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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第七部 北伐——取ったものを、手放す

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121/174

第119話 軍神の退職届には、後継者の名前を書かない


建興(けんこう)七年。


西暦二二九年。


……


——趙雲(ちょううん)が、六十二(ろくじゅうに)で死ぬ年である。



その(とし)(ふゆ)出兵(しゅっぺい)(ひと)つあった。


甲種である。


……


陳式(ちんしょく)(ひき)い、武都(ぶと)陰平(いんぺい)()った。


二郡(にぐん)


そして、(かえ)さなかった。



    ◆



決裁(けっさい)(まえ)、俺は(ひと)()いた。


「先生」


「陛下」


——


去年(きょねん)隴右(ろんゆう)(かえ)しました」


「はい」


——


今度(こんど)は、()てますか」



    ◆



……


諸葛亮(しょかつりょう)は、竹簡(ちくかん)()いた。


そして、こう(こた)えた。


()てます」


理由(りゆう)を」


——


漢中(かんちゅう)より、西(にし)でございます」



    ◆



……


——五年前(ごねんまえ)劉巴(りゅうは)(あか)(せん)()いた。


漢中(かんちゅう)である。


……


そして、武都(ぶと)陰平(いんぺい)は、(せん)内側(うちがわ)だった。



    ◆



劉巴(りゅうは)が、数字(すうじ)()した。


維持費(いじひ)でございます」



    ◆



【武都・陰平】


人口 推定 一万八千戸

駐留兵 推定 四千


年間費用 歳入の 四%


参考

 隴右三郡 四十三%


……


(よん)である。



    ◆



……


俺は、その(ふた)つを(なら)べた。


——四十三(しじゅうさん)と、(よん)


十倍(じゅうばい)を、()えている。



    ◆



子初(ししょ)どの」


「はい」


なぜ(・・)十分(じゅうぶん)(いち)ですか」


——


……


劉巴(りゅうは)は、(こた)えた。


漢中(かんちゅう)から、(ちか)うございます」


「はい」


——


「そして、(やま)でございます」


……


平地(へいち)は、(まも)るのに(へい)()ります」


——


(やま)は、(みち)(ふさ)げば()みます」



    ◆



……


——(ひろ)土地(とち)のほうが、(たか)い。


隴右(ろんゆう)は、益州(えきしゅう)三分(さんぶん)(いち)あった。


そして、武都(ぶと)陰平(いんぺい)は、(やま)である。



    ◆



俺は、決裁書(けっさいしょ)に、こう()いた。



    ◆



【建興七年 出兵】


種 甲


目的 武都・陰平の占領および維持


終了条件

 占領——または、

 維持費が歳入の一割を超えた時点で撤退


評価

 五年後の維持費比率


——終了条件しゅうりょうじょうけんに、数字(すうじ)()いた。


(はじ)めてである。



    ◆



「陛下」


諸葛亮(しょかつりょう)()いた。


一割(いちわり)()えれば、()てますので」


——


()てます」


「……」


——


去年(きょねん)四十三(しじゅうさん)()てました」


……


今度(こんど)は、(じゅう)()てます」



    ◆



……


諸葛亮(しょかつりょう)は、しばらく(だま)っていた。


そして、こう()った。


去年(きょねん)は、()ってから(かぞ)えました」


「はい」


——


今年(ことし)は、()(まえ)(かぞ)えております」



    ◆



——五年後(ごねんご)維持費(いじひ)(さん)パーセントになった。


()っている。


(きょう)との交易(こうえき)が、(とお)るようになったからである。


……


そして、三十四年後(さんじゅうよねんご)


鄧艾(とうがい)は、この陰平(・・・・)()えてくる。



    ◆



そして、その(はる)


蜀漢の朝議に、奇妙な木簡が三通提出された。


表題。


《前線職務離任願》


一通目。


関羽。


二通目。


張飛。


三通目。


趙雲。


俺は三枚を並べた。


「全員、同じ日に出す必要がありましたか」


「私が最初だ」


関羽が答える。


——七十(ななじゅう)である。


「雲長が出すなら、俺も出す」


張飛が続く。


——六十三(ろくじゅうさん)


