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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第八部 英雄たちが、渡していく

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第133話 姜維に、北伐を任せません


【延熙二年|成都】


延熙(えんき)二年。西暦二三九年である。


一人の将が、二十八枚の木簡(もくかん)を持ってきた。


姜維(きょうい)。字を伯約。三十七である。


四年前、俺はこの人に「二十年待て」と言った。そして、四年経った。


    ◆


この人は、天水の出である。


十一年前、第一次北伐の際、魏側の将として街道防衛に当たっていた。だが、蜀軍と接触したことを疑われ、魏の城門を閉ざされた。戻る場所を失い、蜀へ降った。


本人が積極的に主君を裏切ったというより、先に主君側から捨てられた人物である。


そして、三日、野に臥した。


諸葛亮(しょかつりょう)は、その才能を早くから評価していた。だが、俺はすぐに大軍を預けなかった。


降伏者の受け入れ制度に従い、家族関係、人脈、過去の命令、魏との接触、全てを確認。


小部隊。斥候。地形調査。王平(おうへい)の補佐。趙雲(ちょううん)の撤退訓練。複数の職務を経験させた。


十一年である。そして、四年前から、桟道(さんどう)の整備をやっている。待つ仕事だ。


二十八枚の木簡。表題。


《北方長期戦略》


第一段階——羌(きょう)族との関係構築。


第二段階——隴右(ろんゆう)豪族への工作。


第三段階——魏の内政混乱時に複数方面から進軍。


第四段階——長安への圧力。


第五段階——関中支配。


よくできている。細かい。敵の反応。輸送経路。人材。季節。全て、書かれている。


そして、二十八枚のうち、九枚が輸送のことだった。


四年前、俺はこの人に一万九千八百という数を見せた。そして、この人は、九枚書いてきた。


俺は、最後の一枚まで読んだ。


「伯約どの」


「はい」


「撤退条件は、どこですか」


姜維が、止まった。


「各作戦には、撤退判断を」


「具体的には」


「戦況に応じ」


「誰が決めます」


「総指揮官が」


「総指揮官は」


姜維は、少し迷った後、こう言った。


「私が務めたいと考えております」


能力画面が、開く。


【姜維 字・伯約】


統率 94

武力 91

知略 96

政務 76

魅力 88


山岳戦   99

異民族交渉 94

長期戦略  97

現場適応  91

兵站理解  73

撤退判断  49


漢室復興意思 100

諸葛亮への敬慕 100

自己犠牲許容  96

他者犠牲許容  71

北伐継続意思  測定上限超過


固有特性


【失った故郷を、天下で取り戻す】

 個人的な喪失を大義へ変え、戦争継続の動機とする。


【孔明の次になりたい】

 諸葛亮の使命を、自分が継がなければならないと考える。


【止まれば裏切りになる】

 戦いを止めることを、

 魏に残した家族や漢室への裏切りと感じやすい。


危険だった。非常に優秀。非常に真面目。非常に危険。


諸葛亮の若い頃にも、似ている。そして、一つだけ違う。


諸葛亮には、隆中(りゅうちゅう)があった。帰る場所である。


三十二年前、俺は優先順位のつけ方を思い出した。すべてをやろうとする人間は、何も成し遂げられない。だから、いちばん大事なものを選び、残りは捨てろ。


そのとおりにやって、母を後回しにした。


あのとき学んだのは、選ぶことの代償だった。今日、その裏側が見えている。


選ぶには、選ばない先が要る。


捨てるというのは、捨てた先があるということである。畑がある。書斎がある。帰れば、そこに戻れる。だから、やめられる。


前世で、俺は仕事を捨てられなかった。深夜二時四十七分まで、捨てなかった。理由は、意志ではない。戻る先を、一つも持っていなかったからである。家はあった。帰っていなかった。


