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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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37/87

第36話 軍神と、五歳児の食卓


関羽(かんう)が、俺に学問を教えると言い出した。


教材は、一つだけだった。


——春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)である。



    ◆



建安(けんあん)十八年の冬。


諸葛亮(しょかつりょう)張飛(ちょうひ)趙雲(ちょううん)が西へ発って、ひと月が過ぎた。


荊州に残ったのは、関羽と、俺である。


正確には、関羽は江陵(こうりょう)にいて、俺は公安(こうあん)にいる。


——馬で二日ほどの距離だ。


だから、毎日会うわけではない。


月に、三度か四度。


関羽が、公安へ来る。


——一人では、来ない。


必ず、二人を連れてくる。



    ◆



一人は、関平(かんぺい)


関羽の子である。


——俺の、従兄(いとこ)にあたる。


歳は、二十をいくつか過ぎたところ。


背が高く、姿勢がよく、そして——父より、ずっと丁寧だった。


「若君。お加減はいかがですか」


「げんき」


「それは、何よりです」


——挨拶が、できる。


この一族に、挨拶ができる人がいた。


```

【関平】


統率 78/武力 84/知略 66/魅力 81


父への忠誠 100

父への進言 9

```


——父への進言、九。


この人も、言わない。


……いや。


——言えないのだ。


天下の関羽が父では、誰も進言できない。


そして、いちばん近くにいる人間が、いちばん言えない。



    ◆



もう一人は、周倉(しゅうそう)といった。


——大柄で、髭が濃く、そして声が大きい。


張飛(ちょうひ)に少し似ている。


ただし、酒は飲まない。


「若君! お背が伸びられましたな!」


「のびてない」


「伸びております!」


「……のびてない」


「伸びております!」


——押し切られた。


この人は、関羽の下で二十年、旗と刀を持って歩いてきた男である。


そして、字が読めない。


```

【周倉】

識字 なし

関羽への信頼 100

```


——信頼、百。


この人は、関羽が間違えたことがあるとは、思っていない。



    ◆



最初、俺はそれを「視察」だと思っていた。


違った。


三度目に来たとき、この人は竹簡を抱えていた。


「若君」


「叔父上」


「学ばれよ」


——それだけ言って、竹簡を置いた。


「なに、これ」


「春秋左氏伝」


「……」


「読める字は、あるか」


俺は、覗き込んだ。


——半分も読めない。


五歳の字の知識では、無理である。


「よめない」


「では、私が読む」


そして、この人は座った。


そのまま、読み始めた。



    ◆



——上手かった。


恐ろしく、上手かった。


竹簡を見ていないのである。


指で追ってはいる。だが、目は俺を見ている。


——暗誦している。


```

【関羽】

春秋左氏伝 暗誦率 97%

```


九十七パーセント。


——一冊、ほぼ全部、頭に入っている。


この時代、竹簡は重い。持ち歩けない。


だから、覚える。


そして、この人は覚えた。


——(かん)の将軍で、これができる人間が、何人いるのだろう。



    ◆



ただし、教え方は、壊滅的だった。


隠公(いんこう)元年。鄭伯(ていはく)(たん)(えん)に克つ」


「……」


「分かるか」


「わからない」


「どこがだ」


「ぜんぶ」


関羽は、少し考えた。


そして、こう言った。


「……もう一度読む」


——同じ速度で、同じ文を読んだ。


分かるわけがない。


この人は、「分からない」の中身を聞かない。


——分からないなら、もう一度読めば分かると思っている。


前世で、俺は同じ上司を見た。


説明が分からないと言うと、同じ資料をもう一度めくる人。


三回目で、部下は「分かりました」と言う。


分かっていない。



    ◆



それでも、俺は聞き続けた。


理由は、二つある。


一つ。この人と話す口実が要る。


二つ。——この本が、この人の中身だからだ。


