第122話 北伐の目標に「長安」は書きません
【建興十二年|成都】
建興十二年。西暦二三四年である。
出兵の案が、上がってきた。第何次、とは書いていない。六年前、数えるのをやめた。
甲種。乙種。丙種。
そして、表題の下に、一行空いていた。種を書く欄である。
◆
「先生」
「陛下」
二十七である。皇帝になって、十一年。そして、俺はいまだに、この人だけを「先生」と呼ぶ。
「種が、空いております」
諸葛亮は、羽扇を止めた。そして、こう答えた。
「決めかねております」
「いくつ、候補がありますか」
「三つ」
俺は、そこで、六年前の規定を出した。
《一つの出兵に、二つ以上の種を混ぜてはならない》
備考を書いたのは、俺である。
《混ぜると、終了条件が三つになります。そして、三つあるものは、一つも守られません》
「先生」
「はい」
「一つ、選んでください」
長い沈黙があった。そして、諸葛亮は、こう言った。
「乙種」
俺は、そこで、少し驚いた。甲種では、ない。領土を、取りに行かない。
「理由を」
この人は、答えた。
「四年前、隴右を返しました」
「はい」
「同じことを、二度はいたしませぬ」
四年である。四十三と、十一という数字を、この人はまだ覚えている。
案は、よくできていた。
蜀軍は斜谷を通り、五丈原へ進む。渭水南岸に陣を置く。屯田を行い、長期的に魏軍へ圧力をかける。呉も東から魏を攻める。
司馬懿が守りに徹しても、蜀軍は食料を自給しながら待つ。
過去の北伐の弱点を、全部潰してある。兵站。期限。撤退。
三年前、李厳が雨を口実に嘘をついた。そして今、兵站は五部門に分かれている。
「計画自体には」
龐統が言った。五十五である。そして、去年から酒を減らした。医官に言われたからではない。「味が分からなくなった」と本人が言った。
「大きな欠陥はありません」
「人員以外は」
法正は、来ていなかった。五十九である。去年から、床にいる日が増えた。そして、敵情の書だけは、いまも自分で書いている。
代わりに、馬謖が言った。
「人員以外は、でございます」
諸葛亮が顔を上げる。
「誰が問題です」
龐統と馬謖の声が、重なった。
「孔明どのです」
◆
「臣は」
「丞相」
俺は止めた。
「今回の出兵で、何を達成しますか」
「魏軍を渭水南岸へ拘束し」
「隴右への影響を拡大し」
「可能であれば長安を」
「三つ、挙げられました」
「……」
「乙種と、仰せでしたね」
「拘束だけです」
「……」
「『可能であれば』は、禁止です」
諸葛亮が、黙る。
十二年前、父の限定東征がそうだった。目的が増え、終了条件が消えた。そして、三万が三峡を上った。
同じことを、繰り返さない。
「長安攻略を目標にしますか」
俺が尋ねる。
「機会があれば」
「目標ですか」
「最終的には」
「今回ですか」
諸葛亮は、答えない。
長安。漢の旧都である。取れれば、大勝利だ。
だが、五丈原から司馬懿軍を破り、渭水を越え、長安まで進む。現実的な期間も、兵力も、不確定である。
「今回の目標へ」
俺は言った。
「長安を書きません」
甲種の目標だからである。そして、今度は乙種だ。
諸葛亮の顔が険しくなる。
「陛下」
「長安を諦めるのではありません」
「では」
「今回の作戦で、守れる目標だけを書きます」
【建興十二年 出兵】
種 乙
目的
魏軍を関中へ拘束する
終了条件
百八十日
副次成果(達成しなくてよい)
一 五丈原での長期兵站検証
二 現地屯田の実効性確認
三 魏領内の民心・豪族情報
四 将来の拠点と道の調査
五 若手指揮官の育成
前提
全軍の帰還
目的は、一つである。そして、副次成果は、五つ挙げた。
「陛下」
諸葛亮が聞いた。
「副次は、達成せずともよいので」
俺は、答えた。
「よいのです」
「……」
「達成すべきものにすると、六つになります」
「六つあるものは、一つも守られません」
六年前、龐統が同じことを言った。
《三つあるものは、一つも守られません》
そして、あの男は、いま同じ広間で、酒を飲まずに座っている。
「そして、最後です」
俺は、言った。
「全軍の帰還」
「最後は、目的ですか」
諸葛亮が尋ねる。
「最重要です」
「戦は、帰るために行うのでは」
「生きて帰らなければ、次がありません」
関羽。張飛。父。趙雲。二十七年で、何度も得た教訓である。
そして、四人のうち、二人はまだ生きている。
◆
次に、期間である。
諸葛亮案——二百四十日。俺の案——百八十日。
「短すぎます」
「半年です」
「司馬懿が動かなければ」
「動かなくても帰ります」
「それでは、仲達の勝ちです」
