↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第八部 英雄たちが、渡していく

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
125/174

第122話 北伐の目標に「長安」は書きません


【建興十二年|成都】


建興(けんこう)十二年。西暦二三四年である。


出兵の案が、上がってきた。第何次、とは書いていない。六年前、数えるのをやめた。


甲種。乙種。丙種。


そして、表題の下に、一行空いていた。種を書く欄である。


    ◆


「先生」


「陛下」


二十七である。皇帝になって、十一年。そして、俺はいまだに、この人だけを「先生」と呼ぶ。


「種が、空いております」


諸葛亮(しょかつりょう)は、羽扇(うせん)を止めた。そして、こう答えた。


「決めかねております」


「いくつ、候補がありますか」


「三つ」


俺は、そこで、六年前の規定を出した。


《一つの出兵に、二つ以上の種を混ぜてはならない》


備考を書いたのは、俺である。


《混ぜると、終了条件が三つになります。そして、三つあるものは、一つも守られません》


「先生」


「はい」


「一つ、選んでください」


長い沈黙があった。そして、諸葛亮は、こう言った。


「乙種」


俺は、そこで、少し驚いた。甲種では、ない。領土を、取りに行かない。


「理由を」


この人は、答えた。


「四年前、隴右(ろんゆう)を返しました」


「はい」


「同じことを、二度はいたしませぬ」


四年である。四十三と、十一という数字を、この人はまだ覚えている。


案は、よくできていた。


蜀軍は斜谷を通り、五丈原(ごじょうげん)へ進む。渭水南岸に陣を置く。屯田を行い、長期的に魏軍へ圧力をかける。呉も東から魏を攻める。


司馬懿(しばい)が守りに徹しても、蜀軍は食料を自給しながら待つ。


過去の北伐の弱点を、全部潰してある。兵站。期限。撤退。


三年前、李厳(りげん)が雨を口実に嘘をついた。そして今、兵站は五部門に分かれている。


「計画自体には」


龐統(ほうとう)が言った。五十五である。そして、去年から酒を減らした。医官に言われたからではない。「味が分からなくなった」と本人が言った。


「大きな欠陥はありません」


「人員以外は」


法正(ほうせい)は、来ていなかった。五十九である。去年から、床にいる日が増えた。そして、敵情の書だけは、いまも自分で書いている。


代わりに、馬謖(ばしょく)が言った。


「人員以外は、でございます」


諸葛亮が顔を上げる。


「誰が問題です」


龐統と馬謖の声が、重なった。


「孔明どのです」


    ◆


「臣は」


「丞相」


俺は止めた。


「今回の出兵で、何を達成しますか」


「魏軍を渭水南岸へ拘束し」


「隴右への影響を拡大し」


「可能であれば長安を」


「三つ、挙げられました」


「……」


「乙種と、仰せでしたね」


「拘束だけです」


「……」


「『可能であれば』は、禁止です」


諸葛亮が、黙る。


十二年前、父の限定東征がそうだった。目的が増え、終了条件が消えた。そして、三万が三峡を上った。


同じことを、繰り返さない。


「長安攻略を目標にしますか」


俺が尋ねる。


「機会があれば」


「目標ですか」


「最終的には」


「今回ですか」


諸葛亮は、答えない。


長安。漢の旧都である。取れれば、大勝利だ。


だが、五丈原から司馬懿軍を破り、渭水を越え、長安まで進む。現実的な期間も、兵力も、不確定である。


「今回の目標へ」


俺は言った。


「長安を書きません」


甲種の目標だからである。そして、今度は乙種だ。


諸葛亮の顔が険しくなる。


「陛下」


「長安を諦めるのではありません」


「では」


「今回の作戦で、守れる目標だけを書きます」


【建興十二年 出兵】


種 乙


目的

 魏軍を関中へ拘束する


終了条件

 百八十日


副次成果(達成しなくてよい)


