第120話 趙雲の最後の撤退訓練
【建興七年|成都】
趙雲の最後の訓練には、若い将校、百二十人が集まった。
王平。関平。張苞。劉封。馬謖。姜維。まだ正式な大軍指揮を任されていない者も、いる。
訓練内容は、こうだった。
避難民二千人。負傷兵五百人。荷車三百。敵役の騎兵。雨。橋の破損。伝令の遅延。複数の問題を、同時に起こす。
目的は、全員を二日以内に指定地点へ移すことである。
初日の指揮官は、趙雲。兵たちは、安心していた。
「子龍将軍がいれば問題ない」
「長坂を生き抜いた方だ」
「夷陵でも陛下を帰した」
その安心を、この人は、壊しに来た。
◆
訓練開始。一刻後。趙雲が、消えた。
正確には、医療用の天幕へ入り、外へ出なくなった。
「趙雲将軍は?」
「指揮不能です」
訓練官が答える。若い将たちが、固まる。
「病ですか」
「負傷ですか」
「命令は」
「出ません」
王平が、地図を見る。
「緊急継承計画を」
馬謖が、文書を開く。
第一指揮官——趙雲。指揮不能時——王平。
王平が言う。
「移動を続ける」
その二刻後。王平も、指揮所から外された。
「王平将軍、敵の斥候により負傷」
訓練上の設定である。
次。関平。橋が、壊れる。関平が、修復へ向かう。その間に、避難民の一部が別の道へ進んだ。
張苞が、追う。敵役の騎兵が、現れる。劉封が、防ぐ。馬謖は、荷車を捨てる順序を作る。姜維は、敵の進路を予測する。
それぞれが、自分の担当を動かす。だが、全体を決める者がいない。
「誰が最終指揮官です」
若い兵が尋ねる。全員が、互いを見る。
趙雲。王平。関平。順番に、指揮不能。次の順位が、書かれていない。
制度の欠陥だった。そして、その欠陥を作ったのは、俺である。
三人まで書いて、四人目を書かなかった。理由は、たぶん、こうだ。
三人続けて欠けることが、想像できなかった。
「ここからは」
馬謖が言った。
「多数決にしますか」
「戦場で毎回、票を数えるのか」
張苞が反対する。
「では、官位順」
「劉封殿が最上位です」
全員が、劉封を見た。
劉封は、以前なら、当然のように指揮を取ったかもしれない。今回は、尋ねた。
「誰が、現在地を最も知っている」
偵察から戻った姜維である。
「敵の位置は」
姜維が答える。
「誰が避難民を把握している」
馬謖。
「負傷者は」
張苞。
「橋は」
関平。
「では」
劉封は言った。
「私は、意見をまとめる」
官位ではなく、役割として指揮を取る。
そして、この人は、九年前、俺にこう言われた。
「父上の息子だと、戦功で証明し続けなくてよいのです」
九年かかった。
全員が、報告する。
姜維——敵騎兵は北。本気の攻撃ではない。西の橋へ追い込む目的。
馬謖——避難民の歩行速度では、修復を待てない。南の浅瀬へ分散させるべき。
張苞——負傷者は荷車百二十台。残りの荷車を捨てれば、浅瀬を渡れる。
関平——橋は半日で修理可能。囮として作業を続ける。
劉封が、決める。
避難民と負傷者は南へ。橋修理隊を残し、敵へ主力が西へ進むように見せる。
姜維が、敵役の騎兵を誘導。馬謖が、人数と水を確認。
水である。一年半、この人は水桶を運んでいる。
張苞が、後方を守る。全体が、動いた。
◆
二日目の夕刻。
避難民、千九百八十一人。負傷者、四百九十六人。指定地点へ到着。
十九人は、別経路へ迷った。四人は、訓練上の死亡判定。
完全では、ない。それでも、最高指揮官が二人消えても、部隊は帰った。
趙雲が、天幕から出てきた。
「合格です」
若い将たちが、安堵と不満の混ざった顔をする。
「将軍」
張苞が言った。
「最初から消える予定だったのですか」
「はい」
「なぜ教えないのです」
「教えたら、私がいない前提で動くでしょう」
「その訓練では?」
「突然いなくなる訓練です」
理屈は、通っている。そして、この人は、二十年、そういう言い方をする。
「子龍叔父上」
俺は、少し離れた場所から訓練を見ていた。
「体調は」
「問題ありません」
その直後。趙雲の身体が、傾いた。王平が、支える。呼吸が、速い。顔色が、白い。
「医師を」
俺は叫んだ。
趙雲は、訓練終了後、そのまま寝台へ運ばれた。
心臓。肺。老い。長年の戦傷。どれか一つでは、ない。
身体全体が、静かに限界へ近づいていた。
◆
「叔父上」
俺は、寝台の横へ座った。
「最後の訓練などと言うから」
「最後になりましたな」
趙雲は、少し笑った。
「笑うところではありません」
「陛下は」
「——」
「昔から、死の話へ厳しい」
当たり前である。趙雲は、何度も俺を助けた。長坂。荊州。夷陵。父を。関羽を。兵を。家族を。連れて帰った。
「子龍叔父上」
「はい」
「何か、望みはありますか」
父の最後の命令である。自分の望みを言え。
趙雲は、目を閉じた。
「戦場へ」
「——」
「戻りたいとは申しません」
俺は、少し安心する。
「私の葬儀で」
「——」
「軍の訓練を止めないでください」
胸が、痛んだ。
「まだ葬儀の話は」
「聞いてください」
趙雲は続ける。
「私が死んだ翌日」
「——」
「今日の訓練を、もう一度行ってください」
「なぜ」
「私がいないことを」
趙雲は言った。
「皆が、本当に理解するためです」
