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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第二部 英雄だらけの人事評価会議

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23/77

第22話 益州という買収案件

龐統(ほうとう)は、翌朝までに益州(えきしゅう)獲得計画を作ってきた。


一晩である。


そして持ってきた資料が、四本しかなかった。



    ◆



地図が一枚。


人名を記した竹簡が三本。


兵糧と移動日数を記した竹簡が一本。


以上。


「少なすぎないか」


劉備(りゅうび)が、不安そうに尋ねた。


龐統は、平然と答えた。


「必要なことは、すべてここにあります」


諸葛亮(しょかつりょう)が、地図を確認する。


「説明が必要なことは、書かれておりません」


「説明は、今からします」


「後で、記録に残りません」


「記録は、孔明どのが作ればよい」


——羽扇が、止まった。


また始まりそうである。



    ◆



俺は、机を叩いた。


正確には、趙雲(ちょううん)に抱え上げてもらってから、叩いた。


三つの脚では、立っても机の上に顔が出ない。


この評定には、威厳という概念が存在しない。


「はじめる」


劉備が苦笑した。


「阿斗が一番、評定を進めるのが上手くなってきたな」


——好きでやっているのではない。


大人が脱線するからである。



    ◆



龐統は、地図の益州を指した。


「益州は、豊かです」


山に囲まれ、守りやすい。成都(せいと)平原は、農の実りが高い。人も多い。


北には漢中(かんちゅう)。東には長江。


劉備が安定した本拠地を得るなら、益州は極めて魅力的である。


現在の支配者は劉璋(りゅうしょう)


同じ劉氏。劉備とは、遠い親族にあたる。


「劉璋どのは、善良です」


劉備が頷く。


「悪い噂は聞かぬ」


「善良ですが、決断できません」


龐統は、淡々と続けた。


「臣下の意見をまとめられず、北の張魯(ちょうろ)を恐れ、内の豪族を抑えられない」


「それでも、人の領地だ」


劉備の声が、低くなった。


龐統は、気にしなかった。


「領地は、統治されて初めて領地でございます」


    ◆


——広間が、静かになった。


「統治されぬ土地は、地図の上の色にすぎません」


龐統は、地図の益州を、指の腹で撫でた。


「劉璋どのが治めておられるのは、成都平原とその周りだけ。北の漢中は、既に張魯のもの。南の南中(なんちゅう)は、在地の首領が実質支配。東の巴郡(はぐん)は、豪族が私兵を養い、税を出し渋っている」


「では、劉璋どのが治めているのは」


「面積で申せば、益州の四割ほど」


劉備が、唸った。



    ◆



俺は、視界を確認した。


```

【益州 統治実態】


名目支配 100%

実効支配 38%


未統制地域

 漢中(張魯・実質独立)

 南中(在地首領・名目従属)

 巴郡東部(豪族割拠)


行政機能 C

徴税達成率 51%

軍事動員可能率 29%

豪族の忠誠 平均 34

