第130話 袋の中を、数えた人
【延熙元年|成都】
皇后が、死んだ。三十一である。
そして、袋の中を知っていた。
◆
延熙元年。西暦二三八年である。俺は、三十一になった。
婚礼から、十七年。立后から、十五年である。
前の年の冬から、臥せっていた。咳が、止まらない。そして、痩せた。
医官が、四人来た。そして、四人とも、同じことを言った。
「肺でございます」
「治りますか」
一人が、正直に答えた。
「春までは」
俺は、そこで、その一人の名を聞いた。そして、書き留めた。
三十一年、俺は正直に答える人を数えてきた。そして、この職では、いちばん少ない。
俺は、視界を見た。三十一年、そうしてきた。
【張氏 皇后】
年齢 三十一
生命危険度 赤
主要因
肺の病
二度の産後の消耗
冬季の寒気
制度的介入余地 ——
空白である。十五年前、父のときと同じだった。そして、三年前、関羽のときも空白だった。
空白が続いている。そして、俺はそれに慣れ始めていた。
◆
俺は、毎日、宮へ行った。執務を、一日二刻に減らした。董允が、それを黙って受けた。
三十一年で、この人が何も言わなかったのは、二度目である。
一度目は、十五年前。父が白帝城で臥せった月だった。
「休昭どの」
「はい」
「叱らないのですか」
この人は、答えた。
「叱りませぬ」
「なぜですか」
「——」
「四百六十二回のうち、この件は入っておりませぬ」
そして、こう続けた。
「陛下が休まれておりますゆえ」
理屈である。そして、たぶん、理屈ではない。
皇后は、寝台で、竹簡を読んでいた。軍の帳である。
俺は、そこで、少し驚いた。
「それは」
皇后は、顔を上げた。そして、こう言った。
「新兵教練の帳でございます」
「……はい」
「父の置いていったものが、閬中にございます」
五年前、翼徳叔父上が死んだ。六十八である。そして、門の掲示に、こう書いてあった。
《十二年 増えず》
「読まれるのですか」
皇后は、答えた。
「毎年、送られて参ります」
「……誰から」
「范彊どのから」
俺は、そこで、動けなくなった。
十七年前、翼徳叔父上を殺すはずだった男である。今は、教練者をしている。そして、去年から、学舎の祭酒の一人になった。
そして、毎年、娘へ帳を送っている。
「何年、でございますか」
「十七年」
「——」
「婚礼の翌年からでございます」
俺は、その竹簡を見た。十七本、棚にあった。一年に一本である。
そして、端が、全部擦り切れていた。読んでいる。一度ではない。
「皇后」
「はい」
「なぜ、読まれるのですか」
この人は、少し考えた。そして、こう答えた。
「父が、六十一で止まりましたゆえ」
「はい」
「止まったかどうかは、数を見ねば分かりませぬ」
「——」
「そして、死んだ者の数は、誰かが見ねば、止まりませぬ」
俺は、そこで、何も言えなかった。
十七年である。そして、俺は一度も、この人が何を読んでいるかを聞かなかった。
俺は、そこで、一つ聞いた。
「皇后」
「はい」
「范彊どのは、なぜ送られるのですか」
皇后は、答えた。
「一度、伺いました」
「何と」
「——」
「『担いだ者の務めでございます』と」
五年前である。教練場で倒れた翼徳叔父上を、この人と張達が担いだ。そして、それを「務め」と呼んでいる。
十七年前、この人はこの人を殺すはずだった。そして、担いだ。そして、毎年、帳を送っている。
「皇后」
「はい」
「返事を、出されましたか」
この人は、答えた。
「十七年、一度も」
「なぜですか」
「——」
「出せば、送るのが務めでなくなりますゆえ」
◆
三日後、皇后が、一つ聞いた。
「陛下」
「はい」
「袋は」
俺は、そこで、手が止まった。
十七年前である。婚礼の夜だった。翼徳叔父上が、酒を持ってきた。そして、飲まなかった。
「殴らんでくれ」
そして、懐から袋を出し、石を一つ渡した。
「袋は、自分で作れ」
俺は、作った。そして、十七年、持っている。誰にも、言っていない。
「皇后」
「はい」
「なぜ、ご存じですか」
この人は、答えた。
「音がいたしますゆえ」
「……」
「夜、お一人のとき」
「——」
「石の音が」
俺は、そこで、顔を上げた。
十七年。一度も、見せていない。そして、聞かれていた。
「何年、ご存じでしたか」
「十六年」
「——」
「最初の年は、存じませなんだ」
「なぜですか」
皇后は、少し笑った。そして、こう答えた。