関羽(かんう)の判断は、いつも一貫している。


部下の弱さは許す。自分の弱さは許さない。


敵には強い。味方には報告しない。


そして、退かない。


——どこから来ているのか。


答えは、たぶん、この竹簡の中にある。



    ◆



学問の後は、食事だった。


これが、また、地獄だった。


関羽は、食事中に喋らない。


一言も、である。


俺も喋らない。喋る話題がない。


——五歳と、五十過ぎの男が、無言で粥を食っている。


侍女が、気の毒そうな顔で見ている。


十日目に、俺は耐えられなくなって、聞いた。


「叔父上」


「うむ」


「おいしい?」


関羽は、椀を見た。


そして、真面目に答えた。


「塩が足りぬ」


「……」


「だが、兵は同じものを食っておる。ゆえに、よい」


——それで会話が終わった。


この人には、雑談という概念がない。



    ◆



俺は、方針を変えた。


雑談ができないなら、質問すればいい。


この人は、聞かれたことには必ず答える。


——正直に、である。


「叔父上」


「うむ」


「ひげ、いたくない?」


——関羽の動きが、止まった。


「痛い?」


「ながい」


「うむ」


「からまらない?」


関羽は、しばらく黙った。


そして、非常に真剣な顔で答えた。


「絡まる」


「……」


「ゆえに、袋に入れておる」


——袋。


曹操にもらったという、あれか。


演義の話だと思っていた。


「みせて」


「ならぬ」


「なんで」


「寝所でしか、外さぬ」


——


厳しい。


この人の髭は、機密扱いらしい。



    ◆



それから、俺は毎回、一つだけ質問することにした。


「叔父上。ゆめ、みる?」


「見ぬ」


「……」


「眠ればすぐ朝だ」


「叔父上。こわいもの、ある?」


「ない」


「……」


「ある者は、将にならぬ」


「叔父上。すきなたべもの」


「塩の効いたもの」


——これは、意外と答えが早かった。


そして、毎回「塩」の話をしている。


この人は、たぶん、塩が好きだ。


——三か月かけて分かったことが、それだった。



    ◆



転機は、建安(けんあん)十九年の春に来た。



    ◆



その日、関羽は荀息(じゅんそく)の話をしていた。


(しん)の家老である。


主君に「あなたの子を守れ」と頼まれ、誓った。


主君が死ぬ。


その子が、殺される。


荀息は、逃げなかった。


次の子を立てて、また誓った。


その子も、殺された。


——そして荀息は、自ら死んだ。


「なぜ、死んだと思う」


関羽が、俺に聞いた。


——珍しい。


この人が、俺に問いを投げた。


俺は、答えた。


「やくそく、まもれなかったから」


「そうだ」


関羽は、深く頷いた。


そして、こう言った。


荀息(じゅんそく)は、こう申した」


彼は、暗誦した。


(われ)(げん)()まず」


——


我が言葉を、食わない。


言ったことを、飲み込まない。


約束したことを、なかったことにしない。



    ◆



「若君」


「うん」


「私は、この一節が最も好きだ」


——


俺は、そこで、この人の全部が見えた気がした。


```

【関羽】

春秋左氏伝 最も重視する一節

 「吾、言を食まず」


固有特性【義の一字】の起源

 当該一節

```


——起源が、表示された。


初めて見る項目だった。



    ◆



「叔父上」


「うむ」


俺は、聞いた。


「しななきゃ、だめ?」


関羽が、俺を見た。


「なんだと」


「じゅんそく。しななきゃ、だめだった?」


「……」


「いきてたら、だめ?」


関羽は、しばらく答えなかった。


そして、言った。


「言を食んだ者が、生きてどうする」


「……」


「生きて、何を言う」


——


俺は、そこで気付いた。


この人が恐れているのは、死ではない。


——「言ったことを守れなかった自分が、生きていること」である。


だから、退けない。


「荊州を守る」と言った以上、荊州を捨てて生き延びることは、この人にとって死より重い。


そして——それを、正しいと思っている。


なぜなら、春秋(しゅんじゅう)にそう書いてあるからだ。



    ◆



俺は、その日から、竹簡を自分で読み始めた。


五歳の字の知識では、無理である。


だから、馬良(ばりょう)に頼んだ。


季常(きじょう)


