第127話 九十四万人の国は、誰も捨てられない
【建興十三年|成都】
建興十三年。西暦二三五年である。
馬超が死んだ。六十である。
羌の首領の名を、書き終えた日だった。
三十七では、ない。百四十一である。
◆
七年前、隴右を返したとき、三十七書いた。そして、七年で、百四十一になった。
首領が死ねば、次を書く。部族が割れれば、両方書く。
「孟起どの」
「陛下」
寝台である。そして、この人は、壁を背にしていなかった。
「百四十一です」
「はい」
「全部、会われましたか」
この人は、答えた。
「七十四」
「……」
「残りは、使者でございます」
「孟起どの」
「はい」
俺は、聞いた。
「十七年前、後ろに人が立っているか伺いました」
この人は、少し笑った。
「覚えております」
「はい」
「今は、どうですか」
馬超は、答えた。
「立っております」
「……」
「そして、振り返りませぬ」
十七年である。そして、俺は、それを一度もこの人に言っていない。馬岱との約束だからだ。
「知れば、意識いたします」「意識すれば、振り返ります」
そして、この人は、たぶん、気付いている。
最後に、この人は、こう言った。
「陛下」
「はい」
「岱を、頼みます」
二十一年前と、同じ言葉である。俺は、答えた。
「二十一年前に、書いてあります」
馬超は、少し驚いた顔をした。そして、こう聞いた。
「何と、でございましょう」
俺は、木簡を出した。七歳の字である。半分が、仮名だ。
《一人だけ、残った》
馬超は、それを長いこと見ていた。そして、こう言った。
「一人では、ございませぬ」
「……」
「百四十一」
《渡したもの》
馬超 字・孟起 六十
《羌・氐の首領 百四十一名の名》
《うち一名は、この人を裏切った者》
◆
退職という言葉が、この時代にはない。
致仕という語はある。高位の者が、老いを理由に職を返上することだ。そして、それができるのは、返上しても食える者だけである。
官は、死ぬまで官である。そして、使えなくなった者は、黙って消える。
建興十三年。俺は、二十八になった。そして、孟起どのが死んだ月に、もう一つ、数が出た。
郤正が、竹簡を六本抱えて入ってきた。記録を、三十年やっている。
そして、この人が六本持ってくるときは、たいてい、良くない数字である。
一本なら報告。三本なら相談。六本なら、決めてくれという意味だ。十年で、俺はそれを覚えた。
「陛下」
「令先どの」
「戸籍の集計でございます」
そして、こう言った。
「六十を超えた者が、増えております」
【蜀漢 年齢別】
総口 九十四万
十五歳未満 二十七万
十五〜五十九 五十四万
六十以上 十三万
備考
六十以上の比率
二十年前 九%
現在 十四%
十四パーセント。二十年で、五上がった。
「令先どの」
「はい」
「なぜですか」
この人は、答えた。
「戦が、減りましたゆえ」
俺は、そこで、動けなくなった。
北伐を止めた。去年である。そして、桟道を作り始めた。輸送死が、減った。
人が、死ななくなった。そして、老いた。
「令先どの」
「はい」
「十三万人は、何をしていますか」
この人は、正直に答えた。
「分かりませぬ」
◆
三日後、評定を開いた。議題は、一つである。
《六十以上の官、四千百名の職務について》
そして、この議題を見た者の何人かが、自分の歳を数えたはずだった。
諸葛亮。五十四。蔣琬。五十。費禕。四十。董允。四十五。姜維。三十三。
そして、関羽。七十六である。去年から、評定には出てこない。三日に一度、学舎で教えている。
「陛下」
蔣琬が言った。
「十三万のうち、官は何人でございましょう」
郤正が、答えた。
「四千百」
「はい」
「そして、そのうち」
「——」
「千七百が、職に就いておりませぬ」
広間が、静かになった。
「禄は」
「出ております」
「……」
「全員に」
俺は、そこで、前世を思い出した。
窓際である。役職がない。仕事がない。そして、給与が出る。
本人が、一番辛い。
「令先どの」
「はい」
「千七百人に、聞けますか」
郤正は、怪訝な顔をした。
「何を、でございましょう」
俺は、答えた。
「三つです」
「一つ。何ができるか」
「二つ。何がしたいか」
そして、三つ目。
「三つ。誰に、使われたかったか」
広間が、静かになった。そして、蔣琬が、こう言った。
「陛下」
「はい」
「それは」
「——」
「漢升どのの問いでございますな」
俺は、そこで、頷いた。
十一年前である。黄忠が、四千百二十七人に聞いた。九十日、毎日四十六人。
そして、千二十七人が、こう答えた。
「使われたことが、ない」
◆
四月かかった。
【六十以上の官 千七百名 聞き取り】
「何ができるか」
文書・計数 六百二十
地方の事情 四百十
技能(工・医・織)二百八十
言語(夷・羌) 百四十
「ない」 二百五十
「誰に使われたかったか」
「誰でもよい」 九百十
「先帝」 三百二十
「丞相」 二百六十
「使われたことがない」二百十
二百十である。
十一年前は、四人に一人だった。四千のうち、千二十七。そして、今回は、八人に一人である。
