第140話 英雄たちは、国より先に老いていく
【延熙十二年|成都】
西暦二四九年。司馬懿が、病人のふりをやめた年である。
俺は、四十二になった。
◆
評定の席を、数えた。三十年前、この広間には三十人いた。今は、十一人である。
黄忠。二二五年。七十七。
趙雲。二二九年。六十二。
張飛。二三三年。六十八。
馬超。二三五年。六十。
関羽。二三六年。七十七。
法正。同じ年。六十一。
劉巴。二三七年。五十三。
馬良。二四〇年。五十三。
龐統。二四一年。六十三。
陳紀。二四二年。六十二。
魏延。二四四年。六十四。
蔣琬。二四六年。六十一。
董允。同じ年。五十六。
孟達。二四七年。六十八。
そして、王平。去年。五十八。
二十四年で、十五人である。そして、創業の頃から知っている者は、一人になった。
諸葛亮。六十八。
俺の知る歴史なら、十五年前に死んでいる。
「先生」
「陛下」
「評定が、静かになりました」
「はい」
諸葛亮は、羽扇を止めた。そして、こう言った。
「静かなほうが、よろしゅうございます」
「なぜですか」
「声の大きい者が、おりませぬゆえ」
「はい」
「そして、決まるのが速うございます」
俺は、そこで、少し笑った。
翼徳叔父上のことである。十六年前に死んだ。そして、この人は、四十年、あの声に困り続けた。
そして、いま、それがないことを寂しがっている。
「先生」
「はい」
「寂しくありませんか」
諸葛亮は、少し黙った。そして、こう答えた。
「寂しゅうございます」
「……」
「そして、それは私の問題でございます」
そして、こう続けた。
「国の問題では、ございませぬ」
「はい」
「国は、回っております」
俺は、視界を見た。四十四年、誰にも見せていない数字である。
【主人公依存度】
二二三年 六十二%
二三四年 五十一%
二四九年 四十四%
下がっている。そして、去年から、止まっていた。理由が、分からない。
俺は、聞き方を変えることにした。
「先生」
「はい」
「私がいなくなったら、決まらないことがありますか」
諸葛亮は、少し考えた。そして、こう答えた。
「ございます」
「いくつ」
「三つ」
「何でしょう」
この人は、指を折った。
「一つ。太子の廃立」
「はい」
「二つ。北伐の可否」
「三つ。降るかどうか」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
三つとも、規定がある。継承規定。北伐の分類。執行評議。
そして、三つとも、最後は俺が決める。
「先生」
「はい」
「規定を、作りました」
「はい」
「それでも、決まりませんか」
諸葛亮は、答えた。
「決まります」
「……」
「ですが、遅うございます」
「どれほど」
この人は、正確に答えた。
「太子の件で、三月」
「はい」
「北伐で、一年」
「そして、降るかどうかは」
諸葛亮は、そこで一度、言葉を切った。そして、こう言った。
「決まりませぬ」
「なぜですか」
「全員一致を要しますゆえ」
「はい」
「そして、降るときは、必ず割れます」
俺は、そこで、息を呑んだ。
割れる。そして、割れたら、誰かが決めねばならない。
俺は、視界を見た。四十四で、止まっている。そして、理由が分かった。
三つ残っている。制度で下げられるのは、ここまでである。
残りは、割れたときに決める者が要る。そして、それは制度ではない。
「先生」
「はい」
「割れたとき、誰が決めますか」
諸葛亮は、長いこと黙っていた。そして、こう答えた。
「陛下でございます」
「私がいなければ」
「太子でございます」
「太子もいなければ」
「割れたままでございます」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「先生」
「はい」
「割れたままで、国は滅びますか」
この人は、答えた。
「滅びませぬ」
「……」
「そして、決まらぬまま、続きます」
「——」
「それが、いちばん人が死にます」
◆
丞相が、死んだ。七十である。
そして、死ぬ前日まで、質問に答えた。
延熙十四年。西暦二五一年である。俺は、四十四になった。司馬懿が、同じ年に死ぬ。七十二。
春から、臥せっていた。医官が、四人来た。そして、四人とも、同じことを言った。
「お歳でございます」
病名が、ない。七十である。そして、十七年前に死ぬはずだった。
俺は、視界を見た。四十四年、そうしてきた。
【諸葛亮 字・孔明】
年齢 七十
生命危険度 赤
主要因
加齢
制度的介入余地 ——
空白である。二十八年前、父のときと同じだった。
そして、俺は、四度目である。甘夫人。父。関羽。そして、この人。
四十四年で、四度。そして、四度とも、空白の意味は同じだった。
