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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第三部 蜀漢役員会は今日も大炎上

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36/79

第35話 留守番は、軍神と五歳児


益州(えきしゅう)の戦が、止まった。


負けたのではない。


——一つの城が、落ちないのである。



    ◆



建安(けんあん)十八年。


俺は、五つになっていた。


短い文なら、普通に話せる。字も、半分以上は書ける。


そして、この一年で、俺の仕事は「待つこと」になった。


荊州にいて、益州からの報せを待つ。


——それだけである。



    ◆



戦況は、順調に始まった。


去年の冬、父は涪城(ふじょう)を取った。


綿竹(めんちく)も落ちた。


劉璋(りゅうしょう)の将が、次々に降った。


——ここまでは、速かった。


そして、雒城(らくじょう)で止まった。



    ◆



雒城は、成都の北の入口である。


ここを抜ければ、成都まで平地が続く。


逆に言えば、ここが最後の壁だ。


劉璋も、それを知っている。


——だから、全力で守っている。


守将は、劉循(りゅうじゅん)


劉璋の、長男である。


```

【雒城】

攻囲 継続中

経過 八か月

陥落見込み 不明


攻城側損耗 増加

```


八か月。


——長い。


前世で言えば、四半期を三回、同じ案件で塞がれているようなものだ。


兵は疲れる。糧は減る。


そして——


指揮官が、前へ出るようになる。



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【龐統 字・士元】


現在地 雒城 攻囲陣


前線視察頻度 増加

防具着用率 71%

危険作戦選好 中


落鳳坡死亡危険度 33% → 39%

```


——上がった。


六、上がった。


理由は、書いてある。


《前線視察頻度 増加》


——城が落ちないからだ。


この男は、机の上で分からないことがあると、自分の目で見に行く。


去年、本人がそう言った。


> 「私は、危ないところへ行きます。行かねば、分からぬからです」

> 「遠くから見て分かることなど、たかが知れております」


——それが、この人を殺す。



    ◆



建安(けんあん)十八年の冬、益州(えきしゅう)から援軍要請が来た。


父の書状である。


読み上げたのは、諸葛亮(しょかつりょう)だった。


「雒城の攻囲、長引く」


「……」


「兵と、将を望む」


それだけだった。


——短い。


父の書状は、いつも長い。


民の様子を書く。兵の名前を書く。天気のことまで書く。


——それが、三行になっている。


関羽(かんう)が、低く言った。


「兄者は、余裕がない」


——この人は、こういうことに関しては、絶対に間違えない。



    ◆



評定が開かれた。


議題は、一つ。


誰が西へ行くか。


俺は、趙雲(ちょううん)の隣に座っていた。


——嫌な予感がした。


理由は、簡単である。


この城にいる将は、四人しかいない。


諸葛亮。関羽。張飛。趙雲。


そして、荊州は空にできない。



    ◆



諸葛亮が、口を開いた。


「私が、参ります」


——即答だった。


張飛(ちょうひ)が、身を乗り出す。


「俺も行く!」


「翼徳どのには、()の方面を」


「どこでもよい! 戦があるならどこでも行く!」


——分かりやすい人である。


子龍(しりゅう)どのは」


諸葛亮が、趙雲を見た。


趙雲は、しばらく黙っていた。


そして、言った。


「……若君のおそばを離れることになります」


——


広間が、静かになった。



    ◆



俺は、そこで理解した。


——三人、行く。


残るのは、関羽一人である。


そして、俺。


俺は、二年前の評定を思い出した。


あのとき、俺は言った。


> 「ひとりは、だめ」

> 「まもれる」

> 「まもれるから、ひとりに、なる」


そして、代案がなかった。


——今度は、代案どころではない。


選択肢が、消えた。



    ◆



「せんせい」


俺は、諸葛亮の袖を引いた。


「はい」


「みんな、いくの」


「はい」


「うんちょう、ひとり?」


諸葛亮の羽扇が、止まった。


「……雲長どのお一人ではございません。荊州には、多くの将と兵がおります」


「でも」


「はい」


「きめるひとは、ひとり」


——広間が、また静かになった。


諸葛亮は、答えなかった。


代わりに、関羽(かんう)が言った。


「若君」


「うん」


「一人で、十分でござる」


——


この人は、嘘をついていない。


心の底から、そう思っている。


そして、それが正しいから、誰も反論できない。



    ◆



俺は、必死に考えた。


——何か、置いていけるものはないか。


制度でも、人でも、仕組みでもいい。


関羽を一人にしないための、何か。


俺は、思いついたことを、全部言った。


「ほうこく」


「七日に一度、送っておる」


「すうじ」


「書いておる」


「ふえたら、すぐ」


「約束した」


——全部、既にやっている。


去年、俺がやったことだ。


そして、それでは足りないことも、分かっている。


なぜなら——


俺は、竹簡を思い出した。


《六、部下からの進言》


——なし。


十週続けて、なし。


そして今も、なし。


一年半で、一度も、部下から進言がない。



    ◆



「うんちょう」


「はい」


「ひとつ、おねがい」


「なんでしょう」


俺は、言った。


「ひとを、おいて」


「人?」


「うん」


「どのような」


俺は、必死に言葉を選んだ。


「あなたに、はんたい、するひと」


——広間が、凍った。


関羽の眉が、動いた。


「……反対する者を、置けと」


「うん」


「なぜでございます」


「あなたは、ただしい」


「……」


「だから、みんな、はんたいしない」


「……」


「でも、まちがえることも、ある」


——関羽は、答えなかった。



    ◆



長い沈黙のあと、この人は言った。


「若君」


「うん」


「私に反対する者は、荊州におります」


「だれ」


関羽は、少し考えた。


そして、言った。


「……多くおる」


「なまえは」


「……」


——出てこなかった。


この人は、名前を挙げられなかった。


「反対する者は多くいる」と言いながら、一人も名前が出ない。


——それが、答えだった。