「最初の年は、石が一つでございましたゆえ」
俺は、袋を出した。布である。三度、作り直した。
皇后は、それを見た。そして、受け取らなかった。
「数えられましたか」
俺は、答えた。
「数えていません」
「……」
「数えれば、やめねばなりませんゆえ」
皇后は、そこで、少し笑った。十七年で、三度目の笑い方である。父親に、似ていない。
「陛下」
「はい」
「数えてございます」
俺は、そこで、動けなくなった。
「……いつ」
「毎年、大晦に」
「……」
「陛下が、眠られた後でございます」
皇后は、枕元から竹簡を出した。細い。そして、十七行書いてある。
《一年目 四十一》
《二年目 三十八》
《三年目 二十九》
《十五年目 十一》
《十六年目 九》
《十七年目 七》
俺は、その十七行を、長いこと見ていた。
四十一から、七。減っている。
「皇后」
「はい」
「数えて、どうされましたか」
この人は、答えた。
「何も」
「……」
「見ておりました」
そして、こう続けた。
「父は、掲げました」
「はい」
「門に、六十一と」
「——」
「そして、陛下は、掲げられませぬ」
「はい」
「規定に、そう書いてございます」
「——」
「七番目でございます」
俺は、そこで、息を呑んだ。
新兵教練の規定である。十三年前、翼徳叔父上が作った。
《七 六の数は、掲示しない》
備考——六は、本人のみが持ちます。誰にも見せません。
「皇后」
「はい」
「誰にも見せない、と書いてあります」
この人は、答えた。
「存じております」
「……」
「ですから、申し上げませなんだ」
「——」
「十七年」
俺は、そこで、何も言えなくなった。
見ていた。数えていた。そして、言わなかった。規定に、そう書いてあるからである。
制度というのは、こういう人が守る。そして、こういう人は、記録に残らない。
◆
「なぜ、今日、仰るのですか」
皇后は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「見る者が、いなくなりますゆえ」
俺は、そこで、竹簡を置いた。
「皇后」
「はい」
「次は、誰が」
この人は、答えた。
「妹がおります」
俺は、そこで、顔を上げた。翼徳叔父上の、次女である。二十四になる。
「皇后」
「はい」
「それは、人事です」
この人は、少し笑った。そして、こう言った。
「存じております」
「……」
「十七年前も、人事でございました」
俺は、反論しようとした。そして、できなかった。
事実である。三人から、選んだ。理由を、三つ書かせた。そして、三つ目は、空欄だった。
「皇后」
「はい」
俺は、聞いた。
「三つ目を、覚えておられますか」
この人は、答えた。
「覚えております」
「……」
「見えないだけです、と仰せでした」
「はい」
そして、こう聞いた。
「何と、書かれましたか」
十七年である。そして、一度も聞かれなかった。今日、初めて聞かれた。
俺は、答えた。
「『断ってよいと、言われた人だから』」
皇后は、しばらく動かなかった。そして、目を閉じた。
「陛下」
「はい」
「断れると知っておりました」
「はい」
「そして、断りませんでした」
俺は、そこで、一つ聞こうとした。なぜ、断らなかったのか。そして、聞かなかった。
十七年、聞かなかったことである。そして、今日も、聞かない。
代わりに、俺は別のことを聞いた。
「皇后」
「はい」
「十七年、何を数えておられましたか」
この人は、答えた。
「三つでございます」
「はい」
「一つ。父の教練場の、殴られた数」
「はい」
「二つ。陛下の、袋の石」
「——」
「そして、三つ目」
この人は、そこで、少し黙った。そして、こう言った。
「陛下が、笑われた日でございます」
俺は、そこで、動けなくなった。
「……何日、ですか」
皇后は、答えた。
「十七年で、二百三十一日」
「——」
「そして、去年は、四日でございました」
◆
皇后は、春に死んだ。医官の見立てどおりである。
最後の日、俺は一つだけ言った。
「大丈夫です」
三十一年で、初めてである。
母が、七回言った。そして、俺は七回、心の中で否定した。そして、今日、自分で言った。
嘘である。そして、皇后は、それを知っていた。
この人は、こう答えた。
「存じております」
そして、こう続けた。
「母上さまも、そう仰せでしたか」
「……はい」
「——」
「では、同じでございますな」
