第145話 白帝城の門を、開けておけ
【景耀元年|成都】
巴東太守を、決めることになった。
永安である。父が、死んだ城だ。
◆
延熙二十一年。西暦二五八年である。俺は、五十一になった。
選挙の第一回が終わって、半年。六十一人が、官になった。そして、地方の欠員を埋めている。
郤正が、竹簡を持ってきた。五十三である。記録を、三十年やっている。
「陛下」
「令先どの」
「巴東が、欠けております」
俺は、その一行を見た。巴東太守。空席、二年。
「令先どの」
「はい」
「二年、空いていますか」
「はい」
「なぜですか」
郤正は、少し黙った。そして、答えた。
「遠うございます」
成都から、東へ千三百里。長江を、下る。そして、三峡の入口である。
「そして、もう一つ」
「はい」
この人は、こう言った。
「白帝城がございますゆえ」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
白帝城。永安の別名である。正確には、永安宮が城内にある。
三十五年前、父がそこで死んだ。そして、俺は、一度も戻っていない。
「令先どの」
「はい」
「誰も、行きたがらないのですか」
「そうではございませぬ」
この人は、正直に答えた。
「陛下が、決められませぬ」
俺は、そこで、何も言えなかった。
二年である。三度、人事案が上がってきた。そして、三度とも、俺は「もう少し考える」と言った。
自分では、気付いていなかった。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「なぜ、二年待たれましたか」
郤正は、答えた。
「一年目は、お忙しいと思いました」
「はい」
「二年目は」
この人は、少し黙った。そして、こう言った。
「別のことだと、気付きました」
「では、なぜ今日ですか」
郤正は、答えた。
「三年になりますゆえ」
俺は、そこで、少し笑った。
三年である。そして、この人は、三年目に言うと決めていた。
「令先どの」
「はい」
「なぜ、三年ですか」
この人は、こう答えた。
「二年なら、迷っておられます」
「はい」
「——」
「三年なら、決めぬと決めておられます」
◆
「令先どの」
「はい」
「候補は」
この人は、竹簡を出した。四人、書いてある。そして、こう言った。
「一人だけ、自ら望んでおります」
羅憲。字を、令則という。四十歳。
「令先どの」
「はい」
「知っている名です」
「はい」
「譙周どのの門です」
「はい」
「そして、あなたの同門ですね」
郤正は、頷いた。
「十ほど、下でございます」
「はい」
「そして、門人が、子貢になぞらえました」
子貢である。孔子の弟子で、弁が立ち、財を成し、国を動かした人だ。
そして、孔子は、この人を器に例えた。瑚璉である。祭器の中で、最も貴いもの。
そして、同時に、こうも言った。
「君子は器ならず」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「褒めているのですか」
郤正は、少し黙った。そして、こう答えた。
「半分でございます」
「はい」
「瑚璉は、貴うございます」
「——」
「そして、器でございます」
「——」
「器は、一つのことにしか使えませぬ」
俺は、そこで、頷いた。
半分、褒めている。そして、半分、こう言っている。
《この人は、一つのことしかできない》
「令先どの」
「はい」
「一つのこととは、何ですか」
郤正は、答えた。
「存じませぬ」
「……」
「そして、本人も、たぶん存じませぬ」
「令先どの」
「はい」
「会います」
◆
羅憲は、十日で来た。背が高い。そして、痩せている。衣が、古かった。
洗ってある。繕ってもある。そして、新しくない。
阿斗として五十一年、俺は人の衣を見てきた。
新しい衣を着ている官は、たいてい、二種類である。昇ったばかりの人か、見られたい人だ。
この人は、どちらでもなかった。
「羅憲にございます」
「令則どの」
俺は、聞いた。
「巴東を、望まれたそうですね」
「はい」
「なぜですか」
この人は、答えた。迷わなかった。
「誰も行かぬからでございます」
俺は、そこで、少し笑いそうになった。
四十八年前、同じことを言った人がいる。龐統である。
「誰もやらぬ仕事は、私がやります」
そして、この男は排水路を四時間で掘った。十七年前に死んだ。六十三である。そして、酒を飲んでいた。
「令則どの」
「はい」
「巴東に、何があるかご存じですか」
この人は、答えた。
「三つ、存じております」
「一つ。三峡の入口」
「はい」
「二つ。呉との境」
「はい」
そして、三つ目である。この人は、少し間を置いた。
「三つ。先帝が崩じられた城」
広間が、静かになった。
