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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第一部 赤子CEO、長坂坡に放り出される

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第2話 父は魅力百の無計画CEOだった

次回 第3話「この国は五十五年後に潰れる」


【建安十二年|荊州・新野】


この話の終わりに、俺は蜀が滅んだ本当の理由に気づく。

人材不足では、ない。

むしろ、逆だった。


    ◆


劉備(りゅうび)軍は、国家ではなかった。会社ですら、なかった。強いて言うなら、社長の人柄だけで人が集まっている、住所不定のベンチャー企業である。


    ◆


本社がない。安定収益がない。土地が少ない。人材は異様に豪華だが、給与の原資がない。しかも競合企業は、曹操(そうそう)である。曹操は後漢の皇帝を「保護」という名目で押さえ、北方の大部分を支配している。兵力、人口、農地、官僚、情報網——すべてにおいて劉備軍を上回っている。一方の劉備は劉表(りゅうひょう)のもとに身を寄せ、新野という小さな城を預かっているにすぎない。会社にたとえるなら、売上も資産もない創業者が、大企業の地方営業所を間借りしている状態である。普通なら、とっくに倒産している。


それでも劉備の周りには、人が集まっていた。理由は単純で、劉備は人の名前を覚えているのだ。下級兵士にも声をかける。負傷者の家族を気遣う。食料が減れば自分も同じ薄い粥を食い、泣いている民がいれば足を止める。効率は悪い。意思決定は遅い。だが、人はこの男についていきたくなる。


七日目に、一つ数えた。半日で、この人は二十二人の名を呼んだ。そのうち十四人は、兵ですらなかった。厨の者、馬の世話をする者、門番。前世で、俺は部下の名を全員覚えていた。部下の家族の名は、一人も知らなかった。


    ◆


俺は乳母の腕の中から、劉備の仕事ぶりを観察していた。この頃には、人物を数秒見つめると能力画面が出ることが分かっていた。ただし誰にでも見えるわけではない。一定以上の接触時間が必要で、遠くを歩いている人物には名前しか表示されない。会話や行動を観察すると情報が増え、関係が深まると隠された能力や特性が判明する。つまり単なる万能鑑定ではなく、人間関係を築かなければ本当の情報にはアクセスできない仕様らしい。


俺は、その仕様を好ましく思った。人材評価は履歴書だけではできない。面接だけでも分からない。仕事を任せ、失敗を見て、困難な場面での行動を観察して、初めてその人間の本質が見える。


問題は、俺がまだ話せないことだった。優秀な人材を見つけても採用できない。役割も与えられない。せいぜい、気になる人物をじっと見つめて泣く程度である。最初、周囲は俺を神童だと思った。その後、俺が中年男性ばかり凝視するため、不思議な趣味の赤ん坊だと思い始めた。心外である。


    ◆


そこで、一つ試した。自分を、見るのである。水を張った盥に、顔が映った。


何も、出なかった。


【劉禅】——名前すら、出ない。三度試して、三度とも同じである。俺はそこで一つ理解した。自分は、測れない。それはたぶん、この仕様のいちばん正しいところだった。前世で、俺は自分を測れると思っていた。そして、床に倒れるまで、疲労に気付かなかった。


「阿斗さまは、また趙将軍をご覧になっています」


侍女が言った。視線の先には、白い衣をまとった若い武将がいた。趙雲(ちょううん)である。まだ長坂坡の英雄になる前だ。若く、姿勢がよく、周囲の兵に分け隔てなく声をかけている。誰かが落とした荷を、当たり前のように拾って渡していた。


俺が見つめると、画面が現れた。


    ◆


【趙雲 字・子龍】


統率 93

武力 97

知略 84

政務 73

魅力 96


忠義   100

危機管理 100

組織適応 98

倫理性  100

自己主張 21


固有特性


【単騎救出】

 護衛・救出任務時、全能力が上昇する。


【無欲】

 功績を他者へ譲る。適切な評価を受けにくい。


【最後まで残る者】

 組織崩壊時、最も危険な場所へ自発的に向かう。


総合評価 S+


すごい。ほぼ、欠点がない。自己主張二十一だけが気になるが、他の連中の問題に比べれば誤差である。やっと、普通の人がいた。


    ◆


その数字を、もう一度見る。自己主張、二十一。【無欲】の説明を、二度読んだ。


《功績を他者へ譲る。適切な評価を受けにくい》


これは、長所として書いてある。たぶん、長所ではない。前世で、俺はこういう人を三人知っている。三人とも優秀で、三人とも評価されず、三人とも辞めた。辞めるとき、三人とも同じことを言った。