英雄が死んだ。悲しい。国を挙げて喪に服す。全てを止める。
それでは、英雄がいないと動かない国のままである。
「ですが」
俺は言った。
「悲しむ時間も必要です」
「はい」
趙雲は答えた。
「訓練が終わった後に」
「——」
「皆で悲しんでください」
最後まで、合理的だった。そして、優しかった。
「もう一つ」
趙雲が言う。
「何でしょう」
「私は」
少し、言葉を探す。
「役に立たない日も」
「——」
「ここにいてよかったのでしょうか」
初めて。趙雲が、自分の価値を尋ねた。
役に立つ。助ける。守る。帰す。それをしない自分を、趙雲は、ほとんど知らない。
「当然です」
俺は答えた。
「何もしなくても」
「——」
「叔父上は、叔父上です」
「そうですか」
「はい」
「もっと早く」
趙雲は、小さく笑った。
「聞けばよかった」
俺は、そこで、一つだけ言った。
「叔父上」
「はい」
「二十年前、私は一音だけ言いました」
長坂坡である。
「な」
そして、この人は「承知しました」と答えた。
「覚えておられますか」
趙雲は、答えた。
「覚えております」
「何と、聞こえましたか」
この人は、少し黙った。そして、こう言った。
「……『な』と」
「はい」
「そして、後で考えました」
「——」
「『死ぬな』でございましょう」
俺は、頷いた。そして、こう聞いた。
「一音で、分かりましたか」
趙雲は、答えた。
「分かりませなんだ」
「では」
この人は、こう言った。
「二十年、考えておりました」
そして、最後に、こう付け足した。
「そして、二十年、死ななんだ」
その夜、趙雲は眠った。朝、目を覚まさなかった。
【趙雲 字・子龍】
生命状態 死亡
最終職務 撤退・危機対応教育
最終関係 家族/恩人/師
削除しますか。
いいえ。
◆
翌日。若い将たちは、同じ訓練場へ集まった。
趙雲は、いない。天幕にも。高台にも。白馬の横にも。
誰も、趙雲から命令を受けられない。
訓練開始。王平が、途中で指揮不能となる。次、関平。次、劉封。一人ずつ、外される。
それでも、部隊は動いた。前日より早く。前日より少ない損失で。
全員が、指定地点へ到着した。十九人の迷子は、出なかった。死亡判定も、なかった。
訓練終了後。兵も、将も、その場へ座った。誰も、声を出さない。
張苞が、泣いた。関平も。王平は、顔を覆った。俺も、泣いた。
国は動いた。趙雲がいなくても。それは、嬉しいことではなかった。
ただ、趙雲が望んだことだった。
そして、俺は、そこで一つ気付いた。
昨日より、早かった。理由は、たぶん、一つである。
昨日は、天幕に趙雲がいた。そして、全員が、いつか出てくると思っていた。
今日は、出てこないと知っていた。
【趙雲・遺志継承】
継承者 特定個人なし
残されたもの
・撤退教範
・指揮官不在訓練
・負傷者優先順位
・分散帰還法
・若手将百二十名
・役に立たない日も、人には価値があるという言葉
英雄依存指数 41 → 34
蜀漢は、最も頼れる一人を失った。それでも、翌日、兵を帰すことができた。
趙雲の最後の勝利は、本人がいない訓練だった。
◆
その夜、俺は木簡を出した。
《四方将軍に、入らなかった人》
十年前に作った。そして、一行しかない。
趙雲 字・子龍
《翊軍将軍》
《翊は、翼けるという字》
《いつか、名簿の順を、変える》
三行目である。俺は、それを、長いこと見ていた。
変えていない。十年、変えなかった。そして、この人は、一度も催促しなかった。
俺は、その三行目を、線で消した。そして、書き直した。
《名簿の順は、変えない》
《代わりに、簿を増やした》
《渡したもの》である。そして、五行目に、書いた。
趙雲
《いなくなる訓練》
そして、その横に、小さく書き足した。
《本人が、いなくなって、完成した》
最後に、俺は死亡年表を開いた。
建興七年——趙雲。六十二。
俺は、筆を持った。そして、記号を描こうとして、手を止めた。
丸か。四角か。
二十年、俺はこの人の死ぬ年を知っていた。そして、一度も、年表に書かなかった。
理由は、分かっている。書けば、この人が死ぬ人になるからだ。
そして、この人は、いつも、誰かを死なせない人だった。
俺は、四角を描いた。理由は、一つである。
この人は、二十年、死ななかった。そして、二十年、誰かを帰し続けた。
それは、決まっていた死ではない。毎回、この人が決めた結果である。
俺は、その横に、一行書いた。
《二十年、間に合わせた人》
〈あとがき〉
「教えたら、私がいない前提で動くでしょう」「その訓練では?」「突然いなくなる訓練です」。
そして「な」の答え合わせ。「一音で、分かりましたか」「分かりませなんだ」「では」「二十年、考えておりました」——そして「二十年、死ななんだ」。
「役に立たない日も、ここにいてよかったのでしょうか」。二十年、この人は自分の価値を一度も聞きませんでした。そして「もっと早く、聞けばよかった」。
翌日の訓練は、前日より早く終わりました。昨日は、天幕に趙雲がいました。全員が、いつか出てくると思っていました。
《いつか、名簿の順を、変える》——十年、変えませんでした。代わりに、簿を増やしました。
次回、第121話「李厳の兵糧は、雨で消えません」。