この人には、帰る場所がない。母は、魏にいる。郷も、魏にある。


帰らぬと書いた人は、止まれない。止まれば、帰るしかなくなるからだ。


だから、七項目目が要る。


この人には、ない。


    ◆


「丞相は」


姜維が言った。


「中原回復を果たせぬまま、前線を退かれました」


言葉に、責める意図はない。尊敬している。だから、自分が継ぐべきだと思っている。


「私は」


姜維は続ける。


「丞相の志を、終わらせたくありません」


「丞相の志とは何ですか」


「漢室復興です」


「それだけですか」


姜維が、答えに詰まる。


白帝城(はくていじょう)で、父が諸葛亮へ言った。一人で背負うな。休め。生きろ。


そして、五丈原から、諸葛亮は生きて帰った。それも、父から受け継いだ志の一部である。


「伯約どの」


俺は尋ねた。


「魏へ残したご家族を、思いますか」


姜維の顔が、固くなる。


「はい」


母。親族。故郷。自分だけが蜀へ来た。


俺は、そこで、一つ聞いた。


「母君は、まだ」


この人は、答えた。


「十一年前に、亡くなりました」


「……」


「知ったのは、七年前でございます」


「——」


「四年、知らずにおりました」


俺は、そこで、何も言えなくなった。


十一年前、俺は法正(ほうせい)に生死を確かめさせた。そして、四文字が返ってきた。


《生きておられます》


そして、それを、この人に送らなかった。


送れば、帰りたくなる。そして、帰れない。俺が、そう決めた。


「伯約どの」


「はい」


俺は、聞いた。


「あのとき、母君から書状が来ましたね」


姜維は、少し驚いた顔をした。


「……ご存じでしたか」


「はい」


「何と、返されましたか」


この人は、答えた。そらんじていた。


「『良田は百頃あれど、一畝にあらず』」


「はい」


「『但だ遠志あるのみ、当帰にあらず』」


当帰という薬草がある。「当に帰るべし」と、読める。そして、この人は「帰らぬ」と返した。


「伯約どの」


「はい」


「あれは、何のために書かれましたか」


姜維は、長いこと黙っていた。そして、こう答えた。


「……母のためでは、ございませぬ」


「では」


「——」


「自分のためでございます」


「——」


「帰らぬと書けば、帰れなくなりますゆえ」


    ◆


俺は、そこで、核心へ入った。


「伯約どの」


「はい」


「自分が魏を倒せば」


「——」


「置いてきたことを、正しかったと思えるのではありませんか」


姜維の目が、動いた。


「私は」


「家族を捨てたつもりは」


「分かっています」


城門を閉ざされた。戻れなかった。それでも、自分だけ生きた罪悪感は残る。


「その罪悪感を」


俺は言った。


「天下統一で返そうとしないでください」


姜維は、初めて感情を露わにした。


「では、私は何のために」


「国のために働いてください」


「同じです」


「違います」


自分の痛みを消すための戦争は、終了条件がない。


家族が戻るまで。故郷を取るまで。魏が滅びるまで。漢が天下を統一するまで。どこまでも、続く。


「伯約どのの志を」


俺は言った。


「否定していません」


「では」


「一人へ任せません」


姜維の顔に、失望が浮かぶ。


「私には」


「大軍を率いる資格がないと」


「今はありません」


明確に答えた。


「なぜです」


「撤退計画がないからです」


「戦う前から退くことを」


「決められない者へ、国の軍は預けません」


関羽(かんう)。劉備(りゅうび)。馬謖(ばしょく)。諸葛亮。全員が、帰る判断で苦しんだ。


そして、四人とも、生きて帰った。四人とも、誰かが止めたからである。


新しい天才へ、同じ道を歩ませない。


    ◆


「伯約どのには」


北境戦略部門を作る。ただし、一人の最高指揮官にはしない。


王平——防御と撤退。


馬謖——兵站・水源・失敗分析。


姜維——攻勢案・異民族交渉・敵情分析。


魏延(ぎえん)——奇襲と突破。


費禕(ひい)——外交・全体調整。


五人のうち、三人以上の賛成。王平の撤退確認。皇帝の承認。三つが揃わなければ、大規模攻勢は行わない。


「王平どのへ」


姜維が言う。


「私の作戦を止める権限を」


「あります」


「馬謖どのにも」


「兵站に関しては」


姜維の自尊心が、傷つく。


「街亭で敗れた方です」


「だからです」


失敗した者が、次の失敗を見つける。そして、この人は、それを二十七年前から言っている。


十一年前、夏口(かこう)の倉庫番を、父が損耗の確認役にした。同じである。


姜維は、諸葛亮を見る。


「丞相は」


「私を、どう評価されますか」


五十八である。そして、五年前から、決裁は一日十件になった。


以前なら、才能を褒め、大任を与えたかもしれない。今は、長く姜維を見る。


「伯約」


「はい」


「私の後を継ぐ必要はありません」


姜維の顔が、変わる。


「しかし」


「私が果たせなかったことを」


諸葛亮は言った。


「お前一人へ渡せば」


「先帝との約束へ反します」


「では、私の志は」


「皆で持ちます」


諸葛亮は、自分の木簡を姜維へ渡した。五丈原で、俺が渡したものである。


表——《百八十日》


裏——《生きて帰る》


「攻める計画へ」


諸葛亮は言った。


