第150話 三国の、三つの後継
【景耀八年|成都】
三つの国が、三つの方法で、後を継いだ。
——魏は、四人に分けた。
呉は、二人にした。
そして、俺は、三人にした。
景耀八年。西暦二六五年である。
俺は、五十八になった。
二年前、魏が攻めてきた。
そして、退けた。
綿竹で、諸葛瞻が鄧艾を止めた。
——三年の休戦は、まだ二年残っている。
そして、その二年目に、洛陽から報が来た。
「陛下」
郤正が言った。
——六十である。
そして、記録を扱って、三十年になる。
「魏が、禅譲いたしました」
「……誰へ」
——この人は、答えた。
「司馬炎」
「誰の子ですか」
「司馬昭の子」
「そして」
「司馬懿の孫でございます」
◆
俺は、そこで、木簡を出した。
——三十九年前のものである。
そして、表題は、こうだった。
《四人のうち、誰が残るか》
建興四年
曹真 曹休 陳羣 司馬懿
《士元どのの見立て——若い者。宗室でない者》
——そして、その下に、四行書き足してある。
《一人目。曹休。建興六年》
《二人目。曹真。建興九年》
《三人目。陳羣。建興十五年》
《四人目。司馬懿。延熙十四年》
——四人とも、死んだ。
そして、残ったのは——司馬懿の家である。
◆
俺は、龐統の見立てを、指でなぞった。
——二十四年前に死んだ。
六十三である。
そして、この人は、即答した。
「若い者でございます」
「そして、宗室ではない者」
——三十九年である。
そして、そのとおりになった。
「令先どの」
「はい」
「士元どのは、なぜ分かったのでしょう」
——郤正は、少し考えた。
そして、こう答えた。
「ご自分が、そうでございましたゆえ」
——俺は、そこで、顔を上げた。
荊州の出である。
宗室では、ない。
そして、関羽より二十以上、若かった。
——そして、四十五年前、名簿の三行目にいた。
「令先どの」
「はい」
「書いておいてください」
——郤正は、筆を取った。
そして、聞いた。
「何を、でございましょう」
——俺は、答えた。
「三つの国が、どうやって後を継いだかです」
——三日かかった。
郤正が、書いた。
そして、俺は、口を出さなかった。
◆
【三国 後継の方式】
魏
方式 輔政四名(宗室二・外臣二)
時期 皇帝の死の床にて、数日で決定
結果 三十九年で、外臣一名の家が残る
呉
方式 太子と魯王を、同格に扱う
時期 八年、決定せず
結果 朝廷が二分。重臣多数を失う
蜀
方式 丞相の職掌を三分し、順に継がせる
時期 二十八年をかけて分割
結果 ——
——結果の欄が、空白だった。
「令先どの」
「はい」
「なぜ、空けておられますか」
——この人は、答えた。
「まだ、終わっておりませぬゆえ」
「……」
「陛下が、ご存命でございます」
——俺は、そこで、少し笑った。
正しい。
そして、俺は、自分の方式の結果を、見られない。
◆
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「魏の欄に、一つ抜けています」
——郤正は、竹簡を見た。
そして、こう聞いた。
「何でございましょう」
——俺は、答えた。
「なぜ、四人にしたかです」
「……」
「そして、なぜ、数日で決めたかです」
——郤正は、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「死の床でございます」
「はい」
「——」
「時が、ございませなんだ」
——俺は、そこで、頷いた。
そして、こう言った。
「そのとおりです」
「——」
「そして、こちらは、二十八年ありました」
「——」
「その差だけです」
◆
俺は、続けた。
「令先どの」
「はい」
「曹丕は、四十で死にました」
「はい」
「曹叡は、三十五です」
「——」
「そして、父は六十三」
「——」
「私は、五十八で生きています」
——郤正は、筆を止めた。
そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「では、方式の差ではないと」
——俺は、答えた。
「半分は、そうです」
「……」
「残りの半分は、方式です」
「——」
「そして、どちらが半分かは、分かりません」
