↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第八部 英雄たちが、渡していく

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
140/174

第134話 諸葛亮の後継者は、三人でも足りません


【延熙二年|成都】


諸葛亮(しょかつりょう)が、一枚の文書を持ってきた。


《丞相後継案》


俺は、表題を見て、嫌な予感がした。


第一候補——蔣琬(しょうえん)。第二候補——費禕(ひい)。


    ◆


延熙(えんき)二年。西暦二三九年である。俺は、三十二になった。そして、五丈原から五年である。


五十八になった。決裁は、一日十件。夜間執務は、禁じている。そして、この人は、それを五年守っている。


正確には、守らされている。董允(とういん)が、数えているからだ。


「先生」


「陛下」


「一人ずつですか」


「丞相職は、一人です」


諸葛亮が答える。


「官職としては」


「では」


「——」


「仕事は一人分ですか」


諸葛亮が、黙る。


丞相。行政。軍事。外交。人事。法。皇帝補佐。地方調整。


先帝の時代、諸葛亮が、ほぼ全てを担った。人間一人の職務ではない。


二十四年前、俺は職掌表を作った。そして、この人の欄が、十三項になった。移す先が、なかったからである。


「公琰なら」


諸葛亮は言った。


「日常行政を安定して行えます」


「外交は」


「文偉」


「宮中は」


「休昭」


「軍事は」


「子均、文長、伯約ら」


「法は」


「董和の後継監査官」


「では」


俺は尋ねた。


「なぜ丞相の後継者を一人にするのです」


諸葛亮は、答えを知っていた。


制度が、昔のままだからである。一人の丞相。一人の大将軍。一人の責任者。


官職名が、英雄依存を求めている。


    ◆


「丞相職を」


俺は言った。


「分けます」


広間が、ざわめいた。諸葛亮本人も、驚く。


「廃止されるのですか」


「名誉職として残します」


「名誉」


少し、傷ついている。


「丞相は」


俺は言い直す。


「国家戦略と皇帝への助言を担当してください」


「日常執行は、分けます」


俺は、そこで、一つ聞いた。


「先生」


「はい」


「名誉職という言葉が、お嫌いですか」


諸葛亮は、羽扇(うせん)を止めた。そして、正直に答えた。


「嫌いでございます」


「なぜですか」


「——」


「働かぬ者の職でございますゆえ」


俺は、そこで、こう言った。


「では、書き換えます」


「何と、でございましょう」


俺は、答えた。


「『渡す職』です」


諸葛亮は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……それは、名誉職より、きつうございますな」


三つの中核を、置いた。


蔣琬——行政執行。地方官。財政。法令の運用。


費禕——外交。部門間調整。執行評議。軍と民間の調整。


董允——宮中。皇帝監察。人事規律。異議制度。


さらに、軍事評議。王平(おうへい)。魏延(ぎえん)。姜維(きょうい)。関平(かんぺい)。張苞(ちょうほう)。馬謖(ばしょく)。攻勢と防御を分ける。


そして、龐統(ほうとう)は、常任執行から外れ、戦略審議、危機案件、重大交渉だけへ参加する。


「私は」


龐統が尋ねる。六十一である。そして、去年から、歩くのが遅くなった。


「週二日です」


「少ない」


「医師は週一日と言っています」


「では週二日で」


増えたつもりらしい。そして、こう付け足した。


「ただし、つまらない案件では呼ばないでください」


「つまらないかどうかは」


「私が決めます」


それでは、意味がない。俺は、そこで、こう言った。


「士元どの」


「はい」


「では、つまらない案件を、書いてください」


「……は」


「——」


「先に、書いておいてください」


「そして、そこに入らないものだけ、お呼びします」


龐統は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「……若君」


三十二である。そして、この人は、いまだに時々こう呼ぶ。


「三十年前と、同じ手を使われますな」


「はい」


「——」


「そして、三十年前より、うまい」


    ◆


「丞相」


俺は諸葛亮を見る。


「後継者を選ばないでください」


「では、誰が」


「仕事を渡す相手を選んでください」


後継者。一人。師の全てを継ぐ者。その考え方を、やめる。


戦略。行政。外交。諫言。軍事。教育。記録。それぞれを、異なる人物へ渡す。


「陛下」


諸葛亮は言った。


「責任が分散します」


「はい」


「失敗した時、誰の責任か曖昧になります」


「最終責任は私です」


「陛下へ集中するのでは」


「判断の責任です」


実行の責任。記録の責任。監査の責任。全てを分けて、残す。


