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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第九部 英雄がいなくても、明日は来る

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第138話 数えた人たちが、順に死んだ


【延熙十一年|成都】


八年で、五人死んだ。


全員、数える人だった。


そして、一人も、自分のことを数えていなかった。


    ◆


延熙(えんき)十一年。西暦二四八年である。俺は、四十一になった。


諸葛亮(しょかつりょう)は、まだ生きている。六十七。決裁は、一日十件。そして、十四年、それを守っている。


八年前から、順に死んでいった。


馬良(ばりょう)。二四〇年。五十三。


陳紀(ちんき)。二四二年。六十二。


蔣琬(しょうえん)。二四六年。六十一。


董允(とういん)。同じ年。五十六。


そして、王平(おうへい)。今年。五十八。


英雄では、ない。一人も、戦で名を残していない。


関羽(かんう)のように、旗を降ろしていない。黄忠(こうちゅう)のように、夏侯淵(かこうえん)を斬っていない。


そして、五人とも、数えていた。


    ◆


馬良。二四〇年の冬である。文書を写している途中だった。


白い眉が、全部白くなっていた。三十五年前から、白かった。そして、区別がつかなくなった。


遺品に、竹簡(ちくかん)の束があった。表題が、一つである。


《写した部数》


俺は、それを開いた。三十一年分である。


《建安(けんあん)二十四年 魯粛(ろしゅく)の言——十四部》


《建興(けんこう)元年 音写規定——二十一部》


《建興三年 老兵配置——九部》


《延熙二年 桟道測量——三十七部》


命じた数より、多い。全部、多い。


最後の頁に、合計があった。


《命じられた部数 三百四十一》


《写した部数 千八百六》


《差 千四百六十五》


俺は、その三行を、長いこと見ていた。


断る力、十七。三十五年前の数字である。そして、この人は、命じられていないことを、三十一年やった。


そして、一行あった。


《一人が持っていると、その人が死んだ日に消える》


三十一年前、俺が言った言葉である。十二歳だった。


俺は、そこで、一つ調べさせた。千四百六十五部が、どこへ行ったかである。


郤正(げきせい)が、三月かけた。


「陛下」


「令先どの」


「分かる分だけ、辿りましてございます」


「何部ですか」


この人は、答えた。


「九百二十」


「残りは」


「——」


「消えております」


「なぜですか」


郤正は、答えた。


「送られた家が、絶えましたゆえ」


俺は、そこで、竹簡を置いた。


九百二十である。そして、五百四十五は、消えた。


五人が持っていれば消えない、と俺は言った。そして、十四人でも、三分の一は消えた。


俺は、そこで、一行書かせた。


《次は、二十八部にせよ》


理由は、書かなかった。計算しただけである。


    ◆


陳紀。二四二年の春である。集計を、終えた日だった。


部屋には、窓がない。三十二年、そこにいた。


遺品は、竹簡が一本である。表題がない。そして、数字だけ書いてあった。


《誤記発見 三十二年》


《総数 一万四千七百二十一》


《うち、重大なもの 四百八》


《自分の誤り 四》


四である。三十二年で、四。そして、全部、自分で申告した。


うち、一つ目は、九年黙っていたものである。輸送死の、一桁。そして、残る三つは、制度ができた後だった。


最後に、一行あった。


《一万四千七百二十一のうち》


《私が直したのは、一つもございませぬ》


《直したのは、書いた者でございます》


俺は、そこで、竹簡を置いた。


改革意思、十二。三十二年、動かなかった。そして、一万四千七百二十一の誤りを見つけた。


そして、一つも、直していない。見つけて、書いた者へ返した。三十二年、それだけをやった。


三十二年前、この人は床に座り込んで震えていた。三つの命令が来て、一つを選んで、罰されようとしていた。


そして、あのとき、俺は言った。


「決めなかった人の、責任です」


そして、この人は、その日から三十二年、決めなかった。決める人が、決められるようにした。


    ◆


蔣琬と、董允。二四六年である。同じ年に、二人死んだ。蔣琬が冬。董允が、その三月後。


蔣琬の遺品に、木簡(もくかん)が一枚あった。古い。そして、八歳の字で、一行書いてあった。


《いつか、おおきい しごとを わたします》


俺が、書いた。三十二年前である。広都(こうと)の庭で、草を抜いていた人に。


