第128話 軍神、授業の途中に倒れる
【建興十四年 春|成都】
建興十四年の春。法正が死んだ。六十一である。
病は、十六年続いた。
一度篤くなり、許靖を代理にすると言ったら、三日で起きた。そして、十六年、敵情を書き続けた。
◆
残されたのは、竹簡である。千二百本。
魏の将。官。豪族。婚姻。不和。そして、呉。
「陛下」
郤正が言った。
「様式が、統一されております」
「はい」
「十六年、同じ様式でございます」
「最初から、ですか」
「いいえ」
「……」
「十六年前に、全部書き直しておられます」
俺は、そこで、理解した。
三十年分を、書き直した。病の床で、である。
そして、理由は、一つしかない。次の人が、読めるようにである。
最後の月、俺は一つ聞きに行った。
「孝直どの」
「はい」
「何本に、なりましたか」
この人は、数えずに答えた。
「千二百」
「様式は」
「統一しております」
「全部ですか」
「全部でございます」
「十年かかりました」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「誰が、読みますか」
法正は、答えた。
「今は、誰も」
「……」
「そして、様式が同じなら、いつか読めます」
俺は、そこで、動けなくなった。
三十二年前、この人は「素行が悪い」と書かれた。そして、訂正されなかった。
読まれなかったからではない。読める形になっていなかったからだ。
そして、この人は、十六年かけて、自分の書いたものを読める形にした。
最後の日、俺は木簡を持っていった。三十二年前のものである。四歳の字だ。
《ほうせい あざな こうちょく》
《ぎょうい、わるくない》
《けんあん二十一年 七人を、ころした》
《うち、三人は、りゆうがわからない》
《それでも、いる》
法正は、それを読んだ。そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「六行目を、書いていただけますか」
俺は、聞いた。
「何と」
この人は、答えた。
「お任せいたします」
三十二年である。そして、この人が「お任せいたします」と言ったのは、初めてだった。
俺は、そこで、筆を取った。そして、長いこと、書けなかった。
三十二年である。そして、六行目が、決まらない。
《七人の家を、探した》——一年前に、この人が書いた。
《四つ、見つけた》——それも、書いてある。
《私怨百》——数字は、最後まで八十一だった。
やがて、俺は書いた。
《十六年、書き直した》
法正は、それを見た。そして、少し笑った。あの、危ない笑い方ではない。
そして、こう言った。
「十五年、誰も書き直してくださいませんでした」
「はい」
「そして、三十二年、書き足していただきました」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「孝直どの」
「はい」
「六行、多いですか」
この人は、答えた。
「少のうございます」
「……」
「一生でございますゆえ」
そして、こう続けた。
「ですが、六行ある者は、この国に何人もおりませぬ」
◆
関羽は、授業の途中で死んだ。七十七である。
そして、その日の題目は、曹沫だった。
建興十四年の秋。五丈原から、丞相が生きて帰って、二年である。
そして、諸葛瞻は十になっていた。字を、思遠という。
武備学舎は、十三年目に入っていた。祭酒は、関羽。
入学者は、延べ二百七十一人。そして、卒えた者が、百六十四人である。そのうち、四十一人が、将になっていた。
授業は、三日に一度だった。去年までは、毎日だった。
十三年、この人は同じ題目を講じている。
《なぜ樊城で退けなかったか》
《なぜ糜芳と士仁が報告できなかったか》
《なぜ旗を降ろしたか》
内容は、変わらない。そして、一つだけ、変わった。
最初の頃、この人はこう言った。
「私は、判断を誤った」
数年後。
「我らは、判断を誤った」
そして、去年。
「国の仕組みが、私一人に依っておった」
責任を、薄めたのではない。
次に同じ場所へ置かれる者が、関羽ほど強くなくても助けを求められる形へ、変えていた。