最終的に、国としての失敗は、皇帝が受ける。ただし、皇帝が全てを自分で決めるわけではない。


「新体制を」


蔣琬が尋ねる。


「いつから実施しますか」


「来月から」


「早すぎます」


諸葛亮が反対する。


「移行準備が」


「既に、大部分は分かれています」


五丈原後、諸葛亮の仕事は減った。それでも、重要案件になると、最後は全て諸葛亮へ戻る。


制度として、戻らないようにする。


「一か月間」


俺は言った。


「丞相は、決裁を行わないでください」


「陛下」


「助言だけです」


「誤りがあれば」


「記録してください」


「すぐ直さず」


「国が滅びる危険でなければ」


諸葛亮の顔が、明らかに嫌そうになる。


自分なら一刻で直せる間違いを、部下が半日かけて修正する。


見ている。任せる。待つ。最も難しい仕事である。


そして、三十二年前、俺はこの人にこう言った。


「私がやった方が早い、と思われますか」


そして、この人は「はい」と答えた。


三十二年で、その特性だけは、一度も下がっていない。


    ◆


移行月。最初の失敗。地方官任命の文書が、一日遅れた。


諸葛亮が、立ち上がる。董允が、止める。


「丞相、それはなりません」


「期限が」


「公琰どのが対応中です」


二つ目。呉への返書で、敬称が一つ抜けた。


諸葛亮が、筆を取る。費禕が、取り上げる。


「孫権(そんけん)どのは、この程度では怒りません」


「形式が」


「次回修正します」


費禕は、そこで一つ付け足した。


「丞相」


「はい」


「十六年、私が書いております」


「——」


「そして、笑われたのは、二度でございます」


「——」


「今回は、入りませぬ」


三つ目。軍の食料台帳で、数字が一列ずれた。


諸葛亮の顔色が、変わる。馬謖が、修正した。


「街亭以前の私なら」


馬謖が言う。


「数字が合っているように説明したかもしれません」


「今は」


「間違えたと報告します」


諸葛亮は、口を閉じた。


間違いは、起きる。だが、隠されない。修正される。


一か月後。国は、止まらなかった。重大な混乱もない。


小さな遅れ。小さな誤記。小さな判断違い。それらは、あった。


諸葛亮なら、もっと速く、もっと正確にできた。だが、諸葛亮がいなくても、直せた。


そして、俺は、一つ数えさせた。


「休昭どの」


「はい」


「一か月で、丞相が立ち上がられた回数を」


董允は、答えた。


「十四でございます」


「はい」


「そして、そのうち、座られたのが十三」


「残る一つは」


この人は、少し笑った。そして、こう言った。


「厠でございます」


【蜀漢集団執政体制】


行政執行 蔣琬

外交・調整 費禕

宮中・諫言 董允

戦略助言 諸葛亮・龐統

軍事 複数将評議

最終責任 劉禅


単一後継者 なし


国家単一障害点


 諸葛亮 18% → 6%

 劉禅  32% → 17%


自分自身の数字も、下がった。皇帝がいなくても、一定期間動ける。それが、必要だった。


三十二年前、この数字は十一だった。そして、十年前、七十一まで上がった。いま、十七である。


    ◆


諸葛亮は、一か月の記録を読み終えた。


「陛下」


「はい」


「国は」


少し、寂しそうに笑う。


「私より、遅くなりました」


「はい」


「誤りも増えました」


「はい」


「それでも」


「動きました」


諸葛亮は、長く息を吐く。


「先帝が望んだ国ですな」


「丞相が作った国です」


「私は」


「一人で作っていません」


諸葛亮が、今度は素直に頷いた。そして、こう聞いた。


「陛下」


「はい」


「一つ、伺ってよろしいか」


「どうぞ」


この人は、聞いた。


「遅くなった分は、誰が払っておりますか」


俺は、そこで、答えられなかった。そして、しばらくして、こう答えた。


「民です」


「はい」


「——」


「一日遅れた文書の分だけ、誰かが待っています」


諸葛亮は、頷いた。そして、こう言った。


「では、それを数えてくださいませ」


「……」


「速さを捨てた分を、書いておかねば」


「——」


「いつか、誰かが『昔は速かった』と申します」


俺は、そこで、郤正(げきせい)を呼んだ。そして、新しい簿を作らせた。


《遅くなった日数》


三十四年で、十三本目の簿である。


    ◆


その後、諸葛亮は、正式に丞相の行政印を蔣琬へ渡した。


費禕へ——外交文書の最終整理権。董允へ——宮中人事と皇帝監察。


三人が、それぞれ印を受ける。


渡す日、俺は一つ気付いた。諸葛亮は、印を三つとも、自分で磨いていた。


「先生」


「はい」


「磨かれましたか」


この人は、答えた。


「はい」


「なぜですか」


「——」


「二十四年、使いました」


「——」


「汚れておりますゆえ」


俺は、そこで、何も言わなかった。そして、この人は、こう付け足した。


「陛下」


「はい」


「印は、渡せます」


「はい」


「——」


「手が、覚えていることは、渡せませぬ」


