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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第九部 英雄がいなくても、明日は来る

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第137話 黄皓という鏡


【延熙九年|成都】


董允(とういん)が、死んだ。


その翌月から、一人の男が、俺の前へ立つようになった。


黄皓(こうこう)という。


    ◆


延熙(えんき)九年。西暦二四六年。俺は、三十九になった。


その年、二人が死んだ。蔣琬(しょうえん)と、董允である。


蔣琬は、静かに死んだ。


三十二年前、広都(こうと)の庭で草を抜いていた男である。酔って寝ていて、父に「斬れ」と言われた。


そして、諸葛亮(しょかつりょう)が言った。


社稷(しゃしょく)の器にございます」


「百里の才ではございませぬ」


あのとき、俺は八つだった。そして、聞いた。


「なぜ、酔っていたのですか」


「……仕事が、ございませんでした」


「朝に十、片づきます」


「残る一日を、どういたしましょう」


そして、俺は言った。


「いつか、大きい仕事を、渡します」


「……若君は、おいくつでございますか」


「やっつ」


「まってください」


あの人は、こう答えた。


「……草は、抜いておきます」


三十二年、待たせた。そして、十二年、丞相の仕事をした。


最後に会ったとき、こう言われた。


「陛下」


「うむ」


「草は、抜き終わりました」


    ◆


董允は、違った。この人は、最後まで働いて死んだ。


侍中(じちゅう)である。そして、二十五年、俺を叱り続けた人だった。


董允が侍中になったのは、俺が即位した年である。そのとき、俺は自分でこう命じた。


《皇帝を叱る者を、置く》


そして、この人は、本当に叱った。


俺が後宮の人数を増やそうとしたとき、正面から止めた。俺が狩りへ行こうとしたとき、日程表を持ってきて、決裁の残りを読み上げた。


俺が黙っていると、こう言った。


「陛下。お答えください」


「……」


「黙っておられるのは、答えではございませぬ」


二十五年である。一度も、折れなかった。


そして、この人は、自分の分も数えていた。四百六十二回。うち、俺が改めたのが三百九十一。改めなかったのが、七十一である。


死ぬ三日前、この人は俺を呼んだ。寝台に、起き上がれなかった。


「陛下」


「休め」


「あと、一つ」


この言葉を言う人は、絶対に一つで終わらない。三十七年前、魯粛(ろしゅく)も、同じことを言った。


「申せ」


董允は、言った。


「黄皓を、抑えてください」


俺は、その名を、よく知らなかった。


黄皓。後宮の、宦官(かんがん)である。年は、三十を過ぎたくらいだろうか。小柄で、動きが速い。そして——気が利く。


俺が寒いと思う前に、火桶が来る。俺が疲れたと思う前に、湯が来る。俺が読みたいと思った竹簡が、先に机の上にある。


「あの者が、何かしましたか」


「いいえ」


「では」


董允は、答えた。


「何も、しておりませぬ」


「……」


「ゆえに、危のうございます」


俺は、そのとき、意味が分からなかった。そして、一つだけ聞いた。


「休昭どの」


「はい」


「あの者は、あなたに何かしましたか」


この人は、少し黙った。そして、こう答えた。


「三年、私を避けております」


「……」


「そして、私が来る刻に、湯を替えます」


三年である。そして、この人は、それを数えていた。


董允は、三日後に死んだ。五十六である。諸葛亮より、九つ若い。


そして、この人の死亡年を、俺は覚えていなかった。


    ◆