「別に、不満はありません」


俺はその三人の名前を、いま思い出そうとして、思い出せなかった。


    ◆


俺が心の底から安堵していると、趙雲がこちらに気付いた。歩み寄ってくる。


「若君は、私の顔に何か付いておりますか」


乳母が笑った。


「阿斗さまは、子龍将軍がお好きなのです」


そうだ。非常に、好きだ。内定を出したい。できれば終身雇用したい。ストックオプションも出す。この国にはまだ株式がないが。


趙雲が指を差し出した。俺はそれを両手で掴んだ。


「おや」


趙雲が目を細める。


「強い力です」


当然だ。絶対に逃がさない。あなたは蜀漢の危機管理部門を担う予定である。辞表は、受理しない。


《趙雲からの親愛度 18 → 21》


上がった。これなら赤ん坊でも人材登用が可能かもしれない。


    ◆


俺が手を離さずにいると、趙雲が少し困った顔をした。


「若君。そろそろ、軍議へ参らねばなりません」


行くな。まだ待遇条件を伝えていない。


「阿斗さま」


乳母が俺の手を外そうとする。俺は全力で握った。


《趙雲からの親愛度 21 → 24》


「ずいぶんと、気に入られておりますな」


この人は、そう言ってから小さく付け足した。


「私が、でございましょうか」


俺は、動きを止めた。自分が好かれていることを、疑っている。自己主張二十一とは、そういう数字である。


そこへ、地面を揺らすような声が響いた。


「阿斗は子龍が好きなのか」


大柄な男が歩いてきた。張飛(ちょうひ)である。酒の匂いがした。昼である。なぜ飲んでいる。


張飛は俺を軽々と抱き上げた。抱き方が、乱暴だ。首を支えろ。この軍には乳幼児安全研修が必要である。


    ◆


【張飛 字・益徳】


統率 92

武力 99

知略 70

政務 29

魅力 83


現場判断 96

突破力  100

部下育成 42

感情制御 8

飲酒耐性 97


固有特性


【一喝】

 大声によって、敵味方双方へ強い心理的影響を与える。


【愛情表現不能】

 対象を大切に思うほど、強い言葉と態度を用いる。


【酔中人事】

 飲酒中、重要な任命や処分を決定する可能性がある。


組織上の危険

 部下への暴力/感情的処分/暗殺危険 7


暗殺危険、七。赤い文字が、不気味に点滅している。


そうだ。張飛は関羽の仇討ちへ向かう直前、部下の范彊(はんきょう)張達(ちょうたつ)に殺される。理由は、無理な命令と日常的な暴力である。敵に討たれるのではない。部下に、寝首をかかれる。目の前の張飛は、そんな未来を知らずに笑っている。


    ◆


俺はその「七」という数字を、しばらく見ていた。百分率だろうか。それとも、別の何かだろうか。分からない。分からないまま、俺はそれを覚えることにした。生後十日で、三つ目の管理項目ができた。


