第147話 名前のない将軍へ、国を預ける
【景耀五年|成都】
景耀五年。西暦二六二年である。
俺は、五十五になった。
——来年、魏が来る。
鍾会と、鄧艾と、諸葛緒。
三方からである。
そして、俺だけが知っている。
五十五年、俺はこの年を数えてきた。
三歳のときに書いた木簡に、そう書いてある。
《しょくは、ごじゅうごねんごに、つぶれる》
——半分が、仮名である。
そして、字が歪んでいる。
来年である。
そして、俺は将を一人、決めねばならなかった。
◆
条件は、三つある。
一つ。漢中が抜かれても、退ける者。
二つ。成都が囲まれても、決められる者。
そして、三つ目。
——名が、残っていない者である。
「令先どの」
「陛下」
「三つ目の理由は、お分かりですか」
——郤正は、少し考えた。
そして、こう答えた。
「存じませぬ」
——俺は、答えた。
「名のある者は、名を守ります」
「はい」
「そして、名を守る者は、退けません」
四十年前、俺は費禕を呉へ送る日に、飛躍した会社の長の話を思い出した。有名ではなかった。強い意志と、自分の話をしないこと。
あのとき、俺はまだ、それを「見落としやすい人」の話として読んでいた。
今日、その先が分かった。
名がないことは、欠点ではない。守るものが一つ少ない、ということである。
名のある者は、二つ持っている。国と、名前だ。そして、二つを同時に守れない場面が、必ず来る。そのとき、どちらを選ぶかは、本人にも分からない。
四十時間の交渉のうち、十九時間は、負けたと書かずに退く言い方を探すことに消えた。あれは、名を守る作業だった。
名のない者には、その十九時間が要らない。退くと決めれば、退く。
前世で、俺は肩書のある人を集めて、再建の指揮を任せてきた。当然だと思っていた。実績のある人が、いちばん速いはずだ、と。
実績のある人は、実績を守る。そして、実績を守る速さは、いつも、国を守る速さより速い。
◆
——四十三年前である。
樊城で、関羽が旗を降ろした。
六十の生涯で、初めてだった。
そして、降ろすまでに、四十時間かかった。
——十一人がかりである。
そして、あの人は、名があった。
「令先どの」
「はい」
「四十時間の内訳を、ご存じですか」
——郤正は、答えた。
「簿にございます」
「では、何にいちばんかかりましたか」
——この人は、竹簡を見ずに答えた。
「十九時間でございます」
「何にですか」
「——」
「『負けたと書かずに、退く言い方』を探しております」
——俺は、そこで、頷いた。
十九時間である。
そして、名のない者は、それが要らない。
◆
杜祺という。
三十四である。
——地方の倉庫管理から、軍の兵站へ移った。
その後、趙雲の指揮官不在訓練を受けた。
馬謖の水利課程。
費禕の会議調整。
董允の規律監察。
——四人とも、既に死んでいる。
そして、この人は、四人に会っていない。
全部、教範である。
【杜祺】
年齢 三十四
統率 78
武力 61
知略 86
政務 90
特記事項
既存英雄との血縁 なし
有名な戦歴 なし
記録された将来 なし
能力評価の信頼度 低
——未来に、名前がない。
俺の知る歴史へ、登場しない人物。
だから、何ができるか分からない。
——システムが、役に立たなくなり始めていた。
◆
この人の成績を、郤正が並べた。
そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「全て、上位二割でございます」
「一番は」
「ございませぬ」
「一つも、ですか」
「——」
「一つも」
——俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「では、なぜ挙げましたか」
——郤正は、答えた。
「四十年分、見ましてございます」
「はい」
「——」
「一番だった者は、六十二人おります」
「そして、そのうち五十一人が、二度目に落ちております」
——俺は、そこで、竹簡を置いた。
「上位二割を、続けた者は」
——この人は、答えた。
「四人でございます」
「四十年で、四人ですか」
「——」
「はい」
「そして、三人は、既に死んでおります」
◆
俺は、そこで、この人の記録を、自分で読んだ。
——三日かかった。