黄皓の能力画面を、俺は初めて開いた。葬儀の翌日である。


【黄皓】


統率 21

武力 12

知略 74

政務 51

魅力 88


察知    99

先回り   97

自己保全  94

文書    61

実務    43


主君の機嫌の把握 100


固有特性


【先に置く】

 主君が求める前に、求めるものを用意する。


【悪い報せを持たない】

 自分が持ってきた報せで、主君が不快になることを避ける。

 ただし、隠しているという自覚はない。


【鏡】

 主君の考えを反射する。

 自らの意見を、持たない。


総合評価 C


備考

 この人物に、悪意はありません。


主君の機嫌の把握、百。この数字を、俺は初めて見た。


三十九年である。そして、百が付いた項目を、俺は数えるほどしか見ていない。


関羽(かんう)の威圧。趙雲(ちょううん)の危機管理。諸葛亮の制度設計。楊儀(ようぎ)の撤退事務。そして、父の魅力。


全部、国を支えた数字である。そして、今日の百は、違う。


俺は、その画面を、長いこと見ていた。そして、いちばん下の一行を、三度読んだ。


《この人物に、悪意はありません》


ならば、何が危ないのか。分かったのは、二年後だった。


    ◆


延熙十一年。漢中(かんちゅう)から、報告が来た。魏軍の動きに、不審があるという。


俺は、それを読もうとした。そして——机の上に、なかった。


「黄皓」


「はい、陛下」


「漢中の報告は」


「本日は、まだ届いておりませぬ」


「昨日は」


「昨日も」


俺は、尚書を呼んだ。そして、聞いた。


「漢中の報告は、いつ来ましたか」


尚書は、答えた。


「六日前でございます」


俺は、黄皓を呼んだ。


「六日前に、来ていた」


「……はい」


「なぜ、上げなかった」


この男は、床に平伏した。そして、震える声で言った。


「陛下は、その日、蔣琬どのの一周忌でございました」


「……」


「お疲れのご様子でございました」


「……」


「翌日は、費禕(ひい)どのとの評議が長引き」


「……」


「その翌日は、姜維(きょうい)どのの上奏で、お怒りになっておられました」


「それで」


「……」


「それで、六日か」


黄皓は、額を床につけたまま言った。


「……申し訳ございませぬ」


「隠したのか」


「いいえ」


「では、何だ」


この男は、答えた。


「よい日を、待っておりました」


俺は、そこで、動けなくなった。


よい日を、待っていた。


三十九年前。荊州(けいしゅう)から、七日に一度、竹簡が来た。


《荊州、異常なし》


俺は、あのとき、関羽を疑った。隠していると思った。そして、違った。


あの人にとって、本当に異常はなかった。異常の定義が、違っただけだ。


そして今日。この男にとって、六日間は「待っていた」だけである。隠したという自覚が、ない。


俺は、その画面を、もう一度見た。


【悪い報せを持たない】


《ただし、隠しているという自覚はない》


そして、俺は、そこで一つ気付いた。


三十九年前、俺は様式を変えた。「異常なし」と書けないようにした。


今度は、様式の話ではない。書いてある。そして、届かない。


道中の話である。そして、道中に制度を置いたことが、一度もない。


三度目である。


胸の上に落ちてきた本を、俺は二度、開いた。一度目は、勝った直後だった。成功から生まれる傲慢——第一段階。九十万という数の出所を、誰も調べなかった日である。


今日、開いたのは、第三段階だった。


リスクと問題の否認。


その章に書いてあったのは、隠す話ではなかった。もっと静かな話である。


悪い報せは、届いている。数字も、出ている。ただし、良い解釈が先に添えられている。今年だけの話です。あれは特殊な事情です。全体としては、順調です——そして、その解釈は、たいてい正しい。