《やれることが、もうない》
丞相府へ行った。庭に、畝が三十二ある。黄夫人が、三十五年耕している。七十である。そして、粟を刈っていた。
「奥方」
「陛下」
「先生は」
この人は、手を止めずに答えた。
「起きておられます」
「眠っておられませんか」
黄夫人は、そこで、手を止めた。そして、こう言った。
「三刻でございます」
俺は、そこで、少し驚いた。
三刻。六時間である。四十四年前、この人は一刻半だった。
「いつからですか」
黄夫人は、答えた。
「十三年前からでございます」
「……」
「職掌が、三項になった年でございます」
◆
部屋へ入った。諸葛亮は、寝台で起きていた。そして、若い官が三人いた。
一人が、質問をしていた。
「丞相」
「うむ」
「漢中の倉を、一つ減らすべきかと存じます」
「なぜだ」
若い官は、数字を挙げた。三つである。維持費。使用率。距離。
諸葛亮は、それを聞いた。
「よい見立てだ」
「はい」
「一つ、抜けておる」
「何でございましょう」
諸葛亮は、答えた。
「減らした後、誰が困る」
若い官は、考えた。半刻である。そして、諸葛亮は待った。
「……近くの村でございます」
「なぜだ」
「倉に、人が集まりますゆえ」
「市が、立っております」
諸葛亮は、頷いた。そして、こう言った。
「それを書いて、出せ」
「はい」
「私は、決めぬ」
俺は、そこで、立ち止まった。
決めぬ。四十四年、この人は決めてきた。十三項を抱え、夜に三十件決裁した。
若い官が三人、出ていった。俺は、寝台の横へ座った。
「先生」
「……陛下」
「決裁を、されないのですね」
諸葛亮は、答えた。
「しておりませぬ」
「いつからですか」
「三月でございます」
「はい」
「臥せってからでございます」
「理由を」
この人は、少し考えた。そして、こう答えた。
「決めれば、正しゅうございます」
「はい」
「そして、次も聞かれます」
「私は、次がございませぬ」
俺は、そこで、何も言えなかった。
「先生」
「はい」
「答えるのは、よいのですか」
諸葛亮は、答えた。
「答えるのは、考え方でございます」
「はい」
「決めるのは、結論でございます」
「結論は、残りませぬ」
十七年前である。五丈原から、生きて帰った。そして、職掌を十三項から三項に減らした。
十七年かけて、最後の三項を手放した。
四十四年前、この人の権限委譲は三だった。そして、俺は一度も、その数字を見せていない。
羽扇が、枕元にあった。糸が、何度も繕ってある。色が、七つ違っていた。
「先生」
「はい」
「羽扇は」
諸葛亮は、こう言った。
「七度、繕っております」
「……」
「三度は、隆中で」
「四度は、成都で」
俺は、そこで、一つ思い出した。
四十二年前である。二つで、俺はこう聞いた。
「だれか、いる」
そして、この人は「おります」と答えた。
そして、その人は、いま庭で粟を刈っている。
夜になった。黄夫人が、茶を置いた。そして、温かかった。
「先生」
「はい」
「茶の味は」
諸葛亮は、少し笑った。そして、こう答えた。
「苦うございます」
「はい」
「そして、温かい」
俺は、そこで、息を呑んだ。
二十八年前である。六か月の休暇を命じた。そして、この人は茶の味が分からなかった。
「先生」
「はい」
俺は、聞いた。
「国は」
「はい」
「私がいなくても動きますか」
諸葛亮は、目を開けた。そして、こう答えた。
「動きます」
「私より遅く」
「少し」
「間違いも」
「少し多く」
「それでも」
「直せます」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「先生」
「はい」
「二年前、三つ残ると仰いました」
「……はい」
「減りましたか」
諸葛亮は、しばらく黙っていた。そして、答えた。
「二つになりました」
「どれが、減りましたか」
「——」
「太子の廃立でございます」
「なぜですか」
この人は、答えた。
「五番目がございますゆえ」
「——」
「全員一致では、廃せませぬ」
「——」
「そして、廃せぬなら、決める者も要りませぬ」
俺は、そこで、少し笑った。
決められない規定を作ったら、決める人が要らなくなった。
六年前、董允が「危のうございます」と言った。そして、この人は、そのとき四百六十二回目を数えていた。
◆
諸葛亮は、しばらく黙っていた。そして、手を少し動かした。羽扇を、探している。
俺は、それを枕元から取って、手へ置いた。指が、柄を握った。力は、入らない。それでも、離さなかった。
「陛下」
「はい」
「四十四年でございます」
「はい」
「長うございました」
俺は、そこで、答えられなかった。