裏に、書き足しがあった。蔣琬の字である。


《三十二年、持っておりました》


《渡されました》


《ただし、大きいものかどうかは、存じませぬ》


俺は、そこで、少し笑った。そして、笑いながら、手が止まらなくなった。


董允の遺品は、竹簡が一本である。表題が、書いてあった。


《申し上げた回数》


俺は、それを開いた。二十三年分である。


《総数 四百六十二》


《うち、陛下が改められたもの 三百九十一》


《改められなかったもの 七十一》


七十一である。そして、理由が書いてあった。


《七十一のうち、六十八は》


《後に、陛下が自ら改められました》


《残る三は》


《私が間違っておりました》


俺は、そこで、動けなくなった。


三である。二十三年で、三度。そして、自分で数えていた。


俺は、そこで、もう一枚めくった。最後の頁である。そして、そこに、こう書いてあった。


《一つ、数えなかったものがございます》


《陛下が、私を叱られた回数でございます》


俺は、その二行の前で、止まった。


「令先どの」


「はい」


「私は、何度叱りましたか」


郤正は、しばらく黙っていた。そして、こう答えた。


「一度も、ございませぬ」


「……」


「二十三年、一度も」


俺は、そこで、竹簡を置いた。


叱られる職を作って、叱られ続けて、そして一度も叱り返さなかった。


理由は、簡単である。全部、正しかったからだ。


そして、それが、四十年目に効いてきている。


    ◆


王平。今年である。漢中(かんちゅう)で、死んだ。都督(ととく)を、十四年やった。そして、一度も成都へ戻らなかった。


遺品に、竹簡があった。字が、書いていない。絵である。


足跡。波。三本の線。山。川。黒い旗。白い旗。横線。


十字教練の図である。二十三年前、この人が作った。


そして、十ではなかった。数えたら、四十七あった。


「令先どの」


「陛下」


「増えています」


「はい」


「三十七」


「誰が」


郤正は、答えた。


「無当飛軍(むとうひぐん)でございます」


「……」


「二十三年、自分たちで足しております」


俺は、そこで、息を呑んだ。


漢語が通じない一万である。そして、字の読めない男が作った十を、四十七まで増やした。


俺は、そこで、一つ聞いた。


「令先どの」


「はい」


「三十七のうち、何が増えていますか」


郤正は、竹簡を見た。そして、答えた。


「多くは、地形でございます」


「はい」


「谷。崖。渡れる川。渡れぬ川」


「——」


「そして、水場でございます」


俺は、そこで、動けなくなった。


二十年前、街亭(がいてい)で水が断たれた。そして、地図に、井戸は描いていなかった。


そして、いま、絵になっている。


「令先どの」


「はい」


「命令の絵ではないのですね」


この人は、答えた。


「はい」


「——」


「見たものの絵でございます」


十は、命令だった。進む。退く。待つ。


そして、増えた三十七は、全部、見たものである。命令を渡された人たちが、報告を作った。


竹簡の裏に、一行あった。王平の字である。十字しか書けない人の字だ。そして、いまは二百字ほど書ける。


それでも、この一行は、仮名だった。


《ぜんぶ よめる》


四文字である。そして、全部、絵の意味が分かるという意味だった。


俺は、そこで、馬謖(ばしょく)を呼んだ。五十八である。越巂(えっすい)から、三年に一度、戻ってくる。そして、今年が、その年だった。


「幼常どの」


「陛下」


「子均どのの遺品です」


この人は、それを見た。そして、長いこと動かなかった。やがて、こう聞いた。


「陛下」


「はい」


「四十七、でございますか」


「はい」


「——」


「私は、十も読めませぬ」


俺は、そこで、答えられなかった。そして、馬謖は、こう続けた。


「二十年前、私はこの方を、字が読めぬと申しました」


「はい」


「——」


「そして、この方は、四十七になさいました」


「——」


「私は、兵書を全部覚えて、一つも増やしておりませぬ」


    ◆


その夜、俺は木簡を出した。


《渡したもの》


そして、五行書いた。


馬良 五十三


《命じた数より、千四百六十五多く写した》


陳紀 六十二


《一万四千七百二十一の誤り。直したのは、書いた者》


蔣琬 六十一


《三十二年、木簡を持っていた》


董允 五十六


《四百六十二回、申し上げた》


王平 五十八


《十が、四十七になった》


俺は、そこで、筆を止めた。


五人とも、数えていた。そして、五人とも、自分の残り時間を数えていなかった。