```

【関羽】

荊州孤立危険度 9% → 14%

```


——五、上がった。


この会話だけで。



    ◆



諸葛亮(しょかつりょう)が、静かに言った。


「雲長どの」


「うむ」


馬良(ばりょう)と、潘濬(はんしゅん)を、置いて参ります」


——


潘濬(はんしゅん)


荊州の治中従事(ちちゅうじゅうじ)である。


——劉表(りゅうひょう)の代からいる男だ。


背が低く、痩せていて、あまり喋らない。


代わりに、全部書く。


俺が去年、戦死者名簿を作らせたとき、荊州側で実際に手を動かしたのが、この人だった。


三千百四十二人分の欄を、一人で設計した。


承明(しょうめい)どの」


俺が呼ぶと、この人は少し驚いた顔をした。


「……字を、ご存じで」


「うん」


「……」


潘濬は、それ以上何も言わなかった。


代わりに、深く頭を下げた。


```

【潘濬 字・承明】


政務 89/文書 94/記録 97/自己主張 24


固有特性

【全部書く】

 命じられなくても、経緯を記録する。


【喋らない】

 意見を口頭で述べることが、極めて少ない。

 ただし、書かれたものには全て残っている。


備考

 この人物の書いたものを読む者が、現在おりません。

```


——読む者が、いない。


俺は、その一行を、長いこと見ていた。



    ◆



「季常と、承明を置く理由は」


俺が聞くと、諸葛亮は答えた。


「一人は、申し上げる者」


「はい」


「一人は、書き残す者でございます」


「……」


「どちらか片方では、足りませぬ」


——


俺は、顔を上げた。


白眉の男である。


断る力、十七。


頼まれると断れない。


上位者への献身。


——最悪の人選である。


関羽に反対できるわけがない。


だが。


諸葛亮は、こう続けた。


「季常には、雲長どのへの進言を、月に一度、必ず行うよう命じます」


「命じる?」


「はい」


「内容にかかわらず、でございます」


——


俺は、そこで理解した。


この男は、断る力十七を、命令で補おうとしている。


「進言せよ」と命じられていれば、断れない性格が、逆に働く。


——上位者への献身が、進言の義務に向く。


「なるほど」


俺は、思わず声に出した。


諸葛亮が、俺を見た。


「若君は、お分かりになりますか」


「うん」


「では、この策の弱点も」


——


俺は、少し考えた。


そして、言った。


「なかみが、うすくなる」


諸葛亮は、深く頷いた。


「そのとおりでございます」


——月に一度、必ず進言せよ。


そう命じれば、進言は届く。


だが、中身が「異常なし」になる。


関羽の報告と、同じである。


形式だけが残って、内容が空になる。


——それでも、ゼロよりはいい。


```

【関羽】

荊州孤立危険度 14% → 12%

```


——二、下がった。



    ◆



出発は、年が明けてすぐと決まった。



    ◆



張飛(ちょうひ)との別れ。


俺は、木簡を持っていった。


《殴られた者》


一年半で、四十二人になっている。


俺は、それを張飛の前に置いた。


「よくとく」


「なんだ」


「これ」


張飛は、覗き込んだ。


そして、しばらく黙った。


この人は、字が読める。


下手だが、読める。


「……名か」


「うん」


「誰の」


俺は、答えた。


「あんたが、なぐったひと」


——張飛が、動きを止めた。


長い沈黙があった。


やがて、この人は言った。


「……四十二か」


「うん」


「多いな」


「うん」


「……」


張飛は、木簡を返した。


そして、こう言った。


「西で、増やさぬ」


「やくそく?」


「やくそくだ」