前世で、俺は百年以上、後継者を自前で作り続けた会社の記録を読んだ。


その会社の作り方は、変わっていた。次の長を選ぶとき、一人を選んで育てるのではない。三人を選んで、三人とも走らせる。


三人には、別々の事業を持たせる。規模も、難しさも、揃えない。そして、上の者たちが、三人の仕事を何年も見る。会議で、名前と評価を並べて、口に出して比べる。


決まるのは、最後の年である。


そして、選ばれなかった二人は、会社を去る。これは、失敗ではない。そうなると分かったうえで、三人にしている。


俺は、その記録を読んだとき、残酷だと思った。二人を捨てる仕組みだ、と。


読み違えていた。


あの仕組みが作っていたのは、次の長ではない。三人を何年も見た、上の者たちのほうである。見た者は、次のときにも見られる。見る目だけが、会社に残る。


だから、百年続いた。


そして今、俺の前にいる人には、二十四年がない。


三人に見せる、というのは、見る側を作るという意味である。


三十二年前、俺は同じことを思った。羽扇を渡してもらったときである。


そして、この人の右手が、何も持っていないのに扇ぐ動作をしていた。


そして、今日、本人が言った。


「先生」


「はい」


俺は、聞いた。


「では、手が覚えていることは、どうしますか」


諸葛亮は、少し考えた。そして、こう答えた。


「見せます」


「……」


「そして、真似させます」


「——」


「二十四年かかりましょう」


俺は、そこで、頷いた。そして、こう言った。


「先生」


「はい」


「二十四年は、ありません」


諸葛亮は、少し笑った。そして、こう答えた。


「存じております」


「——」


「ゆえに、三人に見せます」


後継者は、一人ではない。三人でもない。


仕事の数だけ、後継者がいる。


    ◆


その年、魏の皇帝・曹叡(そうえい)が死んだ。三十五である。


後継は、幼い曹芳。魏の政権は、曹爽(そうそう)と司馬懿(しばい)へ委ねられる。


若い皇帝。巨大な権力を持つ補佐役。外から見れば、蜀と似ていた。


俺は、木簡(もくかん)を出した。十三年前のものである。


《四人のうち、誰が残るか》


曹真。曹休。陳羣。司馬懿。


曹休。十一年前。曹真。八年前。陳羣。三年前。


そして、残るのは、一人である。


「文偉どの」


「はい」


「士元どのの見立てが、当たりました」


費禕は、答えた。


「はい」


「そして、もう一人、増えております」


「誰ですか」


「——」


「曹爽でございます」


俺は、そこで、少し驚いた。


「二人になりましたか」


「はい」


「——」


「そして、二人は、分けておりませぬ」


俺は、そこで、理解した。


魏には、異議制度がない。権限分散もない。補佐役を休ませる董允もいない。


二人の補佐者は、協力するのではなく、互いに相手を排除し始めた。


「文偉どの」


「はい」


「どちらが勝ちますか」


費禕は、少し考えた。そして、こう答えた。


「待つほうでございましょう」


十三年前、龐統は「若い者。宗室ではない者」と言った。そして、今度は、「待つほう」である。


同じ人を、指している。そして十年後、司馬懿が、病人のふりをやめる。


その夜、俺は木簡を出した。


《四人のうち、誰が残るか》


そして、その下に、書き足した。


《一人になった》


《そして、もう一人、増えた》


《二人は、分けていない》


俺は、そこで、筆を止めた。


十三年前、俺はこう書いた。


《四人に分けても、四人とも死ぬまで待てば、一人になる》


《分けるだけでは、足りない》


《次を、書かねばならない》


魏は、次を書かなかった。そして、この国は、今日、三人に印を渡した。


三人でも、足りない。そして、一人よりは、たぶん、長くもつ。



〈あとがき〉


「名誉職という言葉が、お嫌いですか」「嫌いでございます。働かぬ者の職でございますゆえ」「では、書き換えます」「『渡す職』です」——「それは、名誉職より、きつうございますな」。


「つまらない案件を、先に書いておいてください」。三十年前と同じ手で、三十年前よりうまくなりました。


一か月で、丞相が立ち上がった回数、十四。座ったのが十三。残る一つは厠でした。


「遅くなった分は、誰が払っておりますか」「民です」——そして「速さを捨てた分を、書いておかねば、いつか誰かが『昔は速かった』と申します」。新しい簿《遅くなった日数》。


「印は、渡せます。手が、覚えていることは、渡せませぬ」——三十二年前、羽扇を渡してもらった日に、主人公が思ったことです。「二十四年かかりましょう」「二十四年は、ありません」「ゆえに、三人に見せます」。


《劉禅文庫 蔵書その五十四『GE's Talent Machine』——三人を走らせ、二人が去る仕組み。作っているのは次の長ではなく、三人を何年も見た、見る側である》


次回、第135話「後継者を二人作ると、国が二つに割れる」。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。