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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第八部 英雄たちが、渡していく

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第132話 呉の監察官は、誰も監察しなかった


【延熙二年|成都】


前の年、子初どのが死んだ。五十三である。


府庫の帳を閉じた夜だった。年末の締めである。そして、翌朝、起きてこなかった。


    ◆


机の上に、竹簡(ちくかん)が一本置いてあった。物価の帳である。


十四年分。毎月、十二品目。穀。塩。布。鉄。そして、八品目。


十四年、一月も欠けていない。百六十八の月である。


最後の頁に、一行あった。


《次に鋳る者へ》


《この帳を、先に読まれよ》


《十四年前の値が、書いてある》


《そして、戻せることも》


俺は、その四行を、長いこと見ていた。


戻せる。十四年前、この人は三年かけて直百銭(ちょくひゃくせん)を止めた。府庫が、四割減った。そして、物価が、二割下がった。


郤正(げきせい)どの」


「陛下」


「この帳を、写してください」


「何部、でございましょう」


俺は、答えた。


「十四部」


郤正は、怪訝な顔をした。


「……十四、でございますか」


「はい」


「季常どのが、そうしました」


二十四年前である。俺は「五部」と言った。そして、馬良(ばりょう)は十四部作った。


理由は、こうだった。


「五人では、足りぬと存じました」


そして、そのうち三人は、既に死んでいた。家に残り、家の者が読んでいる。


「令先どの」


「はい」


「誰に送るかは、あなたが決めてください」


「——」


「そして、私には、名を教えないでください」


郤正は、少し驚いた顔をした。そして、こう聞いた。


「なぜ、でございましょう」


俺は、答えた。


「私が知っていると、私が死んだ日に、消えます」


前世で、俺は制度を輸入して立て直そうとした国の話を、何度も読んだ。


法を写し、役所を写し、階級を写す。写せるものは、驚くほど速く写せた。数年で、外から見れば同じ形になる。


そして、写せないものが一つだけあった。


その制度を、日々使う人の習慣である。


書式は写せる。誰がどの順で判を押すかは、写せる。ところが、判を押す前に隣の者へ一言確かめる、というような習慣は、条文のどこにも書いていない。書いていないから、写せない。そして、それが無いと、同じ書式がまったく違うものになる。