そして、一つ気付いた。
《失敗の報告》
——十二年で、四十七件ある。
多い。
そして、そのうち三十九件は、自分の失敗だった。
「令先どの」
「はい」
「四十七件、罰されていますか」
——郤正は、答えた。
「一度も」
「なぜですか」
「——」
「四十七年前の規定でございます」
「——」
「《報告した者を、罰しない》」
——俺は、そこで、夏口を思い出した。
十一歳である。
そして、倉庫番に、損耗の確認をさせた。
——四十七年である。
そして、俺は、その規定に助けられた人を、初めて見た。
◆
来年になった。
景耀六年。西暦二六三年である。
魏軍が、三方から動いた。
——鍾会が、漢中へ。
——諸葛緒が、退路へ。
——そして、鄧艾が、西へ。
漢中は、五線で受けた。
六年前に作った線である。
第一線は、守らなかった。
数えて、烽火を上げて、退いた。
——十一の関に貼り付けていた三万を、後ろへ置いてある。
そして、盆地の十一万四千二百人は、既に移してあった。
——一年かけて、名と戸と、戻り先まで書いた。
鍾会は、漢中へ入った。
そして、倉に何もなかった。
「逃げたのではない」
鍾会が言う。
「こちらへ、何も残していない」
——兵糧を、魏軍自身が運ばなければならない。
道が、長くなる。
蜀軍は、戦わずに、魏軍の兵站を延ばしている。
——陸遜。司馬懿。
敵から、学んだ。
戦わないことも、戦である。
◆
姜維は、剣閣へ退いた。
六十一である。
——沓中から、諸葛緒の遮断を抜けた。
分散撤退である。
趙雲の教範。龐統の分散帰還。王平の地形判断。
——全部、次世代へ残っている。
剣閣には、井戸と貯水池がある。
荷車の道も、予備路も、複数ある。
——三十五年前の街亭報告書が、全指揮官へ配られている。
《高所でも、水がなければ負ける》
鍾会軍は、攻めあぐねた。
そして、止まった。
——史実と、似ている。
次に来るのは、鄧艾である。
◆
俺は、何年も前から、陰平方面へ監視部隊を置いていた。
だが、報告は、予想と違った。
《鄧艾軍》
《陰平正面へ現れず》
——代わりに、さらに西の、地図にも十分記されていない山道で。
地元の猟師が、切られた木と、捨てられた魏の装備を発見した。
——鄧艾は、史実と同じ道を、そのまま使っていない。
監視されていると考え、別の間道を選んだ。
——未来を知っているだけでは、敵も変わる。
報告。
《魏軍小集団》
《江油北西へ接近》
——鄧艾。数千。
大軍では、ない。
だが、成都の背後へ出れば、守備側の心理を壊せる。
【鄧艾間道侵入】
発見 史実より早い
位置 江油北西
兵力 推定六千〜一万
状態
・疲労極大
・補給不足
・奇襲効果残存
・成都方面守備薄い
対応可能時間 四日
——漢中を、一つの門で守らなかった。
だから、後方へ予備兵力を残していた。
そして、その責任者が、杜祺である。
◆
「杜祺どのへ」
俺は命令を送る。
《鄧艾軍を江油北西で止めよ》
《殲滅を目的としない》
《成都への進路を遮断》
《四日間保持》
《援軍到着後、包囲》
——杜祺から返書。
《敵兵力不明》
《地形情報不足》
《四日保持を保証できません》
——朝議の一部が、騒いだ。
「命令へ、できないと返した」
「臆病だ」
「別の将を」
——俺は答えた。
「だから任せます」
——保証できない。
正しい。
敵兵力も地形も不明。
できると言う方が、危険だ。
——三十二年前、李厳は「できる」と言った。
そして、雨のせいにした。
◆
「何が必要です」
——返書を送る。
杜祺の要求。
地元猟師。測量官。医療隊。軽装弩兵。岩と木を動かす工兵。
騎兵は、少数。
大軍不要。
——さらに、三行あった。
《成都から避難民を北へ出さない》
《道路を軍用に空ける》
《住民へ敵接近を隠さない》
——最後の項目である。
心理的混乱の危険がある。
だが、隠せば——鄧艾が現れた瞬間、噂が爆発する。
俺は、認めた。
——そして、一つだけ聞いた。
「杜祺どの」
「はい」
「三つ目を、なぜ書かれましたか」
——この人は、答えた。
「隠した例が、簿にございます」
「何件ですか」
「——」
「十四件」
「そのうち、うまくいったのは」
「——」
「二件でございます」
「その二件は」
——杜祺は、答えた。