俺は、死亡年表を開いた。五人の名は、一つもない。書いていない。


理由は、四十一年前と同じである。史書に、大きく書かれていなかった。母のときと、同じだ。


俺は、筆を取った。そして、五行、新しく作った。記号は、一つも描かなかった。


寿命である。そして、寿命を延ばす方法を、俺は持っていない。


いや。一つだけ、持っていた。そして、五人には、使わなかった。


《十日に一度、休め》


四十一年、俺はそれを一人にだけ言い続けた。そして、その一人は、いま六十七で生きている。


最後に、俺は一行書いた。


《数える人が、五人いなくなった》


そして、その下に。


《数えた記録は、全部残っている》


俺は、そこで、一つ気付いた。


三十一年前、馬良に言った。


「一人が持っていると、その人が死んだ日に消える」


「五人が持っていると、消えない」


俺は、もう一行書いた。


《五人、死んだ》


そして、その下に。


《そして、消えなかった》


そして、その下に、もう一行足した。


《ただし、五百四十五部は消えた》


今日、分かったことである。


五人が持てば消えない、というのは、正しくない。持っている人が死ねば、その分は消える。


消えないのは、記録ではない。写す人が、いる限りである。


    ◆


俺は、郤正を呼んだ。


「令先どの」


「はい」


「写す人を、職にします」


この人は、少し驚いた顔をした。


「今も、書記がおりますが」


「違います」


「——」


「書いたものを、写す人です」


「——」


「そして、写した先を、書き留める人です」


郤正は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。


「陛下」


「はい」


「季常どのが、三十一年やっておられたことでございますな」


「はい」


「——」


「そして、誰も命じておりませんでした」


【写本規定】


一 国の記録は、二十八部を写す


二 写した先を、別の簿に記す


三 絶えた家の分は、五年ごとに補う


四 写す者は、三人以上とする


備考

 四により、写す人が死んでも、写しは続きます。


備考を書いたのは、郤正である。そして、この人は、こう付け足した。


「陛下」


「はい」


「一つ、伺ってよろしいか」


「どうぞ」


この人は、聞いた。


「二十八という数は、何でございましょう」


俺は、答えた。


「十四の、倍です」


「……」


「そして、十四は、五の三倍に近い数です」


「——」


「五では足りなかったので、季常どのが十四にしました」


「——」


「そして、十四でも足りなかったので、倍にします」


郤正は、筆を取った。そして、こう書いた。


《理由——足りなかったため》


《次に足りなければ、また倍にする》


    ◆


その夜、俺は最後にもう一枚、木簡を出した。


《かぞえていた人》


三十二年前に作った。一行目に、黄氏。


《二十年。ねむった時を》


《おれより、十一年ながい》


俺は、その下に、五行書いた。


馬良。陳紀。蔣琬。董允。王平。


そして、その下に、一行足した。


《六人とも、自分を数えていない》


俺は、そこで、手が止まった。


七人である。黄夫人も、入る。


そして、あの人は、二十二年、夫の眠った刻を数えて、自分のことは一行も書かなかった。


俺は、七人目を書こうとして、やめた。代わりに、こう書いた。


《俺も、数えていない》


四十一年である。そして、俺の残り時間を数えている人が、一人いる。


皇后である。そして、あの人は、俺が笑った日を数えている。


去年は、四日だった。



〈あとがき〉


千四百六十五部のうち、辿れたのは九百二十。五百四十五は消えていました。「送られた家が、絶えましたゆえ」。五人が持てば消えない、というのは正しくありませんでした。


「一万四千七百二十一のうち、私が直したのは、一つもございませぬ」——三十二年前、床に座り込んで震えていた人が、その日から三十二年、決める人が決められるようにしました。


《一つ、数えなかったものがございます》《陛下が、私を叱られた回数でございます》——「一度も、ございませぬ。二十三年、一度も」。


十が四十七に増えました。そして増えた三十七は、全部「見たものの絵」でした。谷。崖。渡れる川。そして、水場です。


「私は、兵書を全部覚えて、一つも増やしておりませぬ」。


「二十八という数は、何でございましょう」「五では足りなかったので、季常どのが十四にしました。そして、十四でも足りなかったので、倍にします」。


次回、第139話「魏の内乱は、買い時ではありません」。


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