```


——これは、帳簿を粉飾している会社の実態そのものだ。


名目の売上は立っている。実際に入っているのは半分。


子会社は言うことを聞かず、地方支社は本社を無視している。


前世で、何度も見た。


創業者が良い人で、誰も切れなかった会社は、必ずこうなる。



    ◆



「よくご存じですな、士元どの」


諸葛亮が言った。


声が、少し冷たい。


「昨日、主公の陣で、益州出身の兵を三人見つけました」


龐統は、平然と答えた。


「名簿を整えた際に、出身地の項目を作りましたので」


——俺は、思わず龐統を見た。


そこに、繋がるのか。


三日前に作った、人事の基本記録。


俺は「重複配給を減らすため」だと思っていた。


この男は、それを敵国調査に使った。


「若君」


龐統が、俺を見る。


「出身地の項目を作れと申されたのは、あなたさまですな」


「うん」


「何のためでした」


「かえるとき」


俺は、答えた。


「へいが、いえに、かえるとき」


「……道が分かる、と?」


「うん」


——除隊した兵を、故郷まで送り返すためだ。


前世で言えば、退職者の再就職支援である。


龐統が、声を出して笑った。


「なるほど。私は、その項目を敵国の調査に使いました」


「わるい?」


「いいえ」


龐統は、俺の頭に手を置いた。


「同じ帳が、二つの目的に使える。これを、良い制度と申します」



    ◆



「では、案を申します」


龐統は、指を三本立てた。


——来た。


```

【龐統】

固有特性【三案同時提示】発動

```


この男の三案は、必ず三番目が危険である。


「第一案。劉璋どのへ使者を送り、同盟を結ぶ。張魯への共同防衛を約し、荊州の後ろを固める」


「安全だな」


劉備が頷く。


「はい。そして、益州は手に入りません」


龐統は、続けた。


「劉璋どのは決断できぬ方です。同盟は結ばれますが、実は伴わない。数年後、曹操が漢中を取れば、劉璋どのは曹操へ降ります」


——その通りだ。


史実では、二一五年に曹操が漢中を平定する。


もし益州が劉璋のままなら、蜀漢は成立しない。



    ◆



「第二案。」


龐統は、二本目を立てた。


「劉璋どのの招きを待つ。北に張魯、東に我らという状況で、劉璋どのが不安を募らせれば、必ず助力を求めてきます」


「時はかかるか」


「一年。あるいは、二年」


「それまで待てるか」


「曹操が漢中へ動く前であれば」


——俺は、内心で頷いた。


史実は、この第二案で動く。


来年、張松(ちょうしょう)という男が来て、劉備は招かれて益州へ入る。


つまり——龐統は、現実に起きることを、事前に組み立てている。


この男は未来知識を持っていない。


情報だけで、そこまで行く。


——俺の未来知識より、よほど信用できる。



    ◆



「第三案は」


劉備が、尋ねた。


龐統は、三本目の指を立てた。


そして、あっさりと言った。


「精兵を率いて成都へ直行し、劉璋どのを捕らえます」


——誰も、何も言わなかった。


張飛(ちょうひ)が、最初に口を開いた。


「……できるのか」


「できます」


「兵は」


「一万で足ります」


「一万で益州を取ると申すか」


「益州を取るのではありません。劉璋どの一人を取るのです」


龐統は、淡々と言った。


「城を落とす必要はない。軍を破る必要もない。指揮する者がいなくなれば、軍は動きません。豪族は既に劉璋どのを支持していない。首を挿げ替えるだけなら、一万で足ります」