「私は以前から、前線を離れております」


趙雲は静かに言った。


「正式な文書を出していなかっただけです」


趙雲叔父上。


いつの間にか引退していたらしい。


だが。


軍学校で教える。


近衛の訓練を見る。


王平から相談を受ける。


若い将の演習へ同行する。


危機が起きれば、最初に呼ばれる。


それは引退とは言わない。


「子龍叔父上」


「はい」


「これまで何度、引退したつもりでしたか」


「三度ほど」


三度。


全て失敗している。


俺は関羽の文書を読む。


《離任理由》


《老い》


簡潔だった。


張飛の文書。


《離任理由》


《雲長が辞めるため》


「これは理由として認められません」


「なぜだ」


「叔父上自身の理由を書いてください」


張飛は筆を取る。


《老い》


関羽の文書を写した。


「本当に?」


「雲長が老いなら、俺も老いだ」


「身体状態を確認します」


張飛の能力画面を開く。


【張飛】


前線戦闘能力

依然高


長距離行軍耐性

低下


飲酒後回復時間

大幅延長


翌朝の記憶

低下


本人認識

全盛期と同等


「老いています」


「誰の表示を見ておる!」


本人には見えない。


関羽は。


既に前線軍権を離れ。


軍学校と監察を担当している。


それでも。


重要な戦略会議では。


全員が関羽の顔を見る。


関羽が反対すれば、若い将は黙る。


賛成すれば、それだけで決まったような空気になる。


役職を離れても。


軍神という権威は残る。


「陛下」


関羽が言う。


俺は皇帝になっている。


それでも。


関羽は二人きりの時も、朝議でも。


時々、昔の呼び方へ戻る。


「はい」


「私が軍議へいることで」


「若い者が意見を変えている」


気付いていた。


「王平は言う」


関羽は続ける。


「私と異なる意見でも、最後には私へ合わせようとする」


「子均殿が?」


「あの者でさえだ」


王平は。


現場を見れば、諸葛亮へも馬謖へも反対できる。


それでも。


関羽の前では。


一瞬、言葉を選ぶ。


「私が正しいからではない」


関羽は言った。


「関羽が言ったから正しいと思われる」


軍神の権威が。


判断の質を下げ始めている。


「ですから」


俺は尋ねた。


「全ての会議から退かれますか」


「いや」


即答。


「完全には退かぬ」


張飛が笑う。


「未練があるではないか」


「お前には言われたくない」


関羽は文書をもう一枚出した。


《退役後職務案》


一。


毎月一回、軍事評議へ出席。


二。


緊急事態で、皇帝から求められた場合のみ助言。


三。


軍学校で失敗事例を講義。


四。


関羽本人の過去の命令書を教材として公開。


五。


関平、関興を含む血族の人事へ、最終決定権を持たない。


最後の項目で。


俺は関羽を見た。


「ご子息へ、軍権を継がせないのですか」


「能力があれば用いよ」


関羽は答える。


「私の子だから、私の職を与えるな」


関平は。


麦城から生還した。


実戦経験。


撤退経験。


父へ反対した経験もある。


十分に優秀である。


だが。


関羽の後継者という理由だけで。


軍の最高位に置けば。


新しい英雄依存が生まれる。


張飛の顔が少し曇った。


「張苞もか」


「同じです」


俺は答えた。


「張苞殿が、翼徳叔父上の職を自動的に継ぐことはありません」


「俺の息子だぞ」


「だからです」


「強いぞ」


「知っています」


「酒も」


「そこは継がせないでください」


張飛は黙った。


張苞は。


父ほど短気ではない。


武勇もある。


兵からも慕われている。


しかし。


それだけで国家軍の最高指揮官にはできない。


「では」


張飛は言った。


「俺が辞めた後、誰が俺になる」


「誰もなりません」


張飛が目を見開く。


「俺の代わりがいないのか!」


「叔父上を、一人で代わろうとしません」


張飛が持っていた役割を分ける。


前線突破。


魏延。


防御と撤退。


王平。


兵士訓練。


劉封。


騎兵。


張苞。


危機対応。


関平。


軍規監察。


複数の文官。


一人の張飛を。


五人へ分ける。


関羽も同じ。


軍略。


教育。


外交。


監察。


兵站。


旗。


一人の英雄へ集まっていたものを。


役割ごとに渡す。


「私の後継者は」


関羽が言った。


「一人ではないのだな」


「はい」