長い。史実なら、五十四で死んだ。二十七年である。そして、四十四年になった。
諸葛亮は、目を閉じた。そして、こう言った。
「ならば」
「はい」
「先帝へ」
「休んだと、報告できます」
俺は、そこで、一つ言った。
「先生」
「……」
「有給は、残っています」
諸葛亮の口が、少し動いた。笑ったのだと、分かった。そして、こう言った。
「何日……」
俺は、答えた。
「数えてあります」
「……」
「四十四年分です」
それが、最後の会話だった。返事は、なかった。そして、羽扇は、握ったままだった。
翌朝、死んだ。眠っている間である。黄夫人が、そばにいた。
窓が、開いていた。春である。庭の粟が、芽を出していた。三十五年、この人が蒔いている。
俺が着いたとき、黄夫人は座っていた。泣いていない。そして、手を握っていた。
「奥方」
「陛下」
「いつ、でございますか」
この人は、答えた。
「明け方でございます」
「お苦しみは」
「ございませなんだ」
「……」
「眠っておられました」
俺は、そこで、一つ気付いた。
羽扇が、胸の上にある。昨夜、握らせた。そして、離れていない。
◆
俺は、一つ聞いた。
「奥方」
「陛下」
「昨夜は、何刻眠られましたか」
黄夫人は、竹簡を出した。十七本目である。そして、最後の行に、一つ書いてあった。
《三刻》
俺は、その二文字を、長いこと見ていた。
三刻。四十四年前、この人は一刻半だった。
「奥方」
「はい」
「それは、何の記録ですか」
黄夫人は、答えた。
「眠られた時間でございます」
「何年分」
「四十五年」
俺は、そこで、動けなくなった。
四十五年である。婚礼の夜からだ。そして、俺は三十五年、数えられていることを知らなかった。
「奥方」
「はい」
「先生は、ご存じでしたか」
黄夫人は、答えた。
「存じておられました」
「……いつから」
「婚礼の夜からでございます」
そして、こう続けた。
「『数えます』と申しました」
「はい」
「そして、四十五年、何を数えているかは聞かれませなんだ」
俺は、竹簡を返した。そして、一つだけ聞いた。
「奥方」
「はい」
「一番少なかったのは、いつですか」
黄夫人は、竹簡を繰らなかった。覚えている。そして、こう答えた。
「建安十三年でございます」
「何刻」
「一刻」
「何日、続きましたか」
「四十一日」
俺は、そこで、動けなくなった。
長坂坡である。そして、赤壁。四十三年前、俺は一歳だった。趙雲に抱かれて、泣かなかった。
「奥方」
「はい」
「一番多かったのは」
黄夫人は、答えた。
「三刻でございます」
「いつですか」
「十三年、続いております」
俺は、そこで、息を吐いた。
十三年。職掌が三項になった年から、死ぬ日までである。一日も、減らなかった。
「奥方」
「はい」
「三刻で、足りましたか」
黄夫人は、長いこと黙っていた。そして、こう答えた。
「足りませぬ」
「……」
「ですが、四十五年で、一番眠られました」
俺は、そこで、もう一つ聞いた。
「奥方」
「はい」
「二十六年前、これを見せられましたね」
黄夫人は、少し驚いた顔をした。そして、こう答えた。
「見せました」
「なぜですか」
「——」
「代わってほしゅうございました」
俺は、そこで、動けなくなった。
二十六年前である。董允が、この竹簡を持ってきた。そして、書式が揃えてあった。
《途中から違う形になれば、後で読む者が、二つの記録だと思いますゆえ》
「奥方」
「はい」
「代われましたか」
黄夫人は、答えた。
「代われませなんだ」
「……」
「そして、あの日から、二人で数えました」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「休昭どのが亡くなった後は」
この人は、答えた。
「次の者が、続けております」
「——」
「三人目でございます」
俺は、そこで、何も言えなくなった。
侍中は、三人にした。そして、そのうちの一人が、これを続けていた。俺は、命じていない。
そして、この人は初めて泣いた。声は、出さなかった。四十五年分の竹簡を、膝に置いたままである。
◆
葬りは、遺言のとおりにした。定軍山である。
山に因って墳を為し、棺は時服を足らしむ。器物を用いず。
遺されたものを、数えさせた。
【諸葛亮 遺産】
桑 八百株
薄田 十五頃
家中に余帛なし
外に余財なし
備考
二十四年前の上表と、
一株も違いません。
備考を書いたのは、郤正である。
二十四年前、この人は自ら上表した。
《臣、成都に桑八百株、薄田十五頃あり》
そして、一株も増えていなかった。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「減ってもいませんか」
