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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第二部 英雄だらけの人事評価会議

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20/72

第19話 容貌で人材を捨てるな

翌朝、龐統(ほうとう)が消えた。


昼過ぎ、案内役の孫乾(そんけん)だけが戻ってきた。


顔が、死んでいた。



    ◆



士元(しげん)どのは、どちらへ」


劉備(りゅうび)が尋ねる。


「……分かりません」


「案内していたのではないのか」


孫乾は、額の汗を拭った。


「はい。最初は」


「最初は?」


「途中から、私が案内されているような状態になりまして」


——何があった。


孫乾は、指を折りながら報告した。


「倉庫。厩舎(きゅうしゃ)。船着場。負傷兵の寝所。台所。井戸」


「ふむ」


「それから、(かわや)を」


「厠?」


「はい。四箇所、全部」


張飛(ちょうひ)が眉を上げた。


「厠を見て何になる」


——なる。


非常に、なる。


前世で、企業再生に入るとき、俺が最初に見る場所は決まっていた。


会議室ではない。


トイレと、倉庫と、喫煙所である。


会議室には、見せたいものしか置いていない。


倉庫と厠には、隠しようがない。


「そのあと、姿が見えなくなりました」


孫乾は、力なく座り込んだ。


「私は、質問に答えるだけで半日を使いました」


——半日で、この城の全部を見たのか。



    ◆



夕方になって、本人が戻ってきた。


腕に、竹簡を抱えている。


一本や二本ではない。


「劉皇叔」


「どこへ行っていた」


「御軍の問題点を、調べておりました」


張飛が腕を組んだ。


「一日見ただけで、何が分かる」


龐統は、竹簡を一本置いた。


「兵糧の在庫が、帳簿より八分少ない」


糜竺(びじく)の表情が、変わった。


「……なぜ、それを」


「船着場の荷車の轍と、倉庫の空き方が一致しておりません」


——轍。


地面の跡だけで、在庫差異を当てた。


龐統は、二本目を置いた。


「馬の飼料は、五日後に尽きます」


三本目。


「負傷兵の二割が、治療後に元の部隊へ戻れず、所在不明となっております」


四本目。


「諸隊で矢の規格が異なり、部隊間で融通できません」


五本目。


「夜間の見張りが古参兵へ偏り、疲労が蓄積しております」


竹簡が、次々に積まれる。


江夏(こうか)出身の兵と、荊州北部出身の兵の間で、配給を巡る不満がございます」


「亡き劉琦(りゅうき)どのの兵と、主公の兵とで、命令系統が重複しております」


「曹操軍の捕虜から得た話が、各将へ共有されておりません」


「船頭への支払いが、三日遅れております」


「陣の北側は排水が悪く、雨が降れば病が広がります」


——広間が、静まり返った。



    ◆



俺は、その中の一つに反応した。


劉琦どのの兵と、主公の兵で、命令系統が重複している。


——去年、俺は同じ話を聞いた。


赤壁(せきへき)の降兵が言っていた。


> 「わしらは劉表(りゅうひょう)さまの兵でした。劉琮(りゅうそう)さまが降られたゆえ、そのまま曹公の兵に」

> 「従軍、四十日ほどかと」


曹操が赤壁で負けた理由の一つが、それだった。


統合していない兵を、そのまま戦場へ持っていった。


——そして今、うちが同じことをしている。


劉琦は去年死んだ。その兵は、そのまま劉備軍に組み込まれた。


名簿を作っただけで、統合はしていない。


俺は、思わず立ち上がった。


三歳の脚では、机の上まで顔が出ない。


趙雲が、当たり前のように抱え上げてくれた。