俺は答える。


「それでこそ、叔父上を超えられます」


一人が。


関羽の武力も。


統率も。


忠義も。


威圧も。


全て持つ可能性は低い。


だが。


組織全体なら。


関羽一人より強くなれる。


「では」


張飛が尋ねる。


「俺の後継者も一人ではない?」


「はい」


「酒を飲む役は」


「不要です」


「重要だぞ」


「不要です」


三度言えば諦めた。


趙雲は。


自分の退役後職務案を持っていなかった。


「子龍叔父上」


「はい」


「退役後、何をしたいですか」


父の最後の命令。


《自分の望みも、阿斗へ言え》


趙雲は。


以前、若い兵へ撤退を教えたいと答えた。


それは実現した。


今。


もう一度尋ねる。


「何をしたいですか」


趙雲は長く考えた。


「最後の訓練を」


「最後?」


「指揮官不在訓練です」


趙雲が説明する。


演習開始後。


最高指揮官を突然、場から外す。


次の者も。


その次も。


部隊が。


誰か一人を待たずに動けるか確認する。


「私がいなくなった後に」


趙雲は言った。


「本当に動けるか、見たいのです」


冗談ではなかった。


趙雲の身体状態。


【趙雲】


長距離行軍

困難


呼吸機能

低下


心拍

不規則


関節痛

持続


生命危険度


本人認識

十分働ける


また。


本人認識だけが間違っている。


俺は三人の退役願を受理した。


関羽。


張飛。


趙雲。


前線常任職から離れる。


ただし。


仕事を完全になくさない。


相談。


教育。


記録。


次世代の評価。


退役後の役割も。


明文化する。


【英雄退役制度】


第一段階

前線常任職から離脱


第二段階

教育・監察・助言


第三段階

緊急時のみ参加


第四段階

完全休養


禁止事項


・元職への無期限復帰

・血族への自動継承

・本人の善意による常時出勤

・「少し見るだけ」と称する執務


最後の禁止事項で。


三人が俺を見た。


「誰のための文言ですか」


趙雲が尋ねる。


「全員です」


特に趙雲叔父上である。


関羽は。


自分の軍旗を持ってきた。


麦城で一度下ろし。


俺へ預け。


その後、軍学校の講堂へ置いていた旗。


「陛下」


今度は正式な呼び方だった。


「この旗を」


関羽は言った。


「特定の将へ渡さないでください」


「では」


「軍学校へ残す」


勝利の旗ではない。


撤退した旗。


下ろされた旗。


再び掲げられなかった旗。


「旗を掲げる者より」


関羽は続けた。


「下ろす時を決められる者を育ててください」


俺は受け取った。


軍神が。


自分の後継者を指名しなかった。


代わりに。


自分がいなくても判断できる者たちを。


国へ残そうとしていた。



    ◆



三通(さんつう)離任願(りにんがん)を、(おれ)()けた。


そして、三通(さんつう)とも、後継者(こうけいしゃ)()()いていない。



    ◆



令先(れいせん)どの」


「陛下」


——


退職届(たいしょくとどけ)様式(ようしき)を、(つく)ります」


「はい」


——


……


(ひと)つ、(らん)()れないでください」



    ◆



(なに)を、でございましょう」


——


……


俺は、(こた)えた。


後継者(こうけいしゃ)()です」



    ◆



……


郤正(げきせい)は、(ふで)()めた。


そして、こう()いた。


()かせぬのですか」


「はい」


——


()かせれば、その人(・・・)(あと)()ぎます」


……


「そして、(ほか)(もの)が、(そだ)ちません」



    ◆



【離任願 様式】


一 離任の理由

二 引き継ぐべき職務

三 引き継ぎに要する期間

四 残す文書の一覧


備考

 後継者の名を書く欄は、設けません。


——備考(びこう)()いたのは、(おれ)である。



    ◆



……


三人(さんにん)とも、()かなかった。


……


そして、三人(さんにん)とも、理由(りゆう)(ちが)った。


……


趙雲(ちょううん)は——訓練(くんれん)(のこ)した。


翼徳(よくとく)叔父上は——(かず)(のこ)した。


……


そして、関羽(かんう)は——(はた)(のこ)した。


(かか)げられない(はた)である。


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