第141話 降った者を、疑わなかった制度
【延熙十六年|成都】
費禕が、刺された。
正月の宴である。
そして、刺したのは、二年前に降った魏の将だった。
◆
延熙十六年。西暦二五三年である。俺は、四十六になった。
諸葛亮が死んで、二年。そして、費禕が大将軍である。
一年前のことを、先に書いておく。
延熙十五年の冬である。俺は、規定の案を一つ作った。理由は、一つである。
来年、誰かが死ぬ。
俺は、年しか知らない。前世の記憶である。二五三年ごろに、蜀の大将軍が暗殺された。そして、それだけである。
誰に。どこで。どうやって。一つも、覚えていない。
六十四年、俺は死亡年表を持っていた。
関羽は、樊城で死ぬ。張飛は、部下に殺される。龐統は、矢に当たる。
方法が、書いてあった。そして、今回は、書いていない。
俺は、できることを全部やった。
一つ。護衛を増やした。二つ。毒見を置いた。三つ。夜の面会を、制限した。四つ。移動経路を、前日に決めないことにした。
五つ。そして、五つ目を、費禕が断った。
五つ目は、こうである。
【規定案】
大将軍・丞相と同席する宴において、
武器の携行を全員禁ずる
備考
降人の規定ではありません。
全員の規定です。
費禕は、それを読んだ。そして、長いこと黙っていた。
「陛下」
「文偉どの」
「お断りいたします」
俺は、そこで、聞いた。
「理由を」
費禕は、答えた。
「全員の規定と、書いてございます」
「はい」
「そして、全員は、そう読みませぬ」
「どう読みますか」
この人は、答えた。
「降った者が、疑われたと読みます」
俺は、反論した。
「備考に、書いてあります」
「はい」
「降人の規定ではない、と」
「存じております」
そして、こう続けた。
「備考は、読まれませぬ」
三十四年前、俺は広告を書く人から教わった。読まれるのは、最初の一行だけだと思え。惜しんで後ろに取っておいた一文は、誰にも読まれない。
そして今日、いちばん重い一行が、備考にある。
前世で、俺は契約書を何百本も読んだ。そして、事故が起きた案件を後から開くと、必ず、書いてあった。
但し書きに、である。
書いた者は、書いた。読む者は、読まなかった。両方に、落ち度がない。そういう形になっている。
俺は、それを「読まないほうが悪い」と処理してきた。書いてあるのだから、と。
違う。後ろに置いた時点で、書いた側が、読まれないことを選んでいる。
備考へ回すのは、たいてい、こういうときである。本文へ書けば、話が止まる。止めたくない。だから、後ろへ置く。そして、置いたことで、責めは免れる。
免れる、というのが、いちばん悪い。責めを免れる場所があるから、後ろへ回せる。
俺は、そこで、動けなくなった。
三十九年前、龐統が同じことを言った。
「書かねば、十年後に誰かが動かします」
そして、書いても、読まれない。
「文偉どの」
「はい」
「それでも、出します」
費禕は、首を振った。
「お待ちください」
「……」
「二十二年、そうしてまいりませんでした」
そして、こう言った。
「三万六千八百四十人おります」
「はい」
「そのうち、一人も叛いておりませぬ」
「三十三年でございます」
俺は、聞いた。
「来年、叛いたら」
費禕は、答えた。
「そのときは、出されませ」
俺は、そこで、一つ言おうとした。
来年、叛く。そして、あなたが死ぬ。
そして、言わなかった。
言えなかったのでは、ない。言っても、同じだからである。
この人は、二十二年、降った者を末席に置かなかった。そして、自分が死ぬと聞いても、置かない。
三十四年前、関羽に同じことをした。理由を言わずに、旗を降ろせと言った。
そして、あの人は、後にこう言った。
「理由を言われておれば、理で返しておった」
今度は、逆である。理由を言えば、この人は、たぶん、こう答える。
「では、私が死ねば、規定が通りますな」
そして、それを聞いてしまえば、俺は出せなくなる。
俺は、規定案を引っ込めた。そして、木簡に一行書いた。
《文偉どのが、断った》
そして、その下に。
《来年、もう一度出す》
◆
そして、一年が過ぎた。漢寿で、歳首の宴があった。正月の一日。将が、四十人ほど集まった。
そして、費禕は酒を飲んだ。この人は、酒に強くない。
二十二年、呉へ使いに行った。孫権は、必ず酒で試す。そして、一度も失言しなかった。