呉には、監察官がいる。名も、官位も、印もある。


置いてあることと、届くことは、別である。


箱があるだけでは、何も起きない。要るのは二つだ。言った人が損をしないことと、言われた側の名が残ること。どちらか一方でも欠けると、箱は空のまま残る。


そして、空の箱があることが、いちばん危ない。あるのだから、機能しているはずだと、誰もが思うからである。


四百六十三回。この国には、数えている人がいる。


呉には、いなかった。


《渡したもの》


劉巴(りゅうは) 字・子初 五十三


《物価の帳 十四年分。百六十八月、欠けなし》


《そして、戻せるという証拠》


    ◆


呉で、一人の役人が誅された。監察官である。


そして、八年、重臣を告発し続けた人だった。


延熙(えんき)元年。西暦二三八年である。俺は、三十一になった。


桟道(さんどう)整備は、四年目に入っていた。輸送損耗率は、三割から二割五分になっている。


そして、姜維(きょうい)は、待っていた。四年である。あと十六年ある。


報せは、費禕(ひい)が持ってきた。四十三である。呉との外交を、十五年やっている。そして、この人は、孫権(そんけん)に笑われても怒らない。


「陛下」


「文偉どの」


「呉で、呂壱が誅されました」


「……呂壱」


「校事でございます」


校事。監察官である。曹操(そうそう)が置いた職で、呉も真似た。


「文偉どの」


「はい」


「何をした人ですか」


この人は、答えた。


「告発でございます」


「はい」


「八年」


「誰を、ですか」


費禕は、竹簡を開いた。そして、読み上げた。


丞相(じょうしょう)・顧雍」


「はい」


「左将軍・朱拠」


「はい」


「太子太傅・吾粲」


そして、こう続けた。


荊州(けいしゅう)太守(たいしゅ)、七名」


「……」


「郡の官、三十名あまり」


俺は、そこで、息を止めた。


丞相である。呉の最高位だ。そして、監察官が、それを告発した。


「文偉どの」


「はい」


「告発は、正しかったのですか」


この人は、少し黙った。そして、答えた。


「正しいものも、ございました」


「……」


「そうでないものも、ございました」


「割合は」


費禕は、答えた。


「分かりませぬ」


「……」


「調べる者が、呂壱でございましたゆえ」


俺は、そこで、竹簡を置いた。


調べる者が、同じ人である。告発する。調べる。そして、報告する。全部、一人だ。


三十一年、俺はそれを分けてきた。


十六年前、三千斛が腐ったとき、龐統(ほうとう)が命令照合を作った。出す者と、止める者を分けた。


そして、監察は、分けていなかった。


「文偉どの」


「はい」


「誰が、止めましたか」


費禕は、答えなかった。そして、竹簡を繰った。三度、繰った。


「陛下」


「はい」


「おりませぬ」


俺は、そこで、顔を上げた。


「一人もですか」


「一人も」


「八年です」


「八年、誰も止めておりませぬ」


俺は、一つ聞いた。


「止められる者は、いましたか」


費禕は、少し考えた。そして、こう答えた。


「おりませんでした」


俺は、そこで、息を呑んだ。史実では、止められるものがいた、潘濬(はんしゅん)である。


「文偉どの」


「はい」


「承明どのは」


費禕は、答えた。


「去年、亡くなられました」


「……」


「成都で、でございます」


俺は、そこで、竹簡を置いた。


成都である。十九年前、荊州が落ちた。そして、この人は、退く軍に付いてきた。


費禕が、続けた。


「呉に承明どののような方がおられたら」


「はい」


「止めておられたと存じます」


「なぜ、そう思われますか」


「——」


「喋らぬ方でございました」


「はい」


「代わりに、全部書かれます」


「そして、書いたものを、誰も読みませぬ」


そして、こう続けた。


「読まれぬまま、八年書き続けられたでしょう」


「はい」


「そして、九年目に、誰かが読みます」


俺は、そこで、動けなくなった。


二十五年前、俺はこの人を荊州へ置いた。七歳である。そして、十九年前、蜀へ連れて帰った。


止める人を、俺が連れて帰った。


二十五年、荊州と成都で記録を書いた。そして、去年、六十四で死んだ。


費禕が、一つ付け足した。


「陛下」


「はい」


「荊州が落ちましたとき」


「退く軍に、付いてこられました」


俺は、そこで、十九年前を思い出した。


荊州は、失った。土地である。そして、兵は、退いた。関羽(かんう)が、旗を降ろしたからだ。


その退く列の中に、この人がいた。


費禕が、こう続けた。


「承明どのは、竹簡を持っておられました」


「……何本」


「四百二十本でございます」


「車、三台」


「はい」


「糧は」


費禕は、答えた。


「捨てられました」


俺は、そこで、動けなくなった。


城を捨てるとき、多くの者は糧を持つ。そして、この人は、帳を持った。


荊州の戸籍。税の帳。兵籍。そして、二十年分の報告である。


土地は、失った。そして、誰が住んでいたかは、残った。


俺は、そこで、一つ聞いた。


「文偉どの」


「はい」


「承明どのは、なぜ糧を捨てられたのですか」


費禕は、少し黙った。そして、答えた。


「一度、伺いました」


「何と」


「——」


「『糧は、着けば買えます』」


「はい」


「——」


「『帳は、着いても買えませぬ』」


    ◆


そして、呉には、止める人がいなかった。


「文偉どの」


「はい」


「では、誰が止めましたか」


費禕は、答えた。


「八年、誰も止めませなんだ」


「……」


「そして、去年」


「太子が、訴えられました」


俺は、そこで、理解した。


太子である。孫権の子だ。


丞相を告発しても、止まらなかった。将軍を告発しても、止まらなかった。