「令先どの」
「はい」
「減りましたね」
郤正は、答えた。
「減っております」
「……」
「十一年前の四千のうち、生きている者が、千二百おります」
「——」
「そして、そのうち」
「——」
「『使われたことがない』と答えた者は、十一人でございます」
俺は、そこで、数を見た。
千二十七から、十一へ。十一年である。
そして、その千二十七人は、全員、黄忠が目と手に配した。
「見ていた者は、目が利きます」
そう言った人が、七十七で死んで、十一年になる。
◆
制度を、作った。
【職務転換規定】
一 六十歳をもって、前線職務を離れる
(強制ではない。本人が申告する)
二 離職後、以下の三つから選ぶ
甲 教える (学舎・教練・技能の伝授)
乙 記録する (地方誌・技能簿・敗因簿の編纂)
丙 見る (監察・門番・巡視)
三 いずれも選ばぬ場合、禄は続く
ただし、三年ごとに再度尋ねる
四 選んだ職務では、命令を出さない
(助言のみ。決裁権は持たない)
備考
四が、いちばん重要です。
四番目である。
「陛下」
費禕が聞いた。
「四番目は、なぜでございましょう」
俺は、答えた。
「口を出すからです」
広間が、静かになった。そして、誰も、反論しなかった。
前世で、俺はこれを何度も見た。相談役。顧問。名誉なんとか。決裁権は、ない。そして、全部の案件に、意見を言う。
部下は、逆らえない。昔の上司だからだ。そして、決めるのに三倍時間がかかる。
四十を過ぎた頃から、増えた。そして、そのたびに、俺は数字で説明した。
「人件費の最適化です」と。
名前を、一人も覚えていない。
「文偉どの」
「はい」
「助言は、書いてもらいます」
「はい」
「口頭では、受け付けません」
「なぜでございましょう」
俺は、答えた。
「書けば、残ります」
「はい」
「そして、三年後に、正しかったか分かります」
そして、こう続けた。
「口頭の助言は、外れても残りません」
四年前、五丈原で、休暇監察官が同じことをした。口頭決裁も、件数へ含める。
そして、あのときは、逃げ道を塞ぐためだった。今度は、残すためである。
同じ手が、二つの目的に使える。
◆
そして、一つ、問題が残った。
「陛下」
董允が言った。侍中である。そして、十二年、俺を叱っている。
「一つ、申し上げます」
「どうぞ」
この人は、こう言った。
「関羽どのは、どうなさいます」
広間が、凍った。
七十六である。そして、武備学舎の祭酒だ。甲である。教える、である。
「休昭どの」
「はい」
「甲です」
董允は、首を振った。
「そこではございませぬ」
「……」
「四番目でございます」
俺は、そこで、息を呑んだ。
命令を出さない。そして、関羽は、去年、荊州からの軍議に一度口を出した。
「休昭どの」
「はい」
「去年の件ですね」
「はい」
「正しかったですか」
董允は、答えた。
「正しゅうございました」
「……」
「そして、それが、問題でございます」
俺は、そこで、理解した。
正しいから、問題である。外れれば、次から聞かれない。当たれば、次も聞かれる。
そして、三度当たれば——誰も、自分で決めなくなる。
「休昭どの」
「はい」
「これを、私に言うのは、辛くありませんか」
この人は、答えた。
「辛うございます」
「では、なぜ」
「——」
「職掌でございますゆえ」
そして、こう続けた。
「そして、月にゼロなら、制度が死んでおります」
十二年前、この人が自分で言った一行である。
◆
俺は、学舎へ行った。関羽は、学舎の庭にいた。七十六である。
床几に腰かけ、膝の上で小刀を使っていた。木の旗を削っている。授業で使うものだ。
十四年、この人は自分で作っている。弟子が申し出ても、渡さない。
削り屑が、足元に散っていた。そして、手は、少し震えていた。
「叔父上」
「……陛下」
「規定を、作りました」
俺は、竹簡を置いた。この人は、それを読んだ。そして、四番目で止まった。
やがて、こう言った。
「去年の件か」
「はい」
「私は、正しかった」
「存じております」
「それでも、か」
俺は、答えた。
「それだから、です」
関羽は、旗を削る手を止めた。そして、長いこと黙っていた。やがて、こう聞いた。
「陛下」
「はい」
「私が去年口を出さねば、どうなった」
俺は、正直に答えた。
「負けていました」
「……」
「三百人、死んでいたと思います」
関羽は、頷いた。そして、こう言った。
「では、三百人は」
「生きています」
長い沈黙があった。そして、この人は、こう聞いた。
「次は、死ぬな」
俺は、答えた。
「死にます」
そして、こう続けた。
「叔父上がおられなくなれば、必ず死にます」
「はい」
「そして、そのとき」
「——」
「誰も、決め方を知りません」
関羽は、そこで、旗を置いた。そして、こう言った。
「……承知した」
「一つ、条件がある」
「なんですか」
この人は、こう言った。
「去年の件を、書かせてくれ」
「……」
「何を考えて、口を出したかを」
俺は、そこで、顔を上げた。
「書かれますか」
「書く」
「——」
「そして、学舎で講じる」
