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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBAホルダーの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第七部 北伐——取ったものを、手放す

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第116話 同じ名前で呼ぶと、評価ができない


【建興六年 冬|成都】


呉が、石亭で勝った。曹休を、破ったという。


そして、諸葛亮(しょかつりょう)が、奏してきた。


「陳倉を、突けます」


    ◆


建興(けんこう)六年の冬。隴右(ろんゆう)を返して、三月である。


撤退は、まだ終わっていない。羌(きょう)の三十七部族との協定は、二十一まで進んだ。そして、馬超(ばちょう)は、漢中(かんちゅう)にいる。


そこへ、呉の報せが来た。


「陛下」


法正(ほうせい)が言った。五十二である。病んでいる。そして、敵情の報告だけは、欠かさない。


「石亭でございます」


「はい」


「陸遜(りくそん)が、曹休を破りました」


「損害は」


「魏、一万余」


「はい」


「そして、曹休は、背に腫れ物ができ、臥せております」


俺は、その報告を読んだ。


曹休である。二年前、曹丕(そうひ)が死んだとき、輔政に指名された四人の一人だ。


曹真。曹休。陳羣。司馬懿(しばい)。宗室が二人、外臣が二人。


そして、俺は、あのとき木簡に書いた。


《四人に分けても、四人とも死ぬまで待てば、一人になる》


「孝直どの」


「はい」


「曹休は、助かりますか」


この人は、答えた。


「助かりませぬ」


「……」


「年内でございましょう」


四人のうち、一人目である。


そして、この人が他人の余命を言い当てるのは、正確である。自分のことも、たぶん、知っている。


    ◆


そして、諸葛亮が来た。


「陛下」


「先生」


四十七である。髪が、白い。そして、漢中から、十日で戻ってきた。


「魏の主力が、東へ動いております」


「はい」


「関中が、薄うございます」


「はい」


「陳倉を、突けます」


俺は、地図を見た。


陳倉である。散関の北。長安へ至る、西の入口だ。そして、春に取った隴右とは、別の方向である。


「先生」


「はい」


俺は、聞いた。


「春と、今と、目的は同じですか」


羽扇(うせん)が、止まった。


長い沈黙があった。やがて、諸葛亮は言った。


「……同じでは、ございませぬ」


「春は」


「隴右を、取りに参りました」


「今は」


この人は、しばらく黙った。そして、答えた。


「呉が、勝ちましたゆえ」


「はい」


俺は、言った。


「そして、両方を、『北伐』と呼んでいます」


諸葛亮は、答えなかった。羽扇が、膝の上にあった。そして、広間の全員が、黙っていた。


俺は、そこで、十九年前を思い出した。


赤壁の戦記である。馬良(ばりょう)が、四行で書いた。そして、俺は敗因簿を作らせた。勝った戦の、負けた理由を書く簿である。


あのとき、俺は二つで、木簡に線を引いただけだった。そして、後で、こう書き直した。


《同じ名前で呼ぶと、評価ができない》


「先生」


「はい」


「春の北伐は、成功でしたか」


諸葛亮は、答えた。


「三郡を取りました」


「はい」


「そして、返しました」


「では、成功ですか」


この人は、答えられなかった。


「士元どの」


「はい」


俺は、龐統(ほうとう)を見た。


「どう評されますか」


この男は、答えた。即答である。


「評できませぬ」


「なぜですか」


「何を目指したかが、書いてございませぬ」


    ◆


俺は、そこで、竹簡(ちくかん)を出させた。春の出兵の、決裁である。執行評議(しっこうひょうぎ)で、署名した。五人である。


そして、そこには、こう書いてあった。


《建興六年 北伐》


《漢の賊を討ち、旧都を復す》


署名は、五人である。そして、一人目が、俺だった。


去年、先生は三つ挙げた。魏に西を見させる。呉が同盟を続ける。そして、大軍を退かせる。


三つとも、達成した。そして、決裁書には、一つも書いていない。


達成したかどうかを、誰も判定できない。


「先生」


「はい」


「旧都とは、どこですか」


諸葛亮は、答えた。


「長安、あるいは洛陽(らくよう)」


「春に、長安へ向かいましたか」


「……向かっておりませぬ」


「隴右です」


「はい」


「そして、決裁には、隴右と書いてありません」


広間が、静かになった。法正が、口を開いた。


「陛下」


「はい」


「書けませぬ」


「なぜですか」


この人は、答えた。


「隴右と書けば、漏れます」


「はい」


「そして、魏が備えます」


正しい。そして、十九年、この理由で、目標が書かれてこなかった。機密である。


前世で、俺は何度もこれを見た。「目標を文書にすると、漏れる」——そして、文書にしない。


三年後、その事業が成功したのか失敗したのか、誰にも分からなくなる。


そして、分からなくなると、いちばん声の大きい人の記憶が、記録になる。


「孝直どの」


「はい」


「漏れない書き方を、作ります」


「……」


「目的の種類だけを、書きます」


    ◆


三日かかった。龐統と、法正と、諸葛亮と、俺である。そして、趙雲(ちょううん)が、失敗想定を付けた。


六十である。来年、この人は死ぬ。そして、このときの俺は、まだ知らない。


【北伐 分類規定】


甲種 領土の獲得を目的とする

   終了条件 占領、または撤退

   評価 占領地の維持可能年数


乙種 魏軍の拘束を目的とする

   終了条件 日数(三十日)