誰も、俺の前でその話をしない。三十五年、そうである。そして、この人は、三つ目に挙げた。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令則どの」
「はい」
「三つ目は、書きますか」
羅憲は、答えた。
「書きませぬ」
「なぜですか」
「私事でございますゆえ」
俺は、そこで、頷いた。そして、木簡へ書き足した。
《りゆうを、かかなかったこと》
五十一年で、十九行である。そして、十七行目に、この人の分が入った。
俺は、それを、この人に言わなかった。言えば、書いたことになる。
◆
「令則どの」
「はい」
俺は、聞いた。
「白帝城は、今どうなっていますか」
この人は、正直に答えた。
「存じませぬ」
「……」
「行ったことが、ございませぬゆえ」
そして、こう続けた。
「ですが、報告は読みました」
「何と、書いてありましたか」
羅憲は、そらんじた。
「永安宮、屋根の修繕、三度」
「はい」
「城壁、補修、七度」
「はい」
そして、こう言った。
「そして、門」
この人は、そこで、俺を見た。
「三十五年間、一度も閉じておりませぬ」
俺は、そこで、息が止まった。
知らなかった。三十五年、報告は毎年来ていた。そして、俺は、白帝城の欄だけ、読み飛ばしていた。
「令則どの」
「はい」
「なぜ、閉じていないのですか」
この人は、答えた。
「閉じる理由が、なかったからでございます」
「敵が来ておりませぬ」
「はい」
「三十五年、一度も」
俺は、そこで、理解した。
門は、閉じるためにある。そして、閉じなくてよいというのは——三十五年、そこまで敵が来なかったということである。
荊州は、失った。夷陵は、しなかった。呉とは、三十五年、戦っていない。
誰も、数えていなかった。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令則どの」
「はい」
「なぜ、そこを読まれましたか」
羅憲は、答えた。
「望む地の報告は、全部読みますゆえ」
「何年分ですか」
「——」
「三十五年」
俺は、そこで、動けなくなった。
三十五年分。そして、俺は、三十五年、そこだけ飛ばしていた。
「令則どの」
「はい」
「何日、かかりましたか」
この人は、答えた。
「十一日でございます」
「……」
「そして、二度読みました」
「なぜですか」
羅憲は、こう答えた。
「一度目は、数を見ました」
「はい」
「——」
「二度目は、書いていないものを見ました」
俺は、そこで、顔を上げた。
「何が、書いていませんでしたか」
この人は、答えた。
「呉の船でございます」
「……」
「三十五年、一隻も書いてございませぬ」
「——」
「そして、三峡には、毎日通っております」
俺は、そこで、郤正を見た。そして、この人は、頷いた。
書いていない。理由は、簡単である。様式に、欄がない。そして、三十五年、誰も足さなかった。
「令則どの」
「はい」
「欄を、作りますか」
羅憲は、答えた。
「作ります」
「何と、書きますか」
この人は、こう言った。
「『通った船の数』でございます」
「はい」
「そして、もう一つ」
「——」
「『止まった船の数』」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「違いますか」
羅憲は、答えた。
「通るのは、商いでございます」
「はい」
「——」
「止まるのは、見ております」
◆
「羅憲どの」
「はい」
俺は、聞いた。意地の悪い問いである。そして、聞くと決めた。
「蜀が滅びたら、あなたはどうしますか」
広間が、凍った。郤正が、顔を上げた。そして、何か言いかけて、やめた。
羅憲は、動かなかった。そして、しばらくして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「お答えして、よろしいのですか」
「構いません」
「不敬になりますが」
「なります」
「……」
「それでも、伺います」
羅憲は、答えた。
「城を、閉じます」
「なぜですか」
この人は、答えた。
「滅びた国の城は、狙われますゆえ」
「はい」
「そして、狙うのは、敵ではございませぬ」
この人は、こう続けた。
「昨日までの味方でございます」
俺は、そこで、竹簡を握った。
正しい。そして、四十八年、誰も言わなかったことである。
同盟というのは、相手が倒れたときに真価が出る。五十一年前、魯粛がそう言った。
そして、この人は、その裏側を言っている。
「令則どの」
「はい」
「閉じて、どうなりますか」
この人は、答えた。
「時間が、稼げます」
「はい」
「そして、城内の者が、死にます」
「疫と、飢えでございます」
「それでも、閉じますか」
「閉じます」
「——」
「開けば、民は売られますゆえ」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「何日、保ちますか」