```

【張飛】

暗殺危険度 7% → 7%

```


——動かなかった。


当たり前だ。


約束は、まだ守られていない。


守ってから、動く。



    ◆



諸葛亮(しょかつりょう)との別れ。


俺は、袖を掴んだ。


去年から、何度もやっている手である。


「せんせい」


「はい」


「ねろ」


「……行軍中でございます」


「ねろ」


「若君」


「ねろ!」


諸葛亮は、困った顔をした。


そして、羽扇を膝に置いた。


「……若君。一つ、お約束いたします」


「うん」


「若君が西へ来られるまで、私は倒れませぬ」


——


俺は、その言い方に、引っかかった。


「たおれない、じゃなくて」


「はい?」


「ねる、って、いって」


諸葛亮は、少し笑った。


そして、答えなかった。


```

【諸葛亮】

休養意思 2

```


——二。


四年間、一度も動いていない。


行動は、四回変えさせた。


数値は、一度も動いていない。



    ◆



そして——趙雲(ちょううん)


この人は、最後に来た。


俺の部屋の前で、膝をついた。


「若君」


「……しりゅう」


「明朝、発ちます」


「うん」


——五年である。


長坂坡から、五年。


この人は、俺のそばを離れたことがない。


俺が夜歩きをするときも、練兵場へ行くときも、船に乗せられたときも。


——いつも、少し離れたところにいた。


「若君」


「うん」


「お一人になられます」


「……うん」


雲長(うんちょう)どのは、江陵におられます。この公安(こうあん)には、若君を守る者が」


「いる」


俺は、言った。


「へいたい、いる」


「……はい」


「だいじょうぶ」


——嘘である。


大丈夫では、ない。


そして俺は、この言葉を、母から習った。


この人は、大丈夫でない日に「大丈夫です」と言い続けた。


——俺も、同じことを言っている。



    ◆



趙雲は、しばらく俺を見ていた。


そして、言った。


「若君。一つ、お願いがございます」


「うん」


「私に、命じてください」


「え」


「五年前、長坂坡(ちょうはんは)で、若君は私に命じられました」


——覚えている。


一音だった。


「な」と、言った。


死ぬな、と言いたかった。


「あのとき、私は承知いたしました」


「うん」


「もう一度、命じてください」


——


俺は、この人の顔を見上げた。


傷が増えている。


五年前より、少しだけ老けた。


それでも、この人は、まだ三十代だ。


——二二九年。


あと十六年。


俺は、言った。


「しぬな」


「……はっ」


「それと」


俺は、続けた。


「ひとりで、いかないで」


趙雲が、目を見開いた。


「……は?」


「たすけて、って、いって」


——五年前、俺は言えなかった。


この人は、単騎で敵陣へ戻った。


残存体力十八パーセントで。


誰にも助けを求めずに。


——それを、格好いいと思っていた。


今は、思わない。


趙雲は、長いこと黙っていた。


そして、深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


```

【趙雲】


固有特性【最後まで残る者】

 組織崩壊時、最も危険な場所へ自発的に向かう。


新規状態

 【助けを求めることを命じられた者】

  効果:単独行動を選択する確率が低下します。

```


——


新しい状態が、生えた。


五年かかった。



    ◆



翌朝、三人が発った。


諸葛亮。張飛。趙雲。


そして、兵一万。


俺は、城門で見送った。


去年の冬、父を見送った場所と、同じである。


あのとき、俺は「最初の別れは笑顔で始まった」と書いた。


今回は——


誰も、笑っていなかった。



    ◆



関羽(かんう)が、俺の隣に立っていた。


この人は、江陵から来ていた。


見送りのためである。


列が見えなくなるまで、俺たちは黙って立っていた。


やがて、関羽が言った。


「若君」


「うん」


「寒うござる」


「うん」


「城へ、お戻りを」


「うん」


——それだけだった。


この人は、慰めない。


「寂しいですか」とも、「すぐ戻ります」とも言わない。


寒い、と言っただけだ。


——そして、俺の手を引いた。


大きくて、硬い手だった。



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


——三年前、諸葛亮(しょかつりょう)に「一日十字」と言って、二十字にされた。


三年で、二万である。


……


——半分は、忘れた。


それでも、一万は残った。


木簡の字が、仮名から漢字に変わったのは、去年の春からだ。


……


——書けるようになると、書きたいことが増える。


そして、書きたいことが増えると、書けない字が、また増える。


俺は、新しい行を作った。


《今、いる人》


関羽(かんう) 字・雲長(うんちょう)


——一人だけである。


荊州の実質的な主で、俺の後見人で、そして、六年後に死ぬ人。


この城には、今、この人と、俺しかいない。


……正確には、兵も官吏も何千人といる。


だが、俺が話せる相手は、一人だけだ。


俺は、その下に一行書いた。


《六年、ある》


——六年。


二一九年まで、六年。


軍師も、猛将も、いない。


父も、いない。


——今の俺は、五歳で、一人で、軍神と留守番をしている。


そして、この六年で、この人を変えなければならない。


俺は、灯火を消した。


——たぶん、これが、最後の機会だ。



次回 第36話「軍神と、五歳児の食卓」


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