「これを加えよ」


姜維は、木簡を握った。すぐには納得できない。それでも、頭を下げる。


「三日ください」


「何に」


俺が尋ねる。


「撤退条件を書きます」


俺は、そこで、一つ聞いた。


「伯約どの」


「はい」


「三日で、足りますか」


この人は、答えた。


「足ります」


「——」


「三日、迷った者は、決めております」


俺は、そこで、動きを止めた。


十一年前、諸葛亮がこの人について同じことを言った。


「一日なら、恨みでございます」


「十日なら、打算でございます」


「三日は、迷っております」


そして、この人は、自分でそれを言っている。


「伯約どの」


「はい」


「どこで、それを」


姜維は、少し笑った。そして、こう答えた。


「武備学舎(ぶびがくしゃ)でございます」


「……」


「祭酒が、教材にしておられました」


    ◆


三日後、姜維は、新しい計画を持ってきた。


撤退条件。兵糧。馬。羌族との協力。魏軍増援。民間人避難。作戦期間。指揮官負傷。六項目。明確に書かれている。


そして、最後。


《北伐継続が国家の維持を上回る負担となった場合、中止》


「誰が判断します」


俺が尋ねる。姜維は、少し悔しそうに答えた。


「私以外の執行評議です」


【姜維】


撤退判断 49 → 63

他者犠牲許容 71 → 58

北伐継続意思 測定上限超過 (変化なし)


新規状態

 【止められる指揮官候補】


北伐への意志は、下がらなかった。それでよい。


攻めたい者がいなければ、国は守るだけになる。必要なのは、意志を消すことではない。意志が国を飲み込まないようにすることだった。


俺は、そこで、一つ聞いた。


「伯約どの」


「はい」


「七項目目を、書いてください」


この人は、怪訝な顔をした。


「六つで、足りぬとお考えでしょうか」


俺は、答えた。


「足ります」


「では」


「——」


「七つ目は、条件ではありません」


「何でございましょう」


俺は、答えた。


「帰った後に、何をするかです」


姜維は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。


「陛下」


「はい」


「帰った後は、次の支度でございましょう」


俺は、首を振った。


「違います」


「では」


「——」


「休んでください」


姜維は、そこで、初めて困った顔をした。三十七である。そして、この人は、休み方を知らない。


「陛下」


「はい」


「休めと、書くのでございますか」


「はい」


「——」


「作戦計画に、でございますか」


「はい」


俺は、こう続けた。


「三十二年前、私は同じことを丞相の出師表に書かせました」


「……」


「別紙でしたが」


姜維は、諸葛亮を見た。そして、この人は、羽扇で口元を隠した。


俺は、姜維へ、北方戦略を任せた。だが、北伐そのものは任せない。


新しい英雄を見つけても、英雄依存へは戻らない。


そして、この人は、まだ待っている。四年である。あと十六年ある。


    ◆


その夜、俺は木簡を出した。


《待たせた者》


一行目——姜維 字・伯約 三十二


《二十年》


《この人は、五十二になる》


四年前に書いた三行である。俺は、その下に、書き足した。


《四年経った》


《そして、二十八枚書いてきた》


《うち、九枚が輸送だった》


俺は、そこで、筆を止めた。


四年である。そして、この人は、待っているあいだ、桟道を作っていた。


待つというのは、何もしないことではない。


十四年前、俺は同じことを言われた。


「待つというのは、休むことではございませぬ」


そう言ったのは、諸葛亮である。


最後に、俺はもう一枚出した。


《まだ、手のないもの》


三十二年で、五行である。そして、四行目に、こう書いてあった。


《止まれば裏切りになる、と思っている人を、止める方法》


四年前に書いた。そして、まだ、手がない。


俺は、その横に、一行書き足した。


《六項目、書かせた》


そして、その下に。


《これは、手ではない》


《手を、本人に書かせただけだ》


それでも、四年前より、一つ進んだ。そして、あと十六年ある。



〈あとがき〉


「一つだけ違う。諸葛亮には、隆中があった。帰る場所である。——この人には、ない」。


「知ったのは、七年前でございます。四年、知らずにおりました」——十一年前、法正が確かめた四文字を、主人公は送りませんでした。


「あれは、何のために書かれましたか」「……母のためでは、ございませぬ。自分のためでございます。帰らぬと書けば、帰れなくなりますゆえ」。


「三日、迷った者は、決めております」「どこで、それを」「武備学舎でございます。祭酒が、教材にしておられました」——十一年前、諸葛亮がこの人について言った言葉が、教材になっていました。


そして七項目目。「帰った後に、何をするかです」「休んでください」。三十二年前、出師表の別紙に書かせたのと同じです。


《劉禅文庫 再読『エッセンシャル思考』——選ぶには、選ばない先が要る。戻る先を持たない人は、捨てられない。そして、止まれない》


次回、第134話「諸葛亮の後継者は、三人でも足りません」。


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