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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第一部 赤子CEO、長坂坡に放り出される

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3/72

第2話 父は魅力百の無計画CEOだった

次回 第3話「この国は五十五年後に潰れる」

劉備(りゅうび)軍は、国家ではなかった。


会社ですらなかった。


強いて言うなら、社長の人柄だけで人が集まっている、住所不定のベンチャー企業である。


    ◆


本社がない。安定収益がない。土地が少ない。人材は異様に豪華だが、給与の原資がない。


しかも競合企業は曹操である。


曹操は後漢の皇帝を「保護」という名目で押さえ、北方の大部分を支配している。兵力、人口、農地、官僚、情報網。すべてにおいて劉備軍を上回っている。


一方の劉備は、劉表のもとに身を寄せ、新野(しんや)という小さな城を預かっているにすぎない。


会社にたとえるなら、売上も資産もない創業者が、大企業の地方営業所を間借りしている状態である。


普通なら、とっくに倒産している。


それでも劉備の周りには、人が集まっていた。


理由は単純だった。


劉備は、人の名前を覚えている。下級兵士にも声をかける。負傷者の家族を気遣う。食料が減れば、自分も同じ薄い粥を食う。泣いている民がいれば、足を止める。


効率は悪い。意思決定は遅い。


だが、人はこの男についていきたくなる。


    ◆


俺は乳母の腕の中から、劉備の仕事ぶりを観察していた。


この頃には、人物を数秒見つめると能力画面が出ることが分かっていた。


ただし、誰にでも見えるわけではない。


一定以上の接触時間が必要だった。遠くを歩いている人物には、名前しか表示されない。会話や行動を観察すると、情報が増える。関係が深まると、隠された能力や特性が判明する。