正しいから、否認だと気付けない。


前世の俺は、その章を読んで、社長に貸そうとした。三度断られた。「うちは大丈夫だ」と言われた。


第三段階の症状が「大丈夫だ」であることは、その本の八十七ページに書いてある。


そして今、俺の前に立っている男は、悪い報せを止めていない。


添えているだけである。そして、添える相手は、俺だ。


一度目は、勝ったときに来た。三度目は、静かなときに来る。


    ◆


俺は、黄皓を叱った。そして、黄門令のまま留めた。罰は、減俸三月である。


姜維は、それを聞いて、成都へ来た。


「陛下」


姜維である。四十半ばになっていた。諸葛亮に見出されて、二十年。そして、この人は、まだ北を見ている。


「伯約」


「黄皓を、退けていただきたい」


「なぜですか」


「あの者は、陛下がお喜びになる話しか、申し上げませぬ」


俺は、そこで、笑いそうになった。


四十年、俺が言い続けてきたことである。


《悪い報せを、先に上げよ》


《報告した者を、罰するな》


《異常なしと書けぬようにせよ》


《反対理由を、記録に残せ》


四十年である。そして、その四十年の制度が、黄門令一人を止められない。


俺は、答えた。そして——自分の口から出た言葉に、驚いた。


「小人にすぎぬ」


姜維の顔が、変わった。


「陛下」


「あの者に、権はない」


「……」


「黄門令である。決裁もできぬ」


「……」


「気にすることはない」


姜維は、しばらく黙っていた。そして、頭を下げた。


「……承知いたしました」


そして、出ていった。出ていく前に、一つだけ言った。


「陛下」


「うむ」


「四十年前、陛下は関羽どのに、こう申されたと伺いました」


「……何を、ですか」


「——」


「『信用と確認は別です』」


そして、この人は、こう続けた。


「本日は、確認をなさいませんでした」


    ◆


俺は、その夜、動けなかった。


言ってから、気付いた。


「小人にすぎぬ」


史実の劉禅が、言った言葉である。そして、俺は今日、同じことを言った。


四十年、俺は制度を作ってきた。


敗因簿。封事。執行評議(しっこうひょうぎ)。反対理由の記録。異常値の即報。戦死者名簿。輸送死亡記録。休暇監察官。


全部、作った。


そして今日、一人の宦官を庇うために、四十年分を、一言で越えた。


俺は、木簡(もくかん)を出した。三十九年分の箱である。


そして、いちばん上に、董允の遺した竹簡があった。三日前に死んだ人が、最後に書いたものである。


俺は、それを開いた。


《陛下へ》


《黄皓は、悪人ではございませぬ》


《ゆえに、追放しても、同じ人物が現れます》


俺は、その一行の前で、止まった。


《なぜかと申せば》


《陛下が、四十年、正しかったからでございます》


《正しい方の周りには、耳あたりのよい者しか残りませぬ》


《間違える方の周りには、直す者が集まります》


《正しい方の周りには、褒める者が集まります》


《陛下》


《これは、黄皓の問題ではございませぬ》


《陛下の問題でもございませぬ》


《四十年、間違えなかったことの、報いでございます》


そして、最後に、一行あった。


《七十一のうち、六十八は、後に陛下が自ら改められました》


《残る三は、私が間違っておりました》


《その三を、書いておきます》


三行、書いてあった。俺は、それを読んだ。


そして、二つは、覚えていた。三つ目は、覚えていなかった。


覚えていないほうが、たぶん、正しかったのだろう。


俺は、その竹簡を、握りしめた。


依存度である。三十九年前、この数字を初めて見た。


《現在の依存度 十一パーセント》


《危険水準 六十パーセント》


《備考 この数値は、あなたが有能であるほど上昇します》


俺は、視界を開いた。そして、久しぶりに、それを呼び出した。


【主人公依存度】


七十一パーセント


十一年前に、六十を超えていた。そして、俺は、それを見ていなかった。


理由は、簡単である。見なくても、国が回っていたからだ。


    ◆


俺は、その夜、姜維を呼び戻した。真夜中である。この人は、まだ成都にいた。


「伯約」


「陛下」


「昼のことだ」


「……はい」


俺は、言った。


「取り消す」


姜維が、顔を上げた。


「陛下」


「小人にすぎぬ、と言った」


「はい」


「あれは、間違いだ」


姜維は、動かなかった。そして、聞いた。


「……お退けになりますか」


俺は、答えた。


「退けぬ」


「では」


