」


「……」


「ねてない!」


「若君。到着早々、それでございますか」


「ねてない!」


```

【諸葛亮】

睡眠時間 直近三日 三刻

```


——六時間。


三日で、である。


七年前と、まったく変わっていない。


変わったのは、この人の顔だけだ。



    ◆



俺は、その夜、宴の途中で、広間を見回した。


——龐統(ほうとう)がいる。


法正(ほうせい)がいる。


趙雲(ちょううん)がいる。


張飛(ちょうひ)がいる。


糜竺(びじく)も、孫乾(そんけん)も、馬良(ばりょう)もいる。


父もいる。


……


——先生の家族が、いない。


俺は、そのとき、初めてそのことに気付いた。


三年ぶりの再会である。


家族がいれば、来る。


来ないということは、いない。


——七年である。


七年、俺はこの人の家族の話を、一度も聞いていない。


いや。


——一度だけ、聞いた。


五年前、公安(こうあん)で、羽扇のことを尋ねたときだ。


「これ、だれの」


「……ある者から、贈られました」


「だれ」


「若君には、まだ早いお話です」


そして、俺がもう一度聞いたとき、この人はまったく同じ台詞で逃げた。


——二度、同じ台詞である。


……


俺は、馬良(ばりょう)を探した。


この人は、真面目である。


そして、こういうことを、正確に知っている。


「きじょう」


「若君? どうなさいました」


「せんせいの、おうちは」


馬良は、少し驚いた顔をした。


「孔明さまの、でございますか」


「うん」


隆中(りゅうちゅう)にございます」


「まだ、ある?」


「……ございましょう」


「だれか、いる?」


馬良は、答えにくそうにした。


そして、小さな声で言った。


「……奥方さまが、おられます」


——


「なんて、いうひと」


(こう)氏にございます」


「なまえは」


馬良は、俺を見た。


そして、正直に答えた。


「……存じ上げませぬ」


——


俺は、そこで、動きを止めた。


「きじょう」


「はい」


「あなたは、なんねん、せんせいと、はたらいていますか」


「……五年でございます」


「そのあいだに、おくがたさまに、あいましたか」


馬良は、しばらく黙った。


そして、言った。


「……一度も、ございませぬ」


——


俺は、宴の広間を、もう一度見た。


酒がある。肉がある。


三年ぶりに会った人たちが、笑っている。


その中央で、諸葛亮(しょかつりょう)が、羽扇を動かしている。


——三年である。


三年、この人は西にいる。


そして、その前の三年は、荊州にいた。


——六年、家に帰っていない。


「きじょう」


「はい」


「おくがたさまを、よべますか」


馬良の手から、杯が落ちそうになった。


「……若君」


「よべますか」


「……荊州(けいしゅう)からでございます。三十日、かかります」


「うん」


「そして——」


馬良は、言葉を選んだ。


「……孔明さまが、お呼びになりませぬ」


——


「なんで」


「分かりませぬ」


馬良は、白い眉を下げた。


「……ただ」


「うん」


「呼べば、ご自分が帰らぬことになりますゆえ」


——


俺は、その一言で、全部が分かった。


——この人は、家族を呼ばない。


呼べば、「もう帰らない」と決めたことになるからだ。


呼ばずにおけば、「いつか帰る」という嘘が、まだ持つ。


——五年前、この人は言った。


「私は、帰るために働いております」


——


嘘である。


そして、この人自身が、それを嘘にしないために、家族を呼ばずにいる。



    ◆



龐統(ほうとう)


この男は、宴の隅で酒を飲んでいた。


そして、俺が近づくと、顔を上げた。


——右の頬に、傷があった。


目尻から、顎の近くまで。


——


あの矢の傷である。


「若君」


「しげん」


「大きくなられましたな」


「……」


俺は、その傷を見ていた。


言葉が、出なかった。


龐統は、俺の視線に気付いた。


そして、あっさり言った。


「これでございますか」


「うん」


「兜のおかげで、ここで止まりました」


彼は、傷を指でなぞった。


「兜がなければ、ここまで来ておりました」


——指が、眉間まで上がった。


——


俺は、そこで、腰が抜けた。


その場に、座り込んだ。


「若君?」


「……」


「いかがなさいました」


——俺は、答えられなかった。


四十一パーセントという数字を、俺は毎日見ていた。


数字だった。


——今、それが、顔の上にある。


眉間から顎まで、一本の線として。



    ◆



龐統は、しばらく黙っていた。


そして、床に座った。


俺と、同じ高さになった。


「若君」


「……」


「私は、あなた様の書状を、九通いただきました」


「うん」


「そのうち、七通は『かぶと』とだけ書いてございました」


「……うん」


「残る二通は、『かぶと』と『はずすな』でございます」


「……」


「内容が、あまりに乏しゅうございます」


——


俺は、そこで、少し笑った。


笑ったつもりが、変な音が出た。


龐統は、そのまま続けた。


「若君」


「なに」


「礼を申します」


——


「私は、あなた様に(うるさ)がられ、(わずら)わされ、九通も同じことを書かれ、そして生きております」


彼は、杯を置いた。


「生きているというのは、妙な気分でございますな」



    ◆



法正(ほうせい)