そして、自分の子が告発された日に、止まった。


「文偉どの」


「はい」


「孫権は、何と申されましたか」


この人は、竹簡を読んだ。そして、こう言った。


「『朕は、久しく欺かれておった』」


「そして、重臣へ、謝られました」


俺は、そこで、少し驚いた。


謝った。孫権が、である。十九年前、この人は謝らなかった。関羽のことである。


そのとき、俺はそれを見た。


「文偉どの」


「はい」


「重臣は、何と」


費禕は、少し黙った。そして、答えた。


「『陛下のお過ちではございませぬ』と」


「全員が、そう申されました」


俺は、そこで、背筋が冷たくなった。


八年、告発され続けた人たちである。そして、謝られて、「あなたのせいではない」と言った。


俺は、そこで、一つ聞いた。


「文偉どの」


「はい」


「もし、この国で同じことが起きたら」


「はい」


「休昭どのは、何と言われますか」


費禕は、即答した。


「『陛下のお過ちでございます』」


「——」


「そして、四百六十三回目でございます」


俺は、そこで、少し笑った。そして、笑えなかった。


数えている人が、いる。そして、呉には、いなかった。


    ◆


俺は、その日、陳紀(ちんき)を呼んだ。五十八である。そして、命令照合役を、二十八年やっている。


「陳紀どの」


「陛下」


俺は、聞いた。


「あなたを、監察する人は、いますか」


この人は、長いこと黙っていた。そして、正直に答えた。


「……おりませぬ」


「なぜですか」


「私が、監察の役でございますゆえ」


「では、あなたが誤ったときは」


陳紀は、答えた。


「誰も、気付きませぬ」


広間が、静かになった。そして、この人は、こう続けた。


「陛下」


「はい」


「一つ、申し上げます」


改革意思十二の男が、申し上げる。二十八年で、三度目である。


「私は、二十八年で、一度誤っております」


俺は、顔を上げた。


「いつですか」


建興(けんこう)七年でございます」


「……」


「輸送の帳で、一桁違えました」


「気付かれましたか」


この人は、答えた。


「誰も、気付きませなんだ」


「……」


「私が、三月後に気付きました」


「直されましたか」


陳紀は、長いこと黙っていた。そして、答えた。


「直しました」


「はい」


「そして、申し上げませなんだ」


俺は、そこで、何も言わなかった。


九年である。この人は、九年、黙っていた。そして、今日、言った。理由は、俺が聞いたからだ。


三十一年で、五人目である。


《聞かれませなんだので》


そして、この人だけが、今日、自分から言い足した。


「陳紀どの」


「はい」


「一桁は、どちらへ違えましたか」


この人は、答えた。


「少なく、書きました」


「……」


「輸送死でございます」


俺は、そこで、息を呑んだ。


「何人ですか」


「——」


「二百四十でございます」


「——」


「そして、二千四百と書くべきでございました」


俺は、そこで、竹簡を握った。


二千四百である。十七年前、犍為郡で消えた戸数と、同じ数だった。


たぶん、偶然である。そして、俺は、その偶然を、この先ずっと覚えている。


「陳紀どの」


「はい」


「罰しません」


「……」


「そして、制度を作ります」


    ◆


三日かかった。龐統。董允(とういん)蔣琬(しょうえん)。そして、陳紀である。


陳紀は、最初、入ることを断った。「自分を縛る規則は、作れませぬ」と言った。


そして、龐統が、こう答えた。


「陳紀どの」


「はい」


「作れます」


「……」


「私が、二十三年前に作りました」


三千斛が腐った、あの年である。そして、この男は、自分の命令も止まる制度を提案した。


六十である。酒を、去年やめた。そして、頭は、まだ二十三年前と同じだった。


【監察の監察】


一 監察役は、三年で交代する

二 交代時、前任者の判断を後任が再審する

三 監察役の告発件数を、年ごとに公表する

四 告発が過多の者、過少の者、いずれも審査する

五 監察役自身の誤りは、自ら申告できる

  申告した場合、罰さない


備考

 四が、いちばん重要です。

 告発が多すぎる者は、

 仕事をしているように見えます。


四番目である。そして、備考を書いたのは、董允だった。


「休昭どの」


「はい」


俺は、聞いた。


「なぜ、四番目ですか」


董允は、答えた。四十八である。そして、侍中(じちゅう)を十五年やっている。


「呂壱は、告発が多うございました」


「はい」


「そして、孫権は、それを功績と見ました」


「……」


「働いているように、見えますゆえ」


俺は、そこで、前世を思い出した。


内部監査である。指摘件数を、評価指標にした会社があった。そして、三年で、指摘が十倍になった。


中身は——書類の日付の書き間違いである。そして、本当の不正は、一つも見つからなかった。


俺は、そのとき、こう書いた。


《監査機能は、正常に稼働している》


「休昭どの」


「はい」


「少なすぎる者も、審査しますね」


「はい」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「見ていないか」


「……」


「見て、黙っているか、でございます」


俺は、そこで、一つ聞いた。


「休昭どの」


「はい」


「あなたの数は、どちらですか」


董允は、少し黙った。そして、答えた。


「多うございます」


「はい」


「年に、二十でございます」


「——」


「そして、十五年、減っておりませぬ」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「陛下が、変わられぬからでございます」