郤正が、三年分の記録を並べたことがある。そして、こう言った。
「一人称が、三度変わっております」
「はい」
「私。我ら。国」
「十三年で、三度でございます」
俺は、そこで、一つ聞いた。
「令先どの」
「はい」
「三度目は、いつですか」
郤正は、竹簡を見た。そして、答えた。
「去年の秋でございます」
「……」
「五丈原から、丞相が帰られた翌月」
俺は、そこで、動けなくなった。
三日、座っていた月である。そして、あのとき、この人は言った。
「私は、一人で降ろした」
「誰も、見ておらなんだ」
そして、翌月から、一人称が変わった。
◆
七十七である。そして、去年の冬から、馬に乗らなくなった。
俺は、月に一度、傍聴に行っていた。皇帝である。二十九になった。
そして、入ると、全員が立つ。関羽だけが、立たない。規定だ。
その日、弟子は五十二人いた。そのうち、十九人が、無当飛軍の者である。
南中の勇士だ。十一年前、諸葛亮が編成した。そして、漢語が通じない。
「叔父上」
「……陛下」
この人は、拝礼しなかった。祭酒だからである。そして、座ったまま、頷いた。
「今日は」
関羽は、答えた。
「曹沫である」
俺は、そこで、少し驚いた。十三年で、十一度目である。
「叔父上」
「うむ」
「十一度目ですね」
この人は、答えた。
「十一度目だ」
「……」
「多い」
「はい」
そして、こう続けた。
「そして、毎年、一人は覚える」
「十一人、ですか」
この人は、首を振った。
「十七人だ」
「……」
「数えておる」
そして、こう続けた。
「退いた者を、数えておる」
「はい」
「十三年で、十七人」
「——」
「一人ずつ、名を書いた」
俺は、そこで、二十三年前を思い出した。
公安である。俺は五つで、五歳の音読で曹沫を読んだ。そして、聞いた。
「このはなし、しってた」
「……知っておる」
「すき」
「覚えておらなんだ」
一度で覚えなかった人が、十一度講じている。
そして、この人は、荀息を一度で覚えた。同じ本の、同じ巻である。
◆
授業が、始まった。関羽は、竹簡を見なかった。暗誦率九十七である。そして、曹沫の条は、全部入っている。
床に、地図が広げてある。そして、木の旗が、三本。この人が、自分で削ったものだ。
「魯の将である」
「はい」
「斉と戦い、負けた」
この人は、旗を一本、倒した。
「もう一度戦い、負けた」
二本目。
「もう一度戦い、負けた」
三本目。床に、旗が三本、倒れていた。
「では、問う」
関羽が言った。
「この将は、斬られたか」
弟子の一人が、答えた。
「斬られませぬ」
「なぜだ」
「君主が、用い続けましたゆえ」
関羽は、頷いた。そして、聞いた。
「では、なぜ用い続けた」
弟子が、黙った。五十二人である。そして、誰も、答えなかった。
関羽は、しばらく待った。そして、こう言った。
「分からぬか」
「……」
「私も、分からなんだ」
「——」
「六十年、分からなんだ」
部屋が、静かになった。そして、この人は、こう続けた。
「三度負けた将を置いておくのは、恥である」
「はい」
「周りが、笑う」
「はい」
「そして、君主も、恥をかく」
「——」
「それでも、置いた」
「なぜだ」
この人は、弟子へ聞いた。そして、自分で答えた。
「次に勝つ者を、知らなんだからだ」
俺は、そこで、息を呑んだ。
そういう読み方を、俺はしていなかった。
二十三年前、俺はこの話を「失敗した者に機会を与える話」だと思った。そして、この人は、違う読み方をしている。
代わりが、いなかった。だから、置いた。
寛容では、ない。選択肢がなかっただけである。
そして、俺は、二十三年前、同じことを言った。
《代案が、ない》
《関羽以上に荊州を守れる人間が、この軍に存在しない》
十二歳のときに書いた一行である。そして、この人は、それを自分で読み解いた。たぶん、俺の木簡を見ずに。
「そして」
関羽は、続けた。
「十数年後、この将は全部取り返した」
「はい」
「匕首一本で、である」
この人は、旗を三本、立て直した。そして、こう言った。
「置いた君主は、十数年、恥をかき続けた」
「……」
「そして、生きて、それを見た」
「諸君」
関羽は、弟子を見た。