《勘定 その三 翼徳叔父上の、七》


十四年後、俺はこの数字を三まで下げる。そのために、石を一つ渡すことになる。そのときの俺は、まだそれを知らない。


    ◆


「阿斗。俺と子龍、どちらが好きだ」


比較するな。それに顔が近い。声が大きい。酒臭い。俺は全力で顔を背けた。趙雲が咳払いした。


「翼徳どの。若君が怖がっておられます」


「何だと。俺の顔が怖いというのか」


声量を下げろ。感情制御八が、あり得ないほどの説得力を持っている。俺は張飛の髭を掴んだ。


「痛い、痛い。阿斗、離せ」


親愛度を下げたかと思ったが、表示は逆だった。


《張飛からの親愛度 25 → 39》


なぜ上がる。張飛は髭を引かれながら、嬉しそうに笑った。


「見ろ、子龍。この力。さすが兄者の子だ」


この組織には、正常なコミュニケーションが存在しないらしい。


    ◆


そこで、一つ気付いた。【愛情表現不能】である。


《対象を大切に思うほど、強い言葉と態度を用いる》


つまり、こうだ。大切に思うほど、怒鳴る。大切に思うほど、殴る。そして殴られた側は、大切に思われていると気付かない。


俺は趙雲を見た。趙雲は、苦笑していた。この人はたぶん知っている。そしてたぶん、誰にも説明しない。自己主張、二十一である。


その後ろから、劉備がやってきた。


「翼徳。阿斗を落とすなよ」


あなたもだ。全員だ。まず新生児を安全に抱くところから研修を始めよう。


    ◆


父は魅力百。趙雲は倫理百。張飛は武力九十九。確かに、一流の人材が揃っている。だが俺は、このとき初めて理解した。


蜀が滅んだ理由は、人材不足ではない。人材が、尖りすぎているのだ。その尖った英雄たちを束ねられる人間が、一人もいない。


前世で、平凡だった会社が飛躍する条件を、何十社も並べて調べた研究があった。結論は、意外なほど単純だったのを覚えている。


《何をするかより先に、誰をバスに乗せるかを決めよ》


うちのバスを、見る。乗客は、史上最高である。関羽。張飛。趙雲。人類史でこれ以上の乗客名簿は、たぶん組めない。


問題は、行き先を知っているのが運転士一人で、路線図は運転士の頭の中にしかなく、給油計画がなく、しかも運転士は停留所ごとに宴を開くことである。


あの研究に、この事例は載っていなかった。乗客が豪華すぎてバスが潰れる章は、なかった。


いや、正確には違う。束ねられる人は、たぶん、いる。父である。魅力百、人材登用百。そして、この人が死んだ日に、全部ばらける。束ねているのが、一人だからだ。


前世の報告書を思い出す。二十六社、そのうち九社。俺は九回、同じ一行を書いた。


《創業者への依存度が高く、事業継続性に懸念がある》


対策の欄には、こう書いた。


《後継者の育成が急務である》


九社とも、育成されなかった。理由は簡単で、創業者がいちばん速いからだ。


ならば、俺がやるしかない。今は赤ん坊で、言葉も話せない。だが、いずれ俺は皇太子になり、皇帝になる。それまでに、この怪物たちを一つの組織として働かせる。


俺が決意を固めたとき、張飛が俺を高々と持ち上げた。


「見よ。阿斗が笑ったぞ」


笑っていない。決意しているのだ。それに、高い。降ろせ。


視界の端で、赤い文字が点滅した。


《危険行動を検知しました》


《対象 劉禅》


《危険内容 落下》


《推奨対応 泣いてください》


「おぎゃああああ」


俺は推奨対応に従った。蜀再建への道は、まず自分の安全確保から始まるらしい。


    ◆


その夜、俺は一つだけ、確かめたいことがあった。声である。死ぬ前に、俺に問うた声だ。


——おい。聞こえるか。


返事は、なかった。三度呼んで、三度とも何も出なかった。代わりに、視界の隅に小さな文字が一行だけ現れた。


《以後の対話は、六十四年後に行われます》


六十四年。俺は少し笑おうとして、また変な顔になった。


長い。そして、たぶん、それが答えなのだろう。「当たり前だ」と言った人間に、六十四年やらせる。そういう返事である。


〈あとがき〉


半日で、劉備は二十二人の名を呼びました。うち十四人は兵ですらありません。厨の者、馬の世話をする者、門番。前世の主人公は、部下の名を全員覚えていて、家族の名は一人も知りませんでした。


盥の水に映った自分には、名前すら出ませんでした。「自分は、測れない」——たぶん、この仕様のいちばん正しいところです。


「別に、不満はありません」と言って辞めた三人の名前を、主人公は思い出せませんでした。


「私が、でございましょうか」——好かれていることを疑う。自己主張二十一とは、そういう数字です。


暗殺危険、七。《勘定 その三》になりました。十四年後、これは三まで下がります。


《以後の対話は、六十四年後に行われます》——「当たり前だ」と言った人間に、六十四年やらせる。そういう返事です。


《劉禅文庫 蔵書その二『Good to Great』——誰をバスに乗せるか。うちは乗客が豪華すぎて、運転士が降りた瞬間に終わる》


——次回、一歳児が最初の言葉を選びます。三番目は「しりゅ」。そして五番目の一語が、この国の決裁ルートを開通させます。


次回 第3話「この国は五十五年後に潰れる」


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― 新着の感想 ―
余りにも面白い
張飛飲酒耐性高いな!? って一瞬思ったけどこれ単に酒に強いだけか。禁酒耐性が知りたいね……。 趙雲と張飛、人間的にも人材的にもどっちが好きかって言われたら。ねぇ?
辞表は受理しない。 笑った。いや、趙雲から辞表を提出されたら泣いてしまうかもしれん
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