——郤正は、そこで、一行書き足した。
《備考——魏の帝は、二代とも四十に満たず崩ず》
《時をもって比べることは、できない》
◆
俺は、数えた。
——三人である。
蔣琬。十九年前に死んだ。六十一。
費禕。十二年前。五十八。
董允。十九年前。五十六。
——そして、三人とも、俺より先に死んだ。
俺は、木簡に書いた。
《魏は、四人に分けた。そして、一人になった》
《呉は、二人にした。そして、二つに割れた》
《俺は、三人にした》
——そして、その下に。
《そして、三人とも、俺より先に死んだ》
俺は、そこで、筆を止めた。
——三人とも、順に継いだ。
蔣琬から、費禕へ。
そして、費禕から、次へ。
争わなかった。割れなかった。一人に集まらなかった。
——成功である。
そして——三人とも、死んでいる。
六十一。五十八。五十六。
そして、俺は五十八で、生きている。
「令先どの」
「はい」
俺は、聞いた。
「三人の歳を、数えましたか」
——この人は、答えた。
「数えております」
「……」
「平均、五十八でございます」
——俺は、そこで、息を呑んだ。
五十八。
今の俺と、同じである。
「令先どの」
「はい」
「なぜ、数えられましたか」
——郤正は、少し黙った。
そして、こう言った。
「三人とも、働きすぎでございました」
◆
俺は、そこで、動けなくなった。
「蔣琬どのは、十二年」
「はい」
「費禕どのは、七年」
「はい」
「董允どのは、二十三年」
——そして、この人は、こう続けた。
「三人とも、休んでおられませぬ」
——俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「三人の休んだ日を、数えた人はいますか」
——郤正は、答えた。
「おりませぬ」
「……」
「丞相の分は、ございます」
「——」
「四十五年分」
「——」
「そして、三人の分は、ございませぬ」
◆
俺は、そこで、自分の失敗に気付いた。
——四十二年前である。
即位した年だ。
皇帝の第一号人事は——丞相の休暇だった。
六か月。
そして、諸葛亮は、七十まで生きた。
——そして、三人には、休暇を命じなかった。
「令先どの」
「はい」
「なぜ、私は命じなかったのでしょう」
——郤正は、答えなかった。
そして、しばらくして、こう言った。
「三人、おられましたゆえ」
十六年前、俺は三人を走らせる仕組みを知った。あのとき、俺はこう思った。あれが作っているのは次の長ではなく、三人を見る側のほうだ、と。
半分は、合っていた。
もう半分を、今日、聞いた。
三人いると、一人が倒れても、止まらない。
止まらないというのは、良いことである。四十年、俺はそれだけを目指してきた。英雄がいなくなっても回る国。一人が死んでも決まる仕組み。
そして、止まらない仕組みは、倒れかけている一人を、止めない。
一人しかいなければ、周りが必死になる。倒れたら終わりだからだ。三人いれば、誰も必死にならない。まだ二人いる、と思う。
前世で、俺はこれを「冗長性」と呼んで、報告書に何度も書いた。良いことの欄に、書いた。
悪いことの欄が、あることを知らなかった。
制度は、国を守った。そして、その制度が、三人を守らなかった。
守らせるつもりで作ったものが、守らなくてよい理由になっていた。
◆
俺は、そこで、理解した。
——一人のときは、倒れると国が止まる。
だから、休ませた。
三人いれば、一人倒れても、止まらない。
だから、休ませなかった。
——制度が、人を守らなくなった。
分散したから、安心した。
そして、安心したから、見なくなった。
——四十二年前、俺は諸葛亮にこう言った。
「あなたが倒れると、国が止まります」
——理由が、それだった。
そして、その理由が消えたとき、休ませる理由も消えた。
——俺は、人を守っていたのではない。
国を、守っていた。
◆
「令先どの」
「はい」
「一つ、規定を作ります」
「何の、でございましょう」
——俺は、答えた。
「休暇です」
【休暇監察官】
一 三公・尚書令・侍中の休養日数を、記録する
二 年間三十日に満たぬ者へ、休暇を命ずる
三 命令は、皇帝の決裁を要しない