    ◆



視界に、表示が出ていた。


```

【龐統】

固有特性【雛鳳】発動中


組織診断能力 100


確認済み問題 三十七件

未報告問題  八十四件

```


——まだ、あるのか。


劉備が、竹簡の山を見て、顔を引きつらせた。


「……我が軍は、それほどひどいのか」


「人は、優秀です」


龐統が答える。


「人だけは」


——褒めていない。


「では、どう直す」


龐統は、即答した。


「すべてを同時に直す必要はありません」


諸葛亮(しょかつりょう)が、羽扇を動かした。


「優先順位を、付けると?」


「第一に食料と水。第二に命令系統。第三に武器規格。その他は後回しです」


「負傷兵の管理は」


「重要ですが、食料が尽きれば負傷兵も健常兵も倒れます」


——冷たい。


しかし、正しい。


「江夏兵との不満は」


「反乱へ発展する兆候は、まだございません。担当者を置き、三日後に再評価すればよい」


「船頭への支払いは」


「直ちに半額を払い、残りの期日を書面で示す。全額払えぬなら、約束を明確にしたほうがよい」


——それだ。


前世で、資金繰りが詰まった会社に入ると、経営者は必ず取引先から逃げる。


電話に出なくなる。


それが一番、信用を殺す。


払えないなら、払えないと言って、いつ払うかを紙に書く。


それだけで、取引先の半分は待ってくれる。



    ◆



諸葛亮の質問が、止まらなくなった。


龐統も、止まらない。


「矢の規格統一には、時間がかかります」


「新規製造分だけ統一すればよい。既存在庫は隊ごとに管理する」


「命令系統の再編で、劉琦どのの将が反発します」


「形式上の上位職を与え、実務権限を別に設定する」


「権限と地位を、分けるのですか」


「人は、実利より面子(めんつ)で怒ることがあります」


諸葛亮が、少し笑った。


「士元どのは、人の感情を軽視される方かと思いました」


「軽視はしません」


龐統は、平然と言った。


「面倒だと思っているだけです」


——組織適応、九。


間違いない。



    ◆



劉備は感心していた。


だが、周りの反応は違った。


「口で言うだけなら、誰でもできる」


古参の官吏の一人が、小さく呟いた。


「一日見ただけで、長年働く者の何が分かる」


別の者も頷く。


「そもそも、礼儀がなっておらぬ」


「主公の御前で、あの態度は」


そして、最後の一言が出た。


「風采も、上がらぬ」


——俺は、そこで顔を上げた。


能力ではない。


態度ですらない。


顔と身なりで、評価している。


龐統の表情は、変わらなかった。


慣れているのだろう。


それが、余計に腹立たしかった。



    ◆



俺は、その官吏を見つめた。


```

【陳紀 地方属吏】


政務 67

計算 72

調整 58

文書 74


改革意思 12

上司迎合 91

失敗回避 95


固有特性


【前例どおり】

 過去に行われた方法を踏襲する。失敗を避けるが、改善も行わない。


【新参への警戒】

 外部から来た人物の提案を、まず疑う。


【誤りを見逃さない】

 文書上の齟齬・計算違いを高い確率で発見する。


総合評価 C+

```


——悪い人材では、ない。


改革意思十二。


日常業務には、必要な人間である。


書類の誤りを見つける能力は、九十を超えている。


だが——龐統の価値を判断できる人間ではない。


前世でも、こういう人は必ずいた。


そして、そういう人が新しい人材を潰す。


悪意ではない。「前例にないから」というだけの理由で。



    ◆



劉備も、迷っていた。


```

【劉備】

龐統への評価


知性   高

実務能力 未確認

礼儀   低

外見印象 低

採用意思 61%


認知上の偏り 諸葛亮との比較