「何をもって勝ちとしますか」
諸葛亮が、止まる。
司馬懿を戦場へ引き出す。撃破する。長安へ進む。そこまで求めれば、相手が動かない限り、永久に帰れない。
「司馬懿どのに」
俺は言った。
「こちらの撤退時期を決めさせてはいけません」
相手が戦わないから、残る。それでは、作戦期間を敵が決めている。
「百八十日で帰ります」
「その間、司馬懿どのが動かなくても」
「動かねば、関中に留まっております」
「はい」
「留まっていれば、拘束です」
「乙種の目的は、それだけです」
諸葛亮は、そこで、羽扇を止めた。そして、こう言った。
「陛下」
「はい」
「それでは、司馬懿どのが出てこぬほうが、よいことになります」
俺は、答えた。
「はい」
「……」
「出てこなければ、一人も死にません」
諸葛亮は、長いこと黙っていた。そして、反論しなかった。
二十七年、俺はこの人と議論してきた。そして、この人が反論しないのは、負けたときではない。
考え直しているときである。
龐統が、頷いた。
「よいでしょう」
「士元どの」
「二百四十日も孔明どのと同じ陣にいるのは、私も嫌です」
「なぜ貴殿まで行く前提なのです」
「行きません」
龐統は、即答した。
「私は成都で、作戦評価を行います」
北伐へ行きたがるこの男が、今回は残る。
「孔明どのと私が、同じ前線へ行けば」
龐統は言った。
「陛下の申される、英雄を同じ場所へ置くな、に反します」
十二年前、俺が名簿から三行削った日の話である。そして、この男は、そのとき削られた側だった。
諸葛亮は、少し寂しそうだった。同時に、納得もしている。
◆
次。諸葛亮の勤務制限である。
一日あたりの決裁文書、上限五十件。本人は、一日百件以上を処理している。
「五十では、軍が止まります」
「残りは楊儀、費禕、王平へ」
「重大な案件が」
「重要度分類を、別の者が行います」
「誤分類が」
「週に一度、抜き取り確認してください」
全件では、ない。
さらに。食事、一日二回以上。睡眠、三刻半以上。体重、十日に一度。
発熱。腹痛。食欲低下。便の異常。医官が確認。
異常が二項目以上なら、半日休養。四項目以上なら、指揮権を一時移譲。
「病人扱いです」
「病気になる前に見るのです」
「陛下」
諸葛亮が言う。
「戦場で、丞相の便まで記録するのですか」
広間に、微妙な沈黙が流れた。
王平が、少し笑った。五十である。そして、この人が笑うのは、珍しい。
「丞相の週報に、便の欄が」
関羽が、顔を背けた。七十五である。笑いを堪えている。
諸葛亮の顔が、赤くなる。
「必要ありません」
「必要です」
医官が答える。
「丞相は、食事量の低下を隠されます」
「隠しておりません」
「量を尋ねると、食べたとだけ答えられます」
「事実です」
「粥を三口でも、食べたと」
諸葛亮が、黙る。確信犯である。
「丞相」
俺は言った。
「戦場で生きることは、恥ではありません」
「承知しております」
「本当に」
「……努力します」
受容度が、低い。
【五丈原作戦・健康規定】
期間 百八十日
諸葛亮
一日決裁上限 五十件
睡眠下限 三刻半
食事 一日二回
医官確認 毎日
指揮権一時移譲条件 四項目異常
休養受容度 37%
規定違反予測 高
◆
最後。撤退責任者である。諸葛亮では、ない。王平。
戦略上の撤退決定は、俺と執行評議。前線での実行は、王平。
魏延——後衛。楊儀——兵站整理。費禕——連絡。全員が、六年前に作った緊急計画へ従う。
「私が健在でも」
諸葛亮が尋ねる。
「百八十日目には、王平が撤退を開始するのですか」
「はい」
「戦機があっても」
「追加承認がなければ」
「使者が間に合わなければ」
「撤退します」
「陛下は」
諸葛亮の声が、少し強くなる。
「北伐を成功させたいのですか」
「成功させたいです」
「ならば」
「丞相を失ってまで成功させたくありません」
諸葛亮が、黙る。
父のため。漢のため。自分の人生を使い切る。それが忠義だと考えている。
「孔明」
関羽が呼んだ。
「何でしょう」
「私は、樊城を取れなかった」
「はい」
「陛下は、父上の東征を止めきれなかった」
「はい」
「街亭も失った」
「はい」
「それでも、国は残っている」
関羽は、言う。七十五である。そして、いまも武備学舎で教えている。
「お前が長安を取れなくても」
「国は残る」
「しかし」
「お前が死ねば」
関羽の声が、低くなる。
「国が止まると思っているのか」
諸葛亮の顔が、変わる。
「そのようには」
「ならば」
「生きて帰れ」
関羽が、父から受けた言葉を、諸葛亮へ渡す。十一年前、白帝城で、父が言った。
