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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第九部 英雄がいなくても、明日は来る

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外伝・蔣琬伝 『いつか、という約束』 (〜246年)


   序 死亡記事


史書には、こう書かれるはずだった。


《先主、大いに怒り、将に罪を加えんとす》


《諸葛亮の請いにより、免るるを得》


——広都(こうと)の県令・蔣琬(しょうえん)は、酔って寝ていたところを劉備(りゅうび)の視察に踏み込まれ、斬られかけた。諸葛亮(しょかつりょう)の取りなしで、罷免だけで済んだ。


    ◆


ここまでは、この世界でも、そのとおりに起きた。


変わったのは、その後である。


史実の蔣琬は、諸葛亮に見出されて国を継いだ。


この世界の蔣琬は——八つの子に、木簡を一枚もらった。


そして、十九年待った。


   第1話 草を抜く男


まず、なぜ酔って寝ていたかを述べねばならない。


蔣琬は、怠け者ではない。もっと厄介なもの——仕事の速すぎる男である。


    ◆


広都の県令の仕事は七つあった。徴税。裁き事。戸籍。道の普請。兵の割り当て。穀の出し入れ。そして七つ目、上からの文書に返事を書くこと。


七つ目が、全体の六割を占めた。


蔣琬は、一年数えた。書いた返事、三百十四通。そのうち何かが起きたもの——二通。


そして、六割をやめた。


空いた時間で何をするか。考えて、思いつかなかった。


だから、草を抜いた。


——溜まった仕事は三日で片づく。草は、抜かねば三日で伸びる。優先順位として、完全に正しい。正しさの方向が、役人として完全に間違っていた。


    ◆


先主の視察の日、蔣琬は昼から酔って寝ていた。


「斬れ」


蔣琬は、目を覚ましていた。寝たふりを続けた。


——起きれば、言い訳をする。そして、言い訳は正しい。正しい言い訳は、人を怒らせる。


寝たまま斬られる覚悟と、起きて弁明する屈辱を天秤にかけ、前者を取った男である。命の懸け方が、どこか草抜きに似ていた。


    ◆


諸葛亮が、止めた。


「蔣琬は、社稷の器にございます。あの者は、百里の才ではございませぬ」


蔣琬は、寝たまま聞いた。そして、思った。


——見られていた。


斬られかけた男の感想として、ずれている。ずれたまま、罷免された。


   第2話 しごとが、すくないのです


成都へ戻って、三月、何もしなかった。


成都の家には、庭がない。今度は、草もなかった。


    ◆


八つの子が、来た。先触れがあった。


蔣琬は、部屋を片づけた。片づけてから、後悔した。


——片づければ、働いていたように見える。そして、働いていなかった。


正直さの置き所が、やはりずれている。


    ◆


子は、部屋を見て、何も言わなかった。代わりに、庭を見た。庭はない。土間である。


「くさが、ありません」


「庭が、ございませぬ」


「ひろとでは、ありましたか」


「ございました」


「ぬかれましたか」


「抜きました」


「なんにちで」


蔣琬は、そこで驚いた。


——日数を聞かれた。抜いた理由でも、範囲でもない。


「七日でございます」


「しごとは、なんにちで、たまりましたか」


「一年でございます」


「かたづけるのに、なんにち、かかりますか」


蔣琬は、正直に答えた。


「三日」


部屋が、静かになった。子は長いこと黙り、こう言った。


「では、しごとが、すくないのです」


    ◆


蔣琬は、返す言葉がなかった。


三十年生きて、怠けたのではないと言われたのは、初めてだった。


「若君。私は、酔って寝ておりました。それは、罪でございます」


「つみです」


即答である。庇う気は、ないらしい。


「そして、しごとがすくないのも、つみです」


「……誰の、でございましょう」


「しごとを、わりあてたひとの」


割り当てた者——先主である。そして、この子はその息子である。


    ◆


子は、木簡を一枚出した。そして、書いた。字が歪んでいる。仮名が半分である。


《いつか、おおきい しごとを わたします》


蔣琬は、受け取った。いつでございましょう、と聞きかけて、やめた。八つが答えられるはずがない。


    ◆


子が帰った後、蔣琬は木簡を見て、一つ気付いた。


——「わたします」と書いてある。「あたえます」ではない。


渡すとは、持っている者がすることである。八つの子は、何も持っていない。それでも、渡すと書いた。


蔣琬は、それを箱へ入れた。


そして、三十二年、開けなかった。


   第3話 十九年、待つ


待った。建安二十年から、建興十二年まで。十九年である。


    ◆


その間に、職は六度変わった。什邡(じゅうほう)の令。尚書郎。東曹掾。参軍。長史。撫軍将軍。