四 監察官は、当人の家族から選ぶことができる
備考
四は、
四十二年前の例によります。
——四番目である。
そして、備考を書いたのは、俺だ。
「陛下」
郤正が言った。
「四十二年前の例とは」
——俺は、答えた。
「数えていた人がいました」
「……」
「四十五年分」
「誰でございましょう」
——俺は、こう言った。
「丞相の妻です」
——郤正は、筆を取った。
そして、こう聞いた。
「お名前は」
——俺は、答えなかった。
そして、こう言った。
「黄氏、と書いてください」
——この人は、少し俺を見た。
そして、何も聞かずに、書いた。
◆
俺は、そこで、一つ足した。
「令先どの」
「はい」
「五番目を、書きます」
「何と、でございましょう」
——俺は、答えた。
「『皇帝も、対象とする』」
——郤正は、筆を止めた。
そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「陛下の休沐は、侍中が見ております」
「はい」
「——」
「四十二年、そうでございます」
——俺は、答えた。
「見ています」
「……」
「そして、命じられません」
「——」
「侍中は、私の臣ですゆえ」
——郤正は、しばらく黙っていた。
そして、こう聞いた。
「では、誰が命じますので」
——俺は、答えた。
「監察官です」
「——」
「そして、監察官は、私の家族から選べます」
——郤正は、そこで、筆を置いた。
そして、こう言った。
「……皇后さまでございますか」
——俺は、答えた。
「はい」
「そして、二十七年、数えておられます」
◆
——三年後。
数字が出た。
【休暇 三年】
対象 十一名
一年目
三十日に満たぬ者 十一名(全員)
二年目
三十日に満たぬ者 七名
三年目
三十日に満たぬ者 四名
備考
四名のうち、三名は
「休むと不安になる」と申しております。
——休むと、不安になる。
「令先どの」
「はい」
「この三名は」
——この人は、答えた。
「三人とも、若うございます」
「……」
「四十に満たぬ者でございます」
「そして、三人とも、選挙で上がった者でございます」
——俺は、そこで、息を呑んだ。
選挙である。
十一年前に作った。
そして、家ではなく、試験と実務で上がった者だ。
——後ろ盾が、ない。
◆
「令先どの」
「はい」
「なぜ、不安になるのでしょう」
——郤正は、答えた。
「休めば、自分が要らぬと分かりますゆえ」
——俺は、そこで、動けなくなった。
四十四年前である。
諸葛亮に、俺はこう聞いた。
「あなたが倒れたら、誰がやりますか」
そして、この人は答えなかった。
——そして、俺は、あのとき、こう漏らした。
「わたしも、そうでした」
「人に渡すのが、こわいです」
「渡したら、いらなくなる気がします」
——四十四年である。
そして、同じことを、三人が言っている。
——家柄ではなく、試験で上がった者が。
◆
俺は、そこで、三人に会うことにした。
——一人ずつである。
そして、一つだけ聞いた。
「休んだ日、何をされましたか」
——一人目は、こう答えた。
「文書を、持ち帰りました」
「読まれましたか」
「読みました」
「何件」
「——」
「六件でございます」
——二人目は、こう答えた。
「家におりました」
「何をされましたか」
「——」
「待っておりました」
「何をですか」
「——」
「呼ばれるのを」
——そして、三人目。
この人は、しばらく黙った。
そして、こう答えた。
「……眠りました」
「はい」
「そして、起きて、怖うございました」
「なぜですか」
——この人は、答えた。
「一日、誰も来ませなんだゆえ」
◆
俺は、そこで、一つ命じた。
「令先どの」
「はい」
「六番目を、書きます」
「はい」
——俺は、こう言った。
「『休んだ者へ、翌日、その間に起きたことを報せる』」
「——」
「一件も起きなければ、『なし』と書いて出す」
——郤正は、筆を止めた。
そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「なしと書けば、要らぬと分かりますが」
——俺は、答えた。
「逆です」
「……」
「何も来ないのが、いちばん怖いのです」
