第136話 七人を、七通りに育てる
【延熙九年|成都】
職掌を分けた。
そして、三つ、空欄が残った。
六つと、四つと、二つである。
◆
延熙九年。西暦二四六年である。俺は、三十九になった。
継承規定を作って、一年。そして、蔣琬と董允が、同じ年に死んだ。
蔣琬が冬。董允が、その三月後。
三十二年前、広都の庭で草を抜いていた人と、二十三年、俺を叱った人である。
そして、二人とも、後任を残していた。
郤正が、竹簡を持ってきた。四十一である。記録を、十八年やっている。
「陛下」
「令先どの」
「空欄が、三つございます」
俺は、それを見た。
劉諶——七つ。劉恂——五つ。劉璩——三つ。
「令先どの」
「はい」
「急ぎますか」
郤正は、答えた。
「急ぎませぬ」
「では」
「——」
「ですが、決めておかねば、周囲が決めます」
俺は、そこで、手が止まった。
周囲が決める。三十一年前、龐統が同じことを言った。
「書かねば、十年後に誰かが動かします」
そして、あの男は、五年前に死んだ。そして、この人が、同じことを言っている。
制度は、こうやって残るのだろう。言葉が、人を替えて出てくる。
◆
俺は、七人を見ることにした。一人ずつ、である。
三十九年前、黄忠が四千百二十七人にやったことである。九十日、毎日四十六人。
俺は、七人である。そして、七日かけた。一日に、一人だ。
黄忠より、四十六倍、丁寧である。そして、たぶん、あの人のほうが、正確だった。
三つ、聞いた。
一つ。何ができるか。二つ。何がしたいか。そして、三つ目。何が、嫌か。
三つ目を、変えた。黄忠は「誰に使われたかったか」と聞いた。四十年使われなかった者への問いである。
七人は、まだ何もしていない。そして、嫌なことなら、七つでも持っている。
一日目。劉璿。二十三。太子である。去年、立てた。
この子は、三つとも即答した。
「何ができますか」
「文書を読むこと」
「何がしたいですか」
「太子の務めを」
「何が嫌ですか」
「ございませぬ」
俺は、そこで、少し黙った。
三つとも、正しい。そして、三つとも、自分の言葉ではない。
「璿」
「はい」
「嫌なことが、ありませんか」
この子は、答えた。
「太子に、好き嫌いはございませぬ」
俺は、そこで、一つ理解した。
去年、太子に立てた。六年、遅れた。そして、立てた途端、この子は答えなくなった。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「璿」
「はい」
「誰に、そう習いましたか」
この子は、少し黙った。そして、答えた。
「……師傅に」
「はい」
「——」
「そして、皆に」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
六年、空いていた。そのあいだ、この子の周りには、教える人が集まった。
そして、太子になった日から、その人たちが、答え方を教えた。
俺が、六年、決めなかったからである。
◆
二日目。劉瑤。十九。涪陵へ出している。地方である。三月に一度、報告が来る。
「何ができますか」
この子は、少し考えた。そして、こう答えた。
「人の顔を、覚えます」
「何人」
「涪陵の吏は、全員」
「何人おられますか」
「百八十七人」
俺は、そこで、顔を上げた。数えている。
「名も、覚えていますか」
「——」
「百八十七、覚えております」
「なぜですか」
この子は、答えた。
「名で呼べば、話しますゆえ」
俺は、そこで、少し笑いそうになった。そして、聞かなかった。
たぶん、俺の木簡を見たのではない。三月に一度、成都へ来る。そして、俺が誰かを名で呼ぶのを、聞いている。
「何がしたいですか」
劉瑤は、答えた。
「涪陵に、おりたく存じます」
「成都では、なく」
「はい」
「何が嫌ですか」
この子は、即答した。
「兄と比べられることでございます」
俺は、そこで、何も言えなかった。そして、一つだけ聞いた。
「瑤」
「はい」
「誰が、比べますか」
この子は、答えた。
「皆が」
「……」
「そして、父上も」
俺は、そこで、動けなくなった。
比べていた。去年、広間で言った。
「長子です。そして、それだけです」
十九である。そして、それは、涪陵にも届いていた。
◆
三日目。劉琮。十七。祭祀である。礼を覚える職だ。
そして、この子は、三つとも答えなかった。
「琮」
「……」
「何ができますか」
「……存じませぬ」
俺は、待った。半刻である。そして、この子は、こう言った。
「父上」
「はい」
「祭祀は、誰がやっても同じでございます」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
正しい。礼は、決まっている。順も、言葉も、着るものも。そして、誰がやっても同じである。
「琮」
「はい」
「同じでは、ありません」
この子は、顔を上げた。俺は、続けた。
「誰がやっても同じことを、三十年続けられる人は、少ないのです」
三十年、命令照合役をやった人がいる。四年前に死んだ。改革意思、十二。そして、誤記を一万四千七百二十一見つけた。
「父上」
「はい」
「その方は、退屈ではございませんでしたか」
俺は、そこで、答えられなかった。三十一年、聞かなかったからだ。