「三日以内に、終わっております」
「今度は」
「——」
「四日でございます」
◆
成都と周辺へ、布告した。
《魏軍小部隊が山道から侵入》
《主力ではない》
《守備軍が対応中》
《南・東へ避難路を準備》
《市場と井戸を閉鎖しない》
《軍による私有食料の無断徴発を禁止》
——民は、不安になった。
当然である。
逃げる者。残る者。家族を迎えに行く者。
それでも、情報を隠さなかったため、城門へ一斉に殺到することはなかった。
——五十三年前、成都の市は二月閉じていた。
そして、父は焼かなかった。
——今度は、閉じない。
◆
杜祺は、鄧艾軍と正面から戦わなかった。
山道の出口。狭い谷。壊れた橋。水場。
——鄧艾軍が必要とする場所へ、先に小部隊を置く。
水を、毒さない。
民が使うからだ。
代わりに、水場の周囲へ柵。弩。落石。
——鄧艾軍は、険路を越え、疲れている。
奇襲の強みは、誰にも知られていないこと。
既に発見された時点で、半分失っている。
鄧艾は、江油へ急ぐ。
——杜祺は、道を完全に塞がない。
一つを、開ける。
進めるように、見せる。
——その先、谷が狭くなる。
鄧艾軍の前方だけが入り、後方と離れる。
そこで、木を倒す。岩を落とす。
分断。攻撃。すぐ退く。
——敵を全滅させない。
進撃速度を、落とす。
【鄧艾間道軍】
初期兵力 推定八千
疲労 極大
補給 三日分以下
【杜祺部隊】
兵力 五千二百
正面戦闘能力 劣勢
遅滞能力 高
一日目
鄧艾進行 予定の四十一%
◆
鄧艾は、若い将の名を尋ねた。
「杜祺」
賈充が答える。
「聞いたことがありません」
「関羽の子か」
「違います」
「趙雲の弟子か」
「訓練は受けていますが、直弟子では」
「諸葛亮が見出したか」
「記録はありません」
——鄧艾は、不満そうだった。
敵将を、理解できない。
——英雄の名なら、性格。得意な戦。名声。部下の反応。
予測できる。
無名の将は、情報が少ない。
「ならば」
鄧艾が言う。
「大軍を見れば逃げる」
◆
二日目。
鄧艾軍は、旗を増やした。
兵数を、多く見せる。
——杜祺の部下が、不安になる。
「敵は一万を超えるのでは」
杜祺は答えた。
「分かりません」
「撤退しますか」
「確認します」
——斥候を出す。
炊煙。足跡。食料消費。谷を通過した人数。
見える情報を、集める。
結果——八千前後。
最初の推定と、同じ。
「怖くないのですか」
若い兵が尋ねた。
——杜祺は答える。
「怖い」
——英雄らしくない。
「では」
「怖いので、数えた」
——勇気を、恐怖がないことにしない。
恐怖があるから、確認する。
そして、俺は、それを三十五年前に見ている。
——王平である。
街亭で、井戸を見に行った人だ。
二日目。鄧艾軍の進行、予定の二十八パーセント。
◆
三日目。蜀の援軍が到着。
張苞の子の騎兵。
関平の子の歩兵。
劉封の訓練部隊。
——全員、自分が最高指揮官だとは言わない。
緊急計画。
杜祺が、現地統括。
側面。防御線。全体調整。
——英雄の子や孫が、無名の若い将の下へ入る。
張苞の子は、最初、不満そうだった。
「俺の方が、戦歴は長い」
——劉封が言う。
七十を超えている。
そして、この人は、三十九年前に「戦功で証明し続けなくてよい」と言われた。
「現地を知るのは杜祺だ」
——関平の子も頷く。
「祖父なら」
——少し笑う。
「最初は怒ったでしょう」
「最後には」
「——」
「報告を聞いた」
——三人は、従った。
◆
鄧艾軍の前。側面。後方。
少しずつ、包囲が作られる。
だが、退路を完全には塞がない。
——敵が、死に物狂いになる。
西への細い道だけ、残す。
「降伏を勧めます」
杜祺が決めた。
鄧艾へ、使者。
《蜀軍は間道侵入を把握》
《成都への進撃は困難》
《西方へ退く道を開ける》
《負傷者へ治療と食料を提供》
《捕虜となる者の生命を保証》
——鄧艾は、拒否した。
「成都は近い」
——地図上では、近い。
だが、道。水。兵。
全てが、距離を遠くする。
◆
四日目。
鄧艾軍の食料が、尽き始める。
魏兵の一部が、勝手に村へ向かう。
——村は、既に避難済み。
食料も、大部分が移されている。
住民を殺すことも、奪うこともできない。
——何もない。
鄧艾は、成都突入を断念した。