強かったのではない。飲むたびに、相手にも同じ量を勧めていた。三十年前、初めて呉へ行った日から、そうしている。
報せは、六日で来た。郤正が、持ってきた。四十八である。記録を、二十五年やっている。
「陛下」
「令先どの」
この人の声が、少し違った。二十五年で、初めてである。
「大将軍が」
俺は、竹簡を受け取った。三行である。
《歳首の宴において》
《降人郭循、大将軍を刺す》
《大将軍、薨ず》
俺は、その三行を、長いこと見ていた。
降人。降った者、である。
「令先どの」
「はい」
「郭循とは」
郤正は、竹簡を開いた。
「二年前、西平で降りました」
「はい」
「魏の中郎将でございます」
「名簿には」
この人は、答えた。
「載っております」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
載っている。三十二年前、俺が作った規定である。捕虜処遇規定、八項。
《八 将校も、名簿に記載する》
于禁が、一年半載っていなかった。そして、「名簿に載せてくれ」と言った。
三十二年である。そして、その規定が、今回、一人の名を残した。
郤正は、続けた。
「姓名。出身。年齢」
「はい」
「降伏の日。率いていた者の数」
「全て、書いてございます」
そして、こう付け足した。
「大将軍が、自ら書かれました」
俺は、そこで、動けなくなった。
「なぜ、大将軍が」
郤正は、答えた。
「降人の扱いは、外交の職掌でございますゆえ」
「はい」
「そして、二十二年、同じ人がやっております」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「率いていた者の数は」
この人は、答えた。
「なし、でございます」
俺は、そこで、息を呑んだ。
二十五年前、姜維が同じ欄に、同じことを書いた。そして、欄外に一行足した。
《上に、三十人おりました》
郭循の欄外は、空白である。
三日かかって、詳報が来た。
郭循は、降ってから二年、問題を起こしていない。職を与えられ、左将軍になった。そして、宴の席で、費禕の近くに座っていた。
なぜ近くにいたか。報告に、一行あった。
《大将軍、降人を末席に置かず》
《二十二年、そうでございました》
俺は、そこで、息を呑んだ。
末席に置かない。降った者を、下座に置けば、降った者のままになる。そして、次に降る者が減る。
正しい。
◆
評定を開いた。姜維。五十一。張嶷。五十九。郤正。四十八。そして、馬謖。六十三。越巂から、呼び戻した。
姜維が、先に言った。
「陛下」
「伯約どの」
「降人の扱いを、改めるべきでございます」
「どう改めますか」
この人は、三つ挙げた。
「一つ。三年は、武器を持たせぬ」
「はい」
「二つ。宴の席を、離す」
「はい」
「三つ。降人の昇進に、上限を置く」
正しい。そして、全部効く。俺は、それを知っている。
「伯約どの」
「はい」
「あなたは、降人です」
広間が、静かになった。姜維は、答えなかった。
二十五年前、天水で降った。二十六である。そして、翌日、丞相が呼んだ。
「三年、武器を持たされませんでしたか」
「持たされました」
「翌日に、ですね」
「翌日でございます」
「宴の席は」
姜維は、答えた。
「末席では、ございませなんだ」
「昇進の上限は」
この人は、しばらく黙った。そして、こう答えた。
「大将軍になっております」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「伯約どの」
「はい」
「三つとも、入れていたら」
「あなたは、今、どこにおられますか」
長い沈黙があった。そして、姜維は、答えた。
「……天水の参軍のままでございましょう」
俺は、そこで、もう一つ聞いた。
「伯約どの」
「はい」
「二十五年前、丞相はなぜ翌日に呼ばれたと思いますか」
この人は、答えた。
「三日、野に臥しておりましたゆえ」
「はい」
「そして、三日待てば、四日になると」
「——」
「六年前に、伺いました」
「誰にですか」
姜維は、答えた。
「武備学舎の祭酒に」
「——」
「教材でございます」
俺は、張嶷を見た。五十九である。越巂で、馬謖の下に十五年いた。そして、夷の首領を、三十人降らせた。
「伯岐どの」
「陛下」
「あなたも、降人です」
「存じております」
「三つ入れたら」
張嶷は、答えた。