   評価 魏軍の移動距離と、日数


丙種 同盟国との連動

   終了条件 同盟国の作戦終了

   評価 同盟の継続


備考

 乙種・丙種を、「勝敗」で評価してはなりません。

 勝っても、目的が違います。


最後の二行を、龐統が書いた。


「士元どの」


「はい」


「去年の北伐は、何種ですか」


龐統は、即答しなかった。そして、こう答えた。


「三つとも、でございます」


「三つ」


「はい」


「隴右を取ったのは、甲種」


「はい」


「魏を関中へ引きつけたのは、乙種」


「——」


「そして、呉と合わせたのは、丙種でございます」


俺は、そこで、理解した。


三つを、一度にやった。そして、終了条件が三つとも違う。


「士元どの」


「はい」


「同時に、やれますか」


この男は、答えた。


「やれます」


「……」


「そして、終わり方が、分かりませぬ」


そして、こう続けた。


「甲種は、占領で終わります」


「はい」


「乙種は、三十日で終わります」


「——」


「丙種は、呉が退けば終わります」


「三つ混ぜますと」


「——」


「誰も、止められませぬ」


【北伐 分類規定 追加】


一つの出兵に、二つ以上の種を混ぜてはならない


備考

 混ぜると、終了条件が三つになります。

 そして、三つあるものは、一つも守られません。


備考を書いたのは、俺である。


「士元どの」


「はい」


「なぜ、書かれたのですか」


この男は、答えた。


「私が、一番間違えるからでございます」


「——」


「乙種で出て、勝てば、進みたくなります」


「はい」


「そして、三十日を過ぎます」


俺は、そこで、この男の変化に気付いた。


十八年前。この人は、退屈すると働かない男だった。そして、危険策を最も好んだ。上策・中策・下策を並べて、上策を薦める男だった。


そして今、自分を縛る一行を書いている。


「士元どの」


「はい」


「上策は、何ですか」


龐統は、少し笑った。そして、こう答えた。


「行かぬことでございます」


「では、下策は」


「行って、勝つことでございましょう」


    ◆


そして、陳倉である。


「先生」


「はい」


「陳倉は、何種ですか」


諸葛亮は、長いこと黙っていた。そして、答えた。


「丙種でございます」


「はい」


「呉が勝ちましたゆえ」


「では、終了条件は」


「呉の作戦が終わるまで」


「先生」


「はい」


俺は、聞いた。


「呉の作戦は、終わっていますか」


この人の手が、止まった。


「……終わっております」


「いつですか」


「先月でございます」


広間が、静かになった。


陸遜は、石亭で勝って、退いた。追撃していない。そして、呉の軍は、既に建業(けんぎょう)へ戻っている。


連動する相手が、いない。


諸葛亮は、羽扇を膝へ置いた。そして、こう言った。


「……陛下」


「はい」


「奏を、取り下げます」


俺は、そこで、何も言わなかった。言う必要が、なかった。規定が、決めた。


十九年、俺はこの人を言葉で止めようとしてきた。そして、今日、初めて、俺が何も言わずに止まった。


後に、陳倉がどうなったかを、俺は知っている。


史実では、諸葛亮は陳倉を囲んだ。そして、郝昭という男が、千余で守った。二十余日である。そして、糧が尽きて、退いた。


退くとき、王双を斬っている。それが、唯一の戦果だった。


俺は、その夜、木簡(もくかん)に書いた。


《行かなかった》


そして、その下に。


《二十余日と、千余人分の糧を、使わずに済んだ》


正確には、分からない。行っていないからだ。


そして、行かなかったことの成果は、誰にも見えない。