西へ、退く。
——蜀軍は、追いすぎない。
「討たなくてよいのか」
——張苞の子が尋ねる。
杜祺は答えた。
「目的は、成都へ行かせないことです」
——少し悔しそうに、それでも従った。
【鄧艾間道侵入】
成都到達 失敗
鄧艾軍 西方へ撤退
蜀軍 戦死者 中
民間人被害 低
成都混乱 限定的
杜祺 任務達成 四日保持
固有特性
【怖いので確認する】
——能力表示が、後から増えた。
最初から、全てを見抜けたわけではない。
人は、行動して初めて分かる。
◆
俺は、その報告を読んで、一つ数えた。
——四日である。
そして、この人は、四日目の朝に一度だけ、成都へ書状を出していた。
内容は、こうである。
《本日、保持できぬ場合の順を書きます》
《一 民を南へ》
《二 簿を東へ》
《三 兵は、私の後ろから》
《四 私は、最後です》
——俺は、その四行を、長いこと見ていた。
そして、郤正に聞いた。
「令先どの」
「はい」
「二番目は、なぜですか」
——郤正は、答えた。
「簿でございます」
「……」
「陛下の簿は、宮にございます」
「——」
「そして、東は、巴東でございます」
——俺は、そこで、動けなくなった。
四年前、羅憲を巴東へやった。
そして、この人は、それを知っている。
◆
杜祺は、英雄ではなかった。
俺の知る歴史にも、名前はなかった。
それでも、成都を守った。
——視界に、小さな亀裂が走った。
【システム警告】
未来情報との乖離 大
未登録人材の活躍 増加
能力予測精度 低下
歴史依存型評価 終了準備
——システムは、俺が知る歴史を基準に、人を評価していた。
歴史にない人間が、国を動かし始める。
それは、システムにとって異常。
——俺にとっては、成功だった。
◆
俺は、そこで、木簡を出した。
——五十五年前のものである。
三歳の字だ。
《しょくは、ごじゅうごねんごに、つぶれる》
——俺は、その一行を、長いこと見ていた。
来年ではない。
今年である。
そして、鄧艾は、西へ退いた。
——俺は、筆を取った。
そして、その一行を、消さなかった。
代わりに、下へ一行書いた。
《つぶれなかった》
——そして、その下に。
《止めたのは、名前のない人である》
——そして、もう一行。
《そして、この人の名は、いま、簿にある》
◆
だが、剣閣では——
鍾会軍が、新しい提案を姜維へ送っていた。
《魏へ降れば》
《姜維将軍の地位を保証する》
《共に司馬昭を討つことも可能》
——鍾会自身が、魏の中で野心を持っている。
蜀を滅ぼすだけではなく、蜀軍を使い、司馬氏へ反旗を翻す可能性。
——歴史では、姜維がその野心を利用し、蜀復興を試み、失敗する。
姜維の能力表示が、赤くなった。
【姜維】
鍾会利用意思 84%
蜀復興のための偽装降伏 検討中
成功予測 不明
危険
——国を失った後に取り戻すため、一度、国を失う選択をする可能性。
——鄧艾を止めても、最後の危機は、剣閣の内側に残っていた。
そして、この人は、二十九年、待っている。
——待たせたのは、俺である。
〈あとがき〉
「名のある者は、名を守ります。そして、名を守る者は、退けません」。四十時間のうち十九時間は、「負けたと書かずに、退く言い方」を探していました。名のない者は、それが要りません。
「一番だった者は、六十二人。そのうち五十一人が、二度目に落ちております」「上位二割を、続けた者は」「四人でございます」。
失敗の報告、十二年で四十七件。一度も罰されていません。四十七年前の《報告した者を、罰しない》——その規定に助けられた人を、初めて見ました。
「隠した例が、簿にございます。十四件。うまくいったのは、二件。三日以内に、終わっております」「今度は」「四日でございます」。
「怖い」「では」「怖いので、数えた」。
《二 簿を東へ》——四年前、羅憲を巴東へやりました。この人は、それを知っています。
《しょくは、ごじゅうごねんごに、つぶれる》——消しませんでした。下に一行足しました。《つぶれなかった》。
《劉禅文庫 再読『Good to Great』——名がないことは、欠点ではない。守るものが一つ少ない、ということである》
次回、第148話「降伏してから国を取り戻す作戦は認めません」。