「越巂の三十人は、一人も参りませなんだ」
広間が、静かになった。降った者が、二人いる。そして、二人とも、この国を支えている。
そして、馬謖が、そこで一つ言った。
「陛下」
「幼常どの」
「三十人の名を、私が書いております」
「はい」
「——」
「そして、そのうち十九人が、いま夷の側で、我らの側に立っております」
「——」
「三つ入れておれば、十九人とも、おりませぬ」
◆
俺は、数えさせた。降人の数である。
【降人 三十四年】
総数 三万六千八百四十
うち、官・将となった者 四百十二
うち、三品以上 十一
叛いた者 一
備考
一は、郭循です。
三万六千八百四十のうち、一である。
「令先どの」
「はい」
「割合を」
郤正は、答えた。
「三万六千八百四十分の一でございます」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
一である。そして、その一が、大将軍を刺した。
評定は、三日続いた。そして、俺は、決めた。
【降人 処遇規定 改訂】
一〜八 従前どおり(改訂しない)
九 降人の職務・席次に、区別を設けない
十 ただし、
大将軍・丞相と同席する宴において、
武器の携行を全員禁ずる
備考
十は、降人の規定ではありません。
全員の規定です。
十である。
「陛下」
姜維が聞いた。
「それでは、防げませぬ」
俺は、答えた。
「防げます」
「……」
「郭循は、刀を持っておりました」
「宴の席で、です」
姜維は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「降人を、疑わぬのですか」
俺は、答えた。
「疑いません」
「……」
「三万六千八百三十九人を、疑うことになりますゆえ」
俺は、そこで、一つ足した。
「令先どの」
「はい」
「備考を、書き直します」
郤正は、筆を取った。そして、俺は言った。
「『この規定は、一年前に一度作られ、大将軍が断った』」
「……」
「そして、『断った理由も、書いておいてください』」
郤正は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「大将軍の判断が、誤りであったと残りますが」
俺は、答えた。
「残ります」
「……」
「そして、正しかったことも、残ります」
「——」
「三万六千八百三十九人が、その証拠です」
郤正は、書いた。そして、備考が、三行になった。
四十四年前、諸葛亮が言った。
《反対した者の名も、賛成した者の名も、同じ簿に載ります》
◆
末席に、一人いた。夏侯覇である。六十一。四年前に降った。そして、四百十三人目である。
郭循は、四百十二人目だった。一つ、前である。
評定の後、この人が残った。
「陛下」
「仲権どの」
「それがしを、お疑いになりませぬか」
俺は、答えた。
「疑っています」
夏侯覇は、そこで顔を上げた。
「……は」
「四百十三人、全員です」
「……」
「そして、数から外しません」
夏侯覇は、長いこと黙っていた。そして、こう言った。
「魏では」
「はい」
「疑われた者は、名簿から消えまする」
「消えれば、翌日には誰も覚えておりませぬ」
俺は、一つ聞いた。
「仲権どの」
「はい」
「消えた方の名を、覚えておられますか」
夏侯覇は、答えた。
「七人」
「……」
「三十年で、七人でございます」
俺は、郤正に命じた。
「令先どの」
「はい」
「七人の名を、伺って書いてください」
「魏の方でございますが」
「消えた名です」
「どこかに、一つあればよい」
そして、こう続けた。
「文偉どのが、二十二年、そうされました」
「はい」
「そして、一人に刺されました」
「それでも、三万六千八百三十九人が、残っています」
郤正は、筆を取った。そして、四年前に作った簿を出した。
《魏にて、名簿より削られた者》
《数——不明》
《備考——消した側は、数えていない》
そして、その下に、七行書いた。
数が、不明から七になった。そして、まだ不明である。
◆
その夜、俺は遺品を受け取った。竹簡が、三本である。少ない。
一本目——呉との会談記録。二十二年分の要点。
二本目——降人の名簿。四百十二人。官になった者である。
そして、三本目。表題が、なかった。
開くと、数字が並んでいた。
《孫権に笑われた回数》
《二百十四》
俺は、そこで、少し笑った。そして、笑いながら、止まらなくなった。