```


——諸葛亮と、比較している。


諸葛亮は姿勢が美しい。言葉が丁寧だ。説明が分かりやすい。


龐統は、その全部が逆である。


同じ知略百でも、見せ方が違う。


人材登用百の劉備でさえ、第一印象に引きずられている。



    ◆



俺は、龐統を指差した。


「しごと」


劉備が俺を見る。


「士元に、仕事を任せよと?」


「うん」


陳紀が、苦笑した。


「若君。国の仕事は、遊びではございません」


——分かっている。


お前よりは。


だが、俺は感情で反論しなかった。


ここで大事なのは、龐統を庇うことではない。


——測れる仕事を渡すことである。


前世で、俺は何度も採用の失敗を見た。


「あの人は優秀そうだ」で採る。「なんとなく合わない」で落とす。


どちらも、印象である。


印象を潰す方法は、一つしかない。


期限と成果が測れる、小さな仕事を渡すことだ。



    ◆



俺は、条件を考えた。


龐統の実行管理は、六十一。


戦略構想百に比べると、著しく低い。


そのうえ【退屈すると働かない】。


つまり——


・適度に難しい(退屈させない)

・成果が数字か目で分かる(印象論を封じる)

・失敗しても致命傷にならない(賭けにしない)


この三つを満たす仕事。


俺は、陣の北側を指差した。


「みず」


「水?」


「みず、たまる」


——排水である。


雨が降れば、北側の陣が泥濘になる。病が広がる。


工事、人員配置、現場調整が必要。


小さいが、確実に効く。



    ◆



龐統は、俺の意図を、即座に理解した。


「北側陣地の排水を、改善せよと?」


「うん」


陳紀が、鼻で笑った。


「天下の才を名乗る御方に、溝掘りですか」


——広間の空気が、悪くなった。


だが。


龐統は、怒らなかった。


むしろ、楽しそうだった。


「よろしい」


「士元どの」


諸葛亮が声をかける。


「必要な人員と物資は」


龐統は、間を置かず答えた。


「兵二十人。農具。古い木材。半日」


官吏たちが、ざわめいた。


「半日でできるはずがない」


「北側全体だぞ」


「地面を見ただけで、何が分かる」


龐統は、彼らを見た。


そして、静かに言った。


「では——半日後に、判断されればよい」



    ◆



俺も、現場を見に行った。


危険だからと止められたが、泣いたら通った。


三歳の交渉力は、まだ有効である。


趙雲(ちょううん)が抱えて連れていってくれた。


「若君。土がぬかるんでおります。お足元を」


「だっこ」


「はい」


この人は、俺のやることを止めない。


止めないが、必ず隣にいる。



    ◆



龐統は、兵士たちへ長い説明をしなかった。


地面に、線を引く。


「ここを掘る」


木材を示す。


「これを組む」


別の場所を指す。


「土は、そこへ積む」


以上である。


——【凡人の説明を省略する】。


兵の一人が、恐る恐る尋ねた。


「なぜ、こちらへ水路を作らないのです」


「低いからだ」


「しかし、見た目では、反対側のほうが」


龐統は、水を一杯、地面へ流した。


水は、ゆっくりと、彼の示した方向へ流れた。


——目では分からない傾斜を、見抜いている。


兵が、黙った。



    ◆



作業が始まった。


龐統は、自分でも土を掘った。


喪服のまま、である。裾が泥だらけになった。


指示だけではない。


兵が疲れると、配置を変える。


掘った土で、寝床の地面を高くする。


古い木材で、簡単な排水口を作る。



    ◆



昼過ぎ。


空が曇った。


雨が、降り始めた。


俺は、趙雲の腕の中から、それを見ていた。


——間に合ったのか。


水が、龐統の掘った溝へ流れ込む。


溝を伝い、陣の外へ抜けていく。


北側の陣地には、水が溜まらなかった。


それだけではない。


掘った土で作った高台に、負傷兵の寝床を移せる。


排水路の出口には水甕が置かれ、洗浄用の水を一時的に貯める構造になっていた。


——一つの工事で、三つの問題を同時に解決している。


```

【試用任務完了】


対象 龐統

任務 北側陣営排水改善


予定期間 三日

実績 四時間


追加成果

 負傷兵寝床改善

 洗浄用水確保

 兵士動線短縮


実行管理 61 → 72


評価修正

 主人公は龐統の実行能力を過小評価していました。