この男は、宴の中心にいた。


三年前とは、別人である。


蜀郡太守。


益州の、実質的な差配役。


そして——笑っていた。


あの、演技の笑いではなかった。


「若君」


法正は、俺の前へ来て、深く礼をした。


「こうちょくどの」


「三年ぶりにございます」


「うん」


「私は、いま、蜀郡太守にございます」


「しってる」


「……」


法正は、少し黙った。


そして、言った。


「十五年、軍議校尉でございました」


「うん」


「三年で、太守にございます」


「うん」


「若君」


「なに」


法正は、俺を見た。


「簿は、まだお持ちですか」


——


俺は、帯から木簡を抜いた。


七歳の帯には、まだ挟まらない。


歩くたびに落ちる。


それでも、持ってきた。


荊州から、三十日の船旅を、これを持って来た。


法正は、それを見た。


《法正 字 孝直》


《行い、悪くない》


——四つの頃の、歪んだ字である。


法正は、長いこと、それを見ていた。


そして、言った。


「……もう、要りませぬな」


「いる」


俺は、即答した。


「え」


「まだ、いる」


法正が、俺を見た。


「なぜでございます」


俺は、答えた。


「すこし、あぶない」


```

【法正】

私怨 91 → 88

```


——三、下がった。


そして、まだ八十八である。


法正は、声を出して笑った。


「さすが、若君でございます」



    ◆



宴の翌日、俺は成都の外へ連れて行かれた。


諸葛亮(しょかつりょう)が案内した。


「若君に、見ていただきたいものがございます」


「なに」


都江堰(とこうえん)でございます」


——聞いたことのない名前だった。



    ◆



それは、川だった。


正確には、川を割る仕掛けである。


岷江(みんこう)という川が、山から成都平原へ出てくる。


そこに、堤が築かれていた。


川が、二つに分かれている。


片方は、そのまま流れていく。


もう片方は、細い水路になって、平原へ引かれていく。


「これは」


俺は、聞いた。


「水を、分けております」


諸葛亮が答えた。


「洪水のときは、余分な水を外江(がいこう)へ流します」


「うん」


「渇水のときは、内江(ないこう)へ多く引きます」


「うん」


「堰を上げ下げせずに、そうなります」


——


「川の流れの速さと、堤の形だけで、そうなるように作られております」


——


俺は、その堤を、長いこと見ていた。


——人が、いない。


堰を操作する役人が、いない。


川が勝手に分かれて、勝手に量が変わる。


「せんせい」


「はい」


「だれが、つくった」


諸葛亮は、答えた。


李冰(りひょう)という方でございます」


「いま、どこ」


「四百年前の方でございます」


——


俺は、そこで、動けなくなった。



    ◆



「四百年前」


「はい。(しん)の頃でございます」


「……」


「その方は、既にこの世におられませぬ」


「うん」


「それでも、この堤は、水を分け続けております」


——


四百年。


作った人は、いない。


引き継いだ人も、たぶん何十代も入れ替わっている。


——それでも、動いている。


この平原に米が実るのは、四百年前に死んだ男が、川の形を計算したからだ。


そして、その男の名を、この土地の農民は、たぶん知らない。


——知らなくても、米は実る。



    ◆



俺は、その場に座り込んだ。


膝が、震えていた。


「若君?」


「……」


「いかがなさいました」


俺は、答えられなかった。


——七年前、俺は木簡に書いた。


《英雄がいなくても動く国家を作る》


あれは、俺が前世から持ってきた言葉だった。


経営の言葉だ。


属人化の排除。持続可能な組織。


——ずっと、それを言ってきた。


そして今日、初めて、実物を見た。


四百年、動いているものを。


俺は、諸葛亮を見上げた。


「せんせい」


「はい」


「これ、つくりたい」


「堤を、でございますか」


「ちがう」


俺は、首を振った。


そして、言った。


「くにを」



    ◆



諸葛亮は、しばらく俺を見ていた。


そして——羽扇を、閉じた。


「……若君」


「うん」


「それは、私が七年前に、隆中で申したことでございます」


「え」


「天下三分」


「……」


「あのとき、私は主公に申しました。荊州を取り、益州を取り、天下を三つに分けよと」


「うん」


「そして、その先を、申しませんでした」


——


「三つに分けたあと、何を作るのか」


諸葛亮は、都江堰を見ていた。


「私は、それを考えておりませんでした」


「……」


「戦のことだけを、考えておりました」


そして、この人は言った。


「若君は、四百年もつものを作れと仰せです」


「うん」


「……」


「できる?」


諸葛亮は、答えなかった。


代わりに、こう言った。


「私は、あと二十年、生きられるかどうかでございます」


——


俺は、その一言に、殴られた気がした。


——二十年。


この人は、あと二十年、と言った。


俺は、知っている。


——二十年、ない。



    ◆



その夜、俺は府庫(ふこ)の帳簿を見せてもらった。


七歳が帳簿を見たいと言うと、糜竺(びじく)は喜んで持ってきた。


この人は、俺が「ちょ」と言った日から、ずっとこうである。


俺は、竹簡を開いた。


そして——


手が、止まった。


```

【益州 府庫】


接収時 金・銀・銭・錦 多数


現在

 金 —

 銀 —

 銭 —

 錦 —


備考

 全額、将兵への恩賞として支出済み

```


——空だった。


綺麗に、空だった。


「……びじく」


「はい」


「これ」


「はい」


「からっぽ」


糜竺の顔が、みるみる青ざめた。


「……はい」


「なんで」


「……主公が」


——


「兵に、褒美を出されました」


「いくら」


「……全部にございます」


——


俺は、その場に座り込んだ。


今日、二度目である。


```

【劉備】

財務管理 31

```


——三十一。


七年前と、まったく同じ数字だった。



次回 第40話「益州人を敗者にするな」


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