羅憲は、少し考えた。そして、答えた。
「城の糧は、三月でございます」
「はい」
「——」
「そして、六月は保ちます」
「なぜですか」
この人は、こう答えた。
「三月を過ぎれば、半分にいたします」
「——」
「そして、そのときは、私も半分でございます」
俺は、そこで、長いこと黙っていた。
窓の外で、市の音がしていた。荷車。呼び声。子供。
五十年前、成都の市は二月閉じていた。そして、父は焼かなかった。
「令則どの」
「はい」
俺は、言った。
「巴東太守を、命じます」
「……承りました」
そして、こう続けた。
「一つ、命じることがあります」
「白帝城の門を、開けておきなさい」
羅憲の動きが、止まった。
「……陛下」
「はい」
「敵が来ても、でございますか」
俺は、答えた。
「来たら、閉じてください」
「……」
「そして、来るまでは、開けておきなさい」
羅憲は、怪訝な顔をした。そして、こう聞いた。
「理由を、伺ってよろしいか」
俺は、答えた。
「数えたいのです」
「……何を、でございましょう」
「門が、閉じられなかった年数です」
「今、三十五年です」
「はい」
「三十六年にしてください」
羅憲は、長いこと俺を見ていた。そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「それは、軍の数字ではございませぬ」
「はい」
「では、何の数字でございましょう」
俺は、答えた。
「国の数字です」
そして、こう続けた。
「令則どの」
「はい」
「戦をした年は、数えられます」
「はい」
「——」
「戦をしなかった年は、誰も数えません」
「——」
「そして、そのほうが、多いのです」
羅憲は、そこで、一つ聞いた。
「陛下」
「はい」
「閉じた年は、どう書きますので」
俺は、そこで、少し考えた。そして、答えた。
「一行、書いてください」
「何と」
「——」
「『閉じた』と」
「それだけですか」
俺は、答えた。
「それだけです」
「——」
「そして、翌年から、また数え直します」
羅憲は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「……三十六年が、零になりますな」
「はい」
「惜しゅうございます」
俺は、答えた。
「はい」
「……」
「そして、惜しいと思う者が、閉じにくくなります」
前世で、俺は閉鎖する店を決める仕事を、何度もした。数字を並べれば、答えは出ていた。そして、いつも揉めた。
揉めたのは、担当していた人である。その店を育てた人が、その店を閉じる会議に座っていた。
三度目に、俺は席の作り方を変えた。閉じるかどうかを決める会議から、その店の担当を外したのである。冷たいやり方だと言われた。そして、その回だけ、期日どおりに決まった。
再建の現場で覚えたのは、それだけだった。
持っている人には、同じ数字が、違って見える。情が厚いからではない。手に持ったものは、持った瞬間から高く見える。それだけのことである。
だから、閉じる基準は、閉じたくない人に持たせてはいけない。
門も、同じである。四十一。いちばん長いもので、四十七年開いている。
開けたときは、誰かが必要だと思った。そして、その誰かは、たいてい、もういない。惜しいと思う人だけが、残っている。
◆
羅憲は、翌月、巴東へ発った。発つ前に、一つ願い出た。
「陛下」
「はい」
「永安宮を、拝んでよろしいか」
父が死んだ部屋である。三十五年、そのままにしてある。誰も、入っていない。
「令則どの」
「はい」
「入っても、構いません」
「……」
「そして、一つ、お願いがあります」
俺は、言った。
「埃を、払ってください」
羅憲は、そこで、初めて表情を変えた。
「……陛下」
「はい」
「三十五年、でございますか」
「はい」
「行っておられぬのですか」
俺は、答えた。
「行っていません」
理由は、言わなかった。そして、この人は、聞かなかった。
出ていくとき、一つだけ言った。
「陛下」
「はい」
「埃は、毎年払いまする」
俺は、そこで、顔を上げた。
「毎年、ですか」
「はい」
「——」
「一度払えば、翌年また積もりますゆえ」
三月後、報告が来た。巴東の様式で、十二項目。兵。糧。船。水。病者。修繕。
そして、船の欄が、増えていた。十三項目目である。
《通った船 四百十一》
《止まった船 三》
俺は、そこで、少し驚いた。
三である。三十五年、誰も数えなかった。そして、三月で、三隻あった。
そして、十四項目目があった。様式に、ない。
《永安宮、埃を払い了る》
《机の上に、竹簡が一本ございました》
《書きかけでございます》
俺は、そこで、手が止まった。
書きかけ。三十五年前、父は最後の週報を書いた。そして、署名した。
《最終責任者・劉備》
あれとは、別のものである。
報告は、続いていた。
《三行、書いてございます》