俺は、言った。


「董允が、退けても同じ者が来ると書いた」


「……」


「そして、たぶん、正しい」


「では、いかがなさいます」


俺は、答えた。


「あの者の仕事を、変える」


黄皓の職掌を、変えた。後宮の雑務から、外した。代わりに、こう命じた。


《陛下へ上げる報告のうち、陛下が読みたくないものだけを運ぶ》


黄皓は、青ざめた。


「陛下」


「うむ」


「……私は、そのような役には」


「向いておらぬ」


「はい」


「知っておる」


俺は、言った。


「だから、やらせる」


「……」


「そなたは、俺の機嫌を百で読む」


「はい」


「ならば、俺が最も読みたくないものが、百で分かる」


黄皓の動きが、止まった。


「それを、毎日一つ、持ってこい」


「陛下」


「うむ」


「私が、罰せられます」


「罰さぬ」


「……」


「持ってこなかったら、罰する」


俺は、そこで、一つ足した。


「黄皓」


「はい」


「持ってきた数を、書け」


「……はい」


「そして、毎年、公にする」


この男は、そこで、顔を上げた。


「陛下」


「うむ」


「多ければ、私が疎まれます」


「うむ」


「少なければ」


「——」


「怠けたと、思われます」


俺は、答えた。


「そうだ」


「……」


「そして、どちらでも、そなたは損をする」


黄皓は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。


「では、私は、どうすればよろしいので」


俺は、答えた。


「正確に、持ってこい」


「……」


「多くも、少なくもするな」


三十四年前、張飛(ちょうひ)が言った。


「掲げれば、多い者が偉くなる」


そして、今度は、逆である。多くても、少なくても、損をする。


そうすれば、正確になる。たぶん。


【黄皓】


職掌

 後宮雑務 → 不快報告伝達役


固有特性【悪い報せを持たない】

  効果が、反転しました


備考

 この人物は、機嫌の把握が百でございます。

 ゆえに、最も不快な報告を、正確に選別できます。


龐統(ほうとう)が、三十六年前に言った。


「同じ帳が、二つの目的に使える。これを、良い制度と申します」


同じ人間も、二つの目的に使える。そして、それは、良い制度とは呼ばない。


ただの、苦肉である。


    ◆


黄皓は、翌日から、毎日一つ持ってきた。


最初の三月は、震えていた。半年で、震えなくなった。一年で、皮肉を言うようになった。


「陛下。本日の分でございます」


「うむ」


「お顔が、曇っておられます」


「当たり前だ」


「私の職務は、成功でございますな」


この男は、悪人ではない。そして、いい人でもない。ただ、置かれた場所を、正確に写す。


鏡である。そして、俺は四十年、自分の顔を見たことがなかった。能力画面が、自分にだけ出ないからだ。


一年後、数が出た。


【不快報告 初年度】


持参 三百四十一件


うち

 陛下が対応 二百八十

 保留    四十九

 黙殺    十二


十二である。俺が、黙って何もしなかったものだ。


「黄皓」


「はい」


「十二を、書け」


「……はい」


「そして、来年、もう一度持ってこい」


この男は、そこで、少し笑った。そして、こう言った。


「陛下」


「うむ」


「同じものを、二度持って参れと」


「そうだ」


「——」


「三度目は」


俺は、答えた。


「三度、持ってこい」


三十九年前、母が三度言った。そして、諸葛亮は筆を置いた。


この男は、それを知らない。そして、たぶん、そのほうがいい。


その夜、俺は木簡に一行書いた。


《周りが優しくなったら、危ない》


そして、その下に。


《それは、こちらが間違えなくなったからだ》


そして、最後に。


《だから、まちがえる仕事を、つくる》


    ◆


董允の後任の侍中は、三人にした。一人では、足りない。


二十五年、一人でやらせて、五十六で死なせた。同じことを、二度はしない。


そして、三人には、こう命じた。


《陛下を叱ることを、職務とする》


《叱らなかった月は、考課を下げる》


姜維が、それを聞いて、言った。


「陛下」


「うむ」


「叱ることを、課目になさいますか」


俺は、そこで、少し笑った。


三十年前、犍為(けんい)郡で、課目が二千四百戸を消した。そして、俺はこう書いた。


《測ると、測ったものが増える》


《測らないものは、壊れる》