続きがあった。
《怒った回数——〇》
《席を立った回数——〇》
《言い返した回数——三》
三である。二十二年で、三度。最後の頁に、一行あった。
《三度とも、蜀を侮られたときでございます》
俺は、その一行を、長いこと見ていた。
自分を侮られても、言い返さなかった。二百十四回である。
俺は、そこで、一つ思い出した。
三十年前である。初めて呉へ行った日、この人は帰ってきて、こう言った。
「孫権殿から、かなり笑われました」
「怒りませんでしたか」
「笑われることに、国益上の損害はありません」
そして、あのとき、この人は懐から竹簡を出した。印が、三十一並んでいた。腹を立てた数である。
俺は、その竹簡を探させた。そして、遺品の中には、なかった。
「令先どの」
「はい」
「もう一本、あるはずです」
郤正は、三日探した。そして、見つからなかった。代わりに、こう言った。
「陛下」
「はい」
「二本目の名簿の裏に、一行ございます」
俺は、それを見た。
《石は、途中でやめた》
《数えると、増えるゆえ》
俺は、そこで、動けなくなった。
三十年前、翼徳叔父上は「数えねば、止められぬ」と言った。そして、この人は、逆をやった。
数えるのを、やめた。そして、二十二年で三度しか言い返さなかった。
◆
俺は、死亡年表を開いた。
二五三——費禕。書いていない。
理由は、分かっている。年しか、知らなかった。方法が、書けない。そして、書けないものは、記号が描けない。
俺は、筆を取った。そして、二五三年の行を、新しく作った。
費禕 字・文偉 五十六
記号を、描こうとした。丸か。四角か。
俺は、長いこと動かなかった。
丸ではない。変えられた。規定を出していれば、変えられた。
そして、四角でもない。四角は、「やれることを、やった」という意味である。
やれることは、やった。五つ作った。そして、五つ目を、引っ込めた。
俺は、六十四年で、初めて新しい記号を作った。三角である。
理由は、一つだ。丸でも、四角でもないからである。
俺は、その横に、一行書いた。
《やれることは、やった》
《そして、本人が断った》
そして、その下に、もう一行足した。
《断らせたのは、俺である》
理由を、言わなかった。
三十四年前、関羽には言わなかった。そして、あの人は、それでよかったと言った。
今度は、どうだろう。聞ける相手が、もういない。
最後に、俺は木簡を出した。
《渡したもの》
そして、新しい行を書いた。
費禕 字・文偉 五十六
《降った者を、末席に置かなかったこと》
そして、その横に、小さく書き足した。
《三万六千八百三十九人が、残っている》
俺は、そこで、筆を止めた。
一人、足りない。そして、足さなかった。
代わりに、別の簿へ書いた。
《名のない者》
四十六年で、百二十一人になっていた。そして、百二十二人目に、こう書いた。
郭循
名は、ある。そして、この人のことを、誰も書かない。
刺した者は、名簿から消える。魏と、同じである。
だから、書いた。
〈あとがき〉
「備考は、読まれませぬ」——三十九年前、龐統は「書かねば動かされる」と言いました。そして、書いても読まれません。
「言えなかったのではない。——言っても、同じだからである」。理由を言えば、この人は「では、私が死ねば、規定が通りますな」と答えます。それを聞いてしまえば、出せなくなります。
「率いていた者の数は」「なし、でございます」——二十五年前、姜維も同じ欄に同じことを書き、欄外に一行足しました。郭循の欄外は、空白です。
「そして、そのうち十九人が、いま夷の側で、我らの側に立っております。三つ入れておれば、十九人とも、おりませぬ」。
「大将軍の判断が、誤りであったと残りますが」「残ります。そして、正しかったことも、残ります。三万六千八百三十九人が、その証拠です」。
《石は、途中でやめた》《数えると、増えるゆえ》——三十年前、張飛は「数えねば、止められぬ」と言いました。この人は、逆をやりました。
そして、三角という記号。《やれることは、やった》《そして、本人が断った》《断らせたのは、俺である》。
《劉禅文庫 再読『ザ・コピーライティング』——後ろに置いた時点で、書いた側が、読まれないことを選んでいる。責めを免れる場所があるから、後ろへ回せる》
次回、第142話「二度、家を変えられた人」。