全部、忙しかった。草を抜く暇は、なかった。


蔣琬は、一度も溜めなかった。理由は一つ。


——溜めれば、草を抜くことになる。そして、草を抜けば、見られる。


一度見られて木簡をもらった男は、二度目に見られるものが草であってはならぬと決めていたのである。


    ◆


什邡の令になったとき、上からの文書を数えた。広都では六割。什邡では、二割になっていた。


減っている。誰が減らしたか、蔣琬は聞かなかった。


——聞けば、待っていることになる。


待っている自覚を、この男は自分にすら隠していた。


    ◆


十九年で、一度だけ問われた。諸葛亮に、である。


「公琰どの。待っておられるな」


蔣琬は、答えなかった。


「何を待っておられる」


「存じませぬ。……大きいもの、と伺っております」


「いつ、伺われた」


「十四年前でございます」


諸葛亮は、しばらく黙り、言った。


「長うござるな」


「長うございます。……そして、急いでおりませぬ」


諸葛亮は、少し笑った。


「それが、大きい仕事を渡せる理由でござる」


蔣琬は、意味を聞こうとして、やめた。聞けば答えが出る。答えが出れば、待つ理由がなくなる。


その夜、諸葛亮は自分の竹簡に書いている。


《公琰は、十四年待っておる》


    ◆


待つ男の強さが試されたことも、一度ある。


督農の楊敏(ようびん)が、蔣琬を公然と謗った。


「事を作すこと憒憒たり。まことに前人に及ばず」——仕事ぶりがぼんやりしていて、前任者に遠く及ばない。


周りが、罰しましょうと言った。蔣琬は、こう答えた。


「私は、まことに前人に及ばぬ。……罰する理由がない」


後に楊敏は別の罪で獄に入り、人は今度こそ死ぬと思った。蔣琬は、何もしなかった。楊敏は、死ななかった。


出てきた楊敏は一度だけ蔣琬のところへ来て、何も言わずに帰った。蔣琬も、何も言わなかった。


——言えば、恩になる。恩になれば、この男は次から謗れなくなる。謗る者がいなくなれば、自分が憒憒としているかどうか、分からなくなる。


批判者を、批判の効能ごと保存した男である。


   終章 大きいものでした


建興十二年。五丈原(ごじょうげん)から丞相が生きて帰り、職掌が分けられた。


行政の執行責任が、蔣琬へ来た。


    ◆


勅を受けた日、蔣琬は家へ帰った。四十九である。


箱から、木簡を出した。十九年前のものである。字が薄くなっていて、そして、読めた。


《いつか、おおきい しごとを わたします》


蔣琬は、長いこと見ていた。そして、一つ分からなかった。


——これが、大きい仕事か。


    ◆


翌日、皇帝に会った。二十七になっている。


これが大きい仕事でございますか、と聞こうとして、やめた。


——そうだ、と言われたら、終わる。終われば、次がない。そして、十九年待てたのは、次があったからだ。


待つことが職能になった男は、渡された後まで待ち続けることにしたのである。


    ◆


延熙九年。蔣琬は、六十一で死んだ。


病は三年続いた。そして三年、職を離さなかった。理由を、費禕(ひい)に一度だけ言っている。


「渡されたものは、渡すまで離せませぬ」


    ◆


死ぬ前の月、皇帝が来た。三十九になっている。


「公琰どの。何か、望みはありますか」


蔣琬は、少し考えた。三十一年聞かなかったことを、聞こうとした。聞かなかった。代わりに、言った。


「ございませぬ。……渡していただきましたゆえ」


    ◆


皇帝は、そこで聞いた。


「公琰どの。大きいものでしたか」


蔣琬は、答えられなかった。三十一年、自分が聞くはずだった問いを、先に聞かれたのである。


やがて、答えた。


「存じませぬ。……比べるものが、ございませぬゆえ」


皇帝は、頷いた。そして、何も言わなかった。


    ◆


蔣琬は、最後に一つだけ言った。


「陛下。一つ、伺ってよろしいですか」


三十一年で、初めてである。


「どうぞ」


「八つのとき、何を渡すおつもりでしたか」


皇帝は、長いこと黙っていた。そして、答えた。


「決めていませんでした。……今も、決めていません」


蔣琬は、少し笑った。そして、言った。


「では、まだ待てますな」


    ◆


遺品に、木簡が一枚あった。八歳の字である。


《いつか、おおきい しごとを わたします》


裏に、蔣琬の字で三行。


《三十二年、持っておりました》


《渡されました》


《ただし、大きいものかどうかは、存じませぬ》


    ◆


皇帝は、それを読んだ。そして、少し笑った。


笑いながら、手が止まらなくなった。


——八歳のとき、自分も分かっていなかった。大きい仕事が何かを、決めずに書いた。そして、三十二年、待たれた。


    ◆


皇帝は、木簡を焼かなかった。裏に、一行足した。


《大きいものでした》


《三十二年、待てる者にしか、渡せぬものでしたゆえ》

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