つまり単なる万能鑑定ではない。


人間関係を築かなければ、本当の情報にはアクセスできない仕様らしい。


俺は、その仕様を好ましく思った。


人材評価は履歴書だけではできない。面接だけでも分からない。仕事を任せ、失敗を見て、困難な場面での行動を観察して、初めてその人間の本質が見える。


問題は、俺がまだ話せないことだった。


優秀な人材を見つけても、採用できない。役割も与えられない。


せいぜい、気になる人物をじっと見つめて泣く程度である。


最初、周囲は俺を神童だと思った。


その後、俺が中年男性ばかり凝視するため、不思議な趣味の赤ん坊だと思い始めた。


心外である。


    ◆


「阿斗さまは、また(ちょう)将軍をご覧になっています」


侍女が言った。


視線の先には、白い衣をまとった若い武将がいた。


趙雲である。


まだ長坂坡の英雄になる前だ。


若い。姿勢がいい。周囲の兵に、分け隔てなく声をかけている。誰かが落とした荷を、当たり前のように拾って渡していた。


俺が見つめると、画面が現れた。


【趙雲 字・子龍】


統率 93

武力 97

知略 84

政務 73

魅力 96


忠義   100

危機管理 100

組織適応 98

倫理性  100

自己主張 21


固有特性


【単騎救出】

 護衛・救出任務時、全能力が上昇する。


【無欲】

 功績を他者へ譲る。適切な評価を受けにくい。


【最後まで残る者】

 組織崩壊時、最も危険な場所へ自発的に向かう。


総合評価 S+


——すごい。


ほぼ欠点がない。


自己主張二十一だけが気になるが、他の連中の問題に比べれば誤差である。


やっと、普通の人がいた。


俺が心の底から安堵していると、趙雲がこちらに気付いた。歩み寄ってくる。


「若君は、私の顔に何か付いておりますか」


乳母が笑った。


「阿斗さまは、子龍(しりゅう)将軍がお好きなのです」


そうだ。


非常に、好きだ。


内定を出したい。できれば終身雇用したい。ストックオプションも出す。この国にはまだ株式がないが。


趙雲が指を差し出した。俺はそれを両手で掴んだ。


「おや」


趙雲が目を細める。


「強い力です」


当然だ。


絶対に逃がさない。


あなたは蜀漢の危機管理部門を担う予定である。辞表は受理しない。


趙雲からの親愛度 18 → 21


——上がった。


これなら赤ん坊でも人材登用が可能かもしれない。


俺が手を離さずにいると、趙雲が少し困った顔をした。


「若君。そろそろ、軍議へ参らねばなりません」


行くな。まだ待遇条件を伝えていない。


「阿斗さま」


乳母が俺の手を外そうとする。俺は全力で握った。


趙雲からの親愛度 21 → 24


「ずいぶんと、気に入られておりますな」


    ◆


そこへ、地面を揺らすような声が響いた。


「阿斗は子龍が好きなのか!」


大柄な男が歩いてきた。


張飛(ちょうひ)である。


酒の匂いがした。


昼である。


なぜ飲んでいる。


張飛は俺を軽々と抱き上げた。


抱き方が乱暴だ。首を支えろ。この軍には乳幼児安全研修が必要である。


【張飛 字・益徳】


統率 92

武力 99

知略 70

政務 29

魅力 83


現場判断 96

突破力  100

部下育成 42

感情制御 8

飲酒耐性 97


固有特性


【一喝】

 大声によって、敵味方双方へ強い心理的影響を与える。


【愛情表現不能】

 対象を大切に思うほど、強い言葉と態度を用いる。


【酔中人事】

 飲酒中、重要な任命や処分を決定する可能性がある。


組織上の危険

 部下への暴力/感情的処分/暗殺危険


——暗殺危険。


赤い文字が、不気味に点滅している。


そうだ。


張飛は関羽の仇討ちへ向かう直前、部下の范彊(はんきょう)張達(ちょうたつ)に殺される。


理由は、無理な命令と、日常的な暴力である。


敵に討たれるのではない。部下に寝首をかかれる。


目の前の張飛は、そんな未来を知らずに笑っている。


「阿斗! 俺と子龍、どちらが好きだ!」


比較するな。


それに顔が近い。声が大きい。酒臭い。


俺は全力で顔を背けた。


趙雲が咳払いした。


翼徳(よくとく)どの。若君が怖がっておられます」


「何だと! 俺の顔が怖いというのか!」


声量を下げろ。


感情制御八が、あり得ないほどの説得力を持っている。


俺は張飛の髭を掴んだ。


「痛い、痛い! 阿斗、離せ!」


親愛度を下げたかと思った。


だが表示は逆だった。


張飛からの親愛度 25 → 39


——なぜ上がる。


張飛は髭を引かれながら、嬉しそうに笑った。


「見ろ、子龍! この力! さすが兄者(あにじゃ)の子だ!」


この組織には、正常なコミュニケーションが存在しないらしい。


俺は趙雲を見た。趙雲は苦笑していた。


その後ろから、劉備がやってきた。


「翼徳。阿斗を落とすなよ」


あなたもだ。


全員だ。


まず新生児を安全に抱くところから研修を始めよう。


    ◆


父は魅力百。趙雲は倫理百。張飛は武力九十九。


確かに、一流の人材が揃っている。


だが俺は、このとき初めて理解した。


蜀が滅んだ理由は、人材不足ではない。


人材が、尖りすぎているのだ。


そして、その尖った英雄たちを束ねられる人間が、一人もいない。


——ならば、俺がやるしかない。


今は赤ん坊だ。言葉も話せない。


だが、いずれ俺は皇太子になり、皇帝になる。


それまでに、この怪物たちを、一つの組織として働かせる。


俺が決意を固めたとき、張飛が俺を高々と持ち上げた。


「見よ! 阿斗が笑ったぞ!」


笑っていない。


決意しているのだ。


それに、高い。降ろせ。


視界の端で、赤い文字が点滅した。


危険行動を検知しました


対象 劉禅

危険内容 落下

推奨対応 泣いてください。


「おぎゃああああ!」


俺は推奨対応に従った。


蜀再建への道は、まず自分の安全確保から始まるらしい。



次回 第3話「この国は五十五年後に潰れる」



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