「生きて帰ることが」
俺も続ける。
「今回の丞相の仕事です」
◆
五丈原作戦は、条件付きで承認された。諸葛亮は、先帝の廟へ報告した。
出発の日、俺は丞相へ一枚の木簡を渡した。
《百八十日》
それだけ書いてある。裏面。
《生きて帰る》
諸葛亮は、苦笑した。
「陛下は、私を信用しておられませんな」
「信用しています」
「では」
「確認します」
二十七年前、俺は関羽に同じことを言った。そして、あのとき、この人は「信用しておらぬのか」と返した。
諸葛亮は、木簡を懐へ入れた。
出陣の前、俺は一つ命じた。
「孝直どのの経路を、使います」
法正は、二年前から床を離れられない。そして、商人の経路が残っている。三十年かけて、この人が作ったものだ。
「何を、流されますので」
郤正が聞いた。三十四である。文書の様式を、十年、この人が作っている。
俺は、答えた。
「終了条件です」
郤正の筆が、止まった。
「陛下」
「はい」
「敵に、期限を教えますので」
俺は、答えた。
「教えます」
「……」
「知れば、司馬懿は出てきません」
郤正は、長いこと黙っていた。そして、こう聞いた。
「出てこねば、勝てませぬ」
「はい」
「勝ちに行きません」
「乙種です」
俺は、続けた。
「目的は、拘束です」
「はい」
「出てこなくても、関中にいれば達成です」
「そして、出てこなければ、一人も死にません」
郤正は、筆を取った。そして、記録に一行書いた。
《終了条件を、意図して流す》
《理由——相手が守りに入れば、兵が死なぬゆえ》
俺は、そこで、一つ付け足させた。
「令先どの」
「はい」
「危険も、書いてください」
「何と」
俺は、答えた。
「『次から、数えられる』」
一度やれば、次は通じない。そして、司馬懿は、数える男である。
◆
蜀軍が五丈原へ向かう。その頃、司馬懿は魏の陣営で、蜀軍の兵站計画を読んでいた。
「諸葛亮は、長くいるつもりだ」
郭淮が言う。司馬懿は、首を横に振った。
「以前より、期限が明確すぎる」
「百八十日との噂です」
司馬懿は、そこで手を止めた。そして、こう聞いた。
「どこから出た」
郭淮は、答えた。
「商人でございます」
「何人から」
「三人」
「同じ数か」
「同じでございます」
司馬懿は、竹簡を置いた。そして、こう言った。
「漏れておらぬ」
「……は」
「流しておる」
郭淮が、顔を上げた。
「流す意味が、ございますので」
司馬懿は、答えた。
「考えてみよ」
「はい」
「百八十日と知れば、我らはどうする」
郭淮は、即答した。
「百七十九日、戦いませぬ」
「そうだ」
「そして、それは向こうにとって、何だ」
郭淮は、答えられなかった。司馬懿は、待った。半刻である。
この男は、待つ。部下が答えを出すまで、待つ。そして、それが、この男の強さの本体だった。
「戦に、なりませぬ」
「そのとおりだ」
「蜀の兵は、一人も死なぬ」
陣が、静かになった。司馬懿は、続けた。
「向こうの狙いは、土地ではない」
「はい」
「我らを、関中に置いておくことだ」
「置いておけば、呉へ向ける兵が減る」
「では」
郭淮が聞いた。
「出て、叩きますか」
司馬懿は、首を振った。
「出れば、死ぬ」
「はい」
「出ねば、拘束される」
「どちらも、向こうの得だ」
そして、こう言った。
「久しく、こういう相手に会っておらぬ」
郭淮が、一つ聞いた。
「百八十日を過ぎれば、退きますので」
司馬懿は、答えた。
「退く」
「確かですか」
「確かだ」
「六年前、隴右を三月で返した」
そして、こう続けた。
「書いたとおりにやる」
「はい」
「それが、一番厄介だ」
司馬懿は、最後に一つ命じた。
「百八十日、数えておけ」
「はい」
「一日も違わずに退けば」
「次からは、数えて備えられる」
そして、蜀軍は、百七十九日目に退いた。一日、早かった。
理由を、後に俺は聞かれることになる。そして、答えは一つである。
麦が、実らなかったからだ。
〈あとがき〉
「乙種」——四年前、隴右を三月で返した人が、自分から領土を取らない種を選びました。
「『可能であれば』は、禁止です」。父の限定東征と、同じ形だからです。
「出てこなければ、一人も死にません」。そして、諸葛亮は反論しませんでした。この人が反論しないのは、負けたときではなく、考え直しているときです。
そして終了条件を、敵へ流します。「知れば、司馬懿は出てきません」。危険も書かせました——《次から、数えられる》。
司馬懿は、半刻、部下の答えを待ちました。それが、この男の強さの本体です。
次回、魏延と楊儀を、同じ上司に預けません。




