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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第七部 北伐——取ったものを、手放す

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122/174

第120話 趙雲の最後の撤退訓練


【建興七年|成都】


趙雲(ちょううん)の最後の訓練には、若い将校、百二十人が集まった。


王平(おうへい)。関平(かんぺい)。張苞(ちょうほう)。劉封(りゅうほう)。馬謖(ばしょく)。姜維(きょうい)。まだ正式な大軍指揮を任されていない者も、いる。


訓練内容は、こうだった。


避難民二千人。負傷兵五百人。荷車三百。敵役の騎兵。雨。橋の破損。伝令の遅延。複数の問題を、同時に起こす。


目的は、全員を二日以内に指定地点へ移すことである。


初日の指揮官は、趙雲。兵たちは、安心していた。


「子龍将軍がいれば問題ない」


「長坂を生き抜いた方だ」


「夷陵でも陛下を帰した」


その安心を、この人は、壊しに来た。


    ◆


訓練開始。一刻後。趙雲が、消えた。


正確には、医療用の天幕へ入り、外へ出なくなった。


「趙雲将軍は?」


「指揮不能です」


訓練官が答える。若い将たちが、固まる。


「病ですか」


「負傷ですか」


「命令は」


「出ません」


王平が、地図を見る。


「緊急継承計画を」


馬謖が、文書を開く。


第一指揮官——趙雲。指揮不能時——王平。


王平が言う。


「移動を続ける」


その二刻後。王平も、指揮所から外された。


「王平将軍、敵の斥候により負傷」


訓練上の設定である。


次。関平。橋が、壊れる。関平が、修復へ向かう。その間に、避難民の一部が別の道へ進んだ。


張苞が、追う。敵役の騎兵が、現れる。劉封が、防ぐ。馬謖は、荷車を捨てる順序を作る。姜維は、敵の進路を予測する。


それぞれが、自分の担当を動かす。だが、全体を決める者がいない。


「誰が最終指揮官です」


若い兵が尋ねる。全員が、互いを見る。


趙雲。王平。関平。順番に、指揮不能。次の順位が、書かれていない。


制度の欠陥だった。そして、その欠陥を作ったのは、俺である。


三人まで書いて、四人目を書かなかった。理由は、たぶん、こうだ。


三人続けて欠けることが、想像できなかった。


「ここからは」


馬謖が言った。


「多数決にしますか」


「戦場で毎回、票を数えるのか」


張苞が反対する。


「では、官位順」


「劉封殿が最上位です」


全員が、劉封を見た。


劉封は、以前なら、当然のように指揮を取ったかもしれない。今回は、尋ねた。


「誰が、現在地を最も知っている」


偵察から戻った姜維である。


「敵の位置は」


姜維が答える。


「誰が避難民を把握している」


馬謖。


「負傷者は」


張苞。


「橋は」


関平。


「では」


劉封は言った。


「私は、意見をまとめる」


官位ではなく、役割として指揮を取る。


そして、この人は、九年前、俺にこう言われた。


「父上の息子だと、戦功で証明し続けなくてよいのです」


九年かかった。


全員が、報告する。


姜維——敵騎兵は北。本気の攻撃ではない。西の橋へ追い込む目的。


馬謖——避難民の歩行速度では、修復を待てない。南の浅瀬へ分散させるべき。


張苞——負傷者は荷車百二十台。残りの荷車を捨てれば、浅瀬を渡れる。


関平——橋は半日で修理可能。囮として作業を続ける。


劉封が、決める。


避難民と負傷者は南へ。橋修理隊を残し、敵へ主力が西へ進むように見せる。


姜維が、敵役の騎兵を誘導。馬謖が、人数と水を確認。


水である。一年半、この人は水桶を運んでいる。


張苞が、後方を守る。全体が、動いた。


    ◆


二日目の夕刻。


避難民、千九百八十一人。負傷者、四百九十六人。指定地点へ到着。


十九人は、別経路へ迷った。四人は、訓練上の死亡判定。


完全では、ない。それでも、最高指揮官が二人消えても、部隊は帰った。


趙雲が、天幕から出てきた。


「合格です」


若い将たちが、安堵と不満の混ざった顔をする。


「将軍」


張苞が言った。


「最初から消える予定だったのですか」


「はい」


「なぜ教えないのです」


「教えたら、私がいない前提で動くでしょう」


「その訓練では?」


「突然いなくなる訓練です」


理屈は、通っている。そして、この人は、二十年、そういう言い方をする。


「子龍叔父上」


俺は、少し離れた場所から訓練を見ていた。


「体調は」


「問題ありません」


その直後。趙雲の身体が、傾いた。王平が、支える。呼吸が、速い。顔色が、白い。


「医師を」


俺は叫んだ。


趙雲は、訓練終了後、そのまま寝台へ運ばれた。


心臓。肺。老い。長年の戦傷。どれか一つでは、ない。


身体全体が、静かに限界へ近づいていた。


    ◆


「叔父上」


俺は、寝台の横へ座った。


「最後の訓練などと言うから」


「最後になりましたな」


趙雲は、少し笑った。


「笑うところではありません」


「陛下は」


「——」


「昔から、死の話へ厳しい」


当たり前である。趙雲は、何度も俺を助けた。長坂。荊州。夷陵。父を。関羽を。兵を。家族を。連れて帰った。


「子龍叔父上」


「はい」


「何か、望みはありますか」


父の最後の命令である。自分の望みを言え。


趙雲は、目を閉じた。


「戦場へ」


「——」


「戻りたいとは申しません」


俺は、少し安心する。


「私の葬儀で」


「——」


「軍の訓練を止めないでください」


胸が、痛んだ。


「まだ葬儀の話は」


「聞いてください」


趙雲は続ける。


「私が死んだ翌日」