——正しい。


恐ろしいほど、正しい。


企業買収で言えば、全株式を取得する必要はない。取締役会を押さえればよい。



    ◆



「士元」


劉備の声は、低かった。


「それは、招かれてもおらぬ家へ押し入り、主を縛るということだ」


「はい」


「私は、それをせぬ」


「存じております」


龐統は、少しも動じなかった。


「ゆえに、第三案でございます」


「では、なぜ出した」


「選ばぬ案を知らねば、選んだ案の値打ちが分かりませぬ」


——俺は、息を呑んだ。


この男は、劉備を試したのではない。


第三案は、採用させるために出したのではない。


「自分が何を捨てたか」を、劉備に自覚させるために出した。


第二案を選ぶと決めた瞬間、劉備は「一年か二年、待つ」という代償を選んだことになる。


その間に曹操が動けば、すべて失う。


その責任を、後から「他に道がなかった」と言い訳させないためだ。


——前世で、俺も同じことをしていた。


取締役会には、必ず三案出した。


B案が本命でも、C案の「即時全員解雇」を必ず入れた。


それを見せないと、経営陣は「うちは温情的な会社だ」と自己満足したまま、B案の痛みから目を逸らすからだ。


この男は、それを独学でやっている。



    ◆



「阿斗」


劉備が、俺を見た。


「お前は、どう思う」


——三歳児に国家戦略を聞くな。


だが、聞かれた以上は答える。


俺は、趙雲に抱え上げてもらい、地図を見た。


第一案。安全。益州は手に入らない。


第二案。招かれて入る。時がかかる。


第三案。速い。汚い。


俺は、指を二本立てた。


「にばん」


龐統が頷いた。


「理由は」


「まつ、あいだに」


俺は、言葉を探した。


三歳の口では、三語が限界だ。


「じゅんび、できる」


「何の準備を」


俺は、地図の益州を指した。


それから、公安(こうあん)を指した。


そして、その間の道を、指でなぞった。


「みち」


諸葛亮が、反応した。


「若君は、益州へ至る経路と、その補給を先に整えよと仰せです」


「うん」


「一年か二年待つのであれば」


諸葛亮の羽扇が、動き出した。


「その間に、荊南の兵糧集積、船の増設、道の測量、益州出身者からの地理聴取が可能でございます」


「そして」


俺は、続けた。


「まねかれた、とき」


「はい」


「すぐ、いける」


——広間の空気が、変わった。


龐統が、初めて感心した顔をした。


「……若君」


「なに」


「あなたさまは、待つことを、作業に変えられますな」


——言われてみれば、そうだ。


前世で、待機期間を「何もしない時間」だと思っている経営者は多かった。


買収案件では、交渉が止まっている数か月にこそ、調査と統合計画を仕込む。


待ち時間は、準備時間である。



    ◆



「劉皇叔」


龐統が、劉備へ向き直った。


「第二案を、修正いたします」


「どう修正する」


「待つのではなく、招かれる状況を作ります」


「……作る、とは」


「劉璋どのが不安になるよう、こちらから不安を届けます」


「何をする気だ」


龐統は、笑った。


「北の張魯へ、使者を出します」


諸葛亮の羽扇が、止まった。


「敵と通じるおつもりか」


「通じません。噂を作るだけです」


龐統は、地図の漢中を指した。


「張魯が南下を検討している、という話が成都へ届けばよい。真偽は問いません。劉璋どのは決断できぬ方ゆえ、不安になれば、必ず誰かに頼ります」


「そして、頼る相手は」


「同じ漢室の血を引き、荊州で名を上げた劉皇叔でございます」



    ◆



——俺は、背筋が冷たくなった。


危険な提案だ。


正しい。効率的だ。


だが、これは工作である。


相手の不安を人為的に作り出して、こちらへ依存させる。


前世でも、見た手だ。


買収したい会社の取引先に、その会社の資金繰りが危ういという噂を流す。


取引先が引き揚げる。会社が困る。こちらが救済者として現れる。


——違法である。少なくとも、褒められた手ではない。


「だめ」


俺は、言った。


全員が、俺を見た。


「若君?」


龐統が、眉を上げる。


「それ、だめ」


「なぜでございましょう」


——倫理を説明できない。


三歳の口では、無理だ。


だから俺は、別の言い方をした。


「うそ、ばれる」


——龐統の動きが、止まった。


「……ばれた場合」


「劉璋、しんじない」


俺は、続けた。


「まねかれない」


そして、最後に言った。


「ずっと、まねかれない」



    ◆



長い沈黙があった。


諸葛亮が、静かに言った。


「若君の仰せのとおりです。噂の出所が知れれば、劉璋どのは二度と我らを頼りません」


「……」


「一度の工作で、二度目の機会を失います」


龐統は、しばらく地図を見ていた。


そして、意外なことを言った。


「……私は、それを考えておりませんでした」


——素直だった。


「私は、成功した場合しか考えておりませんでした」


そして龐統は、俺を見た。


「若君。私の欠点は、何だとお考えです」


——三歳児に自己分析を求めるな。


だが俺は、答えを持っていた。


視界には、ずっと表示されている。


```

【龐統 字・士元】

実行管理 72/組織適応 11/上司配慮 4

【三案同時提示】危険策を最も好む

```


俺は、言った。


「しっぱい、かんがえない」


龐統が、頷いた。


「そのようです」



    ◆



「だから」


俺は、指を一本立てた。


「よにんめ」


「四人目?」


俺は、龐統を指した。「ひとり」


諸葛亮を指した。「ふたり」


劉備を指した。「さんにん」


そして、空いた場所を指した。


「よにん」


諸葛亮が、理解した。