「退くというのは」
そこで、この人の声が止まった。
俺は、最初、間を置いたのだと思った。この人は、大事なことを言う前に、必ず間を置く。
そして、三つ数えても、続きが来なかった。
関羽は、前へ倒れた。地図の上である。そして、旗が三本、また倒れた。
弟子が、動いた。五十二人である。そして、最初に駆け寄ったのは、漢語の通じない十一人だった。
◆
医官が来た。脈を取り、胸に耳を当てた。そして、首を振りかけて——止めた。
「生きておられます」
誰も、喋らなかった。
寝台へ、運ばれた。学舎の奥である。運んだのは、無当飛軍の十九人だった。
そして、漢語が通じない。それでも、順に並び、足を揃えた。
十字教練である。十一年前、王平が絵にした。そして、あの十のうち、「待つ」と「止め」を使ったのだろう。
医官は、こう言った。
「胸でございます」
「治りますか」
「今夜でございましょう」
関羽は、夕になって目を開けた。半刻ほどである。
「叔父上」
「……陛下」
声が、出た。小さい。そして、最初に聞いたのは、こうだった。
「授業は」
俺は、そこで、息を呑んだ。
二年前である。五丈原から車で帰り、三日起きなかった。そして、四日目に起きて、同じことを言った。
俺は、答えた。
「途中です」
「……どこまで話した」
「『退くというのは』まで」
関羽は、少し黙っていた。そして、こう言った。
「続きを、書いておけ」
「はい」
「私は、言えぬ」
「何と書きますか」
「知らぬ」
俺は、そこで、顔を上げた。
「叔父上」
「うむ」
「退かれたのは、十七年前です」
「十七年、考えておられませんか」
関羽は、天井を見ていた。そして、こう答えた。
「考えた」
「はい」
「毎日、考えた」
「そして、言葉にならなんだ」
そして、こう続けた。
「十一度講じた」
「はい」
「十一度とも、そこで止まった」
俺は、そこで、動けなくなった。
十一度である。毎回、同じところで終わっていた。そして、誰も気付かなかった。
いや。たぶん、弟子は気付いていた。そして、聞かなかった。
「叔父上」
「うむ」
「十七人が、退きました」
「……うむ」
「言葉にならなくても、伝わっています」
関羽は、しばらく黙っていた。そして、こう聞いた。
「十七人の名を、覚えておるか」
俺は、答えた。
「覚えています」
「言ってみよ」
俺は、十七、言った。
三人目で、この人が目を閉じた。そして、最後まで聞いていた。
言い終わると、関羽は、こう言った。
「順が、違う」
「……え」
「三人目と、四人目が逆だ」
俺は、そこで、少し笑った。喉が、詰まった。そして、笑った。
十三年である。そして、順番まで覚えている。
「叔父上」
「うむ」
「なぜ、順まで」
関羽は、答えた。
「退いた順だ」
「……」
「早い者ほど、辛い」
「なぜですか」
「——」
「周りに、退いた者がおらぬからだ」
◆
夜になった。関羽は、一度だけ、口を開いた。
「陛下」
「はい」
「樊城で」
「はい」
「旗を降ろした日」
俺は、待った。この人は、息を整えていた。そして、こう言った。
「お前はいった」
十二歳である。そして、旗を降ろせと言った。
「覚えております」
「うむ」
「あのとき」
「はい」
「お前は、理由を言わなんだ」
俺は、そこで、思い出した。
言えなかった。前世の記憶である。この人は、樊城で死ぬ。そして、言えば、信じられない。
「申し訳ありません」
関羽は、首を振ろうとした。そして、動かなかった。代わりに、こう言った。
「よかった」
「……よかった、ですか」
「理由を言われておれば」
「はい」
「理で返しておった」
「そして、降ろさなんだ」
俺は、そこで、何も言えなくなった。
二年前である。五丈原で、この人は諸葛亮にこう言った。
「言えば、お前は理で返す」
「そして、私は理で勝てぬ」
同じことを、自分について言っている。
そして、この人は、二年前、それを分かった上で黙っていた。
◆
夜半、関平が着いた。漢中から、馬で三日である。五十を過ぎている。
そして、関興と、娘が続いた。
関羽は、目を開けた。そして、関平を見た。
「平」
「父上」
関羽は、こう言った。
「軍権は、渡さぬ」