俺は、そこで、理解した。
命令を出すのではない。考え方を、教える。
そして、次に同じことが起きたとき、弟子の誰かが、自分で決める。
【職務転換規定 追加】
五 助言を行った者は、
その判断の過程を、後に講じる
備考
答えではなく、
考え方を渡します。
備考を書いたのは、関羽である。そして、この人が備考を書いたのは、二十七年で、初めてだった。
◆
一年後。数字が出た。
【職務転換 初年度】
対象 六十以上の官 四千百
甲(教える) 千二百四十
乙(記録する) 九百八十
丙(見る) 七百十
選ばず 千百七十
備考
「選ばず」のうち、
八百は、既に病んでおります。
八百である。
「令先どの」
「はい」
「残る三百七十人は」
郤正は、答えた。
「選びたくないそうでございます」
「……」
「理由を、聞きました」
そして、こう続けた。
「三百七十人のうち、三百二十人が、同じことを申しました」
「何と、ですか」
郤正は、答えた。
「『まだ、前線に戻れる』」
俺は、そこで、少し笑った。
六十を超えている。そして、全員が、そう言う。
黄忠も、同じことを言った。七十六で、である。
「令先どの」
「はい」
「三年後に、もう一度聞いてください」
「はい」
「そして、その三百二十人には」
俺は、言った。
「三年間、何もさせないでください」
「……陛下」
「はい」
「それは、お厳しゅうございます」
俺は、答えた。
「厳しいです」
「……」
「そして、三年あれば、自分で気付きます」
前世である。再雇用を断った人が、一年後に来た。そして、こう言った。
「何もしない一年が、一番長かった」
俺は、そのとき、何も答えなかった。そして、三十年経って、同じことを制度にしている。
俺は、そこで、一つ足した。
「令先どの」
「はい」
「三年のあいだ、禄は減らさないでください」
「はい」
「そして、三年目に、こう聞いてください」
「何と、でございましょう」
俺は、答えた。
「『三年、何をしておられましたか』」
郤正は、筆を止めた。そして、こう聞いた。
「答えられませぬ者が、多うございましょう」
俺は、答えた。
「はい」
「……」
「そして、答えられた者は、既に何かを始めています」
◆
その夜、俺は木簡を出した。そして、書いた。
《六十を超えた者、十三万》
そして、その下に。
《一人も、捨てられない》
そして、その下に。
《九十四万の国だからだ》
俺は、そこで、筆を止めた。
魏は、四百四十万である。六十を超えた者を捨てても、気付かない。
そして、我らは——十三万を捨てれば、一割以上減る。
俺は、もう一行書いた。
《これは、優しさではない》
そして、その下に。
《数えたら、そうなった》
最後に、俺は別の木簡を出した。
《渡したもの》
一行目、黄忠。
《六十を過ぎた者の、使い方》
《そして、千二十七人の名》
俺は、その横に、小さく書き足した。
《十一年後、十一人になった》
そして、その下に、もう一行。
《この人は、四千百二十七人に、三つ聞いた》
《俺は、千七百人に、同じ三つを聞いた》
《そして、いま、四千百人に聞く仕組みがある》
〈あとがき〉
「立っております」「そして、振り返りませぬ」——十七年、主人公はそれを本人に言っていません。馬岱との約束だからです。そして、たぶん、気付いています。
十三万。「なぜですか」「戦が、減りましたゆえ」。人が死ななくなって、老いました。
「使われたことがない」——十一年前は四人に一人、今は八人に一人。そして、黄忠が配した千二十七人のうち、いま生きている千二百人では、十一人です。
「正しかったですか」「正しゅうございました。そして、それが、問題でございます」。三度当たれば、誰も自分で決めなくなります。
二十六年前、俺は張松に会った日、人を動かす六つの型を思い出した。あのとき効かなかったもののうち、一つだけ、俺がずっと軽く見ていたものがある。
権威である。
肩書のある人の言うことは、中身を確かめずに通る。白い衣を着ているだけで、薬の話が信じられる。前世で、俺はそれを「愚かな人が引っかかる型」だと思っていた。
違った。いちばん引っかかるのは、賢い人である。賢い人は、時間を惜しむ。確かめるより、当てた人の言うことを取るほうが速い。そして、それは、たいてい正しい。
三度当たった人の言うことを、四度目に確かめる人間は、ほとんどいない。
俺は、二十六年、当ててきた。人を測り、危険を数え、条件を書き、そして、たいてい合っていた。
合っていたことが、いま、返ってきている。
誰も、自分で決めなくなる。
そして、この型のいちばん厄介なところは、権威を持っている側が、それを望んでいないことである。俺は、一度も「従え」と言っていない。
言っていないから、余計に、通る。
そして関羽が、二十七年で初めて備考を書きました。《答えではなく、考え方を渡します》。
《劉禅文庫 再読『影響力の武器』——権威にいちばん引っかかるのは、賢い人である。確かめるより、当てた人を取るほうが速い。そして、たいてい正しい》
次回、第128話「軍神、授業の途中に倒れる」。