    ◆


三月後。曹休が、死んだ。


報せを聞いて、俺は木簡を出した。二年前のものである。


《四人に分けても、四人とも死ぬまで待てば、一人になる》


俺は、その下に、書き足した。


《一人目。曹休。建興六年》


「孝直どの」


「はい」


「残りは、三人です」


法正は、答えた。


「曹真。陳羣。司馬懿」


「はい」


「歳は」


「曹真が、五十を過ぎております」


「はい」


「陳羣も、同じほど」


そして、この人は、最後の名を言った。


「司馬懿は、四十九」


俺は、その数字を、長いこと見ていた。


四十九。諸葛亮より、二つ上である。そして、残る三人のうち、一人だけが、宗室ではない。


「孝直どの」


「はい」


「この人は、何をしていますか」


法正は、答えた。


「今は、荊州(けいしゅう)におります」


「呉に、向いていますか」


「はい」


そして、こう続けた。


「そして、西を、一度も見ておりませぬ」


俺は、そこで、少し安心した。


そして、その安心が、四年しか続かないことを、まだ知らない。


その夜、俺は死亡年表を開いた。


建興六年——曹休。


記号は、描かなかった。救おうとしなかった人の死に、記号を描く資格はない。八年前、曹操(そうそう)のときに、そう決めた。


そして、俺はもう一枚、木簡を出した。新しい一枚である。そして、表題を書いた。


《行かなかった戦》


一行目に、書いた。


建興六年冬 陳倉


《丙種。連動する相手が、いなかった》


この簿は、誰にも評価されない。戦果が、書けないからだ。


そして、二十年後、この簿は四十七行になる。


四十七回、行かなかった。そして、そのときの俺は、自分がこの簿を作ったことを、忘れている。



〈あとがき〉


「春と、今と、目的は同じですか」——そして、両方を「北伐」と呼んでいました。十九年前、赤壁の戦記で書いた一行です。《同じ名前で呼ぶと、評価ができない》。


「三つ混ぜますと、誰も、止められませぬ」。そして「三つあるものは、一つも守られません」。


二十年前、赤壁の戦記が四行で書かれた日、俺は組織が学べない理由を思い出した。いちばん重要な決定の結果は、学べるほど早く返ってこない。だから、書き残す。


今日、その先が要る。


書き残しても、同じ名前で呼んでいると、比べられない。


前世で、俺は同じ言葉に三つの中身が入っている会社を、何社も見た。「改革」がそうだった。人を減らすことも、新しい商売を始めることも、会議の数を変えることも、全部「改革」と呼ばれていた。


そして、三年後に「改革は成功したか」と聞かれて、誰も答えられない。


成功も失敗も、比べる先がないからである。同じ名前の下に、違う三つが入っている。どれかが当たれば成功と言え、どれかが外れれば失敗と言える。つまり、何も言えない。


区別のない記録は、記録ではない。名前を分けるところまでが、学ぶという作業である。


春の北伐と、冬の陳倉。目的が違う。そして、どちらも「北伐」と呼ばれている。


「なぜ、書かれたのですか」「私が、一番間違えるからでございます」——上策・中策・下策を並べていた男が、自分を縛る一行を書きました。「上策は、行かぬことでございます」。


そして「奏を、取り下げます」。十九年、言葉で止めようとしてきた人が、今日、主人公が何も言わずに止まりました。


《行かなかった戦》。二十年後、四十七行になります。


《劉禅文庫 再読『第5の規律』——書き残しても、同じ名前で呼んでいると比べられない。名前を分けるところまでが、学ぶという作業である》


次回、第117話「敗北を持ち帰ることも、北伐です」。


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