そして、正直に答えた。
「分かりません」
「……」
「聞きませんでした」
劉琮は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「では、私が、聞かれる側になります」
「……」
「三十年後に、誰かが聞いてくださいませ」
◆
四日目。劉瓚。十五。記録である。去年、本人が望んだ。そして、俺の木簡を見た子だ。
「瓚」
「はい」
「何ができますか」
この子は、答えた。
「写すこと」
「速いですか」
「遅うございます」
「では、何が得意ですか」
「間違いを、見つけること」
「何がしたいですか」
この子は、少し黙った。そして、こう言った。
「父上の簿を、続けとうございます」
俺は、そこで、息を呑んだ。
続ける。継ぐ、ではない。
「何が嫌ですか」
劉瓚は、答えた。
「父上が、夜に書かれることでございます」
「なぜですか」
この子は、こう言った。
「昼に書けば、誰かが手伝えますゆえ」
二十年前、俺は木札を六つ並べて、全員に同じ盤を見せた。指揮とは、全部を決めることではなく、全員に同じものを見せることだ、と。
見せられるのは、置いてあるものだけである。
夜に書いたものは、誰も見ていない。翌朝、机の上には結果だけがある。結果だけを見た人は、何も学べない。途中が、そこにないからである。
前世で、俺は深夜に資料を仕上げていた。朝、部下は完成品を受け取った。感謝された。そして、二年経っても、誰も同じものを書けるようにならなかった。
当たり前である。俺は、書き上がったものしか見せていなかった。
三十九年、この人は夜に書いてきた。理由は、たぶん、そのほうが速いからである。
そして今日、昼に書くと言った。速さを捨てた、ということだ。
昼に書けば、誰かが横で見る。見た者が、口を出す。口を出されれば、遅くなる。
遅くなった分は、簿に書く。書かなければ、いつか誰かが「昔は速かった」と言う。
俺は、そこで、何も言えなくなった。
三十九年、夜に書いてきた。そして、一度も、手伝わせなかった。
理由は、簡単である。見せられないものを、書いていたからだ。
そして、見せられないものは、十九行しかない。残りは、全部、見せられる。
「瓚」
「はい」
「明日から、昼に書きます」
この子は、少し驚いた顔をした。
「よろしいのでございますか」
「はい」
「——」
「ただし、一枚だけ、夜に書きます」
「何でございましょう」
俺は、答えた。
「理由を、書かなかったことの簿です」
「……」
「それだけは、見せられません」
劉瓚は、頷いた。そして、こう聞いた。
「父上」
「はい」
「何行、ございますか」
俺は、答えた。
「十九です」
「——」
「そして、増やさないようにしています」
◆
五日目。劉諶。七つ。空欄の一人目である。
そして、部屋へ入ってくると、拝礼した。七つで、正確である。
「諶」
「はい」
「何ができますか」
この子は、答えた。
「怒ること」
俺は、そこで、少し驚いた。
「誰に、怒りますか」
「嘘をつく者に」
「何がしたいですか」
この子は、即答した。
「嘘を、見つけとうございます」
「何が嫌ですか」
劉諶は、答えた。
「皆が、黙っていることでございます」
俺は、そこで、長いこと黙っていた。
七つである。そして、二十三年前、俺は同じ職を作った。
《皇帝を叱る者を、置く》
「諶」
「はい」
「一つ、聞きます」
「——」
「皆が黙っているとき、あなたはどうしますか」
この子は、答えた。
「言います」
「一人でも、ですか」
「はい」
俺は、そこで、もう一つ聞いた。
「言って、誰も聞かなかったら」
劉諶は、少し考えた。そして、こう答えた。
「もう一度、言います」
「それでも、聞かなかったら」
「——」
「三度目を、言います」
俺は、そこで、動けなくなった。
三度である。
三十七年前、母が同じことをした。同じ言葉を、同じ調子で、三度。そして、諸葛亮は、筆を置いた。
この子は、それを知らない。母は、この子が生まれる三十年前に死んでいる。
俺は、そこで、一つ決めた。
侍中である。董允が、去年死んだ。二十三年、俺を叱った人だ。四百六十二回である。
そして、俺は書かなかった。理由は、二つある。
一つ。七つである。十年、待たねばならない。
二つ。皇子を侍中にすれば、叱れなくなる。
俺は、代わりに、こう書いた。
劉諶 七つ ——未定
備考 決めない。理由は、別の簿に書く。
◆
六日目と、七日目。
劉恂は、五つである。三つとも、答えられなかった。そして、最後に、一つ聞いてきた。
「父上」
「はい」
「明日も、来てよろしいですか」
俺は、答えた。
「来てください」
そして、この子は、翌日も来た。七日目である。劉璩の日だった。
劉璩は、三つである。部屋へ入ってきて、寝た。
そして、劉恂が、その横に座って、こう言った。
「父上」
「はい」
「弟は、寝ております」
「はい」
「——」
「私が、代わりに答えます」
俺は、そこで、少し笑った。そして、聞いた。
「では、弟は何が嫌ですか」
劉恂は、答えた。
「起こされることでございます」
俺は、二人の欄に、同じことを書いた。未定。
そして、備考に、こう書いた。五年後、もう一度聞く。