葬りは、礼どおりに行われた。諡は、敬哀。
敬。礼を失わなかった。哀。早く死んだ。そういう字である。
郤正が、選んだ。そして、俺は、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「他の案は」
この人は、竹簡を出した。三つ、書いてある。そして、二つ目に、こうあった。
《静》
「なぜ、これを外されましたか」
郤正は、答えた。
「静は、何もしなかったという意味に取られますゆえ」
「はい」
「——」
「そして、この方は、十七年、数えておられました」
俺は、そこで、顔を上げた。
「ご存じでしたか」
郤正は、答えた。
「存じませぬ」
「では」
「——」
「ただ、何もしなかった方には、見えませなんだ」
◆
その夜、俺は木簡を出した。十七年前のものである。母の名を書いた木簡だ。
諸葛亮と二人で書いた、歪んだ一文字がある。
俺は、その隣に、何も書かなかった。代わりに、指で四つ、なぞった。
四人である。甘夫人。孫夫人。糜夫人。そして、黄夫人。
俺は、そこで、手を止めた。
違う。五人である。
俺は、五つ目を、なぞった。そして、書かなかった。
理由は、四人と同じではない。四人は、書くなと言われた。そして、この人は、言わなかった。
聞かなかったのは、俺である。十七年、聞く機会は、毎日あった。
最後に、俺は袋を出した。石が、入っている。そして、初めて数えた。
三百八十四である。
俺は、皇后の竹簡を開いた。十七行を、足した。
三百八十四。一つも、違わなかった。
俺は、十八行目を書いた。
《十八年目 ——》
そして、空欄のままにした。数える者が、いなくなったからである。
俺は、そこで、しばらく動かなかった。そして、翼徳叔父上のことを思い出した。
十三年前、この人は言った。
「掲げれば、多い者が偉くなる」
「我慢した数が、多いということは」
「殴りたい奴だということだ」
だから、掲げない。そして、掲げないものは、誰かが見なければ、消える。
十七年、一人が見ていた。そして、いなくなった。
◆
三日後、俺は次女を呼んだ。二十四である。そして、姉に似ていない。翼徳叔父上に、似ていた。
「陛下」
「立后のことです」
この人は、頭を下げた。そして、こう言った。
「姉から、伺っております」
「何を、ですか」
「——」
「『断ってよい』と」
俺は、そこで、少し驚いた。
「いつ、聞かれましたか」
「去年の冬でございます」
「はい」
「——」
「そして、姉は、こう申しました」
この人は、少し黙った。そして、言った。
「『断らなければ、十七年、数えることになる』と」
俺は、そこで、動けなくなった。
十七年である。そして、この人は、それを人事だと分かっていた。そして、妹に、同じ人事が来ることも分かっていた。
だから、先に言った。「断ってよい」と。そして、その意味まで、説明していた。
「断られますか」
俺は、聞いた。そして、次女は、答えた。
「断りませぬ」
「なぜですか」
この人は、こう言った。
「数える者が、要りますゆえ」
俺は、そこで、一つだけ聞いた。
「何を、数えられますか」
次女は、答えた。
「三つ、伺っております」
「はい」
「そして、一つ、増やします」
「何を、ですか」
この人は、答えた。
「姉が、数えていた数でございます」
「……」
「誰も、数えておりませんでしたゆえ」
俺は、その夜、木簡へ一行書いた。
《十八年目 ——》
その横に、書き足した。
《数える者が、来た》
そして、その下に。
《そして、その人を数える者は、まだいない》
〈あとがき〉
「父が、六十一で止まりましたゆえ。止まったかどうかは、数を見ねば分かりませぬ」——十七年、范彊が毎年帳を送り、皇后が毎年読んでいました。
「出せば、送るのが務めでなくなりますゆえ」。十七年、返事は一度も出ていません。
「最初の年は、石が一つでございましたゆえ」。そして三百八十四。一つも違いませんでした。
「誰にも見せない、と書いてございます。ですから、申し上げませなんだ。——十七年」。制度は、こういう人が守ります。そして、こういう人は記録に残りません。
「陛下が、笑われた日でございます」「十七年で、二百三十一日」「去年は、四日でございました」。
そして四人ではなく、五人でした。四人は書くなと言われ、この人は言わなかった。聞かなかったのは、主人公です。
次回、第131話「二人目は、人事ではありません」。