```


——俺の評価が、間違っていた。


システムの数値も、観察によって変わる。


この男は、戦略を考えるだけの人間ではない。


価値を感じる仕事なら、泥の中でも動く。



    ◆



雨の中、古参の官吏たちは、黙って排水路を見ていた。


陳紀も、その中にいた。


何も言わなかった。


劉備が、龐統へ近づいた。


「見事だ」


「溝を掘っただけです」


「その溝を、我々は誰も作れなかった」


そして——劉備は、頭を下げた。


「初めに、見た目と態度でお前を疑った。許してほしい」


——周囲が、驚いた。


君主が、まだ配下でもない人物に謝った。


龐統も、一瞬、言葉を失った。


```

龐統の劉備への興味度 76 → 89

登用可能性 57% → 81%

```


「劉皇叔」


龐統が言った。


「人の上に立つ者が、容易に頭を下げるものではありません」


「間違えたなら、謝る」


「臣下の前でも?」


「必要なら」


龐統は、小さく笑った。


「なるほど。甘いだけでは、ないらしい」



    ◆



俺は、龐統の衣を引いた。


泥だらけの、喪服である。


「しげん」


「はい」


「くる?」


龐統が、俺を見下ろした。


「若君は、まだ私が欲しいのですか」


俺は、首を振った。


そして、言った。


「もの、じゃない」


——去年、魯粛(ろしゅく)から学んだ言葉だ。


人は、獲得する資産ではない。


「では、何でございましょう」


「いっしょに、やる」


「何をです」


「くに」


「どのような国を」


俺は、答えた。


去年、諸葛亮へ言ったのと、同じ言葉である。


「むだに、しなない」



    ◆



龐統は、雨に濡れた陣地を見た。


負傷兵。泥を運ぶ兵士。水路を確認する官吏。


そして、言った。


「人は、無駄でなくても死にます」


——冷たい言葉だった。


だが、嘘ではない。


「戦略上、必要な犠牲もございます」


「へらす」


俺は答えた。


ゼロにできなくても、減らす。


龐統の顔から、少しだけ皮肉な笑みが消えた。


「できると?」


「みんなで」


    ◆


龐統は、諸葛亮を見た。


諸葛亮も、見返した。


——龍と、鳳凰。


同じ主君のもとへ、二人の天才が集まろうとしている。


龐統は、劉備へ頭を下げた。


「しばらく、御軍で働かせていただきたい」


劉備の顔が、明るくなった。


「歓迎する」


```

【重要人材が加入しました】


龐統 字・士元


所属 劉備軍

暫定職務 組織改善担当


推奨事項

 定型業務を与えないでください

 目的と裁量を明確にしてください

 諸葛亮との職務重複を避けてください


重大警告

 諸葛亮との同時運用には、役割設計が必要です

```


——採用には、成功した。


だが、最後の一行が赤く光っている。


俺は、諸葛亮と龐統を交互に見た。


二人とも、笑っている。


それが、余計に怖かった。



    ◆



その夜、俺は木簡を出した。


《名のない者》


阿仙(あせん)阿六(あろく)


そこへ、二十人分の名前を書き足した。


排水路を掘った兵たちである。


一人ずつ、名前を聞いた。


三歳の口で「なまえ」と言うと、皆、最初は驚いた顔をした。


それから、少し照れくさそうに名乗った。


——書けない字が、半分あった。


俺は、書けない分は、○を描いておいた。


いつか、書き直す。


```

【組織能力が変化しました】


陣営衛生 E → D+

疫病発生確率 低下

```


——数字が動いた。


溝を掘っただけで、である。


戦っていない。敵を一人も倒していない。


それでも、来年の冬に死ぬはずだった誰かが、死なずに済む。


名前は、分からない。


だが、その人の名前も、いつか俺の木簡に載る。



次回 第20話「三か月の仕事を半日で終わらせる男」



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