俺は、そこで、少し笑った。そして、この人は、こう付け足した。


「そして、それが、私の職が要る理由でございます」


そして、五番目である。自ら申告すれば、罰さない。


「陳紀どの」


「はい」


「五番目は、あなたのためです」


この人は、白くなった眉を下げた。そして、こう言った。


「……遅うございました」


「はい」


「九年、申し上げられませなんだ」


俺は、答えた。


「制度が、なかったからです」


そして、こう続けた。


「そして、私が聞かなかったからです」


陳紀は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「二十八年で、初めてでございます」


「何が、ですか」


「——」


「私の誤りを、聞かれたのは」


    ◆


一年後。申告が、十一件あった。


【監察役 自己申告】


一年目 十一件


内訳

 計数の誤り 六

 照合漏れ  三

 報告の遅延 二


罰 ——


備考

 二十八年で、初年度が最多です。


二十八年で、初年度が最多。当たり前である。それまで、申告する場所がなかった。


そして、十一件のうち、一件目は陳紀だった。九年前の、一桁である。正式に、書いた。


そして、書いた日に、この人は一つ聞いた。


「陛下」


「はい」


「二千四百人の名は、残っておりますか」


俺は、答えられなかった。そして、調べさせた。


二千四百のうち、名が残っていたのは、九百十一だった。残りは、数だけである。


俺は、その九百十一を、《名のない者》へ書き足すことはしなかった。名が、あるからだ。


代わりに、別の簿を作らせた。


《数えられた者》


そして、その下に、一行書いた。


《残る千四百八十九名は、数だけ残っている》


その夜、俺は木簡(もくかん)を出した。そして、書いた。


《監察する者を、監察していなかった》


そして、その下に。


《二十八年、気付かなかった》


俺は、そこで、筆を止めた。


二十八年。十七年前、犍為郡で学んだ。


《測ると、測ったものが増える》


《測らないものは、壊れる》


そして——測る人を、測っていなかった。


俺は、もう一行書いた。


《呉には、止める人がいなかった》


そして、その下に。


《この国には、いた》


陳紀である。そして、この人は、九年黙っていた。


止める人がいたのではない。一人で直して、黙っていただけだ。


最後に、俺は別の木簡を出した。新しい一枚である。そして、表題を書いた。


《止める人がいなかった国》


一行目に、書いた。


呉 延熙元年


《呂壱。八年》


そして、その下に。


《太子が訴えられて、止まった》


この簿は、敵国のことを書く簿である。そして、十二年後、この簿に二行目が入る。


同じ呉である。そのときは、太子が訴えられるのではない。太子が、二人になる。



〈あとがき〉


「誰に送るかは、あなたが決めてください。そして、私には、名を教えないでください」——「私が知っていると、私が死んだ日に、消えます」。


「『糧は、着けば買えます』『帳は、着いても買えませぬ』」。四百二十本、車三台。糧は捨てました。


「『陛下のお過ちでございます』」「そして、四百六十三回目でございます」——数えている人がいます。呉には、いませんでした。


一桁違えたのは、輸送死の二百四十を二千四百と書くべきところでした。九年、黙っていました。「二十八年で、初めてでございます」「何が、ですか」「私の誤りを、聞かれたのは」。


「あなたの数は、どちらですか」「多うございます。年に、二十でございます。そして、十五年、減っておりませぬ」「なぜですか」「陛下が、変わられぬからでございます」。


《劉禅文庫 蔵書その五十三『坂の上の雲』——制度は写せる。写せないのは、それを日々使う人の習慣である。そして、習慣は条文のどこにも書いていない》


次回、第133話「姜維に、北伐を任せません」。


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― 新着の感想 ―
心理描写中に話数の事を登場人物が話すのが理解できない 実際の人間が(あの事は自分の歴史の三話の事だ)なんて 言及しないからです。
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