「案を出す者が三人。失敗したときのことだけを考える者を、もう一人置けと」


「うん」


劉備が、腕を組んだ。


「誰を置く」


俺は、迷わず部屋の隅を指した。


趙雲が、立っていた。


「……私でございますか」


「うん」


「若君。私は、策を考える器ではございません」


「かんがえなくて、いい」


俺は、言った。


「しっぱい、したら、どうなる」


「……」


「それだけ、いう」



    ◆



趙雲が、黙った。


龐統が、笑い出した。


「危機管理でございますな」


諸葛亮も、同意した。


「子龍どのなら、適任です。士元どのの案に、子龍どのが『それで兵は何人死にますか』と問う。それだけで、案の質が変わります」


——そして俺は、もう一つ思い出していた。


去年、赤壁の戦記を作ったとき、諸葛亮が敗因簿を立てた。


負けた後に、なぜ負けたかだけを書く簿である。


「せんせい」


「はい」


「はいいんぼ」


「はい」


「まえに、かく」


諸葛亮の目が、大きくなった。


「……負ける前に、敗因を書くのですか」


「うん」


「それは——」


諸葛亮は、羽扇を握り直した。


「敗因簿は、負けたあとに書きます。子龍どのは、負ける前に書く」


「うん」


「同じものでございますな」


「うん」


——同じである。


ただ、書く時期が違うだけだ。


そして、前に書けば、負けずに済むことがある。



    ◆



劉備が、頷いた。


「よかろう。子龍、これよりお前は評定へ出よ」


「はっ」


趙雲が拱手(きょうしゅ)する。


そして、小さな声で俺に言った。


「若君。私は、また仕事が増えました」


「ごめん」


「いえ」


趙雲は、少し笑った。


「若君に増やされる仕事は、悪くありません」



    ◆



その日、益州に関する方針が定まった。


一つ。工作は行わない。招かれるまで待つ。


二つ。待つ間に、経路・兵糧・船・地理情報を整える。


三つ。益州出身者との関係を、今から作る。


四つ。すべての案に、趙雲が「失敗した場合」を付す。


```

【益州方針が決定しました】


方式 招請待機型

準備期間 推定 十二〜二十四か月

工作 実施しない


新設 危機評価役

 担当 趙雲

 権限 全案への失敗想定付記


【龐統】

 危険策採用率 62% → 41%

 落鳳坡死亡危険度 71% → 59%

```


——五十九パーセント。


まだ高い。


だが、十二、下がった。



    ◆



その夜、龐統が俺の部屋へ来た。


酒甕を抱えている。


三歳児の部屋へ酒を持ってくるな。


「若君。まだ起きておいでか」


「うん」


「何をしておられます」


俺は、木簡を隠した。


死亡年表である。


そして、その端に描いた四角。


《士元/落鳳坡》


「……見せてはいただけませぬか」


「だめ」


「けちでございますな」


龐統は笑って、床に座った。


そして、思いがけないことを言った。


「若君。私は、長く生きられぬと思うております」


——俺は、顔を上げた。


「なんで」


「性分でございます」


龐統は、酒を一口飲んだ。


「私は、危ないところへ行きます。行かねば、分からぬからです」


彼は、天井を見た。


「遠くから見て分かることなど、たかが知れております」


——それだ。


それが、この人を殺す。


雒城の城壁の下。流れ矢。三十六歳。


——周瑜と、同じ歳だ。



    ◆



「しげん」


「はい」


「しなない、で」


龐統は、少し驚いた顔をした。


それから、笑った。


「若君は、皆にそう仰せですな。子龍どのにも、孔明どのにも」


「うん」


「なぜでございます」


——答えられない。


三歳の語彙では、「あなたたち全員の死亡年を知っている」とは言えない。


言えたとしても、言わない。


俺は、代わりに——木簡を差し出した。


隠していたほうではない。


別の一枚である。


そこには、去年から書き続けている行があった。


《救えるかもしれない者》


その下に、書かれた名前は、一つだけ。


龐統(ほうとう)



    ◆



龐統は、それを見た。


長いあいだ、何も言わなかった。


「……私の名でございますな」


「うん」


「なぜ、『救える』ではなく、『救えるかもしれない』と」


俺は、正直に答えた。


「わからない、から」


龐統は、酒甕を置いた。


そして、初めて——本当に初めて、この男が真面目な顔をした。


「若君」


「なに」


「私は、この一行のために働きます」


「え」


「劉皇叔のためでも、天下のためでもございません」


龐統は、立ち上がった。


「三つの子に『かもしれない』と書かれて、そのまま死ぬわけには参りませぬ」


そして、部屋を出ていった。


```

【龐統 字・士元】


劉禅への忠誠 31 → 74

危険行動選好 高 → 中

危険策採用率 41% → 33%


落鳳坡死亡危険度 59% → 48%

```


——四十八パーセント。


半分を、切った。



    ◆



俺は、木簡を胸に抱えて、天井を見上げた。


——あと、四年。


二一四年。雒城。


俺は、そのとき七つになっている。


七つの俺に、この男を救えるだろうか。


分からない。


——だから俺は、「かもしれない」と書いたのだ。


俺は、もう一枚の木簡を出した。


《士元/落鳳坡》の横に描いた、四角。


丸は、死ぬ年の印。


四角は、まだ何も決まっていない印。


俺は、その四角を、指でなぞった。


まだ、四角のままだ。


——このまま、四角で終わらせる。



次回 第23話「関羽という最強の問題社員」


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