 一 五丈原での長期兵站検証

 二 現地屯田の実効性確認

 三 魏領内の民心・豪族情報

 四 将来の拠点と道の調査

 五 若手指揮官の育成


前提

 全軍の帰還


目的は、一つである。そして、副次成果は、五つ挙げた。


「陛下」


諸葛亮が聞いた。


「副次は、達成せずともよいので」


俺は、答えた。


「よいのです」


「……」


「達成すべきものにすると、六つになります」


「六つあるものは、一つも守られません」


六年前、龐統が同じことを言った。


《三つあるものは、一つも守られません》


そして、あの男は、いま同じ広間で、酒を飲まずに座っている。


「そして、最後です」


俺は、言った。


「全軍の帰還」


「最後は、目的ですか」


諸葛亮が尋ねる。


「最重要です」


「戦は、帰るために行うのでは」


「生きて帰らなければ、次がありません」


関羽(かんう)。張飛(ちょうひ)。父。趙雲(ちょううん)。二十七年で、何度も得た教訓である。


そして、四人のうち、二人はまだ生きている。


    ◆


次に、期間である。


諸葛亮案——二百四十日。俺の案——百八十日。


「短すぎます」


「半年です」


「司馬懿が動かなければ」


「動かなくても帰ります」


「それでは、仲達の勝ちです」


「何をもって勝ちとしますか」


諸葛亮が、止まる。


司馬懿を戦場へ引き出す。撃破する。長安へ進む。そこまで求めれば、相手が動かない限り、永久に帰れない。


「司馬懿どのに」


俺は言った。


「こちらの撤退時期を決めさせてはいけません」


相手が戦わないから、残る。それでは、作戦期間を敵が決めている。


「百八十日で帰ります」


「その間、司馬懿どのが動かなくても」


「動かねば、関中に留まっております」


「はい」


「留まっていれば、拘束です」


「乙種の目的は、それだけです」


諸葛亮は、そこで、羽扇を止めた。そして、こう言った。


「陛下」


「はい」


「それでは、司馬懿どのが出てこぬほうが、よいことになります」


俺は、答えた。


「はい」


「……」


「出てこなければ、一人も死にません」


諸葛亮は、長いこと黙っていた。そして、反論しなかった。


二十七年、俺はこの人と議論してきた。そして、この人が反論しないのは、負けたときではない。


考え直しているときである。


龐統が、頷いた。


「よいでしょう」


「士元どの」


「二百四十日も孔明どのと同じ陣にいるのは、私も嫌です」


「なぜ貴殿まで行く前提なのです」


「行きません」


龐統は、即答した。


「私は成都で、作戦評価を行います」


北伐へ行きたがるこの男が、今回は残る。


「孔明どのと私が、同じ前線へ行けば」


龐統は言った。


「陛下の申される、英雄を同じ場所へ置くな、に反します」


十二年前、俺が名簿から三行削った日の話である。そして、この男は、そのとき削られた側だった。


諸葛亮は、少し寂しそうだった。同時に、納得もしている。


    ◆


次。諸葛亮の勤務制限である。


一日あたりの決裁文書、上限五十件。本人は、一日百件以上を処理している。


「五十では、軍が止まります」


「残りは楊儀、費禕(ひい)、王平(おうへい)へ」


「重大な案件が」


「重要度分類を、別の者が行います」


「誤分類が」


「週に一度、抜き取り確認してください」


全件では、ない。


さらに。食事、一日二回以上。睡眠、三刻半以上。体重、十日に一度。


発熱。腹痛。食欲低下。便の異常。医官が確認。


異常が二項目以上なら、半日休養。四項目以上なら、指揮権を一時移譲。


「病人扱いです」


「病気になる前に見るのです」


「陛下」


諸葛亮が言う。


「戦場で、丞相の便まで記録するのですか」


広間に、微妙な沈黙が流れた。


王平が、少し笑った。五十である。そして、この人が笑うのは、珍しい。


「丞相の週報に、便の欄が」


関羽が、顔を背けた。七十五である。笑いを堪えている。


諸葛亮の顔が、赤くなる。


「必要ありません」


「必要です」


医官が答える。


「丞相は、食事量の低下を隠されます」


「隠しておりません」


「量を尋ねると、食べたとだけ答えられます」


「事実です」


「粥を三口でも、食べたと」


諸葛亮が、黙る。確信犯である。


「丞相」


俺は言った。


「戦場で生きることは、恥ではありません」


「承知しております」


「本当に」


「……努力します」


受容度が、低い。


【五丈原作戦・健康規定】


期間 百八十日


諸葛亮

 一日決裁上限 五十件

 睡眠下限 三刻半

 食事 一日二回

 医官確認 毎日

 指揮権一時移譲条件 四項目異常


休養受容度 37%


規定違反予測 高


    ◆


最後。撤退責任者である。諸葛亮では、ない。王平。


戦略上の撤退決定は、俺と執行評議。前線での実行は、王平。


魏延(ぎえん)——後衛。楊儀——兵站整理。費禕——連絡。全員が、六年前に作った緊急計画へ従う。


「私が健在でも」


諸葛亮が尋ねる。


「百八十日目には、王平が撤退を開始するのですか」


「はい」


「戦機があっても」


「追加承認がなければ」


「使者が間に合わなければ」


「撤退します」


「陛下は」


諸葛亮の声が、少し強くなる。


「北伐を成功させたいのですか」


「成功させたいです」


「ならば」


「丞相を失ってまで成功させたくありません」


諸葛亮が、黙る。


父のため。漢のため。自分の人生を使い切る。それが忠義だと考えている。


「孔明」


関羽が呼んだ。


「何でしょう」


「私は、樊城(はんじょう)を取れなかった」


「はい」


「陛下は、父上の東征を止めきれなかった」