「——」
「『なし』と書いた紙が来れば、それは来たことになります」
——郤正は、しばらく黙っていた。
そして、書いた。
そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「これは、四十六年前の様式でございますな」
——俺は、そこで、顔を上げた。
「令先どの」
「はい」
「何のことですか」
——この人は、答えた。
「《異常なし》でございます」
「——」
「陛下は、あれを禁じられました」
「はい」
「——」
「そして、今日、同じものを作られました」
◆
俺は、そこで、しばらく黙っていた。
——正しい。
四十六年前、俺は《荊州、異常なし》を禁じた。
そして、今日、《なし》と書いて出せと命じた。
「令先どの」
「はい」
「違います」
「どこが、でございましょう」
——俺は、答えた。
「あれは、上へ出すものでした」
「はい」
「——」
「これは、下へ出すものです」
「——」
「上へ出す『なし』は、隠します」
「——」
「下へ出す『なし』は、安心させます」
——郤正は、そこで、一行書き足した。
《備考——同じ言葉が、向きによって逆になる》
◆
その夜、俺は木簡を出した。
そして、書いた。
《制度を作ると、新しい不安が出る》
——そして、その下に。
《渡す仕組みを作ったら》
《渡したら要らなくなると、思う者が出た》
——俺は、そこで、筆を止めた。
五十八年、測ってきた。
そして、測るたびに、測っていないところが壊れた。
犍為郡。新兵教練。監察。
そして、今日である。
俺は、もう一行書いた。
《四つ目も、壊れた》
そして、その下に。
《五つ目を、測る》
そして、その下に。
《終わらない》
——三十九年前、姜維に同じことを言った。
「終わりませぬな」
「終わりません」
「それが、仕事だ」
◆
最後に、俺は郤正の竹簡を見た。
蜀の欄である。
そして、結果が空白だった。
「令先どの」
「はい」
「一行、足してください」
——この人は、筆を取った。
そして、俺は、こう言った。
「結果は、まだ出ていない」
《そして、出るのは、俺が死んだ後である》
——郤正は、書いた。
そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「では、誰が書き入れますので」
——俺は、答えた。
「あなたの、後の人です」
「——」
「そして、その人も、たぶん書けません」
「なぜでございましょう」
——俺は、答えた。
「その人も、この方式の中にいますゆえ」
◆
俺は、そこで、一つ思った。
——魏の欄は、書けた。
呉の欄も、書けた。
理由は、一つである。
——終わったからだ。
そして、終わっていないものは、書けない。
——十三年後、俺は羅憲に同じことを書く。
《終わっていないものは、捨てないでください》
そして、そのときの俺は、まだそれを知らない。
〈あとがき〉
「士元どのは、なぜ分かったのでしょう」「ご自分が、そうでございましたゆえ」——荊州の出、宗室ではない、そして関羽より二十以上若い。四十五年前、名簿の三行目にいた人です。
「死の床でございます。時が、ございませなんだ」「そのとおりです。そして、こちらは、二十八年ありました。その差だけです」。《時をもって比べることは、できない》。
平均、五十八。今の主人公と同じです。「三人とも、休んでおられませぬ」。
「三人、おられましたゆえ」——一人なら倒れると国が止まる。三人なら止まらない。だから休ませなかった。制度が、人を守らなくなった。
「休んだ日、何をされましたか」「待っておりました」「何をですか」「呼ばれるのを」。そして三人目——「眠りました。そして、起きて、怖うございました。一日、誰も来ませなんだゆえ」。
「これは、四十六年前の様式でございますな」「《異常なし》でございます」——「上へ出す『なし』は、隠します。下へ出す『なし』は、安心させます」。
《劉禅文庫 再読『GE's Talent Machine』——三人いれば、一人倒れても止まらない。止まらない仕組みは、倒れかけている一人を、止めない》
次回、第151話「英雄がいなくても、明日は来る」。