《一行目——阿斗へ》
《二行目——空白》
《三行目——空白》
俺は、その報告を、長いこと見ていた。
一行である。二行目と、三行目は、線だけ引いてある。そして、書けなかった。
報告の最後に、一行あった。様式に、ない。羅憲の字である。
《お持ちいたしましょうか》
俺は、返書を書いた。三日、かかった。そして、一行になった。
《そのままにしておいてください》
三日の内訳を、書いておく。
一日目。俺は、「持ってこい」と書いた。そして、破った。
二日目。俺は、理由を書こうとした。そして、書けなかった。
読みたくない、と書けば、嘘になる。読みたい。そして、読めば、終わる。
三日目。俺は、一行だけ書いた。理由は、書かなかった。
そして、その分を、《りゆうを、かかなかったこと》へ足そうとして——やめた。
これは、職掌の話ではない。俺の話である。
理由は、二つある。
一つ。読みたくない。嘘である。正しくは、こうだ。
読めば、父が何を書こうとしたかが、決まってしまう。
二つ目。二行目と三行目は、空いている。書きかけである。そして、書きかけの文書は、まだ終わっていない。
四十八年前、俺は父の生命の欄を見た。そして、そこは空白だった。そのとき、俺はこう書いた。
《空白は、下げられない》
今度も、同じである。空白は、埋められない。そして、埋めなければ、下がらない。
◆
その夜、俺は木簡を出した。そして、新しい一枚をおろした。そして、表題を書いた。
《門が、閉じられなかった年数》
一行目に、書いた。
白帝城 三十六年
この簿は、誰にも評価されない。戦果が、書けないからだ。
そして、五年後——魏が、来る。
俺は、そこで、郤正を呼んだ。
「令先どの」
「はい」
「この簿を、増やします」
「はい」
「他にも、閉じていない門があるはずです」
郤正は、三月かけて数えた。そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「四十一ございます」
「四十一」
「はい」
「——」
「郡の城門、県の城門、関でございます」
俺は、その数を見た。そして、一つ聞いた。
「いちばん長いのは」
郤正は、答えた。
「梓潼でございます」
「何年」
「——」
「四十七年」
俺は、そこで、動けなくなった。
四十七年。益州を取った年からである。そして、一度も閉じていない。
「令先どの」
「はい」
「一番短いのは」
この人は、答えた。
「漢中でございます」
「何年」
「——」
「二年」
「なぜですか」
郤正は、答えた。
「三年前、姜維どのが演習をなさいました」
「はい」
「——」
「そのとき、閉じております」
俺は、そこで、少し笑った。
演習で、閉じた。そして、零に戻った。
「令先どの」
「はい」
「それは、閉じたことになりますか」
この人は、少し考えた。そして、こう答えた。
「なります」
「なぜですか」
「——」
「閉じ方を、忘れずに済みますゆえ」
俺は、そこで、頷いた。そして、こう命じた。
「令先どの」
「はい」
「十年に一度、閉じてください」
「全部の門を、ですか」
「はい」
「——」
「そして、その年は、零に戻します」
郤正は、筆を止めた。そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「数えるための簿ではございませぬのか」
俺は、答えた。
「数えるためです」
「……」
「そして、閉じられなくなったら、意味がありません」
そのときの俺は、まだ知らない。
五年後、羅憲が、門を閉じないことを。そして、閉じずに、守りきることを。
そして、この簿の一行目が、四十一年になることを。
〈あとがき〉
「二年なら、迷っておられます。三年なら、決めぬと決めておられます」——郤正は、三年目に言うと決めていました。
「瑚璉は、貴うございます。そして、器でございます。器は、一つのことにしか使えませぬ」——半分褒めて、半分こう言っています。《この人は、一つのことしかできない》。
「一度目は、数を見ました。二度目は、書いていないものを見ました」——三十五年、呉の船が一隻も書かれていませんでした。「通るのは、商いでございます。止まるのは、見ております」。
「三月を過ぎれば、半分にいたします。そして、そのときは、私も半分でございます」。
「惜しゅうございます」「はい。そして、惜しいと思う者が、閉じにくくなります」。
三日の内訳——一日目は「持ってこい」と書いて破り、二日目は理由が書けず、三日目に一行だけ書きました。
閉じていない門は、四十一。いちばん長いのは梓潼の四十七年です。
《劉禅文庫 再読『ターンアラウンド・マネジャーの実務』——閉じるかどうかを決める会議から、その店の担当を外す。冷たいやり方だと言われ、その回だけ期日どおりに決まった》
次回、第146話「錦だけが、この国の資である」。