「はい」


「街亭(がいてい)も失った」


「はい」


「それでも、国は残っている」


関羽は、言う。七十五である。そして、いまも武備学舎(ぶびがくしゃ)で教えている。


「お前が長安を取れなくても」


「国は残る」


「しかし」


「お前が死ねば」


関羽の声が、低くなる。


「国が止まると思っているのか」


諸葛亮の顔が、変わる。


「そのようには」


「ならば」


「生きて帰れ」


関羽が、父から受けた言葉を、諸葛亮へ渡す。十一年前、白帝城(はくていじょう)で、父が言った。


「生きて帰ることが」


俺も続ける。


「今回の丞相の仕事です」


    ◆


五丈原作戦は、条件付きで承認された。諸葛亮は、先帝の廟へ報告した。


出発の日、俺は丞相へ一枚の木簡を渡した。


《百八十日》


それだけ書いてある。裏面。


《生きて帰る》


諸葛亮は、苦笑した。


「陛下は、私を信用しておられませんな」


「信用しています」


「では」


「確認します」


二十七年前、俺は関羽に同じことを言った。そして、あのとき、この人は「信用しておらぬのか」と返した。


諸葛亮は、木簡を懐へ入れた。


出陣の前、俺は一つ命じた。


「孝直どのの経路を、使います」


法正は、二年前から床を離れられない。そして、商人の経路が残っている。三十年かけて、この人が作ったものだ。


「何を、流されますので」


郤正(げきせい)が聞いた。三十四である。文書の様式を、十年、この人が作っている。


俺は、答えた。


「終了条件です」


郤正の筆が、止まった。


「陛下」


「はい」


「敵に、期限を教えますので」


俺は、答えた。


「教えます」


「……」


「知れば、司馬懿は出てきません」


郤正は、長いこと黙っていた。そして、こう聞いた。


「出てこねば、勝てませぬ」


「はい」


「勝ちに行きません」


「乙種です」


俺は、続けた。


「目的は、拘束です」


「はい」


「出てこなくても、関中にいれば達成です」


「そして、出てこなければ、一人も死にません」


郤正は、筆を取った。そして、記録に一行書いた。


《終了条件を、意図して流す》


《理由——相手が守りに入れば、兵が死なぬゆえ》


俺は、そこで、一つ付け足させた。


「令先どの」


「はい」


「危険も、書いてください」


「何と」


俺は、答えた。


「『次から、数えられる』」


一度やれば、次は通じない。そして、司馬懿は、数える男である。


    ◆


蜀軍が五丈原へ向かう。その頃、司馬懿は魏の陣営で、蜀軍の兵站計画を読んでいた。


「諸葛亮は、長くいるつもりだ」


郭淮(かくわい)が言う。司馬懿は、首を横に振った。


「以前より、期限が明確すぎる」


「百八十日との噂です」


司馬懿は、そこで手を止めた。そして、こう聞いた。


「どこから出た」


郭淮は、答えた。


「商人でございます」


「何人から」


「三人」


「同じ数か」


「同じでございます」


司馬懿は、竹簡を置いた。そして、こう言った。


「漏れておらぬ」


「……は」


「流しておる」


郭淮が、顔を上げた。


「流す意味が、ございますので」


司馬懿は、答えた。


「考えてみよ」


「はい」


「百八十日と知れば、我らはどうする」


郭淮は、即答した。


「百七十九日、戦いませぬ」


「そうだ」


「そして、それは向こうにとって、何だ」


郭淮は、答えられなかった。司馬懿は、待った。半刻である。


この男は、待つ。部下が答えを出すまで、待つ。そして、それが、この男の強さの本体だった。


「戦に、なりませぬ」


「そのとおりだ」


「蜀の兵は、一人も死なぬ」


陣が、静かになった。司馬懿は、続けた。


「向こうの狙いは、土地ではない」


「はい」


「我らを、関中に置いておくことだ」


「置いておけば、呉へ向ける兵が減る」


「では」


郭淮が聞いた。


「出て、叩きますか」


司馬懿は、首を振った。


「出れば、死ぬ」


「はい」


「出ねば、拘束される」


「どちらも、向こうの得だ」


そして、こう言った。


「久しく、こういう相手に会っておらぬ」


郭淮が、一つ聞いた。


「百八十日を過ぎれば、退きますので」


司馬懿は、答えた。


「退く」


「確かですか」


「確かだ」


「六年前、隴右を三月で返した」


そして、こう続けた。


「書いたとおりにやる」


「はい」


「それが、一番厄介だ」


司馬懿は、最後に一つ命じた。


「百八十日、数えておけ」


「はい」


「一日も違わずに退けば」


「次からは、数えて備えられる」


そして、蜀軍は、百七十九日目に退いた。一日、早かった。


理由を、後に俺は聞かれることになる。そして、答えは一つである。


麦が、実らなかったからだ。



〈あとがき〉


「乙種」——四年前、隴右を三月で返した人が、自分から領土を取らない種を選びました。


「『可能であれば』は、禁止です」。父の限定東征と、同じ形だからです。


「出てこなければ、一人も死にません」。そして、諸葛亮は反論しませんでした。この人が反論しないのは、負けたときではなく、考え直しているときです。


そして終了条件を、敵へ流します。「知れば、司馬懿は出てきません」。危険も書かせました——《次から、数えられる》。


司馬懿は、半刻、部下の答えを待ちました。それが、この男の強さの本体です。


次回、魏延と楊儀を、同じ上司に預けません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
120話で死亡している法正が…生きている?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。