《だから、壊れるほうも測る》


《それでも、三つ目が壊れる》


俺は、答えた。


「壊れる」


「はい」


「そのときは、四つ目を測る」


「終わりませぬな」


俺は、姜維を見た。そして、言った。


「終わらぬ」


「……」


「それが、仕事だ」


姜維は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。


「陛下」


「うむ」


「では、北伐も」


「——」


「終わりませぬか」


俺は、答えた。


「終わりません」


「……」


「そして、始めなくても、終わりません」


    ◆


翌年、子度どのが死んだ。六十八である。


新城(しんじょう)太守(たいしゅ)のまま、である。二十一年。そして、一度も離れなかった。


報せは、十日で来た。そして、遺されたものが、添えてあった。


木簡が、一枚。古い。そして、俺の字だった。


《正しく呼ばれていない者》


孟達(もうたつ) 字・子度(旧・子敬)


三十三年前、俺が書いた。七歳である。そして、渡した覚えが、ない。


郤正(げきせい)どの」


「陛下」


「これは、いつ」


この人は、記録を見た。そして、答えた。


建興(けんこう)四年でございます」


二十一年前。転職願を出した年である。


「令先どの」


「はい」


「誰が、渡しましたか」


郤正は、しばらく黙っていた。そして、こう答えた。


「私でございます」


「……」


「陛下が、写しを取れと命じられました」


「——」


「そして、送り先を、私に決めさせられました」


俺は、そこで、思い出した。命じた。そして、名を教えるなと言った。


「令先どの」


「はい」


「他にも、送られましたか」


この人は、答えた。


「はい」


「何人ですか」


「——」


「十四人でございます」


俺は、そこで、動けなくなった。


十四である。三十四年前、馬良(ばりょう)が同じ数を作った。そして、この人は、それを知らない。


……いや。


「令先どの」


「はい」


「なぜ、十四ですか」


郤正は、答えた。


「季常どのの記録に、そう書いてございました」


「……」


「『五では、足りぬ』と」


俺は、そこで、何も言えなくなった。


三十四年前の一行が、二十一年前に読まれ、そして今日、この人の口から出た。


記録というのは、そういうものらしい。


そして、木簡の裏に、書き足しがあった。孟達の字である。


《建興四年》


《願いを出した》


《受け取られた》


《そして、留まれと言われなかった》


俺は、その四行目で、手が止まった。


留まれと、言わなかった。


二十一年前、俺はこの人に、こう答えた。


「行かれますか」


「行かれるなら、引き継ぎを三月」


そして、この人は、行かなかった。


裏の続きが、あった。


《三十三年、字を間違えられた》


《数えた》


《四百十二回》


《そして、一人だけ、一度も間違えなかった》


俺は、その四行を、長いこと見ていた。


四百十二である。そして、董允が数えた回数と、一つしか違わない。


たぶん、偶然である。そして、俺は、この偶然も、覚えておくことにする。


《渡したもの》


孟達 字・子度 六十八


《新城が、二十一年、蜀の領土であったこと》


《そして、字を間違えられた数——四百十二》



〈あとがき〉


「三年、私を避けております。そして、私が来る刻に、湯を替えます」——董允は、それも数えていました。


「主君の機嫌の把握、百」。百が付いた項目は、数えるほどしかありません。関羽の威圧。趙雲の危機管理。諸葛亮の制度設計。楊儀の撤退事務。父の魅力。——全部、国を支えた数字です。そして、今日の百は、違います。


「書いてある。そして、届かない。——道中の話である。そして、道中に制度を置いたことが、一度もない」。


「本日は、確認をなさいませんでした」——四十年前、関羽に言った言葉です。


「多くても、少なくても、損をする。——そうすれば、正確になる。たぶん」。


「では、北伐も、終わりませぬか」「終わりません。そして、始めなくても、終わりません」。


そして四百十二。董允が数えた回数と、一つしか違いません。


《劉禅文庫 三読『衰退の五段階』——第三段階は、隠すことではない。良い解釈を先に添えることである。そして、その解釈は、たいてい正しい》


次回、第138話「数えた人たちが、順に死んだ」。


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