「——」


「今日の訓練を、もう一度行ってください」


「なぜ」


「私がいないことを」


趙雲は言った。


「皆が、本当に理解するためです」


英雄が死んだ。悲しい。国を挙げて喪に服す。全てを止める。


それでは、英雄がいないと動かない国のままである。


「ですが」


俺は言った。


「悲しむ時間も必要です」


「はい」


趙雲は答えた。


「訓練が終わった後に」


「——」


「皆で悲しんでください」


最後まで、合理的だった。そして、優しかった。


「もう一つ」


趙雲が言う。


「何でしょう」


「私は」


少し、言葉を探す。


「役に立たない日も」


「——」


「ここにいてよかったのでしょうか」


初めて。趙雲が、自分の価値を尋ねた。


役に立つ。助ける。守る。帰す。それをしない自分を、趙雲は、ほとんど知らない。


「当然です」


俺は答えた。


「何もしなくても」


「——」


「叔父上は、叔父上です」


「そうですか」


「はい」


「もっと早く」


趙雲は、小さく笑った。


「聞けばよかった」


俺は、そこで、一つだけ言った。


「叔父上」


「はい」


「二十年前、私は一音だけ言いました」


長坂坡(ちょうはんは)である。


「な」


そして、この人は「承知しました」と答えた。


「覚えておられますか」


趙雲は、答えた。


「覚えております」


「何と、聞こえましたか」


この人は、少し黙った。そして、こう言った。


「……『な』と」


「はい」


「そして、後で考えました」


「——」


「『死ぬな』でございましょう」


俺は、頷いた。そして、こう聞いた。


「一音で、分かりましたか」


趙雲は、答えた。


「分かりませなんだ」


「では」


この人は、こう言った。


「二十年、考えておりました」


そして、最後に、こう付け足した。


「そして、二十年、死ななんだ」


その夜、趙雲は眠った。朝、目を覚まさなかった。


【趙雲 字・子龍】


生命状態 死亡


最終職務 撤退・危機対応教育


最終関係 家族/恩人/師


削除しますか。


いいえ。


    ◆


翌日。若い将たちは、同じ訓練場へ集まった。


趙雲は、いない。天幕にも。高台にも。白馬の横にも。


誰も、趙雲から命令を受けられない。


訓練開始。王平が、途中で指揮不能となる。次、関平。次、劉封。一人ずつ、外される。


それでも、部隊は動いた。前日より早く。前日より少ない損失で。


全員が、指定地点へ到着した。十九人の迷子は、出なかった。死亡判定も、なかった。


訓練終了後。兵も、将も、その場へ座った。誰も、声を出さない。


張苞が、泣いた。関平も。王平は、顔を覆った。俺も、泣いた。


国は動いた。趙雲がいなくても。それは、嬉しいことではなかった。


ただ、趙雲が望んだことだった。


そして、俺は、そこで一つ気付いた。


昨日より、早かった。理由は、たぶん、一つである。


昨日は、天幕に趙雲がいた。そして、全員が、いつか出てくると思っていた。


今日は、出てこないと知っていた。


【趙雲・遺志継承】


継承者 特定個人なし


残されたもの


 ・撤退教範

 ・指揮官不在訓練

 ・負傷者優先順位

 ・分散帰還法

 ・若手将百二十名

 ・役に立たない日も、人には価値があるという言葉


英雄依存指数 41 → 34


蜀漢は、最も頼れる一人を失った。それでも、翌日、兵を帰すことができた。


趙雲の最後の勝利は、本人がいない訓練だった。


    ◆


その夜、俺は木簡(もくかん)を出した。


《四方将軍に、入らなかった人》


十年前に作った。そして、一行しかない。


趙雲 字・子龍


《翊軍将軍》


《翊は、翼けるという字》


《いつか、名簿の順を、変える》


三行目である。俺は、それを、長いこと見ていた。


変えていない。十年、変えなかった。そして、この人は、一度も催促しなかった。


俺は、その三行目を、線で消した。そして、書き直した。


《名簿の順は、変えない》


《代わりに、簿を増やした》


《渡したもの》である。そして、五行目に、書いた。


趙雲


《いなくなる訓練》


そして、その横に、小さく書き足した。


《本人が、いなくなって、完成した》


最後に、俺は死亡年表を開いた。


建興七年——趙雲。六十二。


俺は、筆を持った。そして、記号を描こうとして、手を止めた。


丸か。四角か。


二十年、俺はこの人の死ぬ年を知っていた。そして、一度も、年表に書かなかった。


理由は、分かっている。書けば、この人が死ぬ人になるからだ。


そして、この人は、いつも、誰かを死なせない人だった。


俺は、四角を描いた。理由は、一つである。


この人は、二十年、死ななかった。そして、二十年、誰かを帰し続けた。


それは、決まっていた死ではない。毎回、この人が決めた結果である。


俺は、その横に、一行書いた。


《二十年、間に合わせた人》



〈あとがき〉


「教えたら、私がいない前提で動くでしょう」「その訓練では?」「突然いなくなる訓練です」。


そして「な」の答え合わせ。「一音で、分かりましたか」「分かりませなんだ」「では」「二十年、考えておりました」——そして「二十年、死ななんだ」。


「役に立たない日も、ここにいてよかったのでしょうか」。二十年、この人は自分の価値を一度も聞きませんでした。そして「もっと早く、聞けばよかった」。


翌日の訓練は、前日より早く終わりました。昨日は、天幕に趙雲がいました。全員が、いつか出てくると思っていました。


《いつか、名簿の順を、変える》——十年、変えませんでした。代わりに、簿を増やしました。


次回、第121話「李厳の兵糧は、雨で消えません」。


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