部屋が、静かになった。俺は、そこで、口を挟んだ。
「叔父上」
「うむ」
「関平どのへ、渡されなくてよいのですか」
関羽は、息を整えた。そして、答えた。
「平には」
「はい」
「平の仕事がある」
「私の続きをさせれば」
「——」
「私を超えられぬ」
関平は、目を伏せた。そして、こう言った。
「父上」
「何だ」
「私は」
声が、震えていた。
「父上の後継者に、なりたかった」
関羽の目が、動いた。関平は、続けた。
「ならなくてよいと言われても」
「なりたかった」
五十である。そして、三十年、言えなかったのだろう。
関羽は、手を伸ばした。弱い。そして、関平の腕に触れた。
「すまなんだ」
「なぜ、謝られるのです」
関羽は、答えた。
「私の名が」
「……」
「お前の道を、狭くした」
関平は、首を振った。涙が、落ちた。そして、こう言った。
「父上の名があったゆえ」
「はい」
「私は、多くを学べました」
そして、こう続けた。
「ですが」
「父上の旗は、継ぎませぬ」
「私の旗を、作ります」
関羽は、ゆっくり頷いた。そして、こう言った。
「それでよい」
十七年前、この人は言った。
「私の子だから、私の職を与えるな」
そして、その日から十七年、この人は一度も、子の人事に口を出さなかった。
そして、今日、初めて謝った。
◆
次に、俺を見た。
「陛下」
「はい」
「荊州は」
返せなかった。
呉との同盟は、続いている。領有の話は、棚上げのままだ。十七年である。そして、住んでいる者の代も、変わった。
俺は、答えた。
「取り戻せませんでした」
「……」
「申し訳ありません」
関羽は、首を横に振った。そして、こう言った。
「謝るな」
「私は」
少し、息を吸った。
「荊州を、土地だと思っておった」
「違うのですか」
関羽は、答えた。
「土地でもある」
「はい」
「だが」
「そこにいた兵」
「はい」
「民」
「はい」
「家族」
「記録」
「約束」
「——」
「それらも、荊州だった」
俺は、そこで、一つ思い出した。
十七年前である。潘濬が、竹簡を四百二十本持って退いた。糧は、捨てた。土地は、失った。
そして、誰が住んでいたかは、残った。
「叔父上」
「うむ」
「全部は、取り戻せません」
「はい」
「そして、多くは、蜀の中にあります」
関羽は、少し笑った。そして、こう言った。
「荊州、異常あり」
烽火の報せである。十七年前、七つの烽火台を作った。
俺は、続けた。
「されど、兵はまだ立っている」
関羽は、目を閉じた。そして、こう言った。
「そうだ」
関羽は、最後に、一つ聞いた。
「陛下」
「はい」
「旗は」
俺は、答えた。
「立っています」
「……三本か」
「三本です」
嘘である。倒れたときに、三本とも倒れた。そして、まだ誰も立て直していない。
関羽は、目を閉じた。そして、こう言った。
「よい」
それが、最後の言葉だった。亥の刻である。苦しんだ様子は、なかった。
◆
俺は、その夜、講堂へ行かなかった。行けなかった。そして、翌朝、行った。
地図が、広げたままだった。旗が、三本倒れている。そして、この人が、その上にいない。運ばれた後である。
俺は、そこに立っていた。そして、旗を立てようとして、手が止まった。
立てれば、授業が終わったことになる。
俺は、立てなかった。そして、その日から三日、誰も立てなかった。
〈あとがき〉
「様式が同じなら、いつか読めます」——三十二年前、「素行が悪い」と書かれた人は、読まれなかったのではなく、読める形になっていなかった。そして、十六年かけて直しました。
「一人称が、三度変わっております」「三度目は、いつですか」「五丈原から、丞相が帰られた翌月」。
「次に勝つ者を、知らなんだからだ」——寛容ではなく、選択肢がなかった。十二歳の主人公が書いた《代案が、ない》と、同じ読みです。
「順が、違う」「三人目と、四人目が逆だ」——退いた順です。「早い者ほど、辛い。周りに、退いた者がおらぬからだ」。
「理由を言われておれば、理で返しておった。そして、降ろさなんだ」。
そして最後に「旗は」「立っています」。嘘です。
次回、第129話「旗は、畳んで置いておく」。