「若君? どうなさいました」


「しゅんじゅう、よみたい」


馬良が、目を丸くした。


「五つで、でございますか」


「うん」


「……雲長さまが、教えておられるのでは」


「叔父上は、すきなとこしか、よまない」


——馬良が、吹き出した。


「……失礼いたしました」


「いい」


「では、どこをお読みになりたいので」


俺は、答えた。


「まけたひとの、はなし」



    ◆



——探すのに、二か月かかった。


馬良は、真面目な男である。


「負けた者の話」という無茶な注文に、真剣に取り組んだ。


そして、一つ持ってきた。


「若君。これは、いかがでしょう」


「なに」


曹沫(そうかい)という将の話にございます」


——


知らない名だった。


前世でも、聞いた覚えがない。


俺の三国志の知識は、三国志の範囲でしかない。



    ◆



馬良が、読んでくれた。


()の国に、曹沫という将がいた。


(せい)と戦い、負けた。


もう一度戦い、負けた。


もう一度戦い、また負けた。


——三度、負けた。


「……三度?」


「はい」


「くびに、ならない?」


馬良は、少し笑った。


「なりませんでした」


「なんで」


荘公(そうこう)——魯の君主が、そのまま将として使い続けたのです」


——


三連敗した将を、更迭しなかった。


前世なら、一回目で異動である。


二回目で降格。


三回目で、退職勧奨だ。



    ◆



「そして、()という地で、魯と斉が盟を結ぶことになりました」


馬良は、続けた。


「壇の上で、両国の君主が誓います。魯は、負けた分の土地を斉へ差し出すことになっておりました」


「うん」


「そこへ——曹沫が、駆け上がりました」


「え」


「匕首を持って、斉の桓公(かんこう)に迫ったのでございます」


——


俺は、口を開けた。


「そして、こう申しました」


馬良は、読み上げた。


「斉は強く、魯は弱い。されど、大国が小国を侵すに、程がある」


「……」


「桓公は、恐れて、奪った土地をすべて返すと約束いたしました」


「うん」


「曹沫は、匕首を捨て、壇を降り、北を向いて臣下の列に戻りました」


「……」


「顔色ひとつ、変えずに」



    ◆



俺は、その話を、何度も反芻した。


——三度、負けた。


それでも、生き延びた。


更迭されなかった。


そして、十数年後、一度で全部取り返した。


——もし、この人が一度目の敗戦で死んでいたら。


土地は、戻らなかった。



    ◆



次に関羽が公安へ来た日、俺は竹簡を用意していた。


「叔父上」


「うむ」


「きょうは、おれが、よむ」


関羽が、少し驚いた顔をした。


「若君が?」


「うん」


「読めるのか」


「よんでもらった」


——正直に言った。


この人には、嘘をつかないほうがいい。


俺は、たどたどしく、曹沫の話を読んだ。


五歳の音読である。


時間がかかった。


関羽は、黙って聞いていた。



    ◆



読み終わって、俺は聞いた。


「叔父上」


「うむ」


「このはなし、しってた?」


関羽は、答えなかった。


しばらくして、こう言った。


「……知っておる」


「すき?」


「……」


「すき?」


関羽は、髭に手をやった。


この人が困ったときの癖である。


そして、言った。


「覚えておらなんだ」


——


「うむ。読んだことはある。だが——覚えておらなんだ」


——暗誦率、九十七パーセントの男が、である。


忘れたのではない。


入っていなかったのだ。


この人の頭は、「約束を守って死んだ人」の話は、一度で覚える。


「三度負けて生き延びた人」の話は、通り過ぎる。


——同じ本の、同じ巻に、両方書いてある。



    ◆



「叔父上」


「うむ」


「そうかいは、はじ?」


「……」


「さんかい、まけた」


「……うむ」


「はじ?」


関羽は、長いこと黙っていた。


灯火の芯が、鳴った。


そして、この人は言った。


「……最後に、取り返した」


「うん」


「ならば、恥ではない」


「とりかえす、まえは?」


——関羽の動きが、止まった。


「取り返す前は、恥だったか」


「うん」


「十ねん、はじだった?」


「……」


「それでも、いきてた」


——


この人は、答えなかった。


そして、その夜、初めて——食事のとき、口を開いた。


「若君」


「うん」


「この粥は、塩が足りぬ」


「うん」


「……」


「だが、悪くはない」


——


```

【関羽 字・雲長】


【自らの敗北を想定しない】

 効果に、わずかな変化が生じました。


弱みの開示 4 → 6

撤退の可否検討 0 → 3

```


——三。


ゼロから、三。


四か月かかった。



    ◆



その頃、益州(えきしゅう)からの報せは、悪くなる一方だった。


雒城が、落ちない。


攻囲、一年。


```

【雒城】

攻囲 継続中

経過 十二か月


攻城側損耗 大

兵の疲労 高

```


そして。


```

【龐統 字・士元】


現在地 雒城 攻囲陣

前線視察頻度 増加(継続)

防具着用率 71% → 64%


落鳳坡死亡危険度 39% → 44%

```


——四十四。


上がっている。


防具着用率が、下がっている。


——暑いのだろう。


あるいは、面倒になったのだろう。


あの男は、そういう人間だ。


俺は、その夜、書状を書いた。


五歳の字である。


半分は読めない。


> 《かぶと》


それだけ書いて、送った。


十日後、返事が来た。


> 《うるさい》


——


そして、その下に、一行あった。


> 《かぶっておる》


```

【龐統】

防具着用率 64% → 71%

落鳳坡死亡危険度 44% → 41%

```


——三、戻した。


四十一。


——だが、二年前は三十三だった。


下げた分を、時間が押し戻していく。



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


《今、いる人》


関羽(かんう) 字・雲長(うんちょう)


その下に、俺は一行書き足した。


《曹沫、覚えてなかった》


そして、その下に。


《同じ本に、書いてある》


——この人は、悪い人ではない。


学がないわけでもない。


——一冊の本を、九割七分暗誦している。


そして、その一冊の中から、死ぬ話だけを覚えた。


生き延びる話は、通り過ぎた。


——人は、読みたいものしか読まない。


同じ本を読んでも、同じものは読んでいない。


俺は、筆を置いた。


——五年ある。


あと五年で、この人に、生き延びる話を覚えさせる。



次回 第37話「死ぬはずだった男」


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