郤正は、答えた。
「減っておりませぬ」
「……」
「そして、桑は、二十四年で古うなっております」
「——」
「植え替えた分が、同じ数でございます」
俺は、そこで、理解した。
八百株を、維持していた。増やさず、減らさず。
それは、放っておいてできることではない。四十四年、この人はそれをやっていた。
その夜、俺は死亡年表を開いた。二三四年の行である。縦線が、一本引いてある。
三十五年前、九つのときに発明した。
丸——死ぬ年。変えられなかった。四角——やれることを、やった。そして、縦線。まだ、決めていない。
俺は、筆を取った。そして、二三四年の縦線を、消さなかった。
代わりに、二五一年の行を新しく作った。
諸葛亮 字・孔明 七十
記号を、描こうとした。丸か。四角か。
俺は、長いこと動かなかった。
丸ではない。十七年、延びた。四角でもない。やれることは、まだあった。
三刻である。六時間。そして、人が眠るのは、七時間か八時間だ。最後まで、足りなかった。
俺は、記号を描かなかった。代わりに、縦線を一本引いた。二本目である。
意味は、変わった。二三四年の縦線は、「まだ決めていない」である。そして、二五一年の縦線は——
俺は、その横に、一行書いた。
《まだ、終わっていない》
英雄たちは、国より先に老いた。国は、英雄たちを失うたび、少し遅くなった。少し不器用になった。
だが、止まらなかった。
蔣琬。費禕。董允。王平。馬謖。姜維。関平。張苞。劉封。孟達。
次の人々が、同じ仕事を、同じ方法ではなく、自分たちのやり方で続けた。
◆
「令先どの」
「陛下」
「丞相は、隆中へ帰られましたか」
この人は、記録を見た。そして、答えた。
「一度、でございます」
「……いつ」
「十五年前」
五十五である。俺の知る歴史なら、既に死んでいる歳だ。
「令先どの」
「はい」
「何日、おられましたか」
「三日」
俺は、そこで、少し笑った。
三日である。二十九年離れていて、三日。そして、畑を見て、帰ってきた。
「何をされましたか」
郤正は、記録を読んだ。そして、こう言った。
「畝を、数えられました」
「……」
「三十二あったそうでございます」
「そして、こう申されました」
「『四つ、増えておる』」
俺は、そこで、動けなくなった。
二十九年前、二十八だった。そして、誰かが四つ増やした。
黄夫人ではない。あの人は、成都にいる。
隆中の誰かが、二十九年、続けていた。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「誰が、増やしましたか」
郤正は、答えた。
「記録に、ございませぬ」
「……」
「丞相も、お尋ねになりませんでした」
「なぜですか」
この人は、記録を読み上げた。そして、そこには、こう書いてあった。
《聞けば、その者の畑になる》
《聞かねば、畑のままである》
俺は、そこで、長いこと動かなかった。
四十四年である。そして、この人は、最後まで同じことを考えていた。
名を残すことと、続けることは、別である。そして、続けるほうを選んだ。
最後に、俺は木簡を出した。
《渡したもの》
そして、新しい行を書いた。
諸葛亮 字・孔明 七十
《後継者 三名》
そして、その横に、小さく書き足した。
《そして、隆中の畑を、三日見た》
俺は、そこで、筆を止めた。
三日である。二十九年離れていて、三日。そして、その三日目に、日が昇ってから起きた。
俺は、もう一行書き足した。
《四十五年で、一度だけ》
〈あとがき〉
「静かなほうが、よろしゅうございます。声の大きい者が、おりませぬゆえ」——四十年、あの声に困り続けた人が、いま、それがないことを寂しがっています。
「割れたままで、国は滅びますか」「滅びませぬ。そして、決まらぬまま、続きます。——それが、いちばん人が死にます」。
「決めれば、正しゅうございます。そして、次も聞かれます。私は、次がございませぬ」。
「苦うございます。そして、温かい」——二十八年前、この人は茶の味が分かりませんでした。
「代わってほしゅうございました」「代われましたか」「代われませなんだ。そして、あの日から、二人で数えました」。いまは三人目が続けています。誰も命じていません。
「桑八百株、二十四年で一株も違わず」——植え替えた分が、同じ数でした。増やさず、減らさず。放っておいてできることではありません。
《聞けば、その者の畑になる》《聞かねば、畑のままである》。
《劉禅文庫 再読『組織の不条理』——決まらぬまま続くのが、いちばん人が死ぬ。悪人はおらず、誰も決めず、そして終わらない》
次回、第141話「降った者を、疑わなかった制度」。