ただし、劉恂の欄には、一行足した。
《弟の代わりに、答えた》
◆
職掌表が、できた。
【皇子 職掌 改訂】
劉璿 二十三 太子
劉瑤 十九 涪陵(継続)
劉琮 十七 祭祀(継続)
劉瓚 十五 記録(郤正の下)
劉諶 七 未定
劉恂 五 未定
劉璩 三 未定
備考
三名は、決めません。
五年後に、もう一度聞きます。
「陛下」
郤正が聞いた。
「三つ、空いたままでございます」
「はい」
「空けておくことに、理由がございますので」
俺は、答えた。
「あります」
「……」
「七つの子に、職を与えると」
「十七になったとき、変えられません」
郤正は、頷いた。そして、こう言った。
「璿さまは」
俺は、そこで、手が止まった。
二十二で、太子にした。去年である。そして、今年、三つとも答えなくなった。
俺は、答えた。
「遅かったのです」
「……」
「六年、遅れました」
「そして、遅れた分、周囲が決めていました」
郤正は、そこで、一つ聞いた。
「陛下」
「はい」
「では、遅れたのを、どう埋められますか」
俺は、答えられなかった。そして、しばらくして、こう言った。
「埋めません」
「……」
「そして、璿には、その話をします」
郤正は、少し驚いた顔をした。
「太子さまに、でございますか」
「はい」
「——」
「『私が六年遅れた。だから、あなたは答え方を習った』と」
郤正は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「……それは、お辛うございます」
「はい」
「——」
「そして、言わねば、あの子は自分のせいだと思います」
◆
その夜、俺は木簡を出した。
《りゆうを、かかなかったこと》
三十一年で、十九行である。俺は、二十行目を書いた。
劉諶——未定
《侍中に向いている》
そして、その下に。
《書けば、叱れなくなる》
俺は、そこで、筆を止めた。
三十一年前、馬岱に同じことをした。後ろに立つ、という職である。
そして、本人にも、馬超にも言わなかった。そして、あの人は、たぶん気付いていた。
俺は、そこで、一行足した。
《この子も、たぶん、気付く》
そして、その下に。
《気付いたら、その日に、書く》
俺は、別の木簡を出した。新しい一枚である。そして、表題を書いた。
《七人に、聞いたこと》
七行、書いた。
劉璿——《嫌なことが、ないと答えた》
劉瑤——《兄と比べられるのが、嫌だと答えた》
劉琮——《誰がやっても同じだ、と答えた》
劉瓚——《父が夜に書くのが、嫌だと答えた》
劉諶——《皆が黙っているのが、嫌だと答えた》
劉恂——《弟の代わりに、答えた》
劉璩——《寝た》
俺は、その七行を、長いこと見ていた。
七通りである。そして、一人も、似ていない。
俺は、最後に一行書いた。
《似た者を、探していた》
そして、その下に。
《一年、無駄にした》
そして、その下に、もう一行。
《七年、無駄にした》
太子を六年遅らせた分と、この一年である。
◆
翌朝、俺は劉璿を呼んだ。そして、話した。
六年、決めなかったこと。そのあいだに、周囲が答え方を教えたこと。そして、俺が「長子です。それだけです」と広間で言ったこと。
この子は、黙って聞いていた。そして、最後に、こう聞いた。
「父上」
「はい」
「では、私は、何と答えればよろしいのですか」
俺は、答えた。
「分かりません」
「……」
「そして、それを、答えてください」
劉璿は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「分かりませぬ」
「はい」
「——」
「それが、答えでございますか」
「はい」
俺は、頷いた。そして、こう続けた。
「四十年、この国で『分かりませぬ』と言い続けている人がいます」
「どなたでございますか」
俺は、答えた。
「譙周どのです」
「——」
「そして、あの人は、まだ一度も間違えていません」
そして、十七年後。五つ目の子が、降伏に反対することになる。二十四である。
そして、皆が黙っていた。そのとき、この子は、三度言う。
そして、俺は、それを聞くことになる。
〈あとがき〉
「書かねば、十年後に誰かが動かします」——三十一年前、龐統が言いました。そして五年前に死に、いま郤正が同じことを言っています。制度は、こうやって残るのかもしれません。
「一日に、一人だ。黄忠より、四十六倍、丁寧である。そして、たぶん、あの人のほうが、正確だった」。
「誰が、比べますか」「皆が。そして、父上も」——去年、広間で言った一言が、涪陵まで届いていました。
「その方は、退屈ではございませんでしたか」——三十一年、聞きませんでした。そして「では、私が、聞かれる側になります。三十年後に、誰かが聞いてくださいませ」。
「昼に書けば、誰かが手伝えますゆえ」。三十九年、夜に書いてきました。見せられないものは、十九行だけです。
「もう一度、言います」「それでも、聞かなかったら」「三度目を、言います」——三十七年前、母が同じことをしました。この子は、それを知りません。
《劉禅文庫 再読『チーム・オブ・チームズ』——見せられるのは、置いてあるものだけである。夜に書いたものは、途中がそこにない》
次回、第137話「黄皓という鏡」。




